とは学

「・・・とは」の哲学

『アランの幸福論』アラン

アランの幸福論アランの幸福論
(2007/12/15)
アラン

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アランの幸福論は、以前、岩波文庫の「アラン幸福論」をとりあげたことがあります。本書は、その「幸福論」の名言を200ほど抜粋したものです。

視点が変わると、「幸福論」の捉え方も違ってきます。別の見方での「幸福論」も、新鮮に感じるところが多々ありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・悲しみは病気の一種にすぎないから、理屈や説明をあれこれ考えずに、病気と思ってがまんしよう。そうすれば、苦々しい言葉を際限なく言うこともなくなる

・ふさぎ込んでいる人に言いたいことはただ一つ。「遠くに目をやろう

・社会活動や雑談、行事、パーティは幸福を演じるチャンスであり、こうした喜劇のおかげで、悲劇から確実に救われる。その働きは、ばかにできない

・怒りと悲観こそ、まず克服すべき敵。信じ、期待し、ほほえみ、その上で、努力しなければならない。もし楽観主義を最後まで貫き通すことを規範としなければ、悲観主義がたちまち現実のものとなってしまうから

・過去と未来が存在するのは、人がそれについて考えるときだけ。つまり、印象であり、実体がない。それなのに私たちは、過去に対する後悔と未来に対する不安をわざわざつくりだしている

幸先のいいスタートを切る意欲的な人たちはみんな、各自の目的地に到達している

・意志の強い人の特徴は、何にでも自分の痕跡を残していくこと

・人は賭けごとが好きである。そこには意志決定の力が必要だからである。デカルトは「優柔不断はあらゆる不道徳の中でも最悪のもの」と言った。人間の特質をこれほど的確にとらえた言葉はない

・自分の感情よりも、ほかの人の感情をじかに操るほうが簡単。会話でもダンスでも、相手は自分を映し出す鏡だから

・仕事は、あらゆるものの中で最高のものであり、最悪のものである。自分から進んで自由に働くのであれば最高、逆に、そこに自主性がなければ最悪

・運命は不変ではない。指をパチンと鳴らした瞬間にも、新しい世界が生まれる

・景色の本当の価値は、その細部にある。見るということは、その細部を念入りに調べ、その前でしばらく立ち止まり、それからもう一度、全体をじっくり見ること

・幸せだから笑うのではない。笑っているから幸せなのだ。食べて楽しむのと同じように、笑って楽しむのである

・うれしそうな表情は、誰にとっても気持ちいい。自分がよく知らない人の場合はとくにそうである。その意味を考えたりせずに、額面通りに受け取ればいいからである

・「幸せに生きるコツ」の一つは、「楽しませる」こと。それは、ほとんどいつでもできること

・あなたが将来、幸せになっていると考えられるのであれば、それは今、あなたがすでに幸せを持っているということ

不機嫌をちょっと放ったらかしにしておくと、それはすぐに悲しみや怒りに変化する。これこそがまさに悲観主義である

・自分を愛してくれる人たちのためにできる一番いいことは、自分自身が幸せになること

・「幸せに生きるコツ」の一番の決まりごとは、自分の不幸を、今のことであれ、過去のことであれ、ほかの人に一切話さないことである。不平をこぼすことは、他の人を悲しませるだけ。つまり、いやな気持ちにさせてしまう。悲しみは毒のようなものだから

・悲観主義は感情からくるもの、楽観主義は意志からくるもの。気分のおもむくままに生きている人はみんな悲しい。そういう人はやがて、怒り、激怒するから

・楽観主義は誓いを必要とする。私たちは幸せになると誓わねばならない。そして、「悲しくなるような考えは、すべて間違った考え」と思うこと。なぜなら、人は何もしないでいると、すぐに不幸せを当然のようにつくりだしてしまうから


幸せになるには、そう念じなければならない、そう誓わなければならない、それにふさわしく行動しなければならない、というのがアランの考え方です。

幸せに振る舞えば、幸せになっていくという事実は、見落とされがちです。しかし、上機嫌な人、つまり、周りを明るくする太陽のような人に、不幸な人はいません。アランの考え方は、本質をついたものではないでしょうか。


