とは学

「・・・とは」の哲学

『勝ち続ける意志力』梅原大吾

勝ち続ける意志力 (小学館101新書)勝ち続ける意志力 (小学館101新書)
(2012/04/02)
梅原 大吾

商品詳細を見る

著者は、1998年に17歳で世界一のプロゲーマーになってから、「最も長く賞金を稼いでいるプロゲーマー」として、ギネスに認定されている方です。

世界一になっても、世界一で居続けることは難しいものです。その課題に、どう立ち向かっていったのかが、本書に記されています。

将棋、囲碁、麻雀のプロが書いた本を何度も読みましたが、プロゲーマーの本は初めてです。日進月歩変り行く世界なので、それにどう対処されたのか興味が湧くところです。その一部をまとめてみました。



・プラスとマイナス、その両方を分析して努力を続けない限り、勝ち続けることはできない。自分の才能に頼るとか、一つの勝ち方にこだわるような人は、必ず落ちていく

・勝ち続けるためには、勝って天狗にならず、負けてなお卑屈にならないという絶妙な精神状態を保つことで、バランスを崩さず真摯にゲームと向き合い続ける必要がある

・自分が勝てたのは、知識、技術の正確さ、経験、練習量といった当たり前の積み重ねがあったからで、得体の知れない自分という存在が相手を圧倒して手にした勝利などでは決してない

・センスや運、一夜漬けで勝利を手にしてきた人間は勝負弱い

・勢い任せで分析を怠ってきた人間は、究極の勝負の場面でススススット引かざるを得なくなる。覚悟を持って戦いに挑んでいる相手を前にすると、自信を持って前に出て行くことができなくなる

・周りの人間は結果のみで評価する。だから、自分にしか分からない努力を続けている最中は、誰にも認められない。物事の表面しか見ることができず、深く考察しない人間は、努力の過程を見ることなく、結果だけを見て、バカだ無謀だと吐き捨てる

・自分だけのもので、永遠に自分を勝ち続けさせてくれるものは、新しい戦術(特許)を生み出す努力であり、発見に必要なノウハウ。そこに気づいてから、真似されても何とも思わなくなった

・気になったことは必ずメモする。後で絶対に解決しないといけないと心に決め、直感的に「問題になるかも」と感じたことは、すべてわかりやすく箇条書きにする

・ゲームの世界での日々の変化とは、専門的な戦術(攻め方、守り方、攻撃パターン、技の組み合わせ、技を出すタイミング、自分が選ぶキャラクターと相手が選ぶキャラクターの相性・・・)。対戦というものを細分化し、少しずつ変化させる

・勝負の世界において、人の目を気にすることはマイナスでしかない。なぜなら、人の目を気にしていると本来やるべき行動を継続できないから

自分を持っている人は、「俺はこれでいい」と確信できている人なので、圧倒的な集中力がある

集中力とは、他人の目を排斥し、自分自身とどれだけ向き合うかにおいて養えるもの

・結局、型にはまってしまうのは、失敗を避け、有名になりたいとか、目立ちたいとか、誰かに認めてもらいたいと願う欲望。その欲望が自分を萎縮させてしまう

・「自分が正しいと思った行動をしてみる」という子供のような純粋さを取り戻したことで、勝率が上がった

・人の心を動かすのは、やはり本能に従った純粋なファイト

・考えることを放棄して、ただ時間と数をこなすのは努力ではない。それはある意味楽をしている

・自分を痛めつけていると、努力しているような気になる。しかし、そんな努力からは、痛みと傷以外の何も生まれてこない

・甘すぎることもなく、厳しすぎることもない。10年続けられる努力であれば、ちょうどいい



最後に、著者は、「勝ち続ける人間は、運が悪くても勝てる道を追求し続ける」。そして、「運・不運なんて関係ないと断言できるようになった者のみが、運・不運すらも超える、神の領域へと踏み込んでいける」と述べています。

