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「・・・とは」「・・・人とは」を思索
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『日本の怖い数字』佐藤拓

日本の怖い数字 (PHP新書)日本の怖い数字 (PHP新書)
(2012/12/16)
佐藤 拓

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本書には、格差、無縁社会、出産、育児、学校、夫婦、震災といった日本が直面している問題に関する数字が列挙されています。

意外と思える数字、つまり怖い数字が数多く載っています。それらの意外な数字の一部を、要約して紹介させていただきます。



・「最近15年間のGDP縮小率は約10%」 実体経済を表わす名目GDPは、1997年から2011年の間に10.5%も減少。長期のデフレ状態が大きく影響している

・「日本の1人当たりGDPは世界18位」 日本はGDP世界第3位の経済大国に違いないが、これを国民の頭数で割ると18位に転落する

・「日本の国際競争力はアジア7位世界27位」 経済状態・政府の効率性・ビジネスの効率性・インフラの4分野329項目を分析をしてランキングを出したもの。その中で、特に低いのが、政府の効率性で、世界59カ国中50位

・「最近10年間で餓死した人は17881人」 原因を、食糧不足だけでなく、栄養失調、その他栄養欠乏症まで含めると、この数字になる

・「国民の6人に1人が相対的貧困状態」 国民全体の可処分所得の平均値の半分に満たない所得しか得ていない者が国民の16%。日本は、OECD加盟34ヵ国中下から6番目

・「全国で孤立死する人は1日当たり104人」 孤立死した人の発見までの平均日数は、男性で12日、女性で6.5日

・「孤立死件数のピークは、男性65~69歳、女性80~84歳」 孤立死は、生涯未婚、離婚、核家族化など単身世帯の増加が原因だが、近所の人とほとんど会話を交わさない高齢者が3割以上いることもその原因

・「引き取られない身元判明遺体は年間31,000体」 身元が判明しても、親族がいない場合や親族が遺体の受け取りを拒否する場合の数

・「2011年の行方不明者は81,643人」 東日本大震災に関連した行方不明者が5131人含まれているが、それを除いても大変な数。行方不明者が一番多いのは10歳代(23%)だが、70歳代以上も15%いる

・「体外受精で誕生する赤ちゃんは37人に1人」 いまでは夫婦6組のうち1組が不妊治療を受けた経験がある。体外受精治療回数は増加の一途をたどり、1998年に比べ、2010年はおよそ4倍になっている

・「体外受精で妊娠できる割合は38歳で18.8%」 体外受精による年齢別妊娠率は、妻が32歳までの成功率は25%を超えるが、その後、年齢が高くなるにつれ、徐々に下がっていく

・「妊娠経験のある女性のうち流産経験者は38%」 妊娠経験者のうち2回以上の連続流産(反復流産)経験者は4%なので、流産が1回なら、医学的には特異なことではない

・「10階以上に暮らす33歳以上の女性が流産する率は1~5階の女性の3倍」 居住階別年齢層別流産率によると、若いときは居住階の高さは流産率にほとんど影響しないが、年齢が上がるほど、その影響が顕著に出てくる

・「日本の幼児死亡率は主要先進国19カ国中第14位」 日本の高い幼児死亡率の原因の一つに、PICU(小児集中治療室)の整備の遅れがある。PICUを備える医療施設は、ヨーロッパ諸国に比べると、人口割合で3~4分の1という少なさ

・「精神疾患で休職した教員は1年間で5407人」 教員の精神疾患増加率は一般の1.6倍で、とても疲れている教員は一般労働者の3.2倍

・「夫が日本人で妻が外国人カップルの離婚率は74.8%」 日本人同士が約3割だから、信じられない高率。「妻が日本人で夫が外国人」カップルにしても、離婚率は52%、半分以上が離婚する

・「夫からの虐待が理由の離婚申立は1年間に26,253件」 妻が離婚したい理由のトップは、「性格が合わない」だが、二番目に「暴力を振るう」、以下「生活費を渡さない」「精神的に虐待する」「異性関係」と続く

・「配偶者暴力相談支援センターへの妻からの1年間の相談件数は81,075件」 相談件数は一直線に伸び、ここ9年で2.3倍に伸びている



どちらかと言えば、信じたくない数字、闇に葬り去りたい数字ですが、これを事実として認識しないといけないのかもしれません。

明暗、長短、表裏、陰陽と、何につけプラスマイナスがつきものです。その辺のところを考えて判断したいところです。


[ 2013/04/30 07:00 ] お金の本 | TB(0) | CM(2)

『数学受験術指南』森毅

数学受験術指南 (中公文庫)数学受験術指南 (中公文庫)
(2012/09/21)
森 毅

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森毅さんは京大教授で数学者でした。本書は1981年の著作です。タイトルだけを見れば、受験参考書のように思いますが、サブタイトルに、「一生を通じて役に立つ勉強法」とあるように、誰にでも役に立つ「人生参考書」です。

本書の中には、人生のためになる記述が数多く発見できます。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・受験勉強というものを、個性を殺して、みんな一律に同じ方法でやらねばならぬ、と考えるから、受験の悪は増幅される。それでは、ガンバリ競争しか残らない。個性で勝負するのが、よき受験勉強。そのほうが、あとでも役に立つ

・努力や根性より、技術のほうこそ、現実的かつ理性的。ここで、技術とは、要領のこと

・ズーズーしい奴がトクをするのは、ある程度事実。世間とは、そういうもの。しかし、考えようによっては、人それぞれにズーズーしくなれる。ズーズーしさとは、自分に居直れることだから

・受験科目数の少ないものを喜ぶのも妙な話。普通は、科目数が少ないほうが、完成を要求されがち。科目数が多いほど、いい加減の大雑把が通用しやすい

・いまのところ、決まったやり方で、ガンバリ競争をやっているのが大勢だから、まだまだ個性的な方法に、開発の余地がある

・精神主義というのは、技術の反対物であって、技術こそ個性的であり、そして、個性的であることによって、普遍的にもなれる

・ガンバッたりしないで、ゴマカス法というのは、案外、一生を通じて役に立つ。受験勉強だって、人生修業

・クラス全員の答案を全部コピーして、全員に配って、答案採点演習をすること。採点者の立場を理解しておけば、解答のポイントがわかる。模範答案の正解を眺めるより、友人たちの不完全答案の優劣を実際に見るほうがずっとよい

・計算練習より、計算違いを発見する訓練のほうが、受験数学としては実戦的。計算は速くて正しくなんてムリな注文で、数学者だってよく間違う。間違ったらすぐ直せばいい。このあたりが技術であって、数学者ともなると、その違和感に対する嗅覚が発達している

・量より質。もっと正確に言えば、できるだけ少量の訓練から、できるだけ良質の力を身につけること、これが技術の獲得ということ。量に頼るというのは、「勤勉」という名の知的怠惰にすぎない

