とは学

「・・・とは」の哲学

『婚活したらすごかった』石神賢介

婚活したらすごかった (新潮新書)婚活したらすごかった (新潮新書)
(2011/08)
石神 賢介

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著者は、40代でバツイチ独身のライターです。その著者が自ら、ネット婚活お見合いパーティー結婚相談所に入会、参加して、婚活経験したことが本書の核となっています。

反省や成功事例も踏まえているので、婚活マニュアルとして活用できます。現代の婚活事情を覗く楽しさもあります。そんな面白い書の一文を少しまとめて列挙してみました。



・女性は収入を重視している。男はとにかく年収が高ければ人気がある。画面をチェックしていると、年収1000万円を超えると、申込件数が一気に増える

・女性会員が、年収の次に重視するのが容姿。容姿は、整った顔立ちの「イケメン」に人気が集中するわけではない。それよりも「清潔」であることが重要

都心部に住んでいる男性には申し込みが多い。言い換えると、都会在住でないと不利。多少収入が多く、容姿に恵まれていても、住まいが東京や大阪や、その近郊でないと、女性は食いつかない

・男は若い女性が好き。若くてきれいな女性が入会し、プロフィールがアップされると、その日のうちに申し込みが何十件も集中する

・「癒し系」のほかに、「甘えん坊」「古風」といったキーワードに、どうやら男は弱い

・「恵まれた容姿」「仕事のスキルの高さ」「学歴の高さ」「海外経験の豊富さ」などをプロフィールに書く女性は多いが、こういったタイプに申し込む男は、よほど自信があるか、よほど自己評価の甘い鈍感男。ネット婚活は自慢大会ではない

・若くてきれいな女性や、高収入で見た目もいい男は、ネット外の社会で十分に需要があるので、ネット婚活などしない。だから、プロフィールを閲覧していて、スペックの充実している人を見つけたら、何か問題を抱えていると考えたほうが自然

・写真掲載には、「スナップ」と「スタジオでプロが撮影」の二つある。異性からの申し込み件数で判断すると、「スナップ」のほうが受けがいい。しかし、容姿に自信がない場合は、「スタジオ撮影」で、多少の加工修正を施すことも必要

・「コストをかけてでもパートナーを見つけたい」という真剣度の高い男女が参加するから、会費が高めだと安心感がある。一方、会費が安いパーティーは、安いなりの男女が集まる

・参加者の年齢が高いほど、カップルになる数も多い。真剣度が高いから。また、「公務員&教師限定」といった安定した職業を条件にしたパーティーもいい数字になる

・婚活パーティーは「女高男低」。こちらが不思議に感じるほど魅力的な女性が多い。人気のある男性会員は概して退会が早い。気に入った女性がいると迷わずに結婚を決めるが、女性会員は、相性のよさを感じる男性と出会っても、なかなか決めず、悩んでしまう

・婚活パーティーに参加している男性は「極端な欲望むき出し系」と「極端な奥手」に二極分化される

・婚活パーティーでうまくいくようになると、日常での男女関係のスキルも上がる。仕事上の集まりで出会った女性を以前よりも抵抗なく誘えるようになる

・日本人は、頻繁に女性を口説いたり、ふられたりはしない。ふられるのが怖いから、口説くという行為には勇気がいる。しかし、婚活パーティーで口説いたり、ふられたりの経験を重ねると、少しずつ恋愛体質になっていく

成婚料をとらない会社は、基本的に、入会してお金を払って以降は何もしてくれない。すでに会員になった客の相手をするのは時間の無駄と考えているスタッフがほとんど。成婚料がある会社の多くは、成婚料も歩合に計算されるので、登録後もフォローしてくれる

・大手は成婚料をとらない会社が主流で、大手のほうが登録している男女の数は多く、出会いのチャンスも多い。成婚料をとらない大手の会社に登録するならば、自分から積極的に動くこと、可能であれば、オフィスに足を運び、窓口にスタッフに相談すること

・アメリカでは、日本人女性は三十代でも未成年に思われるほど、容姿にいい評価をもらえる。日本では気が強い女で通っていても、自己主張の国アメリカでは、穏やかで優しいと評価される。このアドバンテージを知り、マッチメイカーに依頼する日本人女性は多い



現代の婚活事情に詳しい人が周りにいないので、本書を楽しく読めました。古臭い考え方で、婚活戦線を乗り切っていこうとするのは、間違いかもしれません。

精神的にも、金銭的にも一生を左右する「婚活」に、もっともっと、社会が関心を持ってもいいのではないでしょうか。


[ 2013/12/30 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『新説阿頼耶識縁起-かくされたパワーを引き出すアラヤ瞑想術のすすめ』無能唱元

新説阿頼耶識縁起―かくされたパワーを引き出すアラヤ瞑想術のすすめ新説阿頼耶識縁起―かくされたパワーを引き出すアラヤ瞑想術のすすめ
(1992/07)
無能 唱元

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著者の本を紹介するのは、「人の力金の力」「得する人」「人蕩し術」に次ぎ4冊目です。本書は、著者が出版した50冊以上の本の中で、一番古い本ではないかと思います。1981年発行の書です。

阿頼耶識は、法相宗(法隆寺、薬師寺、興福寺などの奈良仏教の宗派)に伝わる教義で、インド哲学の一部です。日本語に訳せば、潜在意識に記された記憶の集積という意味です。この阿頼耶識を易しく解釈しているのが本書です。その一部をまとめてみました。



・華厳経のお経の中の夜摩天宮品というところに、「心如工画師、画種々五陰、一切世界中、無法而不造」(心は巧みな画家のように、さまざまな世界を描き出す。この世の中で心の働きによって作り出されないものは何一つない)と、述べられている

・陽とは、動であり、輝きであり、生命であり、逆に陰とは、静であり、闇であり、死である。もし、人間がいきいき生きようとするならば、この陽気の中に自己の心情を置かなければならないのは自明の理

肯の類にある人の態度は、明るく柔和、朗らかで寛大、自信に満ち、常に円満。否の類にある人の態度は、鋭い人を刺す言葉を用い、暗く人を入れず、不安、怒り、疑い、怖れ、恨みの念を現わし、常に居丈高。自分の心情を、肯の類の中に安住させなければならない

将来の果となる因は、罪障感、恥辱感といった「感」によって作り出されるのであり、「業」はそのまま因とならない

・苦しみの輪廻を断ち切るには、意識を変えなくてはならない。それは、苦しみの現実の中において、楽しいという意識を作り出すこと。死に物狂いで、顔に笑みを浮かべ、人々や自分の人生に感謝する。自己欺瞞でもけっこう。因はただ意識のみによって生ずる

・本家のインドで、仏教が滅んだのは、道徳的側面を拡大し、それを教義の主とし、また、それのみに没頭しすぎたため、宗教本来の発生理由であった御利益を求める一般大衆の願いを無視することになったから。無視された民衆は、逆に仏教を無視し返した

・「神が人間を創ったのではなく、人間が神を創った」とも言えるが、「この人造神は、素晴らしい奇跡も生じさせる」とも考えられる。われわれが神に対し、何かを願い、祈りに託して念じ続けると、その念はアラヤに入り、やがて、その願いは叶えられるというもの

アラヤの御利益の提供者はあなた自身。「アラヤに命じ、アラヤに従うべし」

・「清であるのはよい」が、「廉であってはならぬ」。「欲のあるのはよい」が、「貪であってはならぬ」。「清廉」も「貪欲」も、そして他の何事にも、二極のどちらかへ走りすぎ、傾きすぎるとバランスを失い、不都合を生ずる。仏教では、これを「中道を歩む」という

・言葉は自分の考えを他人に伝達するための道具であると同時に、自分の耳へ、その言葉が入り、自分自身の深層意識に影響を与えるものである

・常に積極的、肯定的な言葉を意識的に選択して使い、「言葉の主人」となって、これを支配するか、消極的、否定的な言葉の繰り返し、「言葉の奴隷」となって、あなた自身が支配されてしまうかの二つのケースしかない

