とは学

「・・・とは」の哲学

『こだまでしょうか、いいえ誰でも。-金子みすヾ詩集百選』

こだまでしょうか、いいえ、誰でも。―金子みすヾ詩集選こだまでしょうか、いいえ、誰でも。―金子みすヾ詩集選
(2011/04/26)
金子みすヾ

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金子みすゞに興味を持ったのは、5年前に山口県の長門・青海島方面に旅し、仙崎の街に、記念館があったのを見つけてからのことです。そのときは、金子みすゞの詩が教科書に載っていることや詩の内容も深く知りませんでした。

その後、あの震災で有名になり、誰にも広く知られるようになりました。本書は、有名になった「こだまでしょうか」など、100の詩がコンパクトに収められた書です。金子みすゞには、素敵な詩が数多くあります。その一部を紹介させていただきます。



・「こだまでしょうか」 「遊ぼう」っていうと「遊ぼう」っていう。「馬鹿」っていうと「馬鹿」っていう。「もう遊ばない」っていうと「遊ばない」っていう。そうして、あとで、さみしくなって、「ごめんね」っていうと「ごめんね」っていう。こだまでしょうか、いいえ、誰でも。

・「さびしいとき」 私がさびしいときに、よその人は知らないの。私がさびしいときに、お友だちは笑うの。私がさびしいときに、お母さんはやさしいの。私がさびしいときに、仏さまはさびしいの。

・「」 お花が散って実が熟れて、その実が落ちて葉が落ちて、それから芽が出て花が咲く。そうして何べんまわったら、この木は御用がすむか知ら。

・「私と小鳥と鈴と」 私が両手をひろげても、お空はちっとも飛べないが、飛べる小鳥は私のように、地面(じべた)を速く走れない。私がからだをゆすっても、きれいな音は出ないけど、あの鳴る鈴は私のように、たくさん唄は知らないよ。鈴と、小鳥と、それから私。みんなちがって、みんないい

・「お魚」 海の魚はかわいそう。お米は人につくられる。牛は牧場で飼われてる、鯉もお池で麩を貰う。けれども海の魚はなんにもお世話にならないし、いたずら一つしないのに、こうして私に食べられる。ほんとに魚はかわいそう。

・「雀のかあさん」 子供が子雀つかまえた。その子のかあさん笑ってた。雀のかあさんそれみてた。お屋根で鳴かずにそれ見てた。

・「大漁」 朝焼小焼だ大漁だ、大羽鰯の大漁だ。浜は祭りのようだけど、海のなかでは何万の鰯のとむらいするだろう。

・「燕の母さん」 ついと出ちゃ、くるっとまわってすぐもどる。つういとすこうし行っちゃまた戻る。つういつうい、横町へ行ってまたもどる。出てみても、出てみても、気にかかる、おるすの赤ちゃん気にかかる。

・「繭と墓」 蚕は繭にはいります、きゅうくつそうなあの繭に。けれど蚕はうれしかろ、蝶々になって飛べるのよ。人はお墓へはいります、暗いさみしいあの墓へ。そしていい子は翅が生え、天使になって飛べるのよ

・「お菓子」 いたずらに一つかくした弟のお菓子。たべるもんかと思ってて、たべてしまった一つのお菓子。母さんが二つッていったら、どうしよう。おいてみて、とってみてまたおいてみて、それでも弟が来ないから、たべてしまった、二つめのお菓子。にがいお菓子、かなしいお菓子。

・「土と草」 母さん知らぬ草の子を、なん千万の草の子を、土はひとりで育てます。草があおあお茂ったら、土はかくれてしまうのに。

・「お花だったら」 もしも私がお花なら、とてもいい子になれるだろ。ものが言えなきゃ、あるけなきゃ、なんでおいたをするものか。だけど、誰かがやって来て、いやな花だといったなら、すぐに怒ってしぼむだろ。もしもお花になったって、やっぱしいい子にゃなれまいな、お花のようになれまいな。

・「」 うちのだりあの咲いた日に、酒屋のクロは死にました。おもてであそぶわたしらを、いつでも、おこるおばさんが、おろおろ泣いて居りました。その日学校でそのことを、おもしろそうに、話してて、ふっとさみしくなりました。

・「積った雪」 上の雪、さむかろうな。つめたい月がさしていて。下の雪、重かろうな。何百人ものせていて。中の雪、さみしかろうな。空も地面(じべた)もみえないで。

・「かたばみ」 駈けてあがったお寺の石段。おまいりすませて降りかけて、なぜだか、ふっと、おもい出す。石のすきまのかたばみの赤いちいさい葉のことを。とおい昔にみたように。



金子みすゞの詩には、仏教的な精神、柔らかく言えば、「ほとけの心」が宿っているように思います。

時空を超え、自我を超え、いろいろな人や物の立場に立って考え、共感できることの素晴らしさを再認識させられる詩ではないでしょうか。


[ 2013/06/30 07:00 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)
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