運を味方につけて勝つのではなく、不運でも勝つことが、勝ち続けるということではないでしょうか。


[ 2014/03/31 07:00 ] 戦いの本 | TB(0) | CM(0)

『骨董の言葉・一〇七七の用語と五二の成句』伊藤順一

骨董の言葉―一〇七七の用語と五二の成句骨董の言葉―一〇七七の用語と五二の成句
(2013/12)
伊藤 順一

商品詳細を見る

骨董や古美術の業界用語には、「隠語」が多いとされています。価値も値段も判断しづらく、騙し騙されが日常化されている世界です。

こういう世界で、われわれ日本人は、伝統的に、どんな言葉を使ってきたのか、興味の湧くところです。それらを少しだけですが、まとめてみました。



・「初(うぶ)」 今まで市場や店頭に出たことがなく、他人の眼に触れていない骨董・古美術品。また、新しい出土品や将来品なども、初、初いという

・「下手物(げてもの)」 大量に生産される民衆用の日用雑器の類を下手物と称する。中には質の高い工芸美を有するものがあり、柳宗悦はこれを「用の美」と言った

・「残欠(ざんけつ)」 欠け残ったもの。仏教美術において、仏像本体はないのに、その手だけ、蓮弁の一ひらなど残ったものを残欠と言う。日本人はその残欠から仏全体の優美な姿を思い、残欠の美として観賞する

・「時代付け」 新物を時代のある真物に見せるために施す手法のこと。古い時代の箱を合わせたり、漆や金属の表面に手を入れ、自然の手擦れのように見せたり、薬品で錆を作ったり、書画を茶湯に浸し、古い紙に見せたりすること

・「3D(スリーデー)」 いったんコレクターの手に納まった美術品が再び市場に出てくるのは十数年以上経過するものだが、例外は、持ち主が死亡(Death)、離婚(Divorce)、借金の形(Debt)の三つのケースで、これをオークション用語で3Dという

・「せどり」 同業者の中間に立って、注文品や探求品を聞き出し、これを捜して売買の取次をして口銭を稼ぐこと、また、それを業とする人。また、地方や新規開店の古書店から探求書などを抜き取り、他店に持ち込んでサヤを稼ぐこと、また、それを業とする人

・「飛し(とばし)」 紙本の書画を二枚に剥がし、二枚の真筆を作ること。下側の一枚は色も薄く、落款も不鮮明であるが、これを元箱に入れて売る悪徳商法の一つ。近年は、経済的損失を他に転嫁して隠蔽する手法を「とばし」と称している

・「ボツ」 陶磁器の焼成後に表面に生じた染みのこと

・「飽きやすの惚れやす」 手に入れた物をすぐに飽きてしまう人に限って、物にすぐ惚れてしまう、いつまで経っても、この繰り返しをやっている人を揶揄していう言葉

・「金惜しみ」 真正な物でも、その値段は高額すぎて不合理だと考え、とにかく安く掘り出しだけを狙い、結果として贋物を手にしてしまうこと(人)をいう

・「奇貨居くべし(きかおくべし)」 珍しい品物は機会を逃さず買っておけば後に利益になる。好機を逸してはならないというたとえ

・「玉を懐いて罪あり」 身分不相応なものを持つと、とかく災いを招きやすいもの

・「素人十倍玄人百倍」 素人は相場の十分の一くらいの値段で、玄人なら百分の一くらいの値段でよい物を手に入れたとき、それぐらいを掘り出しという。骨董業界の掘り出しの目安

・「話(ストーリー)で物を買うな」 コレクターの琴線に触れるような物語(出所や来歴、逸話など)が付いている物には往々にして贋物や安物がある。骨董買いはストーリーで買うのではなく、物そのものの価値で買うものだという骨董買いの基本をいった言葉

・「遠くのものには手を出すな」 よくわからないものは買わないほうがよい。株式投資などでも使われる言葉

・「二度目の見直し三度目の正直」 一度見ただけでは不確実、二度目見たときに見直すことがあり、三度目見てはじめて正確に観察(判断)できるもの

・「一目にて見るは二目にて見るに如かず」 個人の見解よりも多数の人の見解のほうが正しい

・「貧乏光り」 木地や金属製の骨董・古美術品を磨きすぎて、本来の見所であるせっかくの古色を落としてしまった光沢をいう

・「物は常に好む所に聚(あつ)まる」 物は必ずその物を好む人の所へ集まってくる



骨董・古美術品業界の「隠語」だったものが、われわれが日常使っている「日本語」に昇格した言葉も数多くあります。

こういう言葉を覗き見ると、人間はウソをつき、人を騙し、姑息に儲けようとする生き物だということがわかります。お金があろうと、なかろうと、それらは変わらないのかもしれません。


[ 2014/03/28 07:00 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)

『人は死んだらオシマイよ。』山田風太郎

人は死んだらオシマイよ。 (PHP文庫)人は死んだらオシマイよ。 (PHP文庫)
(2006/02)
山田 風太郎

商品詳細を見る

山田風太郎氏の本を紹介するのは、「人間魔界図巻」「人間風眼帖」に次、3冊目です。

本書は、山田風太郎氏の小説、エッセイの中から、生と死について語った言葉を集めたものです。冷たいようでいて暖かい、氏の性格がよく表れているものが数多く載っています。それらをまとめてみました。



・もし自分の死ぬ年齢を知っていたら、大半の人間の生きようは一変するだろう。したがって、社会の様相も一変するだろう。そして、歴史そのものが一変するだろう

・ダメ人間の典型のような啄木は、数限りもないダメ人間たちの共鳴に支持されて、「大詩人啄木」の讃歌は永遠に消えそうにない。これが人間世界の面白さ。生きている間は優勝劣敗の法則に支配されるが、死後までを通観すると、必ずしもそうでないのが人間の世界

・男の世界は、男が二人おれば、食うか食われるかの関係にすぎない。悪などという言葉にとらわれないのがいい。天下を取るためには悪人にならねばならない。いや、大悪人にならねば天下を取れない

・強いやつには弱く、弱いやつには強いというのは、日本人のいちばん情けない癖

・人間は青年で完成し、老いるに従って未完成になっていき、死に至って無となる

・予想というものは、一般に希望の別名であることが多い。希望とは自分の利益となる空想である

・この世に一万人の人間がいるとするなら、そのうち九千九百九十人までが、ばかで、弱虫で、そいつを十人ほどの利口で強い奴が、おだてたり、だましたり、おどしたりして、いいように絞りあげている

・「金は出すが、口は出さない」という奇特な人は意外にいる。銀行の預金者、それから、日本の納税者。「金は出せ、その代わり口を出してもいい」というのは女房。「金は出せ、口を出すな」というのは、セガレや娘が親に対して言いたいセリフ

・金がくだらぬものと承知しているゆえに、そのくだらぬ金のことで苦労するのはいやなもの

・人間、いちばん気にかかり、気にさわるのは、自分とよく似た型の人間。これこそ出世競争の敵だから

・夢の中の恐怖ほど、恐怖の純粋形はない

・「去る者を追わず、来る者は拒まない人」は人生の達人、「去る人を追わず、来る者は拒む人」、これは厭人病で、私などこれに近い

・人に同情を与えることは、必ずしも軽蔑することではないが、人の同情を受けることは、軽蔑を受けることと同様である

・みんな日本が破産状態になるとか何とか脅すけれど、太平洋戦争の敗北のときでさえ凌いだのだから、あれに比べれば、コップの中の嵐みたいなもので、破滅状態にはならないと思う

・人生は野球や将棋や麻雀ほど純粋ではない。だから、それだけ、こういうレクリエーションが愉しいといえる。人生と同じだったら、レクリエーションにはならない

・「あの世」への親近感などないが、「この世」への違和感ならある。いわゆる「厭世観」というやつ。ただしほんのちょっぴり

長命の人々は、みんな春風たいとう、無欲てんたんのお人柄かと思ったら、そうではなく、みんな人の頭でも踏みつけて人生を越えてきたような個性の持ち主に見える

・人の生まれ方は一つだが、死にゆく姿は万人万様である

・いろいろあったが、死んでみりゃあ、なんてこった、はじめから居なかったのと同じじゃないか、みなの衆

死者への記憶は、潮がひいて砂に残った小さな水たまりに似ている。やがて、それも干あがる



死と人生とお金、これらは一体何なのか、山田風太郎氏の見解と結論が、本書に記されているように感じました。

それらは、あるものをないように思い、ないかもしれないものをあるように思っているだけ、ということだと思います。


[ 2014/03/26 07:00 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『このムダな努力をやめなさい』成毛眞

このムダな努力をやめなさい: 「偽善者」になるな、「偽悪者」になれこのムダな努力をやめなさい: 「偽善者」になるな、「偽悪者」になれ
(2012/10/09)
成毛 眞

商品詳細を見る

著者は、元日本マイクロソフトの社長です。時々、マスコミにも登場されています。以前聴いたラジオの番組で、自分と似た部分を感じたので、本書を手に取りました。

日本の異端児とも言える著者ですが、世界では常識人です。本書は、この常識人の目で、日本社会と日本人の特殊性を述べたものです。その一部をまとめてみました。



・努力には「時間」がかかる。時間がかかるということは「お金」や「労力」もかかる。そういった「コスト意識」がないと、ムダな努力を重ねてしまう。だから、努力も「選別」する必要がある

・仕事でたいして使いもしないのに英語を勉強するのはムダ。今役に立っていないスキルが将来役に立つ可能性は低い。どうせやるなら、もっと仕事に直結する勉強をしたほうがいい

・人に好かれるための努力なんて無意味。好かれる人は何もしなくても好かれるし、嫌われる人は何をやっても嫌われる。そして、ビジネスにおいては「好かれる」必要はない。それよりも「信頼される」ことが重要

・外資系企業に勤めているなら、20代からがむしゃらに働く意味はあるが、日本の企業の場合、細く長く働けるようにセーブしたほうがいい。一生サラリーマンで終えるつもりなら、過労死するまで働くなど、もってのほか

・親鸞聖人の教えに「善人ばかりの家庭は争いが絶えない」というものがある。自分が善人だと思っていたら、相手が自分とは違う考えや行動をとったときに、それは「悪」だと決めつける。「自分が正しい」と思っていたら互いに譲らない。だから、争いが絶えない

善人に煙たがられるような人間のほうが、実は自由に生きている

・人を傷つけない人、不愉快にさせない人は、優しい人間のように思えるが、それは自分が嫌われ者になりたくないだけ。マイナスの要素がない代わりにプラスの要素もない

・善人に憧れる日本人は、謝罪を好むようになった。戦後60年以上たった今でも中国や韓国に謝罪している。中国や韓国は本気で謝罪を望んでいるわけではなく、外交カードとして要求している現実を、なぜ直視できないのか

・中国や韓国はしたたかで、世界で自国を売り込んでいるし、自国の利益になるためなら平気で裏取引もする。お人好しの日本人は指をくわえて見ているだけで、技術や人材を盗まれてもオロオロしている

・人には無限の可能性があるといった、きれいごとに騙されてはいけない。人の可能性は有限。育った環境でその人の将来の9割は決まる

・「ビジネスはしょせんビジネス」。必要以上に会社に「期待」も「依存」もしないこと

ムダな努力をしない人は、付き合う人を決め、それ以外の人とは交流を断つ。自分にとって意味を持たない人と一緒にいるのは時間のムダ。話が合わないのに、話題をあれこれ考えるのは労力のムダ

・権力を握ったときに孤独に耐えられる人間こそ、成功者になれる。孤独のほうが気楽だと思えるタイプ

・友人にも「質」がある。表面的な付き合いをする程度の「友人」なら、いくらでも増やせるが、増やしたところで意味がない

・昔から上から目線でものを見てきたのは、自分が一番優秀だと思っていなければ、仕事がうまくいかないと考えているから

・「自分が一番すごい」と思っていたら、他人から否定されても、それほど腹が立たない。「この人にはわからないか。しょうがない」と、こちらから切り捨てられる

・北大路魯山人は、「わかるヤツには一言いってもわかる。わからぬヤツにはどういったってわからぬ」と言っている。わからぬヤツにわかってもらおうと努力するのはムダ

・成功者というのは「後悔しない人間」。どんな結果になっても、すぐに忘れてしまう。「失敗に興味がない」とも言える。「反省」してもいいが、「後悔」してはいけない

・情報は知るのも大事、知らせるのも大事。情報の量によって自分の将来は決まる。情報をうまく操れる人がチャンスをつかむ


著者は、合理的に判断する人ですが、そこが、日本人に最も欠けているところです。日本人は、合理的、数学的、金銭的にものごとを考えれば、単純に解決できるところを、感情論を持ち込もうとします。

グローバル間における話し合いの基本は、合理的に解決し、感情論を排除していくことなのですが、その辺りのことが、日本の知識人にもよくわかっていません。本書に納得できる人は、世界のどこに行っても、活躍できるのではないでしょうか。


[ 2014/03/24 07:00 ] 出世の本 | TB(0) | CM(0)

『森から生まれた日本の文明―共生の日本文明と寄生の中国文明』黄文雄

森から生まれた日本の文明―共生の日本文明と寄生の中国文明 (アマゾン文庫)森から生まれた日本の文明―共生の日本文明と寄生の中国文明 (アマゾン文庫)
(2010/03/02)
黄 文雄

商品詳細を見る

著者の本を紹介するのは、「厚黒学」「中国陰謀学入門」に次ぎ、3冊目です。本書も、中国及び中国人に関する書です。

そのキーワードを日本は「共生」、中国は「寄生」として、台湾出身者の視点で日中文明論を展開されています。興味深い切り口の数々をまとめてみました。



・文明の衰退は、地力の過剰な収奪による表土流出、土砂堆積、水資源枯渇、砂漠化、森林喪失、そして水旱、疫病などによって、地力が衰退することで起こる。流民や難民は別天地を探し、そこでまた地力を収奪する。こうして生まれたのが中国の寄生文明

森林を破壊する文明が地球に広がると、一神教が支配的な思想となる。一方、アニミズムの世界に生きて、自然と人間あるいは森と人間が共生するような文明は、未開であり野蛮なものと見なされるようになる

・中国人と日本人の国民性を一言で言えば、木を伐る民族木を植える民族の違いに尽きる。それは、寄生の文明と共生の文明という風土から育てられた民族性である

・中国の森林喪失は、避けられない文明の法則や自然観によるもの。孔孟(孔子と孟子)の人間優先思想と老荘(老子と荘子)の自然優先思想の対決の中で、漢代の儒家独尊国家政策により、人間的価値が自然的価値より優先となったから

・日本人ボランティアの植林パフォーマンスとして、中国へ植林に行く者があるが、これほど偽善的な行為はない。中国は禿げ山だらけで、砂漠化は昂進しているが、数億の農村余剰人口がいる。1人当たり生産性はアメリカの150分の1。ヒマ人だらけ

・「砂漠」と「砂漠化」は違う。もともと降水量が少なく植物が生育できない土地が「砂漠」であり、本来は植物があったのに、何らかの原因で不毛の地になる現象が「砂漠化」。中国の砂漠化はとくに深刻。砂漠化した国土面積はすでに全国土の3分の1にまで達している

