とは学

「・・・とは」の哲学

『幸福論 (第1部) 』ヒルティ

幸福論 (第1部) (岩波文庫)幸福論 (第1部) (岩波文庫)
(1961/01)
ヒルティ

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スイスの法学者であるヒルティが「幸福論」を著したのは、1891年です。「幸福論」の元祖です。「アランの幸福論」「ラッセルの幸福論」は、すでに本ブログで紹介済ですので、これで世界三大幸福論が揃ったことになります。

本書は、幸福であることの尺度を示した人生論の古典です。読み応えのある本です。その一部を要約して、紹介させていただきます。



・文化は富の土台の上にのみ栄え、富は資本の蓄積によってのみ増大し、資本は正当な報酬を受けない者の労働の蓄積からのみ生ずる。ゆえに、文化は不正から生ずる

・できるだけ多くの人格者を養成すること、これが本来、教職にある者の本分

・われわれに害を加える者だけが、真にわれわれの敵である。普通の意味の敵は、たいてい、きわめて有益なものであり、時には、なくてはならないものでさえある

・君自身のものでない美点を誇ってはならない。外面的な、偶然の所有について誇るのは、教養の乏しい人たちの特徴である

・君の心が、万一にも君を離れて外部に向かい、世間の気を迎えようとする気持ちが生じたとき、君は正しい心の状態を失ったのである

・誰かが君に「誰それはお前の悪口を言っていた」と告げたなら、その言われたことに弁解をせず、むしろこう答えるのがよい。「彼は私の持っているその他の欠点を知らなかったのだ。そうでなかったら、ただその一つだけを挙げはしなかっただろう」

・理想主義はなるほど尊敬すべき考え方であって、特に青年の教育には有益であるが、世に出た後の実生活にはあまり役立たない。実際には、ものごとはすべて「互いに激しくぶつかり合う」もので、理屈とはまた別

・人を信じさせるものは経験である。自分も経験してみたいという願望と気分とを起こさせるものは、その経験をした人たちの証言である

・称賛は人の内部に潜む傲慢を引き出し、富は我欲を生む。この二つは、成功することがないなら、最後まで隠れたまま現れてこない

・最も幸福な人とは、個人的な利己心でなく、ある偉大な思想に自分をぶち込む人。次に幸福な人は、穏健な人。後者は、自分の力の及ぶ限りの成功をおさめるが、前者は、幸福であるためには成功を必要としない

・幸福は、ある大きな思想に生きて、それのためにたゆまず着実な仕事をし続ける生活のうつに見出されるもの。これは自然、すべての無益な社交を排斥することになる

・教育の目的とするところは、善への性向を持つ人間を育てあげることである

・悪は、厳しく叱ったり、非難したりする必要はない。それが明るみに持ち出されるだけで充分。その人は、たとえ表面上は反抗しようとも、必ず自分で良心のさばきを受ける

・自己教育はすべて、ある重大な人生目的をひたすら追求し、これに反する一切のものから遠ざかろうとする意志、断乎たる決心とともに、始まるものである

・君の学んだもの、君に託されたものをどこまでも守ること

・幸福こそは、人間の生活目標。人はどんなことをしても幸福になりたいと思う

・人は富の偶像から自由にならない限り、精神的自由など、まるで問題にならない

徳は幸福ではない。徳というものは、人間の自然のままの心に住むものではない

・最も不幸な者は、単にある宗教的宗派に所属することによって幸福を得ようとして、結局だまされたと感じて、ひどく失望する人たちである

・喜びは、自分から追求してはならない。それは、生活さえ正しければ、自然に生まれてくるもの。最も単純な、金のかからない、必要に基づいて得られる喜びが、最上の喜び

・真の幸福感にとっては、外部の事情などは全くどうでもよいものである

・幸福とは、もはや外的運命に支配されることなく、完全にこれを克服した、不断の平和のことである



真の幸福とは何かを考えずに、見せかけの幸福を追いかけても仕方がありません。本書には、その真の幸福が描かれています。

尚、ヒルティの幸福論は第三部まで続きます。第二部、第三部は、また追って紹介させていただきます。


[ 2013/08/08 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)
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