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「・・・とは」「・・・人とは」を思索
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『アランの幸福論』アラン

アランの幸福論アランの幸福論
(2007/12/15)
アラン

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アランの幸福論は、以前、岩波文庫の「アラン幸福論」をとりあげたことがあります。本書は、その「幸福論」の名言を200ほど抜粋したものです。

視点が変わると、「幸福論」の捉え方も違ってきます。別の見方での「幸福論」も、新鮮に感じるところが多々ありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・悲しみは病気の一種にすぎないから、理屈や説明をあれこれ考えずに、病気と思ってがまんしよう。そうすれば、苦々しい言葉を際限なく言うこともなくなる

・ふさぎ込んでいる人に言いたいことはただ一つ。「遠くに目をやろう

・社会活動や雑談、行事、パーティは幸福を演じるチャンスであり、こうした喜劇のおかげで、悲劇から確実に救われる。その働きは、ばかにできない

・怒りと悲観こそ、まず克服すべき敵。信じ、期待し、ほほえみ、その上で、努力しなければならない。もし楽観主義を最後まで貫き通すことを規範としなければ、悲観主義がたちまち現実のものとなってしまうから

・過去と未来が存在するのは、人がそれについて考えるときだけ。つまり、印象であり、実体がない。それなのに私たちは、過去に対する後悔と未来に対する不安をわざわざつくりだしている

幸先のいいスタートを切る意欲的な人たちはみんな、各自の目的地に到達している

・意志の強い人の特徴は、何にでも自分の痕跡を残していくこと

・人は賭けごとが好きである。そこには意志決定の力が必要だからである。デカルトは「優柔不断はあらゆる不道徳の中でも最悪のもの」と言った。人間の特質をこれほど的確にとらえた言葉はない

・自分の感情よりも、ほかの人の感情をじかに操るほうが簡単。会話でもダンスでも、相手は自分を映し出す鏡だから

・仕事は、あらゆるものの中で最高のものであり、最悪のものである。自分から進んで自由に働くのであれば最高、逆に、そこに自主性がなければ最悪

・運命は不変ではない。指をパチンと鳴らした瞬間にも、新しい世界が生まれる

・景色の本当の価値は、その細部にある。見るということは、その細部を念入りに調べ、その前でしばらく立ち止まり、それからもう一度、全体をじっくり見ること

・幸せだから笑うのではない。笑っているから幸せなのだ。食べて楽しむのと同じように、笑って楽しむのである

・うれしそうな表情は、誰にとっても気持ちいい。自分がよく知らない人の場合はとくにそうである。その意味を考えたりせずに、額面通りに受け取ればいいからである

・「幸せに生きるコツ」の一つは、「楽しませる」こと。それは、ほとんどいつでもできること

・あなたが将来、幸せになっていると考えられるのであれば、それは今、あなたがすでに幸せを持っているということ

不機嫌をちょっと放ったらかしにしておくと、それはすぐに悲しみや怒りに変化する。これこそがまさに悲観主義である

・自分を愛してくれる人たちのためにできる一番いいことは、自分自身が幸せになること

・「幸せに生きるコツ」の一番の決まりごとは、自分の不幸を、今のことであれ、過去のことであれ、ほかの人に一切話さないことである。不平をこぼすことは、他の人を悲しませるだけ。つまり、いやな気持ちにさせてしまう。悲しみは毒のようなものだから

・悲観主義は感情からくるもの、楽観主義は意志からくるもの。気分のおもむくままに生きている人はみんな悲しい。そういう人はやがて、怒り、激怒するから

・楽観主義は誓いを必要とする。私たちは幸せになると誓わねばならない。そして、「悲しくなるような考えは、すべて間違った考え」と思うこと。なぜなら、人は何もしないでいると、すぐに不幸せを当然のようにつくりだしてしまうから


幸せになるには、そう念じなければならない、そう誓わなければならない、それにふさわしく行動しなければならない、というのがアランの考え方です。

幸せに振る舞えば、幸せになっていくという事実は、見落とされがちです。しかし、上機嫌な人、つまり、周りを明るくする太陽のような人に、不幸な人はいません。アランの考え方は、本質をついたものではないでしょうか。


[ 2013/10/31 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『どうしてこの国は「無言社会」となったのか』森真一

どうしてこの国は「無言社会」となったのか (vita)どうしてこの国は「無言社会」となったのか (vita)
(2012/12/25)
森 真一

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著者の本を紹介するのは、「かまわれたい人々」「お客様がやかましい」に次ぎ、3冊目です。

現代の日本人の特性が、どういう社会要因でそうなったのかを、今回も鋭い観察力で考察されています。なるほどと思える点が多々ありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・苦情なんか言ったら相手はキレる、すまなさそうに謝るかもしれないが腹の中では怒り狂っている、恥をかかされたと思うはず、逆恨みして嫌がらせされるかもしれない。日本社会は、苦情を直接相手に、自分の声を使って伝えることをますます避けてきている

・直接顔と顔を合わせる対面関係では声を出さない日本人が、ネット上には莫大な量の言葉を書き込む。とても対照的。ネット世界は「無言社会」を象徴している

・町中にあるファストフード店でひとり食事するのは、恥ずかしくはないが、学校のような、自分のことをちょっと知っている人たちがいる場所では、ひとり食事しているところを見られるとつらい。現代の恥意識の根底には、ひとりでいることへの葛藤心理が潜む

・「はっきり言わないとわからないのはバカ」という前提は、「はっきり言わなくてもわかってもらえる」という甘えの上に成り立っている

・日本社会では「一度で通じるのが当たり前」と考えるのに対し、海外ではどんな国でも「通じないのが当たり前」。だから日本では、通じないとイライラして怒りが込み上げる

・見知らぬ他人を人間扱いしなかったのに、知り合いになったとたん、丁寧な態度をとる現象は、日本人が自分の生きる世界を「ウチ」と「ソト」に分けているから

・集団に属さないと生きにくい。けれど集団に属すると、個人としての主張はできない。だから、日本で暮らすには「無言」でいるのが一番ということになる

・今、こいつを叩いても、誰からも文句は出ない、と見てとると、安心して非難の声をあげる。こちらが「お客様」で、相手はこちらに歯向かえないと判断した場合も同じで、言ったもん勝ちと考えているふしがある

・「かまわれない自由」を優先する人々は、過剰にかまってくると、さっさと逃げ出す。濃い関係になりそうなものは避ける

・「秘」を共有すること、共謀に参加することが、集団に属しているという感情・感覚を生む。一体感を生む

・声をかけるときは演技でいい。むしろ、積極的に演技を心がけた方がいい。なぜなら、社会は「芝居」だから

・好かれているかどうかが気になるのは、仲間に対して不信だから。日本人は集団嫌いに加えて、人間不信にも陥っている

・日本的コミュニケーションは、はっきり表現しないで、お互いの腹を探るので、相手の真意を読みとる努力が不可欠。今や日本人も、日本的コミュニケーションは、相手が何を考えているか、わかったものではないと感じている。それが相互不信につながっている

・仲間はずれにされるのは避けたい。だから、相手を信頼しているかのように過剰に演技しなければならない。「あなたといると楽しい」というメッセージを、笑い声で、笑顔で、表明し続けなければならない。このような関係は、軽いように見えて、実は重い

・自分が「かけがえのない自分」でありたいから、社会に認められるために、社会の価値規準にどっぷり浸かる。経済力、腕力、見た目のかわいらしさなどに一喜一憂する。こうして、社会の価値の虜になったら、人生の偶発性や無意味さを意識の片隅に追いやる

・「自分のために生きる」には、自分が「何者でもない」ことを自覚し、「社会がすべて」という態度から抜け出す必要がある。その必要に、決してメディアは応えてくれない

・「自己中」は全然自分中心ではない。自意識過剰なだけで、他者の目から見た自分を想像している

・つながりや社会への同調を促すことで、甘い汁を吸ってきた人々は、自分たちの権力・権威・権限を守ろうとする。そうして人々は、嫌われて、集団から仲間はずれにされたら大変だと思って、また無言になる



私自身、若いころは饒舌なほうでしたが、それによって、しなくてもいい失敗を重ねてきたように思います。そのため、今では、「沈黙は金」と思えるようになっています。

日本社会は、無言でいるのが無難です。本書は、それを証明するかのような書です。饒舌な人にも、無口な人にも、おすすめできる書ではないでしょうか。


[ 2013/10/30 07:00 ] 森真一・本 | TB(0) | CM(0)

『賢者の処世術』バルタサール・グラシアン

賢者の処世術賢者の処世術
(2013/03/21)
バルタサール・グラシアン

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16世紀スペインの修道士であった著者の本を紹介するのは、「賢人の知恵」を4年以上前に紹介して以来、久しぶりです。

著者は、ニーチェやショーペンハウアーなどにも影響を与えました。人間の本質を見る眼は高く評価されています。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・劣等感を抱いてでも、賢い人たちとつき合ったほうが身のため。優越感を抱いても、愚かな人たちとはつき合わないほうが身のため

・嘘をついてはいけない。同様に、事実を言い漏らさないようにすることも大切である。事実は、発言後に嘘を装って隠れてしまうこともあるから

・対立、言い争い、けんかの原因で、一番多いのは誤解。澄んだ目と純粋な心で、事実をきちんと見れば、争いの多くは避けられる

・逃げるのは恥ではないし、打ち負かすことが名誉でもない。勝敗を決めるのは、最終結果のみ

・賢い人は、雨が降る前に屋根を修理しておく。愚かな人は、雨漏りで水浸しになってから修理する。これが人の本質であり、屋根の穴ひとつからでも、人の賢愚がわかる

・見習うに値する人か、そうでない人かを見分けられるようになることで、大人になっていく

ゾウハエを叩き潰そうとして追いかけるなど聞いたことがない

・賢者の分別とは、分別があることを隠し、呪いや妬みから身を守る術を身につけていること

・いいものをいたるところで見つけ出す才覚、干し草の山から穀粒を見つけられる才能は、人生を大切に生きることをわきまえている人の能力

・人生で活躍するときも制御したほうがいい。闇あるところで光となり、こちらの光が見えないところで、ほのかに光ったりしないこと

・若いうちは、狼に挑むより、ライオンの陰にいたほうが身のため

・道行くときは、到着地まであとどのくらいあるかではなく、すでにどれだけ歩いてきたかを確かめること

・日の当たる道もあれば、日陰道もある。信念の道もそれと同じ

・若い人は、自分の弱みについてよく考え、ほかの人の弱みを云々するのは夢の中だけにしておいたほうがいい

・最良の友は自分自身であることに満足できるような人生を送ろう

不安の種は、希望の種よりもずっと心の奥深くに植え付けられている

来てくれたらうれしい人を友人に選び、帰ってくれたらほっとするような人とは距離を置け

・いつも笑顔でほめてくれる友人がいる。しかし真の友人は、自分がいないところでほめてくれる人

・分別ある助言を求めるなら、言葉控え目な人を選ぶこと。余計な言葉はスープに水を足すようなもの

・堂々と先頭を行く人のあとには、自信に満ちた人々が続く。躊躇しながら先頭を行く人のあとには、躊躇する人々が続く

・秘密は、守っていれば門外不出の宝、漏らしてしまえば牢獄の格子

・的に命中した矢はいずれも、的を外れた数多の矢に対する敬意である

・憎むのは人の性、許すのは神の性

・木のてっぺんを目指して高く上るほど、落ちたらその分、激しく地面に叩きつけられる



著者の語りかけるような文章が、本書の特徴です。本書は、説教集から主に道徳的態度についての説教を選んで編纂したものです。

とても16世紀の本とは思えないほど、わかりやすく読みやすい内容です。年齢に関係なく読んでほしい書です。


[ 2013/10/29 07:00 ] 出世の本 | TB(0) | CM(0)

『采配』落合博満

采配采配
(2011/11/17)
落合博満

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本書は、2年ほど前のベストセラーです。少し前、落合氏がテレビで、リーダー論を語っていました。その洞察力や着眼点が、かなり高いレベルにあると思い、この本を手に取りました。

いつ、どこで、誰に、何を指示するのかが合理的で、非常にクレバーです。本書の内容も、実例も踏まえていますので、具体的で、読みやすいと思います。その一部を要約して、紹介させていただきます。



・「一人で過ごすのは好きだけれど、孤独には耐えられない」というのが、最近の若い選手の印象。いいか悪いかではなく、これは時代の流れ。でも、グランドでは若者の気質に配慮などできない。頼りなげな視線を向けられては困る。自分一人で決めねばならない

・会社を背負って、勝負を背負って、たった一人で複数の相手に立ち向かう場面では、緊張感とともに孤独感も抱くもの。その孤独感は、「一人で過ごせる」こととは意味合いが違う。孤独に勝てなければ、勝負には勝てない

