とは学

「・・・とは」の哲学

『ショーペンハウアー大切な教え』アルトゥル・ショーペンハウアー

ショーペンハウアー 大切な教え (智恵の贈り物)ショーペンハウアー 大切な教え (智恵の贈り物)
(2010/09/01)
アルトゥル ショーペンハウアー

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ショーペンハウアーの本は、「ショーペンハウアーの言葉」「幸福について人生論」に次ぎ、3冊目です。

日本で言えば、江戸時代末期のころのドイツの哲学者です。お金、権力、名誉、欲望など、人の幸福に関する哲学が多く、同時代のヘーゲルとは違って、一般人でもなじめる哲学者です。

ニーチェにも大きな影響を与えたショーペンハウアーの250近くに及ぶ大切な教えの中から、その一部を要約して紹介させていただきます。



・富とは、あり余る贅沢であり、幸福に役立つことはほとんどない。世の中には、精神的な教養に欠け、知的職業にふさわしい客観的興味を持つことができないために、自分が不幸だと感じている金持ちが大勢いる

朗らかさは、即効性のある直接的な報酬。言ってみれば、幸福という現金そのものであって、他の一切の恵みのような銀行の小切手ではない

・輸入に頼らなくていい国がどこよりも幸福な国であるように、内面が十分豊かで、外部の力を必要としない人ほど幸せな者はいない

・物事を制限することが、幸福への道である。人間の幸福は、視野、活動、世の中の接点といったものの範囲が制限されているほど大きい

・人が、努力を惜しまず、幾多の困難や危険に遭遇しながら、手に入れようとしているものは、他人からの評価を上げることを目的としている。地位、称号、勲章はもちろん、富、学問や芸術までもが、人からの尊敬を得るためのものである。愚かで、何とも嘆かわしい

・人が誇りを持てるのは、自分には卓越した能力特別な価値があるのだという揺るぎない確信を得たときだけである

・自分の生涯の仕事に少しでも重要性や価値があると思うなら、折にふれて、その設計図、すなわち概要の縮図に注意を向けることが必要である

・大いなる知性の持ち主は、この世界に生きていても、本当の意味で、そこに属しているわけではない。幼い頃から、ほかの人たちと自分がかなり異なっていると感じている

・賢明な人は、苦痛や不快感から解放されようと努力し、できるだけ困難に遭遇せずにすむ、静かでゆったりした、つつましい暮らしを求める

・私たちの抱える苦悩のほとんどは、他人との関わりから生じるものである

・うぬぼれの強い者はよくしゃべり、誇りを持っている者は寡黙なものである

・偉大なことを目指す者は、後の世界に目を向け、後世のために確固たる自信をもって、自分の仕事を仕上げる

・思ったことをすぐに話したり、人の言うことを鵜呑みにしたりしてはいけない。むしろ、道徳面でも教養面でも、他人の言葉には多くを期待しないほうがいい

・人生をうまく切り抜けるには、先を見越すことと、大目に見ることの二つが効果的。先を見越す細心さがあれば、損失や損害を防ぐことができる。大目に見る寛容さを持てば、争いから逃れられる

気取りとは、必ず相手に軽蔑の念を起こさせる。気取りとは、ごまかしであり、ごまかしは、恐怖心から出るものであり、臆病な行為である

・もし、誰かが嘘をついているという疑いを抱いたなら、すっかり信じているように見せるといい。相手は大胆になって、さらに嘘を重ね、熱弁を振るううちに、ぼろを出す

・無知で裕福な者は、快楽のためだけに生き、獣同然の暮らしを送る。この手の人間は、富と余暇を有意義に使っていない点でも非難されるべき

・高潔な人格と優れた精神の持ち主は、若い時に、世渡りの知恵や人間についての知識に欠けていることをさらけ出してしまうことが多く、だまされたり、迷わされたりしやす。それに対して、平凡な人間は、ずっと早く、巧みに世の中に順応する

・だまされて失った金銭ほど、利点の大きな使い方はない。そのお金で、用心深さを買ったということだから



知性を磨いて、自由に、そして快適に生きようというのが、ショーペンハウアーの一貫した考え方です。

幸福に生きるには、まず頭と精神を鍛えることであり、決して、富を築くことではないということなのかもしれません。


『下りる。』ひろさちや

下りる。下りる。
(2012/08/29)
ひろ さちや

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著書の本は、このブログで10冊ほどとり上げてきました。最近の著書は、日本や日本社会に対する警笛を鳴らすものが多いように思います。

