とは学

「・・・とは」の哲学

『大停滞の時代を超えて』山崎正和

大停滞の時代を超えて (中公叢書)大停滞の時代を超えて (中公叢書)
(2013/07/09)
山崎 正和

商品詳細を見る

著者の本を紹介するのは、「社交する人間」に次ぎ、2冊目です。本書は、読売新聞や中央公論などに寄稿されたものを再編集した書です。

劇作家、評論家、思想家としての顔を持つ著者ですが、本書は、珍しく時事問題を論ずる内容です。斬新な切り口の論評に、気づかされることが多々ありました。それらの一部をまとめてみました。



・国際会議は二国間交渉とは違って、必ず第三国を巻き込み、それを納得させる言葉を必要とする。しかも、その言葉は当事者の利益を表現するだけではなく、各国の見栄や面子を操る美辞麗句を含まねばならない。国際会議は舞台上に繰り広げられる演劇である

・言葉は対話ではなく鼎話構造を持つ。実際、二者間の伝達は、言葉ではなく、肉体の実力行使によっても可能であり、怒りや憎しみは殴打や無視によって、愛情は微笑や抱擁によって、言葉によるよりも切実に伝えられる

・個人主義には、他者に自己を主張する「堅い個人主義」と、自己を表現する「柔らかい個人主義」の二種類が並立する。日本人は「柔らかい個人主義」の先駆的位置にいるが、反面この柔らかい個人主義の社会は、急激な危機に弱く、一転して集団主義の相貌を示す

・大きな人口の規模は、個人に自立と政治的自由を保証する。都市では地縁や血縁による締めつけも弱くなり、選挙の際の利益誘導も難しくなる。都市の無名性は、犯罪の土壌となる危険性もあるが、生活スタイルの自由をもたらす点では、それを上回る価値がある

・金銭は将来いつか他人から身を守り、他人を支配するための準備であって、客観的な数値で量られる武力に似ている。拝金主義者にとって、他人は潜在的な敵にほかならず、社会はゼロサムゲームの戦場に見える

・人生に金銭は不可欠、金銭に欲望を持つのも自然、投機も資本主義経済に不可欠というが、忘れてならないのは、文明社会では必要であることと礼賛することは別。必要なことも恥じらいながらするのが文明であって、この恥のありなしが社会の品格を決める

・公共的使命のもとに、経営者の知恵と感性によって、精緻に編まれた組織は、一種の文化財。内に幸福な従業員を抱え、外に満足した消費者をつなぎとめる企業は、少なくとも一つの生命体

資本と労働との関係は長い歴史を持つ。人類は労働権の適切な保護に知恵を絞ってきた。これに比べ、資本と経営の分離の歴史は浅い

・社会の倫理性を自然に高めるためには、人が職業人の誇りを抱き、結果として「恥を知ること」が第一。そのさい「高貴なる者の責任」を本人が自覚するのは当然だが、この自覚はその高貴さを社会が敬うことで支えられる

・今日の地域を貧しくしているのは、たんに金銭的な富の欠乏だけではなく、文化力が衰退したという思いと、それに伴う誇りの喪失が原因

・民主主義とは言葉による政治。そして政治の言葉は、抽象的な理念と具体的な政策の的確な組み合わせでなければならない

・互いに表現し、認め合う場は、固い組織ではなく、「社交」と呼ぶべき緩やかな関係。社交は、強い指導者と指揮系統を備え、力を評価基準にする組織とは逆。中心人物はいるが、権力も指揮系統もなく、自由な個人が自発的に集まる。人間的な魅力が評価基準となる

個人の欲望と社会の規制は、どちらも主張と要求が命であって、個人が飽食と淫奔と自己顕示を求めれば、社会は節約と禁欲と自己規制を命令する

・「」は、社会秩序の逸脱の世界に生まれ、虚栄心の逆説で逆転させて生じた美徳

・科学の基礎は観察と実験だとされるが、このどちらも想像力に左右される。統計と帰納とコンピュータの能力だけでは、科学は萎縮してしまう

・道徳と諺をつなぐものは、繰り返し。より抽象的に言えば、身体の習慣。諺や箴言が口になじむ言葉だということは、言葉が朗唱や暗唱に適していて、身体の癖になりやすいことを意味する。「口癖」になり、折に触れて「口をついて出る」のが諺の特色

・自らの営みを強く誇りとしながら、他人に追従や模倣を要求しないのが嗜みの本質。同じ意味で、伝統承継者が尊敬されるのも、彼らが自律の心に徹し、流行の追随をむしろ秘かに軽蔑しているところにある



著者は、大停滞の時代を超えていくためには、人類の文明史を一貫した流れとして捉える理解が必要との見解です。

この閉塞感に覆われた社会を生きていくためには、今一度、事の本質を解き明かすことが大事なのではないでしょうか。


[ 2014/04/21 07:00 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL