とは考

「・・・とは」「・・・人とは」を思索

『新版・ユダヤタルムードビジネス―ハラハーにみる経済思想の原点』手島佑郎

新版 ユダヤタルムードビジネス―ハラハーにみる経済思想の原点新版 ユダヤタルムードビジネス―ハラハーにみる経済思想の原点
(2003/04)
手島 佑郎

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タルムードとは、ユダヤ4000年の記録であり、そこには、成功も失敗も記されています。ユダヤ人は、タルムードを学ぶことによって、成長してきました。

しかし、このタルムードを読むのは、難解で躊躇していました。本書は、タルムードの中から、ビジネスに関する箇所を選別した書です。タルムードの入門書として、読みやすい本です。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・ユダヤ教やイスラム教は、利息を禁じている(現実には、利息をつけての金銭の貸し借りが横行しており、再三禁止を命じている)。利息禁止だからこそ、ユダヤ人は実業という形で財産形成をはかり、投資や投機でさらにこれを殖やし、成功したものが多い

・貧富のアンバランスがあるから、お金はものをいう。全員が金持ちになってしまったのでは、金持ちになっても意味がない

・金持ちは常に少なく、貧乏人が圧倒的多数。金持ちは貧乏人からの利益の吸い上げによって富を築いている。金持ちからの、たらい回しによって、富を築いているのではない

・社会は拡大再生産を続けていかないと、やがて萎縮消滅する。拡大再生産のためには、生産技術の維持と継承、ならびに子孫の拡大増加は必須条件。幼子らが元気活発であれば、次世代の家族の繁栄も民族の発展も望める

・「ならず者は罪を恐れない。大衆は敬虔でない。恥ずかしがり屋は学ばない。短気な者は教えない。商売に耽りすぎる者は賢くならない。人々がいない場所で人間らしくあるべく努めよ」(ヒレルの言葉)

古典研究は、毎日の仕事と無関係に見える。だが、日々の仕事を離れて、真理の前に心を虚しくすることが、精神を鍛え、広い視野から物事を判断することを可能にする

・人が尊敬に値するかどうかは、自分の力で生活できるかどうか

・有名人の能力は過大評価され、凡人の能力は過小評価される。人に機会と責任を与えて、やらせてみよ。そうすれば人は伸びる

・原則として、ユダヤ人社会では、まず若い者から発言させる仕組みになっているから、ユダヤ人は闊達に意見を述べる

・人間とは不慮の過ちや事故を引き起こす可能性を常に持っている存在。そういう人間観を土台に、個人の責任の取り方を明示し、周知徹底させようとするのが、タルムードの基本的な考え方

・「余裕」と「意志」と「」、これは人が前進するための三要素

・理屈よりも行動が先行する。行動で先行してみて不都合なことがあれば、それから、おもむろに反省する。行動しないで議論しても、話がかみ合うはずもない

・学問と知恵こそは、ユダヤ人全体の存続に関わる最重要事。家柄や名門よりも、ユダヤ教の学殖と知恵が尊敬される。今日でも、ユダヤ人社会では、賢人学者には、権力者や金持ちよりも上席が用意される

・ユダヤ人のビジネスの基本は「広く浅く多く」であって、「狭く深く少なく」という発想はない

・ユダヤ人は、狭い専門領域だけに終始しようとはしない。間口の広さは、接触の多さと情報の多さとなり、新しい着想やビジネスチャンスの創出に関係する。要は、多く稼ぐ、多く儲けるかではなく、いかに多くの人々と接触できるかの発想

・ユダヤ人の母親は、普段から息子が早く一人立ちするように、しつける。生活習慣の中で、自立独立を子供たちに教える

・日本人は、契約とは、強者が弱者に押しつけるものであって、弱者が強者に提案するとは考えられていない。ユダヤ人と根本的に考え方の違いがある

・日本では、相手が自分よりも弱いと見るや、途端に高圧的にさまざまな要求をし始める。それでいて、高圧的要求の正当さを裏付ける根拠を何も説明できない。それが世間の常識、世間で当たり前だからとしか説明できない

・ユダヤ人の世界では、訴訟においても必ず三人の証人を立てる。客観というものは、少なくとも第三の視点から観察を得て初めて成立する



ユダヤ人は、タルムードの教えによって、宗教観以上に、人間観、社会観、ビジネス観が形成されているように思います。

過去の失敗を反省することで、成長してきた人や民族は、どんな事態が起きようと、しっかり生きていけます。このことが、一番大きな財産になるのではないでしょうか。
[ 2012/05/31 07:05 ] ユダヤ本 | TB(0) | CM(0)
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