[ 2013/10/31 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『どうしてこの国は「無言社会」となったのか』森真一

どうしてこの国は「無言社会」となったのか (vita)どうしてこの国は「無言社会」となったのか (vita)
(2012/12/25)
森 真一

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著者の本を紹介するのは、「かまわれたい人々」「お客様がやかましい」に次ぎ、3冊目です。

現代の日本人の特性が、どういう社会要因でそうなったのかを、今回も鋭い観察力で考察されています。なるほどと思える点が多々ありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・苦情なんか言ったら相手はキレる、すまなさそうに謝るかもしれないが腹の中では怒り狂っている、恥をかかされたと思うはず、逆恨みして嫌がらせされるかもしれない。日本社会は、苦情を直接相手に、自分の声を使って伝えることをますます避けてきている

・直接顔と顔を合わせる対面関係では声を出さない日本人が、ネット上には莫大な量の言葉を書き込む。とても対照的。ネット世界は「無言社会」を象徴している

・町中にあるファストフード店でひとり食事するのは、恥ずかしくはないが、学校のような、自分のことをちょっと知っている人たちがいる場所では、ひとり食事しているところを見られるとつらい。現代の恥意識の根底には、ひとりでいることへの葛藤心理が潜む

・「はっきり言わないとわからないのはバカ」という前提は、「はっきり言わなくてもわかってもらえる」という甘えの上に成り立っている

・日本社会では「一度で通じるのが当たり前」と考えるのに対し、海外ではどんな国でも「通じないのが当たり前」。だから日本では、通じないとイライラして怒りが込み上げる

・見知らぬ他人を人間扱いしなかったのに、知り合いになったとたん、丁寧な態度をとる現象は、日本人が自分の生きる世界を「ウチ」と「ソト」に分けているから

・集団に属さないと生きにくい。けれど集団に属すると、個人としての主張はできない。だから、日本で暮らすには「無言」でいるのが一番ということになる

・今、こいつを叩いても、誰からも文句は出ない、と見てとると、安心して非難の声をあげる。こちらが「お客様」で、相手はこちらに歯向かえないと判断した場合も同じで、言ったもん勝ちと考えているふしがある

・「かまわれない自由」を優先する人々は、過剰にかまってくると、さっさと逃げ出す。濃い関係になりそうなものは避ける

・「秘」を共有すること、共謀に参加することが、集団に属しているという感情・感覚を生む。一体感を生む

・声をかけるときは演技でいい。むしろ、積極的に演技を心がけた方がいい。なぜなら、社会は「芝居」だから

・好かれているかどうかが気になるのは、仲間に対して不信だから。日本人は集団嫌いに加えて、人間不信にも陥っている

・日本的コミュニケーションは、はっきり表現しないで、お互いの腹を探るので、相手の真意を読みとる努力が不可欠。今や日本人も、日本的コミュニケーションは、相手が何を考えているか、わかったものではないと感じている。それが相互不信につながっている

・仲間はずれにされるのは避けたい。だから、相手を信頼しているかのように過剰に演技しなければならない。「あなたといると楽しい」というメッセージを、笑い声で、笑顔で、表明し続けなければならない。このような関係は、軽いように見えて、実は重い

・自分が「かけがえのない自分」でありたいから、社会に認められるために、社会の価値規準にどっぷり浸かる。経済力、腕力、見た目のかわいらしさなどに一喜一憂する。こうして、社会の価値の虜になったら、人生の偶発性や無意味さを意識の片隅に追いやる

・「自分のために生きる」には、自分が「何者でもない」ことを自覚し、「社会がすべて」という態度から抜け出す必要がある。その必要に、決してメディアは応えてくれない

・「自己中」は全然自分中心ではない。自意識過剰なだけで、他者の目から見た自分を想像している

・つながりや社会への同調を促すことで、甘い汁を吸ってきた人々は、自分たちの権力・権威・権限を守ろうとする。そうして人々は、嫌われて、集団から仲間はずれにされたら大変だと思って、また無言になる