・自分が身を置く世界で、太く長く生きたいと思っているのなら、向上心よりも野心を抱くべき。孤独に勝つ強さは、野心を抱くことから生まれる

・プロに入ってくる選手は、センスに恵まれていて、プレーの才能がある。しかし、成功するためには、自分自身を適性に導く才能、すなわち、セルフプロデュース能力が必要

不安だから練習する。不安を抱えているからこそ、どんな練習をすればいいか考え抜く

・心技体を大切な順に並べると、「体・技・心」になる。若い時期に必要なのは基礎体力。基礎体力は年齢とともに落ちていくが、代わりに、仕事をしていく体力が備わってくる。「体」の次は、技術を持っている人間は「心」を病まないので、「技」が先

飲み込みの早い人は忘れるのも早いことが多い。自分は不器用だと自覚している人ほど、何度も何度も反復練習するので、一度身につけた技術を安定して発揮し続けることが多い

・直面する仕事の3つの段階の戦いとは、「自分」「相手」「数字」。まずは、力をつけるまでは、自分との闘い。次に、相手のある戦い。最終段階としては、数字と闘うことになる。数字と闘えるようになれば、本当の一人前

・一流の選手までは自分一人の力でいける。でも、超一流になろうとしたら、周りに協力者が必要になる

・レギュラーになって活躍したいと思うなら、「1.できないことをできるようになるまで努力し」「2.できるようになったら、その確率を高める工夫をし」「3.高い確率でできることは、その質をさらに高めていく」の段階を踏まなければならない

・何も反省せずに失敗を繰り返すことは論外だが、失敗を引きずって無難なプレーしかしなくなることも成長の妨げになる

・指導者は、欠点を長所に変える目を持って、新人に接していくことが大切

・部下が「あの人の言う通りにやれば、できる確率は高くなる」と上司の方法論を受け入れるようになれば、組織の歯車は目指す方向にしっかりと回っていく

・高い実績を残した者だけが、自分の引き際を自分で決めることができる

・自分にない色(能力)を使う勇気が、絵の完成度を高めてくれる

・どんな世界でも、かつての「初」を次代が抜き去り、新たな「初」が生まれていく。その世界を発展させていくという意味で、「初」の価値を再認識すべき

・歴史を学ばないということは、その世界や組織の衰退につながる。歴史を学ぶことは、同じような失敗を繰り返さないことにもつながる

・豊かになった国で、次代のリーダーになろうとしている人たちを、昔の人と比較してばかりいたら、リーダーは育たなくなってしまう

・現代のリーダーは、愛情や情熱、変革しようという意欲を基本に考えていくべき

・人生の素晴らしさは、誰と比べて幸せだから、というものではない。大切なのは、何の仕事に就き、今どういう境遇にあろうとも、その物語を織り成しているのは、自分だけだという自負を持って、自身の人生を前向きに采配していくこと



名選手で名監督という人はほとんどいません。落合氏は、考えて、考えて、考え抜く人だから、プロの厳しい世界で、選手としても、監督としても、成功したのだと思います。

その考え抜いた結論を、本書でたくさん披露されています。プロフェッショナルとは何か、リーダーとは何かを知るためには、大いに参考になる書ではないでしょうか。


[ 2013/10/28 07:00 ] 育成の本 | TB(0) | CM(0)

『人生の指針が見つかる・恋愛の名言1300』別冊宝島編集部

人生の指針が見つかる 恋愛の名言1300 (宝島SUGOI文庫)人生の指針が見つかる 恋愛の名言1300 (宝島SUGOI文庫)
(2011/03/04)
別冊宝島編集部

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別冊宝島の文庫本を紹介するのは、「お金の格言1000」「座右の銘1300」に次ぎ、3冊目です。

お金も恋愛も欲望に変わりありません。欲望を成就する言葉が数多く載せられている書です。その中から、ためになった名言を紹介させていただきます。



・愛とは、孤独な人間が孤独を癒そうとする営み(エーリッヒ・フロム)

・恋愛の徴候の一つは、彼女に似た顔を発見することに、極度に敏感になることである(芥川龍之介)

・愛の記憶は永遠に消えるものではない(ナポレオン・ヒル)

・どんなやり手の、辣腕といわれる男でも、惚れた女には甘くて、抜けてるってことがある。反対に、相当したたかな、がっちりした女でも、男に対してはどこか無条件で優しい。それが異性同士のふれあいの、微妙さじゃないかな(岡本太郎)

・本当に人を愛するということは、その人が一人でいても生きていけるようにしてあげること(三浦綾子)

・その人の前に出ると、絶対にうそが言えない、そういう人を持つといい(相田みつを)

・愛を恐れることは人生を恐れること。人生を恐れる者は、すでに4分の3ばかり死んだも同じ(ラッセル)

・女のおしゃれは恋心に比例する。おしゃれをしなくなった娘は危険です(宇野千代)

・自分は愛されている、と思っている女はいつも魅力があるものだ(伊藤整)

・美しさが女の命なら、男の魅力はお金を動かす実力よ(チャールズ・レデラー)

・高尚な男性は、女性の忠告によって、いっそう高尚になる(ゲーテ)

・男は「これぞ、と感じる女を奪ってやれ」と思う。女は奪わず、そっと盗む(ニーチェ)

・男は将来に向かって努力し、女は習慣に向かって努力する(ゲーテ)

・男が臆病になり、女が大胆になる時、本当の恋が始まりかけている(ユーゴー)

・大部分の女の才気は、彼女らの理性よりも、狂気を強めるのに役立つ(ラ・ロシュフコー)

・男は知っていることをしゃべり、女は人に悦ばれることをしゃべる(ルソー)

・幸福な家庭の顔はお互い似通っているが、不幸な家庭の顔はどれもこれも違っている(トルストイ)

・恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻してくれる(リヒテンベルク)

画竜点睛といってね、結婚も確かに点睛の一つだよ。夫を持ったり、子供を持ったりする度に、人間の心の眼は開けてゆくものだよ(川端康成)

・人の持つ一番の財産は、共感してくれる配偶者である(エウリピデス)

・おそろしきは涙の後の女子心なり(樋口一葉)

・情欲に流されるのはいい。だけど、流されているという自覚を持つんだ(岡本太郎)

・幸福な人とは、過去の自分の生涯から、満足だけを記憶している人々であり、不幸な人とは、それの反対を記憶している人々である(萩原朔太郎)

・嫉妬の心には愛よりもさらに多くの自己愛がある(ラ・ロシュフコー)

・本当の愛は宗教心とさう違ったものではない(夏目漱石)

・愛は人生に没我を与える。それ故に愛は人間を苦しみから救う(トルストイ)

・追いかけてはいけない。追いかけないのが恋愛の武士道である(宇野千代)



恋愛という欲望は、他の欲望と違って、相手がいないことには成り立たないものです。自分の思いだけではなんともならないところが恋愛の難しさです。

お金があっても買えない、お金がなくても買える、のが恋愛であり、その恋愛の手ほどきの事例が満載の書です。参考になる点が多々あるように思います。


[ 2013/10/27 07:00 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『道徳の系譜』ニーチェ

道徳の系譜 (岩波文庫)道徳の系譜 (岩波文庫)
(1964/10)
ニーチェ

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ニーチェの本を紹介するのは、本人以外の人が書いた解説本を含め、これで6冊目になります。ニーチェは難解です。難解だからこそ、読んでやろうという気持ちがふつふつと沸いてくるのですが、いざ読み始めると、本を放り出したくなります。

ニーチェの思想の根幹は、道徳批判です。本書は、その道徳について徹底的に分析、解読したものです。ニーチェの道徳観がよく表れています。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・我々はいつまでも我々自身にとって必然に赤の他人なのだ。我々は我々自身を理解しない。我々は我々を取り違えざるを得ない。各人は各自に最も遠い者である

・「よい」という判断は、「よいこと」を示される人々の側から生じるものではない。高貴な人々、強力な人々、高位の人々が、自分たち自身および自分たちの行為を「よい」と感じ、第一級のものと決めて、これをすべての低級なもの卑俗なものに対置したもの

・すべての貴族道徳は、勝ち誇った自己肯定から生ずるが、奴隷道徳は「外のもの」「他のもの」「自己でないもの」を頭から否定する。そして、この否定こそ奴隷道徳の創造的行為。これは、まさしく「反感」の本性である

・「反感」を持った人間は、正直でもなければ無邪気でもなく、また自分自身に対する誠実さも率直さも持たない。彼の魂は、横目を使う、彼の精神は隠れ場を、抜け道を、裏口を好む

・「反感」を持った人間は、黙っていること、忘れないこと、待つこと、卑下し謙遜することを心得ている。彼らは貴族的種族よりも怜悧になり、怜悧を最高級の生存条件として尊重する(貴族的人間における怜悧は、贅沢、典雅といった繊細な添え味を伴いがち)

・貴族的人間は、自分のために、自分を際立たせるものとして、敵を要求する。彼が相手に取るのは、いささかの軽蔑すべき点もなく、多くの尊敬すべき点のみを有する敵に限る

・「反感」を持った人間の考察する敵には、彼の行為、創造がある。彼はまず「悪い敵」、すなわち「悪人」を考察する。やがてその対象物として、もう一つ「善人」を案出する。これが自分自身である

・返報をしない無力さは「善さ」に変えられ、臆病な卑劣さは「謙虚」に変えられ、憎む相手に対する服従は「恭順」に変えられる。弱者の事勿れ主義が、「忍耐」という立派な名前になる

・値を附ける、価値を量る、等価物を案出し、交換するということは、人間の最も原始的な思惟として支配しており、思惟そのものになっている。最も古い種類の明敏さはここで育てられた

・刑罰が歴史上に現れた際に取ったあらゆる形式が戦争そのものによって与えられたものである

・法律の制定の後に初めて「法」及び「不法」が生じる。法及び不法をそのものとして論じるのは全くナンセンス。そのものとして見れば、侵害も圧制も搾取も破壊も、何ら「不法行為」ではありえない

・刑罰によってこそ、負い目の感情の発達は、最も強く抑えられてきた。犯罪者は、自分の行為、自分の行状それ自体において非難されるべきものと感じることを妨げられる

・刑罰は人間を手なずけはしても、人間を「より善く」はしない

・禁欲主義的理想を奉じる場合、それが意味するのは、彼が拷問から脱がれることを意欲する

・哲学者であるかどうかは、三つのきらびやかで騒々しいものを避けるかどうかによって見分けられる。すなわち、名誉と、王侯と、婦女と。彼は明るすぎる光を恐れる

・恐れられるべきものは、人間に対する恐怖ではなく、むしろ人間に対する吐き気であり、同情である。この両者が交合すれば、必ずや無気味なものが生まれる

・あらゆる偉大な事物は、自己自身によって、自己止揚の作用によって没落する。生の理法、生の本質に存する必然的な「自己超克」の理法はこれを欲する

・人間は欲し「ない」よりは、まだしも「を欲するものである



ニーチェは道徳を「善と悪・よいわるい」と「負い目・良心のやましさ」から捉えて、禁欲主義的理想は何を意味するのかを徹底的に考えました。

その結論が「神は死んだ」というキリスト教批判の言葉になりました。本書は、キリスト教を筋道立てて隅々まで否定した「ニーチェの思想」が如実に表れています。


[ 2013/10/25 07:00 ] ニーチェ・本 | TB(0) | CM(0)

『縮む世界でどう生き延びるか?』長谷川英祐

縮む世界でどう生き延びるか? (メディアファクトリー新書)縮む世界でどう生き延びるか? (メディアファクトリー新書)
(2013/02/28)
長谷川英祐

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生物学者である著者の本を紹介するのは、「働かないアリに意義がある」に次ぎ2冊目です。

本書は、生物学者の考える、社会論、経済論、文明論です。縮みいく日本(人口減、デフレ)における最適行動とは何か。それらを明示してくれています。その一部を要約して、紹介させていただきます。



・「草食系」がモノを欲しがらないのは、収入が減った上に、将来安定的に収入が得られる見込みが低い若者たちの文化的適応

・「貨幣と貯蓄」が人間を決定的に変えた。貯蓄が可能になり、個人が生きていくのに必要な量より大きな財産を持つ人間が現れた。裕福な人が余った貨幣を貸し、新たな商売が生じ、ますます人が増え、経済が大きくなるという、近代社会の道筋が築かれていった

・人間集団につながるルートには、(個人→地域集団→国家)と(個人→企業→経済社会)の階層がある。「経済階層」は、「国家階層」とは異なり、貯蓄と貨幣が現れた後に現れた

・最近(昭和の中頃)まで、個々の企業は国の中で活動していた。したがって、(個人→地域集団→国家)の階層と(個人→企業→経済集団)の最上位階層の範囲は一致していた。企業の利益=国家の利益だったから、矛盾が表に現れることはなかった