・人間にとって、ヒマというのは、とても大事なこと。ヒマがあるから、自分を伸ばすことができる。ところがこのごろ、空き時間があるのを目の仇にして、ギチギチにスケジュールを詰めるのが流行している。そんなになったら、自分を伸ばす余裕がなくなる

・だいたいは、ヒトリヨガリの答案が多い。答案とは、他人である採点者に読んでもらうために表現した、一種の作文。コミュニケーションの用をなさなくてはならない。答案は採点者への手紙

・数学というのは、自分がわかるだけでなく、表現して他人にわからせねばならない。だから、「数学の表現」も数学のうちと言える

・個性というものは、人間のひとりひとりに備わったもので、その個性がありのままに出ていることが、本当の意味で個性的である。本当の自分が出せないから、没個性的になる

・「人に迷惑をかけない人間になれ」の言葉に、どうもうさんくさい感じを持ってしまう。人間というものは、迷惑をかけあいながら、他人との関係をとり結んでいくもの。迷惑をかけることを断念するというのは、関係を断ち切ることに等しい

・どんな人間だって、他人に迷惑をかけずにおれないのだから、ひっそり生きることなど目指してはいけない

・道徳というと、他人との関係ばかりを言いすぎるが、何より大事なのは、自分の心に対する道徳。何より、自分を大事にせねばならない



競争が少ないときは、直球だけで勝負することができますが、競争が激しくなると、直球のスピートをさらに高める訓練をするよりも、変化球をマスターする訓練をしたほうが、より効果的です。技術とはそういうものです。

努力、根性だけでなく、自分の個性を生かした道を探し出し、それを磨く技術の大切さは、どんな世界でも有効です。近道を見つけることは、卑怯なことではなく、自分を大きく伸ばすことにつながるのではないでしょうか。


[ 2013/04/29 07:00 ] 出世の本 | TB(0) | CM(0)

『人間にとって科学とはなにか』湯川秀樹、梅棹忠夫

J-46 人間にとって科学とはなにか (中公クラシックス)J-46 人間にとって科学とはなにか (中公クラシックス)
(2012/01/06)
湯川 秀樹:梅棹 忠夫

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本書は、湯川秀樹さんと梅棹忠夫さんの対談集です。知の巨人であった二人が今から40年~50年前に、何を考えていたのか、知ることができます。

1962年~70年に渡る4回の対談は、天才の丁々発止が書き留められており、いまだに知的興奮を覚えます。それらの中から、一部要約して、紹介させていただきます。



・情報とは、「これだ、この通りにせよ」と指定する設計図のようなもの。情報という概念は、「秩序」ということと関係がある。無秩序から混沌の状態にあるものに対して、何かの秩序を指定する、それが情報 (梅棹)

・昔から「もの」と「こころ」は対立するものとして分けていたが、そうではなく、「もの」と「こころ」の中間に、情報というものを置いて、見通すと、わかりやすくなる (湯川)

・法則は鋳型みたいなもの。自然は法則という鋳型を持っている。そして、その鋳型による再生産ができる。筆やペンで字を書くのではなく、タイプで打つようなもの。だから、同じものができてくる (湯川)

・文章が上手くても、内容が嘘だったらだめだが、文章は相当に効く。文章が上手いということは、自分が納得すると同時に他人を納得させることにかかっている (湯川)

・人間はイメージを非常によく利用する。とくに、それを図式化する。例えば、仏教でいうと曼荼羅。多くの人が、そういうイメージや図式を盛んに利用している (湯川)

・自分が眠りかけているとわかるときがある。そのとき、考えていることのきちんとした秩序が崩れて、混沌とした、なにかあらぬことを考える方向に進んでいく。一方、目が覚めているときは、適当な秩序の中に入れられるものだけに制限してしまっている (湯川)

・「教える」ということによる伝達と再生産は、宗教の価値体系性も含めて、文化と言われているものの共通の性質 (梅棹)

・孫悟空は、お釈迦さんの掌の外に出られない。これは、まさに宗教というものの性格をよく表わしている。出られないと思わなければ、宗教にならない。お釈迦さんの掌の外は、何だろうか、何があるのか、を気にするのが科学者 (湯川)

・老子は、「人間社会は、小さい国で人が少ないのがいい。隣の村が見えるくらいにあって、そこで鶏や犬が鳴くのが聞こえてくる。それでも、お互いは交流せず、勝手に暮らしている状態がいい」と言っている。これは、情報伝達をやめよという意味もある (湯川)

・科学は本質的に、自分自身に対する疑惑を持っている。だから、科学は確信体系にならない。常に疑惑をはらんでいる。そのことが、科学の、科学としてのある種の健康さを支えている (梅棹)

・生命のボルテージが、変圧器を使って、そのエネルギーを一点に凝縮して、そのボルテージを高めるということが、「生きている」ことの一つの内容 (梅棹)

・科学は、わからないことをいつでも持っている。いわば、開かれた体系。個人の精神で考えたら、開かれたままというのは、精神の強靭な状態。精神は、完結しないことには安定しない。精神は、開かれた観念体系のもとでは、常に不安に駆られる (梅棹)

・幸福と言えば、さしあたっては家庭の幸福が中心だが、つまるところ、個人の幸福というところに戻ってくる。そうなると、幸福が続く感じの持てる「くすり」という話も現実を帯びてくる (湯川)

・京都の価値観は、昔からあるものは、それだけで、すでに価値があること。何も役に立たなくても、古いというそれ自体において善である。逆に、新しいことは、それ自体悪である。価値の基準が、いつでも過去にある。それが原則になっている (梅棹)

・文化的なもののナショナリズムを否定したら、この世に生きる値打ちがなくなる。科学文明は、早い遅いはあっても、進んでいくが、それだけでは、人間が幸福になることはできない。地域的個人的特色が喪失してしまう時代に生きたくはない (湯川)

・愛国心とは、せんじつめれば文化。科学、芸術を含め、日本人のいろいろの高度な活動が、人類全体に貢献し、日本人であるという自信のよりどころであってほしい (湯川)

・秦の始皇帝が書物を焼いたことは、非常に悪いことをしたようだが、その後の学者にとっては、かえってよかった。文献読まなくても、自分で考えたらいい。基本になる情報が蓄積されておらず、わからないことがいっぱいあるのは、学問としておもしろい (湯川)



本当に難解な専門用語が多いところは、省略させていただきました。その結果、抽象的な言葉だけが、残ったように思います。

お二人の抽象概念が飛び交っているところは、かなり禅問答的でもあります。これを面白いととらえるか、無味乾燥な言葉遊びととらえるかは、個々人によって違いますが、叡智に触れてみるいい機会ではないでしょうか。


[ 2013/04/28 07:00 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『心に響く99の言葉―東洋の風韻』多川俊映

心に響く99の言葉―東洋の風韻心に響く99の言葉―東洋の風韻
(2008/06/06)
多川 俊映

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著者は、阿修羅像で有名な興福寺の貫主です。以前に「唯識十章」という本を紹介させていただきました。

