著者は、
河川工学が専門の東大名誉教授です。日本は、歴史的にも、
水害(洪水、土石流、地滑り、津波、高潮など)に悩まされてきた国だから、水源地の森林から河口の海岸まで、川の流域全体の統一した保全思想と防災構想の必要性を提唱されています。
しかし、主に高度成長期、何の思想も構想もなく、付け焼刃的に防水治水工事を行ってきたツケが、現在の危機的状況に至っていると警鐘を鳴らされています。その一部を要約して、紹介させていただきます。
・東京は、先進国の中で、最も災害危険性が高い首都。ミュンヘン再保険会社の
自然災害リスク評価では、東京・横浜のリスク指標は710と抜群に高い。以下、サンフランシスコ167、ロサンゼルス100、大阪・神戸・京都92、ニューヨーク42。他の大都市は40以下
・東京は江戸時代以降、
震度6の地震を6回経験している。安政大地震(直下が震源)と関東大地震(遠方が震源の巨大地震)の異なるタイプの地震で100年足らずの間隔で大被害を受けた大都市は、世界中で東京しかない
・東京の
水害多発は諸外国の首都に例を見ない。江戸の三大洪水(1742、86年、1846年)。そして1910、47年の利根川、荒川の大氾濫。1917、49年の台風による高潮災害。1958年の狩野川台風による山手水害以後、東部下町だけでなく、西部でも水害が頻発している
・江戸時代は
住所を高所に設置し、洪水を自由に氾濫させ、低平地は冠水に強い農産物を育てる対応だった。明治期、都市化・工業化の政策大転換によって、都市域や工業用地への氾濫を完全に防ぐことが要求された。この大治水事業が完成したのは、昭和5年のこと
・主要河川において、大洪水時の最大流量が過去最大記録を更新している。その構造的理由は、明治以来の
連続大堤防方式の治水方策にある。すなわち、流域内に降った雨をしばらく留めようとせずに、多くの支流から本川の河道へと速やかに集中させようとしたから
・
水田が宅地化されると、洪水調整機能が失われるのみならず、降水は地下へ浸透せず、一目散に都市内河川か、整備された下水道へ殺到する。そのため、都市内河川は、従来の河道では間に合わなくなり、氾濫しやすくなった
・1990年以降普及した「
多自然」河川工法の狙いは、ドイツ・スイスなどヨーロッパ各国で普及した「
近自然」河川工法とほぼ同様。自然生態系を考慮し、強度で少々劣るが、堤防護岸にコンクリートを極力使わず、石材・植生などの自然材料を多用するようになった
・堤防に親しむ手段として、堤防の勾配を緩くするのは効果的。
緩勾配は川に集う人々の心をなごませる。堤内側はもとより提外側でも緩勾配であればなおさらのこと。しかし、緩勾配は広い敷地を要するので、土地を得るのが困難な都市河川では難しい
・
ダムがもたらす利益は、洪水調節、水力発電、農業用水、工業用水、飲み水など生活用水の供給など多面的で、河川技術の花形でもあった。現在、日本のダムの総計は約3000。1950年代~1970年代にかけては、戦後の国土復興、高度成長へ大きく寄与した
・ダムブームの70年代まで、ダム建設は土木技術者の憧れの的であり、マスメディアも
ダム建設推進を唱えていた。オリンピック直前の東京の深刻な水不足に際しては、メディアはこぞって水道局を無策とし、なぜダムを早く造らなかったのかと攻撃していた
・1970年代以降、森林の水源涵養機能がダムに代替できるとして、「緑のダム」が謳われるようになったが、森林とダムの
河川の流れに対する役割は異なる。森林はダム上流域において土砂流出を抑え、ダム湖の堆砂を減らし、洪水調整機能を増させる役割
・大水害は、ほとんど河川の
中下流部の破堤によって発生する。中下流部に広い沖積平野のある大河川では、一旦破堤すると広い面積に氾濫して大水害になる。都市水害の被害は、
沖積平野の無秩序な開発による土地利用の変化によるもの
・伊勢湾台風後に建設された海岸堤防は、すでに半世紀を経て、老朽化している。壮大な堤防が完成すると、企業も市民も、津波・高潮からの危険は最早ないと信じ、一層
堤防の近くに立地した、しかし、その堤防を越える大波が襲来すれば、被害は深刻になる
・明治初期、東海道線の新橋・横浜間の建設に際して、汐留から品川までの9㎞の線路を、海の中の
遠浅の干潟に敷設した。第二次大戦後も、高速道路やバイパス道路を
水際や海上に建設した例は多く、海岸災害の危険度が増している
・大きな河川には大規模遊水地が完成してきているが、中小河川には大きな
遊水地候補がなく、ほとんど完成していない。大洪水の際の氾濫水を一時貯溜するのに、耕作放棄地が河道近くにあれば、効果が期待できる
東日本大震災以後、地震と津波にばかり目が行きがちですが、水害にも、もっと関心を持つべきかもしれません。
洪水対策がないまま、農地から住宅地・工業用地になし崩し的に開発されてしまった土地が、日本には無数にあります。今住んでいる土地が、水害に対して、本当に安全なのか、もう一度点検してみる必要があるのではないでしょうか。