とは学

「・・・とは」の哲学

『人生読本』西部邁

人生読本人生読本
(2004/07/30)
西部 邁

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著者の本を紹介するのは、「人生の作法」以来、3年ぶりです。西部邁氏は、思想家、評論家として、多数の著書があります。

本書は、「恋愛」「家庭」「共同体」「学校」に分けられた64のテーマで構成されています。難しい内容なのに、コンパクトで読みやすくなっています。それらの中から、共感できる箇所を選んで、紹介させていただきます。



・人間は、自らの執筆した脚本に従って、自らの役割を演じる生物

・人間とは、自らの根本をなす獣性と霊性という矛盾をはらんだ二条件の間で、バランスをとる存在のこと

・現代において、若い男女につきつけられているのは、子供を産み育てることの意味を「人為的に、意識的に」いかにとらえるかという問題。その問題に解答を与えておかなければ、出産や育児が厄介事や困難事となって押し寄せたとき、その重みに堪えられなくなる

・子供は親のどんな希望・期待を自分が裏切ったのかを、多少とも覚えているもの。その子供の裏切りの記憶が、自分が迷う人生の岐路にあって、意外と重要な道標となる

・「能力と徳性と才能」の多寡が、その人の立場や名声や収入の高低を左右することは当然。その意味で、「人は、自由かつ権利において平等なものと出生し、かつ生存する」という人権宣言の文言は空語

・自由とは、「自分の背負った格差に事由があるとみなした上で、その格差を、利用するにせよ、乗り超えるにせよ、排撃するにせよ、引き受けること」

・趣味を大事にすることは、「社交」から離れるか、それを「同好者」のものに限定しがち。社交の本質は「他者」との交話という点にあるから、同好者の社交には、社交の拒絶といった雰囲気が漂う

・貧しさに抗うのは当然だが、そこで豊かさを「最高」の価値としたのが間違いだった。豊かさはあくまで手段的価値に属する

・知識人は、徒党を組んで、仲間褒めに精を出す。それは、次には自分を褒めてくれという挨拶

・権力の正当性は、その権威の正統性によって裏づけられる

・出来事の断片の、そのまた一局面だけを拡大鏡で映し出し、それに専門知の粉飾をほどこして仕立てられたその場限りの読み物、それが新聞であり、週刊誌

・思慮なき勇気は蛮勇にすぎない。同様に、勇気なき思慮は臆病にほかならない

・民人は、たとえ自分らが主権者と呼ばれていても、決して全知全能の存在でないことをよく知っている。だから、民人は、自分らの代表者も欠陥多き連中にすぎないとみなしており、その欠陥が露呈されるのを心待ちにしている

・日本人は、やみくもにも貯蓄に励んできたという経緯にもかかわらず、人生のカネ勘定をさしてきちんとは済ましていない

・情操とは、学問や宗教や芸術にかかわる、つまり真善美の基準を求める活動にかかわる、感覚的な能力。そういう感覚は、少なくともその素地は、生活体験の中で培われるもの

・自分は私人であるだけでなく公人であり、個人であるのみならず集団人でもある。この四面性においてバランスをとるには、巧みな「気配り」と「言葉づかい」が必要になる

・現代の空恐ろしさは、年寄りたちが精神的に若造りし始めたということ。若者たちの人口は減少しているというのに、年寄りの精神的若年化のせいで、時代精神が成熟から離れていくばかり

・歴史が語られるべきやり方は、一つは「英雄伝」、もう一つは「庶民史

・道徳教育において知られるべき最大のことの一つは、危機の超克法にある。偉人伝がその教育目的に資することは請け合い

自由の過剰が放任主義であり、秩序の過剰が管理主義。学校運営の支点とは、自由と秩序の間の平衡点のことにほかならない



著者の「人生読本」は、経験を踏まえた回顧録ではありません。著者が吟味する、人生の「考え方」読本です。

具体的な事例はありませんが、そこには人生のルールや原則が書かれています。このルールや原則に自分の人生を照らしてみたら、自分が見えてくるのではないでしょうか。


[ 2013/10/10 07:00 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)
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