私自身、若いころは饒舌なほうでしたが、それによって、しなくてもいい失敗を重ねてきたように思います。そのため、今では、「沈黙は金」と思えるようになっています。

日本社会は、無言でいるのが無難です。本書は、それを証明するかのような書です。饒舌な人にも、無口な人にも、おすすめできる書ではないでしょうか。


[ 2013/10/30 07:00 ] 森真一・本 | TB(0) | CM(0)

『賢者の処世術』バルタサール・グラシアン

賢者の処世術賢者の処世術
(2013/03/21)
バルタサール・グラシアン

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16世紀スペインの修道士であった著者の本を紹介するのは、「賢人の知恵」を4年以上前に紹介して以来、久しぶりです。

著者は、ニーチェやショーペンハウアーなどにも影響を与えました。人間の本質を見る眼は高く評価されています。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・劣等感を抱いてでも、賢い人たちとつき合ったほうが身のため。優越感を抱いても、愚かな人たちとはつき合わないほうが身のため

・嘘をついてはいけない。同様に、事実を言い漏らさないようにすることも大切である。事実は、発言後に嘘を装って隠れてしまうこともあるから

・対立、言い争い、けんかの原因で、一番多いのは誤解。澄んだ目と純粋な心で、事実をきちんと見れば、争いの多くは避けられる

・逃げるのは恥ではないし、打ち負かすことが名誉でもない。勝敗を決めるのは、最終結果のみ

・賢い人は、雨が降る前に屋根を修理しておく。愚かな人は、雨漏りで水浸しになってから修理する。これが人の本質であり、屋根の穴ひとつからでも、人の賢愚がわかる

・見習うに値する人か、そうでない人かを見分けられるようになることで、大人になっていく

ゾウハエを叩き潰そうとして追いかけるなど聞いたことがない

・賢者の分別とは、分別があることを隠し、呪いや妬みから身を守る術を身につけていること

・いいものをいたるところで見つけ出す才覚、干し草の山から穀粒を見つけられる才能は、人生を大切に生きることをわきまえている人の能力

・人生で活躍するときも制御したほうがいい。闇あるところで光となり、こちらの光が見えないところで、ほのかに光ったりしないこと

・若いうちは、狼に挑むより、ライオンの陰にいたほうが身のため

・道行くときは、到着地まであとどのくらいあるかではなく、すでにどれだけ歩いてきたかを確かめること

・日の当たる道もあれば、日陰道もある。信念の道もそれと同じ

・若い人は、自分の弱みについてよく考え、ほかの人の弱みを云々するのは夢の中だけにしておいたほうがいい

・最良の友は自分自身であることに満足できるような人生を送ろう

不安の種は、希望の種よりもずっと心の奥深くに植え付けられている

来てくれたらうれしい人を友人に選び、帰ってくれたらほっとするような人とは距離を置け

・いつも笑顔でほめてくれる友人がいる。しかし真の友人は、自分がいないところでほめてくれる人

・分別ある助言を求めるなら、言葉控え目な人を選ぶこと。余計な言葉はスープに水を足すようなもの

・堂々と先頭を行く人のあとには、自信に満ちた人々が続く。躊躇しながら先頭を行く人のあとには、躊躇する人々が続く

・秘密は、守っていれば門外不出の宝、漏らしてしまえば牢獄の格子

・的に命中した矢はいずれも、的を外れた数多の矢に対する敬意である

・憎むのは人の性、許すのは神の性

・木のてっぺんを目指して高く上るほど、落ちたらその分、激しく地面に叩きつけられる



著者の語りかけるような文章が、本書の特徴です。本書は、説教集から主に道徳的態度についての説教を選んで編纂したものです。

とても16世紀の本とは思えないほど、わかりやすく読みやすい内容です。年齢に関係なく読んでほしい書です。


[ 2013/10/29 07:00 ] 出世の本 | TB(0) | CM(0)

『采配』落合博満

采配采配
(2011/11/17)
落合博満

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本書は、2年ほど前のベストセラーです。少し前、落合氏がテレビで、リーダー論を語っていました。その洞察力や着眼点が、かなり高いレベルにあると思い、この本を手に取りました。