・「正義心より発する怒り」の念も、否の類にある症候群。非難、怖れ、恨み、怒りなども否の類にあるもの。これらは、その人の人生に、不幸な現象を生じさせる

・運命に重大な影響を及ぼすアラヤ共同思念体を手なづける方法は、周囲の人々に向けて、愛の思念を放射するように心がけること。表情を穏やかに、柔和に、微笑みを忘れずに努める。いやなことを頼まれても。優しい態度で接し、礼をつくして断らねばならない

・「すべては偶然ではなく、それは後ろから押しだされてくる」「かつて、あなたが自分について考えていたこと、それが現在のあなたである」(エマーソン)

・身・口・意の三業を用い、「まず、であるがごとく想像し」(意)、「ついで、であるがごとく語り」(口)、「そして、であるがごとく振る舞う」(身)。身を一割、口を二割、意を七割ぐらいの比率で行う。古人は、この自己暗示法を指して「しきりと妄想せよ」と言った

・臨済禅中興の祖、白隠禅師は、人の身体の中には、「己身の弥陀」があり、それは「気海丹田」の内に収まっていると説いている。これは、人間の中に神様があって、それは下腹に収まっているので、自分の内なるアミダ様に頼みこめば、願いは叶えられるということ

・仏教のすべての頂点に、「因果論」「諸行無常」「諸法無我」の三つの原法がある。釈尊が悟られ、そして説かれた根本の哲理も詮じつめれば、「三つの原法」に、すべてが帰す



阿頼耶識を易しく解釈ようとし、技術指導も具体的にしている書ですが、一般的には、難しいのかもしれません。

日本古来の仏教(奈良仏教)の秘伝である「阿頼耶識」は、現代にも通用する部分がかなりあり、参考にすべき点がかなりあるように思います。


[ 2013/12/27 07:00 ] 無能唱元・本 | TB(0) | CM(0)

『儒教と負け犬』酒井順子

儒教と負け犬 (講談社文庫)儒教と負け犬 (講談社文庫)
(2012/06/15)
酒井 順子

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著者は「負け犬の遠吠え」の作者です。その著者が、韓国と中国に、独身女性を取材した書です。

日中韓の結婚観、家族観が、儒教の影響を受けながらも、微妙に違うところが面白いところです。その中で、印象に残った一文を幾つかまとめてみました。



・韓国では、結婚していない女性を、性体験があろうとなかろうと、「処女」と言う。だから、三十代にもなると、「老処女(ノチョニョ)」となる

・韓国の女性が、たとえ友達同士であっても性的な話をすることはない。儒教の影響と思われるが、この手の話をすることは、ものすごく下品というか、タブーということになる

・韓国の姦通罪は現行犯逮捕でなければならない。妻なり夫なりが警察官を連れて、浮気現場に踏み込まなくてはならない。そして、いざ姦通罪になった時には離婚をしなくてはならないので、「逮捕して慰謝料もらって別れる」覚悟がないといけない

・先祖との結びつきを重視するということは、子孫を残すという任務も重要ということ。当然、結婚可能な年齢なのに結婚していなければ、ものすごく肩身が狭くなる

・韓国では美容整形手術が盛んに行われている。しかし、その秘密を墓場まで持っていくといった悲壮感は見られない。結婚したら夫に言うのが一般的

・ソウルの勝ち組・勝ち犬たちは、盤石の自信を持ちながらも、とても大変そう。夫の親戚筋との付き合いや、頻繁にある法事などの行事、子供の教育。負け犬とはまた別の責任が、彼女たちの肩に重くのしかかる

・科挙という形で、学力試験の合格者を登用してきた伝統を持つ朝鮮半島では、「卑しい労働に手を染めることなく書を読む」ことが理想とされた。韓国女性たちは、「卑しい労働」を子供たちにさせたくないと思うからこそ、教育への負担感が大きい