・中国は常に「発展途上国」として語られ論じられているが、実はすでに数千年来、開発しつくされた過剰開発国家

・過剰な人口を養うための生活用水や急発展の工業を支える工業用水は地下水に頼っているため、全国的な地下水の低下、地盤沈下が深刻。灌漑目的の河川の流れ変更、都市化による河川・湖沼の水や地下水の大量使用が、砂漠化に拍車をかけている

・エネルギー消費量に占める石炭の割合は、日本18%、アメリカ24%に比べ、中国は71%(全世界平均では27%)。石炭消費が大きいことは、浮遊粒子や硫黄酸化物の排出量も大きいことを意味する

・中国人は有史以来、北方から南方へと、地上資源を食いつぶしながら南下し続けてきた。さらに地下資源に期待し、今日に至っては、地球資源に寄生せざるを得なくなった

中国の流民は、水旱、飢饉、戦乱によって常に繰り返される。ことに王朝末期に大量に噴出する。20世紀に入っても続き、西北大飢饉で陝西省を離れた婦女百余万人、売られた者七十余万人。男子も加えると二百万人が流民となった。これは全省人口の六分の一

・儒家思想とは、寄生文明から生まれたイデオロギー。「礼の主張は、形式的支配秩序の論理」「忠孝の思想は、家族論理から天下を正当化する奴隷の思想」「科挙制度は、一極集中の官僚制度による掠奪制度を確立するシステム」

・儒教思想の中でも最も極端に排他的なのは、朱子学。その独善性は、朱子学以外のすべての学を排斥するだけでなく、仏教を初めとする宗教をすべて排斥し、敵対視する。また、教義の中で、異民族を蔑視し、帝王を徹底的に尊重する

・日本が幸運だったのは、聖徳太子の時代から平安鎌倉時代にかけ、主流は仏教思想であったから。儒教思想は、江戸時代になって、やっと徳川幕府に取り入れられた。それゆえ、日本は仏教国家の道を歩み、儒教国家にはならなかった

・中国人の自己中の対極にあるのが、日本人の思いやり。他人への思いやりは義理人情の社会をつくる。それは、他人あるいは余所者を見れば、すべて敵かカモと見なす中国人とは全く違う社会から生まれた人間観であり社会観

・中国を知るには、「」「」「」「」「」の五文字で十分。最も簡潔な中国観

・中国の美は巨大にして完璧な美。日本の美は「七分の美」、完全や完璧を求めない。常に「余白」や「間」を残している



本書は、中国と日本を客観的にとらえています。それは、肉食系と草食系の違いなのかもしれません。

漢民族をわれわれと同じ草食系と見ると、痛い目に遭います。絶えず、警戒しながら、食われないように、生きていくことが重要であることを教えてくれる書でした。


[ 2014/03/21 07:00 ] 華僑の本 | TB(0) | CM(0)

『スウェーデンはなぜ強いのか』北岡孝義

スウェーデンはなぜ強いのか (PHP新書)スウェーデンはなぜ強いのか (PHP新書)
(2010/07/16)
北岡 孝義

商品詳細を見る

スウェーデンの本を紹介するのは、これで10冊目(「北欧の本」を参照)になります。

本書は、経済学的観点からスウェーデンを見た書です。著者は、スウェーデンの経済力を生み出すもとを、国家戦略にあると考察されています。その一部をまとめてみました。



・スウェーデンは不思議な国。税金が高い国なのに、国民からの反発の声が少ない。それどころか、国民の幸福感は日本よりもはるかに高い。福祉が行き届けば、国民はやる気を起こさないはずなのに、国民は勤勉であり、労働生産性は日本よりはるかに高い

・大きな政府、反市場主義の国と見られながら、スウェーデンの企業政策は、米国以上に市場原理主義的。スウェーデン政府も企業のリストラを容認。その結果、失業率は高い

・北欧諸国の森林利用率は高い。森林の成長量に対する伐採量の割合は7割に達する(日本は4割)。北欧の木材利用は進んでいるが、森林破壊が進んでいるわけではない

・スウェーデンの人口増加時期(1960年代前半、80年代前半~90年代半ば、90年代後半~現在)は移民の増加時期に対応している。人口成長率の76%が移民の増加によるもの