いつ、どこで、誰に、何を指示するのかが合理的で、非常にクレバーです。本書の内容も、実例も踏まえていますので、具体的で、読みやすいと思います。その一部を要約して、紹介させていただきます。



・「一人で過ごすのは好きだけれど、孤独には耐えられない」というのが、最近の若い選手の印象。いいか悪いかではなく、これは時代の流れ。でも、グランドでは若者の気質に配慮などできない。頼りなげな視線を向けられては困る。自分一人で決めねばならない

・会社を背負って、勝負を背負って、たった一人で複数の相手に立ち向かう場面では、緊張感とともに孤独感も抱くもの。その孤独感は、「一人で過ごせる」こととは意味合いが違う。孤独に勝てなければ、勝負には勝てない

・自分が身を置く世界で、太く長く生きたいと思っているのなら、向上心よりも野心を抱くべき。孤独に勝つ強さは、野心を抱くことから生まれる

・プロに入ってくる選手は、センスに恵まれていて、プレーの才能がある。しかし、成功するためには、自分自身を適性に導く才能、すなわち、セルフプロデュース能力が必要

不安だから練習する。不安を抱えているからこそ、どんな練習をすればいいか考え抜く

・心技体を大切な順に並べると、「体・技・心」になる。若い時期に必要なのは基礎体力。基礎体力は年齢とともに落ちていくが、代わりに、仕事をしていく体力が備わってくる。「体」の次は、技術を持っている人間は「心」を病まないので、「技」が先

飲み込みの早い人は忘れるのも早いことが多い。自分は不器用だと自覚している人ほど、何度も何度も反復練習するので、一度身につけた技術を安定して発揮し続けることが多い

・直面する仕事の3つの段階の戦いとは、「自分」「相手」「数字」。まずは、力をつけるまでは、自分との闘い。次に、相手のある戦い。最終段階としては、数字と闘うことになる。数字と闘えるようになれば、本当の一人前

・一流の選手までは自分一人の力でいける。でも、超一流になろうとしたら、周りに協力者が必要になる

・レギュラーになって活躍したいと思うなら、「1.できないことをできるようになるまで努力し」「2.できるようになったら、その確率を高める工夫をし」「3.高い確率でできることは、その質をさらに高めていく」の段階を踏まなければならない

・何も反省せずに失敗を繰り返すことは論外だが、失敗を引きずって無難なプレーしかしなくなることも成長の妨げになる

・指導者は、欠点を長所に変える目を持って、新人に接していくことが大切

・部下が「あの人の言う通りにやれば、できる確率は高くなる」と上司の方法論を受け入れるようになれば、組織の歯車は目指す方向にしっかりと回っていく

・高い実績を残した者だけが、自分の引き際を自分で決めることができる

・自分にない色(能力)を使う勇気が、絵の完成度を高めてくれる

・どんな世界でも、かつての「初」を次代が抜き去り、新たな「初」が生まれていく。その世界を発展させていくという意味で、「初」の価値を再認識すべき

・歴史を学ばないということは、その世界や組織の衰退につながる。歴史を学ぶことは、同じような失敗を繰り返さないことにもつながる

・豊かになった国で、次代のリーダーになろうとしている人たちを、昔の人と比較してばかりいたら、リーダーは育たなくなってしまう

・現代のリーダーは、愛情や情熱、変革しようという意欲を基本に考えていくべき

・人生の素晴らしさは、誰と比べて幸せだから、というものではない。大切なのは、何の仕事に就き、今どういう境遇にあろうとも、その物語を織り成しているのは、自分だけだという自負を持って、自身の人生を前向きに采配していくこと



名選手で名監督という人はほとんどいません。落合氏は、考えて、考えて、考え抜く人だから、プロの厳しい世界で、選手としても、監督としても、成功したのだと思います。

その考え抜いた結論を、本書でたくさん披露されています。プロフェッショナルとは何か、リーダーとは何かを知るためには、大いに参考になる書ではないでしょうか。


[ 2013/10/28 07:00 ] 育成の本 | TB(0) | CM(0)

