ブルーノ・タウトは、ドイツの建築家です。日本に滞在し、伊勢神宮、桂離宮などを見学して、それをヒントに、
モダニズムを提唱し、世界の現代建築に大きな影響を与えた人物です。現代の日本建築も、その「逆輸入」のモダニズムに影響を大きく受けています。
日本の建築美、構造美を発見した記録が本書に載っています。本書の初版は1950年ですが、何度も版を重ねている書です。ヨーロッパ人から見た日本の美を知る上で、興味深い点が多々ありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。
・日本がこれまで
世界に与えた一切のものの源泉、まったく独自な日本文化をひらく鍵、完成させる形のゆえに全世界の賛美する日本の根原。それは外宮、内宮、及び荒祭宮をもつ伊勢である
・日本人は伊勢神宮の神殿を日本国民の最高の象徴として尊崇している。まことに伊勢神宮こそ
真の結晶物である。構造はこのうえもなく透明清澄であり、また極めて明白単純なるが故に、形式は直ちに構造そのものとなる
・古典的偉大を具現している桂離宮が、実際にもあらゆる
日本的なものの標準になっているという事実を多くの識者に確かめ得て、非常な喜びを感じた
・現代の建築家は、桂離宮がこのうえもなく
現代的であることに驚異をさえ感じるであろう。実にこの建築物は種々の要求を極めて簡明直截に充たしている
・生活の要求のみが問題となるところでも、単に実用的だけに片付けられていない。建築物で営まれる日常生活は、これを使用する人々の自然な動きによって、特殊な機能を形成するが、桂離宮がかかる機能をも極めて些細な点にいたるまで見事に充足している
・桂離宮の御庭の諸部分は著しく分化していながら、すべてが相集まって一個の統一を形成している。ここに達成した美は、装飾的なものではなく、精神的意味における
機能的な美。この美は、眼をいわば思考への変圧器にする。即ち、
眼は見ながらにして思考する・日本の歴史的建築物について、天皇の御趣味と将軍の趣味との著しい相違を観察するのは、まことに興味深い。桂離宮や修学院離宮その他は、世界における唯一無比の
趣味文化を表現している。建築物は何一つ建築的な装飾をもっていない、木骨構造自体だけである
・昔の将軍たちの居館は、実に酷しい。そこに見られるものは豪華の限りをつくした浮麗の美のみ。建物には到るところに高価な彫刻や絵画を嵌めこみ、建築的構造がまったく埋却せられている。これらが、日本的でないのは、様式全体が
シナからの輸入だからである
・天皇対将軍という大きな反立は同時にまた
神道対仏教の反立である。日本の宗教的感情を複雑微細な点まで理解することは容易ではないが、神道が日本人とその国土とを独自の仕方で結合しているという一事は、極めて明瞭。神道自体が日本と完全に融合している
・神道は日本人を美わしい国土と一体に結合しているばかりでなく、全国民を社会的な意味におけるこの国土の一部分として互いに結びつけている
・日本人が庭園に石を配し、小池を造って写景する理由は、日本家屋の部屋や台所などの神棚に安置された小社殿と同じく、日本人がその国土をいわば常に自分と一緒に持ち廻っているということと同一の現れ方である
・田畑に一本の雑草をも見ないという事実は、ヨーロッパ人の眼には実に驚くべきこと。こういう性質は、国民の生活態度にもまた家屋の様子や手入れにも、実によく現れている。こう観ると、
日本の農家も農民も風俗や慣習も、やはり天皇と神道という主題に帰着する
・肉塊をもって相打つ角技の力士にも、ある種の洗練と立合いの気品とが肝要とされている。これは柔道や剣道、あるいは弓道のような武技についてもまったく同様。つまり、大切なのは常に
立派な態度であって、徒に相手を打ち負かそうとする興奮ではない
・日本家屋は、常に清潔を保っている点にかけて世界無比。玄関で靴を脱ぐ習慣が、家の中に泥や塵埃を持ち込まないこともあるが、絶えず部屋を清掃していないと、
用材の清潔はもとより、
室内の整頓も乱れる。このような清潔は、日本のどんな貧しい住宅にもある
・桂離宮の
造営についての三箇の条件とは、第一は「建築主は竣工以前に来り見てはならない」。第二は「竣工の期日を定めてはならない」。第三は「工費に制限を加えてはならない」ということ。当時のすぐれた創造的精神は今日でもなお死滅していない
・日本は近代技術の一様化的影響をも摂取して、日本的なものに改容して日本文化の血肉に化するであろう。そして、そのとき日本は、再び
世界に新しい大きな富を贈るタウトが日本に来たのは1933年です。わずか2カ月余りですが、実に多くの日本文化を貪欲に摂取しました。しかも、個々の建築物の本質を理解するだけでなく日本文化の真髄を短期間に理解しています。まことに驚くばかりです。
本書によって、戦前のヨーロッパ人の日本文化観を知ることができます。80年経った今、日本文化が衰退しているとしたら、その原因は本書に載っているのではないでしょうか。