資源供給空間的な環境は、いつも潤沢に存在しているわけではなく、生物の増殖によって影響を受け、その結果が生き物自身に跳ね返ってくるもの

・不安定な環境に住むものが全滅のリスクを回避するために探るやり方は、ベット・ヘッジング(両賭け)と呼ばれる。ルーレットなら、チップがなくならないように、赤と青の両方に賭けておくやり方

・進化生態学には、「大卵少産小卵多産か」という問題が昔からあり、卵を少ししか産まないものは大きな卵を産み、多く産むものは小さな卵を産む。これは、どのような環境で有利になるかを考えての繁殖戦略

・不安定な環境とは、「時間的に持続せず、その出現が予測困難であるような環境」と定義できる。さらには、出現したときの持続期間がどのくらいかが予測困難なら、ますます不安定

・不安定な環境で増殖競争を強いられるものの特徴は、「早い成長」「逆境を耐え抜ける形態と適応力(移動力)」

・「短期的な効率を上げる性質」と「長期的な存続性を確保する性質」は両立しない。短期的には有利でも、長期的に存続できないものは生き残ることができないので、重要なのは、長期的存続

・すべての生き物は、現在まで生き抜いてきたからこそ、この世に存在する。長期的存続がどのように実現されてきたかを考えることは、生き物や企業を考える上でも重要

・低成長な飽和した安定環境では、大規模化して維持コストが大きくなると、たちまち苦しい状況に陥ってしまう。ほんの少量だけコンスタントに現れる資源を効率的に利用して生きるためには、小さな規模でなければならない

・共産主義亡き後、資本主義は唯一の勝者として現在に至っているが、そのテーゼともいうべき効率化、大規模化、大量生産が、勝利をもたらしたのは、産業革命以降の世界が「拡大する世界」だったから

・今までの経済学はすべて、成長する経済世界のことしか考えていない。成長しない世界がやってくるなら、その世界で「大きいこと」「強いこと」は最適解ではない

・生物は常に努力して(させられて)いるので、競争を生き延びることができる。「努力さえすれば報われるとは限らないが、努力しないものが報われることはない」。これは生物の世界のルール

・縮む世界で「幸せ」に生きるには、「個として小規模であること」「小さな利益を確実に確保できるようにすること」「利益が出た場合、それを生産増大や消費に費やさず、個の耐久性を高めるように使うこと」

・経済的なバックボーンなしに高い満足感を得るのは簡単。「欲望のレベルを下げる」「お金をかけないでできることで満足する」「多くを望まない」「ささやかなことで幸福を得る」こと。これらは「草食系」と呼ばれる現在の若者たちの行動パターンと一致する



「縮む世界でどう生き延びるか」は、まるで、京都の老舗の経営法のようでした。事業の拡大よりも、事業の永続性に重きを置く経営法は、今まで見過ごされてきたように思います。

縮む世界では、それに合った生き方が必要です。それが嫌なら、拡がる世界を探し歩かなければなりません。環境と自分をどう適合させるかは、永遠のテーマではないでしょうか。


[ 2013/10/24 07:00 ] お金の本 | TB(0) | CM(0)

『ワニにはワニの事情がある―見方を変えると、ほっとする』すがのたいぞう

ワニにはワニの事情がある―見方を変えると、ほっとするワニにはワニの事情がある―見方を変えると、ほっとする
(2007/01)
すがの たいぞう

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異色のカウンセラーである著者の本を紹介するのは、「心がホッとする考え方」に次ぎ、2冊目です。

著者は、カウンセリングの経験が豊富です。その集大成が本書です。ためになる考え方が数多く記載されています。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



合理性効率性を重んじるばかりに、心に余裕がなくなり、いつもイライラしていたり、怒りっぽくなっている人が多い

・日本のサラリーマンに深く根づいている意識は「太く、短く」ではなく、「細く、長く」。したがって、力を抜くこと、ある程度手を抜くことを覚えなければならない。働きアリのような日本の社会にあって、それは自分の身を守る唯一の手段

・なぜ自分を責めてしまうのかというと、どこかで「できるはずだ」と思っているから。根本には自分へのこだわり、幻想がある。まずは、これを捨てると楽になる

・すごくがっかりしたり、後悔したりする人は、自分に多大な期待を抱いているから。期待が大きすぎると、失望も大きいのは理の当然

・人と違おうとするほどに、人と同じになっていく。この奇妙な現象の要因は、「人と違おう」と謳う各種の情報を、みなが取り込むから。情報は決して多様ではない

・「自信がない」と言う人は、自分にできそうもないことをいつもしている

・自分のできることをきっちりとやっていると、「自信」ということにこだわらなくなる。自信があってもなくても、どちらでもよくなる

・自信がないということは、自分自身への評価が下がっている状態。つまり「自己評価」が低くなっていること。これを言い換えると「自尊心」ということになる。こういうものは上がったり下がったりするのが普通

・「人は表現をする動物」。要するに自己表現。これが不足してくると、イライラしたり、悪態をついたり、ふてくされたり、むさぼり食いたくなったり、便秘になったりする

・人間関係は「誤解」によって成り立っている

・「自分を出す」という行為は、自分を他人に委ねるということ

・部下よりも給料が多いのは、偉いからではなく、部下よりもきつい目に遭わなければならない、その代償

・仕事ができる部下をどれだけ育てることができたかどうかが上司の値打ち。自分の成果を上げるよりも、圧倒的に会社に貢献している

・忙しいから、遊ぶ暇がないとか言う人がいるが、それは間違い。遊ぶ時間をつくらないから「忙しい」

・「忘れないように書いておく」のではなく、「忘れるために書いておく」。忘れるようにしておいて、「また思い出すために書いておく」

・昔の学校、教師には、はなから権威があったが、今は、学校や教師に権威がなくなった。教師たちは自分で自分の権威を築いていかなければならない。真の実力が試される

・他人の欲望と自分の欲望を調整していく術を学び、他人への想像力、配慮、思いやりといったものを備えた人間となる。このような社会化された人間を大人と呼ぶ

・失敗が問題となるのは、それを悔やむから。「失敗」があったとしてもしかたがない、後悔しない、受け入れるという姿勢をつくっておくことが大事

・「うまくいかなくても当たり前」「失敗しても当たり前」「そんなに驚くことではない」という考えは、悲観的でも弱気でもなくて、柔軟な構えというもの。世の中のほとんどのことは、自分の思い通りにならない

・人間関係は大事だが、一方で「独りでいられる力」もとても大切。それは、底のほうで、ものごとを考える力につながっているから

・私たちはみな世間知らず。多少仕事に通じているからといっても、それは狭い世界でのことに過ぎない



本書には、豊富なカウンセリングに裏打ちされた術が記されています。著者は、人を慰め、気持ちを切り替えさせ、目を見開かせ、前向きにさせることに長けているようにも感じます。

本書は、心を晴らすために有益な一冊ではないでしょうか。


[ 2013/10/23 07:00 ] 仕事の本 | TB(0) | CM(2)

『日本の景気は賃金が決める』吉本佳生

日本の景気は賃金が決める (講談社現代新書)日本の景気は賃金が決める (講談社現代新書)
(2013/04/18)
吉本 佳生

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日本人は、賃金の高い人ほど、お金をあまり使わずに貯金します。一方、賃金の低い人ほど、見栄を張って、お金を目一杯使いたがります。したがって、賃金の低い人の給料を上げたほうが、景気がよくなります。

日本の銀行員はサラリーマン体質なので、土地を担保に金を貸したがります。値上がりしそうな土地の持ち主なら、さらに簡単に金を貸します。ということは、土地の値段が上がったほうが、世の中にお金が大量に回り、景気がよくなります。

本書には、このような日本人の体質に合った「景気対策」が載っています。著者の景気対策論は、日本人というものをよく理解しているので、実践的かつ有効的だと感じました。これらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・日本銀行がデフレ脱出まで、どんどん供給すると決めたおカネを「賃金格差(所得格差)」と「バブル」の二つを意識して、回すことが景気回復の成否につながる

・「男性で、大企業に就職して、正規雇用のかたちで、長年働いている人」は、高い賃金を得る。ところが、この「男・大・正・長」のどれかの条件が外れると、いきなり、主要先進国中で一番落差が大きな(ワースト)賃金格差に直面する

・モノやサービスのデフレ(物価の継続的下落)だけを考えると、デフレは日本経済にとって一番の問題ではない。もっと重大な問題は「賃金デフレ」。賃金デフレが賃金格差をさらに拡大した

・「平均消費性向=景気回復への貢献能力」は、高所得世帯ほど下がる。上位2割の世帯は、可処分所得の7割弱しか消費しない。下位2割の世帯は、8割強を消費に回す。1998年以降、景気回復貢献度の高い世帯に回るおカネの総額が激しく減った

・日本は、子育て世帯を大切にしないという点でも、先進国で最悪の国。日本政府は、少子化を防ぐ努力をしてきたとはとても言えず、むしろ、少子化を促進してきた

・失業などの雇用面で不遇が続く人は、結婚して子供をつくることが難しいので、少子化がより一層進展する。失業問題を放置すれば、日本経済は長期的にどんどん衰退する。その対策を行う気がない政府なら、もっと小さな規模で十分

・中小企業の9割超が、資源価格高騰によるコスト増加の半分でさえ、モノやサービスの価格に転嫁できていない。国内物価が資源価格高騰の影響を受けないのは、そのため。他方、中小企業の付加価値の8割が人件費。価格転嫁できなければ、人件費を削るしかない

・高所得者は不況を深刻にするが、低所得者は不況を退治できる。年収300万円未満の勤労者世帯は、追加の所得の85%を消費に回す(15%を貯蓄に回す)が、年収1000万円以上の勤労者世帯は、追加の所得の52%しか消費に回さない(48%を貯蓄に回す

・日本は、企業規模による賃金格差が大きい。社員規模29人以下の企業の社員は、1000人以上の大企業の社員の約5割しか賃金がもらえない。企業規模が大きいほど賃金が高いという関係は、世界のどの国でも通用する法則ではない

・世帯主の勤め先産業別消費性向が75%より高いのは、宿泊・飲食サービス、他のサービス、教育・学習支援、建設、卸・小売。これら業種の所得が増えれば、消費が増えて景気がよくなる。消費性向が低い、公務、金融・保険の所得が増えても、景気はよくならない

・財務分析をきちんとやって、おカネを貸すかどうか決めるのが、本来の融資の基本。しかし、日本では「値上がりしそうな土地」に優る担保はない

・サービス業では「稼働率」が大切。人が密集すれば、サービス業の稼働率は高まる。人口密度が高まることで、第3次産業が発展し、国内需要が主導する経済成長スピードが高く維持できる

都市部に人口が集まることは、経済成長を高めるための基本中の基本。とにかく都市部に人口を集め、人口密度を高めればいい。そうすれば、民間企業がいろいろ考え、起業する個人も増えて、バラエティに富んだ新しいビジネスが発生・発展する

・学歴別の賃金格差は世襲されやすい。だからこそ、「男・大・正・長」と「女・小・非・短」の賃金格差があることが問題になる

・消費者物価がじわじわと下がるデフレ現象の中でも、教育関係の費用はどんどん値上がりしていた。1997年を100とした場合、2012年の総合消費者物価指数は97だが、私立大学授業料は112、補習教育は108であった



海外の経済理論は、高所得者を優遇すれば、おカネをいっぱい使い、そのおカネが回り、低所得者も潤うというものです。日本もそれを真似して、高所得者の所得税率を下げましたが、逆にデフレが進んでしまいました。

日本は、世間体を気にし、横並びを良しとする社会です。どうも、海外の経済理論は当てはまらないみたいです。本書には、それを裏付けるデータや資料が満載です。日本独自のデフレ脱却論が記されているように思います。


[ 2013/10/22 07:00 ] お金の本 | TB(0) | CM(0)

『「勝負強さ」の探求―“いざ本番”に強くなる!』折茂鉄矢

「勝負強さ」の探求―“いざ本番”に強くなる!「勝負強さ」の探求―“いざ本番”に強くなる!
(2003/03)
折茂 鉄矢

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著者の本を紹介するのは、「勝負強さの研究」に次ぎ2冊目です。勝負事を研究して、この道50年の方です。

本書にも、野球、サッカー、マラソン、ボクシング、ゴルフ、相撲、柔道、剣術、兵術、将棋、囲碁、競馬、投資、ギャンブルなどの勝負事での戦いの事例が満載です。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・強さを、「技量」「体力」「精神力」「駆け引き」「運」という5つの要素でとらえてみると、上級者レベルでは、実力は「精神力」「駆け引き」「」を膨らませることによって生ずる

勝負強さとは、1.「勝機をつくる力がある」2.「勝機を確実にモノにする力がある」3.「逆境にしぶとい」4.「接戦、乱戦に強い」5.「終盤に本領を発揮する」6.「ここ一番に強い」7.「プラスαの力を発揮する」ということ