本書は、週刊ダイヤモンドに「東洋の風韻」と題して、著者が2年間にわたり、連載していたものです。難しい仏教の言葉を、できるだけわかりやすく説明されています。それらの一部を、要約して紹介させていただきます。


・誰も気になるのは人目で、それで人は皆、それなりに慎んだ自分になる。しかし、人目のない時人目の届かぬ心の内は、やることが雑になり、思いは乱れる。そのことを甘くみてはいけない

・他の動向に振りまわされたら、心は乱れるし、品格も下がる。「分」とは、「他と比較しない自分」ということ

・越すに越せない心の垣根などという、そんな垣根などあるわけでもなく、わが心が作り出したもの。気がつけば越えていたという程度のもの

・「雨の日は雨を愛さう。風の日は風を好まう。晴れた日は散歩をしよう。貧しくは心に富まう」は、堀口大学の詩。こせこせ比較しないと決めたら、その瞬間から風景が違ってくる。心に富むとはそういうこと

・心の深層に植えつけられた行為の情報が、積もり積もって、パーソナリティーを形成する。やはり、行為が人をつくる

・あんなヤツ、いなきゃいいんだ、という密やかな思いは呪殺そのもの。そのドス黒い想念が、他ならぬ自分を深いところから汚す。まさに、還って本人にたどり着く

・過去一切を、私たちは背負って今日ここに在る。だから、過去を捨てることなどできない。しかし、過去を土台として、跳躍することはできる

一点の素心とは、何ものにも汚されない清々しさ。それは、人としての誇り、矜持と言い換えることもできる。そして、それを心に秘める者だけが、心温かきことに出会い、真の人になっていく

・どの道でも、極めた人・極めようと真実一途な人は、隠したり意地悪したりしない。そのように、オープンな人だけが、道を極める

・善眼でも悪眼でもない、あるがままに見る慈眼という第三の眼があることを知っておけば、いつかはそれに近づくことができる

・私たちはどうしても、他人の小過・陰私・旧悪に目が行く。そこを踏ん張って、むしろわが身をこそ振り返る。そこに徳が養われ、同時に、人の恨みも買わなくてもすむ。まさに、一石二鳥

・「衣裏の珠を看よ」とは、良寛の語。いいものは遠く離れたところにあるのではなく、もっと自己の日常を見つめて、自分の心の中にこそ、自己を大きく成長させるものが備わっているのではないか、というもの

・一遍は、「生ぜしともひとりなり。死するも独りなり。されば人と共に住するも独なり」と述べている。たとえ群れていても、独りなんだ。人間とは、そういうものなのだ。何ごとにつけ、それをもとに考えれば、本質をはずすことはない

・私たちは当面の都合だけで、関係性の有無を判断し、無いとみれば、ものの見事にバッサリと切り捨ててしまう。そうして、わが世界を自ら狭くしている。視野を遠くに投げかけて、頑なになった心をほぐしたい

・一遍は「仏も吾もなかりけり」と言う。ここにはもう、主体と客体とを区切るボーダーはない。そういうボーダーレスの世界がある。ものごとはほぼ、そうした没我の世界においてこそ、成就する

・私たちは、前生から来た旅人。永遠の過去から永い旅路の果てに、いまここに在る。永遠の過去とは、もとより生命の根源のこと。誕生も卒業も、事業の完成も定年も、そして死もまた、旅の途中の一コマ

・「大きな真実は大きな沈黙をもっている」とは、そこから先が大事なのだということ。言葉を超えた世界に遊ぶことは、人に重厚さを与える

・インドの詩聖タゴールは、「死んだ言葉の塵がお前にこびりついている、沈黙によってお前の魂を洗え」と、聞き捨てならぬことを述べている。黙すことを学ばなければならない



著者は、仏教界の中だけでなく、一流のエッセイストとして、言葉で一般大衆を率いることでも、群を抜いているように思います。

仏教の考え方を、品よく、さりげなく伝える技術は、今の仏教界において、著者の右に出るものはいないのではないでしょうか。


[ 2013/04/26 07:00 ] 神仏の本 | TB(0) | CM(0)

『子育てが終わらない・「30歳成人」時代の家族論』小島貴子、斎藤環

子育てが終わらない 「30歳成人」時代の家族論子育てが終わらない 「30歳成人」時代の家族論
(2012/06/22)
小島貴子、斎藤環 他

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本書は、対談本ですが、精神科医である斎藤環さんの考え方、見解が素晴らしく思えましたので、斎藤環さんの発言だけを採り上げました。

現代は、世界中で「晩成人」が進んでいるみたいです。そういう中で、家族はどうあるべきなのかを示唆してくれる書です。その内容の一部を要約して、紹介させていただきます。



・子育てが終わらないと、ずっと「親は親、子供は子供」という関係が固定され、延々と親が「しつけ」をする。そのしつけに子供が反発し、こじれるということが繰り返される

・日本の家庭の3大タブーは「お金」「」「」の話題だが、お金の話を避けるのは、わが子を半人前扱いにしているということ

・コミュニケーションの達人というのは、「無意味な会話をいくらでもできる人」のこと

・コミュニケーションで大事なのは、情報ではなくて、相手の身になり、情緒的に交流すること

・欲しいものや不満があったりするときに、「待てる」のが欲求不満耐性。ひきこもりの人は、欲求不満耐性が強く、我慢強い。そのかわり、コミュニケーション能力が低い

・目指すべきは「冗談が言える」、あるいは「弱音が吐ける」関係。そのために必要なのは、「くだらない話」「たわいもないおしゃべり」

・ひきこもりとかニートの子どもを抱える家庭では、親の発言が「上から目線」になりやすい。「世間の常識を教えてあげる」的な半人前扱いが、子どもは癪に障る。でも、「助けて」(弱っているから何とかしてほしい)というお願いは、子どもに受け入れられやすい

本人を肯定するには、「あいさつ」(敵意のなさの表明)、「お願い」(力をあてにする)、「誘いかけ」(一緒に行こうという声かけ)、「相談事」(知恵や能力をあてにする)、「教わる」(自尊心を満足させる)といったことが大事

・「私はこう思う」「私はこう感じた」という言い方は、相手を傷つけないし、反論を呼ぶこともない。相手を説得しよう、負かそうとするから紛糾する

人の自信は、「社会的地位」か「業績」か「人間関係のネットワーク」に支えられている

・パラサイトシングル(親と同居する未婚者)は、今や全世界的。韓国では「カンガルー」、カナダでは「ブーメラン」(出戻りの)、イタリアでは「バンボッチョーニ」(大きなおしゃぶり坊や)、フランスでは「タンギー症候群」(コメディ映画に由来)と呼ばれている

・「欲望は他人の欲望である」(ラカンの言葉)のごとく、欲望は社会から供給されてくるもの。長くひきこもっている人は、欲望がどんどん希薄になっていく

・「根拠のない自信」は強い。反対に「根拠のある自信」は、根拠が崩れたら自信も失われる。「根拠のない自信」は、自己愛を成熟させていくことで育てられる。幼児期の親子関係が良好で、親から無条件の承認を受けた経験が多いことも大事

・日本、韓国、イタリア、スペイン、アイルランドは、成人した子の両親との同居率が7割前後。同居率が高い国は、ひきこもりは多いが、ホームレス化は起きにくい。個人主義の強いフランス、イギリス、アメリカには、若いホームレスが何十万人と存在している

・日本では、戦後とくに、第三者を家に入れなくなり、家が完全に密室になってきている

・ひきこもり予防の秘策は、子どもが思春期を迎えた段階で、親がいつまで面倒を見るのかの「時間的リミット」(大学卒業まで、30歳までなど)をきちんと伝えること

27歳は、社会的自立の節目。順調に就労が進んだ場合、何とか自立の見込みがつく時期

・必要な時に必要な分だけお金を与える方式では、まともな金銭感覚が育たない。蛇口をひねると水が出てくる環境では、使った水の量を気にしなくなる。使えばなくなる、使わなければ貯まる。これが一番原始的な金銭感覚

・ペットは「関係のメンテナンス」において、非常にプラスになる存在。動物は、予測できない動きをするので、そうしたものが、よい共有体験になる

・1992年以降、学校の評価システムが大きく変わり(知識・技能よりも関心・意欲・態度が問われる)、成績が言わば「全人的評価」になった。それが適用された世界は、非常に息苦しい。この「新学力観」導入後、子どもたちが異常なほど素直になっっている



戦国時代の成人時期は、元服(15歳前後)でしたが、現代の成人時期は、どんどん遅く(25歳~30歳)なってきているのかもしれません。

高齢化社会なので、当然と言えば当然ですが、日本のさまざまな風習、文化、制度、考え方が、昔のままで、それに付いていけていないようにも感じます。本書は、その事実に、貴重な提言を与えるものではないでしょうか。


[ 2013/04/25 07:00 ] 育成の本 | TB(0) | CM(0)

『素読読本・「修身教授録」抄―姿勢を正し声を出して読む』森信三

素読読本「修身教授録」抄―姿勢を正し声を出して読む素読読本「修身教授録」抄―姿勢を正し声を出して読む
(2004/09)
森 信三

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森信三さんの本を紹介するのは、「心魂にひびく言葉」「一語千鈞」などに次いで、5冊目です。

本書は、実際に授業で使った講義録です。しかも、昭和初期、40歳ころの初期のものです。森信三さんの原点となる作品です。その中から、感銘した文を選び、一部要約して紹介させていただきます。



・この世に生まれてきたことを「辱い」(かたじけない)と思い、「元来与えられる資格もないのに与えられた」と思うに至って、初めてその意義を生かすことができる

・道徳修養とは、この人生を力強く生き抜いていけるような人間になること、その意味から「剛者の道」と言ってよい。もし、この根本の一点をとり違えて、道徳修養とは、お人好しの人間になること、と考えたら、むしろ道徳修養などない方がはるかにましと言える

・人間というものは、その人が偉くなるほど、次第に自分の愚かさに気づくと共に、他の人の真価が次第にわかってくるもの。そして、人間各自、その心の底には、一箇の「天真」を宿していることが分かってくる

・仕事の処理をもって、自分の修養の第一義だと深く自覚すること。このような自覚に立って、「本末軽重」を考え、「順序次第」を立てること。次に、真先に片付けるべき仕事に、思い切って着手し、一気呵成に仕上げること。仕上げは八十点級のつもりでいい

・対話の際の心得だが、それには、なるべく相手の人に話さすようにすること。さらには、進んで相手の話を聞こうとする態度が、対話の心がけの根本と言っていい

・一語一語は、子供たちの心の中に種子をまかれて、やがて二十年、三十年の後に開花し、結実するであろう。かくして、真の教育は、ある意味では、相手の心の中へ種子をまくことだとも言える

・気品を高めるには、独りを慎む(ただ一人いる場合にも、深く己を慎む)ことが大切

偉人の伝記は、一人の偉大な魂が、いかに自分を磨きあげ、鍛えていったかという、その足跡を最も具体的に述べたもの。だから、抽象的な理論の書物と違って、誰にも分かるし、また心の養分となる

・修養期の良寛の心構えである「良寛禅師戒語」を書き写してほしい
1.ことばの多き 1.口のはやき 1.とわずがたり 1.さしで口 1.手がら話 1.公事の話 1.公儀のさた 1.人のもの言いきらぬ中に物言う 1.ことばのたがう 1.能く心得ぬことを人に教うる 1.物言ひのきわどき 1.はなしの長き 1.こうしゃくの長き 1.ついでなき話

・たとえその人が、いかに才知才能に優れた人であっても、下坐に行じた経験を持たない人だと、どこか保証しきれない危なっかしさが付きまとう

・「わが身に振りかかってくる一切の出来事は、自分にとっては絶対必然であると共に、また実に絶対最善である」という「最善観」の立場が、人生の信念と言っていい

・人生が苦の世界と見えるのは、まだ自分の「我」に引っ掛かっているから

・人の一倍半は働いて、しかも報酬は、普通の人の二割減くらいでも満足しようという基準を打ち立てること。報酬が少なくても我慢できる人間に自分を鍛え上げていくこと

・試験は、人間の才能をそのまま示すものではないという一面のみにこだわって、試験がその人の努力と誠実さを示すものだという、より大事な一面を看過ごしてはいけない

・目の前に見える最後の目標に向かって、「にじりにじって」近寄っていく。これが「ねばり」というものの持つ独特の特色

・自分の欲するものは、全力を挙げてこれを取り入れるようにしてこそ、初めて自己は太る。批評的態度にとどまっている間は、その人がまだ真に人生の苦労をしていない何よりの証拠

・人間として最大の置土産は、何と言っても、この世を去った後に残る置土産だということを忘れてはならない。この点に心の眼が開けてこない限り、真実の生活は始まらない

・人間の人柄は、その人が、他人から呼ばれた際、「ハイ」という返事の仕方一つで、大体の見当はつく


本書は、講義録なので口語体です。声に出して読むと、より身が引き締まって、心に響いてくるものがあるように思います。

75年前の修身の本ですが、この森信三さんの置土産は、今でも堪能する価値が十分にあるのではないでしょうか。


[ 2013/04/24 07:00 ] 森信三・本 | TB(0) | CM(0)

『あなたの子供を多重債務者にしないために―「お金の教育」』横田濱夫

あなたの子供を多重債務者にしないために―親が我が子にする「お金の教育」 (角川oneテーマ21)あなたの子供を多重債務者にしないために―親が我が子にする「お金の教育」 (角川oneテーマ21)
(2001/07)
横田 濱夫

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横田濱夫さんの著書を紹介するのは、「暮らしてわかった年収100万円生活術」「お金の基礎教育」「お金が殖えて貯まる30の大法則」に次ぎ、4冊目です。

著者は、お金と人間の修羅場を見てきた元銀行員です。だから、書いていることがリアルです。そういう人が書いた「お金教育」の本は少ないように思います。本書には、学ぶべき点が数多くありました。それらを要約して紹介させていただきます。



・お金持ちの家庭ほど、物を大事にする習慣を子供の頃から教えている。だから、お金持ちになれる。節約は家計防衛の基本。これなしに蓄財などあり得ない

・ファッション、アクセサリーに始まって、子供のお受験、高級美容室、エステ、お洒落なレストランでの会食、ホームパーティーなど、主婦の見栄のはりあいには用心。ここに欠けているのは、「自分にとって何が一番大切か」の基本認識と問いかけ

・お金を商品(消費財)に換えた瞬間から、その金銭的な価値はガクンと目減りする

・重要なのは「子供が自分の力で、より多くを稼げるようにしてやること」。それが何よりの遺産相続

・子供には日頃から、「人から物をもらわない」「タダでくれると言われても近づかない」「オマケはタダではない」「いったんタダで物をもらうと、以降その人の頼みを断れなくなる」。タダの話に乗ってはいけない、ということを徹底しておくこと

・世の中、誰が儲けているのか?一方で、誰が儲けられているのか?この構図を知るだけで、人間の一生涯における損得は大きく変わってくる

・「自分が親から愛されていること」を無言で悟らせる。これに勝る愛情の伝達法はない。「親から愛されている」子は、悪い友達に引きずり込まれない。つまり、悪の道に陥る「抑止力」となる

・「お店の得は、客の損」。店に行っても、なぜ、古い商品を手前に置いて、新しい商品を奥に置くかを正直に教えること

・社会人としてのルールを守り、人に嫌われないことも重要。よい友人・知人を失うことは、財産を失うことと一緒

・お金の取り扱いに、貧乏な人ほど無神経。周りに人がいても、お構いなしに、財布を取り出し、その中身を見せる。お金持ちは、コソコソするくらい用心深く、金を取り扱う

・友達にお金を貸すと、結局は貸したほうが嫌な思いをする。取りっぱぐれた「金銭的ロス」よりも、嫌な思いをする「精神的ロス」の方が何倍も大きい。それを避けるには、「初めから貸さない」こと。借りる方も、一度断られた先には、頼みに行きにくい

・人間には「人を引っ張っていく人」と「人に引っ張られる人」の二つのタイプがいる。友達におごって、それが自らの財産となり得るのは、将来「人を引っ張っていく人

・自分の立場をみすみす弱くしてはいけない。したがって、人からおごってもらうのは、よくない。利益提供を受け、墓穴を掘った人間は、世の中にたくさんいる

お金に清い人は、一部から「カタブツ」と煙たがられるが、周囲の大多数からは「クリーンな人」と尊敬される。クリーンな人は、長い目で見れば、結局得をする

・子供の頃、きちんと小遣い管理ができなかった者は、将来「何かを買いたいときは、お金が貯まってから買う」ことができずに、給料日までに消費者金融へ駆け込む

・子供が、ある物を欲しいという時、そこには自らが中心となる「明確な理由」が存在しなければならない。「友達も持っているから」という理由は、なんら主体性がなく、他人につられているだけ

・社会に出れば、数えきれないくらいの罠が待ち受けている。そのどれもが、「契約」の形をとっており、そこには「ハンコを捺す」という行為が介在する

金にルーズな人が、どこから借金をする。その際の保証人を、やはり金にルーズな人に頼む。世の中、この繰り返し。ルーズな人間同士で、貧乏グループの連鎖の輪ができる

・親が、お金に対して、厳しいことを言うのは、「夢をつぶさせる」ためではなく、あくまで「夢を実現させる」ため。子供には、大きな夢を持ち続けてもらいたいもの。そのためには、お金に強い子に育てなければいけない



本書には、「他人と比較する」「友達におごる・借りる」「親からせびる」など、お金に関わることが発生したとき、子にどう教えるかが、的確に書かれています。

その時に大事なことは、「分相応」「足るを知る」ということかもしれません。そのことを教え込んでいたら、一生、貧乏とは無縁の生活を送ることができるのではないでしょうか。


[ 2013/04/23 07:00 ] 横田濱夫・本 | TB(0) | CM(0)

『上下のしきたり』友常貴仁

上下のしきたり上下のしきたり
(2008/11/21)
友常 貴仁

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著者は、大和古流という礼法を今に伝える二十一世当主です。本書には、日本伝統の礼儀作法を参考に、組織内での上司部下のあり方が示されています。

上下の円滑な関係を守るための「しきたり」は、日本社会において不可欠です。本書には、上下関係で参考になることが満載です。その一部を要約して、紹介させていただきます。



・成果主義と実力主義を混同してはいけない。長年にわたり、結果を地道に積み上げ、それを実績として身につけてきた「実の力」のある者からすれば、時々の成果など、一時の花でしかない。必ず朽ち果てる力であることを見抜いている

・敵であれば、裏切られることはない。初めから信じていないから裏切られようがない。だから、喧嘩にも、勝負にも裏切りはない。裏切られるのは「味方」

・善人ぶっている奴ほど、平気で裏切る。必ず、人と組むときは、「損得にこだわらない」「ウソをつかない」「定式を守る」、この三点を双方で確認し合って結ぶこと

・バカな上司を乗り越えるか、バカな部下で居座るか、それはあなた次第。権力を得るには、時と場所をわきまえる力が必要。空気を読み、「面従腹背」が出ないように、謙虚に、控え目に、自分の力を養うこと。上司以下の理解度、経験、判断力では、勝負にならない

・上司に非があり、責任をあなたになすりつけてきたとしても、我慢して謝ること。上司に非があることは、まわりのみんなは知っている

・勝負の世界では、相手の出方を見て闘う「後の先」が得。しかし、「下」に「後の先」はない。「先先の先」で闘うのみ。上の者より必ず先に動き、こまめに気働きすること

一流になるには、一流の場に身をおき、厳しい監督下で、自分を鍛え上げなければならない。中途半端な上司に育てられれば、中途半端な自分ができあがる

・たとえ百人中九十九人があなたの考えに反対しても、たった一人の「師」が、「そうだ、お前が正しい。その通りだ」と言ってくれることに価値がある。そんな「師」を探すこと

・よき師がいるからこそ、よき師が言ってくれるからこそ、反省できる。よき指導者につかなければ、自分を超えることはできない

・相槌には品性と知性が求められる。相槌は単調であってはならない。目でものを言えるようになれば、「相槌」は進化したと言える

・「上」は知っている。今、厳しく鍛えなければ使いものにならないと。「上」は「下」が、この厳しさから逃げ出すようでは、叱っても無駄な男だと判断する

・まずは、教えられたこと、指示されたことを、きっちりやること。そして、会社の収入源は何か、どこからお金が入るのか、よく見極めること。これが仕事人への初歩となる

・ペラペラ喋りすぎるのも嫌われるが、話しかける力のない者も、失礼な奴、無能な奴と思われてしまう。また、心の中にわだかまりがあると邪推されてしまう

・成り上がるなら、謙虚を覚えること。謙虚は、デキる者、成功者がたしなむ世界

・勝負の場に挑むまでに、鍛えて、勝てるだけの力を養っておかねばいけない。後の勝つか負けるかは時の運。なのに、負けを恐れ、失敗を恐れて、何もできない男は最低である

・「下」はいつまでも「下」。下の者が「上」に成り上がるには、難易度の高い戦いの場に挑み続けなければ、不利は克服できない。不利を放っておいて、有利になることはない

・「汚く金を稼いでも、きれいに使え」とは至言。きれいに稼げる道などない

・「どろどろに汚れ、血まみれになっても勝ち残れ」。戦国武将は皆、そのようにして、勝ち残ってきた。それだけに、敗者の怨霊を恐れた。日本に、これほど神社仏閣の多い理由の一つが、怨霊の鎮魂、怨霊封じのためである

・どのようなことに直面しても、持ってはいけないのが「期待」。必ず「期待」は裏切られる。なぜなら、期待は、文字通り「待ち」だから

・お金より教養。貯まった知性は、使っても使っても減らない。お金より強い財産となる

・プロの詐欺師の信用を得る技「なりきる」「キョロキョロしない」「そわそわしない」「ハキハキする」「すらすら語る」「身なりに気をつかう」「緊張感を持つ」から学べる点が多い


強く、賢く、図太く、組織の中を生き抜き、やがて上に立つには、本書のような心構えが必要なのかもしれません。

本書には、立ち居振る舞いのマナーだけではなく、組織の中で生き抜くマナーも記されています。組織の中で、出世を夢見る人が、参考にできる点が多々あるように思いました。


[ 2013/04/22 07:00 ] 出世の本 | TB(0) | CM(0)

『死ぬときに後悔すること25』大津秀一

死ぬときに後悔すること25死ぬときに後悔すること25
(2009/05)
大津 秀一

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著者は、がんの末期患者の精神的な苦痛を取り除く仕事をしている医者です。今まで、1000人にも及ぶ「最期」を見届けてこられました。

その事例から、「人は死ぬときに何を後悔するのか」をまとめたのが本書です。逆に考えれば、本書には、後悔しない人生を送るためのヒントが詰まっているのかもしれません。多くの事例から、参考になったことを、一部要約して、紹介させていただきます。



・ただ長生きすること、ただ健康であることが、人が生きる最高の「目的」ではない。長生きや健康は、自分の夢や希望をかなえる「手段」である

・日本人は真面目すぎる。見えない鎖に縛られすぎている。我慢し続けてよいことなど、これっぽっちもない。いまわの際に、自分に嘘をついて生きてきた人間は、必ず後悔する。転職したいなら、今。新しい恋に生きたいなら、今。世の中に名前を残したいなら、今

・忍従に忍従を重ねた人生は、皆から尊敬はされる。けれども、皆を惹きつけて止まないのは、「やりたい放題」の人生。自由に生きた人生は、皆から尊敬はされないが、愛される。そして、心地よい清涼感を残すもの

・夢がかなえられなかったことを後悔するのは間違い。夢を持ち続けられなかったことに後悔する

・人が人であるように生きるということは、生物のくびき(生まれ、交配し、子孫を残し、食し、寝る)から逸脱して生きること。夢や希望を抱いて生きようとするとき、人は人らしい生を手に入れる

・罪は犯すべきではない。刑罰があるとかいう理由ではなく、そのこと自体が自分を苦しめるから

・否定的感情にとらわれたまま生涯を過ごせば、残るのは後悔ばかり。冷静な心の先に、笑いを見出すことができれば、後悔は少ない

・他人に優しくしてきた人間は、死期が迫っても、自分に優しくできる。だから、真に優しい人は、死を前にして後悔が少ない

・成功体験を積み重ねた歴戦の勝者たちは、死が眼前に現れたとき、なかなか理不尽さを受け入れられない

・亡くなる一週間前頃から、多くの人に「せん妄」という混乱が生じ、時間や場所の感覚が曖昧になる。これは、ぼけたわけではなく、昔を今と取り違えてしまっている。その様子を見る度に、幼き頃の記憶が、いかに強固に心に残っているかを思い知らされる

・死期が迫ると、人は過去を振り返り、「ライフビュー」という、過去を他者に語る行為となって現れる。これは、精神的苦痛を緩和するのにも役に立つので、良い働き

・趣味の達人、長年趣味を続けてきた人たちは、最後まで、それを生かして、良い終わりを迎える。そこには、後悔はない

恋愛の記憶は、確実に最期の日々を豊饒にする。死期が迫ったときに、かつての苦しかった、あるいは楽しかった恋愛の軌跡を語ってくれた人が何人もいる

・家族関係、特に夫婦が血縁を越えた結びつきで繋がっている場合は、終末期の苦悩も大きく減じる

・大勢の子や孫たちに囲まれ、入れ替わり立ち替わり介護され、人生に幕を下ろす人は、費やした苦労がすべて帳消しになる。その死に顔は達成感で満たされており、後悔など微塵もない

・死期が迫った人に、気がかりなこと、心残りなことはあるかと問うと、「子供が結婚していないこと」と、真剣かつ深刻に言われる方がいる。そこには、一抹のさみしさが漂う

・何かを残そうとする、自分の存在を作品として表現しようとすることは、体力が衰えた状況では、それを為すのは難しい。しかし、証を残そうとすることは、己の生命を奮い立たせる。生命は朽ちても、残したものは、その先にも生きると感じたら、人の力は増す

・独自の人生観を「マイ哲学」で築いてきた人間は、死を前にしても堂々たるもの。生と死が何なのかを自分なりに掴めていれば、晴れの日も雨の日も変わらず淡々と生活することができる



本書は、良き死の迎え方というよりも、良き人生の終え方といった本かもしれません。

人生をどう自分の手で決着をつけるか、それに納得できた人は、安らかな顔で死んでいけるのではないでしょうか。死は、生まれた時点から始まっているという認識が必要なのだと思います。


[ 2013/04/21 07:00 ] 老後の本 | TB(0) | CM(0)

『心が鎮まる-荘子の言葉』

心が鎮まる荘子の言葉心が鎮まる荘子の言葉
(2011/09/22)
不明

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本書には、「心が鎮まる」言葉が、淡々と簡潔に記されています。

注意深く見ないと、読み過ごしてしまいそうな「荘子の言葉」ですが、そこに人生の術が詰まっているように思います。それらの数々を、一部要約して、紹介させていただきます。


・「至人の心を用うることは鏡の若し。将ず迎えず」
人生の境地に達した至人の心のはたらきは鏡のようである。去る者は追わず、来る者は拒まず

・「喜怒は四時に通ず」
喜怒哀楽の心の動きは四季の移ろいのように自然に従う

・「夫れ得る者は時なり、失う者は順なり」
運命の定めで生まれ、運命の定めで死ぬ

・「志の勃れを撤り、心の謬れを解き、徳の累いを去り、道の塞がりを達す」
志の迷いをはらい、心のわだかまりを解き、徳の妨げを取り去り、道の障害を除く。(これが無為自然の心をつかむうえで肝要である)

・「奈何ともすべからざるを知りて、これに安んじ命に若うは、唯有徳者のみこれを能くす」
世の中にはどうしようもないことがあると悟り、自分の置かれた境遇に安んじ、これも運命であると考える人こそ有徳の人物と言えよう

・「天の為す所を知り、人の為す所を知る者は、至れり」
自然とは何かを知り、人とは何かを知れば、人間の最高の境地に達したと言える

・「道を知る者は、必ず理に達す。理に達する者は、必ず権に明らかなり」
道をきわめた者は、必ず物事の道理に通じるようになる。道理に通じた者は、必ず柔軟な態度が備わる

・「古えの道を得たる者は、窮するも亦た楽しみ、通ずるも亦た楽しむ」
道をきわめた昔の人は逆境でも楽しみ、順境でも楽しんだ。人生の楽しみを逆境や順境に左右されなかったのである

・「此れ果たして不材の木なり。以て此くのごときの大に至る」
この木は何も使い道がない。だから、(伐られずに)ここまで高くて大きな木になれたのだ

・「大知は閑閑たり。小知は閒閒たり。大言は炎炎たり。小言は詹詹たり」
大知の者は心が広くゆったりとかまえているが、小知の者は気短でゆとりがない。偉大な言葉は燃え盛る炎のように心を揺るがすが、つまらぬ言葉はくどく後味が悪い

・「衆小に勝たざるを以て大勝を為すなり」
つまらぬものに勝たないことが、やがて大勝を得ることになる

・「天下の非誉も益損することない。是れを全徳の人と謂わんかな」
世間の評判に心が乱されることはなく、それによって自分の損得に影響が出るようなこともない。そうした人こそ完全な徳を備えた人である

・「唯だ至人のみ及ち能く世に遊びて僻せず、人に順いて己れを失わず」
道理をきわめた人は、世俗に身をゆだねながらも、自由な境地でいられることができ、どんな人にも柔軟に応じるが、自分を失うことはない

・「世俗の人、皆な人の己れに同ずるを喜びて、人の己れに異なるを悪む」
名利を追う人は、同調されることを喜び、異論には不愉快になる。同調に気をよくし、異論に反感をもつのは、人よりも抜きん出ようとの心があるからだ

・「一たび其の成形を受くれば、化せずして尽くるを待たん」
ひとたび人として生を受けたからには、無理に自分を変えることなく、自分らしく生き抜こうではないか

・「就くも入るを欲せず、和するも出ずるを欲せざれ」
(悪い評判が立っている者に)従うときは、深入りしすぎないように注意し、同調するにしても、迎合しすぎないように気をつける

・「人に施して忘れざるは、天布に非ざるなり」
人に恩恵を与えて、見返りを期待しているようでは、自然な無私の心とは言えない

・「安ら化し安ら化せず」
周囲に合わせるべき所は合わせるが、内面は変化しない(自分を失うことはない)



自然に、そして自由に生きる(あるがままに生きる)ための術を説いたのが荘子です。

あるがままに生きるためには、現実面での障壁が必ずあります。それを乗り越えてでも、あるがままを目指そうというのが、荘子だったのかもしれません。


[ 2013/04/19 07:09 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『フロー体験・喜びの現象学』M・チクセントミハイ

フロー体験 喜びの現象学 (SEKAISHISO SEMINAR)フロー体験 喜びの現象学 (SEKAISHISO SEMINAR)
(1996/08)
M. チクセントミハイ

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チクセントミハイの著書は、「フロー体験とグッドビジネス」に次ぎ、2冊目です。フローとは、没頭、三昧、恍惚のときのような、時間があっという間に過ぎる状態のことです。

このフローを体験できる境遇にいることほど幸せなことはありません。本書は、このフロー体験をあらゆる角度から解説しています。その一部を要約して紹介させていただきます。



・自分が自分の行為を統制し、自分自身の運命を支配しているという感じを経験するとき、我々の気分は高揚し、長いこと待ち望んでいた深い楽しさの感覚が生じ、記憶に残る。「最適経験」とは、このようなものを意味する

命に関わる身体的危機をくぐり抜けてきた人々は、苦役のただなかに、森の鳥の歌を聞き、困難な作業を成し遂げたとか、堅いパンの一片を分かち合うなどのできごとのなかに、豊かな至福の感情が現れたことを回想することが多い

・人はそれぞれ、死ぬまでに達成したいものについてのイメージを持っている。この目標にどれだけ近づくかが、生活の質を測る尺度になる

・社会システムは規範を受け入れさせる誘因に快楽を用いる。生涯にわたる労働や法律の順守への報酬として、約束された「良い生活」が、願望の上に築かれる

・挑戦を見つける簡単な方法は、競争状況の中に身をおくということ。ここに人やチームが戦うすべてのゲームやスポーツの大きな魅力がある。競争は、多くの面で複雑さを発達させる身近な方法である。我々の神経を緊張させ、能力を研ぎ澄ます

・楽しさは、退屈と不安の境界、その人の挑戦水準能力水準とうまく釣り合っている時に現れる

・フローの継続中は、生活の中での不快なことのすべてを忘れることができる。フローのこの特徴は、楽しい活動を行っていることへの注意を集中させ、無関係な情報が意識の中に入る余地を残さない

・数時間が数分間に感じられ、一秒に満たないことが数分間に感じられるなど、時間が普通とは異なる速さで進む。フロー体験している時間の感覚は、時計によって測られる時間の経過とほとんど関係がない

・世界のゲームは、1.「スポーツや競技のように競争を特徴とするゲーム」2.「さいころ、ビンゴなどの運だめしゲーム」3.「スカイダイビングなどの通常の感覚を錯乱させるもの」4.「ダンスや演劇など、代理の現実が創り出される活動」の4種に分類される

・読書はフロー活動。知的な課題を解くことは、古くからある楽しい活動の一つであり、哲学や近代科学の前触れ

観念の遊びは気分を極度に高揚させる。新しい科学的概念は、学者が新しい方法を創造する楽しさからエネルギーの供給を受けて生み出されるもの

・未来は、教育を受けた者だけでなく、自分の余暇を賢明に用いるよう教育された者に開かれる

・「自分自身を変革せよ。そうすれば世の中に悪者はいなくなる」(カーライル)。まず、個々人の意識が変るまで、社会変化は起こり得ない

・フローはもとより、快楽すら生活の質に直接的な利益をもたらす。人が心理的エネルギーを統制することを身につけない限り、健康や金銭、その他の物質的利益は、これらの利点を役立てる機会はなく、生活を改善しない