・儒教国の人々は、結婚プレッシャー、親孝行プレッシャー、子孫繁栄プレッシャーなどが強く存在しているからこそ、つい結婚に及び腰になってしまう

・韓国で子供がないない夫婦が子供を作ろうとしない理由の6割が「養育費や教育費の増加」。韓国人が考える教育費の負担感は、日本人のそれよりもずっと深刻

・「老処女」問題が深刻化している韓国で、「老処女」になった理由に、「外見が悪いから」をあげる人がかなり多い。「良い出会いがない」「結婚の意思がない」に次いで第三位

・韓国の結婚相談所は、「一般」「専門職」「医者・弁護士系」コースに分かれる。「一般」は年会費が約12万円だが、「医者・弁護士系」は67万円。一般の「お見合いおばさん」に頼んでも、医者や弁護士の男性と結婚が決まったら、約100万円支払わなければならない

・韓国の独身男性が結婚相手に求める条件の三位が「家庭環境」(第一位「性格」、二位「外見」)。親が離婚しているとか、両親の経済力や学歴、そして家柄といった問題が大きい

・中国の「三高」とは、「学歴が高い」「収入が高い」「年齢が高い」ということ。上海では、三高女三低男は、絶対にくっつかない。上海の三低男は、地方や農村から「外来の嫁」を取る。そして、上海の三低男に嫁を取られた農村の三低男は、余っている

・中国の負け犬的女性は「余女」と呼ばれる。「老大難余女」という言い方もある

・上海の妻というのは、いかに一円でも多く夫からむしり取るか、みたいなことを常に考えている

・「女大学」(儒教が最も発達する徳川期の封建社会下において、家を存続させるため、女子に対して心構えを説いた書)の内容は、中国の儒教書をベースにしている。中国では、日本の女大学が流行るはるか前から、この手の「女の管理法」が明文化されていた

・中央集権体制を守るため、そして家を守るための教えであった儒教。しかしそれは、「眠れるパワー」であった女性の力を世に出さないための仕組みであった

・日本においては、親子愛を疎かにすると世間から非難されるが、夫婦愛を疎かにしても全く非難されない。夫婦愛の希薄さは、かつて子孫を残すことのみを目的として家庭を作った時代の名残。夫婦愛が希薄であったからこそ、妻は愛情を子供に向けるしかなかった



中国や韓国とは言い争いや紛争が絶えませんが、儒教というベースにおいて、似ているが故の悲劇なのかもしれません。

この少し違った「違い」を分析することが、中国と韓国を理解する基本となるように思います。しかし、儒教が日中韓の仲を邪魔しているのも事実でしょうね。


[ 2013/12/25 07:00 ] 海外の本 | TB(0) | CM(0)

『一流の人に学ぶ自分の磨き方』スティーブ・シーボルト

一流の人に学ぶ自分の磨き方一流の人に学ぶ自分の磨き方
(2012/03/23)
スティーブ・シーボルド

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本書は、「一流の人は・・・」で文が始まります。その数、140弱。一流の人の考え方、行動のし方、学び方などが列挙されています。

それらを読むと、まるで「一流の人」に洗脳されてしまいそうです。この一貫した、シンプルな構成は、とても分かりやすいものです。その一部をまとめてみました。



・「一流の人は刷り込みを修正する」。二流の人は、子供のころに教え込まれた(刷り込まれた)ことにしがみつく

・「一流の人はお金の限界を理解している」。二流の人は手っ取り早い金儲けをしようとする。金持ちになれば、心の中の空虚感を埋められていると思い込んでいる

・「一流の人は大きく考える」。二流の人は小さく考えて生き残ることで精一杯。一流の人は大きく考えて輝かしい未来を創造する

・「一流の人はリスクをとる」。二流の人はリスクを忌み嫌う。「無難に生きていればいい」と教え込まれている。「挑戦しなければ痛い目に遭わずにすむ」というのが、彼らの人生観

・「一流の人はどんな状況でも落ち着いている」。二流の人は負けることを恐れるあまり、緊張して自滅する。一流の人は「これはゲームにすぎない」と考え、プレッシャーをうまく取り除く