・所得税は、地方税が収入の額に関係なく30%。国税が年収390万円まではゼロ、590万円までは20%、それ以上は25%。消費税は25%

・社会保険(年金、医療保険、失業保険、介護保険など)の保険料は、個人負担が給与の7%、企業負担が給与支払総額の29%。企業負担の割合が高いのは、スウェーデンでは、企業活動で得た利益は従業員や株主に還元するべきとの考え方があるから

自殺率が高かったのは、高福祉・高負担のスウェーデンモデルが完成する前の時代。現在の自殺率は、日本に比べてはるかに低い

・スウェーデンの国会議員の多くは、議員活動を行うとともに、もともとの本業を続けている。これは、政治家が実社会から遊離せず、政治屋になることを防ぐ効果がある。国会議員は職業ではなく、一種の社会奉仕であるとの認識が定着している

・社会・経済環境が変化しても、それに最低20~30年は耐えうる制度の構築が必要。それが制度への信頼を生み、国民に安心を与える。スウェーデンの年金改革は「生活の安心は、十分な年金額ではなく、制度の持続可能性によって得られる」との考えに基づいている

・「情報の非対称性」(供給者は知るが、需要者は自分の受けるサービスの質の良否を知らない)の市場で、自由取引を認めると、悪い者がはびこり、良心的な者は市場から排除される(レモンの原理)。医療サービスや社会インフラ整備は、政府が行うほうが効率的

・スウェーデンの政府は、中央政府と、ランスティング(日本の都道府県)とコミューン(市町村)の地方政府に分けられる。コミューンは、学校教育、児童福祉、障害者福祉、高齢者福祉、ラスティングは医療、中央政府は年金、失業保険などの社会保障を担当する

・近年のスウェーデンは、福祉と環境を成長戦略として位置づけている。環境では、CO2排出の減少とともに経済成長率は高まっている。しかし、旧来型のスウェーデン福祉政策は、低成長、少子高齢化という経済・社会環境に対応できていない

・福祉は、「新たなビジネス、産業を創出する」「セイフティネットの構築を通じて、雇用を流動化させ、労働の低生産性部門から高生産性部門への移動を促す」「国民の不安を軽減させ、総需要の拡大に寄与する」点で、経済成長の原動力になり得る

・スウェーデンは昔から学者が尊重される国柄。学者出身の政治家が多いので、政治が理念を優先させる。現在の首相も経済学者

・政治家が悪いことをしても、ばれなければ、政治家は悪しきに流れ、悪い政治家のみが生き残り、政治は機能不全に陥る。スウェーデンでは、国民(依頼人)の利益にかなう政治を、政治家(代理人)にさせるために、情報公開、説明責任の徹底を法的に義務づけた

・市場の機能がうまく働かない分野の代表が、教育と医療。スウェーデンでは、ほとんどの学校や病院・診療所は国営・公営。金融の分野も、市場機能に全面的に委ねていない。すべての分野を市場の機能に委ねる考え方は、真の市場主義ではないと考えている

・市場経済にふさわしい経済人の育成は、市場経済を支える無形の社会的インフラ。市場の参加者は、独立心が強く、自由と平等、個性の尊重を持つ必要がある。スウェーデンは、この無形の社会的インフラの維持に努力している。これがスウェーデンの底にある強さ



スウェーデンという国の強さの要因は、「学者を尊敬する社会」「市場と政府の役割を決める考え方」「政治家の不正排除の徹底」にあるようです。

スウェーデンといえば、福祉や環境の面ばかり強調されますが、根底に、上記のような強さがあることを忘れてはいけないのかもしれません。


[ 2014/03/19 07:00 ] 北欧の本 | TB(0) | CM(0)