とは学

「・・・とは」の哲学

『シニア接客のルール』山岸和実

シニア接客のルール (アスカビジネス)シニア接客のルール (アスカビジネス)
(2013/10/19)
山岸 和実

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歳をとると、人の行為の意図が見えてくるようになるものです。したがって、販売促進マニュアルどおりに接客してくる人が嫌いになり、そういう店を避けるようになってきます。

本書には、シニアの心理が描かれており、納得できることが数多くあります。それらの一部をまとめてみました。



・高齢者は、若年層に比べて、“生涯顧客”になってくれる可能性がとても高い。だから、高齢者の接客には、情熱と愛情を傾けるだけの意味と価値がある

・相手が高齢者であればあるほど、真っ先に“歩み寄り”が求められる。相手の視力が弱ければ、あなたの笑顔もぼやけて見える。笑顔の前に“歩み寄り”

・高齢者は、人生経験を通じて「サービス」や「人を見る眼」が肥えている。態度や表情に出さないだけで、あなたの本心はすべてお見通し

・高齢者は視力も落ちているし、動作もテキパキできない。急がせれば急がせるほど「事故・ケガ・トラブルの元」と心得ること

・高齢者は、さまざまな場面で、あなたの代行精神に期待している。「自宅までのお届け」「お買い物の引受け」「送り状の代筆」など、「代行」のサービス領域はどんどん拡大中

補聴器をつけている客には、「補聴器に接近して話す」「ふつうの声量で会話する」「ゆっくり、ハッキリ発声する」「言葉を短く区切る」「相手が反応するまで、次の言葉は控える」「正面から話しかける」

・歳をとれば、いろんな面で“個人差”が顕著になる。だから、高齢者には、画一的なマニュアルに基づく、画一的な接客サービスでは限界がある。個人差にあわせるのが基本

・商品や店内を見回し、読みにくい文字は、どんどん、大きな文字に変更する

・高齢者に好かれる接客のポイントは、何でも素直に教えを被ること

・高齢者は、電話でアクセスできないサービスの利用は控える。だから、なんでもかんでもデジタル頼みではいけない

・接客中に「自慢話」や「自己紹介」を盛んにするようならば、それは「自分を認めてほしい」というサイン。高齢者は、むかし(当時)の自分を認めてくれる存在に心を許す

・一人暮らしで孤独を感じている高齢者ほど、些細な変化に関心を示してくれる人に好意を抱く

・「わいわいガヤガヤしている場所」「待たされるところ」「座り心地のよくない椅子」など、くつろげないところに高齢者はいない。「くつろいでいただく」ことが、高齢者には大切

・高齢者は、接客よりも「報告」を望む。丁寧に報告できれば、高齢者に愛される

・高齢者は、「話し相手」という付加価値を求めてやってくる。客との会話を楽しめてこそ、一人前

・口頭説明だけでは、高齢者に不安、心配、混乱を与えてしまうだけ。これからの接客は、筆記用具を携帯して、必要に応じて書き表し、口頭説明をしっかり行うこと

・高齢者はおしゃべり好き。だからこそ、悪口、陰口、噂には、無関心を装うことが大切

・高齢者は無料サービスが苦手。高齢者に喜んでもらうならば、「無料サービス」よりも「激安サービス

・いつまでも考え込んでしまう高齢者は珍しくない。これでは、どんなに時間があっても、仕事ははかどらない。商品をすすめる場合は、好みをたずねて、2~3点に絞り込み、すんなり決断してもらう

高齢者のタイプは、「お任せしますタイプ」「おしゃべり大好きタイプ」「寂しがりタイプ」「疑心暗鬼タイプ」「趣味に夢中タイプ」「頑固で怒りん坊タイプ」「ペット好きタイプ」「自慢大好きタイプ」「現役バリバリタイプ」「世話好きタイプ」など、いろいろ



高齢者への接客が下手で、損をしている店がたくさんあります。高齢者の客が多い店には、必ずベテランの従業員がいて、うまく客あしらいをしています。

本書には、その「ベテラン従業員の高齢者客の客あしらい法」が記されおり、高齢者客を大事にしたいと考えている人には、最適の書ではないでしょうか。


[ 2014/07/30 07:00 ] 営業の本 | TB(0) | CM(0)