本書も、日本人が構成している社会への疑問と訴えが主な内容です。受け止めるべき提言が数々ありました。それらの一部を要約して紹介させていただきます。



・資本主義社会というのは、みんなが無駄に浪費してくれないことには維持できない。真夏に冷房かけて、しゃぶしゃぶを食べる。真冬に暖房して、冷たいビールを飲む。それでこそ、資本主義は安泰。「もったいない」「節約しよう」なんていう発想は、資本主義の敵

・「あくせく・いらいら・がつがつ」と生きてきたのに、幸せは得られなかった。これからは、「ゆったり・のんびり・ほどほど」に生きよう。でも、幸せは得られない。ゆったり・のんびり生きられることで幸せになる

・競争が不必要だとは言っていない。競争は悪だと言っている。「必要だから善、不必要だから悪」というわけではない。日本人は、「必要悪」の考え方をなかなか理解してくれない

・日本人は、物事に関して、善か悪かの判断をすることなく、必要か不必要かの判断だけをする。しかも、必要か不必要かの判断をするのは政治・経済・社会。そこで下された判断に従うほかない。その結果、必要なものはすべて善不必要なものは悪とされる

・誰が競争を必要としているのか?それは社会や会社。社会が経済発展するために、会社が利益を得るために、無理やり人を競争させている。競争させられる個人はいい迷惑

・競争原理が支配する社会では、他人はみんな敵・ライバルになってしまうから、他人を信頼できなくなる。「この社会では、気をつけないと誰かに利用されてしまう」のアンケート結果は、フィンランド25%に対して日本は80%。日本の対人信頼度は低い

・日本ではワークシェアリングが定着しない。二人に一人しか仕事がないとき、一人を残し、もう一人をリストラする。これは、「君は熊に食われろ、俺はその間に逃げる」という考え方。競争型の社会において、成功者になろうとすれば、そのようなエゴイストになる

・「人生の問題」とは、東に進むべきか、西に進むべきか、「方向性」の問題。「生活の問題」とは、その方向に、自動車で行くか、歩いて行くか、「手段」の問題。日本人は、方向性の問題を不問にしたまま、手段の問題ばかり考えてきた。そして、大きな壁にぶつかった

・いい加減に目を覚ますこと。大事なのは、生活ではなく人生。「人生」をどう生きるべきかを、今こそ、考えるべき

・古代のエジプトでは、官僚はすべて奴隷だった。貴族を官僚にすると、王を裏切る危険がある。しかし、奴隷を官僚にすれば、彼らは王に忠実に仕えるから、王は安心できる。その伝でいけば、日本の官僚も、政治家も、サラリーマンも奴隷

・われわれには「ゆったり権」(人生をゆったり・のんびり・ほどほどに暮らす権利)があることを自覚すべき。江戸に暮らす庶民は、1日に4時間くらいしか働かなかった

・国は納税者に、納税した分だけのメリットを還元する義務がある。国が納税者に相応の利益を還元しないのであれば、さっさと政治家を取り替えればいい。われわれは、国に要求だけをしていればいい。納税の義務以外に、国に尽す義務はない

・奴隷をやめて、精神的貴族になろう。その目標のために、あれこれと工夫をすること

・資本主義経済において、一番大事なものは、「欲望の生産」。いかにして、人々に欲望を持たせるか。もし、人々が欲望を持たなくなってしまったら、たちまち資本主義経済は崩壊する

・富裕層と貧困層との間に格差が生じると、低所得者層の欲望は減退する。欲しい物があっても買えなくなる。欲望を抑制するほかない。しかも、この低所得者層は、一般に年齢の低い若者。若い人たちが、欲があっても金がないなら、どんどん景気が悪くなる

・電力の浪費によって、経済がうまく循環していた。電力が高価になると、日本経済にとって致命傷。日本の経済の特色であった「無駄・贅沢・浪費」の六文字が消える

・競争は、敗者を不幸にして、勝者を傲慢にする。勝者が敗者を見下したとき、敗者をつくる社会のシステムの支持者になるということ。すなわち、競争原理の讃美者になる

・あらゆる欲望は、放っておけば、肥大化する。そして、どんどん欲が膨らむ。だから、少なくしないといけない。それが「少欲



欲望がすっかりなくなると、私たちの社会は成り立たなくなります。しかし、今のまま、欲望を肥大化させていくと、住みにくい世の中になっていきます。

それを解決するには、若い時は、欲望を持ち、歳をとっていくとともに、欲望を少しずつ減らしていくというのが、理想的な姿です。高齢者の欲望は、はしたないという共通認識が必要なのかもしれません。そういうことを考えさせてくれる書でした。