『人生の指針が見つかる・恋愛の名言1300』別冊宝島編集部

人生の指針が見つかる 恋愛の名言1300 (宝島SUGOI文庫)人生の指針が見つかる 恋愛の名言1300 (宝島SUGOI文庫)
(2011/03/04)
別冊宝島編集部

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別冊宝島の文庫本を紹介するのは、「お金の格言1000」「座右の銘1300」に次ぎ、3冊目です。

お金も恋愛も欲望に変わりありません。欲望を成就する言葉が数多く載せられている書です。その中から、ためになった名言を紹介させていただきます。



・愛とは、孤独な人間が孤独を癒そうとする営み(エーリッヒ・フロム)

・恋愛の徴候の一つは、彼女に似た顔を発見することに、極度に敏感になることである(芥川龍之介)

・愛の記憶は永遠に消えるものではない(ナポレオン・ヒル)

・どんなやり手の、辣腕といわれる男でも、惚れた女には甘くて、抜けてるってことがある。反対に、相当したたかな、がっちりした女でも、男に対してはどこか無条件で優しい。それが異性同士のふれあいの、微妙さじゃないかな(岡本太郎)

・本当に人を愛するということは、その人が一人でいても生きていけるようにしてあげること(三浦綾子)

・その人の前に出ると、絶対にうそが言えない、そういう人を持つといい(相田みつを)

・愛を恐れることは人生を恐れること。人生を恐れる者は、すでに4分の3ばかり死んだも同じ(ラッセル)

・女のおしゃれは恋心に比例する。おしゃれをしなくなった娘は危険です(宇野千代)

・自分は愛されている、と思っている女はいつも魅力があるものだ(伊藤整)

・美しさが女の命なら、男の魅力はお金を動かす実力よ(チャールズ・レデラー)

・高尚な男性は、女性の忠告によって、いっそう高尚になる(ゲーテ)

・男は「これぞ、と感じる女を奪ってやれ」と思う。女は奪わず、そっと盗む(ニーチェ)

・男は将来に向かって努力し、女は習慣に向かって努力する(ゲーテ)

・男が臆病になり、女が大胆になる時、本当の恋が始まりかけている(ユーゴー)

・大部分の女の才気は、彼女らの理性よりも、狂気を強めるのに役立つ(ラ・ロシュフコー)

・男は知っていることをしゃべり、女は人に悦ばれることをしゃべる(ルソー)

・幸福な家庭の顔はお互い似通っているが、不幸な家庭の顔はどれもこれも違っている(トルストイ)

・恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻してくれる(リヒテンベルク)

画竜点睛といってね、結婚も確かに点睛の一つだよ。夫を持ったり、子供を持ったりする度に、人間の心の眼は開けてゆくものだよ(川端康成)

・人の持つ一番の財産は、共感してくれる配偶者である(エウリピデス)

・おそろしきは涙の後の女子心なり(樋口一葉)

・情欲に流されるのはいい。だけど、流されているという自覚を持つんだ(岡本太郎)

・幸福な人とは、過去の自分の生涯から、満足だけを記憶している人々であり、不幸な人とは、それの反対を記憶している人々である(萩原朔太郎)

・嫉妬の心には愛よりもさらに多くの自己愛がある(ラ・ロシュフコー)

・本当の愛は宗教心とさう違ったものではない(夏目漱石)

・愛は人生に没我を与える。それ故に愛は人間を苦しみから救う(トルストイ)

・追いかけてはいけない。追いかけないのが恋愛の武士道である(宇野千代)



恋愛という欲望は、他の欲望と違って、相手がいないことには成り立たないものです。自分の思いだけではなんともならないところが恋愛の難しさです。

お金があっても買えない、お金がなくても買える、のが恋愛であり、その恋愛の手ほどきの事例が満載の書です。参考になる点が多々あるように思います。


[ 2013/10/27 07:00 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『道徳の系譜』ニーチェ

道徳の系譜 (岩波文庫)道徳の系譜 (岩波文庫)
(1964/10)
ニーチェ

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ニーチェの本を紹介するのは、本人以外の人が書いた解説本を含め、これで6冊目になります。ニーチェは難解です。難解だからこそ、読んでやろうという気持ちがふつふつと沸いてくるのですが、いざ読み始めると、本を放り出したくなります。