・勝負事は、守りの原則、攻めの呼吸、状況判断、決断、困難の克服、抵抗力、戦い続けることの価値、といった競争社会でのし上がっていくために必要なトレーニングの場

・「勝つときがあれば、負けるときもある」という境地は、勝負師の落とし穴ともなる

・「兵は勝つを貴ぶ」とは、戦うのが仕事なのではなく、勝つことが仕事であるという意味

・「互角ならいただき、競り合いになればこっちのもの」という自信がぶつかり合うところに、勝負の面白さとすごさがある

・挫折や敗北を受け止め、「泣きの体験」をバネにし得た者だけが真の強者となれる

・「将棋の勝ち負けは悪い手で決まる。悪い手を指さなければ、相手の好手でリードされても挽回可能な範囲。長期間では、悪い手を指さないタイプのほうが強い」(大山康晴名人)

・「形勢判断は登山者の地図と磁石、航海する船の海図と計器。これなしに進むのでは危なくてしょうがない。冷静に局面を判断し、優勢ならガッチリ打つ。劣勢と見れば、思い切った勝負を決行する。着手の方針を定める議決機関が、形勢判断」(石田秀芳本因坊)

・優勢の戦力といえども、集中力を欠ければ敗れる。「同じ力なら、分散したほうが負け、集中したほうが勝ち」とは、兵力の数においても、個人の戦闘能力においても言えること

・人生も勝負事も、最後はナニクソの戦いである

・完璧主義者には、一度崩れると歯止めがかからない脆さがある。だが、八十点主義者には、叩き上げのしぶとさがある

・建築用語でいう「わらい」は、石垣などを積む場合、わざと石の間を少しあけておく。これによって、石垣は自然の柔構造物となり、地震のショックを緩和して受け止める

・宮本武蔵の「五輪書」では、敵の心の動きを知ることの大切さを説く。「陰を動かす」というのがそれで、敵の意図が判明しないとき、わざと攻撃するように見せかけたり、不意に打ち込むと、その反応で、目に見えない相手の陰の心の動きを知ることができるという

・大義名分を掲げることは、時の勢いに乗り、世論を味方に戦うということ。戦いの相手は眼前の敵だけではない。周囲の人々を敵にするか味方につけるか、その差は大きい

・非勢と見たら、勝負回数を減らす賭け金を小さくするなど、できる限り、勝負を下りる。馴れない土俵で戦うことを避け、計算の立たないものに賭けないのが、真の勝負師

攻める者は、戦いの方法、場所、時期を選べる。つまり、「場」を取れる有利さがある

待つ、降りる、休むは高等戦術

・黒が出れば次は赤だと思う人、また黒だと思う人。この種の勝負に強くなるには、しょせん勢いのものと割り切り、ツイていたら思い切り攻め、雲行きが怪しくなれば休むこと

・企業でも「経営がハデになったら要注意」と言われる。下手な虚勢は評判を落とすだけ

・将棋でいえば、悪い手を指したとき、アマはすぐに顔や声に出すが、プロはむしろ平然としている。ここでバタバタすれば、相手を喜ばすだけ。棋士はなかなかの演技者ぞろい

・エンギをかつぐ、自己暗示、何でもいい。自信をつけるのにプラスになることなら、信じるに限る。成功イメージを強く描く「信念の魔術」の効果は絶大



ハングリーな環境で育ってこなかった人は、本番に弱いのが通例です。本書には、そういう人でも、戦っていける事例が数多く載っています。

精神力を高める方法、自信をつける方法、接戦をモノにする方法など、知っているのと知らないのとでは大違いです。本書は、その手引きになるのではないでしょうか。


[ 2013/10/21 07:00 ] 戦いの本 | TB(0) | CM(0)

『大江戸寺社繁昌記』鈴木一夫

大江戸寺社繁昌記 (中公文庫)大江戸寺社繁昌記 (中公文庫)
(2012/10/23)
鈴木 一夫

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ディズニーランドやUSJも人を集めていますが、古の昔より、人が集まる娯楽の場所は、「」「」「風呂」です。その中の「寺社」について、江戸時代はどのように繁昌していたかを調べた書です。

・本書には、群れ集う日本人のDNAの軌跡が記されているように思います。興味深い箇所が数多くありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・神仏に参詣するという大義名分を果たした後、見る、聞く、味わう、買う、といった庶民の楽しみが何でも揃っていたのが門前の繁華街。昔は、「呑む」「打つ」「買う」などのちょっと危ない楽しみもあった

神仏をダシにしてうごめいた、さまざまな人々が生み出した混沌としたエネルギーが、寺社を堕落させるほどに活き活きと盛んにし、門前に活気をもたらした

・昔は、女性にとってお産は人生最大の難事の一つ。母子ともに死亡率は高かった。人口密集地江戸では、毎日たくさんの赤ん坊が生まれていたから、安産の神様が頼りにされたのは当然。安産や子育ての御利益を求めて参詣する神仏がいくつも繁昌していた

・慢性的な財政難で金欠状態にいた江戸時代の大名たちが、神仏のお金をありがたく拝借するというのは、この時代の世のならわし。お賽銭の上がりをあてにしていた

金毘羅信仰は武士にも広まった。将軍や大名も現世利益を求め、後生の平安を願って寺社詣に熱中した。武士も、武芸や学問の上達とか、出世コースに乗りたいとか、お金がほしいとかで信心に励んだ

・金毘羅社の熱心な信者の圧倒的多数は、町人、職人などの庶民。そして、鳥居建立のために寄付した人々は、貧乏に苦しんで金運をお願いした人たちではなく、むしろ、商売がうまくいって金運をつかんだ幸運な人たち。金毘羅さんがかつぎ上げた元気のいい信者

・金毘羅大権現、水天宮、妙見尊、稲荷神など、それぞれのゆかりのある神仏を邸内に祀り、門を開いて賽銭稼ぎをした。藩邸の側で手を回して、瓦版や口コミを使い、フィーバーを演出することに手を貸していた

・金毘羅さんが江戸下町の庶民の心をつかんだのは、開運福徳や家業繁昌の御利益。神紋が「金毘羅」の「金」を丸で囲んだマルキン印。マルキンはお金の符丁だから、庶民にとっては金運のシンボルのように思われた

・弁才天をもっぱら福神として敬う信仰が盛んになると、「才」の字の代わりに「財」の字をあて、弁財天と書くようになった

・「江戸名所図会」では、弁天堂を囲むように、ずらりと茶屋らしい建物が並んでいる。境内には、行楽客に酒食を出す小料理屋やラブホテルに類する出合茶屋まであった。そして、初夏には、グルメの楽しみとして、茶屋の蓮飯がここの名物となった

・江戸っ子たちは、浅草の観音参詣のついでに石像を踏みつけた。「踏みつけ」が「文付け」に通ずるところから、ラブレターを堂におさめれば願いが叶うというので評判になった

・抜け目のないのは商人や職人だけではなかった。お坊さんも結構さばけていた。浅草寺の餅屋に看板を書いてやったり、本堂の近くに店を開くことを許してやったり、願掛けのさいに必要な御利益グッズを売り出したりした

・浅草寺の境内の猥雑さが、この寺に活気をもたらし、それがまた寺だけでなく、浅草という地が人を引きつける魅力になった。寺裏から1㎞も離れていない場所に、吉原の遊郭が移ってのちは、浅草の町は、アミューズメントセンターとしての魅力を高くしていった

・昔はお酉様の熊手を買う者は、ほとんどが遊女屋・茶屋・料理屋・船宿・芝居など、縁起をかついだり、景気をつけたりすることの多い水商売の人たちに限られていた。正業の家では家内には飾らなかった

鼠小僧の墓を信心の対象としたのは、明治の初めころ。芝居の役者だけでなく、政府や東京府の官員から相場師、芸者、商品ブローカーといった人々に熱心な信者が多かった

信仰のフィーバーをつくり出すために、成田不動尊の霊験を物語る不思議な体験談や出来事・エピソードが口コミで巷に伝えられた。不動尊の僧侶も、ありがたい不動尊のマカ不思議な霊験を物語り、宣伝につとめていた

・閻魔王にお願いすれば地獄から救われて極楽に行くことができるというのが閻魔信仰。閻魔を信仰しなくなった現代でも、眼病治癒の御利益だけが有名になって残っている



本書は、江戸の繁昌している寺社のいわれや歴史を調べ、それを浮き彫りにしています。それはある意味、現在の純粋な信仰の妨げになるのかもしれません。

しかしながら、人々の信仰エネルギーが場のパワーに昇華されていくプロセスは、大変面白く読むことができるのではないでしょうか。


[ 2013/10/20 07:00 ] 江戸の本 | TB(0) | CM(0)

『二宮尊徳一日一言』寺田一清

二宮尊徳一日一言二宮尊徳一日一言
(2007/08/10)
寺田 一清

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二宮尊徳の本を紹介するのは、「二宮尊徳90の名言」「二宮翁夜話」などに次ぎ、8冊目となります。

本書は、二宮尊徳の言葉が、366日分にコンパクトに編集されている本です。この中から、気に入った箇所を、要約して紹介させていただきます。



・人道で大事なことは、私欲に克つこと。私欲といえば、田畑に生える雑草のごとく、これを絶えず除去することが日々の勤めとして肝要

・立場立場によって、考え方感じ方が異なるものであるから、長たる者は大局観全体観を持つこと

・国家衰弊のもとは二つある。富者の費貧者の費、である。富者の費は奢侈、貧者の費は怠惰である

・我が道は勤倹譲の三つにある。勤とは、衣食住になる物品を勤めて産出すること。倹とは、産み出したる物品を費やさないこと。譲とは、この三つを他に及ぼすこと

・書を読んで自分で行わない者は、鍬を買って耕さないようなもの。耕さなければ、何のために鍬を買う必要があろうか。行わなければ、何のために書を読む必要があろうか

行って教え、学んで行う。今の教える者は、言って教え、書いて教える。故に効果がない

・天下の政治も、神儒仏の宗教も、実は、衣食住の三つのことに集約される。庶民が飢えないこと、凍えないことが王道である

遠くの先を考える者は富み、近くだけを考える者は貧しくなる。遠くの先を考える者は、百年先のために松や杉の苗を植える。また、春植えて、秋実るものを植える。だから、富裕になる

・樹木を植え替えするときと同じように、生活に変動があるときは、暮らし方を大いに縮小すべきである

神道は興国の道である。儒教は治国の道である。仏法は治心の教えである

・心の内に関を置き、自分の心で、自分の心を吟味する。そして、通すべきことを通し、通してはいけないことを通してはいけない

・死ぬということを、前に決定していれば、生きている日々が利益となる。それが私の悟りである。生まれ出たからには、死ぬことをを忘れてはいけない

・鋼鉄は、焼き、冷やし、打ち、たたき、焼き、冷やし、打ち、たたいた後、はじめて折れ曲がらないものになる。人もまた同じである

・借金があることを隠すと、ますます借金が増えてくる。借金は、神棚に飾って、返済できるように念じるべきである

・「日々に積る心のちりあくた 洗いながして我を助けよ」

・「富貴貧賤は、ただ人々の一心にあり」という一語こそ、まさに痛切な戒めである

・身分が高く裕福な人が、人をすすんで助けなかったら、身分が低い、貧しい人は、どうして人を助けようという思いを持てるだろうか

・「春植えて秋のみのりを願ふ身は いく世経るとも安き楽しさ」

富者と貧者の差は、根本的にわずかな心構えの違いによる。貧者は昨日のために今日を働き、昨年のために今年を働く。ゆえに、一生苦しんでいる。富者は明日のために今日働き、来年のために今年を働く。心も安楽になり、すべて成就する

・荒地の開発は大切なことだが、さらに大切なことは、心田の開発である

・いかに才知があり、弁舌があっても、至誠と実行がなければ、ことは運ばないし、成立しない

・ご飯とみそ汁、それに木綿の着物、この三つの原点を守り抜く決心覚悟が何より大事。この原点を忘れて、贅沢な暮しをすると、身を損ねることになる



二宮尊徳の教えの根本は「勤倹譲」です。つまり、「勤勉に働き、質素倹約して暮らし、貯まったお金を有効に投資し、それで儲けたお金を、世のため人のために使いなさい」ということです。

「勤倹」までできても、最後の「譲」ができないのが人間です。日本のデフレが続いているのは、まさに、この「譲」が原因かもしれません。地に足ついた二宮尊徳の教えは、現代にも、適用できるところが多いのではないでしょうか。


[ 2013/10/18 07:00 ] 二宮尊徳・本 | TB(0) | CM(0)

