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「・・・とは」「・・・人とは」を思索
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『ショーペンハウアー大切な教え』アルトゥル・ショーペンハウアー

ショーペンハウアー 大切な教え (智恵の贈り物)ショーペンハウアー 大切な教え (智恵の贈り物)
(2010/09/01)
アルトゥル ショーペンハウアー

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ショーペンハウアーの本は、「ショーペンハウアーの言葉」「幸福について人生論」に次ぎ、3冊目です。

日本で言えば、江戸時代末期のころのドイツの哲学者です。お金、権力、名誉、欲望など、人の幸福に関する哲学が多く、同時代のヘーゲルとは違って、一般人でもなじめる哲学者です。

ニーチェにも大きな影響を与えたショーペンハウアーの250近くに及ぶ大切な教えの中から、その一部を要約して紹介させていただきます。



・富とは、あり余る贅沢であり、幸福に役立つことはほとんどない。世の中には、精神的な教養に欠け、知的職業にふさわしい客観的興味を持つことができないために、自分が不幸だと感じている金持ちが大勢いる

朗らかさは、即効性のある直接的な報酬。言ってみれば、幸福という現金そのものであって、他の一切の恵みのような銀行の小切手ではない

・輸入に頼らなくていい国がどこよりも幸福な国であるように、内面が十分豊かで、外部の力を必要としない人ほど幸せな者はいない

・物事を制限することが、幸福への道である。人間の幸福は、視野、活動、世の中の接点といったものの範囲が制限されているほど大きい

・人が、努力を惜しまず、幾多の困難や危険に遭遇しながら、手に入れようとしているものは、他人からの評価を上げることを目的としている。地位、称号、勲章はもちろん、富、学問や芸術までもが、人からの尊敬を得るためのものである。愚かで、何とも嘆かわしい

・人が誇りを持てるのは、自分には卓越した能力特別な価値があるのだという揺るぎない確信を得たときだけである

・自分の生涯の仕事に少しでも重要性や価値があると思うなら、折にふれて、その設計図、すなわち概要の縮図に注意を向けることが必要である

・大いなる知性の持ち主は、この世界に生きていても、本当の意味で、そこに属しているわけではない。幼い頃から、ほかの人たちと自分がかなり異なっていると感じている

・賢明な人は、苦痛や不快感から解放されようと努力し、できるだけ困難に遭遇せずにすむ、静かでゆったりした、つつましい暮らしを求める

・私たちの抱える苦悩のほとんどは、他人との関わりから生じるものである

・うぬぼれの強い者はよくしゃべり、誇りを持っている者は寡黙なものである

・偉大なことを目指す者は、後の世界に目を向け、後世のために確固たる自信をもって、自分の仕事を仕上げる

・思ったことをすぐに話したり、人の言うことを鵜呑みにしたりしてはいけない。むしろ、道徳面でも教養面でも、他人の言葉には多くを期待しないほうがいい

・人生をうまく切り抜けるには、先を見越すことと、大目に見ることの二つが効果的。先を見越す細心さがあれば、損失や損害を防ぐことができる。大目に見る寛容さを持てば、争いから逃れられる

気取りとは、必ず相手に軽蔑の念を起こさせる。気取りとは、ごまかしであり、ごまかしは、恐怖心から出るものであり、臆病な行為である

・もし、誰かが嘘をついているという疑いを抱いたなら、すっかり信じているように見せるといい。相手は大胆になって、さらに嘘を重ね、熱弁を振るううちに、ぼろを出す

・無知で裕福な者は、快楽のためだけに生き、獣同然の暮らしを送る。この手の人間は、富と余暇を有意義に使っていない点でも非難されるべき

・高潔な人格と優れた精神の持ち主は、若い時に、世渡りの知恵や人間についての知識に欠けていることをさらけ出してしまうことが多く、だまされたり、迷わされたりしやす。それに対して、平凡な人間は、ずっと早く、巧みに世の中に順応する

・だまされて失った金銭ほど、利点の大きな使い方はない。そのお金で、用心深さを買ったということだから



知性を磨いて、自由に、そして快適に生きようというのが、ショーペンハウアーの一貫した考え方です。

幸福に生きるには、まず頭と精神を鍛えることであり、決して、富を築くことではないということなのかもしれません。


『下りる。』ひろさちや

下りる。下りる。
(2012/08/29)
ひろ さちや

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著書の本は、このブログで10冊ほどとり上げてきました。最近の著書は、日本や日本社会に対する警笛を鳴らすものが多いように思います。

本書も、日本人が構成している社会への疑問と訴えが主な内容です。受け止めるべき提言が数々ありました。それらの一部を要約して紹介させていただきます。



・資本主義社会というのは、みんなが無駄に浪費してくれないことには維持できない。真夏に冷房かけて、しゃぶしゃぶを食べる。真冬に暖房して、冷たいビールを飲む。それでこそ、資本主義は安泰。「もったいない」「節約しよう」なんていう発想は、資本主義の敵

・「あくせく・いらいら・がつがつ」と生きてきたのに、幸せは得られなかった。これからは、「ゆったり・のんびり・ほどほど」に生きよう。でも、幸せは得られない。ゆったり・のんびり生きられることで幸せになる

・競争が不必要だとは言っていない。競争は悪だと言っている。「必要だから善、不必要だから悪」というわけではない。日本人は、「必要悪」の考え方をなかなか理解してくれない

・日本人は、物事に関して、善か悪かの判断をすることなく、必要か不必要かの判断だけをする。しかも、必要か不必要かの判断をするのは政治・経済・社会。そこで下された判断に従うほかない。その結果、必要なものはすべて善不必要なものは悪とされる

・誰が競争を必要としているのか?それは社会や会社。社会が経済発展するために、会社が利益を得るために、無理やり人を競争させている。競争させられる個人はいい迷惑

・競争原理が支配する社会では、他人はみんな敵・ライバルになってしまうから、他人を信頼できなくなる。「この社会では、気をつけないと誰かに利用されてしまう」のアンケート結果は、フィンランド25%に対して日本は80%。日本の対人信頼度は低い

・日本ではワークシェアリングが定着しない。二人に一人しか仕事がないとき、一人を残し、もう一人をリストラする。これは、「君は熊に食われろ、俺はその間に逃げる」という考え方。競争型の社会において、成功者になろうとすれば、そのようなエゴイストになる

・「人生の問題」とは、東に進むべきか、西に進むべきか、「方向性」の問題。「生活の問題」とは、その方向に、自動車で行くか、歩いて行くか、「手段」の問題。日本人は、方向性の問題を不問にしたまま、手段の問題ばかり考えてきた。そして、大きな壁にぶつかった

・いい加減に目を覚ますこと。大事なのは、生活ではなく人生。「人生」をどう生きるべきかを、今こそ、考えるべき

・古代のエジプトでは、官僚はすべて奴隷だった。貴族を官僚にすると、王を裏切る危険がある。しかし、奴隷を官僚にすれば、彼らは王に忠実に仕えるから、王は安心できる。その伝でいけば、日本の官僚も、政治家も、サラリーマンも奴隷

・われわれには「ゆったり権」(人生をゆったり・のんびり・ほどほどに暮らす権利)があることを自覚すべき。江戸に暮らす庶民は、1日に4時間くらいしか働かなかった

・国は納税者に、納税した分だけのメリットを還元する義務がある。国が納税者に相応の利益を還元しないのであれば、さっさと政治家を取り替えればいい。われわれは、国に要求だけをしていればいい。納税の義務以外に、国に尽す義務はない

・奴隷をやめて、精神的貴族になろう。その目標のために、あれこれと工夫をすること

・資本主義経済において、一番大事なものは、「欲望の生産」。いかにして、人々に欲望を持たせるか。もし、人々が欲望を持たなくなってしまったら、たちまち資本主義経済は崩壊する

・富裕層と貧困層との間に格差が生じると、低所得者層の欲望は減退する。欲しい物があっても買えなくなる。欲望を抑制するほかない。しかも、この低所得者層は、一般に年齢の低い若者。若い人たちが、欲があっても金がないなら、どんどん景気が悪くなる

・電力の浪費によって、経済がうまく循環していた。電力が高価になると、日本経済にとって致命傷。日本の経済の特色であった「無駄・贅沢・浪費」の六文字が消える

・競争は、敗者を不幸にして、勝者を傲慢にする。勝者が敗者を見下したとき、敗者をつくる社会のシステムの支持者になるということ。すなわち、競争原理の讃美者になる

・あらゆる欲望は、放っておけば、肥大化する。そして、どんどん欲が膨らむ。だから、少なくしないといけない。それが「少欲



欲望がすっかりなくなると、私たちの社会は成り立たなくなります。しかし、今のまま、欲望を肥大化させていくと、住みにくい世の中になっていきます。

それを解決するには、若い時は、欲望を持ち、歳をとっていくとともに、欲望を少しずつ減らしていくというのが、理想的な姿です。高齢者の欲望は、はしたないという共通認識が必要なのかもしれません。そういうことを考えさせてくれる書でした。


[ 2013/05/30 07:00 ] ひろさちや・本 | TB(0) | CM(0)

『シフト-人生設計の可能な国に向けて-』三木建

シフト-人生設計の可能な国に向けて-(発行:Gray PRESS)シフト-人生設計の可能な国に向けて-(発行:Gray PRESS)
(2012/08/22)
三木 建

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三木建さんは、哲学家、思想家、経営学者、経営コンサルタントのような方です。著書を紹介するのは、「自生の哲学」に次ぎ、2冊目です。

本書は、哲学や考え方を、どう構想して、設計していくかがテーマです。参考になる点が多々あります。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・社会や会社には突然死寿命もない。未来が見えるということは、その分だけ対応するための時間があるということ。技術も経験もコンセンサスも、その分だけ積み上がっていく。そう考えると、できるだけ遠くの未来を見る方が有利

・「古い体制の有用な部分が保存され、新しく付加された部分が、既存の部分へ適合される時にこそ、強靭な精神力、忍耐強い注意力、比較し結合する多面的な能力、そして便法をも豊かに考え出す知性の秘策が求められる」(フランスの政治家、エドマンド・バーク)

・なぜ盲目的墨守と急進的改革の中道を歩まねばならないのか?それは、我々の社会も我々自身も、過去と未来の連続体の中に存在しているから

・人間の発揮する力とは、結局はその人の持つ思想と、その人の性格との掛け合わせ。数式的に示すならば、「P×P=P(philosophy×personality=POWER)」

・良質な人生観、倫理観、信条を持つ人が、良質な人間性、品性を備えているとすれば、間違いなく、その人の行動は良質なものになる

・頭の良い人が、その能力を他人や社会のために用いることなく、自己確立、自己利益のためにのみ用いるとしたら、社会は彼らのエサ箱にすぎない

・「知識は、方法や手段に対しては、目が見えるが、目的や価値に対しては盲目」(アインシュタイン)

・優れた専門知を分かりやすく伝える能力こそ知性であり、そういう態度をとることこそ品性

・政治家や官僚の側は、我々が生活感覚から提起した「困るもの」「恐ろしいもの」を取り除く義務がある。企業がそれに対応すれば、ビジネスとなる。しかし、企業が「困る」「恐ろしい」「嫌な」ものを我々に押しつけているとすれば、一刻も早く社会から退場すべき

・今、求められているのは、高度な専門性を総合するための方法、あるいは「総合する専門性」を生み出すための方法。つまり、細分化・専門化した知識を元の目的に戻す試み

・いつの間にか、人間が主役ではなく、経済ないしは産業が主役であり、我々はそれを支えるために存在する単なる道具の一つにすぎないという本末転倒が常態となっている

・規模の論理の目指す先は、独占、つまりは「一つになること」。この競争の被害者は、従業員のみならず、社会全体に及ぶ

・天災は、「人類が地球に寄生している」ことを思い出させる、巨大なアラーム

・懲りない人間とは、「過信」する者、「限界」を知らない者、「強欲」に走る者の三つ

・ビジネスの行為で、悩まされたり、痛めつけられたり、不快にさせらされたり、危険にさらされたりすることが多い。こういった商品・サービスは、開発すべきではない、製造すべきではない、販売すべきではない、提供すべきではない

・解脱の道に立ちはだかるのは、富ではなく、富への執着であり、愉快な事柄を愉しむことではなく、それを渇望すること

・ニュージーランドは、雇用が国内に点在し、その上美しい。納得の上に豊かなライフスタイルが成立している。日本とは異なり、経済的、文化的格差の少ない範囲で住む所を選択できる

・一極集中と廃れる地方の組み合わせではなく、雇用を伴う個性豊かな地域が自立的に存在し、自助、互助、私援(ボランティア)、公援(公共サービス)のバランスがとれた社会が魅力ある成熟国家の姿

・目指すべき方向性は、「人生設計の可能な国」と、「人間域」×「多層的自立社会」が主たるスキーム

・「心は正しい目標を欠くと、偽りの目標にはけ口を向ける」(モンテニュー)



本書に、「正気を失ったメガトレンドに翻弄されるまま迎えるのではなく、正体を知った今、そのメガトレンドに別れを告げなくてはならない」という著者の見解があります。

今の日本のメガトレンドを直視し、そして公正に判断し、その渦に巻き込まれて人生を棒に振ることだけは避けなければいけないのかもしれません。
[ 2013/05/29 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『人生を豊かに輝かせる「心のお守り」・金の魂語』美鈴

人生を豊かに輝かせる「心のお守り」 金の魂語人生を豊かに輝かせる「心のお守り」 金の魂語
(2012/02/22)
美鈴

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著者は、いわゆる霊能者と呼ばれる方です。しかし、本書は、霊能者にありがちな突飛な内容のものではなく、教育者が書くものに似ているように感じました。

当たり前のことが、丁寧に、易しく、数多く書き綴られています。その一部を要約して、紹介させていただきます。



・人は、自分に都合の良いものを「好き」と言い、逆に、都合の悪いものを「嫌い」と言う。どちらにも、自分の執着と未熟な部分がある

・親しく会話のできる人は、自分の表の性格と裏の性格を映し出してくれる姿見さん。同じ波長で親しくなった相手には、自分がされて嫌なことはしないし、言われて嫌なことは言わないはず

・心が落ち着いていて、満たされていると、誰かを羨んだり妬んだりしない。幸せなときは、損することを恐れない。感謝できるとき、意地悪は言わないし、思わないし、しない

・あの手この手で、前へ一歩なんとか踏み出して、目の前の壁を乗り越えて、心を鍛えてこそ、人生は「報われる」。心を動かし、頭を使い、気を利かせた結果が良くても悪くても関係ない。大事なのは、どれだけ考え、悩み、分析し、心を動かし、実践したかの過程

・大事なのは、魂を成長させること。物質を多く得たとか失ったとかということではない。何を考え、喜び、悲しみ、痛み、愛し、傷つき、怒り、慈しみ、哀れみ、気づいたかという、感じて心を動かしたこと。「感動」こそ、魂を成長させる

・この世に、生まれつき「強い人」なんて存在しない。自分より心が強いと感じる人に、「あなたは強いから」「あなたみたいに強くないから」と、その人の今までの努力や人生を無視した言葉は、自分の弱さを宣言しているのと同じ

・「怒り」は、冷静な考えと、これまで積み重ねてきた「徳」を奪う。「怒り」は、人を弱くする

・本当の幸せとは、「恐れのない人生」のこと。真実を知ることで、恐怖はなくなる

・経験と感動の「数」と「量」こそ、私たちの最大の目的

・ウザい、辛い、苦しい、悲しい、恐い、嫌い、許せない、羨ましい、妬ましいなどの感情や出来事こそが、乗り越えなければならない「宿命

・すべての出来事は自分自身のため。「気づく」のも「学ぶ」のも自分次第。受け入れて、乗り越えようと前へ歩き出したとき、本当の「助け」がある。最初から「HELP!」では、何の意味もなくなる