[ 2013/05/30 07:00 ] ひろさちや・本 | TB(0) | CM(0)

『シフト-人生設計の可能な国に向けて-』三木建

シフト-人生設計の可能な国に向けて-(発行:Gray PRESS)シフト-人生設計の可能な国に向けて-(発行:Gray PRESS)
(2012/08/22)
三木 建

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三木建さんは、哲学家、思想家、経営学者、経営コンサルタントのような方です。著書を紹介するのは、「自生の哲学」に次ぎ、2冊目です。

本書は、哲学や考え方を、どう構想して、設計していくかがテーマです。参考になる点が多々あります。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・社会や会社には突然死寿命もない。未来が見えるということは、その分だけ対応するための時間があるということ。技術も経験もコンセンサスも、その分だけ積み上がっていく。そう考えると、できるだけ遠くの未来を見る方が有利

・「古い体制の有用な部分が保存され、新しく付加された部分が、既存の部分へ適合される時にこそ、強靭な精神力、忍耐強い注意力、比較し結合する多面的な能力、そして便法をも豊かに考え出す知性の秘策が求められる」(フランスの政治家、エドマンド・バーク)

・なぜ盲目的墨守と急進的改革の中道を歩まねばならないのか?それは、我々の社会も我々自身も、過去と未来の連続体の中に存在しているから

・人間の発揮する力とは、結局はその人の持つ思想と、その人の性格との掛け合わせ。数式的に示すならば、「P×P=P(philosophy×personality=POWER)」

・良質な人生観、倫理観、信条を持つ人が、良質な人間性、品性を備えているとすれば、間違いなく、その人の行動は良質なものになる

・頭の良い人が、その能力を他人や社会のために用いることなく、自己確立、自己利益のためにのみ用いるとしたら、社会は彼らのエサ箱にすぎない

・「知識は、方法や手段に対しては、目が見えるが、目的や価値に対しては盲目」(アインシュタイン)

・優れた専門知を分かりやすく伝える能力こそ知性であり、そういう態度をとることこそ品性

・政治家や官僚の側は、我々が生活感覚から提起した「困るもの」「恐ろしいもの」を取り除く義務がある。企業がそれに対応すれば、ビジネスとなる。しかし、企業が「困る」「恐ろしい」「嫌な」ものを我々に押しつけているとすれば、一刻も早く社会から退場すべき

・今、求められているのは、高度な専門性を総合するための方法、あるいは「総合する専門性」を生み出すための方法。つまり、細分化・専門化した知識を元の目的に戻す試み

・いつの間にか、人間が主役ではなく、経済ないしは産業が主役であり、我々はそれを支えるために存在する単なる道具の一つにすぎないという本末転倒が常態となっている

・規模の論理の目指す先は、独占、つまりは「一つになること」。この競争の被害者は、従業員のみならず、社会全体に及ぶ

・天災は、「人類が地球に寄生している」ことを思い出させる、巨大なアラーム

・懲りない人間とは、「過信」する者、「限界」を知らない者、「強欲」に走る者の三つ

・ビジネスの行為で、悩まされたり、痛めつけられたり、不快にさせらされたり、危険にさらされたりすることが多い。こういった商品・サービスは、開発すべきではない、製造すべきではない、販売すべきではない、提供すべきではない

・解脱の道に立ちはだかるのは、富ではなく、富への執着であり、愉快な事柄を愉しむことではなく、それを渇望すること

・ニュージーランドは、雇用が国内に点在し、その上美しい。納得の上に豊かなライフスタイルが成立している。日本とは異なり、経済的、文化的格差の少ない範囲で住む所を選択できる

・一極集中と廃れる地方の組み合わせではなく、雇用を伴う個性豊かな地域が自立的に存在し、自助、互助、私援(ボランティア)、公援(公共サービス)のバランスがとれた社会が魅力ある成熟国家の姿

・目指すべき方向性は、「人生設計の可能な国」と、「人間域」×「多層的自立社会」が主たるスキーム

・「心は正しい目標を欠くと、偽りの目標にはけ口を向ける」(モンテニュー)