『群れない力』関口智弘

群れない力 「人付き合いが上手い人ほど貧乏になる時代」における勝つ人の習慣 (経済界新書)群れない力 「人付き合いが上手い人ほど貧乏になる時代」における勝つ人の習慣 (経済界新書)
(2013/04/25)
関口 智弘

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著者の力強さが全面的に出ていて、スカッとする書です。みなぎる自信がこの発言を生んだのだと思います。

独立自営で生きている人は、こうあらねばなりません。本書の、決意表明のような内容の中から、共感できたところをまとめてみました。



・人付き合いが上手い人ほど貧乏になる時代

・厳選された付き合いであっても、いざという時に力を貸してくれるのはごくわずか。その一方で、一方的に友達と思い込んで、タカりに来る連中の多たるや、数知れず

・1日24時間のうち、自由裁量の8時間を、しょうもない知り合いとの交流に使うのか、自分を高めるために使うのか。その時間の質の違いが、人生の質の違いをつくっている

・「友達」とは、家族みたいな無償の愛に近い形で結びついているもの。相手に期待する時点で、もはや利害関係であり、本質的な人間関係のつながりではない

・真のコミュニケーション能力とは、本音で語り合って理解し合える価値観の共通点が多い人間を選びだして深くつき合う力

・コミュニケーション能力とは、自分の価値観や考えを正しく相手に伝える力のこと。言い換えれば、価値観が同じ相手に好かれる力であり、価値観が違う相手にキッパリと嫌われる力のこと

弱い奴らは、存在意義がないに等しいから、群れになって影響力を強めようとする

・ザコ同士が群れたところで、シナジーなんて生まれるわけがない

・群れというのは、絶えず敵をつくりだすもの。群れに属していない人間を群れの中から否定することで、自らの信ずるものや、正しいと思うことを正当化する材料とする

・群れに属することで平穏無事な生活が保障されるので、誰もが群れに依存する。社会の支配者からすれば、これほど楽なことはない。今も昔も、村八分の概念は、日本社会に深く根づいている

・世の中の多くの人は、人脈が大事だなんて言いながらも、他人様を利用して、手前がおいしい思いをすることしか頭にないのが現実

・会社でのうわべづき合いを効率的にやり過ごすには、近寄りがたい雰囲気を醸しだすのが一番。「仕事はできるんだけど、仕事以外に興味なさそう」と思わせたらしめたもの

・ランチタイムという時間は、薄っぺらい人間関係の連帯感を確認する場として使われることが多く、そのスパイラルに巻き込まれると、抜け出すことは容易ではない

・お客様が神様であっても、福の神なのか、疫病神なのかは見極めるべき。疫病神であるならば、何のためらいもなくぶった切るくらいの決断をしてしかるべき

自分の時間を確保するためには、絶対に自分のお客さんからは時間外に問い合わせが来ないようにしておくこと

・無視もまた一つのコミュニケーションの手法。コミュニケーション上手は、相手の反作用を生まないために、あえて無視というコミュニケーション手法を多用している

久々に電話をかけてくる奴の用件は99%が面倒事なので、連絡がつかないほうがいい。あなたに繋がらなければ、また別のターゲットに狙いをつけるだけだから

・普通の生活をしていて得られる人脈や仲間というのは、往々にして薄情な利己主義者で、いざという時、頼りにならない

・家族同様に、無償の愛を捧げられるような相手こそ、真の友。その価値があるかどうか見極めるためには、お互いに本音で語り合う必要がある

・自分の思うがままに生活すること、思ったことを口にすることが、すべて法律で禁止されているかのように、自分を殺している人が多い

・会社はあなたを幸せにするために存在していない。会社が儲けるために存在している



著者が首尾一貫して主張しているのは、「自分中心でいい」ということ。

自分中心=群れないことこそ、すべての生命力の源であり、勇気の源になるのではないでしょうか。


[ 2014/07/28 07:00 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『骨董鑑定眼』青山二郎

骨董鑑定眼 (ランティエ叢書 (24))骨董鑑定眼 (ランティエ叢書 (24))
(1998/11)
青山 二郎

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著者は、骨董界の重鎮だった人で、小林秀雄、北大路魯山人、白洲正子などと親交がありました。