大人とは、孤独に強く打ち勝ち、自分の道を貫き、悩みや挫折を肥やしにし、泣き言は自分の弱さと自覚しながら、また笑顔をつくり、他人に優しくできるもの

表情やシワ目の動きなどで、人間の「質」がわかる。顔には、人のすべてが現れる

・今、自分が発する言葉や想いが、少し先の未来をつくり出す。未来の自分の姿を知りたいときは、過去と今の自分を分析し、予想すればいい

・「自分は不幸だ」「満たされていない」「損をしている」と、どこかで感じながら生きている人は、自然と誰かに意地悪をしてしまうもの

・人間関係、家族、友達でも、恋人、職場でも、基本的に、みんな「迷惑の掛け合い」。それが、付き合う、向き合う、共に生きるということ。絆とは、迷惑を掛け合って、心寄せ合いながら深めていくもの

・近しい人には優しくできても、他人には優しくできない。それなら、近しい人への優しさも「偽り」ということ

・「どうせ私なんて」「どうせ俺なんか」という自己卑下は、自分に対しての立派な悪口

・悪いことをしたら、反省し、ただし、謝る。それ以外に何もない。開き直り、居直り、嘘をつく。それでは自分が可哀想

・本当の財産は、心・魂の中に蓄えられたもの、つまり、たくさんの経験と喜怒哀楽の感動。自分で集めた財産は、得るばかりで、絶対になくならない



本書には、人に反省を促す、「世の道理」「天の真理」が、簡潔、手短に伝えられているように感じました。

謙虚に、そして、立派に生きるための言葉が多く、自分を振り返るための大切な書になるように思います。


[ 2013/05/28 07:00 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『華僑の商法―その発想と行動力』山下昌美

華僑の商法―その発想と行動力華僑の商法―その発想と行動力
(1987/03)
山下 昌美

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本書は、30年ほど前に出版された書です。東南アジア諸国の華僑から聞いたことを綴ったものです。

著者は序文で、中国商人の「したたかさ」「ねばり強さ」「あくの強さ」と「合理性の重視」に、今こそ学ぶべき、と書かれています。それを、今でも学ぶべき、ではないでしょうか。華僑に学ぶべき箇所の一部を紹介させていただきます。



・中国人の精神構造を知るためには、以下の言葉が手懸りになる。「没有法子」(仕方がない)、「馬々虎々」(徹底や完全を求めない)、「面子」(潰されることは大いなる恥辱)、「不要緊」(どうでもよい)、「差不多」(中途半端にする)

・「中国人は、それが本物だと立証されるまでは、人の話を信じないが、日本人は、それがウソだと立証されるまで信じつづける」(バートランド・ラッセル)

・一般的に、中国人は「忍耐強さ」「行動的」「利に聡い」の三面の性格を持っている

・中国人は、昔から政府や官吏を信用しない。「官字両隻口」は、「官」には口が二つあるということで、「お上は二枚舌を使う」という意味

・陶朱公の「商人の宝」(理財到富十二則)とは、1.「人の見る目」2.「客の応対」3.「新奇に走らず」4.「心を入れた陳列」5.「迅速な行動」6.「売掛金の回収」7.「人使いの心得」8.「議論の才能」9.「商品を見る目」10.「時機の把握」11.「提唱して指導」12.「先を読み、中道を歩む

・陶朱公の「商人の宝」(理財到富十二戎)とは、1.「下品になるな」2.「優柔不断になるな」3.「ぜいたくするな」4.「強弁するな」5.「怠けるな」6.「安売りするな」7.「競ってまで買うな」8.「タイミングを誤るな」9.「固執するな」10.「支払いを延ばすな」11.「在庫を少なくするな」12.「商品の選択を誤るな」

・華僑商人は「開源節流 量入為出」の格言を好む。「顧客を多くつくって売上を伸ばし、経費の支出を節約する」という意味

・中国商人の間では、「好客三年不換店、好店三年不換客」(よい客は長い間店を換えない。よい店は長い間客を換えない)という言葉がある。一度相手を信用したら、よほどのことがない限り、取引を継続していくということ

・華僑の立場から見た日本人の欠点は「好き嫌いが激しい」「無理をしたがる」「行き過ぎが多い」の三点

・「疑人不用、用人不疑」(疑いのある人を使うな、使ったら疑うな)とは、部下を使う立場にある者の最も基本的な人使いの心得

・「避実撃虚」(実を避けて虚を撃つ)。孫子の兵法として有名。行動中に、何か障害にぶつかったら、中央突破といった無理を避けて、迂回作戦をとるという意味。中央から強行突破すると、たとえ成功しても、かなり多くの犠牲を覚悟しなければならず、賢明でない

・「前事不忘、後事之師」(前の経験を忘れず、後の戒めとせよ)。日本人は、過去の経験を「水に流す」「いつまでもくよくよしない」といった一過性を好むが、中国人は、それを記憶し、記録にとどめ、それを教訓とし、今後の戒めにしようとする

・「養兵千日、用兵一時」(兵を使うのは一時であるが、兵を養成するには千日かかる)。いざという時のため、平素から準備を怠るなという意味

・「興一利不、如除一害」(プラスを追求するよりマイナスを除け)。破綻や損害を回避し、ダメージを最小限度に抑えるという意味で、この考え方は有効

・「打人不打瞼、罵人別掲短」(人をなぐるのに顔をなぐってはいけない。人をののしるのに痛いところをあばいてはいけない)

・「唾面自乾、百忍成金」(もしも顔に唾をかけられても、放っておけば、いつかは乾く。忍耐を重ねていけば、必ず一人前となる)

・「大富由命、小富由勤」(大きな富は運命で決まっているが、小さな富は勤労で築くことができる)

・「有借有還、再借不難」(借りたものは早く返しなさい。さもないと、この次借りることができない)



華僑は、社是、社訓、標語、戒め、諺などが好きです。目の付くところに、これらを書いた紙を貼り、自分への戒め、励ましとして、これを利用しているように思います。

商売での成功者は、世界中で似たようなことをしています。言葉を大事にすることは、精神力を保つことにつながるのかもしれません。


[ 2013/05/27 07:00 ] 華僑の本 | TB(0) | CM(0)

『茶の本』岡倉天心

茶の本茶の本
(1994/11)
岡倉 天心

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本書は、岡倉天心が、1906年(明治39年)に英文出版した「THE BOOK OF TEA」の新訳本です。

岡倉天心は、東京美術学校(東京芸大)校長の職を辞し、日本の文化的遺産の海外への紹介に努め、古社寺保存のために奔走した人物です。本書には、著者の文化的素養がにじみ出ています。それらの一部を紹介させていただきます。



・自分自身の偉大さが、いかにとるに足らぬものであるかということを認識できない人は、他人が持つささやかなものの偉大さを見過ごしてしまう

・道とは、「道」というよりも「推移」する過程を表わす。それは、宇宙変転の精神、つまり、新しい形を生み出すために、常に己に回帰する永遠の成長を表わす

・我々はあまりにも自意識過剰で罪深い人間である。自分自身が悪いと知っているので、自分自身に真実を語るのを恐れ、プライドを持つことによって、その恐ろしさから逃れようとする

・宗教とは、お花と音楽で神聖化した単なる一般常識でしかない

・適応とは「生きる技」である。「生きる技」とは、我々をとりまく環境に対し、常に適応していくことを言う

・物と物との釣合いを保ち、自分の立場を失うことなく他人に譲ることが、日常劇を成功させる秘訣

・自分を「空」の状態にして、他人が自由に入れるようにできる者は、あらゆる情況を制覇することができる。「全体」は常に「部分」を支配できる

・「空」の原理の重要性が、芸術では、暗示という形で提示される。何も言わないでおくことによって、観る者はその考えを完結することができ、その作品の一部になってしまった気分になる。観る者は「空」に入り、美的感情のままに、その「空白」を埋めればいい

・禅は道教と同様に、個人主義を強く主張するので、我々自身の心に関わるものだけが、実在すると考える

・永遠とは、かすかな洗練で、たたずまい(茶室の藁葺きの屋根、細くか弱い柱、竹の支えの軽がるしさ、無頓着に使われているありふれた素材など)を美しくする精神にこそ存在する

・異なった音楽を同時に聞くことができないように、美を本当に理解するには、ある一つの主題に集中しなければならない

・傑作とは、我々の内に秘めた感情を奏でる交響楽である。言ってみれば、美しい魔法の手が琴に触れた途端、我々の心の奥に潜む弦が呼びさまされ、その音色に応じて、震え、興奮する。心は心に語りかけ、言葉にならないものに耳を傾け、見えないものを見つめる

傑作を理解するには、自分の身を低くして息を殺し、その作品が言わんとすることを何一つもらさず聴き取ろうと身構えていなくてはならない

・名人は必ず我々に何かを提供してくれるが、我々に味わう力がないと、ひもじい状態になる

・感動するのは、技よりも精神技術よりも人そのもの。そして、その訴えが人間的であればあるほど、反応も強くなる

・我々はこの宇宙の中で我々の姿を見ているだけ。つまり、この宇宙とは、我々の特異な性質が我々の知覚を支配している。つまり、茶人であっても、それぞれの鑑識眼の尺度にあったものだけを収集している

・花を愛する理想的な姿とは、花が実際に育っているその場所に赴くことをいう

・茶人たちは、地味な色合いの衣服のみ身につけるよう教えてくれたし、花に接する際に、それにふさわしい心得を持つように教えてくれた。簡素を慈しみ、その慈しみの大切さや謙遜の美しさも、茶人から教わった

・愚かしい波乱に満ちた人生の中で、自分自身の存在をうまく律する秘訣を知らない人は、虚しくも幸福で満ち足りていると装っている哀れな人々



本書は、「茶の本」ですが、茶道のノウハウや技術について言及した書ではありません。茶の精神や日本の精神について、茶を通じて、述べている書です。

少し、禅問答的なところもありますが、日本文化の基底を知る上で、貴重な書ではないかと思っています。


[ 2013/05/26 07:00 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)

『人生についての断章』バートランド・ラッセル

人生についての断章人生についての断章
(2005/06)
バートランド ラッセル

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ラッセルの著書を紹介するのは、「ラッセル幸福論」「拝啓バートランドラッセル様」に次ぎ、3冊目です。

ラッセルは、ノーベル文学賞を受賞した後も、80歳で4度目の結婚、89歳で核兵器反対の座り込みで7日間の拘留など、激情的な哲学者でした。しかし、文章は、機知にあふれ、冷静かつ緻密なものです。

真理を追究し続けたラッセルの叡智の断片を、一部ですが、紹介させていただきます。



・われわれは、子供たちを、組織の中の便利な歯車にしてしまわないで、芸術的表現ができる教育を行えるはずである。そうしないのは、美よりも力に愛着するからである

・犯罪の発生を防ぐ第一の条件は、犯罪を引き合わぬものにすること。これは刑法と警察の仕事。第二の条件は、自分の利益を考えた行動がとれる自制心と判断力を持たせること。これは心理学者の仕事。だから、道徳家の出る幕などない

・創意と指導の力を持った人間が、従順さを持つことは稀。人に従ったなら、個人的創意を全部失うか、権力に対する怒りを燃やして破滅的で残忍な志向を身につける

・民主国家での政治家という呼び名には、嘲笑の響きがある。社会での評判が良い人が進んで選挙民の票を求めることはない。票をかせぐ人間は、評判がかんばしくない種類の政治家。これは、民主政治の先駆者たちが夢想だにしなかった逆説

家柄崇拝の最大の舞台は王室。王室の教育と生活環境は、人間を知的にするものではない。この弊害は、当人のすぐれた個人的能力とは無関係に、無理に尊敬する社会的習慣から生ずる。この社会習慣は嘆かわしいもの

・「天才は常に謙虚である」と馬鹿げたことを述べる人間がいるが、これは事実とは正反対。能力のある若者が、もしも謙虚な性格ならば、その天才は抑えられる。自分が天才だと意識しても、ねたみや失笑を買わない環境こそが、若者にとっての理想郷

・真の美徳は、真実から目をそらさぬたくましいもの。きれい事だけの空想ではない。大人は、現実との接触が有益と分かっていても、子供が現実と接触するのはよくないと思う。その結果、教職者が、現実との接触を恐れる者に限られてしまった

・若い人たちは、知識を吸収するために本を読み、大人たちは、自分の抱いている偏見を確認するために本を読む。しかし、本を読む人のほとんどは、現実から空想の世界へ逃避するために読書する

・芸術家は、自分のエゴ(自己表現の欲望)が芸の中に表現されているという意識があれば、どんな生活にも耐えられる

・今日では、民主主義の影響を受けて、「協力の美徳」が、過去の「服従の美徳」に取って代わった。その結果、生徒に素直さ群居本能を教え込み、独創性や進取の気性や非凡な才能を抑えつけている。価値ある仕事を成し遂げた大人は、子供の頃、「協力的」ではない

・父親の影響を受けて、偉大な業績を達成した人は多い。でも、父親の愛は必ずしも必要ではない。必要なのは、幼児期からの技術指導、限定された進路への注意力の集中、名を挙げようとする覇気である

・昔は、人間がパンを食べるために、パンは焼かれると考えられていたが、今では、パンが焼かれるために、人間はパンを食べると考えられている。この主客転倒した現象はすべて、消費者の立場からでなく、企業の立場から考えることに基因する

・掛け値なしの不幸とは、有益な事跡が計画されたのに、実現するに至らなかった時に感ずる不幸である

・「島国根性」は島の住人の特有な気質ではない。広大な内陸諸国の住民の間でも普通に見られる。海から遠く離れれば離れるほど、人々は「島国根性」に陥る

・持てる者は、さらに与えられる。富は往々にして、愛情の外観のみならず、その実質まで買うことができる。これは不正で不都合だとしても、事実であることに変わりない

・あえて、事実と理性を無視し、幻想的で神がかった情念の世界の中で生き、確信をもって大真面目にこれを実践せよ。そうすれば、諸君は間違いなく時代の預言者になれる

・ある種の幸福な人々は、自分が間違ったことがあると感じた経験や気恥ずかしさを感じた経験を持たない



哲学者ラッセルの独特の言い回しを理解するには時間がかかります。しかし、その費やされる時間以上の「生きる知恵」が、そこにあります。

本書は、新聞に連載されたエッセイをもとに、構成されています。ラッセルの文章の中では、比較的短いものばかりです。ラッセルの叡智を味わうのに、最適な書ではないでしょうか。


[ 2013/05/24 07:00 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『人を見捨てない国、スウェーデン』三瓶恵子

人を見捨てない国、スウェーデン (岩波ジュニア新書)人を見捨てない国、スウェーデン (岩波ジュニア新書)
(2013/02/21)
三瓶 恵子

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スウェーデンの本を紹介するのは、これで8冊目になります。まだまだ、新しい発見があり、勉強になるところが多い国です。

今回は、若者の視点で、スウェーデンを視た書です。また、違った驚きがありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・大学へは何度も挑戦できる。点数が足りなければ、労働体験を積んで、ポイントを上乗せすることもできるし、学校に戻って、仕事をしながら、夕方のコースで勉強できるし、教育休暇をもらって、堂々と、昼間に学校に行くこともできる

