とは学

「・・・とは」の哲学

『特に深刻な事情があるわけではないけれど』山口路子

特に深刻な事情があるわけではないけれど 私にはどうしても逃避が必要なのです特に深刻な事情があるわけではないけれど 私にはどうしても逃避が必要なのです
(2013/05/22)
山口 路子

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このタイトルの後に『私にはどうしても逃避が必要です』と続きます。だらだら長いタイトルが、本書の内容を暗示しています。

著者の逃げたいこと(「前向きに生きる」「人づき合い」「家庭」「仕事」「世間」日常)「良識」「孤独」「貞操」「夢を叶える」「運命」)を挙げて、それを説明していくのが内容の書です。その一部をまとめてみました。



・「自分に疑いをもたない人」との会話は時間の無駄。疑いなし人間、前向き人間、まっすぐ人間に遭遇したら逃げてしまう

・欲していない道を選ぶこともまた本人の欲望。ほんとうに、人間とは不可解な欲望をもつ生き物

・悪意よりも非難よりも恐ろしいもの、それは自分の個性が消滅させられてしまうこと

・「自分のしたいことをしたい、自分が楽しいと感じることをしたい」と決意したなら、そのときは、「人に意見を求めない」強情さが必要になる

・人づき合いの恐いところは、愛から憎悪への変換がたやすいこと。「愛しすぎている」というのは、もはや愛ではない、「愛していない」のと同じ

自分のために生きていない人は、いつか窒息する。「私を窒息させるのは、そうあるべきだという理想」(アナイス・ニン)

・個人的な楽しみこそが、人生のテーマ。仕事と同じくらいのエナジーで真剣になれる「喜び」をもっているのかどうか。ポイントはそこ

・明日できる仕事を今日するな。他人ができる仕事を自分がするな

・他の誰とも似ていない自分自身であり続けるためには、「世間が非難するところのものを育てる」(コクトー)べき

・多くの人に好まれるものは、ろくでもないもの。世間を意識して生きるのではなく、自分を同じ香りの価値観をもつ人たちを意識して生きる。そのことで「ろくでもない」人生から遠ざかることができる

・誰かを見下すことで安心する人は、醜い人。「合法的な愛は、自由奔放な愛を見下すのを常とするもの」(モーパッサン)

・中身がからっぽな人になるのが嫌なら、日常から離れてみなければならない

・人は一生の間に、言わなければならない言葉を言うために生きる

・異常も正常もない、不健全も健全もない、ただ、違っていることこそが、生命の基本原理

・道徳教育とは、偏見教育のこと。「道徳なんて、全く相対的なもので、その国や地方の風俗から生じたものであり、偏見の結果にほかならない」(澁澤龍彦)

・「幸福なときが正しくて不幸なときは間違っている」(サガン)のであるならば、できる限り正しいところの近くにいたいもの

・経済的な成功、名声、そこに人の価値があるのではない。自分自身が直接的あるいは間接的に関わった人に美しいものを残すことができるかどうか。人の価値はそこにある

・すべきことも大切な人も、探してはいけない。「探すのではない、出会うのだ」(ピカソ)

・「肝心なのは、嘘を避けること。いっさいの嘘を、特に自分自身に対する嘘を」(ドストエフスキー)

・熱烈な告白は、決して冷えた魂からは生まれない。恥ずかしいほどに熱い魂からしか生まれない

・自分が何者なのか「決意する」という行為には、その道を進むための強さを取り戻そうという意識があり、生きることへの答えもある

・生きている意味は、ひとりひとりの人間を感じとる熱い想いの中にある



人生を真面目に生きようとする著者の決意のようなものを感じました。

真面目に生きようとすればするほど、小さな逃避がないとやりきれないのかもしれません。


[ 2014/08/13 07:00 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)
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