とは学

「・・・とは」の哲学

『持たない贅沢』山崎武也

持たない贅沢持たない贅沢
(2009/07)
山崎 武也

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人間の欲望には限りがありません。食べ物なら、胃袋いっぱいが限度です。大きな物なら、部屋いっぱいが限度です。しかし、小さい物、物でないものには限りがありません。

それらを追い求めていく「欲張りレース」に参加しないことが、この「持たない贅沢」です。本書には、欲張りレースに参加しない方法が数多く記されています。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・酒と同じように、欲は百薬の長にもなれば、百毒の長にもなる。やはり、「欲は活用するとも活用されるな」で、自分の欲を上手にコントロールしていかなくてはならない

・物でも金でも、また名誉でも、持っていることは、それらに気を使っている分だけ、自分が束縛されていることであり、日々の生活が複雑になっていることにほかならない

・世の流れに媚びたり影響されることなく、淡々とした姿勢に徹して、自分の感性を信じ、美しいものを見出そうと努力を続けていけば、自然に自分自身の心身にも美が備わってくる。そうすれば、美しいものに囲まれた幸せの世界が実現される

・物事が複雑になるのは、一つのことに心を込めていない証拠

・持たざる者は、守るべきもの、縛られるものが少ないので、強引に自分の主張をすることができる。自分の狭い世界の中であるとはいえ、それだけ自由が享受できる

・モノに執着し、モノを所有して喜ぶのは、幼児性から脱却していない証拠。モノから自分のココロを解放することができて初めて、真の大人になったということができる

・欲にも余裕を残しておいて「欲八分目」を心掛けること。現在の大欲を捨てて、将来の大欲を満たす可能性を残しておくのが、賢明な人のすること

・そもそも投資とは、将来において利を得るために、現在を犠牲にすることである。ただ問題は、その実現性が明確でない点

手抜きというのは、必要な手続きを省くことだが、実際に省かれているのは、人の心。便利というのは手抜き。そこに残っているのは、表向きの都合のよさであって、真心のかけらもないことが多い

・表だけをきれいにして裏をそのままにしておいたのでは、胸を張ることはできない。心の奥底に引け目を感じて、裏の汚いところを見られたらどうしようかと考えてしまう

・流行しているものには、人の心を浮き立たせるものがあり、モチベーションを高める。だから、内部から仲間として加わり、「感化」を及ぼしていくのが上手な方法

へつらうときには、相手から何かを期待する気持ちがある。相手の喜ぶ顔が見たいというだけであればいいが、それ以上に、もっと具体的な「反対給付」を期待する気持ちが潜んでいたら、それは堕落した行為というほかない

・茶道が狙っているのは「整然美」。ぴたりと美事に決まる美しさで、その中にいる人たちの心は、きちんと整った秩序の中にある宇宙を感じている。それは居心地のよい世界

空白にも価値があると考えて大切にすること。空白こそが、アクセントになる

・「づくし」には、ゴタゴタ入り混じっている感じがつきまとう。一方、「違い」には、独自性という大きな価値が感じられるので、質に重点を置いた「高級感」がある

・強引は力と力の戦いになるが、謙虚には知らず知らずのうちに引き寄せられていく。謙虚は力を出していないので、内に力を秘めている。それが美しく輝いてくる

・世の人々の公正や公平という秩序を守る重要性を忘れてはならない。自分一人がよくなっても、自分の周囲に乱れが生じたら、その結果は自分にもマイナスとなって及んでくる

・偽物には、人をごまかそうとするマイナスの意図が感じられる。何かおかしいという違和感があるので、居心地がよくない

・自分の分を守って生きていく以上のことを望むのは、現在の幸せを壊すことにもなりかねない。平凡が幸せの核である

・有名には不自由が伴う。無名は自由をフルに楽しむことができるが、まったくの無名では寂しい。「知る人ぞ知る」で、社会の一分野の中で、ある程度の成果を上げている「隠れ有名人」くらいがちょうどいい



若いうちは、「持つ贅沢」を味わった人でないと、「持たない贅沢」の心境に到達しないのかもしれません。年老いてくると、誰でも、「持たない贅沢」の心境に到達してくるように思います。

その心境に到達したとき、それにふさわしい振る舞いが必要になります。本書には、その模範となる振る舞いが書かれており、参考になりました。


[ 2013/08/20 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)
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