・スウェーデンでは「シューカツ」はない。労働市場では、一年中いつでも人を求めているし、人々もキャリアを積むために、何度も仕事を変わる

・進学や就職や家族を持つことが「一発勝負でない」ということは、自分の好きなタイミングでいろいろなことを決めることができるということ。ただ、そのためには、自分でよく考えて、自分の人生を歩まなければいけない。経済的な自立も、精神的な自立も必要

・スウェーデン社会の一員として認められるには「自立」が必要。スウェーデン社会は、人を見捨てない社会だが、単にみんなに優しい社会というのではない。自分が社会を構成しているという自覚を持って責任を果たすことが義務付けられる

・自立とは、他からの支配や助力を受けずに、存在すること。言い換えれば、自分で自分の生活、生き方を決められること。そのために大切なのは、経済的自立

・小中学の家庭科の授業の中では、家計簿(小遣い帳)のつけ方、自動支払機での払い込み方、クレジットの仕組みなどを学ぶ。また、働き始めた若者が、親の家に住み続ける場合、どのくらいの金額を親に渡せばいいのかも試算を使って教科書で説明している

・スウェーデンの高校には、12の職業プログラム(児童、建設、電気エネルギー、自動車輸送、商業、工芸、ツーリスト、工業技術、天然資源、食料品、水道、看護介護)と6の高等教育準備プログラム(経済、芸術、人文、自然科学、社会科学、技術)がある

・離婚の「精神的慰謝料」は存在しない。お互いの愛情が薄れ、精神的なダメージはお互い様と考えるから。子供の養育費を出しても、旧パートナーへ生活費を渡すことはない

・離婚に際して、子供の親権は両方で持つことが多く、そのため、別れても互いに近所に住む割合が多くなっている(約半数が半径5㎞以内に住んでいる)

・約80年前、スウェーデンの人々は貧しい農村を後にして、工業化の進む都市に移住した。大気を汚す工場、下水道のないアパート、休暇もとれない職場など、都会暮らしの労働者の環境は劣悪だった。男女共ひどい状況の中で生活した結果、少子化が進んでいった

・スウェーデンの国民は、子育て支援、教育、年金、医療、高齢者福祉など、きちんとした見返りが目に見えるので、納得した上で税金を払っている。スウェーデンの人々は老後やもしものときに備えて「国に貯金している」わけ

・スウェーデンでは、大人も子供も、映画館、図書館、博物館、コンサートなど文化的なところに行く割合が大きい。デートでも「一緒に図書館に行こう」と気になる異性を誘うのは、若者の正統派のアプローチ

・スウェーデンには、法務オンブズマン、消費者オンブズマン、差別オンブズマン、新聞オンブズマン、児童オンブズマンなどがあり、政府組織がちゃんと仕事をしているかどうかを外から見張り、国民の権利が正しく守られているかチェックしている

・若者や長期失業者を雇う企業には、企業が負担する社会保険料(雇用主税)の2倍(給料の63%)に相当する額が、国から支給される

・スウェーデン人の選挙への関心は高く、国政選挙の投票率が86%、市議会議員選挙でも82%、18歳から24歳のグループで74%だった

苦情を申し立てるときは、市議会の各委員会に直接連絡、市のホームページの「意見箱」欄への書き込み、市議会の野党に連絡、地域のミニコミ誌への連絡、などがかなり有効

・スウェーデン国会は2020年までに到達すべき環境目標(気象への悪影響、新鮮な空気、毒のない環境、安全な放射線環境、肥沃化防止、湖や河川の保護、質の良い地下水、苔の保護、森・動植物の保護、山岳環境、文化遺産の建物保持、居住環境など)を定めている



日本には、スウェーデンを夢の国(高福祉、出産・教育・医療などの無料制度)のように伝える人がいます。一方、悪い面(高い税金、離婚率、自殺率、移民の増加と犯罪)を強調する人もいます。

いずれにせよ、「暮らしやすい社会」とは何かを考え、みんなで目標をつくって、それに向かっていくスウェーデン人の姿勢は高く評価できます。日本が学ぶ面も多いように思います。本書は、その一助になるのではないでしょうか。


[ 2013/05/23 07:00 ] 北欧の本 | TB(1) | CM(0)

『メディチ・インパクト』フランス・ヨハンソン

メディチ・インパクト (Harvard business school press)メディチ・インパクト (Harvard business school press)
(2005/11/26)
フランス・ヨハンソン

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本の副題が、「世界を変える発明・創造性イノベーションはここから生まれる」です。15世紀イタリアのフィレンツェでは、メディチ家が文化人や芸術家を保護し、彫刻家、画家、詩人、哲学者、科学者、金融業者、建築家など、さまざまな才能ある人が集結しました。

異なる分野、学問、文化が交差する場では、既存の概念を組み合わせて、新しい非凡なアイデアが数多く生まれ、創造性が爆発的に開花します。これを著者は、「メディチ・インパクト」と名付けました。

本書の主旨は「アイデアの交差点」を指南するものです。アイデアをどう見出すかのヒントが満載の書です。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



交差的イノベーションには、「驚きや意外性に満ちる」「これまでにない新しい方向に飛躍する」「まったく新しい分野を拓く」「自由にできる空間が生まれる」「追随者を生む」「その後何十年に渡っての方向性を提供する」「世界に影響を及ぼす」といった特徴がある

・「人の移動」「科学の相互乗り入れ」「コンピュータの飛躍的進歩」によって、交差点はかつてない勢いで増え続けている

・連想のバリアを壊すことに成功した人には、「さまざまな文化にふれた経験」「既存の教育にはない学び方」「思い込みを逆転する」「違う視点に立って物事を見る」といった共通点がある

・文化はルールと伝統によって既定される。ルールと伝統は一定の思考と行動の様式をもたらす。ここに、文化的多様性が連想のバリアを壊すのに、大きな効果を発揮する理由がある。多様な文化的背景と経験を持つことで、物の見方から自由になることができる

・伝統的な文化とのつながりを断ち切られた人や、複数の文化に徹底してさらされた人は、幅広い仮説について考慮できる強みをもち、創造的イノベーションを行う回数が多くなる

・イノベーションをやってのけるのは、独学で専門知識を身につけた人が多い。自分で自分を徹底して鍛えてきたというタイプ

・アーサー・ケストラー(ハンガリーの思想家)は、「創造性のプロセスと笑いのプロセスが似ている」ことを指摘した

・新たに結合する要素が互いに遠いものであればあるほど、そのプロセスや結果は、より創造的なものになる

・アイデアの質と最も強力な相関関係にあるのは、驚くなかれ、アイデアの量である

・イノベーターは成功したから多くを生み出すのではなく、多くを生み出すから成功した。量が質を生む

・クラッシック音楽の作曲家が数多くの傑作を生み出した時期は、たくさんの失敗作を生んだ時期でもある。ある人間が、画期的なアイデアを生み出したからといって、その人が同じことをやってのける確率が高まっているわけではない

重度のプレッシャーがかかったときに、創造性は落ちる。それは、時間的なストレスがかかった日だけでなく、その影響は、翌日、翌々日、さらに次の日まで及ぶ

・浮かんだアイデアに早まった判断を下さないための最良の方法は、アイデアが浮かぶたびに、それを書き留めるか、図にしておくこと。そうすることで、今まで思いついたアイデアについて頻繁に考えることが可能になる

・アイデアを実行しないことこそ最大の失敗であり、罰の対象になることを周知徹底する。失敗の数が少ないときには疑う必要があり、十分なリスクを負っていないか、失敗から学ぶのを嫌って、失敗を隠している可能性がある

・成功した新規事業の大部分は、最初のプランを実行に移し、何が市場でうまくいき、何がうまくいかないかを学んだ時点で、当初のビジネスプランを放棄している。正解を見つけるまで、挑戦を繰り返すことのほうが、最初に戦略を予測するよりも、はるかに重要

・同じ価値観を共有する緊密なネットワークから抜け出さなければ、成功のチャンスの最も大きい交差点に足を踏み入れることができない

・「事がうまく運んでいるからじっとしていよう」「長い間ここでやってきたから動かないほうが無難」「交差点のリスクを既存の視点から見る」といった行動のワナを回避すること

・勇気とは不安に抗うこと、不安を克服することであって、不安がないことではない



創造性やイノベーションは、多様な人が集まる場所で生まれます。同類の人間が集まる場所では生まれません。

同じ価値観の人間同士で徒党を組むと、精神的に楽ですが、その誘惑を払しょくしなければ、大きな成功は望めないというのが、著者の結論ではなかったかと思います。


[ 2013/05/22 07:00 ] 仕事の本 | TB(0) | CM(0)

『欲望のマーケティング』山本由樹

欲望のマーケティング (ディスカヴァー携書)欲望のマーケティング (ディスカヴァー携書)
(2012/10/13)
山本 由樹

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先々月のことですが、沖縄本島郊外の道の駅に、「美魔女コンテスト」地区予選応募のポスターが貼ってありました。「美魔女ブーム」が、ここまで浸透してきているのかと、びっくりしました。

その「美魔女ブーム」の仕掛け人が著者です。欲望をとことん肯定する手法が、明るく、単純で、あっけらかんとしていたので、惹きつけられました。著者の手法の中で、納得できるところが多々ありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・新しいマーケットを見つけ、ブーム化できた理由は、「欲望」にある。まだ認知されていない人々の欲望をマーケティングし、それをコンテンツ化、ブーム化できれば、そこには新たな消費が発生する

・「絞り込む(ターゲッティング)+巻き込む(エンクロージング)+揺り動かす(シェイキング)」といった3段階の働きかけ(インフルーエンス)が有効。それは、雑誌メディア独自のメソッド

・数字から、新しいマーケットは見つからない

・人間を突き動かすのは欲望。その欲望を聞きとらない限り、その人の本質は理解できない。「言えない欲望」にこそ、その人の本当の姿がある

・「こいつはバカだと思われれば勝ち」。分からないなら教えてやろうかということになる。自分より偉そうだったり、頭がよさそうな奴には、親切にしてくれない

・商品に自信があればあるほど、顧客をもっと増やそうとしてしまい、結果的に元の顧客も失うという失敗に終わりがち

・「選ばれる商品」より「選ばせる商品」にならなければいけない。なぜなら、「選ばれる商品」は、最終的に価格競争になってしまうから

・40代を本当に美しくするのは、衣食住より美食習

・「無難な表現」は何も言っていないことと同じ

・人間が他者に抱く感情は「同情→共感→賞賛→嫉妬」の4段階。「無視」は4つのどこにも分類されない。スターは、賞賛という憧れの頂点に位置するからこそ、賞賛と嫉妬のぎりぎりの際まで登りつめたら注意が必要。油断すると「嫉妬レベル」に入ってしまう

・一度定着したターゲットを変更するのは容易ではない。一度離れていった顧客を引き戻すのも容易ではない

・ごく一部の熱狂が、大衆の熱狂の種火となる。マニアを惹きつける際立った個性だからこそ、一般化できる

・私たちが考えるよりも、消費者がよっぽど先に行っている。だから、私たちは反対に、「自分たちは遅れている」という意識を持つことが必要

・広げるには、「好意的レスポンス」だけでなく「反感的レスポンス」も含めたノイズの発生が必要となる。というのは、たわいない人の悪口や噂話は楽しいから

・「情報」こそ「欲望」そのもの。あらかじめ刷り込まれ、記号化された「情報」が「欲望」を刺激するのであって、「欲望」は単体で存在するものではない。だから、欲望をあおるマーケティングができたなら、そこに新しい市場ができる

・理想へ向かうベクトルは「ああなりたい」。現実から遠ざかるベクトルは「ああなりたくない」。どのアプローチでマーケットにアピールするかはあなた次第だが、大切なのは、「ああ」の部分をどう見せるか

・「なんとなく不満」から、新しいマーケットを生み出すために一番大事なのは、「なんとなく不満」のディテールを刺激すること

・「揺るがす」ための効果的ファクターは、「本当はみんな知ってる、やってる」という共有感と、「乗り遅れてしまう」という強迫感

・目立ち過ぎても嫌だし、埋没したくもない。「集団の意志」を逸脱せずに、「個性」を発揮するという、とても微妙で難しいテーマを背負っているから、ディテールの勝負になってしまう



著者は、女性雑誌の元編集長です。その経験から、人の欲望という「火」を見つけだし、その「火」をあおる「火つけ役」のノウハウに長けているように思います。

火のないところに煙は立ちません。わずかな火をあおって大火にする(ブームにする)には、どうすればいいかを知りたい方には、非常に役立つ書ではないでしょうか。


[ 2013/05/21 07:00 ] 仕事の本 | TB(0) | CM(0)

『自由貿易神話解体新書―「関税」こそが雇用と食と環境を守る』関良基

自由貿易神話解体新書―「関税」こそが雇用と食と環境を守る自由貿易神話解体新書―「関税」こそが雇用と食と環境を守る
(2012/09)
関 良基

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著者は、京都大学農学部森林学科卒の経済学者です。学生時代、フィリピンの熱帯林保全、中国の森林再生の方策を現場調査し、森林破壊の原因は、すべて経済にあると感じて、経済学者になる決意をされた方です。

異色の経済学者である著者の視点は、従来の経済学者にない、地に足の着いたものに感じられました。自分の目で見てきた世界の森林や地域から経済を論じる学者は、他にはそういません。この貴重な意見の一部を要約して、紹介させていただきます。


・今日の世界の窮状を生み出した原因は、金融の自由化・規制緩和のみにあるのではない。「貿易自由化」と「金融自由化」の両輪が生み出したもの。米国の金融立国戦略は、貿易自由化の結果として発生した巨額の貿易赤字に対処するために必要だった

・米国は、巨額の貿易赤字を、資本収支の黒字で埋め合わせるために、金融商品を世界にばら撒くには、各国の金融規制を骨抜きにして、自由化を促進し、アメリカの金融制度基準をグローバルスタンダードとして押し付ける必要があった

・世界経済を正常な状態に戻すためには、金融規制のみでは不十分。貿易自由化が生み出すグローバルな不均衡を取り締まらない限り解決できない。そのためには、不均衡を調整するための関税の必要性を認めた秩序ある貿易システムを再設計する必要がある

・近代産業では、多くの場合、規模の経済効果や学習の効果が働くので、製品一単位当たり生産コストは時間とともに減少する。だが、新古典派経済学には、「時間」の変数が登場しない。歴史的な発展過程を扱う学問に時間概念がないのは、とてつもなく奇妙

・百歩譲って、工業製品の貿易自由化は許容しても、農産物や天然資源には、自由貿易の原理に適さない多くの理由がある。工業は、生産量拡大によって、単位生産費用が減少(利益が増大)する性質を持つが、農業はその逆で、生産費用が増大(利益が減少)する

・売れば売るほど利潤が増える世界(収穫逓増)では、国境は邪魔くさい存在で、関税の撤廃を望む。しかも、収穫逓増の性格が強いほど、グローバル独占は成立しやすい。ソフトウェア産業では、いったん開発すれば、コピーする追加コストはほとんどかからない

・農業の場合、労働、資本という二つの生産要素に加え、土地という生産要素の寄与度が大きく、土地生産性は土壌肥沃度や日射量など天与の自然条件に大きく規定され、さらに光合成の限界という人間の力では越えられない上限がある

・「後発工業国は、技術的に追いつくまでは保護関税等を駆使して、安価な工業製品の流入を抑え、先進水準に追いついた段階で関税を引き下げていけばいい」(フリートリッヒ・リストの幼稚産業保護論

