最近、地元の図書館に本を借りに行く機会が増えました。書店に行って、自分のお金で本を買おうとすると、どうしても、「費用対効果」を考えてしまい、自分にとって、得になる本だけを選んでしまいます。そうすると、いつも同じ分野の本ばかり読むことになってしまいます。
それで、図書館に行けば、いつもと違う分野の本が読め、幅広い分野の情報に接することができるはずと思っていました。
しかし、実際に借りた本は、すべて、経営学、経済評論、商業、歴史、宗教、心理学、社会評論、コンピュータ関連といった、いつもと同じような仕事に関連する分野の本ばかりです。
生物学、農業、医学、スポーツ、芸術、美術全集、法律、民俗学、伝記など、日ごろ買わない分野の本を借りようと思って、図書館に行っているはずなのに、なぜ、それらの本を手にしなかったのか?自分のとっている行動が変に思えてきました。
しかし、よく考えると、このような行動パターンは、人間なら、誰にでも共通するものではないかと思えたのです。
つまり、情報化社会になったといっても、所詮は、自分に都合のいい情報を求めているに過ぎず、この都合のいい情報が、以前に比べて速く、正確に手に入るようになっただけのことで、昔に比べて、本質的に大きく変わっていないということです。
世の中のすべての情報を得て、全知全能で、何事においても、正しい判断のできる人など、この世の中に存在するはずがないと思います。
キリスト、釈迦、マホメットなどの偉大な宗教家においても、自分が生まれて、生活した環境、気候、地理、歴史的要因の影響を受け、その思想が形成されているように感じます。
このように考えますと、高等な動物と言われている人間も、所詮は、主観的動物であり、ほとんどの行動は、感情で動いているのではないでしょうか?
しかし、主観的になることで、いいこともあります。主観的(思い込む、ほれ込む等)になればなるほど、パワーが出てきます。客観的では、出てこないパワーが現れます。これがあると、ものすごく頑張れます。
昔、ドラッグストアを5店舗ほど経営されている会社の社長が、「健康食品は、商品情報を深く知らない時が一番売れる」「知りすぎると、売れなくなってしまう」とふと話されたことが、今でも、すごく印象に残っています。
また、営業マンが、「知らぬが仏」で、自分の会社の商品が、世の中で一番いいと
思い込みが激しい時、よく売れるのも事実です。
要するに、人間は、主観的になればなるほど、自信を持って、行動できるようになれるのだと思います。
逆に言うと、主観的になれないと、自信を持って、行動できない動物なのかもしれません。したがって、主観的になれるための、
自分を正当化する情報を必死になって探そうとしているのかもしれません。
この正しいと思っている状態に、
錦の御旗というお墨付き、
大義名分という正当な理屈が、さらにくっつくと、これらの行動にますます拍車をかけることになります。
錦の御旗と大義名分の効用(2)へ つづく
***過去の記事タイトル一覧***