とは学

「・・・とは」の哲学

『自己実現の教育』上田吉一

自己実現の教育自己実現の教育
(1988/04)
上田 吉一

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著者の本を紹介するのは、「人間の完成」「自己実現の心理」に次いで、3冊目になります。本書は、著者の作品の中で、最もお気に入りの書です。

欲求5段階説のマスロー研究の日本における第一人者であった著者が、教育という観点で、最高人格へ到達するための教えを説いたものです。勉強になることが、非常にたくさんあります。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・動物が本能によって、行動に制約を受けているように、人間は認知によって、行動の制約を受けている。認知が歪んでいれば、行動も歪んだものになる

明確な目標前途洋々の可能性を認めるとき、認知は、実現へ向かう行動に測り知れないエネルギーを投入する。人間は、希望、楽観性、善意、自信、肯定を持つことが重要

・行動や動機付けの指針となり得るような視野と深い洞察力を与えることこそ、教育に課せられた義務

・人間の最終的な決断は、その人が善への強い衝動をもつか否かにかかっている

・教育において、理想の人間像をもつことは、決定的重要性をもつ。人間の行動や態度は、人生目標であり、理想としての人間像だから

・経験に開かれている人間は、自己受容ができて、自己を客観的にみることのできる人間

・自己実現を遂げつつある人間は、ものごとに没頭し、我を忘れるという特徴をもっている。彼は何かの課題に熱中し、その中に身も心も傾倒しきることができる

自己実現のみられる人間は、価値実現に対して強力な欲求をもつ。それは、利害の世界ではなく、真・善・美・正義・完全性・健康といった普遍的価値にもとづく世界の獲得

欲求を適度に抑えることこそ、大切な人間の生き方。古今東西の道徳が欲望を抑えることを説くのも、このような人間の社会的知性から出たもの

与える欲求こそ創造の欲求であり、生産の欲求であり、価値を求める欲求である

・向上発展を続ける意欲に応えて、外に経験や刺激や課題を準備しておくことが教育の重要な役割。基本的欲求の満たされた人格は、外の世界に関心をもち、魅せられ、疑問をもち、探索し、挑戦し、発見し、解決をしようとする

・耐えられる限界内で挫折体験をもつ機会を与えること。挫折体験は、将来実生活において同様の挫折を味わった場合、先行経験として、これに対処する自信と能力を培う

・常に人間性の原点に帰り、そこから組織や制度を見直していくこと。教育の主体は制度や組織にあるのではなく、まさしく人間一人一人にある

・いかに知識や技術を使用するか。何を価値あるものと考え、何に生きがいを求めるか。何を目標にすべきか。人に何を求め、何を与え、いかに接するか等々。人生観や価値観が確立し、アイデンティティが形成されるところに人間尊重の教育の真髄がある

最高の願いは、真理を探究することであり、最強の欲求は、善行を行うことであり、最大の悦びは、美を創造すること。人間にとって最高の価値が、強い衝動の対象となる

欠乏欲求に支配されている人間は、その関係を対等に結ぶことはできない。自己の欠乏欲求を満たすために、他人を利用しようとする

純粋な人間関係とは、相互に人格の成長を促す関係であり、価値の実現に協力する関係

・人格を揺るがすような挫折体験を繰り返すことで、自我は強固な構造に鍛えられていく

・欲求の満たされた子供は、安全よりも冒険を選び、愛情よりも独立を選ぶ。食事や休息の楽しさのみならず、創造や生産に生きがいを感じる

・生理的欲求、安全欲求、愛情欲求のいずれも満たされた子供たちは、真実を知ることに興味を示し、善行を行うことに生きがいを見出し、芸術的生活に喜びを感ずる。換言すれば、彼は価値の世界に生きることができる

・欲求の満足された人格は、特定の課題に精神を集中することができ、しかも行動の効率も高い。つまり、注意の集中力が大きい



真善美を求めて自己実現を目指す「個人」をつくっていくのが本来の教育なのですが、国家や産業界の要請に従い、「全員」を一斉に教育させる制度に重点が置かれてしまっています。

学校教育が「全体」の教育を目指す方向にあるならば、家庭教育はより一層「個人」の教育を目指していくべきです。本書には、「個人」の教育の目指すべきところが記されているのではないでしょうか。


[ 2013/11/13 07:00 ] 上田吉一・本 | TB(0) | CM(0)
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