とは学

「・・・とは」の哲学

『大名たちの構造改革』谷口研語、和崎晶

大名たちの構造改革―彼らは藩財政の危機にどう立ち向かったのか (ベスト新書)大名たちの構造改革―彼らは藩財政の危機にどう立ち向かったのか (ベスト新書)
(2001/10)
谷口 研語、和崎 晶 他

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江戸時代の後期、財政危機になる藩が多発しました。その難局を乗り越えた藩、乗り越えられなかった藩、その成功と失敗の要因を調べたのが本書です。

現代にも通じる部分が数多くあり、参考になります。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。


・農民が豊かになれば、地主となって中間搾取する者が出る。没落すれば、耕作地が荒れ、年貢が取れない。だから、農民が富裕化しないよう、さりとて、没落もしないように生活させ、その全余剰を税として取り上げることが、幕藩領主にとって農民支配の最上の策

・農村の荒廃は、天災によるものだけではない。商品経済・貨幣経済が農村にも浸透してきた結果、農民たちが借金返済のため、田畑を質地として地主に渡すか、出奉公で貨幣を手にした。並行して、間引き・捨て子も横行し、村は人間の再生産さえ困難に陥った

・藩政改革には、有能な人材が必要だった。その新たに登用する人材を束ねる人材(名補佐役)を得ることで、名君たちは、藩政改革に着手することができた。逆に言えば、補佐役に人を得ることができなかった大名は、「名君」たりえなかった

・人材を登用して高い役職につけても、禄高が低いままでは、何かと不都合が生じる。そこで、就任させた役職に相応する禄高との差額を補てんする制度がとられた。やがて、この補てんも合わせた総計高が子孫に世襲されるようになってしまった

・江戸時代後期には、儒学から派生した経済学や政治学に近い思想を展開した「経世家」や「農政家」が現れた。彼らは派遣された藩の農業方法を指導し、農村の復興を行い、藩の殖産興業や交易に意見を述べた。二宮尊徳、海保青陵、大蔵永常、佐藤信淵などが有名

・財政再建に向けての改革は、家臣たちに耐乏生活を強いる中で行われた。藩主上杉鷹山が率先垂範したように、改革の担当者は、禁欲の中で改革にあたらなければならなかった

・徳川吉宗には、大奥に残る美女の名を書き出せと命じ、書き出された50人全員に「美女ならば引く手あまたのはず、みな大奥を出て結婚するがいい」と暇を出したという、大奥経費削減の逸話が残っている

・水野忠邦に特に目をつけられたのは、職人や商人が頻繁に出入りする諸役所。出入りの者と馴れ合い、リベートを受け取り、贈物攻勢にもはまって、工期が延びても、値段の割に材料・品質が落ちても、まったく知らん顔だと、水野忠邦は批判している

・江戸時代の侍は、「あれをするな、これをするな」と、手取り足取り、私生活の指導を受けた。経営能力がまるでなかった

・半知とは、家臣に渡った分から半分借り上げるもの。財政帳簿では、家臣へ渡す半分を藩庫に入れると書くべきものを、最初から半分の額しか記載しなくなった

・荻原重秀が行った貨幣改鋳は、通貨量不足に対応したものだが、真の目的は、質を落とした金銀貨の発行で利益を得ることだった。この貨幣改鋳により、幕府は557万両の巨利を得た。この額は、当時の幕府歳入の約7倍にあたる

・幕府の三貨(金銀銭)に対して、各藩は、藩札という一種の紙幣を発行した。藩札には、米の額や金の額または銭の額を記したものがあったが、銀経済圏の藩を中心に発行されたため、多くは銀札だった。領内限りの通用を原則とし、通用期限が定められていた

・藩財政が悪化すると、諸藩は正貨を吸収する目的で、藩札を乱発するようになる。1774年に、幕府は藩札再発行を禁じたが、まるで効き目がなかった。財政窮乏に苦しむ諸藩は、兌換の保証がないまま、幕府の許可を得ず、命令に違反した藩札を続々と発行していった

・薩摩藩などは、天保の改革のさい、かなりの偽銭を鋳造したらしい。幕末には、戦争資金として、多くの藩で金銀貨幣の鋳造が行われている

・農村が荒廃し、農村人口が減少すれば、年貢徴収率が低下する。そのため、間引きの禁止、都市から農村へのUターン政策が必要だった。寛政の改革で行った「人返し令」には、Uターンの旅費食料費や農具代の支給があったのに、応募者が少なく、失敗に終わる

・二宮尊徳の報徳仕法とは、節約と勤労で分度を守ることにある。例えば、金十両の収入があれば、九両と二分(四分で一両)を限度とする生活をし、二分を貯蓄に回した。その貯蓄を貸し付けにも回し、その利子で農具や農業の基盤整備に運用した

・薩摩藩の財政改革を担当した下級武士出身の調所広郷は、偽金づくり密貿易を行い、なりふりかまわない方法で、藩財政を立て直した。当初500万両あった負債を返済し、10年後には、営業用途費200万両のほか、藩庫に50万両の貯蓄を行った



本書を読むと、幕府や諸藩は、財政再建のために、涙ぐましい努力をしています。給料半減、首切り、不正防止のための細かな規則だけに及ばず、外部者(経営コンサルタント)を使ったリストラも行っています。

さらに、貨幣改鋳、不換紙幣の発行など、財政政策の禁じ手を行っています。また、藩によっては、偽金づくり、密貿易などの不正行為を行い、借金を返済しています。このような財政再建の歴史を知ることは、現代においても、参考になりそうです。


[ 2013/08/25 07:00 ] 江戸の本 | TB(0) | CM(0)
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