とは考

「・・・とは」「・・・人とは」を思索

『人生論としての読書論』森信三

人生論としての読書論人生論としての読書論
(2011/09/16)
森 信三

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森信三先生の本を紹介するのは、「森信三語録・心魂にひびく言葉」「一語千鈞」「森信三に学ぶ人間力」に次ぎ、4冊目になります。

自分自身のプロフィールでも少しふれているのですが、「世間的に広くは知られていないけれど、卓れた人の書をひろく世に拡める。世にこれにまさる貢献なけむ」という著者の言葉が大好きです。

今回は、読書論についてだけの著作です。著者の「本」に対する本気度が伝わってきます。本の一部ですが、紹介させていただきます。



・読書の意義と価値を、真に自覚的に把握し、認識している人が少ないのは、二度とない人生を、真に自覚的に生きようとする人が少ないからに他ならない

・人生において、愉快だとか楽しいというような出来事は、そうざらにはない。人生の大部分は、単調な日々の連続。もし、書物を読まなかったら、単調の繰り返しとなって、深い味わいを噛みしめるようなことはなくなる

・読書とは、心の感動を持続するための最もたやすい方法。溌剌として躍動している時、その人の人生は充実する

・良書とは、現実界に内定する無量の理法を、文書をもって、易解な形態に表現したもの

・良書とは、パドスとロゴスの両面を兼ね備えたもの。いずれか一方のみだとしたら、それは真の「良書」とは言い難い

・書物の選択で、読書法の八、九割まで、事が片付く。良書を鑑別する眼力を養うこと

・書物が良いか悪いかの鑑別は、その人が現実に対して、どの程度深い洞察力を持っているか否かによって決まる

・自分の専門部門については、「精読」主義をとることが好ましい。専門以外の領域に関しては、多角的な読書、「多読」を必要とする

・書物を読む場合、精神を集中して、「全的感動」のうちに、「一気呵成」に読み終えるべき

・覚悟とか決心だけでは、個人的なものゆえ、永続し難い。結局は、自己を越えたものへの「発願」に至って、初めて無限の努力の持続が可能となる

・読書は、二度とない人生をいかに生きるべきかが、その中心にあるべき

・真の読書は、書物内容の知識習得を越えて、自己の人間的確立に資するもの。哲学や宗教と呼んでいるものは、われわれの人間的自己確立への努力の所産

・読書による自己の人間的確立の中心は、自己超克にある

・水戸光圀卿の書斎が、幾十室もある広い山荘の、わずか三畳の室だったのは、まことに心憎い

・人間の一生のうちで、記憶力の最も旺盛な時期に、有名な古典の言葉を心に蒔き込まれた子供たちは、古典の真理が、人生の経験と結びついて、その威力を発揮するようになる

・管理職などの地位にある場合、零細な時間を利用するために、「語録」や「箴言」を読むことの長所を知らねばならない

・読書の真価を解しうる人は、その身は一つでありながら、二種の世界に住んでいる住人の如くにある

・功成り名遂げた人が、華やかな舞台から退いて、一人静かに書を読み一室に坐し、天地古今を俯瞰しつつ、悠々と人生の終末を迎える態度こそ、人生至上の道

・青年期の「立志のタネ蒔き」に始まり、壮年期に「人生の浮沈に挫折しながらも慰藉激励」せられ、晩年に「静かに読書」に明け暮れる。人生三期の読書の中でも、晩年の読書こそ、味わい深きものがある



読書の大切さを力説する人は、だんだん少なくなっているように思います。情報という意味では、ネットやテレビに負ける部分がありますが、「知の恵み」に関しては、読書に勝るものはありません。

「人生論としての読書論」=「読書論としての人生論」なのかもしれません。読書と人生は、お互いにリンクし合う関係ではないでしょうか。本書を読み、読書の意義をもう一度、確認したいものです。


[ 2012/05/18 07:09 ] 森信三・本 | TB(0) | CM(0)
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