・途上国の多くは、関税は税収の大きな柱。その途上国に「原則関税撤廃」を要求することは、国によるインフラ開発や社会保障、所得再分配の機能を麻痺させる。1960年当時の米国は、日本の保護関税措置を許していた。日本人は感謝してもしきれないくらい

・失業を増やして内需を縮小させる生産の効率化競争をするのではなく、内需拡大と失業対策と新産業育成策がセットになるような政策を実施しなければならない

・工業製品は、生活必需品ではないので、価格の変動によって需要は大きく変動する。高ければ買わない、安ければ買う量が増大する。しかし、生活必需品の食料はこうはいかない。貿易を自由化しても、国際的に農産物の需要量は急に大きく増えない

・農業は「労働」と「資本」のみならず、「土地」という生産要素が必要。しかも、この第三の生産要素である「土地」の寄与度が大きい。自然条件の差異に基づく土地生産性の劣位を、競争の中での努力で克服することなどできない。この点、工業とは決定的に違う

・中国とインドが高関税で国内農業を保護する方策であれば、世界の食料危機を回避しつつ、両国の賃金水準を押し上げることにつながる。結果として、先進国の労働者の雇用条件も安定させるという三重の福音をもたらす

・アマゾンの森林消失の約30%は大豆栽培面積の拡大で説明できる。中国を初めとした途上国が、農産物貿易の自由化によって大豆輸入を増やしていることが、急激なアマゾンの森林破壊を生み出す要因となっている

・中国やインドや日本のような零細的土地所有構造をもち、それゆえ国際競争力のない国々が、再び国内農家の保護政策に舵を切って、大豆や菜種油の国産化に努めれば、ブラジルやインドネシアの熱帯林開発圧力は消え、地球のCO2排出量を一挙に20%近く削減できる

・人口減少時代に突入した日本は、ゆるやかな分権型社会を構築しつつ、エネルギーと食料の自給率を上昇させ、安心と安全を重視する社会へと質的な転換をはかるべき



十分な情報がないまま、TPPの賛否が論じられています。声の大きい団体の意見が、まかり通っているのが現実です。

地球全体にとってベストな決断は?次世代にとってベストな決断は?それらを判断する材料があまりにも少ないように感じます。本書は、その判断材料になる貴重な書ではないでしょうか。


[ 2013/05/20 07:00 ] 環境の本 | TB(0) | CM(0)

『楽隠居のすすめ-「鶉衣」のこころ』横井也有、岡田芳郎

楽隠居のすすめ―「鶉衣」のこころ楽隠居のすすめ―「鶉衣」のこころ
(2001/07)
横井 也有、岡田 芳郎 他

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鶉衣(うずらころも)は、俳文の最高峰と呼ばれる作品です。その作者の横井也有は、1702年生まれで、尾張藩の重臣として仕えた後、職を辞し、家族からも離れ、質素な草庵に隠栖(いんせい)し、自由で、風雅な日々を過ごした方です。

気負いもなく、淡々と自由人としての晩年を生きる姿に、憧れます。現代においても、「鶉衣」という18世紀の古典が、老いの生き方、老いの愉しみ方において参考になります。

その参考になる「鶉衣」の文章の多くから、一部を要約して紹介させていただきます。



・今は身のほどを知って、他人にほめられることを願わず、人から悪く言われるのも厭わない

・思うように物事が叶わないと無情の物さえ羨むのが世の人の心。だから、身に富が余り、幸いが思いのままの人が、事あるごとに他人から羨まれる。この草庵は簡素なことから、いっこうに羨む人はない。私もここで事足りて、他を羨むところはない

・「四角なる浮世の蚊屋はしまひけり」
(隠居したので、四角ばった世間の蚊屋=義理はおしまいにした)

・悲しいかな、老いて一人の友が欠けるのは、歯が落ちたようなもので、再び生え出る楽しみはない

・「六十てふ身はそれだけのはぢ紅葉」
(六十になった身は、それだけ恥が多くなったことで、顔を赤らめるばかりだ)

・わが身の老いを忘れなければ、ちょっとの間も心は楽しめない。わが身の老いを忘れれば、人に嫌がられ、酒や色の上で過ちをおかすことになる。だから、老いは、忘れるのがいい、忘れてはならない、この二つの境がまことに得にくい

・世に言うように、金持ちがますます富に飽きず、蟻のように忙しく、蠅のように欲しいものに集まるのは笑うところ

・夢が現実と同じものならば、夢を現実の中に数え入れて、起きて楽しみ、寝て楽しめばいい。夢がなくても、痛くもかゆくもないから、あるとも、ないとも、どちらでもいい

・「音も香もせぬや豆腐の冬籠」
(汁一つ菜一つ酒の肴も一つに限り、鰹節を使って精進料理という非難を逃れるのがよい。夏は茄子を用い、豆腐は夏以外に使うのがいい。香の物はどちらでもよい)

・「いかさまに四たびはくどし村しぐれ」
(酒は三杯以上を過ごしてはならない。だから、盃は好きな大きさのものを許すがいい)

・「蝋燭はたつといふ名の寒さかな」
(ろうそくを使うと減っていくから寒々しい、人も座を立っていってしまう)

・貧富は一人一人違うから、私を招いてくれるときは、美味珍味は嫌いでないから、喜んでいただく。お茶ばかりいただいても、決して不平不満は申さない。粗食に耐えていれば、何事も成し遂げられるという言葉を貧しい風雅の味方としている

・習って知るものは、ただその一事だけにとどまって、他に応用がきかない。自分から工夫して、一つの道理を知るときは、すべてのことにわたって物事が皆、明らかになる

・世にある秘事伝授というものは、世渡りする者のはかりごと

・「あたたかな家あり山は秋ながら」
(あたたかな家がある。山はもう秋で寒ざむしているのに)

・「追はれねばたつ事しらず秋の蠅」
(追われなければ発つことを知らない秋の蠅のような私だ)

・器は、中に入れる物を自らの形に従えようとし、袋は、中に入れる物に従って自らの形を必要としない。虚実の自由自在を知る布の一袋は、狭い、小さい世界にこもることを笑う

・年若いころは世に従い務めにつくのが習わしであり、危ない所にも身を置き、忙しい務めも逃れてはならない。その困難な時間を無事に越えて、安静の境遇に至る



「鶉衣」は、俳文という形式をとっていますが、今で言うところの、随想、身辺雑記、紀行文、研究論文です。

横井也有の人生と教養が詰まった作品です。このような文章を書き残し、静かに余生を過ごす生き方こそ、最高の老い方ではないでしょうか。


[ 2013/05/19 07:00 ] 老後の本 | TB(0) | CM(0)

『日本を捨てて、日本を知った』林秀彦

日本を捨てて、日本を知った日本を捨てて、日本を知った
(1999/06)
林 秀彦

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林秀彦さんは、2年前に亡くなられましたが、テレビや映画の脚本家として活躍された後、オーストラリアに移住されていた方です。このブログで紹介するのは「憎国心のすすめ」に次ぎ、2冊目です。

日本の嫌な面に絶望して移住したオーストラリアでも、アングロ・サクソン民族の嫌な面に絶望するという、その複雑な気持ちが本書によく表れています。この本は、日本と海外の比較文明論の最高のテキストです。その一部を要約して、紹介させていただきます。



・世界の民族が一つに同化することなどない。人種差、民族差、国家差の根本が、露骨な敵対によって浮き彫りにされていくのは、人類永遠の普遍定理であり、決して変わり得ない。日本人は「敵としてのガイジン」を深く知り、それによって自分自身を知るべき

・日本で使われる「国際」という言葉は、すべて詐欺。内容がまったく把握されていないという意味でペテン。国際関係とは、敵対関係のこと。そのあたりから認識を改めていかない限り、この国と国民に未来はまったくない

・口先だけで、民主主義と平和、人権と権利と平等をうたいつつ、最も攻撃的で、排他的で、侵略的な民族こそアングロ・サクソン。どんな非道なことを自分たちがしても、「悪いのは相手」がアングロ・サクソンの思考法

・白人の正体は幼児性にある。幼児的ということは、自分勝手ということ。他者に対する思いやり、寛容の精神など持ち合わさず、自利だけをひたすら追求する。それが「子供っぽい」という言葉の意味であり、「しつけられていない」ということ

・よその国の悪口を、のべつまくなしに、言い立てるという感覚は日本人にはない。アングロ・サクソンや中国人朝鮮半島人にはある。ここオーストラリアでも、テレビで、ラジオで、雑誌で、新聞で、単行本で、日本の悪口を言い続けている

・戦争中、日本が犯した歴史的な罪を、しつこく、たゆみなく、執念深く暴き続けるのは、アングロ・サクソンや中国人、朝鮮半島人にとって、それが「ビジネス」だから

海外に派遣された新聞社の特派員にロクな人物はいない。彼らは、国賊的なナマケモノ。自分が日本人だと深く考えたこともない連中。だが、政府関係はもっとひどい。こういう人の実体は、そこで働いているドライバーやコックさんが、その真実の姿をよく見ている

・武器として、一番機能的に優れた形で発達したのが英語。情緒性に乏しい英語は、金と物質を最大に評価するに適している。日本語は、情緒性を極端にまで高めた言語

・その国の国民性を知るには、その国で最もポピュラーな賭博を知ればいい。中国人の本質を知るには麻雀、イギリス人はブリッジ、アメリカ人はポーカー。いま世界は、アメリカ人のポーカー精神によって、政治もビジネスも支配されている

・ポーカー必勝のための4つの能力とは、「1.徹底的なセコさ(観察力含む)」「2.長期的な戦略(洞察ハッタリ含む)」「3.マインドコントロール能力(威圧感を植えこむ演技力と手の込んだ下地づくり)」「4.資金力

・1万年以上の間、日本人は隔離された小さな島国の中でヌクヌクと暮らしてきた。比較する対象が少なかったし、侵略者としての他者がいなかったため、何かと何かを比較する必要がなかった。憎しみの概念は、比較思考以外からは生まれてこない

・日本を除く世界中の国家は、国民に他民族への憎悪を忘れさせないため、常々細心のマインドコントロールを怠らない。それが愛国心の正体。愛国心のない国益などあり得ない

・憎しみと比較しない愛などない。キリスト教の説く愛が、憎しみを前提としていることについて、われわれはあまりにも鈍感

・外人の発言は、どんなちっぽけな内容でも「自説の開陳」。自説とは、自分の存在の主張であり、存在の主張とは、「自利」である。文句を言い、対立を弱め、妥協を求め、自己を主張し、立場を明快にし、それによって自利を得ようとするために会話が生まれた

・日本で俗にブレーンと呼ばれるのは、政、官、財の大物の陰にいて、知恵をつける小人。これは、ブレーンではなく、知的幇間であると考えるのが正しい

・知的幇間の言説は、旦那の意に応じ、お座敷の空気に応じて、自由自在に形成される。幇間が自らをブレーンと思い込み、その影響力を過大に自負するのは、はなはだ滑稽

・日本と日本人は、坂口安吾が勧めたとおり、堕ちるところまで堕ちている。いっそう欺瞞だらけになっている。安吾が夢見た個の確立は、ただ私利私欲の堕落だけ確立された



著者は、海外の厳しい世界で暮らすうちに、日本人のノーテンキさが我慢ならなかったのだと思います。

この本は、今から14年前に書かれたものですが、現在の日本と周辺諸国の関係を予言しているように感じます。当時すでに、その芽があったということです。その芽を摘み取ることができなかったために、これからずっと、苦労し続けていくのかもしれません。


[ 2013/05/17 07:00 ] 海外の本 | TB(0) | CM(0)

『中村天風一日一話』財団法人天風会

中村天風一日一話中村天風一日一話
(2013/03/15)
財団法人天風会

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中村天風さんが、自ら語った書を紹介するのは、「成功の実現」「君に成功を贈る」に次ぎ、3冊目です。

本書には、中村天風さんの言葉が、簡潔に収められています。哲人の教えが、コンパクトで読みやすい形になっています。366もある尊い教えの中から、その一部を紹介させていただきます。



・人間の欲望というものは絶対に捨てることはできない。それを捨てることができるように説いているのは、偽りを言っている

・理想には信念が必要。信念がつかないと、万難を突破しても、その理想の完成成就へと猛進しようとする力が、分裂してしまう

・人生とは、思考そのもの。極限すれば、人生即思考とも言える

・心と体という、命を形成しているものの関係は、ちょうど一筋の川の流れのごとく、切れず、離れない。そして、常にこの川の流れの川上は心で、川下は肉体ということに気づいたならば、心は、どんな場合も積極的であらしめなければならないと気がつくのは当然

・我が人生をつくるには、その人生設計の中から余計なものを、きれいに取り除かないとだめ

・自分の欲望のみでもって、しようとしたことは、そう滅多に成功するものではない。事業に成功するには、自分が欲望から離れて、何かを考えたときに成功する

・心の中の気高い強さというのは、卑屈にやせ我慢で強さをつくろうとするのではなく、淡々として、少しも気張らずに強くなり得ていることを言う

・信念は煥発しなければ、強くならない。信念は出たくてうずうずしているのに、消極的な観念がそれにフタをしている

・人生観が自己中心主義に偏っているのを解決するためには、この世の万物万象が、互いに助け合って、調和をはかりながら存在していることを知ること

・人を鼓舞奨励することは尊い。しかし、人から鼓舞されたいとか、奨励されたいとかいうふうに望んだならば、これはもう恥であると同時に、人間としてさもしい心がけである

・人間の心の本質は、真・善・美という尊いもので、それは大自然の調和と同様なもの

・哲学的に形容すれば、人の命は、自然をその故郷にしていると言える

・人生における価値高い目標とは、いかなる場合があろうとも自己を正しく向上せしめること。今日よりも明日、明日よりも明後日というふうに、自分を日々プロモートさせることを考えなければならない

・いかなる場合にも、心に喜びを感ぜしめて生きる。換言すれば、人生の一切のすべてに対して喜びに生きること、ただこれ一つ

・世の人の多くは、幸福の獲得に、金の力、知識の力、または経験の力や計画の密度にのみ重点を置いて、信念をさして重大視していない

・人を喜ばせて、自分がまた、その人と喜ぶということが一番尊いこと

・命の力の使い方とは、力を入れることに重点を置かずに、力を働かすことに重点を置くことである

・ヨーガ哲学の講義の中に「人の心の中には、檻の中に入れられた猛獣がいる。そして、その檻の手入れを怠ると、しばしばその猛獣が檻を脱け出してきて、心の花園を荒らしまわる」という戒めの言葉がある

・とにかく元気溌溂たる状態で活きることこそ、最も重要かつ大事であるから、心の置きどころを常に積極的にするために、「自分は力だ」ということを断じて忘れてはならない

・絵を画いたり、字を書いたりする時は、出来上がった姿を心に描くからできる。出来上がった後の姿を心に描かないで書いている字や絵は、見るに堪えられない

・理想はよしんば、その理想とするところに到着しなくても、たえずその理想へ意志するという気持ちを変えないことが、人生を尊く生かす



中村天風さんの哲学を一言で表すとすれば、「心身一如」が最適な言葉だと思います。

「心が人生をつくる」。そのためには、心を常に積極的に見張っておくことを肝に銘じる必要があるのかもしれません。


[ 2013/05/16 07:00 ] 中村天風・本 | TB(0) | CM(0)

