とは考

「・・・とは」「・・・人とは」を思索

『人生、しょせん気晴らし』中島義道

人生、しょせん気晴らし人生、しょせん気晴らし
(2009/04)
中島 義道

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著者の本を5冊持っていますが、日本社会の中で成功を夢見る人には、著者の作品はあまりおすすめできません。

しかし、真実を知りたい人、教養を深めたい人、成功を考えない人には、面白い書になるかもしれません。読む人によって、毒にも薬にもなります。

中島義道氏は東大法学部卒の哲学者です。ウィーンと日本を往来されています。著書を読む限り、日本では珍しい、束縛されるものが少ない、真の哲学者でないかと思います。

毒をなめても大丈夫という方には、ためになることが多く書かれています。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・五十歳のとき、「どうせ死んでしまう、でも・・・」ではなく、「どうせ死んでしまう、だから・・・」という構文にそって生きていこうと決意した

・他人から嫌われてもいいから、儀礼的な、何のメリットもない人とのつき合いは清算する、苦痛でしかない社交や式典は避ける、年賀状など儀礼的習慣は撤廃する、すなわち、世間的雑事を削りに削って、残された膨大な時間を自分のためだけに使うようにした

半隠遁の美学の基礎は「悪いもの、厭なもの、不快なもの」を徹底的に避けるという一点に凝集される

・五十歳を過ぎたら、自分の信念と美学を貫き、それに合うものにはたっぷり時間や金を使い、合わないものは次々に削り取るという、徹底的に自己中心的な「ミニマリズム」を実現するのもいい

・真面目な顔つきで「未来社会の倫理」とか「地球環境問題」とか議論している人たちは、みな、あと五十年したらこの世にいない。自分が死ぬことのほうがよほど差し迫った問題。みんな自分が死ぬことなどどうでもよく、未来があると信じて語り続けたいだけ

・哲学者たちは真理を求め、善を求め、そして勝手な答えを提出して、みなチリになってしまった。これって一体何なのだろうか?パスカルの言うように、すべてが「気晴らし」。サルトルの言うように、すべてが「無益」なのだと確信する

・子供は、他人を理解する努力をせず、他人が理解してくれないと駄々をこねる。他人の悪口を言いながら、自分が言われると眼の色を変える。大人とは、「善いこと」「立派なこと」をする人ではなく、「他人を理解する」「他人に理解されないことに耐える」人のこと

・現代日本の学生は、自分の分をよく知って、現実を直視して、堅実に、まじめに生きている。歳になれば、みんな実現不可能な夢を語れなくなり、身の丈に合った無味乾燥な話しかできなくなる。急いで分別くさくならなくていい

・哲学は常に人間の基本的な枠組みに対して疑いを持つこところから出発する。大多数の人がきれいごとで済まそうとすることを切り崩していく。そういう信念に従って発言すれば、それはほとんど不謹慎な発言になり世間から袋叩きになる

・学問というものは努力が要り、高度な知識を必要とし、理解することは容易ではない。しかし、テレビに出る学者は、普通の人にわかるようにと茶化されながらも優しく対応する。「あなたにはわからないでしょう」とはっきり言ったっていい

・学問を含め、すべてを庶民的な視点で見ていこうとするから、お笑い系タレントがテレビを席巻する。無知な私にわかるように学者や専門家は話すべきだといった要求を出す人がのさばっている状況がある

・正義感あふれるコメンテーターたちは、魔女裁判のときに「魔女だ、魔女だ、火あぶりにしろ」と叫んだ人たちに似ている。そうした単純な正義感一色に染まることは多様性を殺す暴力にもなりうる

・どうせ人間は皆滅びるのだから、物体も適度に滅びていい。このままいけば、地球上、世界遺産だらけとなってしまう

・これまで営々と築き上げてきた「うそ」で固めてきた城を崩さねばならない。恐ろしいから握りつぶしてきたこと、排除されるのが怖いから、いやいやみんなに合わせてきたことを徹底的に崩さねばならない。そして、徐々に自由になること

・自分が組織を創立したり、拡大したり、危機から救ったりというように、組織にとって英雄であればあるほど、そこを脱した後は組織に介入しないほうがいい

・たとえ誰もほめてくれなくても、バカだ、アホだと罵倒されても、それがあなたの生き方だったらそれでいい。本物の「信念」とはそういうもの

・倫理学のあらゆる理論は直観の前に膝を屈するべきであり、理論と直観が一致しないときは、迷うことなく直観のほうを取るべきである

・他人の意思を無視し、自分の意思を押し付ける人は、圧倒的に善人が多い。「すべて本人のため」と固く信じているからたまらない

・マルクスには哲学的センスの片鱗もなかったがゆえに、あんな見事なほど論理的に破綻しながらもある種の人に勇気を与える書物が書けた。レーニンに至っては、さらに頭が悪かったから革命などできた

・生きているほうが、死んでいることより「いい」ことを論証できない。哲学はいかに生きるか、いかに死ぬかを教えることはできない。哲学は人間が死ぬことの意味そのものを問い続けることができるだけ

・人は「犠牲的精神」をもって生きると、結局犠牲を払わされた相手を憎むことになる。そして、何の生産性もない愚痴の仲間入りをして、そのまま歳を取っていく。まず、自分が幸福になるように邁進すればいい

・哲学は、どんな不幸になっても真理を求める。命よりも真実のほうが大事で、嘘に寛大な日本社会にはなじまない

・日本は、個人対個人の会話が成立しない国である。組織やマジョリティを背景に、曖昧な笑いで「対話」を拒否する



これらの考え方を知ったからといって、どうなるということはありませんが、人間としての奥行きが深くなっていくように感じます。

真理、真実だけを求めて生きていくのは、つらいことですが、歳をとると、そうなるように人間はできているのだと思います。50歳以上の方に、読んでほしい書です。
[ 2010/06/24 08:27 ] 中島義道・本 | TB(0) | CM(1)
記事とは関係ないコメントですいませんが、大勢の一般
市民が電磁波兵器で攻撃されて洗脳させられた上に頭も
見た目もおかしくさせられてます。本当に一般市民が
目に見えない兵器で攻撃されてるんですよ。電磁波犯罪
集団ストーカー、電磁波兵器という言葉で調べてみて
ください。兵器による攻撃をやめさせて洗脳された上に
頭も見た目もおかしくされた日本人を本当の日本人に
戻しましょう!!
[ 2010/06/24 17:52 ] [ 編集 ]
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