とは考

「・・・とは」「・・・人とは」を思索

『日本人とユダヤ人』イザヤ・ベンダサン

日本人とユダヤ人 (角川文庫ソフィア)日本人とユダヤ人 (角川文庫ソフィア)
(1971/09)
イザヤ・ベンダサン、Isaiah Ben-Dasan 他

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この本は、1970年発行で、300万部のベストセラーとなった書です。著者のイザヤ・ベンダサンは、日本人の山本七平さんのペンネームと言われています。

内容は、ユダヤ人の社会、歴史、風習、行動などが詳細に記されており、日本人と比較することによって、日本人を浮き彫りにする興味深いものです。

少し古い本ですが、納得できる箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・日本には城壁都市というものがなかった。城壁のない都市など、殻のないカキと同様、考えられないものだが、日本では、むき身のカキが平然と生きていた。城壁をつくるのがどれだけ大変かは、エルサレムの城壁を補修したネヘミヤの記述を読めばわかる

・ユーラシア大陸の都市には、もう一つの殻が必要であった。水を守る殻である。エルサレムやメキドの地下水道は余りにも有名である。これを造り、水を確保するのは、城壁を作るのと同じくらい大変なことであった

・フランスの農民がナポレオン金貨を床下に埋めるのも一つの損害保険、ユダヤ人がダイヤの指輪をはめるのも一つの生命保険である。ユダヤ人なら子供のときから、徹底した保険教育を受ける

・ユダヤ人の議論好きは有名だが、議論とは、何十という珍案愚案を消すためにやるのであって、絶対に「思いつめた」自案を「死すとも固守」するためでないことは、各人自明のこと

・天才乃至は天才的人間の特徴は、自分のやったことを少しも高く評価しない点にある。そして、他人の目から見れば、実に下らぬ児戯に類することを、かえって長々と自慢するものである

・日本では、全員一致の議決は、最も強く、最も正しく、最も拘束力があると考えられている。ユダヤ人は、その逆で、その決定が正しいなら反対者がいるはずで、全員一致は偏見か興奮の結果か、外部からの圧力以外にありえないから、その決定は無効だと考える

日本教の中心にあるのは、神概念ではなく、「人間」という概念である。人の世を作ったものは、神でもなければ鬼でもない。向こう三軒両隣りの唯の人である

・日本人は、いついかなる時代にも憲法を改正したことがない。大宝律令の時代、時勢がかわって、律令で規制できなくなっても、これを改正せず「令外の官」を設ける。検非違使も「令外の官」だが、面白いことに、自衛隊も「令外の官」である

・日本教の基本的理念は「人間」である。だがこれが、法外の法で規定され、言外の言で語られているため、言葉で知ることは非常に難しい

・ユダヤ人は自国通貨を持つことがなかったから、貨幣を全くドライに扱える。したがって、貨幣が不要と思えば、全く貨幣なしでもやっていける

・ユダヤ人が金に汚いといわれる理由は、十分の一税のためである。十分の一税では、たとえ一片のパンでも、自分の収入となったものはすべて、その十分の一を教団に納めなければならない。いわば「神の源泉徴収」のようなもの

・ユダヤ人は、収入より質素でないと生活していけない。そのため、すべての人が正確に自分の収入を把握して、分不相応な乱費などできない。否応なく緻密な計画経済になるから、金に汚いと言われる

生まれながらにして偉大なる人間は、ユダヤ人の歴史に存在しなかった。ユダヤ教徒がキリスト教徒に徹底的に反発したのは、キリストの出生が常人と違う点にあるというキリスト教徒の主張である

・牧畜民にとって、生殖のみが利殖。家畜に子を生ますことは立派な製造業であり、生活の手段であり、ビジネスである。生殖が利殖である民族では、性も生殖もその生まれたものは情緒の対象であってはならない



この本は、日本人論の原点となる書です。本書が出版されてから、四十年以上経ちましたが、根本的に、日本人は何も変わっていないように思います。

日本人とは何かを知る上で、ユダヤ人と対比させた亡き著者の眼は、今も一つも衰えていないということになるのではないでしょうか。
[ 2012/01/12 07:00 ] 山本七平・本 | TB(0) | CM(0)
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