ニーチェの思想の根幹は、道徳批判です。本書は、その道徳について徹底的に分析、解読したものです。ニーチェの道徳観がよく表れています。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・我々はいつまでも我々自身にとって必然に赤の他人なのだ。我々は我々自身を理解しない。我々は我々を取り違えざるを得ない。各人は各自に最も遠い者である

・「よい」という判断は、「よいこと」を示される人々の側から生じるものではない。高貴な人々、強力な人々、高位の人々が、自分たち自身および自分たちの行為を「よい」と感じ、第一級のものと決めて、これをすべての低級なもの卑俗なものに対置したもの

・すべての貴族道徳は、勝ち誇った自己肯定から生ずるが、奴隷道徳は「外のもの」「他のもの」「自己でないもの」を頭から否定する。そして、この否定こそ奴隷道徳の創造的行為。これは、まさしく「反感」の本性である

・「反感」を持った人間は、正直でもなければ無邪気でもなく、また自分自身に対する誠実さも率直さも持たない。彼の魂は、横目を使う、彼の精神は隠れ場を、抜け道を、裏口を好む

・「反感」を持った人間は、黙っていること、忘れないこと、待つこと、卑下し謙遜することを心得ている。彼らは貴族的種族よりも怜悧になり、怜悧を最高級の生存条件として尊重する(貴族的人間における怜悧は、贅沢、典雅といった繊細な添え味を伴いがち)

・貴族的人間は、自分のために、自分を際立たせるものとして、敵を要求する。彼が相手に取るのは、いささかの軽蔑すべき点もなく、多くの尊敬すべき点のみを有する敵に限る

・「反感」を持った人間の考察する敵には、彼の行為、創造がある。彼はまず「悪い敵」、すなわち「悪人」を考察する。やがてその対象物として、もう一つ「善人」を案出する。これが自分自身である

・返報をしない無力さは「善さ」に変えられ、臆病な卑劣さは「謙虚」に変えられ、憎む相手に対する服従は「恭順」に変えられる。弱者の事勿れ主義が、「忍耐」という立派な名前になる

・値を附ける、価値を量る、等価物を案出し、交換するということは、人間の最も原始的な思惟として支配しており、思惟そのものになっている。最も古い種類の明敏さはここで育てられた

・刑罰が歴史上に現れた際に取ったあらゆる形式が戦争そのものによって与えられたものである

・法律の制定の後に初めて「法」及び「不法」が生じる。法及び不法をそのものとして論じるのは全くナンセンス。そのものとして見れば、侵害も圧制も搾取も破壊も、何ら「不法行為」ではありえない

・刑罰によってこそ、負い目の感情の発達は、最も強く抑えられてきた。犯罪者は、自分の行為、自分の行状それ自体において非難されるべきものと感じることを妨げられる

・刑罰は人間を手なずけはしても、人間を「より善く」はしない

・禁欲主義的理想を奉じる場合、それが意味するのは、彼が拷問から脱がれることを意欲する

・哲学者であるかどうかは、三つのきらびやかで騒々しいものを避けるかどうかによって見分けられる。すなわち、名誉と、王侯と、婦女と。彼は明るすぎる光を恐れる

・恐れられるべきものは、人間に対する恐怖ではなく、むしろ人間に対する吐き気であり、同情である。この両者が交合すれば、必ずや無気味なものが生まれる

・あらゆる偉大な事物は、自己自身によって、自己止揚の作用によって没落する。生の理法、生の本質に存する必然的な「自己超克」の理法はこれを欲する

・人間は欲し「ない」よりは、まだしも「を欲するものである



ニーチェは道徳を「善と悪・よいわるい」と「負い目・良心のやましさ」から捉えて、禁欲主義的理想は何を意味するのかを徹底的に考えました。

その結論が「神は死んだ」というキリスト教批判の言葉になりました。本書は、キリスト教を筋道立てて隅々まで否定した「ニーチェの思想」が如実に表れています。


[ 2013/10/25 07:00 ] ニーチェ・本 | TB(0) | CM(0)