とは考

「・・・とは」「・・・人とは」を思索

『六十歳以後-植福の生き方』米長邦雄

六十歳以後―植福の生き方六十歳以後―植福の生き方
(2007/05)
米長 邦雄

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著者は、史上最年長で名人位を獲得した米長邦雄さんです。現在は、永世棋聖で、日本将棋連盟会長をされています。

タイトルにもある植福とは、幸田露伴が「努力論」で唱えた「幸福三説」(惜福・分福・植福)によるもので、運のつくり方を説いたものです。

著者は、この幸福三説をもとに、還暦を過ぎて、人はどう行動すべきかを論じられています。私自身、60歳まで、時間はまだありますが、参考にしたい点が多々ありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・宮本武蔵の「五輪書」に、「いつくは死ぬる手なり」という一文がある。「いつく」とは、安定している、動かないという意味。要は、「変わらない」ということ。変わらないのは、死ぬこと。死にたくなければ、どんどん変わっていくしかない

・人が老いやすいのは、夢や好奇心を失ったとき。なまじ常識的で物わかりのよい大人になど成長しないほうがいい

・六十を過ぎても、心の若さを保ちたいと思ったら、肉体の衰えなどに惑わされてはいけない。変わることを恐れないこと

・しばらく考えても結論が出ないことは、その後、いくら考えたところで答えが出ない。なぜなら、そこに絶対的な基準がないから

・スランプとは、強さや勢いが行きすぎたときに起きる。実力があっても、何かの理由で、その実力が発揮できない状態とも言える。実力がなかったり、実力をすべて出し切っても負けるような場合は、スランプとは呼べない

形勢が悪くなったとき、最もマズい対処の仕方は、冷静さを失って不用意な動きをすること。次に悪いのは、ふて腐れて勝負を投げ出してしまうこと。それに対して、望ましい対処の仕方は、形勢の悪さを受け入れ、じっと反撃に出るためのエネルギーを貯えること

・いつか必ず死ぬことはわかっている。だから、いつになるかわからないそのときまで、ただ生きることだけを考えて生きる。死んだ後のことまで考えたって仕方ない

・「福を惜しむ人は福を保つを得ん。福を分つ人は福を致すを得ん。福を植うる人は福を造る。植福なる哉、植福なる哉」 (幸田露伴・努力論)

・会社はピークのときに入ったらダメ。ボトムのときに入って、五十歳になったときに、ピークを迎えるような会社を選ぶこと

過去と戦う者は全敗する。「あの頃は若かった」「あの頃は金があった」「あの頃はモテた」は、すべてダメ。未来を見つめていくこと。年をとっても、過去を振り返らずに、前へ、前へ

・ケチには三つある。お金のケチ体のケチ(自分の体を相手のために動かさない。不潔)、そして、心のケチ(面倒くさい)。この三つともケチだと、絶対にモテない

偉い坊さんは、たいがい年をとってから女性にモテる。女性の方が放っておかない。離さない。その人間性、心の優しさに女性たちが惹かれる

・命を捨てても、新しい国を創ると、血潮をたぎらせた幕末の「勤皇の志士」に、当時の芸者衆や舞妓などが惚れた。ごはんを食べさせ、自分の命と引き換えにかくまった。「義」に生きようとする「志」に女性たちが惚れた

義の道を一生懸命生きていると、必ずいい風が吹いてくる。運気が上向く。応援団が現れる

・日本の男たちが、「義に生きる」覇気をなくしたために、日本の女性たちは、「男の色気」を感じなくなってしまった。そんな男など要らない。そんな男にはついていけない

・何事に限らず、それに惚れているかどうかが大事。「しかたないから○○でもやってみるか」という気持ちが少しでもあるのなら、やらないほうがいい

・どこを頂点と定め、どこで降りるのか。それこそが人生設計。引き際とその先の生き方を考えるとき、その道は、自分の利益を追求する道ではなく、自分が得たものを還元する



感じたことを、ありのままに書かれた文章は、小気味よく、心にスーッと、伝わってきます。米長さんの言われていることは、ほぼ正しいように思います。

それは、世の中に起きる普遍の事実なのかもしれません。自分が信じられる一文を糧とすれば、役に立つ一冊になるのではないでしょうか。


[ 2012/05/26 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)
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