とは学

「・・・とは」の哲学

『蝶が飛ぶ葉っぱが飛ぶ』河井寛次郎・柳宗悦

蝶が飛ぶ 葉っぱが飛ぶ (講談社文芸文庫 (かK2))蝶が飛ぶ 葉っぱが飛ぶ (講談社文芸文庫 (かK2))
(2006/01/11)
河井 寛次郎、柳 宗悦 他

商品詳細を見る

河井寛次郎さんの本を紹介するのは、「火の誓い」に次いで2冊目です。本書は、「仕事と思想」(随筆)、「暮しと言葉」(戦後間もないころの詩)「陶芸始末」(昭和初期の陶芸製作解説)の三篇の構成になっています。

そのうち、「仕事と思想」「暮しと言葉」の中で、陶芸家、職人としての姿勢に感動させられた言葉をまとめてみました。



・土は今始めて形を得、火に会って固まる。美への志願は無用である。正しい素材従順な工程好い組織を撰ぼう

・知性だけでうんだ作品は、わりきれたもので、それではいけない。われわれの中にある、われわれのまだ知らない自分が出なくては駄目

・一生、美を追った生活に、思想上の一転機があった。世界は二つある、と考えたこと。美を追っかける世界と、美が追っかける世界と。美術の世界と、工業の世界と

・物の形は、すべて、出発点が到達点になっている。△の形、○の形をごらん

・「たいてる人が燃えてる火」。火はたいている人の魂が燃えているので、単なる物理現象ではない。精神の現象だ

・新しい材料が出てくると、それに応じて新しい技術が生まれ、前の材料と技術は美術に棚上げされて、民族はそれぞれの美を守って行くことになる

・豪華というのは、費やされた労働力が非常に殺されている

・白隠や仙厓は「私字」をやった。しかし、「私字」の中にも戯れが入った「戯字」があって、これもなかなか面白い字。同じ書の中にも「」の字と「」の字と「」の字があって、どれがいいと一つに決めるのは無用なこと。それぞれ、みなあってしかるべき

・江戸中期の学者、富永仲基の三原則とは、一、「加上」(歴史は後から膨れ上がる)。二、「異部茗字必ずしも和会しかたし」(ものは一元で決めたら間違い、多元でいい)。三、「言葉に人あり、言葉に時あり」(人によって、時代によって、言葉の内容が違ってくる)

・虫と葉っぱは、喰う喰われるという現実が、養い養われるという現実とくっついている。虫と葉っぱは「不安のままで平安」、これでいいのだ、これで結構調和しているのだ

・もし不幸が多すぎたなら人はとうに絶えたはず。不幸はちょっぴり幸福を作るための発酵素であることだけの必需品

・この世は自分を見に来るところ。何と言う素晴らしいところ。この世は喜びをさがしに来たところ。そのほかのどこでもないところ

・河原へ石さがしに行く人、自分を拾いに行く人。何という自分の発見。こんな誰が作ったかわからないものの中に自分がいたのだとは何という発見

・人は皆自分を燃やして焚いてその火でもの見る

・人、世の中に播かれた一つの生命。どう発芽するか

・こんなところに自分がいたのかと、もの見つめる

・ないものを得ようとするのではない。あるものをとり出す

・美は捨てた時が得た時。求めなければ与えられる

・喜びの足りない時が失敗

・時勢とともに歩いてはいけない。時勢とともに歩かねばならない

・美を追うのではない。美から追われているのだ。美をつかむのではない。美からつかまったのだ

・窓あけて、いのちの窓あけて、もの見る

・恵まれていない者はない。拒んでだけいる人。同じものを与えられながら別々に受け取る人間。美はいつも人をさがしている。幸福は人をさがしている



河井寛次郎さんは、陶芸家(美を追っかける世界)としての名声を捨て、職人仕事(美が追っかける世界)に身を投じ、民芸運動を立ち上げた人です。

生活の中に美を求めた純粋で素朴な活動が、文章によく表れています。本書を読むと、重ね着した服を一枚一枚はぎ取られていくような気分になります。


[ 2014/03/07 07:00 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL