とは考

「・・・とは」「・・・人とは」を思索

『ゼロからの宗教の授業』釈徹宗

ゼロからの宗教の授業ゼロからの宗教の授業
(2009/11/28)
釈 徹宗

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釈徹宗さんの本を紹介するのは、「いきなりはじめる仏教生活」「仏教シネマ」に次ぎ、3冊目です。釈徹宗さんは、文学、演劇、漫画に造詣の深い大学教授兼僧侶です。

本書では、宗教を漫画などの事例を踏まえて、わかりやすく解説してくれています。宗教の新たな発見が多々ありました。それらの一部を要約して紹介させていただきます。



・伝統的主流宗教を学ばなければ、宗教の毒を避けることはできない

・宗教を知ると、「結び目」がほどけたりする。なぜなら、宗教体系は、人間や社会の根源的な仕組みとパラレルだから

・芸能は、シャーマニズム抜きに語れない。「舞う」「踊る」「謡う」「狂う」、いずれも、トランス状態のシャーマンによって表現される行為

・「ただいま」「おかえり」というイメージが、人間の宗教性の源泉にある

・宗教は大別して、1.「受容機能」(人や共同体に安定をもたらす機能)、2.「自律機能」(大きな変革をもたらす機能)、3.「バインド機能」(人と人を結びつけ、共同体を維持する機能)の三つを発揮する

・江戸末期から明治にかけて、神道のニュームーブメントが興り、教派神道がどっと出てきた。時代の節目や転換期には、必ず大きな宗教ムーブメントが連係している

・道教の理想は、天才バカボンのパパが言う「これでいいのだ」にある。この一言は、すべてを肯定しつくす。「これでいいのだ」は、社会通念や価値観にとらわれず、全面的にあるがままを肯定する言葉

・プロテスタントの教会は、簡素なつくりで集会所的。プロテスタントの特性は、「一時的な感情よりも持続的な動機に高い価値をおく」「それぞれの役割を精一杯果たすという倫理観をもつ」「反伝統的」などが挙げられる。これは欧米型近代のエンジンとも言うべき部分

・もはや近代成長期が行き詰まってしまった現代において、今でも近代の「成長を自己目的とし、煽る構造」で成り立っているのが、少年マンガ。「あきらめなければ、いつか夢はかなう」という信仰は、プロテスタンティズム的「煽る構造」の特徴

・禁欲構造をもつプロテスタンティズムで重要なのは、「天職(召命)」の思想。一つのものに打ち込み、誘惑に勝つ「目指せ、神の栄光」の構図は「発展・成長」価値へつながる。少年マンガの大きな要素「友情」「自己犠牲」も、近代プロテスタンティズムの色彩が濃い

・「この作品を完成させるのはお前ではない。しかし、その作業に参加しないで済むわけでもない」(ユダヤ教ラビ・タルフォン)

・イスラームは、「自分のフォーム」をもつ宗教。だから、何度も何度も復興運動が興る

・「つながっている」実感があれば、人は明日も生きていくことができる。イスラム教徒には、自分という存在の底の底で、「どこかとつながっている」感覚がある

・宗教画や偶像を禁止したからこそ、イスラームには幾何学模様が発達した。どこかを抑圧したがために、別の部分が発達する。人間というのは、本当におもしろい

・仏教では、人間が過剰・極端になることに対して、常日頃から「シェア(分配)のトレーニング」を実践するように考える。「僧侶への報酬」のように思われる「布施」も、「シェアの実践トレーニング」「自らの修養」という側面をもっている

・仏教は最初期から「フェアとシェア」を提唱してきた。社会や人間のメカニズムに基づく「フェアとシェア」を目指した生活の実践を説く宗教が仏教

・お花をじっと観察して、「すべては関わり合いながら変化し続けている」ことが、リアルに把握できれば、今がどれほど豊かであり、大切であるかが実感できる

・仏教の目指すのは、その時が来ても、いつものように過ごすこと。その時に、いつもと同じように過ごせないということは、普段は本来の姿ではないことになる

・自分が苦しい時こそ、他者のために行動する。それは自分を再生してくれるシステム

仲間へのパス。パスこそが自分を生かす技法

・積んでは崩し、積んでは崩し、そのプロセスこそ、日常を生きるということ



本書は、神道、道教、キリスト教のカトリック、プロテスタント、ユダヤ教、イスラム教、仏教、それらを俯瞰して宗教というものを見つめています。

個人と社会に深く関わる宗教というものを観察することで、自分と社会の本質が理解できてくるのではないでしょうか。


[ 2013/02/08 07:01 ] 釈徹宗・本 | TB(0) | CM(0)
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