本書に、「正気を失ったメガトレンドに翻弄されるまま迎えるのではなく、正体を知った今、そのメガトレンドに別れを告げなくてはならない」という著者の見解があります。

今の日本のメガトレンドを直視し、そして公正に判断し、その渦に巻き込まれて人生を棒に振ることだけは避けなければいけないのかもしれません。
[ 2013/05/29 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『人生を豊かに輝かせる「心のお守り」・金の魂語』美鈴

人生を豊かに輝かせる「心のお守り」 金の魂語人生を豊かに輝かせる「心のお守り」 金の魂語
(2012/02/22)
美鈴

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著者は、いわゆる霊能者と呼ばれる方です。しかし、本書は、霊能者にありがちな突飛な内容のものではなく、教育者が書くものに似ているように感じました。

当たり前のことが、丁寧に、易しく、数多く書き綴られています。その一部を要約して、紹介させていただきます。



・人は、自分に都合の良いものを「好き」と言い、逆に、都合の悪いものを「嫌い」と言う。どちらにも、自分の執着と未熟な部分がある

・親しく会話のできる人は、自分の表の性格と裏の性格を映し出してくれる姿見さん。同じ波長で親しくなった相手には、自分がされて嫌なことはしないし、言われて嫌なことは言わないはず

・心が落ち着いていて、満たされていると、誰かを羨んだり妬んだりしない。幸せなときは、損することを恐れない。感謝できるとき、意地悪は言わないし、思わないし、しない

・あの手この手で、前へ一歩なんとか踏み出して、目の前の壁を乗り越えて、心を鍛えてこそ、人生は「報われる」。心を動かし、頭を使い、気を利かせた結果が良くても悪くても関係ない。大事なのは、どれだけ考え、悩み、分析し、心を動かし、実践したかの過程

・大事なのは、魂を成長させること。物質を多く得たとか失ったとかということではない。何を考え、喜び、悲しみ、痛み、愛し、傷つき、怒り、慈しみ、哀れみ、気づいたかという、感じて心を動かしたこと。「感動」こそ、魂を成長させる

・この世に、生まれつき「強い人」なんて存在しない。自分より心が強いと感じる人に、「あなたは強いから」「あなたみたいに強くないから」と、その人の今までの努力や人生を無視した言葉は、自分の弱さを宣言しているのと同じ

・「怒り」は、冷静な考えと、これまで積み重ねてきた「徳」を奪う。「怒り」は、人を弱くする

・本当の幸せとは、「恐れのない人生」のこと。真実を知ることで、恐怖はなくなる

・経験と感動の「数」と「量」こそ、私たちの最大の目的

・ウザい、辛い、苦しい、悲しい、恐い、嫌い、許せない、羨ましい、妬ましいなどの感情や出来事こそが、乗り越えなければならない「宿命

・すべての出来事は自分自身のため。「気づく」のも「学ぶ」のも自分次第。受け入れて、乗り越えようと前へ歩き出したとき、本当の「助け」がある。最初から「HELP!」では、何の意味もなくなる

大人とは、孤独に強く打ち勝ち、自分の道を貫き、悩みや挫折を肥やしにし、泣き言は自分の弱さと自覚しながら、また笑顔をつくり、他人に優しくできるもの

表情やシワ目の動きなどで、人間の「質」がわかる。顔には、人のすべてが現れる

・今、自分が発する言葉や想いが、少し先の未来をつくり出す。未来の自分の姿を知りたいときは、過去と今の自分を分析し、予想すればいい

・「自分は不幸だ」「満たされていない」「損をしている」と、どこかで感じながら生きている人は、自然と誰かに意地悪をしてしまうもの

・人間関係、家族、友達でも、恋人、職場でも、基本的に、みんな「迷惑の掛け合い」。それが、付き合う、向き合う、共に生きるということ。絆とは、迷惑を掛け合って、心寄せ合いながら深めていくもの

・近しい人には優しくできても、他人には優しくできない。それなら、近しい人への優しさも「偽り」ということ

・「どうせ私なんて」「どうせ俺なんか」という自己卑下は、自分に対しての立派な悪口

・悪いことをしたら、反省し、ただし、謝る。それ以外に何もない。開き直り、居直り、嘘をつく。それでは自分が可哀想

・本当の財産は、心・魂の中に蓄えられたもの、つまり、たくさんの経験と喜怒哀楽の感動。自分で集めた財産は、得るばかりで、絶対になくならない



本書には、人に反省を促す、「世の道理」「天の真理」が、簡潔、手短に伝えられているように感じました。

謙虚に、そして、立派に生きるための言葉が多く、自分を振り返るための大切な書になるように思います。


[ 2013/05/28 07:00 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『華僑の商法―その発想と行動力』山下昌美

