とは学

「・・・とは」の哲学

『逆境を越えてゆく者へ』新渡戸稲造

逆境を越えてゆく者へ逆境を越えてゆく者へ
(2011/07/01)
新渡戸 稲造

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前の五千円札の顔であった著者の本を紹介するのは、「一日一言」に次ぎ、2冊目です。

本書は、著者の歴史的名著である「修養」「自警」を編集したものです。100年を経て甦る力強きメッセージです。その一部を要約して、紹介させていただきます。



・シラーは「世界の歴史は世界の審判である」と言った。いかに苦しいことがあっても、ヤケになってはいけない。苦しみはいつまでも続くものではない。逆境にある人は絶えず「もう少しだ、あともう少しだ」と思いながら進むこと。必ず前途に光明が現れる

・他人が楽しい思いをするのは、決して自分の損ではない。しかし他人が楽しんでいるのを見ると、自分が損するかのように思う者が多い。これがさらに進めば、他人に幸いがないのを喜び、不幸が起ころうものならいい気味だと思うようになる

・人を世話する種をまくと、怨みを収穫することを覚悟すべき

・逆境を切り抜けるということは、人を鍛錬するから、人物は非常にしっかりするのだが、性格的にのびのびしたところがなくなる。つまり、しっかりしているが温かみがなくなる

・他人が自分の痛みを知らないからといって、誰かれ構わず、その苦痛を訴えるのは卑怯であり、これは卑しい根性

・すべてが苦いと思っても、その中に小部分の甘みもある。心がけのある人は、この甘いものを発見する

・順境は自分と周囲の関係。したがって、周囲を変えることができなくても、自分の立場を変えることで、逆境を順境に転じることができる

・順境にある人は傲慢になりやすい。人に褒められると、今まではそれほどに思っていなかったのに、妙にのぼせ上がる

・逆境にいるときは、受けた恩を忘れないものだが、順境に達し、得意になると、以前の苦しかった記憶がだんだん薄れていき、受けた恩も忘れがちになる

・順境になると、不平不満を言いだす。さらに一歩進むと、調子に乗り、しなくていいことをする、あるいは、してはならないことに手を出したりする

・怠惰に流れそうになったら、自分が戒めているのは「ここだな」と反省する。どんな些細なことでもよい。「ここだな」と思えば、志は継続され、目的を達することができる

・決心の継続を妨げる三つの外因は、「1.そんなことはやめろという反対」「2.生活環境の変化による中断」「3.他人の嘲笑」

・人が貯蓄を始めるのは、その人に先見の明があるかどうか。先のことも考えず、ただやみくもに蓄えるのは吝嗇

・余力があれば直ちにすべてを乱用する者は「最も下等」。乱用することを恐れてなるべく余力を持たないようにし、不足であることを喜ぶ者は「中等」。余力があればなおさら節度を守り、今日必要でないものは他人あるいは後日のために貯蓄する者が「最上」

貯蓄心のある者は、考えが綿密で何事もおろそかにしない。ものを頼んでもきちんと終わりまでしてくれるので頼みがいがある。一方、豪傑風の人は、いずれ天下国家を頼まれるという意気込みだが、うかつにこれらの人に頼む気にはなれない

・ケチにならない程度に貯蓄心のある人は頭が綿密であり、将来必ず有益な国民になる

知識を養い蓄えるには、良書を読み、有益な話を聞き、自分以上の人と交わり、時には黙想して、心に得たことを心の蔵の中に深く入れること

・道は近きにあり。近いとは各自の心の内ということ。それを外に求めるのは間違い

・意志堅固なら、賢い賢くないを問わず、困難が迫っても断行する。「かくすればかくなるものと知りながら止むに止まれぬ大和魂」(吉田松陰)の強さがあれば、臆病にならない

・勝つ相手とは、「我にかちみかたに勝ちて敵にかつこれを武将の三勝といふ」(楠正成)

・物質的利益を超脱し、名誉、地位、得失に淡々とすることができれば、世間で行われている勝敗は、子供の遊びにすぎなくなる。本当の勝利者は、自分に克つ者で、私心をなくすことが必勝の条件である



新渡戸哲学の真髄は、「知恵と心根」です。この二つは、逆境を越えていくのに必要なものです。

本書は、今、逆境にあって、「なにくそいまに見ておれ」と思っている人の励みにもなり、慰めにもなる本ではないでしょうか。
[ 2013/09/03 07:00 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)
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