・「一流の人は断り方を知っている」。一流の人は時間について毅然とした態度をとる。生きている時間が有限だという意識があるから

・「一流の人は常識を疑う」。二流の人は現状維持に甘んじる。一流の人は、常識を疑い、よりよく、より速く、より効果的な方法を絶えず探し求める

・「一流の人は生産性にこだわる」。二流の人は仕事を労働時間の観点から考える。一流の人は仕事を生産性の観点から考える

・「一流の人は孤独を求める」。二流の人は猛烈に働いていないから、休養と回復をあまり気にかけない。一流の人は、一人で過ごすことで、大きな負担をかけている脳に休養を与える

・「一流の人は他人に依存しない」。二流の人は自分の決定に責任を持たず、何かにつけて他人のせいにする。一流の人は被害者意識を持たず、自分の決定に責任を持つ

・「一流の人は自分を自営業者とみなす」。一流の人は自分を「プロの仕事人」とみなし、良質な労働力を会社に提供していると考える。二流の人は自分を組織の小さな歯車にすぎないと考える

・「一流の人は惜しみなく頻繁に人をほめる」。ほとんどの人は称賛に飢えている。しかし、二流の人は、あまり人をほめない。ただし、称賛の効果が低下しないように、一流の人は同じ人を過度にほめないように配慮している

・「一流の人は正直の大切さを知っている」。一部の人は不正直な方法で財産を築くが、一流の人はそれが邪道であり、本物の成功が財産や所有物ではなく、人格にもとづいていることを知っている

・「一流の人は双方が利益を得る交渉をする」。二流の人は自分がより大きな利益を得るために交渉をする

・「一流の人は人々を助けるために力を使う」。二流の人は「力を持っている人は邪悪で傲慢で強欲だ」と考える

・「一流の人は変化を歓迎する」。二流の人は変化を脅威とみなし避けようとする

・「一流の人は許すことを知っている」。二流の人は憎しみで凝り固まり、復讐を企てる

・「一流の人は意見の対立を歓迎する」。二流の人は意見の対立を避けようと躍起になる

・「一流の人は自由を高く評価している」。二流の人は自由をそれほど評価していない

・「一流の人は多様性を歓迎する」。二流の人は、自分と異なるタイプの人を「安全を脅かす存在」として疑ってかかる



本書を読んでわかったことは、二流の人にならないことが「一流の人」ということです。

一流を目指すというよりも、二流にならないように自分を戒めることこそ、一流になる道であるのかもしれません。


[ 2013/12/23 07:00 ] 出世の本 | TB(0) | CM(0)

『歴史の愉しみ方-忍者・合戦・幕末史に学ぶ』磯田道史

歴史の愉しみ方 - 忍者・合戦・幕末史に学ぶ (中公新書)歴史の愉しみ方 - 忍者・合戦・幕末史に学ぶ (中公新書)
(2012/10/24)
磯田 道史

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テレビの歴史番組出演や新聞への執筆などで大忙しの著者の本を紹介するのは、「日本人の叡智」に次ぎ2冊目です。

本書は、読売新聞に掲載されたエッセイなどを加筆修正したものです。本書には、古文書解読に長けた著者ならではの面白い見解が数々あります。それらをまとめてみました。



・明治維新にいたる日本人の歴史意識は頼山陽の「日本外史」が作った。ちなみに、この200年、国民歴史意識への最大影響者は、頼山陽徳富蘇峰司馬遼太郎と推移してきた

・薩摩は日本の例外。薩人は、これから起きる事態を事前に想定し、対処することに長けていた。薩人には、「もし、こうなったら」と予め考えておく「反実仮想」の習慣があった

・「反実仮想」の教育は、戦国時代は広く行われていた。文字に乏しかった戦国の日本は、粗野ながら、話し言葉で、人を教え、実践的な知恵をつける術を、しっかりと持っていた。しかし、江戸時代になると、武士の教育は四書五経の暗記のような形式主義に陥った

