脳科学者と法律家の対談共著です。人はなぜ争うのか、どう和解していくのか、これを脳科学によって、検証しています。
人と人との軋轢、互恵、不和、利己、利他、愛情など、興味深い人の言動の数々を知ることができます。それらをまとめてみました。
・科学は基本的に帰納を排除するが、司法の現場では、帰納をすごく重要視する。人間は、ほとんど癖と言っていいくらい、帰納が大好き。でも、科学は帰納をやるとミスる。演繹のほうが100%正しい(池谷)
・多くの人は、科学者は仮説を証明するために実験していると勘違いしている。本当は、仮説を否定するために実験をしている。「
反証可能性」こそが科学の大前提(池谷)
・刑事裁判は「実体的真実」を追求する。本当に何が起こったのかを調べる。けれども、民事裁判は「
形式的事実」でいい。実は違うかもしれないが、両当事者がそうだと認めた場合、それが真実ということで進む(鈴木)
・記憶は後からも作られるという意味で、「理屈」は、人を説得したり、自分を納得させたりする点で、嘘や作話に近い面があり、
本能をねじ曲げる側面がある(鈴木)
・言っていることが真実かどうか見極めるには、証言に立ってもらって、
反対尋問を受けてもらう必要がある。その記憶が実際にその人自身の体験から出たものかを質問して、その反応、言葉のスムーズさ、表情などを直接確かめないと、なかなかわからない(鈴木)
・和解を進めるには最初、
共感と受容が有効。とにかく喋るだけ喋ってもらい、こちらはとことん聞くことに徹する。医者が患者に汗をかかせて熱を下げるようなイメージ(鈴木)
・受容がある程度進んだところで、理性や思考といった
「理」の部分を使う段階に入る。弁護士の仕事を、共感や癒しの部分だけで解決するのは難しい。「理」は、弁護士の切り札。これをいつ、どのタイミングで、どんな表現で切るかが重要(鈴木)
・心が落ち着いてから、客観的な情報を教えられると、素直に受け入れられる。例えば、煙草を吸っている人に「煙草を吸うな」と言えば、相手はムッとするが、「ここでは法律上煙草を吸えないはず」と言えばいい(池谷)
紛争解決規範としての法は有用(鈴木)
・人間は妙なところに快感がある。食欲を満たすのも、寝るのも快感だが、それ以外に特有の快感がある。
達成感も快感だし、
お金を使うのも快感。お金をもらうだけでなく、使うのも快感。そういう点を考えずに、人間の営みは理解できない(池谷)
・「
経済合理性」は一見すると、「理」(理性)の問題のように感じるが、本質的に「情」(感情)の問題。なぜなら、経済合理性というときのその合理性の基準が、人や社会によって全然違うことがよくあるから(鈴木)
・金銭の話は、経済合理性の問題のように考えられがちだが、結局、
快不快、好き嫌いの問題に行き着く。お金は「約束」でしかない。それだけでは、単なる期待。最終的に「快」に変換されないと意味がない(鈴木)
・「金をくれてやる」「恵んでやる」といった優越感の表現では、相手の感情を逆撫でし、大金でも受け取られない。反対に、愛情や謝罪の意味を感じれば、お金を受け取る。つまり、
お金の裏にある「情」の部分の意味合いが、行動決定に大きな影響を与える(鈴木)
・関係が濃ければ濃いほど、その中で積もり積もった
不快感が爆発するということはよくある。親子なんだから、兄弟なんだから、友達なんだから仲良くしなさいといっても、紛争解決にはつながらない。近い関係であればこその葛藤がある(鈴木)
・決断するとき、決断したあとにも、うまい言い訳を探すこと。「こういう理由だからしかたがない」「この理由なら文句はつけられない」と
納得できる論理に乗ること(鈴木)
・マネーは、いろんな「快」と交換できるので、
無限の欲望が生まれてくる。ここが他の欲求と「金銭欲」の違うところ(鈴木)
・通貨の発行量・流通量は慎重にコントロールされているから、実は有限に近い。その有限の
お金をみんなで奪い合う。捕った人がいれば、奪われている人もいる(鈴木)
・規制って、簡単に言えば、福祉ということ。規制には、社会の害悪を防ぐための自由の制限と弱者救済のための
強者の経済的自由の制限の二つがある。自由には内在的な制限や社会的責任が伴う。規制を緩和すれば、世の中がよくなるというものではない(鈴木)
社会における人々の紛争を解決する手段が法律です。その法律の有用性を高めるには、脳を知る必要性があります。
法律だけでなく、個人的な揉め事、言い争いなどの解決ルールにも、本書は役に立つのではないでしょうか。