骨董の鑑識眼に優れた著者の言葉には、芸術の本質を語る内容が数多く含まれています。それらの一部をまとめてみました。



・書道というものは茶道と同様に、非常に神経の細かい一つの芸であり、たしなみの技能。眼が肥えていて趣味が良く、書き写された昔の言葉にも意味がある。こういうものは、鑑賞家の芸術。だが、その技能を手に入れれば、後は人間の問題と見るのが書道に違いない

・画家の意識は、自然の中にある意識を誘発される。画家の技能は、自然の中に発見した意識を、自分のある意識に置き換えて表現しようとする

・金持ちの骨董弄りとは、何でも手当たり次第に買い集めて悦に入っているようなもの。人が来て誉めてくれれば、自分もそれを見直して喜んでいるし、人が貶せば自分でもそんなものかと思って、好きでなくなってしまう

・発見とは、発見の前に発見すること。偶然に見つかるのも発見だが、何もなければ発見できないものを発見するのが発見

・ある人は、「美術品というものは存在しない。あるものは美だけ」と言うが、この考え方が裏返しになって、「美というものは存在しない。在るものは美術品だけ」というふうに、頭の働きよりももっと実際的な眼の働きというものを、頭が信じるようになる

・正しい眼はすべて最適な条件で、健康な肉体にかかっているというよりほかに、証明の法がない

・骨董屋の眼は、物を見たというのではなくて、それは趣味という一観念を模倣する思考の働き。眼は常に正しいからとして、模倣を強要され、我々の眼玉は信じられないほどに、段々と思考に征服されている

・「感じが来る」ところから、改めて「見えて来る」までの間が、一番骨が折れる。見えるということは、陶器の生命とするものが、人の顔のように、銘々各々が異なる様に異なる事が分かるということ

見える眼が見ているものは、物でも美でもない。物そのものの姿。物の姿とは、眼に映じた物の、それなくしては見えない人だけに見える物の形、つまり、形ある物から、見える眼のみが取りとめた形

ぜいたくな心を清算する要はない。ぜいたくに磨きをかけなければいけないのだ

自分で自分が解らない、これだけが芸術家の源動力。そして、それを理解する鍵

・美とは魂の純度の探求。他の一切のものはこれに反する

・一度茶碗を愛したら、その茶碗は自分にとける。一度人を見たら、人が自分の中にとける。自分の血の中にそれらがとけるように、精神も受けただけのものは、自分の血肉の中にとける

・大衆は肉を食うが、大衆には胃袋がない。博物館に何十万人の人が行くが、彼らには思想がない。美を汚す理想がない、批評がない。だから罪はない

美は見、魂は聞き、不要は語る

・真贋というものは、賭け碁のようなもので、直観とは別のもう一つの感情と判断を必要とする

・多くの経験ある骨董屋が、失敗するのは、彼らが経験と直観に頼りすぎるから

・未熟な芸術家の純粋な駄作は、駄作でも何でもなく、自然に消える時が来れば消えるつぼみ

・見るとは、見ることに堪えること。堪えるとは、理解することではない

・今に黙って食えるだけの金が手に入ったら、文章や画を売らないで、遊んで暮らすこと、これが生活信条

・芸術は衣食の手段にするものではない



ちょっと抽象すぎる著者の言葉の数々は、まるで禅問答。美を語るのは、それだけ難しいものです。

感覚は論理ではなかなか説明できないが、その感覚を経験した人には、わかるのかもしれません。


[ 2014/07/25 07:00 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)

『最高の自分を鍛えるチームの力』平井伯昌

最高の自分を鍛えるチームの力 なぜ、競泳日本は11個のメダルを取ることができたのか?最高の自分を鍛えるチームの力 なぜ、競泳日本は11個のメダルを取ることができたのか?
(2012/10/25)
平井 伯昌

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著者は、ロンドンオリンピック競泳のヘッドコーチ。競泳メダル総数11個の陰の立役者です。

スポーツの監督やコーチの本が非常に面白いのは、目標に向かって、何が最適かをフィジカルとメンタルの分野を徹底研究しているからで、経営の本が、どんどん薄っぺらになっているのと対照的です。