・幼少期に、仮想してみる頭が鍛えられることは、とても大きい。想定外が想定内になってくる。このことが、今の日本に大切である

・岩村藩はマニュアル藩といってよいほど規則の好きな藩。教科書に載る「慶安のお触れ書」は、岩村藩が農民の生活マニュアルとして領内に配ったことで全国に広がった。岩村藩にいた佐藤一斉の書いた「重職心得箇条」は、現代の日本人にも深く影響を与えている

・マニュアル(成文化された手順書)どおりに、規格的に動くあり方は、江戸中期から一層はなはだしくなる。古くからのマニュアル好きの国民性は、他に決めてもらうばかりで、自分で考えなくなるから、そこのところはよく心しなければならない

・外国人は、日本の弱点をよく見ている。日本人は江戸時代の軍事官僚の政権に支配されてきた「厳しく躾けられた政府への服従に慣れた国民」で、「治める者と治められる者が同じ原理」の議会の使い方が不得意であると見られている

・英国人女性イザベラ・バードは、明治初年に日本各地を旅行し、公共事業の無駄が多いことに驚いている。「日本行政の縮図がここにある。公共のお金が大勢の役人によって喰い尽されている」「日本の官僚主義はお金に関する限りあてにならない」と言っている

・胎盤のことを古くは「胞衣(えな)」といった。日本人ほど臍の緒と胎盤に執着する民族はない。天皇の胎盤は呪術的に扱われる一国の安危に関わる重大事であった。秘かに吉田神社境内の、宇宙の中心とされる八角堂大元宮の東南東八間の地点に集中的に埋められた

・日本中の縄文遺跡から「貯蔵穴」が出てくる。食料の残量を知っておくことは、死ぬか生きるかの分かれ道になる。ドングリやら干し肉の残量を計る原始的経理が存在し、うまく計れたものが生き残ったと思われる。貯蔵穴は、我々の祖先の経理の証拠

・奈良時代になると律令国家ができて、民部省に主計寮がおかれた。職員定員は40人弱。これで朝廷の中央財政の収支決算を行った。税を扱うのは主税寮で、同じく40人弱がおかれた。主計と主税という現代の財務省の区分はこのとき明文化された

・加賀百万石には領民100万人の広域行政を行うため、150人の「御算用者」というソロバン専門家の部隊が編成されていた

・近代国家の学校制度は一種の国民総参加の「すごろく」で、「あがり」は高級官僚。エリート官僚になって階級移動をとげた人々は、自己の成功体験から学校を崇拝した

・江戸前期の急速な人口・経済成長を停止させたのは、宝永地震と富士山噴火。西日本沿岸部の干潟干拓による新田耕地増で、米が猛烈に増産され、干拓バブルが起こったが、1707年、南海トラフが動き、宝永地震が発生。西日本の低地を津波が襲い、大被害となった

・南海トラフは、100年に1度の大地震・大津波、500年に1度の大連動する超巨大地震・超巨大津波を起こす。500年に1度が最後に襲ったのは、室町時代の1498年。このとき、鎌倉大仏の大仏殿は押し流され、淡水湖の浜名湖は砂丘が破壊され、海水湖となった

・徳川家の男の子には、「乗馬と水練だけはしっかりするように」という家康が申しつけた掟がある。家康の教えは、「敵を斬り払うのは家臣の役目、大将は逃げることだけを心掛ければよい。逃げるのは他人に代わってもらえない」というもの

・関ヶ原の戦いで、島津軍は、身分ある武士もみな「腰さし鉄砲」を用意し、大量の銃で徳川の要人を死傷させた。そのことが、家康を恐怖させ、薩摩征服をあきらめさせた



歴史の裏側から、歴史の真実を見る著者の分析には、はっと驚かされ、気づかされる点が多々あります。

本書にも、歴史の真実を通して、現代を生き抜くヒントが、たくさんあったように思います。


[ 2013/12/20 07:00 ] 江戸の本 | TB(0) | CM(0)

『ポケットに名言を』寺山修司

ポケットに名言を (角川文庫)ポケットに名言を (角川文庫)
(2005/01)
寺山 修司

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寺山修司を紹介するのは、「両手いっぱいの言葉」に次ぎ、2冊目です。