『幸福途上国ニッポン・新しい国に生まれかわるための提言』目崎雅昭

幸福途上国ニッポン 新しい国に生まれかわるための提言幸福途上国ニッポン 新しい国に生まれかわるための提言
(2011/06/24)
目崎 雅昭

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本のタイトル的には、あまり期待していなかったのですが、内容は大変面白いものでした。著者は、外資系の証券会社でトップトレーダーを務めた後、世界100カ国を10年以上かけて放浪、インド南部で1年に渡る瞑想生活など、ユニークな経験をされてきた方です。

幸福とは何かを求めて、世界を知的放浪された著者が感じた、信じた幸福とは何かが、本書に掲載されています。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・気温・日照と幸福度に相関関係はない。どんなに厳しい気候条件でも、人類は適応して生きてきた。定住の時点で、気候よりも、そこがどんな社会かが、人の幸せにとって重要

自殺率の高い国は、ほとんどが旧共産国とアジア。共通点は、「権威主義」もしくは「集団主義」。どちらも「個人の自由」が軽視される。自殺率が高い国に幸福な国はない

・出生率が高い国は、必ずしも幸福でない。しかし、幸福度が高い国で、出生率が低い国はない。そして、出生率が低い国で、幸福度の高い国もない

・個人の自由度が低いと、幸福度も低くなる。自由を束縛するような宗教は、幸福度を低くする

・地域主権によって、個性化につながり、愛着が生まれ、市民意識も高まる。住民の満足できる地域には、地方分権が有効

・「個人の幸福のために最適な社会をつくる」考えが個人主義。一人一人が抑圧され続ける限り、幸福度は上昇しない。個人の幸福よりも社会の秩序が優先されるので、当然の結果

・幸福度の調査で、常に上位を占める国は、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、アイスランドの北欧、そして、スイス、オーストリア、オランダなどの西欧。1人当たりGDPだけでなく、平均寿命、教育指数でも上位。腐敗も犯罪も非常に少ない

・集団主義である限りは、寛容な社会になりえない。協調性を強いることは「異質な個人を寛容しない」と同じ。反対意見や批判精神も悪いとする風潮になる

・「楽しい時間を過ごすことが重要」と考える人が多い国と、「選択の自由がある」と感じている人が多い国には、明らかな相関関係がある。つまり、日本人は楽しい時間を過ごしてはいけないと思い、自らの意志をあまり反映できない人生を過ごしている

・ヨーロッパ諸国では、友人や同僚との会話の中で、新聞やテレビのニュースが頻繁に話題に上がる。しかし、日本では、友人や同僚と時事問題を話さない。一方、日本人は75%が「新聞や雑誌」、70%が「テレビ」を信頼する。他の先進諸国に比べ、圧倒的に高い

・メディアの信用度が高い国はアジアやイスラム諸国。集団主義傾向が強い人々にとって、メディアという権力を信頼し、その報道を従順に受け入れるのは、集団主義の発想と同じ

・個性が重要と考えるのに、好き嫌いを否定し、異質なものを認めない態度は矛盾している。本当に個性が重要ならば、好き嫌いが当たり前という姿勢が必要

・自分の意志で選択し、その選択に責任を持つという精神があれば、どのような人生を送っても幸福度は高い。結果が問題なのではない。どうやって生きるかが重要

好奇心のない人生に、幸福感が訪れることは難しい。適度なドーパミンを促す行動が、幸福には必要不可欠

好き嫌いを明確にすることは、自己を知る出発点。日々の生活の細かいことに好き嫌いやこだわりがなければ、没頭できるものに出会うチャンスは少ない。ましてや、人生という大きなテーマで、やりたいことなど見つからない

・人生の半分は自分次第。そこでできることは、幸せな人生を送るための最適な環境をつくる努力をすること。幸福な人生の半分は、環境で決定される

・対話や議論を通じて、自分の考えを説明するための知識は、自分の血となり肉となる

・気を遣うことは悪いことではないが、様々な価値観が存在する現代社会では、声をかけてお互いの意志を確認するほうが、双方満足できる。気を遣う社会では、鈍感な相手は「気の利かない人」とレッテルを貼られる。そんなコミュニケーションは心身ともに疲れる

・極端な思想に傾倒する人は、どこか途中で、疑問を持つことや質問することを止め、思考を停止することで何かを絶対と決めつける。対話を拒否し、議論ができない社会は、利己主義者の格好の餌食になるか、逆に、閉鎖的な社会の急先鋒となる



本書の最後に、日本が幸福な社会になるために、「1.地方分権」「2.個人に寛容な社会」「3.女性の自立意識」「4.対話中心の社会」「5.社会とのつながり体験」が必要と著者は提言されています。

日本の幸福度は経済的豊かさを達成した後、低迷しています。これから、幸福度をさらに上げていくためには、著者の言うような社会改革が必須になるのではないでしょうか。


[ 2013/10/17 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『儲ける仕組みをつくるフレームワークの教科書』川上昌直

儲ける仕組みをつくるフレームワークの教科書儲ける仕組みをつくるフレームワークの教科書
(2013/02/20)
川上 昌直

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著者はビジネスモデルが専門の教授です。このビジネスモデルをどう構築するかのヒントが、本書に記されています。

著者は、企業の社外取締役も務められていますので、具体的事例も豊富です。わかりやすく、ためになるところが多くあります。そのためになる一部を要約して、紹介させていただきます。



・企業の目的は、「顧客を満足させること」。そして、同時に「利益を生むこと」。これを同居させた仕組みが、ビジネスモデル

・「顧客は製品など買っていない。顧客はなんらかの状況で、自分の<用事を片づける>ために製品を<雇う>。そして、既存の製品では未解決の用事があり、それが耐えられない顧客は、それを解決する代替策を雇う」(ハーバード大学・クリステンセン教授)

・顧客が商品やサービスを買うのは、その商品が「ほしいから」ではない。なんらかの「用事を解決したい」から、その解決策として、その商品を「雇っている」だけ

・ニーズでモノを分析する以上、「差別化」ができなくなる。「差別化」するために、ニーズを分析していても、結局は「同質化」を招くという、皮肉な結果をもたらす

・ビジネスに必要な要素は、「WHO」「WHAT」「HOW」、ビジネスをつくり出す要素は、「顧客価値」「利益」「プロセス」。儲けるビジネスを世に送り出していくためには、3×3の9セルをきちんと埋める思考法を身につける必要がある

・儲ける仕組みのツールが、次の9つの質問。「どんな用事を抱える人を客にするか?」「解決策に何を提示するか?」「どう表現するか?」「誰から儲けるか?」「何で儲けるか?」「どのタイミングで儲けるか?」「どの手順でやるのか?」「強みは何か?」「誰と組むか?」

・「顧客の支払意欲」-「価格」=「お得感」。支払った金額以上に感じる「お得感」こそが「顧客価値

・例えば、スポーツ店に来る客を「40代家族連れ」と見るのではなく、「家族でスポーツを始めようと思っているけれど、どんな道具を揃えたらよいかわからないファミリー」いった状況を特定して、客の「片づけるべき用事」は何かを探っていくこと

・売れているものを見て、「何」から「なぜ」へと目線を変えてみて、売れている理由をつきとめれば、「片づける用事」につき当たる

・大切なことは、客の購入時から、使っているとき(メンテナンス)、使い終わった後(廃棄・アップグレード)までを、一連の流れとして客目線で考えること

・すべての会社はサービス業。製造業であれ、小売業であれ、なんであれ、サービスの部分が多いか少ないかというだけで、すべての会社にサービスの要素がある

・顧客の「不」をとってあげる、それこそがビジネスの神髄。不便、不満、不確実性、不利益など。顧客が用事を解決する、あるいは、よりよい生活を送るために、このような「不」のつく言葉の「不」をとってあげること

・顧客がより便利で満足し、確実に利益になるように、なんとかする。それこそが、最終的に顧客の「価値」を生む。その魔法のキーワードが「不とれば価値

課金の方法として、「商品対価」「定額制」「従量制」「利ざや」「紹介料」「広告」がある。儲け方はたくさんある

利益設計のポイントは、「すべての顧客から儲けようとしない」「合算で利益を実現する」「すべての商品・サービスから儲けようとしない」「時間差で儲けることも考えてみる」

・自社の強みと弱みを判断するには「VRIO分析」。価値(Value)があって、稀少(Rarity)で、模倣困難(Inimitability)な資源を有して、組織(Organization)がそれをうまく使えているとき、持続的競争優位をもたらす

・すべて自前ではやらない。リスクを冒したり、資本ストックを集める時間をかけるより、外注先を見つけ、パートナーシップを結ぶほうがいい。協力者を巻き込むことで、新たな知識が混ざり合い、精度の高い、さらに異なったビジネスに変貌を遂げることがある

・すでに流行が終わったような顧客価値提案でも、利益やプロセスの組み立て方次第で、ビジネスモデルが甦り、新しいビジネスモデルとして成功することもある



儲ける仕組みをつくることは、視線をずらして、違うフレームで考えるということかもしれません。その視線のずらし方とずらす具体例が、本書に載っています。

フレームを幾つか持っているだけでも、誰でも少しは賢くなれるのではないでしょうか。


[ 2013/10/16 07:00 ] 仕事の本 | TB(0) | CM(0)

『マネー川柳-鏡見て サイフも覗く 試着室』オリックス編

マネー川柳  ---鏡見て サイフも覗く 試着室マネー川柳 ---鏡見て サイフも覗く 試着室
(2013/07/24)
オリックス編

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オリックスが「お金」を題材に募ったマネー川柳は、十年目を迎えるそうです。本書は、この十年の応募総数92万句の中の傑作選になります。

これらの傑作選には、お金に関する皮肉、嘆き、ぼやきなどがユーモアたっぷりに語られています。その中から、共感できた句を紹介させていただきます。



・8本の すねをかじった マイホーム

・鏡見て サイフも嘆く 試着室

売ったのに まだチェックする 株価欄

・小遣いを 減らせば帰宅 早すぎる

・いい人と 言われるたびに 減るお金

・一人っ子 育てるために 共稼ぎ

・医者でなく 財布がとめる 酒たばこ

・格言を 覚えるほどに 損を出し

・宝くじ 秘かに買って そっと捨て

・孫連れて 年賀に鵜匠 やって来る

・美味しそう 値段見てから 産地見る

・ぜいたくは 敵ではなくて 夢となり

・おばさんは ATMと 話する

・草食と 言われる息子 金を食う

・エコカーを 買って乗らない 倹約家

・お金では かえないコトに 金がいる

・私より 家族想いの 保険員

・母校からの 便りはいつも 金のこと

・パスポート 持ってないのに ドル預金

・侘しさは 英語でだます ワンコイン

・ケータイで 夢もおでんも 買う日本

・親切に 儲け話を する他人

・婚活で 財布痩せたが 目は肥えた

・猛暑日の 名残を残す 電気代

運の無い 人で支える 宝くじ

年金を 当てにするなと 定期便

・20代 ゆとり世代に ゆとりなし

・妻の愚痴 減って感じる 真の底

・年金の 目減り長寿で 取り返す

・節約を してる家庭と 出来ぬ国

・アメリカの クシャミで 社宅追い出され



世に、お金の貯め方、お金の使い方、お金の増やし方の教訓は数々ありますが、わかっていてもそうならないのが世の常です。

そうならなかった自分をあっけらかんと笑い飛ばしたのが、この「マネー川柳」かもしれません。本書は、人間の欲や業の集大成と言えるのではないでしょうか。


[ 2013/10/15 07:00 ] お金の本 | TB(0) | CM(0)

『俺は、中小企業のおやじ』鈴木修

俺は、中小企業のおやじ俺は、中小企業のおやじ
(2009/02/24)
鈴木 修

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著者は、軽自動車でおなじみのスズキの会長兼社長です。83歳の年齢で、3兆円企業の陣頭指揮を取る姿が印象的です。30年もの間、トップを務め、スズキを巨大企業に育て上げたにもかかわらず、自らを「中小企業のおやじ」と断言されています。

今でも変わらず現場主義を貫く姿勢に、参考すべき点が多々あるように思いました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・「安くするために軽くする」は、スズキのクルマづくりの原点。車体が1割軽くなると、コストも1割安くなる。そして、車体が軽くなった分、燃費もよくなる

・「10年で元がとれればいい」なんてことは言ってられない。工場も機械も新車の金型も、3年で投資回収できるという判断がなければ、投資はしない。逆に「3年償却の原則」があるから、投資後、是が非でも3年で元をとるという覚悟で、皆一生懸命やる

・社長に就任してから、営業関係について一つの社内ルールをつくった。「代理店に出向して社長を務めた経験がないと、営業関係の役員に登用しない」というもの

・社長就任後、次にやったのは、独立系の代理店や、整備工場をやりながら、新車を販売してくれる販売店の子弟を、スズキに無試験で入社させること。無試験というと怒られるから、今は「販売店の息子さんを預かる」と言っている

・「スズキは中小企業」。規模の話ではなく、会社の中身が中小企業のままということ。経理など管理部門も、設計など開発部門も全部、中小企業的。国内の営業網も例外ではない

