とは考

「・・・とは」「・・・人とは」を思索

『自分探しと楽しさについて』森博嗣

自分探しと楽しさについて (集英社新書)自分探しと楽しさについて (集英社新書)
(2011/02/17)
森 博嗣

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人気作家である、森博嗣さんの著書を紹介するのは、「自由をつくる自在に生きる」に次ぎ、2冊目です。

自らの趣味を楽しんでいる著者が、本当の楽しさとは何かを、理系的頭脳で解明してくれるのが、本書です。頷ける点が多々ありました。それらを、一部紹介させていただきます。



・時間をかけなければわからない「楽しさ」がある。もっと言えば、時間をかけることでしか、本当の楽しさは味わえない

・本当の楽しさとは、他者から与えられるものではない。それは、自分の中から創り出されるもの

場所は今いる場所しかない、お金は今の稼ぎが上限、時間は一日二十四時間と決まっている。誰もがすでに限界である。余裕のある人間なんて一人もいない。他人が「余裕のある人」に見えるのは、その人の価値観による勝手な判断

一人で遊べるというのは、いつでも、自分さえいれば楽しめるわけで、人につき合ってもらう必要がないし、気兼ねすることもない

・サイトを訪れる人は、自分から望んで読みにくる。こちらから押しつけたもの、つき合わせたものではない。ネット上であれば、相手に無理につき合わせる後ろめたさがない

・「あいつ、上から目線だよな」と偉そうに言う人は、間違いなく上から目線。「下から目線」の方が、いかにもいやらしい、おべっかを使う太鼓持ちのような下品さがつきまとう

・「他者」を認めることが、「自分」を確立する。認めるということは、存在を認め、立場を認め、意見を聞き、人格を尊重し、必要であれば、守り、敬うということ

・「違うな」と感じたときに、躊躇なくころっと意見を変えるのは、恥ずかしいことではない。ぶれるとか、ぶれないとかではない。科学では、正しいものは正しい。自分だけの観察では不充分で、みんなで確かめ合って初めて、それが本当に正しいことになる

・一度断っただけで、人を嫌う人間(あるいは集団)なんて、大したものではないから、好かれたって価値はないと考えること

・電話は、相手の時間の中へ突然飛び込み、強制的に相手の生活を中断させる横柄さがある。電話のこの性質に抵抗があったので、メールが普及するにしたがい、メールへ移行した。メールが来たらすぐに返す馬鹿なマナーの広まりは、メールのメリットを除外する

・重要なのは、「自分」や「自分の楽しみ」の中に「他者」をあまり入れないこと

・楽しさは、「他者」との比較から生まれるものではない。「自分」の中から湧き出るもの

・他者を攻撃することよりも、自分の生命を防御することが優先されるのが「生物」

・自分が一番得意なことで金を稼ぎ、たくさんの税金を払ったほうが、社会に貢献できる。金を儲ければ儲けるほど、社会のためになる。税金では足りないというならば、寄付すればいい。募金活動をするより、ずっと効率がいい

・金を稼ぐ行為は汚くない。まっとうな仕事をして稼いでいるならば、金を出したほうも納得しているわけだから、人のためになっている。自分ではできないことを他者に依頼する。そのために金を払う。金を稼げるのは、社会に尽くした結果である

・今の社会がどうなのかと考えるよりも、常に、未来の社会がどうなっていくのかを考えた方が有益

・今が楽しくないのは、楽しさの種を蒔いてこなかったから。楽しさを育てなかった結果

・楽しいことは、人にうまく話せない。あれこれ説明して、わかってもらえないことが本当の楽しさ

・貧しい時代には、個人が好きなことを楽しむ余力が社会になかったので、歩調を合わせ、効率よく「楽しさ」をつくる必要があった。だから、協調性を重視し、大勢で楽しんだ

・楽しみを求めれば、金は入ってくる。真剣に楽しみを実現したいと思う人は、自然に金持ちになっている。自由を求めると、自然と金持ちになるのと同じ。金が楽しみを生むのではなく、楽しみが金を生む。人間の願望、思考力がいかに強力かということ



著者の考え方は、集団主義に馴染んだ人には、「個人主義」と映るかもしれません。しかし、著者の考える「楽しむ権利」は、相手を尊重することによって得られるものです。

このことがわかっていない人たち(成熟していない人たち)が、まだまだ多いように思います。お互いに、相手を慮るようになれば、本当の意味の楽しさを実感できるようになるのではないでしょうか。


[ 2012/11/08 07:03 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)
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