とは学

「・・・とは」の哲学

『ことばを旅する』細川護熙

ことばを旅する (文春文庫)ことばを旅する (文春文庫)
(2011/01)
細川 護熙

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元首相の細川護熙さんの著書です。最近は、陶芸家として活躍されており、芸術家、文化人としての顔を持たれています。

室町時代から続く細川家の当主で、永青文庫(細川家伝来の美術品、歴史資料の保存と公開)に囲まれて、育ってこられただけあって、文化教養のレベルは半端じゃありません。

そして、偶然ですが、細川元首相が、この本で旅した場所(48箇所)のうち、私も、その半分ほど足を運んだことがあり、興味を持って読み進んでいくことができました。

日本の礎を築いた人物の言葉を選択された細川元首相のセンスのよさ、教養の高さに舌を巻かざるを得ませんでした。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・「古意に擬するを以て善と為す」(弘法大師・高野山)
詩を作るときも書を書くときも、先人に学ぶことは大切だが、ことばや形をなぞるのではなく、「意」(こころ)を汲み取ることが根本

・「傍輩をはばからず、権門を恐れず」(北条泰時・鶴岡八幡宮)
「御成敗式目(貞永式目)」を制定した泰時は為政者として、法を推し進めながら、その裁きは、情に流されたように見える。法とは別次元に立つ泰時の政治家としての面目がある

・「ただ現世に先づ、あるべきやうにてあらん」(明恵上人・高山寺)
「あるべきようわ」は、ただ漫然とあるがままに生きることではない。明恵にとって、その言葉は身を切るような精進の果てに見えてくる自己に忠実に生きることだった

・「貧なるが道に親しきなり」(道元禅師・永平寺)
道元は「只管打坐」(ひたすら坐禅せよ)と説く。そして、仏道の人は貧を恐れてはならず、むしろ貧を積極的に受け入れるべきと言う。また「学道の人は最も貧なるべし」と説く

・「数寄者といふは隠遁の心第一」(武野紹鴎・南宗寺)
「侘び」の根底には驕者を排する思想がある。紹鴎はまた「茶湯者は無能なるが一能なり」と弟子に諭した。あれこれ手を染めて多能であるよりも、茶の湯に専念しろという教え

・「謙の一字なり」(中江藤樹・琵琶湖畔)
藤樹はその著「翁問答」の中で、「おごり自慢する魔心の根」を絶ち、「かりそめにも人をあなどりかろしめず」とする謙譲、謙遜の心こそ本当の教育の根幹としている

・「俗気を脱するを以て最となす」(与謝蕪村・淀川縁)
また別に、俳諧は俗語を用いて俗を離れるのを尚ぶとも言っている。俗とともにありつつ脱俗、離俗をなすべきというところに蕪村その人の生き方をみることができる

・「一成らば一切成る」(池大雅・萬福寺)
大雅にとって、学問も画も書も一つで、それは人としての生き方、人間性に帰一するものに他ならない

・「驕らざれば危ふからず」(上杉鷹山・米沢市)
年老いてなお厳しい節倹の生活を続ける鷹山に、日用品の増額が提案されたが、「今や老年の自分を叱ってくれる人もいず、心が弛んでしまうのではないかと恐れている」と答えた

・「心を養うは寡欲より善きは莫し」(吉田松陰・萩城城下町)
松陰は、孟子を愛玩した。別に、「一誠兆人を感ぜしむ」とも言っている。「誠」と「寡欲」は、松陰の精神の骨格をなす。寡欲と至誠によって天性を磨き上げた美しさ、それが松陰

・「無畏」(山岡鉄舟・浅草寺)
畏れる気持ちは「私心」から生まれる。「私」がなければ「畏」もない。鉄舟は剣禅一致の境に「無」を見たのに違いない

・「教育の第一は品性を建つるにあり」(新渡戸稲造・北海道大学)
稲造は「武士道」で「教育の主目的は・・・品性の確立」と書いた。中江藤樹は「徳」を修めることを重視した。品性といい徳といい、今の日本の教育に最も欠けているもの

・「為すべきを為し、為すべからざるを為さず」(幸田露伴・余市)
思うべきところを思い、為さねばならぬこと、思わねばならぬことがあったら、ただちに「全気全念で事を為す」ようにしなければならない、と露伴は言う



人と言葉と土地。その土地に行ってみて、その人とその言葉の意味を新たに感じ取ることができます。

この本は、細川元首相が、実際に、その言葉が発せられた言われのある土地を踏みしめ、味わい、それを五感を通して文章にしたものです。

晩年ならではの円熟したエッセイの中には、珠玉の言葉が散りばめられているように思います。価値のある一冊ではないでしょうか。

[ 2012/02/23 07:07 ] 細川護熙・本 | TB(0) | CM(0)
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