本書には、具体的な選手の名前も出てくるので、マネジメント手法が目に浮かぶようで、すらすら読むことができます。その一部をまとめてみました。



目標を言えるくらいの自信と準備をしないとメダルは狙えない

勝負師は、自分の手を崩してまで相手を攻めるずる賢さを持っている。プレッシャーをかけて相手の泳ぎを崩すのが勝負師。勝負師としてひと皮むけたら、大きく飛躍する

・人に勝つのではなく、自分に勝つこと。自分に勝つとは、自問自答の繰り返し

・頭の中に悪魔と天使が棲んでいる。悪魔は「こんな辛い練習、やめてしまえ」とそそのかす。天使は「負けないでもっと頑張れ」と励ます。選手の日常は、そうした葛藤の連続

・教育の現場では、ティーチングコーチングの使い分けが求められる。ティーチングは一方通行の指導法。選手に頑張るクセ、学ぶクセをつける上で、非常に大切

・ティーチング(基礎)はレベルが低く、コーチング(応用)はレベルが高いのではなく、次のステップに行くとき、ティーチングに戻ることも必要。応用の次にまた応用を行うのではなく、応用の後にまた基礎に戻って、がむしゃらにやることも大切

・大学生までの間に、努力して伸びる経験を重ねさせると、自主的に努力する大人になる

・ティーチングは重要だが、コーチの指示がないと何もできない「指示待ち人間」を作る。教えて、ある程度できたと思ったら、自分で考えさせ、壁を乗り越えさせるコーチングに入る。そこで「まだ教え足りない」と感じたら、またティーチングに戻ればいい

・トップレベルでは、心技体の中で、心が勝敗を分ける。トップ選手になると、技術と体力に大きな差がなくなるから、心=メンタルの強化が叫ばれる所以

・メンタル強化で一番大事なのは、自分にウソをつかない強い心を育てること。もっと頑張れるのに「これ以上無理だからやめよう」とウソをつく選手は強くなれない

・オリンピックを狙うレベルになったら、ほめて伸ばすのは幼稚なやり方。ほめるよりも正しく評価することが選手の成長につながる

・勝負の世界では、目先の戦術に捉われないで、戦略的な視点を持つことが求められる

・ゴールから逆算することで、練習が戦略的になる。目標を達成するまでに、いくつかの段階があり、そこには毎日クリアすべき小さな課題がある。小さな課題解決の戦術があるが、戦術の積み重ねから戦略を立てるのではなく、戦略から逆算して戦術を作るのが正解

・やる気や意欲を引き出すきっかけの一つは、小さな成功を見つけてあげること。「愛情の反対は無関心」(マザー・テレサ)の言葉があるが、関心を持たれないことが一番ショック

・やる気はないと困るが、モチベーションが高くなりすぎたときは要注意。やる気がありすぎると、いつも以上の力を出し切ってしまい、それが故障や疲労の引き金になる

・「いいときは慎重に、悪いときは大胆に」これが指導の基本の一つ

・選手は、できること、好きなこと、得意なことだけやろうとするが、世界で勝つには、短所の克服が絶対条件。選手に不得意な練習をやらせている間は、普段以上に指導者が評価をしてあげることが重要

・指導者は「計画どおり」立てたプランのプロセスを守ることではない。目標から逆算してプロセスを変えて再施行することが大事

人間形成ができてくるとメンタルも強くなる。他人を尊重しながら、自らを謙虚に振り返るようになると、選手として一段と成長できる

自分と戦って勝利した満足感こそが大きな達成感につながる。自分に負けないで信じた道を進む大切さを教えてくれるのが、スポーツの素晴らしい点



世界のトップレベルの選手たちは、どんな練習をしているのか、どう自分を奮い立たせているのかがよくわかる書でした。

どんな世界でも、克己心が重要。その克己心が育った人が、名伯楽に出会ったとき、大きな花を咲かせるのではないでしょうか。


[ 2014/07/23 07:00 ] 出世の本 | TB(0) | CM(0)

