とは考

「・・・とは」「・・・人とは」を思索

『憎国心のすすめ・知痴民族の未来』林秀彦

憎国心のすすめ 知痴民族の未来憎国心のすすめ 知痴民族の未来
(2009/12/05)
林 秀彦

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愛国心を唱える人たちは、「憎国心」という言葉に嫌悪感を持つかもしれません。しかし、読むに従って、この言葉が、日本への叱咤激励を示していることがわかります。

著者の林秀彦氏は、映画やテレビの脚本家として活躍した後、17年間オーストラリアに移住されていました。2005年に日本に帰国後、昨年末、亡くなられました。

海外生活が長かったせいか、日本人の弱点を看破する眼に、並みはずれたものを持っておられます。

この本の中で、日本人について気づかされた点が25ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・消費経済などとお題目をつけて、欲情を肯定し続け、子供にもその欲を教え込む。それが、日本において、過去から現在も続く。すべては、閉鎖的な人間関係の利害を維持する一点で運営されている

・学校で教わること以外の自国の歴史に無関係でいられる日本社会は恐怖である。聖徳太子も、昔はお札に肖像が刷られていたが、何らかの意図で追放され、可もなし不可もなしの人物になっている

・日本人が世界基準での普遍的人間になることは今後も不可能。そのあまりの特殊で、非普遍性ゆえに、世界的な視野からは排除される以外に道は残っていない

・日本民族は他律的な民族である。それは、縄文から続く本性である。他律とは、自分の意志によるものでなく、他からの命令や束縛によって行動するということ

日本人の本性を、骨の髄まで他律的であることを知っている誰かと、どこかの国と、どこかの民族が、その欠点を巧みにつき、利用し、搾取し、操っている

・日本人は、何でもかんでも、目に見え、肌で触れられるもの以外は認めない。しかも、その認識方法は、見えるまま、感じるままであり、それが意味する中まで追求することをしない。つまり、抽象論はまったく理解できないということ

・日本人は、分析することが大の苦手。分析しないということは、物事と物事の間にある関係を無視するということ。分析せず、関係を考えないということは、疑う能力を一切持ち合せていないことに等しい

・日本人のやること、為すこと、言うことには、意味の伝達と意識の相互確認が含まれていない。意味が中途半端で完結しないから、日本は、やりっぱなし、言いっぱなしの「パナシ社会」になる。つまり、「無責任社会」ということ

・日本は、仏教をばらばらに解体してしまった。それでいて、それを仏教と呼んだ。実は、仏教でもなんでもなく、日本教に過ぎない。道元にしても、日蓮にしても、「ウケ」を狙った。今のテレビの視聴率と何も変わらない

・本来の仏教にある戒律は、全部取っ払った。なぜなら、日本人は横着で、あれをするな、これをするなという禁止が大嫌いだから。厳しくすれば、信者が集まらない。誰も来なければ、お布施も入らず、食い上げになる

・あるがままの姿の確認ではなく、あるべき姿の確認を求め合うことによって、連帯が生まれ、コミュニケーションが生まれ、知性が生まれる。人間には、戒律的な感覚は必要

・世界はお互いの民族が、敵視し合い、軽蔑し合っているほうがノーマルな状態。国際親善というのは、それを基本とした上で、成り立っている

・日本語の本は、明治大正はもとより、数年前のものでも、言葉が変化し、内容も古さを増す。死語になっている単語の割合も、英語、フランス語に比べて極端に多い。日本の過去は歴史になっていない。明日につながる蓄積にならず、ただ消え去る時間に過ぎない

・卑怯を知らずして、どうして勇気がわかるのか。不正がわからなくて、どうして正義がわかるのか。自分の意識内容を整理したいとき、相対的に価値の悪い方を徹底的に分析し、知ること

・美を愛する人は、その前に醜を憎める人。汚いもの、醜いもの、正しくないものに、強い嫌悪感を持てないで、美しいものや正しいものを愛することはできない

・知性とは、日本人が想像するような高尚なものではない。いわば「生活の知恵」。生き残りに不可欠な大脳技術

・日本人同士の初対面の挨拶は、しまりのない笑顔で、自分が無防備で、バカで愚かであることを誇示する。それは、じゃれつく犬がひっくり返って、腹をさらすのと変わらない

・悪知恵にこそ、知性が不可欠になる。弱肉強食の強と弱は、知性による悪知恵の有無である

・知性とは、即興で作られ、思考と行動によって磨かれる「過程」のこと

・常にWHYの鍛練をしていれば、共通項を推理、想像できているから、一種の連鎖反応で、未体験な現象にも、的確に反応できる。それが、侵略、裏切り、弾圧などの恐怖と不条理の連続を経てきた白人たちの日常反応。恐怖心こそ、想像力と推理力を育てる源泉

対決精神がないことは、恥ずべきこと。妥協も恥。個人としても、民族としても。知性とは、対決する姿勢。自分にも他者にも。知性とは妥協を拒むこと。自分にも他者にも

・日本人は、狭い範囲の中で作られている社会に生きているから、権威に弱い。進歩的と自称する人々の間でも、特定権威に対して、まったくだらしなく、ヘナヘナになる

・日本人は、自ら繊細な民族と自惚れ、自己認識を誤っている。日本人が繊細に見えるのは、「他人指向性」人間が極端に多いだけのこと

・日本人ほど、みんなという呼称を使う民族はない。その真意は、自分がいないということ。この「自己幽霊化」は、一見繊細に見えるが、みんなの存在を恐れているということ。日本人の他人指向は、みんなと同じレベルの中で生きるということにすぎない

・生存競争に勝ち残る才能と技術は、知性に負っていて、知識や情報でないことは、肝に銘じておくべき



この本は、誰にもわかりやすく読ませようという意図が全くありません。知性ある人のみが読み進んでくれたらそれでいいと割り切っています。

知性的になろうとしない人には、読むのがつらいですが、日本人の本質を知る上で、欠かせない一冊のように思いました。
[ 2011/07/28 07:45 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)
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