・小さなメーカーが生き残っていくためには、自分のところで売るだけでなく、ある程度のOEMも必要。量が揃えば大量に生産できるから

・バイクのシェア競争に血眼になったときに得た教訓は「1位と2位が本気で戦い始めると、3位以下のメーカーなんて木端微塵に吹き飛ばされる」ということ。3位以下の企業は不安定で脆弱な存在。やはり、小さな市場であってもナンバー1になることが大切

・スズキ流の理想の工場は、プレス、溶接、塗装、組み立ての順番がラインで一直線に並んでいる「うなぎの寝床」型の工場。インドに新しく作った工場は建屋の長さが950m

・毎年、年に1回、国内外の工場に「工場監査」を実施している。丸一日かけて、工場を隅から隅まで自分で歩き、目を光らせる。実際に工場監査を行うと、毎回「なぜこんなムダがあるのか」「何でこんなことをするのか」といったバカげた事例が数多く見つかる

・「死に金は一銭たりとも使わない」というのがポリシー。電気やガスにはお金がかかるが、重力や太陽光はタダ。わざわざコンベヤーを設置しなくても、ちょっとラインを傾ければ、重力で動く。蛍光灯を設置しなくても、太陽光で明るくなるように設計したほうがいい

・スズキの工場では、国内はもとよりインドでも「小少軽短美」というスローガンを掲げている。この5文字は、コストダウンの要諦を表わしたもの。「工場にはカネが落ちている」。ムダを削れば削るだけ、会社の利益を押し上げ、社員や株主へ還元される原資が増える

・車両組み立てラインには、ムダな在庫が山積みの「死に地」が多くある。在庫を取っ払って、空きスペースにして、テープで「立入禁止ゾーン」にすれば、掃除する必要もなくなる。効率の悪い工場は、カネをかけてでも一刻も早く手直しするのが理に適ったやり方

・スズキは、役員人事でも、技術系と事務系が均衡している。執行役員以上の幹部の内訳は、事務系が14人、技術系が16人。人事はどちらかに偏ることなく、年次構成も考えながら、「会長が事務系なら、社長は技術系」といった組み合わせで、バランスを考えている

・GMとスズキの差は、鯨とメダカどころではない。あえて言うなら、鯨と蚊。メダカなら鯨に飲み込まれるが、小さな蚊なら、いざというとき、空高く舞い上がり、飛んでいける

・明確な経営戦略や戦術はなかった。それこそ我流というか無手勝流だった。まさに「ツキと、出会いと、運」。「先見の明があった」などとは口が裂けても言えない。どんな先見の明も、すべて後講釈というか後付けにすぎない。試行錯誤があるだけ

・物事の延長線上で考えるのはダメ。与えられた環境の中で、最善を尽くすことがすべて

・富士山のおいしい地下水も、溜まればボウフラがわく

・「率」は事態を覆い隠す。「個数」と「金額」で判断せよ



格好をつけていては儲かりません。ましてや、ナンバー1企業でなかったら、なおさらです。スズキは3兆円企業ですが、業界ではナンバー1から遠く離されています。

ナンバー1でない企業を、スズキのように、すべて「中小企業」だと考えたら、本書は、ナンバー1でない企業にとって、非常に役立つ書ではないでしょうか。経営とは何か?マネジメントとは何か?を考え直させられるのではないでしょうか。


[ 2013/10/14 07:00 ] 商いの本 | TB(0) | CM(1)

『森毅の置き土産・傑作選集』森毅、池内紀

森毅の置き土産 傑作選集森毅の置き土産 傑作選集
(2010/12/22)
森毅

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本書は、森毅さんの遺作の随筆から、池内紀氏が70品ほど名作を選んだものです。著者の柔和な顔から発する鋭い発言は、甘いカプセルに包まれた苦い薬のように感じられます。

今回は、その中から、教育論、文化論、人生論にスポットを当て、効き目のある文章を選び、要約して紹介させていただきます。



・鍛錬せねば学力がつかぬというのは敗北主義である。鍛錬によらずに学力をつける道を追究するのが教師。それができないなら、あっさり敗北を認めて「鍛錬せねばつかない学力」なんて断念してしまったほうが、罪が軽い

・文化というものは、社会に寄生しているもの。若い社会では、まだ菌もあまり育っていないし、それらに養分をとられては生きていられない。それがある程度成熟すると、文化を寄生せぬと生きていけない。寄生とは共生でもある

・文化を商売にするということは、社会に寄生しているということ。それは社会の成熟の流れに身を置くことだが、「たかが寄生の文化」を誇るのはおかしい

・老人になっても、少年や若者の心を持つためには、自分が子供や若者だったころのことを、引きずってはいけない。心の中の子供は年をとらなくてもよいが、時代は流れている。五十年前の子供ではなくて、今の子供でなくては、今の時代を生きられぬ

・本場ニューヨークのミュージカルもいいが、宝塚もいい。それは本物志向の上流ではなくて、中流文化の産物。上流でもなく、大衆でもなく、その中間に中流があってこそ、都市文化

・人間というものは、自分の物語をつくることによって生きる。物語というのは芸能であって、思い出には虚構がまじり、虚構の力によって真実が映える

・ゆとりというのは、金や時間の問題ではなくて、自分の味のこと。人生の目的は、そのときどきで目標を持つことはあっても、結局は自分の味にゆとりを持たすことしかない

・目的達成の効率ということなら、人生の七割くらいはムダのようなもの。そして、そうしたムダを生きることで、その人の人格が作られる。仕事が人間を作るのではなく、暇が人間を作る

・産業も、学問も、カビも、そして人生も、四十年ですっかり変わる。しかし、それでは不安だから、現在の前後十年を安定させ、人間は生きていく。十年以上昔は、今と違う世の中だが、思い出という物語に封じ込むと、世の中は変わらないと信じて生きていける

・心の貧しい人の他人への気遣いは、その他人にとって迷惑である。豊かな心だけが、他人へ愛を届かせる資格を持つ。他人に気を遣ってばかりでは、自分の心がいじけてしまう。まず何より、自分に対して気を遣うこと。自分の心ほど、人間にとって大事なものはない

・隠すことによって得られた「血のこわさ」といったものは、一見きれいごとでも、非暴力の足しにはならない。人間という存在のやっていることは、できればすべて、目にしたほうがいい

・自由化というのは、本来は多様性志向にある。規制の枠を緩めるというのは、いろいろなことができるということで、みんなと同じルールの中で競争することではない。「自由競争」というのは奇妙な言葉。「自由化」と「競争原理」がいつも組にして語られる

・若いころ忙しくしたおかげで、というよりも、若いときに無駄をしたおかげで、目標や計画と無縁に生きられる。忙しがってないと不安、というのでは不幸

世の中が変わることを前提で、いま、そのときどきの進路を選ぶ、所詮は人間が生きるとは、そうしたもの。その覚悟だけは必要なこと

・制度だらけの世の中だけれど、制度というのは所詮は手段にすぎない。制度とは適当につきあって、実質のほうで勝負すればよいのに、制度に適合しさえすればよいうと思っていては、実質がどんどん空洞化する

・芸能以上に教育は、国家の保護を受けている。国家が保護しようとすると、いろいろな代償を求めたがる。昔の貴族のパトロンの方が鷹揚で、道化はパトロンをうまく裏切ることが才能だった。制度を裏切る以外に、教育の生きる道はない。道化の魂を失っては困る

世を動かしているのは俗。「清貧」は、俗から離れられず、富貴を羨みながら、痩せ我慢して、俗にこだわりたくないというだけのこと。「清貧」を美徳のように言うほどのことではない



数学が専門で、生物学の造詣が深く、芸能を愛し、洒落っ気とゆとりを愉しむ気質、そういう「味」があったからこそ、著者の文章には、色気が漂っているのかもしれません。

思想家でもなく、エッセイストでもないかもしれませんが、著者の文章には、惹きつけられるものがあるように思います。


[ 2013/10/13 07:00 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『「善人」のやめ方』ひろさちや

「善人」のやめ方 (oneテーマ21)「善人」のやめ方 (oneテーマ21)
(2012/07/10)
ひろ さちや

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宗教評論家である著者の本を紹介するのは、これで11冊目になります。このブログで一番とりあげている作者です。

最近は、一貫して、世間にとらわれるな、世間を信じるな、世間にだまされるな、と善良な日本人に対して提言をされています。本書も同様です。その一部を要約して、紹介させていただきます。



・私たちが寄ってたかって「世間」という怪物をつくって、その怪物に人々を騙すという仕事をさせている。そんな騙しに引っかからないためには、「世間」を馬鹿にすべき

・模範社員の「模範」というのが危険。これは会社の物差しで測っての「模範」であって、別の物差しで測れば「人間の屑」かもしれない

・われわれは、働かねばならないから働いている。働かないと生活費が稼げないから、仕方なしに働いている。体制側は、そんな態度で働かれると、職場がぎすぎすするので、働くことは喜びだ、働くことは生き甲斐だ、と必死になって宣伝する

・働くことは喜びだ。世の中の役に立つ人間になれ。真面目に努力すれば、きっと成功する。たいていの人は、そんな世間の常識に従って生きている。それは世間にたぶらかされている

・生活には「成功と失敗」がある。しかし、人生には「成功と失敗」はない。生活の苦労は苦労として、自分の人生を好き放題に生きればいい

・世間を馬鹿にすることは、裏を返せば、主体性を確立すること。自分を大事にすれば、自然と世間を馬鹿にするようになる

・「優等生」というのは、自分をどろどろに溶かして、世間が誉めそやす「優等生」という鋳型に流し込んで、世間が「期待する人間」になった人

・「期待される人間」をつくったら、必ず「期待されない人間」が出てくる

・自由とは、自分に由ること。自由に生きるということは、自分を大事にすること。世間を大事にしている限りは「世間由」で、世間に由っている

・仏教は、「仏の教え」であると同時に、「仏になるための教え

・実力ある者が楽しく勉強すれば、一流大学に合格できる。実力ある者が楽しく仕事をしていれば社長になれる。実力ない人間が高望みして、死に物狂いに努力してもろくなことはない。高望みの目標を設定しないこと、それが楽しい人生を送る秘訣

・あくせく、いらいら、がつがつと働かなければ生きていけなくなり、会社をリストラされてしまうのであれば、それは会社が悪い。社員を奴隷のように思っている

あらゆる欲望が煩悩であって、悪いもの。利益を得たい、得をしたい、儲けたいという欲望は悪。そして、進歩したい、人格を向上させたい、幸福になりたいといった欲望も悪。
でも、人間は欲望をゼロにできない。だから、仏教は、欲望を少なくせよ、と教える

・みんな善人になろうとする。それで人生が楽しくなるのであれば、それでもいい。でも、善人になろうとすれば、人生がしんどくなる

・人間はみんな不完全な存在なんだから、善人というのは、つまり偽善者。善人をやめるということは、偽善者をやめるということ

個性を伸ばすのであれば、音痴がより音痴になるべき。怠け者がより怠け者になるべき。それが個性を伸ばすこと。怠け者がちょっとぐらい勤勉になっても、ありきたりの人間になるだけ。個性がなくなってしまう

・怠け者の価値が劣ると判断するのは産業界。産業界からすれば、勤勉な人間のほうが利用価値が高い、怠け者の利用価値は劣る。しかし、それは世間が勝手に判断する「人間の利用価値」に過ぎない。そんなものに束縛される必要などない

・社会的にステイタス(地位)の高い者は、それだけ義務が大きい。それが「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)」。日本のエリートは、その義務を果たそうとしない。そんなのは軽蔑すべき人種

・自分より世間を大事にするなんて、愚か者の生き方。いくら世間を大事にしたところで、世間のほうは、あなたが使い物にならなくなれば、すぐにあなたを見捨ててしまう



本書は、「自分の人生だから、自分の好きなように生きればいい」と締めくくられています。

世間という怪物、常識という怪物に圧倒されて、自分を、小人として過ごしていかざるを得ないのが、日本社会の現状です。自分をもっと大きく育てていくためには、好きなように生きること、ただそれだけのことなのかもしれません。


[ 2013/10/11 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(2)

『人生読本』西部邁

人生読本人生読本
(2004/07/30)
西部 邁

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著者の本を紹介するのは、「人生の作法」以来、3年ぶりです。西部邁氏は、思想家、評論家として、多数の著書があります。

本書は、「恋愛」「家庭」「共同体」「学校」に分けられた64のテーマで構成されています。難しい内容なのに、コンパクトで読みやすくなっています。それらの中から、共感できる箇所を選んで、紹介させていただきます。



・人間は、自らの執筆した脚本に従って、自らの役割を演じる生物

・人間とは、自らの根本をなす獣性と霊性という矛盾をはらんだ二条件の間で、バランスをとる存在のこと

・現代において、若い男女につきつけられているのは、子供を産み育てることの意味を「人為的に、意識的に」いかにとらえるかという問題。その問題に解答を与えておかなければ、出産や育児が厄介事や困難事となって押し寄せたとき、その重みに堪えられなくなる

・子供は親のどんな希望・期待を自分が裏切ったのかを、多少とも覚えているもの。その子供の裏切りの記憶が、自分が迷う人生の岐路にあって、意外と重要な道標となる

・「能力と徳性と才能」の多寡が、その人の立場や名声や収入の高低を左右することは当然。その意味で、「人は、自由かつ権利において平等なものと出生し、かつ生存する」という人権宣言の文言は空語

・自由とは、「自分の背負った格差に事由があるとみなした上で、その格差を、利用するにせよ、乗り超えるにせよ、排撃するにせよ、引き受けること」

・趣味を大事にすることは、「社交」から離れるか、それを「同好者」のものに限定しがち。社交の本質は「他者」との交話という点にあるから、同好者の社交には、社交の拒絶といった雰囲気が漂う

・貧しさに抗うのは当然だが、そこで豊かさを「最高」の価値としたのが間違いだった。豊かさはあくまで手段的価値に属する

・知識人は、徒党を組んで、仲間褒めに精を出す。それは、次には自分を褒めてくれという挨拶

・権力の正当性は、その権威の正統性によって裏づけられる

・出来事の断片の、そのまた一局面だけを拡大鏡で映し出し、それに専門知の粉飾をほどこして仕立てられたその場限りの読み物、それが新聞であり、週刊誌

・思慮なき勇気は蛮勇にすぎない。同様に、勇気なき思慮は臆病にほかならない

・民人は、たとえ自分らが主権者と呼ばれていても、決して全知全能の存在でないことをよく知っている。だから、民人は、自分らの代表者も欠陥多き連中にすぎないとみなしており、その欠陥が露呈されるのを心待ちにしている

・日本人は、やみくもにも貯蓄に励んできたという経緯にもかかわらず、人生のカネ勘定をさしてきちんとは済ましていない

・情操とは、学問や宗教や芸術にかかわる、つまり真善美の基準を求める活動にかかわる、感覚的な能力。そういう感覚は、少なくともその素地は、生活体験の中で培われるもの

・自分は私人であるだけでなく公人であり、個人であるのみならず集団人でもある。この四面性においてバランスをとるには、巧みな「気配り」と「言葉づかい」が必要になる

・現代の空恐ろしさは、年寄りたちが精神的に若造りし始めたということ。若者たちの人口は減少しているというのに、年寄りの精神的若年化のせいで、時代精神が成熟から離れていくばかり

・歴史が語られるべきやり方は、一つは「英雄伝」、もう一つは「庶民史

・道徳教育において知られるべき最大のことの一つは、危機の超克法にある。偉人伝がその教育目的に資することは請け合い

自由の過剰が放任主義であり、秩序の過剰が管理主義。学校運営の支点とは、自由と秩序の間の平衡点のことにほかならない



著者の「人生読本」は、経験を踏まえた回顧録ではありません。著者が吟味する、人生の「考え方」読本です。

具体的な事例はありませんが、そこには人生のルールや原則が書かれています。このルールや原則に自分の人生を照らしてみたら、自分が見えてくるのではないでしょうか。


[ 2013/10/10 07:00 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『子どもが自立できる教育』岡田尊司

子どもが自立できる教育 (小学館文庫)子どもが自立できる教育 (小学館文庫)
(2013/03/06)
岡田 尊司

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著者は、発達障害が専門の精神科医ですが、小説家でもあります。著書を紹介するのは、「社会脳・人生のカギをにぎるもの」「マインドコントロール」に次ぎ、3冊目です。

本書は、一人一人の特性に合った教育について、世界中の教育システムを調べ、考察した書です。第4章の「海外の教育から学ぶ」は、参考になる点が多々ありました。その中の、オランダフィンランドスイスを中心に、一部要約して、紹介させていただきます。



・オランダでは自立がとても早い。自由主義の伝統をもつ、成熟した個人主義社会であるオランダでは、子どもが自立することを念頭に置いた子育てや教育が早い段階から始まる

・オランダでは、小学校に上がるまでは、甘やかして大切に育てられる。しかし、小学校から、自主性や責任ということを教え込まれる。自分のことは自分でやる、自分のことは自分で決める、ルールや約束を守る、自分の責任を果たす、といったことが重視される

・オランダで重視されるのは、一人一人の子どもに合った教育。時間割も、小学校から自分で決める。学びたいことを自ら選ぶという形で、本人の進歩に合わせ、学習に取り組む

・オランダでは、教師が前に立って説明し、子どもたちが聞くという「古典的な」教育の仕方よりも、実際に手を動かしたり、体で体験して学ぶ方法が大幅に取り入れられている

・オランダには受験はない。勉強は自分がやりたいからするもの。大学進学希望者は、6年制の大学進学コースに進み、高度な専門技術を学びたい人は、5年制の高等職業専門学校準備コース、早く働きたい人は、4年制の中等職業専門学校準備コースに進む

・オランダでは、本人の特性に合った、本人の可能性を最大限に伸ばせる学校や教育が、最高であると考える。こうした点は、フィンランドやデンマークなど教育先進国でも同じ

・オランダの教育の特色は、中等教育になると「フェルゾルヒング」(世話をするの意)という独立した科目があり、自己管理から対人関係、人生設計までを、学び、考えていく

・先進国の中で、生活満足度が最も高い国がオランダ。OECDの調査では、10段階で7以上の満足度が9割。日本の生活満足度は、先進国で最も低く、7以上の満足度は5割。生活満足度は自殺率と相関する。オランダの自殺率は日本の3分の1で、先進国中最も低い

・フィンランドがオランダと共通する点は、「子育て家庭を非常に大切にする」こと。両国とも残業がなく、帰宅が早く(午後3時~6時)、子どもと長く過ごしている。もう一つは「非常に読書好きである」こと。子どもの頃から、自然に読書の習慣が身についている

・フィンランドでは、4~5人単位のグループ学習が効果を上げている。科目ごとに、得意な子が不得意な子を教えるやり方。できる子も、できない子も、学習効果が上がっている

・フィンランドでは、約3割が大学に進むが、今人気が高いのは、35%が進む4年制の高等職業専門学校。こちらを卒業してから、大学に進む人も多い。学力世界一の評価にも関わらず、日本よりも職業系の高校、専門学校に進む人の割合が高い

・フィンランド社会は、犯罪や非行が少ないことでも知られている。刑務所収監されている人の割合は、日本よりさらに低く、アメリカのおよそ15分の1

・スイス経済は通貨高にもかかわらず、経済成長を続け、財政も極めて健全。10%を超える失業率が当たり前の欧米の中で、リーマンショックやギリシャショック後でも失業率が3%前後と低水準。とくに若年層の失業率が低く、国民の幸福度は先進国中でトップクラス

・スイスでは、大学を目指す15%の生徒は、ギムナジウムに進み、高等専門学校を目指す45%は中等学校に進み、手に職をつけることを希望する40%は、実科学校に進む

・スイスの中等学校の特徴は、数学の不得手な子に対しても、数学教育に大きな力を注ぐこと。その理由は、技術的な仕事をする上で、数学が鍵を握ると考えているから

・スイスの教育では、「人間形成」が重要な教育目標とされ、実践的な取り組みを通して、「責任ある社会的存在」として生活することに重きが置かれる

・先進国の中で高い学力維持に成功している国々に共通している点は、競争よりも「学習の社会的側面」や「主体的な体験の側面」を重視していること

・台湾、韓国、中国の教育状況は、日本が学力世界一を誇った頃に似ている。高い教育熱と経済的豊かさを求める激しい競争心を駆動力にして、高い学力が獲得されるという構図



本書の中に、「ヨーロッパの中で、大学進学率が低い国で、若者の失業率が低いという皮肉な事実は、重要なことを示唆している」という著者の見解があります。

若者の失業率が低い先進国の特徴は、日本の高専のような学校への進学率が高く、その高専が、産業界の需給を見極めた定員になっていること。しかも、その高専にいろいろな職業学科があることです。

一人一人の特性に合った学科を選び、そこで専門家になるための勉強をするシステムをつくることが、これからの教育にとって、一番大事なことではないでしょうか。日本の教育は、少し古くなってきているのかもしれません。


[ 2013/10/09 07:00 ] 北欧の本 | TB(0) | CM(0)

『坂本龍馬の「贋金」製造計画』竹下倫一

坂本龍馬の「贋金」製造計画 (青春新書INTELLIGENCE)坂本龍馬の「贋金」製造計画 (青春新書INTELLIGENCE)
(2010/05/07)
竹下 倫一

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NHKのBS歴史館で坂本龍馬をテーマにした番組をやっていました。その中で、坂本龍馬が贋金をつくらせていたことが、ほぼ事実であることを知り驚きました。著者は、その番組にも登場されていた方です。

新しい日本の夜明けを生むのにも金が要ります。従来、龍馬の表の部分だけにスポットが当てられていましたが、本書には裏の部分に光を当てています。目的のためには手段を選ばない龍馬の生き方に感心しました。それらの一部を要約して紹介させていただきます。



・「贋金を製造する」「関門海峡を封鎖する」「奉行所の金庫を襲う」。これらは、坂本龍馬が真剣に計画し、実行しようとしていたこと。龍馬は、他の歴史上の偉人や、立志伝上の人物にはない「悪の魅力」を持っている

・「目的のためならば手段は柔軟に考える」「常識を超えた発想で現状を突破する」。それが龍馬の龍馬たる部分。だからこそ、「薩長同盟」や「大政奉還」という大事業をやり遂げた

・「商人が狡猾なのは当たり前。狡猾でないと利益を得ることはできない」(坂本龍馬)

・雄藩たちは、万延二分金による幕府の利益を横取りし、偽造品をつくって、その恩恵に与ろうとした。薩摩を初め、会津、久保田、仙台、二本松、加賀、郡山、佐土原、土佐、安芸、宇和島、筑前、久留米藩などでも、贋金を製造していたことが判明している

・岡内俊太郎の手紙に「薩摩でつくっている弐分金のニセ金貨を探して取ってきてくれ。薩摩藩と同じように土佐藩でもニセ金貨をつくっておかなければ、事が起こったときに困る」と言った龍馬の言葉が、公式資料として残されている

・龍馬の事業意欲と贋金製造計画は表裏一体。龍馬は「国を動かすにはまずカネがいる」ことを常に念頭に置いていた。経済的な裏付けを得るためには、なりふり構わなかった

・万延二分金は金の含有量が諸外国との間で明確に規定されていた。だから、規定量以下の貨幣をつくることは条約違反。ところが、幕府はそれを承知で秘密裏に金の含有量を減らした金貨をつくっていた。つまり万延二分金も幕府がつくった「贋金」ということ

・龍馬は大政奉還の直前、海援隊に「船には石炭を満載にしておけ」と命令していた。「戦いが始まれば、石炭が高騰する、だからその前に準備しておけ」ということ

・龍馬は1866年、薩摩藩士五代友厚、長州藩士広沢兵助との間にまとめた「商社示談箇条書」に「下関海峡を通過する船を停止させ、積荷をチェックする」というのがある。海運業者にとって、龍馬の商社は大きな脅威。龍馬は海の小さな王のような存在になった

・龍馬は土佐藩の後藤象二郎に「薩摩にはすでに100万両の偽造金貨がある。長州も同様。土佐が同じことをしても、三藩で300万両。驚くことはない。大政奉還は未曽有の大事業。300万両で新政府がぐらつくようなら、大政奉還は成功しない」と言った

・薩摩藩は幕府から、琉球の通貨不足を補うための「琉球通宝」鋳造許可を受けた。「琉球通宝」は「天保通宝」と形が同じ。薩摩藩が天保通宝を偽造しようとしたのは見え見え

・天保通宝で味をしめた薩摩藩は、二分金の偽造にも手を出した。二分金は、金よりも銀の含有量が多い「金貨」。つまり名目上は「金貨」だが、その実は金メッキをした銀貨

・土佐藩の大坂藩邸に贋金製造工場が置かれた。二分金の他に天保通宝の偽造も行われていた。この大坂の土佐藩邸は、後に岩崎弥太郎に買い取られ、三菱の前身である九十九商会が置かれた。元贋金製造工場が三菱の発祥の地ということになる

・龍馬は、新政府の財政官に招聘した由利公正に大政奉還の経緯を説明した。公正は「お金というのは、金銀に限ったものではなく、石でもいい。信用があれば、お金としての価値が生じる。朝廷の信用が確立すれば、お金に困ることはない」という意味の回答をした

・金メッキなどの製造コストが1枚につき900文かかったが、それを含めても原価の5~6倍になった。しかし、贋金は明治に入ってから、国際的な大問題となった

・龍馬が新政府の指針を示した「船中八策」は、国の骨格を論じたものなのに、八策目だけが、「金銀物貨宜シク外国ト平均ノ法ヲ設クベキ事」という「金銀の価値」の話が出てくる。ここに、龍馬の「国の礎は経済」という思想が織り込まれていると言える

・龍馬が後藤象二郎に送った手紙に「幕府が銀座を京都に移すなら、将軍職を残してもいい。そうすれば、将軍職の名はあっても実はないので、恐るるに足りない」とある。龍馬は、権力の源である経済力を絶つためには「貨幣鋳造権」を取り上げることと考えていた



本書は、龍馬のスケールの大きさを示す書です。大きな善をなすためには、悪を厭わずの精神は、龍馬が大人物の器たる証拠です。

明治新政府の前に、こういったお金の駆け引きややりとりがあったことを歴史的に知っておくことは重要です。本書は、裏の日本史として、非常に興味深い書ではないでしょうか。


[ 2013/10/08 07:00 ] お金の本 | TB(0) | CM(0)

『教養が滲み出る極上の名言1300』斎藤茂太

教養が滲み出る極上の名言1300教養が滲み出る極上の名言1300
(2004/08)
斎藤 茂太

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本書は、名言というよりか、名文句といったほうがいいのかもしれません。つまり、声に出して読む名言だと思います。

本書には、それぞれの分野で、抜きん出た才能を発揮した人たちが、古今東西網羅されています。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・どんなバカでもヘンテコリンでも、女と付き合うほうがおもしろい。男と付き合うくらいなら、うちへ帰って本を読む(萩原朔太郎)

・人間を誘惑することのできないような者は、また人を救うこともできない(キェルケゴール)

・恋よりも虚栄のほうが、より多くの女を堕落させる(デファン夫人)

・嫉妬の裡(うち)には、愛よりもうぬぼれが、より多く入っている(ラ・ロシュフコー)

・社交の秘訣は、真実を語らないということではない。真実を語ることによってさえも、相手を怒らせないようにすることのできる技術である(萩原朔太郎)

・希望は不幸な人間の第二の魂である(ゲーテ)

・役者と思ったらあかん。人気商売と思わないかん。それなら人の気に入るようにすること(藤山寛美)

・最高に到達せんと欲せば、最低より始めよ(P・シルス)

・泥中にして、清く、白し(田宮虎彦)

・真の勇気とは、全世界を前にして為し得ることを、目撃者なしにやってのけることにほかならぬ(ラ・ロシュフコー)

・若者たちはすべて家出すべき。そして、自分自身を独創的に「作りあげていく」ことに賭けてみなければならない(寺山修司)

・諸君、謀叛を恐れてはならぬ。自ら謀叛人となることを恐れてはならぬ。新しいものは常に謀叛である(徳富蘆花)

・芸人というのは、売れているときはわがままでいい。売れなくなったら、いくら八方美人をしていても捨てられる(古今亭志ん生)

・僕ぐらい僕に似ていない者はない(ルソー)

・人は生きねばならぬ。名は揚げねばならぬ。金はもうけねばならぬ。命がけの勝負はしなければならぬ(徳富蘆花)

・悪とは何か?弱さから生ずるいっさいのもの(ニーチェ)

・知はいつも情に一杯食わされる(ラ・ロシュフコー)

・大いなる知はおっとりと落ち着き、小さき知はあれこれと気を配る(荘子)

・たった一冊の本しか読んだことのない人間を警戒せよ(ディズレーリ)

・わけのわかった人は、自分を世の中に適合させる。わからず屋は自分に世の中を適合させようと頑張る。だから、すべての進歩はわからず屋のおかげである(バーナード・ショー)

・この世で成功するには二つの道しかない。一つは自分の勤勉によるもの。一つは他人の愚かさによって儲けること(ラ・ブリュイエール)

・金は自分で稼ぐもの。名誉は人がくれるもの(J・チャンドラー)

・金持ちでも貧乏人でも、強い者でも弱い者でも、遊んで暮らしている市民はみんな詐欺師だ(ルソー)

・貧困は不正なことを教える(セネカ)

・欲は出したらあかん。欲は持っておくものや(鈴木啓示)


愛、人生、金、運、勝負、幸せ、自由、労働、人間関係など、さまざまな事態が身に起こっても、本書にある言葉が、励まし、慰め、気づかせてくれるように思います。

昔の人も、みんな悩んで大きくなりました。その人たちが残してくれた言葉を参考にし、また、あやかって生きていきたいものです。


[ 2013/10/07 00:38 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『老いてこそ上機嫌』田辺聖子

老いてこそ上機嫌老いてこそ上機嫌
(2010/01)
田辺 聖子

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著者の本を紹介するのは、「上機嫌の言葉366日」「女のおっさん箴言集」「上機嫌の才能」に次ぎ、4冊目です。上機嫌は、自分自身だけでなく、周りの人たちも明るくします。

アランも「幸福論」の中で、「私は義務の第一位に上機嫌をもってくる」と言っています。上機嫌な著者が、上機嫌の効用を説いたのが本書です。興味の湧く箇所が幾つもありました。それらの一部を要約して紹介させていただきます。



・人は子を持たぬとき、老いを恐れる。というのは、人は、子の若さで、老いを忘れ、自分も若返るように思うから。しかし、子は老いのスベリドメにならない。本人は、やはり老けていく。子供で老いを忘れようとするより、充実して、老いを豊かにすること

・人間、年をとると「人を傷つけること」の何たるかがわかってくる

・「熟年は和して同ぜず、若輩は同じて和せず」。老婦人は貴婦人でもあらねばならぬ。群れること無用、一人をたのしみ、かつ、それでいて、みんなで仲よく、というのがよい

・女の本当の賢さは、美しく年をとる法について、自分なりの識見を持ち、プランを立てておくこと

客を迎えるというのは、自分が主になり柱になること。ぐうたらや未熟者では務まらない。気概のない人間は、自分が人を招くより、人に招かれ、客となって大切に扱われたがる

・ことに幸福や楽しいこと、嬉しいことは変質しやすい。変質しないうちに辞去する、というのが理想的

楽しいホンネを語り合えるというのは人生の大きな快楽で、自分の人生が充実して、実力あればこそ、できる

・グチを吐く人はまだ甘い環境にいる。本当に大変な場で生きている人は、グチも出ない

・定期券を改札口で出してみせるように、出すべき処だけ、自我を出せばいいのであって、いつもいつも出して見せびらかすものではない

・人間関係というのは、後で顔を合わして間が悪くならないようにするのが、最高の付き合い方

・人と人との会話というものは、相手が返事のしやすいようにしゃべるべき

・人は、点と点とのつきあいでよい。全貌くまなく捉える線のつきあいでなくともよい

・元気は伝染する。元気の光源になれるような人は、どんなに年をとっていても、少女であり、少年である

・昔のことを言ってもいいが、昔のことを責めてはいけない

・生きるということは、つまり、作り笑いをする、ということにほかならない

・苦しいことを苦しいと言ってはいけない。苦しいことを面白いと言い、面白いことはつまならないと表現する。これが本当の大人

・女はほめられ上手にならなければいけない。ほめられて得意になるのは仕方ないとして、ほめ言葉を分析できるだけの女のチエは持たなければいけない

・イライラしていたら、化粧の効き目がなくなる

・若いときのような持久力、瞬発力が失われた、美貌があせた、と嘆く人もあるが、失われたものを取り返そうと思うと、しんどい。それよりも、日々少なくなるカードを切り直し切り直し、手持ちのカードだけで何とかやりくりするほうがよい

・自分のしゃべるのを人が黙って聞いてくれている、その怖さ、面目なさ、申しわけなさ、ありがたさ、嬉しさ、もったいなさ、を気付かないでいるのは、老いたるシルシ

・ある時期、モロモロの思い出をさっぱり忘れ果て、命の洗濯をすることも必要。そうして、楽しいことや嬉しいこと、自分がおぼえていて、トクになることだけ、おぼえておく

・苦労は忘れてしまえば、元々ないのと一緒



本書の最後に、著者は「過ぎしこと、まあよし」と書かれています。それを解釈すると、何かを求めて、それが叶わなかったとしてもいい。何も求めず、ただ生きていたとしてもいい。とにかく、くよくよしないこと、ということになります。

「とにかく、くよくよしないこと」、それが上機嫌の作法なのかもしれません。


[ 2013/10/06 07:00 ] 田辺聖子・本 | TB(0) | CM(2)

『哲学のヒント』藤田正勝

哲学のヒント (岩波新書)哲学のヒント (岩波新書)
(2013/02/21)
藤田 正勝

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著者は、日本哲学史を研究する京大教授です。日本にも西田幾多郎などの立派な哲学者が輩出していますが、その内容まで深く知る人は、あまりいません。

本書は、日本の哲学者、思想家を中心に書かれているので、哲学を身近に感じられる部分が多いのではないでしょうか。その一部を要約して、紹介させていただきます。



・自分自身に気づかうことが、「善い者となり、思慮ある者となる」とソクラテスは語った。自分の心のあり方に気づかうことは、結局「どのようにすればよく生きることができるか」ということ。つまり、「よく生きる」ことこそが人間にとって何より大切だということ

・和辻哲郎の基本的な考えは、人間は個人であると同時に、本質的に社会的な存在であるという点にある。人は、その存在の初めから、人と人との関わりの中で生きてきたのであり、ただ一人で生きる人間というのは考えられないと、考えた

・自ら抑制する心と、掟を守る感覚とがなければ、人間は生き残ることすらできない。倫理はもともと集団を前提にしたもの

・カントは、道徳の一番根本にあるものを「定言命法」と表現した。それは理性が、どういう状況にあっても守るべきものとして、私たちに無条件に命じるもの

・孟子の道徳についての基本的な考え方は、「惻隠の心」「羞悪の心」「辞譲の心」「是非の心」の「四端」の説に見てとれる

・サルトルは、人間は未来にある自己を意識し、その未来に向かって自らを投げる、つまり「投企」する存在であると言う

・パスカルは、「気晴らし」は確かに一時的には「幸福」をもたらしてくれるが、「気晴らし」は、決して本当の意味での解決ではなく、むしろそれは「不幸」だと、言う

・深層の「自己」へと立ち返り、「人間を根底からつくりかえる」ことを目指したところに、東洋思想の特徴がある

・西田幾多郎は、「自己の内容を映す鏡はまた自己自身でなければならぬ。物の上に自己の影を映すのではない」と、私たちの自己が、根本において「自己の中に自己を映す」ものであると、述べている

・「自己を集中しようとすればするほど、私は自己が何かの上に浮いているように感じる。いったい何の上であろうか。虚無の上にというほかない。自己は虚無の中の一つの点である」(三木清)

・「心に、つまり無常の思いに滞ってはいけない、生死に執着してはいけない、すべてを「はなちわすれる」ことこそ肝要。道元は、そのことを「放下」という言葉を使って言い表している

・自然はただ単に眺められるものではなく、むしろ人間の心に浸透してくるもの。逆に、私たちの思いが、自然の中に浸透していくこともある。重要なのは、美しい花を見たりすることによって、自らの生を充実したものとして感じ取っているという点

・感情は、その表層に現れたもので尽きるのではなく、むしろその下に、埋もれた厚い層を持つ。表層の感情は時間とともに消滅していくのではなく、深層に沈殿していく

・「無形の形、無声の声ということは、何物もないと云うことではない。無限なる情の表現であることを意味する。それは形ありながら形なきものである」(西田幾多郎)

・「用ゆべき場所で、用ゆべき器物を、用ゆべき時に用いれば、自ずから法に帰っていく」(柳宗悦)

・世阿弥は「物まねに、似せぬ位あるべし。物まねを極めて、その物にまことに成り入りぬれば、似せんと思ふ心なし」と述べている。つまり、物まねを追求していくと、最後には、似せようと思う心がなくなるような芸境に到達するという

・松尾芭蕉は、俳句に「なる句」と「する句」があることを語っている。「私意」によって「作為」した句が「する句」。それに対して、あらわになった物の「微」をそのまま写すのが「なる句」。芭蕉は、「そのものより自然に出づる」ものでなければだめだと言う

・西田幾多郎が言う「純粋経験」の特徴は、「主客合一」という点にある。主観と客観が一つとなった純粋経験の一つの典型は、ほとんど意識しなくても自由に手が動く「無意識」の芸術表現



少し抽象的で、概念的ですが、日本の思想家、哲学者の言わんとするニュアンスは伝わってきました。

作為を否定すること、あるがままを肯定すること。そして、「自分がない」「一体となっている」状態を良しとすること。この日本的な考え方を表現することは難しいですが、日本人の心の奥に、その考え方は脈々と受け継がれてきているのかもしれません。


[ 2013/10/04 07:00 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)