『幸せの経済学』橘木俊詔

「幸せ」の経済学 (岩波現代全書)「幸せ」の経済学 (岩波現代全書)
(2013/06/19)
橘木 俊詔

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人生の目的とは、幸せになること。哲学も宗教も、幸せを体系化しようとしたもの。その「幸せ」は青い鳥なのかもしれないが、経済学の立場で見た「幸せ」とは何かを示しているのが本書です。

日本の人々、世界の人々が、幸せをどう考えているか、経済学的資料をもとに、類推している点に興味を抱き、それらの一部をまとめてみました。



・20世紀後半以降のような「成長」を望むことはできない。「定常経済時代」という現実は、「幸せになるには、まず成長」の固定観念から脱却する絶好の機会

・「清貧の思想」は、日本人特有の独創的な幸福感。日々の生活は食べていけるだけでいい、最低限の生活を送ればいいというもの。凡人は、華美な消費に走ることは避けるにしても、もう少し水準の高い経済生活を追求してもいい

・一人当たりGDPは高くても、所得格差の大きい国ほど国民の生活満足度が低くなる

・幸福度の高い県は、県民所得が高い割に、自然環境がいい

・一番幸福度が高いのは、60代の女性で、反対に不幸度が高いのは、30代の男性

・既婚者は幸福。さらに子供がいない夫婦の幸福度が高い

・学歴の低い人も中学卒を除いて、不幸度はそう高くなく、学歴の高い人もそれほどには幸福度は高くない

学歴の高い人は、出世、賃金などの期待度が高いが、現実の世界では、それを達成できる人は少ない。ゆえに、学歴における幸福度にほとんど差がない

管理職専門職の人のほうが、現場で肉体作業をしているブルーカラーの人たちよりも、やっぱり幸福度は高い

・企業規模では、公務員の幸福度が一番高い。そして、大企業で働いている人は、中小企業で働いているよりも幸福度は高いが、企業規模が10人~30人といった小さい企業で働いている人も幸福度は高い。小さな企業だと自分のやりたいことができるからと思われる

・「何に希望を持っているか」の調査で、意外に低かったのが友人関係。友人はいざというとき期待できないと考えている

既婚者、高い所得教育年数女性であること、健康といった変数が幸福度を高めている

・デンマーク人は、「生活に困ったときには政府が支援してくれる」というセーフティネットの充実があるからこそ、高負担の税率を容認している。だからこそ、デンマーク国民は幸福度が世界一高い

・デンマークでは、高い教育や高度で複雑な仕事への報いはそれほど高くない。むしろ、人間としてすべての人がそこそこ食べていける賃金を支払うことが公平な処遇であると、信じている

・「日本人は幸福な生活を送る上で、何が必要か」調査では、高い順に「インターネット」「基礎体力・運動能力」「親友」「持ち家」「コミュニケーション能力」「テレビ」「基本的な学力」「テレビ」「子ども」「冷房・暖房」「車」「携帯電話」「面白い仕事」「結婚」

「日本人は幸福な生活を送る上で、何が必要か」調査では、低い順に「別荘」「ギャンブル」「高い身長」「先生」「高い学歴」「数学力」「すぐれた容姿」「土地」「家事育児と両立可能な仕事」「すぐれた頭脳」「お酒」「社会に貢献できる仕事」「語学力」「恋愛」「高い収入」

・人間として野心の強い人、あるいは嫉妬心の強い人は、現状において幸福度を低く表明している

・国民に安心感を与えて、幸せな人生を送れるようにするのは政府の役目。国民の労働生産性を高めるには、教育と技能の蓄積しかない。そのためには、国民は税・社会保険料の負担をこれまで以上に覚悟する必要がある



日本の幸福観と世界の幸福観には、大差はありません。日本人も、結構、冷静に考えています。

幸せになる、というのは永遠のテーマ。何をもって、幸せとするかは、個々人によって違うもの。求める幸せが、みんなと同じにならないように、自分にとっての幸せかをよく考えてみようという書でした。


[ 2014/07/21 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『花ひらく心ひらく道ひらく』坂村真民

花ひらく 心ひらく 道ひらく (講談社プラスアルファ新書)花ひらく 心ひらく 道ひらく (講談社プラスアルファ新書)
(2001/05/21)
坂村 真民

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坂村真民さんの詩を、このブログで何度も紹介してきました。遺された詩は、出版されているものだけでも、まだ数多くあります。