『買わねぐていいんだ。』茂木久美子

買わねぐていいんだ。買わねぐていいんだ。
(2010/03/17)
茂木久美子

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著者は、新幹線の元車内販売員です。一般的な車内販売員が1日平均7~8万円の売上なのに、その倍を売ります。多いときは、小さなワゴン1台で、コンビニ1軒の1日売上と同じくらいの1日50万円を売ったこともあるそうです。

本書には、販売員としての働き方、技術などがぎっしり詰まっています。その道のプロとは、恐ろしいものです。その恐ろしさの一部を要約して、紹介させていただきます。


・仕事でお客様と接するとき、そのお客様の色に染まる。人にはそれぞれの「色」があり、その「色」に染まることで、そのお客様との距離がぐっと縮まる

・構える店舗は、長さ1m、幅が40cmのワゴン。ワゴンに何を乗せるかは、販売員の裁量に任されている。朝一番ならコーヒーやサンドイッチ、夕方や休日であればビールやお弁当といった具合。その日その時間の客層を的確に見極めることで、売上も変わる

・常に大切にしているのは「商品にプラスαのサービスも提供したい」ということ。ちょっとした楽しい会話だったり、方言のおしゃべりで旅行気分を感じてもらったり、コーヒーに「いれたてですよ」のひと言添えるだけで、特別感が出る

・お葬式の時は黒、結婚式に向かわれる時はピンク、遊びの時はオレンジ、出張中のビジネスマンはクールな青。お客様の色に染まるには、自分は常に透明でないといけない。そうなれば「前の車両では大笑い、次の車両では一緒に泣く」ことができるようになる

・車内販売をしながら、いつもお客様のことを想像している。「どこへ行くのだろう?」とお客様に興味を持ち出すと、どうしても声をかけたくなる

・一度お話しをしたお客様には、「お姉さん、お茶ちょうだい」と大きめの声で引き止めてもらいやすい。この親しみは、周りのお客様にも聞こえて、親しみを感じてもらえる

・たくさん声を掛ければ売上が上がるというわけではない。いつもお声を掛けていただきたいという「オーラ」を意識的に作っていることが大切

・方言を隠さないほうが、自分らしい接客ができると考えるようになった。何より大事なのは、その人らしさを生かすこと。私にとっての方言は、自分らしくいるための必需品

・売上一番を取った頃から、「何かもう一品」のリスクを自分に課すようにしている。その日の客層を見極めて、最適な商品をワゴンに揃えるのはもちろんのこと、なかなか売れにくい商品をあえて持っていく。リスクを常に持つことで、自分のやる気を奮い起している

・「明日の何時頃、あの号車にいて、○○をやっている」「明日は○○の動きをしよう」、「どんなお客様が乗るんだろう」といった想像まで、イメージトレーニングを行っている

・「お客様の時間を削っては、満足のいく接客はできない。自分の時間で削れることはないだろうか」。新幹線の中で時間のかかることで、思い浮かんだのが「お金の受け渡し時間

・お金を分別すること(硬貨を色で分けず、指先で判断するために、4つのポケット内で分別)と、お客様の手元を意識的に見ること(出てくるお金とお釣りのパターンで、瞬時にお釣りを計算)で、お金のやりとりを的確に早く行うことができるようになった

・お金のやりとりが早くなって、普通の販売員が3往復ほどの往復回数を、6~7往復まで増やすことができた。往復回数が倍になって、お客様との出会いも倍になった

バック販売(最後尾車両で、ワゴンの回転スペースがないとき、バックで戻る販売手法。ワゴンの重さが120kg以上あり、体力がかなり必要)は、とてもきつい販売手法だが、お客様の表情や手を見ながら進むことができ、お客様の「買いたい」に気づきやすい

・揺れの激しい線路で、ヒールのある靴で立つのは、顔は笑っていても、手足もブルブルで、歯を食いしばった状態。全車両でバック販売できる体力のある販売員は数名しかいない。バック販売すると、お客様のワゴンを見る機会と声を掛けていただく回数が増える

・バック販売で、役に立つのが、車内の左右に大きく広がる窓ガラス。窓ガラスに映る車内で背後の状況を確認することで「車内の死角」をなくすことができた

・販売員として一番大事な要素は「買いたいお客様に気付くこと」。そのためには死角を少しでもなくすことが必要。バック販売を始めてから、「すみません」と呼びとめられていたのが、車内から「すみません」の声が消えた

・ホームの乗り降りで、「団体の弁当数」「サラリーマンの人のビール数」など、ワゴンの品揃えを判断する。車内の状況を確認して回って、基地へ戻って品揃えを変えていたのでは、大きな時間ロス。窓の外の情報を一瞬でチェックし、現在の状況を想像すること



本書には、お客様との会話テクニック、品揃えテクニック、さらに微妙なニュアンスで判断する高度なテクニックまでも収録されています。

新幹線の車内という「同一立地条件」「同一時間条件」で、人の倍を売るテクニックは、「売る商売」をされている方にとっては、参考にできる点が大いにあるのではないでしょうか。


[ 2013/05/15 07:00 ] 営業の本 | TB(0) | CM(0)

『人はみな相場師・勝つための法則』鍋島高明

人はみな相場師 勝つための法則人はみな相場師 勝つための法則
(2012/07/27)
鍋島 高明

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鍋島高明さんの著書を紹介するのは、「金と相場」「賭けた儲けた生きた」に次ぎ、3冊目です。著者は、古今東西の相場師、投資家、ジャーナリストを調べ、追いかけている方です。

今回の著書の中にも、5千円札の樋口一葉が相場好きだった話や、1万円札の福沢諭吉の婿養子が天才相場師であった話など、「人はみな相場師」である実例が数多く出てきます。これらの一部を、要約して、紹介させていただきます。



・「一高一低、波瀾極まりなき間に投じて金を儲けていくことは予の投機心を完全に満足させる。実に色情と賭博は人間本来最も好愛するもの。好むところに溺れるから過ぎる。快楽に淫するから身を亡ぼす」(福沢諭吉の婿養子・福沢桃介

・250年余り前の伊勢の米相場師・牛田権三郎の「三猿金泉録」は今に伝わる
「万人が万人ながら強気なら、たはけになりて米を売るべし」
「野も山も皆一面に弱気なら、阿呆になりて米を買ふべし」
「理と非との中に籠れる理外の理、米の高下の源と知れ」
「ふところに金を絶やさぬ覚悟せよ、金は米釣る餌と知るべし」
「売買はせかず急がず待つが仁、徳の乗るまで待つも仁なり」

福沢諭吉は、「相場会所の効用は、近遠の物価を示し、その現在未来の高低を明らかにし、生産物の運転を活発にし、もって農工商をして安んじてその業に従うを得せしめるにあり」と、先物取引所は「明日の価格を発見する」ところで、有益無害と説く

・「日本の資産家は付和雷同型が多く、土地がいいとなると、土地投資になびき、一転、公債がいいとなると、公債に集中投資し、投資対象を一、二に限る。これは危険。安全なものから、リスクを伴うものまで、分散するのが投資のポイント」と、福沢諭吉は説明する

・「人生は長いものではない。人は早急な結果を欲している。手っ取り早い金儲けには、特別の楽しみがある」(ケインズ

・「少ない勝ち数で大きな利益を獲得する」「必要なのは自制心」「大きく勝ち、負けは小さく」「誰も将来の価格など予想できない」(大相場師で大リーグのレッドソックスオーナー・ジョン・ヘンリー)

・「商売は薄利でも継続を望み、投機は一攫千金の機を狙う。商売に必要なものは勤勉で、投機に必要なものは智略。商売は腕で生活し、投機は頭で生活する。商売は確実、安定、投機は浮沈、消長を免れず」(博文館社主・大橋新太郎)

・「(大学出の新人に向かって)君は相場を知っているか。相場を知らないで書く経済記事など、玄人からみると何の価値もない。おれが五百円(今のお金で100万円強)出すから相場をやれ」(報知新聞社主・三木善八)

・「最小の労力で、最大の欲望を充たすことが、経済行為の根本原理である」(アダム・スミス)

・「先輩が歩んできた相場の道を振り返ることは大いに意義がある。なぜなら、相場は人生究極の根本原理を追求する学問にも通じる人生哲学で、単なる体験の表現ではない。その背景には、合理的な哲学的性格を持っているから」(時事通信名物記者・永松石秤)

・「人間社会の一切を包合して営々と続いていくのが市場。その頂点に咲いた花が相場。政治より何より優先する人間生活の本質」(時事通信名物記者・永松石秤)

・株の天才福沢桃介(福沢諭吉の婿養子)が記した成功4つの心掛けは、「1.倹約」(金を愛するが故に金は集まる)「2.計数」(ソロバン離れて経済なし。数字に立脚すれば必ず成功)「3.幸運」「4.利を積む」(薄利でも利を生むものに投資し、その利を再投資)

山本五十六は勝負事が滅法強かった。彼の賭博哲学は、「沢山の紳士が熱狂している際、白眼視され、馬鹿者扱いされても、勝機がくるのをじっと待つこと」など含蓄に富む。関東大震災にうろたえる財界人に「株を買う時。新東株を買い占めること」と発破をかけた

チャップリンは、「いつも素早い大儲けを狙っている。成功しろ、出世しろ、裏をかけ、現なまをつかんだら逃げろ」(チャップリン自叙伝)と、エネルギッシュだった。若き日は、友人たちと有り金はたいて養豚業に乗り出し、豚成金を夢見ていた

・キリスト教思想家であった内村鑑三はその著「後世への最大遺物」の中で、「金を残せ、金がない人は事業を残せ、思想を残せ、金も事業も思想も残せない人は、勇気ある高尚な生涯を残せ」と述べている



意外な人物が、相場に手を出しています。投機心は、人間のDNAに組み込まれたもので、これから逃れることはできないのだと思います。

投機心を上手に利用し、抑制し、コントロールする力を人間は身につけないといけないのかもしれません。本書を読み、古今東西の人物の投機心を知ると、投機心の怖さと大切さを同時に理解できるようになるのではないでしょうか。
[ 2013/05/14 07:00 ] 投資の本 | TB(0) | CM(0)

『[新装版]「なんでだろう」から仕事は始まる!』小倉昌男

[新装版]「なんでだろう」から仕事は始まる![新装版]「なんでだろう」から仕事は始まる!
(2012/04/27)
小倉 昌男

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著者は、2005年に亡くなられたヤマト運輸の元会長で、この世に「宅急便」をつくり上げられた方です。われわれが、今その恩恵に浴しているのも、著者が孤軍奮闘してきたおかげなのかもしれません。

本書は、著者が人生の中で、大事に思っていることを気さくに語ったものです。語り口調なので、非常に読みやすい本です。大事なことも盛りだくさんにあります。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



広報マインドを持たないとダメ。記者の夜討ち朝駆けを嫌っていたら、絶対にいい社長にはなれない。これは経営者の義務

・物事をうまく説明する能力というのは、どんな仕事でも求められるもの。極端に言えば、「仕事ができる」とは、「うまく説明できる」こと

会社の価値とは、「志」のあり方で決まる。単に多くの収益を上げることが「いい会社」の条件ではない

・人を動かそうと思ったら、抽象的な言葉で高邁な理念を語るだけではいけない。それぞれの社員が、自分の世の中の役に立っているシーンを具体的に思い浮かべられるよう、わかりやすい言葉で説明することが大事

・いやな話をするときほど腰が引け、言うべきことが言えなくなる。何かを断るとき、あるいは相手の考えを変えさせたいときほど、相手のまたぐらに足を突っ込むくらいの覚悟で間合いをつめたほうがいい。要するに、敵の懐に飛び込むつもりで事に当たるべき

・「あいつは仕事ができるけど、面倒見が悪い」と言われる人間が、本当に会社の業績アップに貢献しているかは疑問

・軍隊では、人間性が悪くても、すばしっこい人間が評価された。しかし、終戦後に当時の仲間で集まってみると、そういう連中が必ずしも出世しているとは限らない。むしろ、のろまな善人ほど、立派に仕事をして出世している。人間、最後は人柄がものを言う

・客観的な評価が不可能だとなれば、人の評価は「人柄」で判断したほうがいい

・裁判なら「疑わしきは罰せず」が原則だが、部下は疑わしい上司を証拠なしに「有罪」と決めつける。冤罪だとしても、疑われるような行動をとった上司のほうに責任がある

・悪い循環は隠し事うそから始まる

・いい循環のときは放っておいてもよい結果が出る。リーダーは流れを悪くしないように目配りしていればいい。いわば、黒子の役割。しかし、悪い循環になったら、リーダーが陰に隠れていてはいけない。そんなときこそ、リーダーの出番であり、存在感を示すとき

・悪い循環を起こしているときは、気持ちが後ろ向きになっているから、目標が高いとモチベーションが低下する。だからこそ、「今できること」から確実にこなしていくこと

・ビジネスマンに「人柄」が求められるのは、仕事の根幹が人間関係にあるから

・商品やサービスに対して消費者がしぶしぶお金を払っているようだと、その会社の社格は高くない。逆に、お金を払う側が「ありがとう」と感謝の気持ちを抱いてくれるようなら、極めて高い社格がある

・筋の通らないことを言う人間に、自分の仕事や生活を邪魔されるのが我慢ならない。役人が筋の通らないことを言って、論理破綻を起こすときに共通してあるのは、その裏の既得権益

・税金を納める能力があるのに、収入をごまかし、補助金をもらって贅沢な暮しをしている人間は「タックス・イーター」。他人が苦労して払った税金を食って楽をしている

・タックス・イーターは、悪知恵を絞って、楽な生活を手に入れている自分を、他人よりも賢いと思っている。真面目に働いて多くの税金を納めている人間を「バカな奴らだ」と見下している

・税金の「イーター」と「ペイヤー」とでは、その立場に天と地ほどの開きがある。タックス・ペイヤーの誇りは、お金に代えられないほど大きな価値を持っている

・人間にとって、一番大切なのは、「正しい心」と「思いやりの心」。「倫理観」と「優しさ」と言ってもいい


著者の情熱の背景には、「義憤」があるように思いました。その義憤をバネして、仕事をなされてきた一言一言には、気さくな語りかけであっても、重みが感じられます。

偉大なる企業人の奮闘及び足跡を、亡くなれてからも知ることができる貴重な書です。


[ 2013/05/13 07:00 ] 育成の本 | TB(0) | CM(0)

『日本の渚―失われゆく海辺の自然』加藤真

日本の渚―失われゆく海辺の自然 (岩波新書)日本の渚―失われゆく海辺の自然 (岩波新書)
(1999/04/20)
加藤 真

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渚が減っています。なくなった渚を復元する動きはありますが、その人工渚は、元の渚には、ほど遠いものです。

著者は、渚が減れば、どんな影響が出るのかについて言及されています。興味深い点が多々ありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・海と陸の接点が渚。そこには、流れ込む川があり、満ち引きする潮があり、うち寄せる波がある。渚は「海の縁」にすぎないが、生物の多様性と豊饒さが、この渚にある

・渚の豊饒さは、人間の暮らしを豊かにするだけでなく、海の浄化とも関連する。生物たちが、活発な食物連鎖を繰り広げ、渚生態系の有機物の分解と循環を担う

・渚は「河口」「干潟」「藻場」「」「砂浜」「サンゴ礁」「ヒルギ林」の7つに類型できる

・川が人間の制御を受けず、自由に流れていた時代、平野には広い氾濫原が広がっていた。氾濫原には、水の流れ、淀みがあり、それらの水路網が低湿地の自然を作り上げていた

・川の氾濫は肥沃な土壌とともに、大きな被害ももたらした。日本の農業は、川が「あばれる」のを制御する歴史。そのため、氾濫原の中に、堤や水路が整備されていった

・一般に植物は、塩分濃度の高い場所では生育できないが、ヨシは塩分濃度が海水の半分くらいの河口まで生育する。ヨシの根は泥の中に縦横に広がり、軟弱な泥をつなぎとめ、泥中のリン等の栄養塩類を吸収する