本書には、詩人や演劇作家として活躍した著者の好きな言葉、人生に影響を与えた言葉が載っています。天才奇才と呼ばれた著者が懐に入れていた名言とは、何だったのか?それらの一部をまとめてみました。



・言葉の肩をたたくことはできないし、言葉と握手することもできない。だが、言葉にも言いようのない、旧友の懐かしさがある

・少年時代、ボクサーになりたいと思っていた。しかし、減量の苦しみ「食うべきか、勝つべきか」の二者択一を迫られたとき、食うべきだと思った。腹の減った若者は怒れる若者にはなれないと知った

・井伏鱒二の「さよならだけが人生だ」という言葉は、私の処世訓。それは、さまざまの因襲との葛藤や、人を画一化してしまう悪と正面切って闘うときに、現状維持を唱えるいくつかの理念(習慣と信仰)にさよならを言うことで成り立っている

・ブレヒトの「英雄論」をなぞれば、「名言のない時代は不幸だが、名言を必要とする時代は、もっと不幸だ」。そして、今こそそんな時代である

・「君は小さいときはサンタクロースを信じ、大人になっては神を信じるんだ。そして、君はいつも想像力の不足に悩むんだ」(映画・野いちご)

・「私は人間の不幸は只一つのことから起こるということを知った。それは部屋の中で休息できないということである」(映画。柔らかい肌)

・「死んだ女より、もっとかわいそうなのは、忘れられた女です」(マリーローランサン「鎮静剤」)

・「人生は苦痛であり、人生は恐怖である。だから人間は不幸なのだ。だが、人間はいまでは人生を愛している。それは、苦痛と恐怖を愛するからだ」(ドストエフスキー「悪霊」)

・「幸福とは幸福をさがすことである」(ジュール・ルナアル)

・「どうか僕を幸福にしようとしないで下さい。それは僕にまかして下さい」(アンドレ・レニエ「半ばの真実」)

・「でも堕落は快楽の薬味なのよ。堕落がなければ快楽も水々しさを失ってしまうわ。限度をこさぬ快楽なんて、快楽のうちに入るかしら?」(マルキ・ド・サド「新ジュスティーヌ抄」)

・「苦痛に二種あるように、快楽にも二種ある。一つは、肉体的快楽であり、二つめは、予想の快楽である」(エルヴェシウス「人間論」)

・「われわれは苦しむ以上に恐れるのである」(アラン「幸福論」)

・「崇高なものが現代では無力で、滑稽なものにだけ野蛮な力がある」(三島由紀夫「禁色」)

・「希望はすこぶる嘘つきであるが、とにかくわれわれを楽しい小道を経て、人生の終わりまで連れていってくれる」(ラ・ロシュフコオ伯爵「道徳的反省」)

・「ユートピアとは、贋物の一つもない社会をいう。あるいは真実の一つとない社会でもいい」(トマス・モア「ユートピア」)

・「苦しみは変わらないで、変わるのは希望だけだ」(アンドレ・マルロオ「侮蔑の時代」)

・「精神を凌駕することのできるのは習慣という怪物だけなのだ」(三島由紀夫「美徳のよろめき」)

・「仁義なんてものは悪党仲間の安全保障条約さ」(黒澤明「酔いどれ天使」)

・すべてのインテリは、東芝扇風機のプロペラのようだ。まわっているけど、前進しない

・煙草くさき国語教師が言うときに明日という話は最もかなし

・レースはただ、馬の群走にすぎないが、その勝敗を決めるナンバーは、思想に匹敵する

・どこでもいいから遠くへ行きたい。遠くへ行けるのは、天才だけだ



最初と最後の章は、寺山修司本人の言葉です。ちょっと斜に構えた視線から発する言葉は、真実や本質をさりげなく表現しています。

寺山修司が亡くなって30年が経ちますが、現代は、秀才が世にはびこり、彼のような奇才が生きにくい時代になっているのかもしれません。


[ 2013/12/18 07:00 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)