本書には、坂村真民さんの心籠った詩が200ほど収められています。その中から、過去にすでに紹介した詩を除き、新たに気に入った詩を選び、自分なりにまとめてみました。



・「かなしみはいつも」 かなしみは みんな書いてはいけない かなしみは みんな話してはならない かなしみは わたしたちを強くする根 かなしみは わたしたちを支える幹 かなしみは わたしたちを美しくする花 かなしみは いつも枯らしてはならない

・「手を合わせる」 手を合わすれば 憎む心もとけてゆき 離れた心も結ばれる まるいおむすび まるいもち 両手合わせて作ったものは 人の心をまるくする 両手合わせて拝んでゆこう 手を合わすれば 重い心も軽くなり 濁った心も澄んでくる

こちらから」 こちらからあたまをさげる こちらからあいさつをする こちらから手を合わせる こちらから詫びる こちらから声をかける すべてこちらからすれば 争いもなくなごやかにゆく

」 愛とは 呼吸がぴったりと 合うことである

」 大切なのは かつてでもなく これからでもない 一呼吸 一呼吸の 今である

一字一輪」 字は一字でいい 一字にこもる力を知れ 花は一輪でいい 一輪にこもる命を知れ

一番いい人」 何も知らない人が 一番いい 知っても忘れてしまった人が 一番いい 別れたあとがさわやかで 過ぎた時間が 少しも惜しくない人が 一番いい

」 露が 教えてくれるもの まるいものがいい すきとおったものがいい かすかなものがいい じぶんをもとうとしないものがいい

いも」 いもはいつでもいきごんでいる いいものになろうとしている ばかにされてもわらわれても いもはいつも平然としている 見えないところで 自己を作ってゆくものたちの すばらしさよ わたしは目をみひらいて いもを見る

・「」 先生は 変わられましたねと いわれるが わたしは少しも 変わっていない ただ要らないものを 捨てただけだ

・「爪のように」 伸びるのは 爪ばかりではない ほっておけば 欲の皮も 伸びてゆく だから時々 爪のように 切って捨てねばならぬ

・「精一杯」 すべてのものが 精一杯 生きているのだ 蟻も蜜蜂も 精一杯 働いているのだ それが生命を与えられたものの 真の姿だ

・「リンリン」 リンリンと おのれを燃やせ 道の草木も 輝くばかり リンリンと おのれを鳴らせ 空ゆく雲も 湧き立つばかり

・「」 爪を切ったあとの気持ちのよさ 心の爪も ついでに切れたらなあ

・「新生の自分」 しんの変身とは 生きる姿勢を 変えることだ 自分のためばかりに 生きてきた この身を 他の人のために生きる 姿に変えることだ

・「ねがい」 どうにもならない 血を持って生まれ どうにもならない 運命を背負い みんな悲しいんだ みんな苦しいんだ だからお互い もっといたわりあい なぐさめあって 暮らしてゆこう

・「素足になれ」 みんなといってよいほど どこか狂ってきた この人がと思う人が へんな言動をしたりする 地についた生活をしていないからだ 足を地につけずに生きている 人間がふえてきた 人間一日一度は 素足になって 素直になれ

・「つゆのごとくに」 いろいろのことありぬ いろいろのめにあいぬ これからもまた いろいろのことあらん いろいろのめにあわん ころころと ころがしゆかん さらさらと おとしてゆかん いものはの つゆのごとくに

・「うしろを向かないで」 うしろを向かないで 生きてゆこう うしろにはいつも いやな奴がいて 大きな手で 先へ進むのを 引っ張るのだ あの手にかかると 仕事はいやになるし すぐに妥協する 弱い人間になってしまう



本書のあとがきに「私は自分が生きるために詩を書いているので、詩人になるためではない。どうかそのことも知ってもらい、共鳴共感していただいたら、何よりうれしく、ありがたい」という本人が書いた文章が載っています。

自分を詩人と思っていなかったからこそ、このような詩が書けたのではないでしょうか。納得しました。


[ 2014/07/18 07:00 ] 坂村真民・本 | TB(0) | CM(0)