・河口は、堆積する有機物の多くを沈殿、分解することで、未処理分だけを海に流す濾過装置。その機能を支えているのが、河口をおおうヨシとそこに生息する無数の生物

・波や海流によって運ばれてきた砂は河口に砂州をつくり、河口をふさぎ、海岸線の後背地にを形成する。潟の中には、海との連絡を失った淡水湖になる潟もある

・干潟は一面、泥の世界。草も海藻もほとんど生えていない。しかし、干潟の泥の表面には珪藻を初めとする微細藻類が繁殖している。干潟に礫があれば、その上に小型の葉状藻類がつく。緑藻、紅藻類などのノリ類が春の干潟の礫の表面を染める

・干潟の砂泥中の「濾過食者」はプランクトンなどの餌を、濾し取って食べる。二枚貝がその代表。無数の「貝の目」は干潟における海水の浄化能力の尺度

・渚には、海草の藻場が形成されている。海草は、海藻とは異なり、根と葉をもち、水や栄養塩類を運ぶ組織や、光合成によって生じる酸素を運ぶ組織をもっている

・富栄養化や汚染は、アマモ場を減少させ、内湾漁業に深刻な影響を与えている

内湾の渚がヨシ原で縁どられているのと対照的に、外洋に面した渚は、砂丘と松林によって縁どられている。砂浜に打ち寄せる波は、砂を海岸線に押し上げて砂丘を作る

・松林よりも海側の砂丘の上には、砂浜植物の花畑が広がっている。砂浜植物は、炎天の灼熱の下、強風と砂嵐の中でも、砂を大地にしばりつけてくれている

・海辺の村にとって、砂丘は天然の防波堤であり、松林は天然の防砂垣

・多くの砂浜が直面している問題は、海岸線の後退。河川にダムができ、川は、土砂を山から海へ運べなくなった。ダムは数十年で埋まり、埋まったダムは、発電機能も貯水機能も防災機能も果たさない。それどころか、崩壊すれば、大災害を引き起こす

・現在、盛んに行われている人工渚の造成は、砂の搬入によって、渚の土壌の生物を生き埋めにし、砂の浚渫によって、砂地の生態系を破壊する行為

・サンゴの島の海岸林の海側に広がっているのは、輝くばかりの白砂の浜。干瀬の外側には、サンゴが群落を成し、大波から島を守っている

・サンゴ礁は炭素を地殻へと封じ込める装置。サンゴ礁保護は、地球温暖化の問題とも関連している

・ヒルギは、干潟に生える塩生樹(マングローブなど)。ヒルギ林の荒廃は、サンゴの海の富栄養化をもたらし、サンゴ礁生態系の荒廃をもたらしている

渚を破壊してきた大きな要因は、「埋め立て」「浚渫」「富栄養化」「汚染物質の流入」「森林伐採・土地改良工事」「河口堰建設」「人工護岸化」「帰化生物の侵入」など



渚を破壊するデメリットとは何かを教えてくれるのが本書です。子々孫々の世代に渡り、メリットがあれば、止むを得ないことなのですが、今の世代のメリットだけで、渚を破壊することは、絶対に止めなければいけません。

感情的ではなく、合理的に、客観的に、渚の意義を考えさせてくれる良書です。


[ 2013/05/12 07:00 ] 環境の本 | TB(0) | CM(0)

『田舎暮らしに殺されない法』丸山健二

田舎暮らしに殺されない法 (朝日文庫)田舎暮らしに殺されない法 (朝日文庫)
(2011/05/06)
丸山健二

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著者の本を紹介するのは、「人生なんてくそくらえ」「あなたの若さを殺す敵」に次ぎ3冊目です。23歳で芥川賞を受賞(今でも男性受賞者中最年少)した著者が、長野県の田舎に引っ越してから、すでに45年以上経っています。言わば、田舎暮らしの大御所です。

その著者が、「都会人が田舎で暮らす厳しさ」について説いたのが、本書です。甘い考え、自立心のなさなど、著者が指摘する多々ある意見の中で、納得できた箇所を一部要約して、紹介させていただきます。



・都市部の土地の値段に比べて、信じられないくらいの安値の印象を受けても、それでも、かなり吹っかけられぼられている。そんな耕作地として不向きな、二束三文の値打もない宅地は、自然災害にやられる確率の高い、極めて危険な土地

・老いていく一方の後半生を田舎で過ごすには、それ相応の覚悟(医療レベルの低さなど)が必要。つまり、野垂れ死にの最期を念頭に置く腹のくくり方をしておくべき

・自分を甘やかしてくれる、耳に響きのいい言葉ばかりを求めている人たちに、欲深く、悪賢い似非文化人どもが、無責任で受け容れ易い言葉(ジャンクワード)を発し続けて、あこぎな商売を繰り返している

・人類全体が弱いのではない。おのれを鍛えてこなかった人間だけが弱いのだ。手っ取り早い快楽のみを求め、貪ってきたあげくに、厳しい現実の大海原へ放り出された人間のみが、たちまち音を上げてしまう弱者

・企業の横暴な振る舞いは、田舎ほど顕著。地元民たちは、仕事の場を失いたくない、多額の法人税が欲しいという切実な弱みを握られてしまっている。また、町内の有力者たちは、企業に抱き込まれていることも無視できない

・リスクを伴う外部の資本は、住民たちの慎ましい暮らしを拒否する。独立自尊や自存自営の精神を根底から覆し、その後に残されるのは、ゴミ屑同然の「たかり根性」でしかなく、それが土地柄となって固定化されるまで、そう長い時間を要しない

・離郷者たちは、職がない、男女の出会いの場がない、刺激がない、文化的なものに接する機会がない、農業の先行きに期待が持てない、というだけで、故郷を見捨てたわけではない。彼らは、四六時中、監視し合っているような、田舎の重苦しい雰囲気に背を向けた

・団塊の世代は幻想の世代。急速な右肩上がりの経済の恩恵に進んで浴し、上辺だけの物質的豊かさを堪能しているうちに、現実から引き離され、広告やマスコミが現実の主導権を握っているところの、イメージのためのイメージという害毒に侵され続け、酔い痴れた

・身勝手な幻想を抱き、牧歌的な風景を胸に描き、素朴な人々との人間らしい接触を夢見るのは構わないが、それをろくに確かめないで、実行に移すおめでたい人は、仕事を通して現実を学べたにもかかわらず、そうしてこなかった、徒に歳だけ食ってしまったガキ

・田舎の人々の目に映る、気楽なよそ者、羨ましいご身分である対象を、田舎の住民たちが、いちいち温かく迎えなければならない理由や義理はどこにもない

・オブラートに包むがごときスマートな物言いや、相手を傷つけない工夫を施した付き合い方を身につけた人にとって、田舎の人々の単刀直入な言い回しは、かなり応える

田舎の選挙は、民主主義も議会政治もへったくれもない、形式主義と悪臭に満ちた、インチキが堂々と罷り通る愚行。田舎に移り住めば、この国の政治を支える、あまりにも貧弱で嘆かわしく、おぞましい実態に触れることができる

・付き合わずに嫌われるほうが底が浅く、付き合ってから嫌われるほうが数倍も根が深い

・田舎の人々にありがちな自虐的な負い目や過剰な自負心というのは、裏を返すと、その機会さえあれば、即、ふん反り返るということ

・夫婦同時に死が訪れるという奇跡はまずもって起きない。残されたほうの寂しさは、田舎という空間の中で急速に膨れ上がり、耐えきれないほどのものになって圧迫する

・田舎暮らしに漠然と憧れる都会人には別荘地が無難。土地代が高くついても、管理費が馬鹿にならなくても、移り住んですぐに逃げ帰るような事態に陥る確率が大幅に減る

宗教活動に熱心な者は、「疑うことを知らない、現実を直視できない、自力で生きようとしない、横着者で、卑怯者で、小心者の愚者」と「狡猾で、他人を利用するしか念頭にない、口先だけで世渡りし、異常な地位に就きたがる、冷血な性格破綻者」。損するのは前者



田舎に住んでいる者だからこそ言える田舎の現実を、著者は根掘り葉掘り説明してくれています。それは、田舎暮らしにとどまらず、厳しい世の中の現実の暮らしにも目が向けられています。

本書のタイトルは、「田舎暮らしに殺されない法」ですが、「厳しい現実に殺されない法」と改題しても、いいのではないでしょうか。


[ 2013/05/10 07:00 ] 丸山健二・本 | TB(0) | CM(0)

『「名将言行録」を読む』渡部昇一

『名将言行録』を読む『名将言行録』を読む
(2011/09/16)
渡部 昇一

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菊池寛は、戦国武将に学ぼうという趣旨で、「評注名将言行録」(上中下巻各300ページの大作)を編纂しました。その種本となったのが、明治2年に岡谷繁実が書いた「名将言行録」(戦国武将178名の言行を記録した86巻の一大資料)です。

この「名将言行録」を読み解いていくのが本書です。30人近くの戦国武将が収められ、著者が解説しています。それらを要約して、一部を紹介させていただきます。



発達した封建時代(領主が地元を大切にし、地方文化が栄えた時代)を経過したのは、西ヨーロッパを除けば、日本しかない。封建時代を経ていない朝鮮では、地方の統治は中央から派遣された官吏が行ったので、地方の宝物を収奪して、地方の文化財がなくなった

・中国も、漢の時代までは封建体制が存在したが、それが崩れてからは、各地がバラバラになり、後に中央集権の時代になったとき、地方は中央から派遣された役人が統治した。だから、朝鮮と同じで、近代国家の土台となる地方文化が生まれなかった

・北条早雲は、侍扶持(侍の給料)について、「二十歳以下の者、あるいは七十歳以上の者が手柄を立てたら、金銭で報いるべきで、土地を与えるべきではない」と言っている。昇進と報酬の違いについて、明確な考え方を持っていた

・北条早雲は、「人の影の勤めということが肝要である」と言っている。これは、表立った働きではなくて、裏に回った仕事をすることが重要なのだ、と教えている

・北条早雲は、二十一か条の教えを残した。十二条で、「少しの間あれば、物の本、文字のあるものを懐に入れ、常に人目を忍び見るべし」(武将も常に本を読むべき。ただし、読書を人に見せつけてはいけない)と言っている

・十四条では、「上下万民、一言半句、虚言を申すべからず」(嘘をついてはいけない)と言っている。嘘をついたら封建時代の領主はもたない。手柄を立てたら恩賞をやるぞと約束して、それを破ったら、誰もついてこなくなる

・十五条は、「歌道なき人は、無手に賤し学ぶべし」(和歌だけは覚えておかなければならない)。武将の教養や人間性を量るために最も信用されていたのが、和歌の心得だったから

・山中鹿之助は、「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」と唱えるわけを、「何か事に遭ったときに、このような心持ちで試してみないと、自分にどのくらいの能力があるかわからないから、心の程を試したく思って、こう祈る」と答えている

・毛利元就は、「儒者なんて頼むに足らない。少し本を読んで、いろいろ知識があるだけで、戒め慎むことを知らない。禄を与えれば、その君を賢明な君主だと思って、おべっかを使う」と言って、学者を安易に信用してはいけないとした

・毛利元就は、「知恵が人よりも勝り、天下の治乱盛衰に心を砕いている者は、この世の中に一人の親友も得られない。歴史の中にしか本当の友はいない」と言っている

・武田信玄は、「人数は多く見えても案外少ない。五千人も人数がいれば、何万人と言っても構わない」と言った

・武田勝頼は、信玄の遺言にことごとく背き、武将たちからなめられまいとして無理をして滅んでいった。偉い人の後を継ぐ人は、自分が偉くても満足できる人がいい

・「心に、我慢なき時は愛嬌を失わず。欲なき時は義理を行う。私なき時は疑うことなし。驕りなき時は人を敬う。誤りなき時は人を畏れず。貪りなき時は人にへつらうことなし。勇ある時は悔やむことなし。自慢なき時は人の善を知る」(上杉謙信の家訓)

占領地を荒らさないというのは、成功した武将に共通する特長。勢いがあるばかりについ横暴になって失敗する場合が多い

・信長は、「こんな奴(弘法大師の生まれ変わりという僧)に、うろちょろされると、みんなみだりに神仏に祈ったり、ゆえなき福を祈り願ったりする。けしからん。お前の神通力で生き返って見せよ」と斬り殺した。信長だけでなく、迷信的なことを嫌った武将は多い

・秀吉の教訓の中で面白いのは、「貴人は無理なるものと思え」(偉い人は無理をいうもの)「公事すべからず」(訴訟問題に関わるな)「仮初にも虚言すべからず」(正直であれ)「人は気魂を専らにすべし」(気迫を満たせ)「深ざれすべからず」(一つのことにはまるな)

・秀吉は、「家康のつくり馬鹿は、お前たちが似せようとしても一生かなわないこと」と近臣の者を諌めた



本書には、戦国武将の逸話が数多く載せられています。命を懸けて戦って、一国一城の主となった戦国武将に学ぶべきことが多いように思います。

知恵と勇気の象徴である戦国武将たちのことを勉強することで、自分の人間としての幅を広げていくことができるのではないでしょうか。


[ 2013/05/09 07:00 ] 渡部昇一・本 | TB(0) | CM(5)

『疑え、常識』川口淳一郎

疑え、常識疑え、常識
(2012/03/24)
川口 淳一郎

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小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトマネージャーを務めた、川口淳一郎さんの著書を紹介するのは、「はやぶさ式思考法」に次ぎ、2冊目です。

本書は、著者が成功に導いたはやぶさで経験し、感じたことを、ビジネスマン向きに述べたものです。科学者兼マネージャーの視点は、参考になる点が多々あります。それらを一部要約して、紹介させていただきます。



・自分が独創性を取るか、人間関係をとるかの選択で、主張するのを諦め、円滑な人間関係を選ぶのはバランス型の人間。なだめすかされてバランスを選ぶのは、懐柔されているのと同じ。そこからは何も新しい世界は生まれない

・信念を自身の成功体験から探さない人は、第三者の言葉に救いを求める

蜂起というのは決して悪い行為ではない。自分たちが主権を持って、自分たちの行動をきちんとやろうという活動へとつながる

・規制が頭の中に刷り込まれていると、いざというときに抜け出せなくなる。型を取り去らないことには、自分の可能性はわからない。型がない状態、ルールがない状態を想定して試行錯誤すれば、発展の可能性は必ずある

・研究者というのは、一つのベターを達成したら、さらに次のベターを目指し始める。それだとキリがない。そこで、私はいつも「セカンドベストでよい」と話していた。一つ一つの課題に対して100点を意識せず、60点を確実に取りに行く方法を提案していた

・ベストやベターは研究の中で目指すものであって、プロジェクトの中で目指すものではない

・「民主主義が正しい」という常識に縛られ、民主的に答えを導く習慣が身についている。意思決定に関与する人が増えると、多くの意見に流されて右往左往し、統一性のない決定になりがち。プロジェクトは、少人数による意思決定か独裁主義によって進められるべき

・性格が真面目な人間は、周囲からの多くの注文を受けると、それに対して完璧に応えようとする。プレッシャーに追い込まれても、なおベストにこだわってしまうのは、民主主義に縛られているから

反対する人たちは、正しいゴールを理解できていない。いま優先すべきことは、スケジュールなのか?コストなのか?性能なのか?プロジェクト内で統一すべき意思を再確認させれば、解決できる道がきっと見つかる

・日本人は民主主義に染まりすぎている。同様に、全体主義(秩序)にも強く縛られている

・日本人からすれば、変人とは、不可能な理由ではなく、可能な理由を探す人たち

・トップや経営者の頭が固いのは当たり前。経営者が暴走したら会社は簡単に傾くので、トップの人間には手堅い判断が求められる。提案する側は、受け入れられなくても、提案を続けなくてはいけない

・アメリカは価値があるものに対しては、極めてフェアに評価する。フェアな評価は、企業に限らず、学校教育でも同じ。こうしたフェアな評価は「個人主義の国」ならではの文化。個人主義が浸透している国は、個人的な恨みを防止することにも細心の注意を払う

・誰も主体的な絶対尺度を持っていない以上、何かしらの尺度となるものを求めたくなる。その一つが学歴。でも、それは自信がないから。自分の武器がわからないから、不安で学歴に頼ってしまう

・リーダーには、スペシャリストの視点が必要。「狭く深く」の人が、一つの分野で10年以上続けた経験は、困難を克服した経験を有している。その経験はリーダーとして欠かせない能力

・「広く深く」か「狭く深く」の二者択一で、さらに得られる経験の限界が同じならば、将来的に大切なのは「深さ

・そもそも「税金や税の還元先は万人に平等であるべき」と思い込んでいるから不満が起きる。それは、資本主義的ではなく、共産主義に近い

技術を武器にするのは、先進国ならば当たり前の話。経済面だけでなく、「国の価値を上げる」という意味でも大切



大きなプレッシャーの中でも、強いリーダーシップをとるためのノウハウが、本書に記されています。

失敗すれば、200億円が灰になり、国民から批判を浴びることを承知の上で、リーダーを務め、そのプロジェクトを成功に導いた著者の自信に満ちた言葉に、勇気づけられるのではないでしょうか。


[ 2013/05/08 07:00 ] 育成の本 | TB(0) | CM(0)

『フィンランドはもう「学力」の先を行っている』福田誠治

フィンランドはもう「学力」の先を行っている――人生につながるコンピテンス・ベースの教育フィンランドはもう「学力」の先を行っている――人生につながるコンピテンス・ベースの教育
(2012/09/20)
福田 誠治

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フィンランドの本を紹介するのは、これで5冊目になります。著者の本を紹介するのは、「フィンランドは教師の育て方がすごい」に次ぎ、2冊目です。

フィンランドの教育が世界的に評価されているのは、教師の育成方法だけでなく、学生を育て上げるシステムも凄いからです。本書にも、その凄い点が数多く掲載されています。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・16歳まで、テストはなく、点数競争はしない。勉強は学校の授業だけ。義務教育の授業時間は、世界でほぼ最低。学習塾はなく、受験勉強もしない。そんな国が、国際学力調査で、必死に勉強する東アジア諸国と並んで世界トップクラスとは、何とも信じ難い話

テストのための勉強は、テストが終わると忘れてしまう。入試のための勉強では、入試が終わると、目標を失って遊んでしまう。教師はテストに出そうなところを教え、生徒はテストで点になるものだけを覚えようとする。それでは、人生に向けた学びにならない

・フィンランドに比べて、日本の子供たちは、学校に合わせた学びを強いられ、教科書の中に閉じ込められ、職業や人生から切り離された勉強をしている。実にもったいないこと

・これまで、教育とは、人生に準備する一時期のものと考えられていたが、これからは人生全体に埋め込まれたものとなる。この結果、生涯学習は、人生への準備であるとともに、人生の重要な一部となる

・欧米各国は25歳以上の大学新入生が20%以上なのに、日本は2%。欧米各国は、生涯学習社会に突入し、学び続けているが、日本は、25歳前にムダな競争をして、若者の学ぶ意欲を奪っている

・フィンランドの職業資格は358種。学校では、それが120の学習課程(教育コース)に分けられている。学校は、職業資格を取得する場であり、自立を目指す教育の場

・資格コースには、鉄加工、彫刻、めっき、家具、塗装、映像、演劇、ビジネス管理、貿易、販売、情報技術、建設、空調、鋳型、運転手、電気工、印刷、菓子、食品技術、エンジニア、製紙、皮革、自動車、車整備、庭設計、林業、介護、美容、調理、清掃等がある

・フィンランドは資格制度社会。資格があって初めて就職ができ、無資格で働いても見習い扱いにしかならない

・進路の定まらない生徒向けに、現代の職業についての授業がある。一般に、このような生徒は、入学者の10%ほどいて、「自分探しコース」に所属させる

・同一年齢の30~35%が総合大学に、35~40%が専門職大学に進学する。しかし、社会経験を経て大学に入学する者が、総合大学では3分の1、専門職大学では半分

・専門職大学は、総合大学に比べて、より地域の企業の要請に応じて、地域に必要な人材を供給するための、重要な機関となっている

・大学入学資格試験は「読解力」に大きなウエイトを置き、試験の中心が「国語力」。日本と大きく異なる点は、国語は一つの教科という意味以上に、全教科に共通する言語力、あるいは研究を続けたり、社会生活をする基礎力としてとらえられている

・子供たちは18歳を過ぎると、自立するのが建前なので、親は一切資金援助しない。学校の授業料は無料だが、大学生は、5年間の教育課程の間に、2年ほど休学して生活費を稼ぐのが普通。大学を卒業するのに、7年くらいかけ、卒業時には30歳くらいになる

・日本のテストは、知識内容を問う「コンテンツ・ベース」になっていて、実際の仕事における働きを測る「コンピテンス・ベース」になっていない。「紙のテスト」では、得点に差異を出すために、どうしても難易度が高まり、「難関」になっていく

・フィンランドの教育制度は、中学で職業専門を分ける「オランダ・スイスの教育制度」と、ほとんど職業意識を育てずに学力競争をさせる「アメリカ・日本の教育制度」とのちょうど中間にある

・人間を信頼し、自ら学ぶ子供を育て、しっかり学べる教育システムを作ること。教育問題の解決の道は、意外と簡単な方法であるが、実行は難しい。教育は金で買えると思ったとたん、その道はかすんでしまう

・テストとか入試のための勉強こそが、日本の子供たちの自立を妨げている。子供の自主性に任せておいては教育は成り立たないと考える「教育者」が日本に多い。教えても学ぼうとしない子供たちに苛立つ大人も多い。この解決には、自ら学ぶ子を育てる他にない



日本の教育は、大学生になっても、アカデミックで一般教養を重視する教育を行っています。フィンランドでは、それは中学生から高校生までのことで、その後は、実学的な教育に変わっていきます。

それについての賛否両論はあると思いますが、目標を決め、その目標に向かって勉強するのは、無駄がないように感じます。今の時代は、職業、資格など、目標が明確な教育を、老若男女の差をなくして、もっと普及させる必要があるのかもしれません。


[ 2013/05/07 07:00 ] 北欧の本 | TB(0) | CM(0)

『「年収6割でも週休4日」という生き方』ビル・トッテン

「年収6割でも週休4日」という生き方「年収6割でも週休4日」という生き方
(2009/10/28)
ビル トッテン

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ビル・トッテンさんは、アメリカ出身ですが、コンピュータソフト販売会社を日本で創業し、現在、年商200億円、従業員800人までにされている方です。

本社は東京にありますが、土日月の3日間は京都で暮らし、農業を本格的にされています。日本の古き企業経営に学ぶのと同時に、従業員の幸せも真剣に考える経営は、学ぶべき点が多いように思います。その一部を要約して、紹介させていただきます。



・日本人が日本人らしい哲学と倫理観を身につけていた時代の経営者に学べば、「欲を少なくして足るを知る“少欲知足”の経営」「自然環境と共生し、みんなが協力して何かを生み出す“協産主義”的経営」といった結論に自然と至る

・利益減を理由に社員の給与削減を強いるのはフェアではない。給与とは、労働の対価として社員が得る正当な報酬。それを削るのなら、労働時間も削るのが公平というもの

・給料を4割カットする代わりに、労働時間も4割カットする。週5日勤務を週3日勤務に短縮する。つまり、年収6割、週休4日。これが六割経済時代の労働モデル

・産業機械やコンピュータは本来、人の労働をサポートし、生産性を高めるために開発したもの。現代の高い生産性を考えれば、我々は半日労働でもよかったはず。ところが、現実には、より生産を増やし、儲けを増やす道具として使われている

・もともと物質主義傾向を持つ人間だからこそ、なおさら社会のリーダーは「収入増よりも時短」という価値観を取り入れるべきだった。それが社会の規範なら、「富める者も貧しい者も、必死に働き、必死に消費する」消費中毒の物質主義社会にはならなかったはず

支出を減らしても快適に暮らすことができると気づくこと、そして消費中毒から解放されること、それが真の豊かさに近づく第一歩

・経済規模が縮小する中で、企業が成長にこだわれば、低賃金で社員を酷使し、広告宣伝で消費者を欺き、エネルギーの大量消費で自然環境を破壊するしか道はない

・「顧客にふさわしい製品を見つけ、それを正直に売り、徹底的にサポートして、その製品を使いこなしてもらう」のがビジネス。我が社が広告宣伝費を使わないのは既存の顧客を頻繁に訪問しているから。広告宣伝費分を、社員の給料や働きやすい環境に回している

・システムが複雑になればなるほど、顧客は支援を必要とする。それに対して、社員が適切に正直に応え続けていれば、顧客はまた別の商品を買ってくれる。このリピートビジネスこそ、儲かるビジネスの秘訣

・優秀な社員でも、辞めたいと言ってきたら引き留めない。会社の都合で、人の自由を奪うべきではない。「いつでも帰ってきていいから」と送り出す。その後「その気があるなら戻ってこないか」と声も掛ける。それで帰ってきた再入社組は本当によく働いてくれる

・ノルマはないが、「利益は1円でも1億円でも構わないが、損失は1円でも出さない」のが我が社のやり方。「必要な金額を申告し、それをカバーする収益を上げなさい」というのが唯一の指示。トップダウンでノルマを課すと、社員が不正直な営業をするようになる

・社員の自主性を重んじるのは、私自身が管理されることが嫌いだから。自分が嫌いなことを他人に押しつけても、うまくいくはずがない

・自然は畏怖すべき対象であり、人智を超えたもの。生きとし生けるものすべてに神が宿るというのが日本人の自然観。キリスト教のように、自然や動植物は人間のために神が創ったもの。動植物を獲り、自然を開発するのは人間の自由という感覚はなかったはず

・アメリカの経営者の多くが財務畑法律家出身なのと違い、日本の尊敬すべき経営者たちは、技術者やエンジニア出身だった。彼らは、財務や法務ではなく、研究開発や製造、社員の教育や動機づけを大切にした。短期的な儲けより、長期的な発展に関心があった

・経営者にとって本当に必要なのは、ビジネススクールの教科書に載っているような戦略論でも戦術論ではない。リーダーとしての哲学、人間としての道徳、倫理観である

・「スキルの高い勤勉な情報活用の専門家になること」「消費中毒を治すこと」「お金を払ってやってもらっていたことを自分でできるように学ぶこと」。この三つができれば、今よりずっと少ない収入で暮らすことができ、今と同じように健康で幸福に暮らすことができる

・現在の日本が直面する不況は、リーダーたちの「不誠実さ」と「不見識」によってもたらされた結果である



ビル・トッテンさんの経営する「アシスト」社は、旧き良き日本的経営と個人の幸せを合体したような経営をされています。日本の大手企業が目指す方向と真逆にあるように思います。

社会の幸せと従業員の幸せ、その両方を欠いた経営は、そう長く続かないのではないでしょうか。そういう意味で、本書が提唱している企業モデルは、最先端なのかもしれません。


[ 2013/05/06 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(1)

『あきらめない人生-ゆめをかなえる四〇からの生きかた・考えかた』池田理代子

あきらめない人生―ゆめをかなえる四〇からの生きかた・考えかたあきらめない人生―ゆめをかなえる四〇からの生きかた・考えかた
(2005/05)
池田 理代子

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著者は、「ベルサイユのばら」や「オルフェウスの窓」で知られる池田理代子さんです。私も、今から35年前に、姉が買い揃えていた「ベルサイユのばら」を全巻読破しました。

そのころは、宝塚のベルばらが大ブームになって、それに便乗して読んだだけでしたが、なんとなく少女(女性)漫画の世界を味わえたように思います。

本書は、ちょっと前に、テレビで池田理代子さんを拝見して、どんな考え方をしている人なのか興味を持ったので、読みました。年齢とともに、円熟味を増されているようです。勉強になった箇所がいくつかありました。それらを、紹介させていただきます。



・ギリシャの七賢人の一人、詩人のソロンは「毎日何かを学び加えつつ老いていく」と語っている。記憶力は衰えると言われるが、それは鍛練を怠った場合や、性格が魯鈍であった場合のこと

・「いったん諦めるところから、諦めない人生が始まる」。残る人生を、本当に好きなことだけやって暮らそうと思えることが、第二の人生への動機

・十代は、自分という存在を宇宙の中心のように錯覚し、自分の存在理由を探し求めて苦しんだ。四十代にして、悠久の時間や自然の摂理の前に、自分の存在など「路傍の石」に等しいと知り、他人の評価も、遺した作品も、何ほどのことはないと諦めるようになった

・人生が終わる間際、本当にこれですべて良かったのだと、自信をもって言い切れる可能性は極めて少ない。大概の人は、後悔してみても、取り返しがつかない故に、ただおとなしく諦めて、あるがままの状態を受け入れ、肯定するに過ぎない

・専業主婦という生き方も肯定できる。自分の人生の何十年という時間を、夫や子供たちが、心地よく健やかに過ごせる家庭のために費やすのは、崇高な生き方

・自分ではない他人のために生きるという経験を、人生のある期間持つことは、ほかのどんな経験もが与えることのない素晴らしいものを自分に与えてくれる

・悲しみや苦しみがあってこそ、喜びはいっそう味わい深いものとなり、身をよじるような孤独や不安を味わってこそ、恋人や友人の存在がいっそう価値のあるものとなる。幸福の本当の意味を分らせてくれるものは、「不幸」にほかならない

・人間というのは、決して幸福になるために、この世に生まれてくる訳ではない。人間は、ただこの生を生きるために生まれてくる

・自分自身の道徳律を持たず、世間からうしろ指をさされることをひたすら怖れて生きている人ほど、世間の道徳律を踏み外した人間を手厳しく糾弾する

・日本の社会は、皆が同じでなければ、不安を感じ、人と違っていることをマイナスにしか評価しない、極めてファシズムに走りやすい社会

・「安全な場所から人を非難することはたやすい。しかし、誰もいまだかつて私のような立場に置かれた君主はいない」(ルイ16世)

・日記を書くということは、明日という日を一日生きることを楽しみに待つということ

・女性の場合、どれほどの才能があり、どれほどの実績を残したとしても、常に、「美人である」か「若い」かという評価基準に曝されることになる

・水商売の女性は、男性に優しくすること、お世辞を言って良い気分にさせてあげることが仕事。男性が信じやすく愚かでいてくれなくては、商売は成り立たない。この点で、水商売の女の知恵が、男性の知性を上回る

・女性は、厳密な論理にもとづいて、ものごとを考えるのが苦手で、自分の感情の動きを判断の根拠にしてしまいがち

・自分の思いどおりに動かないものは「悪」という、非常に幼児的な価値判断にもとづく「女性的思考回路」が、自分の子供の教育にも及ぶ

・論理的でない女性ほど、自らの無知を棚上げした議論を挑み、こちらが、論理以前の論法に唖然とすると、「打ち負かしてやった」と誇らしげな顔をする。論理の矛盾を突こうものなら、泣きに逃げるか、ヒステリーに頼るか、オウムのように同じ言葉を反復して叫ぶ

・人間だけではなく、この世のすべての生物が、けなげに生きている姿そのものが、震えるほど愛おしい


著者が言うように、第二の人生設計をして、今までの人生をリセットする勇気を持つことが、「あきらめない人生」ということになるのかもしれません。

過去の人生を肯定しつつ、過去にサヨナラを言えるようになりたいものです。


[ 2013/05/05 07:00 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)

『一休-その破戒と風狂』栗田勇

一休―その破戒と風狂一休―その破戒と風狂
(2005/10)
栗田 勇

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天皇の皇子として生まれた一休さん、とんち噺で有名な一休さん、自殺未遂をした一休さん、芸術家、文化人を育てた一休さん、晩年に侍女との愛欲を楽しんだ一休さん、大徳寺再興に尽くした一休さん。どれも本当の一休さんです。

一休さんほど、とらえどころのない僧侶はいません。一休さんは、「狂」という一文字がぴったり当てはまるのかもしれません。

本書は、一休さんの奥深さを研究した力作です。興味が湧いた箇所が数多くありました。それらの一部を紹介させていただきます。



・良寛さんは、静かにいつも独りで微笑んでいる。村人ともつきあう。一休さんとは正反対に見える。しかし、良寛さんもまた、安逸をむさぼる堕落僧、立身出世を競って手段を選ばぬ似非坊主に対する憤りは強烈である

・最澄は、比叡山入山にあたって、「願文」という誓いを立て、その文中に世の汚濁を嘆くとともに、自らもその最たるものとして罵倒している。「是に於いて、愚が中の極愚、狂が中の極狂、塵禿の有情、底下の最澄」と、よくぞ言い切ったものである

・日本仏教の芯には、いかに腐敗堕落の闇の中でも、他も自己をも鋭く切って断罪し、他をそしって自ら清しとすることをも放下して、「狂愚」を抱えて現実のただなかで、純潔を守り抜いた奇僧が絶えなかった

・汚濁の世を逃避しないで直面し、人を想い、己れ自身汚辱を受け入れて、なお生きる時、生死を超越する

・一休の「印可も嗣法の弟子も無し」ということは、一切を無とする禅の真髄を守ろうという気持ちの表れ。この世俗的、権威的な制度に、金や名誉や地位、権力が暗躍する余地が生ずると予見していた

・当時の五山制度の下では、禅寺に俗な門閥係累が幅をきかせていた。高貴な出生を隠している一休には、馬鹿馬鹿しくていたたまれなかった

・日本は元との戦いで、報酬、つまり見返りの利益の生じない戦闘に、全国の武士を動員して、多大な出費を強いられ、しかも動員された武士階層の中に大きな不満を残した。下剋上の芽、階層社会崩壊の遠因は、実はこの元寇にあった

・一休にとって、詩歌は、一体のもので、文芸は余技ではなく、そのまま詩によってしか表わせない禅境を深めたもので、それが「詩偈」という形で表わされる

・禅林の中に合って、なお内部の腐敗を鋭く批判しつづけ、かつ自らの風狂によって、自他もろとも偽善を斬って落としつづけるのが、一休の生涯を貫く姿勢

・京の中央集権から少しはずれた、新興ブルジュアジーの自由都市、堺、堅田などを、一休は好んだ。彼の禅風は、そこに新しい時代の自由な人心を見たからである

・世俗的出世隆盛の虚構を心から憎み、形なき絶対的な境地を己れのうちに探り当て、そのためには、世俗との対立、誤解をも恐れず、ひたすら」、その悟りの境地から一生の行動を貫き、その在りかを、絶妙な詩歌の成果においてのみ形に残したのが一休だった

・一休の後半生は、名利にからまず、一処不在の純粋性を保ち、自らを深めながらも、世俗をただ排除して良しとする風流ではなく、深く現世に密着し、常に民衆のなかで、禅をはなれることはなかった

・一休は権威による差別を特に憎んだ。武力財力の権力、形式的通俗的なこけおどしの横行には、生理的といっていいほど強く反撥した

・「一休骸骨」を開くと、いきなり目に飛び込んでくるのが、達磨大師の上半身像。そこで、一休は、達磨の坐禅は無駄と言い切った

・一休の風狂の生涯の中核をなすのが、不邪淫戒の行。果敢にこの問題を提示し、身をもってその答えを出した。晩年の森女との恋愛詩は、禅林への激しい批判の詩となった

・今日の日本伝統芸能である能楽、茶道、生花、連歌から俳諧をつらぬく美学は、一休をとりまく文化芸能人たちの間で芽を吹き、次第に形を整えていったもの

・能狂言では「幽玄」といい、茶の湯では「わび・さび」と呼ばれている美学は、さかのぼれば、古代日本人の自然観が天台宗の「空仮中」三諦の無常観によって洗練され、主に和歌を通して浸透してきたもの



一休さんの思想は、禅の世界を表わす「狂雲集」一千余首に色濃く出ています。つまり、破戒と風狂こそ、一休さんの生涯だったのかもしれません。

風狂と破戒は、自由な文化や芸術を育みました。それこそ、一休さんの次世代への一番大きな貢献だったのではないでしょうか。


[ 2013/05/03 07:00 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『本多静六・日本の森林を育てた人』遠山益

本多静六 日本の森林(もり)を育てた人本多静六 日本の森林(もり)を育てた人
(2006/09/24)
遠山 益

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本多静六氏の著書は、「自分を生かす人生」「たのしみを財産に変える生活」「人生計画の立て方」などを紹介してきました。本多静六氏と言えば、今や「4分の1天引き貯金」などの蓄財法で有名になっています。

ところが、本業は東大農学部教授で、植林、造園などの日本の礎をつくられた方です。今回紹介するのは、その本業について、本多静六は何をしてきたかの書です。本多静六の数々の偉業の一部を要約して紹介させていただきます。



・本多の業績を具体的にあげれば、「日本最初の大学演習林の創設」「水道水源林の整備と拡充」「鉄道防雪防風林の創設」「水力発電会社の水源林計画」「日比谷公園ほか全国都市公園の設計改良」「明治神宮ほか各地の寺社林の造設」「森林公園の改良整備」など

・さらに、足尾銅山や別子銅山などの鉱毒調査委員として、「公害対策」に取り組んだほか、各地の「国立公園設置運動」の先頭に立って、その実現に尽力した。私たちは、本多が残した業績の恩恵に浴している

・本多はミュンヘン大学留学時恩師のブレンタノン教授の助言を忠実に守り、就職すると預金を始め、まとまった金額を株や山林に投資した。これを継続するうちに、本多の人生計画は予想外に成功したが、彼の質素倹約の生活態度は、生涯変わることはなかった

・明治26年、本多静六の提案によって、東北本線沿線に、わが国初の鉄道防雪林がつくられた。雪の季節でも、快適な列車の旅を楽しめるのは、この防雪林に負うところが大きい

・大学演習林は、林学科の学生教師の実習と研究に資するための施設だが、その管理維持には多額の費用が必要になる。本多は、初めから成長した森林の間伐材や択伐材による収入が返ってくることを想定していた

・大学内で収入のあるところは、医学部と農学部。附属病院の収入はあっても、医学部は赤字の状態。東大教授の60歳停年制と恩給上積みの財源は、演習林収入を本会計に繰り入れることで賄った

・森林の三つの機能とは、「1.水源涵養機能」「2.土砂流出防止機能」「3.水の浄化機能」。本多は、水源林経営の必要性を説明し、多摩川本流の御料林買収を東京府にすすめた。御料林譲渡後、本多は東京府水源林経営監督の辞令を受け、経営監督と指導にあたった

・本多らが計画した「神宮の森」は、万葉の昔から受け継いだ神社林。大隈重信総理の「伊勢神宮や日光東照宮のようなスギの森に」の意見にも、自説を曲げなかった。本多が計画した神社林は、一度植栽すれば人手がかからず、経費のかからない自然更新する永続の森

・観光地に対する官民の関心が盛り上がり、国立公園運動を推進すべき時機が到来したと判断した本多は、昭和2年、国立公園協会設立準備にとりかかり、内閣に陳情し、昭和6年、衆議院本会議で国立公園法案を可決させた

・ドイツ留学中の本多は、義父からの送金が途絶え、貧乏だった。恩師ブレンタノ教授から「貧乏生活から脱して、経済的生活で自由にならなければならない。金のために精神的自由まで奪われ、屈辱を受けることになる」との忠告を受けた

・日本では、金銭や蓄財の話題など口にすると、その人の教養や人間性まで疑われ、軽蔑されるが、ドイツでは、大学教授の地位にある人でも、蓄財を賤しいとは考えない。金銭を無視しては生活できない。まずは経済生活の独立である

・本多は帰国後25歳からの10年間、農科大学の助教授として積極的に働き、家庭では節約生活に努め、「4分の1貯蓄法」を実行した。やがて、まとまった金額を山林と土地に投資して成功した。その後、その貯蓄で、郷土の学生を支援する「本多育英会」をつくった

・「一身の衣食住を安くするも銭なり。父母妻子を養うも銭なり。家内団欒の快楽も銭なくしては叶わず、戸外朋友の交際も銭に由って始めて全うすべし。慈善を施するも銭なり。不義理を免るるも銭なり」

・「独立自強とは、親譲りの財産を当てにせず、人の世話にもならず、各々が働いて生きること。そのためには、身体が丈夫であること。名誉や富や学問よりも健康が第一。健康の実現には、十分な日光に浴し、新鮮な空気を呼吸し、新鮮な食物を食う、三点に帰着する」

・本多は、由布院町の依頼により、「由布院温泉発展策」と題する講演を行った。その基本構想をドイツの温泉町を例にとって説明し、「由布院町全体を一つの森林公園として、その中で保養のための温泉地として発展させる。」という主旨であった


本多静六氏と言えば、「蓄財の達人」という「汗を流さずに儲ける」面が強調されていますが、彼の本当の仕事は、植林や造園といった「汗を流して働く」ことにあります。

多大の蓄財は、地道な仕事があってこそ、成し遂げられたものです。この両面を見ずして、本多静六を語ることはできないのかもしれません。


[ 2013/05/02 07:00 ] 本多静六・本 | TB(0) | CM(0)

『「間」の極意』太鼓持あらい

「間」の極意 (角川oneテーマ21)「間」の極意 (角川oneテーマ21)
(2001/11)
太鼓持 あらい

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最近、書棚を整理しながら、いい本を物色しています。この本は、10年以上前に買ったものですが、ペラペラめくって読み返すと、なかなかいいので、紹介することにしました。

太鼓持ちというのは、男が男を喜ばす、お座敷接待業です。女が男を喜ばすものには、「色」が入ってきます。「色」抜きに、お金をもらう水商売は、ハイレベルの接待サービス業です。本書には、その技術やノウハウが満載です。その一部を紹介させていただきます。



・太鼓持ちというのは、「幇間」と言う。「幇」の字には「助ける」の意味がある。つまり、酒席の「間を助ける」役目。古くは、「間」の代わりに、お金持ちの旦那の「閑」を助けていた。またの名を「男芸者」。お座敷にはべる男の芸者のこと

・江戸初期、京都の太鼓持ちは、話術が中心だった。笑話の祖、安楽庵策伝は「醒睡笑」(笑話千余話)を書き記した。その後、面白い話は「落語」、説教話は「僧の説話」、教養ある話は「茶人の茶会」、そして、ちょっとスケベな話が「太鼓持ち」に引き継がれていった

・江戸中期の「当世座持話」に、「太鼓持ちの心得十カ条」がある。1.「大尽大切に」2.「にぎやかに取りはやし」3.「酒盛り」4.「始末」5.「色事は慎むべし」6.「無理な口舌をさばき」7.「媒人口きかず」8.「野暮には意を付けて勤むべし」9.「高慢をせず」10.「床の納まるまで座敷を明さざる」

・「あたしたちには、ご贔屓が“つく”という言葉はあっても、ご贔屓を“つかまえ”たり、“とらえ”たりという言葉はありませんからね」と、師匠からよく言われた

・お客さまに気に入っていただくということは、言い換えれば、お客さまの心にかなうこと。つまり、その人の心にするりと入っていけるようになること

・笑いというのは、邪気悪鬼を吹き祓い、人を幸せにするもの

・望ましい笑顔のために気をつけるポイントは、目尻と口角。目尻を下げ、口角を上げるように、気を配りながら笑うこと。一番いいのは、下げた目尻のラインと、上げた口角のラインが延長線上でうまく繋がるようになること

・自然な笑いというのは、人の心から防御の鎧を脱がせる面がある。まずは、こちらから鎧を脱いでみせることで、相手も心を開いてくれる。自分の身をがっちりガードしておいて、「どうぞお楽しみください」と言っても、そうやすやすと無防備な姿は見せてくれない

・人前で多少の恥をさらすくらいの覚悟がなければ、人も腹を割ったところを見せてくれない。つまり、いつまでたっても、人と腹を割ったつき合いをすることができない

・人の話を聞くのがうまいというのは、相手が言いたいことと訊きたいことを適確につかんで、それを上手に引き出してあげるということ

・お座敷の心得の一つ「万事鷹揚に」は、こせこせせずに、ゆったりと構えよの意。自分の持てる力すべて出してやった結果、うまくいかなくても、それはそれ。「まあ、ええやないか。上出来や」と鷹揚に考えればいい。自分はベストを尽くしたのだから

ドキドキ感をなくしてしまうこと、慣れてしまうことには、人気急落の怖さがある。いつまでも、そういう気持ちを持ち続けている人は、謙虚な証拠

・媚びるような表情は、かわいらしい舞妓さんや芸妓さんならご愛嬌だが、太鼓持ちがやっても気持ち悪いだけ。常に謙虚でありたいが、謙虚と卑屈はまったく違うもの

・機関銃のようにしゃべるのは間が空くのが怖いから。どうして、間が空くのが怖いのか。それは、自信がないから。余裕がないから

・人づき合いとは、相手に合わせること。言い換えれば、「我」を押し通さないこと。人間の「我」は、ときに見栄を張ったり、虚勢を張ったりの「はったり」の形で表れる

・自分の身を飾るため、見栄を張るためにお金をかける方は、見映えのないところにはお金を出さないもの。見栄や虚勢で自分を取り繕わなくなって(我を張る必要がなくなって)、やっと気配りとか、気遣いというのは、どうしたらいいかを考えられるようになる

・難しいのは、親切の押し売りになったらいけないということ。その心くばりが、ありがたいものだったとしても、押しつけがましいと嫌気が差す。お客さまには、そんな気配を微塵も感じ取られないように、あくまで、なにげなく、さりげなくしていないといけない

・「怒りは無知おごりは無能、泣くは修行、笑いは悟り」。これは、師匠から教えられた太鼓持ちの哲学



伝統的な職業には、代々脈々と語り継がれている哲学があり、ノウハウがあり、言葉があります。その中でも、モノを売るのではなく、その場の空気を売る「太鼓持ち」という職業には、奥の深い哲学、ノウハウ、言葉がいっぱい詰まっています。

本書は、サービス業に関係する人が、参考にできることがいっぱいあるように思います。


[ 2013/05/01 07:00 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)