華僑の商法―その発想と行動力華僑の商法―その発想と行動力
(1987/03)
山下 昌美

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本書は、30年ほど前に出版された書です。東南アジア諸国の華僑から聞いたことを綴ったものです。

著者は序文で、中国商人の「したたかさ」「ねばり強さ」「あくの強さ」と「合理性の重視」に、今こそ学ぶべき、と書かれています。それを、今でも学ぶべき、ではないでしょうか。華僑に学ぶべき箇所の一部を紹介させていただきます。



・中国人の精神構造を知るためには、以下の言葉が手懸りになる。「没有法子」(仕方がない)、「馬々虎々」(徹底や完全を求めない)、「面子」(潰されることは大いなる恥辱)、「不要緊」(どうでもよい)、「差不多」(中途半端にする)

・「中国人は、それが本物だと立証されるまでは、人の話を信じないが、日本人は、それがウソだと立証されるまで信じつづける」(バートランド・ラッセル)

・一般的に、中国人は「忍耐強さ」「行動的」「利に聡い」の三面の性格を持っている

・中国人は、昔から政府や官吏を信用しない。「官字両隻口」は、「官」には口が二つあるということで、「お上は二枚舌を使う」という意味

・陶朱公の「商人の宝」(理財到富十二則)とは、1.「人の見る目」2.「客の応対」3.「新奇に走らず」4.「心を入れた陳列」5.「迅速な行動」6.「売掛金の回収」7.「人使いの心得」8.「議論の才能」9.「商品を見る目」10.「時機の把握」11.「提唱して指導」12.「先を読み、中道を歩む

・陶朱公の「商人の宝」(理財到富十二戎)とは、1.「下品になるな」2.「優柔不断になるな」3.「ぜいたくするな」4.「強弁するな」5.「怠けるな」6.「安売りするな」7.「競ってまで買うな」8.「タイミングを誤るな」9.「固執するな」10.「支払いを延ばすな」11.「在庫を少なくするな」12.「商品の選択を誤るな」

・華僑商人は「開源節流 量入為出」の格言を好む。「顧客を多くつくって売上を伸ばし、経費の支出を節約する」という意味

・中国商人の間では、「好客三年不換店、好店三年不換客」(よい客は長い間店を換えない。よい店は長い間客を換えない)という言葉がある。一度相手を信用したら、よほどのことがない限り、取引を継続していくということ

・華僑の立場から見た日本人の欠点は「好き嫌いが激しい」「無理をしたがる」「行き過ぎが多い」の三点

・「疑人不用、用人不疑」(疑いのある人を使うな、使ったら疑うな)とは、部下を使う立場にある者の最も基本的な人使いの心得

・「避実撃虚」(実を避けて虚を撃つ)。孫子の兵法として有名。行動中に、何か障害にぶつかったら、中央突破といった無理を避けて、迂回作戦をとるという意味。中央から強行突破すると、たとえ成功しても、かなり多くの犠牲を覚悟しなければならず、賢明でない

・「前事不忘、後事之師」(前の経験を忘れず、後の戒めとせよ)。日本人は、過去の経験を「水に流す」「いつまでもくよくよしない」といった一過性を好むが、中国人は、それを記憶し、記録にとどめ、それを教訓とし、今後の戒めにしようとする

・「養兵千日、用兵一時」(兵を使うのは一時であるが、兵を養成するには千日かかる)。いざという時のため、平素から準備を怠るなという意味

・「興一利不、如除一害」(プラスを追求するよりマイナスを除け)。破綻や損害を回避し、ダメージを最小限度に抑えるという意味で、この考え方は有効

・「打人不打瞼、罵人別掲短」(人をなぐるのに顔をなぐってはいけない。人をののしるのに痛いところをあばいてはいけない)

・「唾面自乾、百忍成金」(もしも顔に唾をかけられても、放っておけば、いつかは乾く。忍耐を重ねていけば、必ず一人前となる)

・「大富由命、小富由勤」(大きな富は運命で決まっているが、小さな富は勤労で築くことができる)

・「有借有還、再借不難」(借りたものは早く返しなさい。さもないと、この次借りることができない)



華僑は、社是、社訓、標語、戒め、諺などが好きです。目の付くところに、これらを書いた紙を貼り、自分への戒め、励ましとして、これを利用しているように思います。

商売での成功者は、世界中で似たようなことをしています。言葉を大事にすることは、精神力を保つことにつながるのかもしれません。


[ 2013/05/27 07:00 ] 華僑の本 | TB(0) | CM(0)

『茶の本』岡倉天心

茶の本茶の本
(1994/11)
岡倉 天心

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本書は、岡倉天心が、1906年(明治39年)に英文出版した「THE BOOK OF TEA」の新訳本です。

岡倉天心は、東京美術学校(東京芸大)校長の職を辞し、日本の文化的遺産の海外への紹介に努め、古社寺保存のために奔走した人物です。本書には、著者の文化的素養がにじみ出ています。それらの一部を紹介させていただきます。



・自分自身の偉大さが、いかにとるに足らぬものであるかということを認識できない人は、他人が持つささやかなものの偉大さを見過ごしてしまう

・道とは、「道」というよりも「推移」する過程を表わす。それは、宇宙変転の精神、つまり、新しい形を生み出すために、常に己に回帰する永遠の成長を表わす

・我々はあまりにも自意識過剰で罪深い人間である。自分自身が悪いと知っているので、自分自身に真実を語るのを恐れ、プライドを持つことによって、その恐ろしさから逃れようとする

・宗教とは、お花と音楽で神聖化した単なる一般常識でしかない

・適応とは「生きる技」である。「生きる技」とは、我々をとりまく環境に対し、常に適応していくことを言う

・物と物との釣合いを保ち、自分の立場を失うことなく他人に譲ることが、日常劇を成功させる秘訣

・自分を「空」の状態にして、他人が自由に入れるようにできる者は、あらゆる情況を制覇することができる。「全体」は常に「部分」を支配できる

・「空」の原理の重要性が、芸術では、暗示という形で提示される。何も言わないでおくことによって、観る者はその考えを完結することができ、その作品の一部になってしまった気分になる。観る者は「空」に入り、美的感情のままに、その「空白」を埋めればいい

・禅は道教と同様に、個人主義を強く主張するので、我々自身の心に関わるものだけが、実在すると考える

・永遠とは、かすかな洗練で、たたずまい(茶室の藁葺きの屋根、細くか弱い柱、竹の支えの軽がるしさ、無頓着に使われているありふれた素材など)を美しくする精神にこそ存在する

・異なった音楽を同時に聞くことができないように、美を本当に理解するには、ある一つの主題に集中しなければならない

・傑作とは、我々の内に秘めた感情を奏でる交響楽である。言ってみれば、美しい魔法の手が琴に触れた途端、我々の心の奥に潜む弦が呼びさまされ、その音色に応じて、震え、興奮する。心は心に語りかけ、言葉にならないものに耳を傾け、見えないものを見つめる

傑作を理解するには、自分の身を低くして息を殺し、その作品が言わんとすることを何一つもらさず聴き取ろうと身構えていなくてはならない

・名人は必ず我々に何かを提供してくれるが、我々に味わう力がないと、ひもじい状態になる

・感動するのは、技よりも精神技術よりも人そのもの。そして、その訴えが人間的であればあるほど、反応も強くなる

・我々はこの宇宙の中で我々の姿を見ているだけ。つまり、この宇宙とは、我々の特異な性質が我々の知覚を支配している。つまり、茶人であっても、それぞれの鑑識眼の尺度にあったものだけを収集している

・花を愛する理想的な姿とは、花が実際に育っているその場所に赴くことをいう

・茶人たちは、地味な色合いの衣服のみ身につけるよう教えてくれたし、花に接する際に、それにふさわしい心得を持つように教えてくれた。簡素を慈しみ、その慈しみの大切さや謙遜の美しさも、茶人から教わった

・愚かしい波乱に満ちた人生の中で、自分自身の存在をうまく律する秘訣を知らない人は、虚しくも幸福で満ち足りていると装っている哀れな人々



本書は、「茶の本」ですが、茶道のノウハウや技術について言及した書ではありません。茶の精神や日本の精神について、茶を通じて、述べている書です。

少し、禅問答的なところもありますが、日本文化の基底を知る上で、貴重な書ではないかと思っています。


[ 2013/05/26 07:00 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)