・通常、目標それ自体は重要ではない。重要なのは、目標が人の注意を集中させ、達成可能な楽しい活動に集中させること

・目的は努力に帰着せねばならず、意図は行為に転換せねばならない。やり始めたことを実際に達成したかどうかはさして重要でない。努力が分散されたり、浪費されたりすることなく、目標を達成されるために費やされたかどうかが問題である

・自己知は、人が錯綜した選択肢を整理する過程である。内的な葛藤は注意が競合し合う結果生じる。あまりにも多くの願望、両立しない要求が、それぞれの目標に向けて心理的エネルギーを整理しようと競い合う



フロー体験を得ようとすると、要らないものを捨て、省き、一つのことに集中しなければなりません。

それは、木の枝を剪定し、すっきり、まっすぐ幹を伸ばしてあげるようなものです。あれもこれも、なんでもかんでも、という気の散る人は、恍惚、三昧、没頭といった至高の幸福感は味わえないのかもしれません。


[ 2013/04/18 07:01 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『「不機嫌」になる心理』加藤諦三

「不機嫌」になる心理「不機嫌」になる心理
(2007/05/22)
加藤 諦三

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加藤諦三氏の著書を紹介するのは、「ずるい人に騙された時どう生きるか」「たくましい人」に次ぎ、3冊目です。

今回のテーマは、楽しく、自信をもって、自由に、幸福に生きることのできない理由を探るものです。共感できる箇所が多々ありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・依存性は支配性でもある。依存する故に、自分を保護し、世話し、慰め、賞賛し、赤ん坊のようにわがままで無責任でいられる天国を作ることを要求する

・自分はこの人生で何をしたいかわからない人は、人に気に入られることが人生の目標になってしまう

・相手のことを決めつける人というのは、逆に相手から心理的に直接影響を受ける

・自分にとって重要になってしまった人が、自分と同じように考え、自分と同じように感じないと耐えられない。他人を放っておけない人というのは、心理的に成長することに失敗してしまった人

・どちらかを選ぶということは、どちらかを諦めるということ。その諦めるということができないから迷う

・従順な人は、それはあなたの義務だと言われると、拷問のようなことでも、それを自分の義務だと感じて引き受けてしまう

・人がやってくれて当たり前、人が世話してくれて当たり前、という甘えの心理に支配されている人は、本当にいつでも不満な顔をしている。たいてい、不満を言うだけで、まず行動はしない

・自分の世界ができてくると、依存性がなくなり、人に対する要求が少なくなる。つまり、「こう思ってもらいたい」「こうしてもらいたい」という要求が少なくなるということ。人が強くなるということは、自分の世界ができるということ

・「他人から必要とされること」を必要としている人は、甘えている人である

・欲求不満耐忍度の低い人は、ほんの少しでも、自分の思うようにいかないことがあると、すぐにイライラして怒り出す。それは依存性と不安の問題。不安な人ほど欲求不満耐忍度は低い

・「たち」のいい人とは、人の好意を当たり前のことと考えない人

・誰からも、優しい善意の気持ちを理解されずに、周囲の強力性性格の人から利用され、傷つく無力性性格の人は、闘志が欠如している

・この世の中には、肉体的弱者も、経済的弱者も、心理的弱者もいる。経済的弱者を蔑視することが許されないように、心理的弱者を蔑視することも許されないこと

・劣等感の原因の一つは、視野の狭さである

・お金に守られるか、名誉に守られるか、親に守られるか。絶えず何かに守られていなければ、生きていく自信がないとき、心の底ではいつも恐れている

自己否定・他者肯定の人は、自分を頼りに生きていけない。自分を頼りに生きていけない人は、いつも不安で、いつも何かを恐れている

・自分が不幸なのは、明けても暮れても、自分のことばかり考えているからである

・自己中心的な人は、劣等感の強い人である。現実の自分を受け入れられない

・自分は例外だと思っている人は、はたから見ると、大変傲慢な人である

・支配欲が異常に強い人は、自分の挫折を認めることができない。挫折している自分を肯定するために、世の中そのものを否定する

・「ずるさ」と「弱さ」の人が出会えば、弱い人(自己否定・他者肯定の人)は泣かされっぱなしである。ずるい人(他者否定の人)のやりたい放題が行われる

・もともと不機嫌な人は、孤独に耐えられなくて、近い人にからんでいく



本書で印象的だったのは、「弱い人はずるい人に利用されている」「心理的弱者は、経済的弱者と同じく、差別されてはいけない」という点です。

心理的弱者が、心理的強者にどう対処して生きていくかの考えを持たないと、利用されてしまうだけです。その防衛策として、本書は有効なのではないでしょうか。


[ 2013/04/17 07:00 ] 加藤諦三・本 | TB(0) | CM(2)

『「権力」を握る人の法則』ジェファリー・フェファー

「権力」を握る人の法則「権力」を握る人の法則
(2011/07/21)
ジェフリー・フェファー

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権力志向の人は、とかく批判されがちですが、リーダーとは、権力を握って、影響力を与えている人のことです。成功するにも、出世するにも、先ず権力を握らなければ、どうすることもできません。きれいごとばかり言っていられない世の現実です。

では、どうすれば権力を握ることができるのか、それを詳細に記したのが本書です。興味深い点が多々ありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・富や地位や権力を手にしているだけで、その人物の評価は高まる。逆に、不運な目に遭った人に「ああいう目に遭ったのも本人に何か原因がある」と、世間は「被害者非難」を行う

・リーダーたちの多くが、トップに上り詰めるまでに経てきた抗争駆け引きには触れず、きれいごとでごまかす。彼らの講演の多くは、良心に従え、誠実であれ、謙虚に振る舞え、強引なやり口は慎め、汚い手は使うな、といった願望に基づく教えに終始する

・権力を握れば、自分で歴史を書ける。古い話は、都合よく書き換えることができる

・仕事ができるだけでは、昇進するには不十分。それどころか、能力が足を引っ張ることさえある。まずは、あなたの存在に気づかせること。次に、有利な基準で評価されるように働きかけること。そして、能力を持っていると認めさせること

・上司を気分よくさせる最善の方法は、何と言っても誉めること。誉めてくれた相手に好意を抱くのも自然の感情。好かれれば、それなりの影響力を持てる。誉め言葉には、ギブアンドテイクの法則を呼び起こし、自己高揚動機に応える意味でも効果的

・部門の相対的な力は、初任給と幹部クラスの給与水準に反映される。勢力の強い部門の初任給は他の部署よりおよそ6%高い。幹部クラスの報酬では、ドイツでは研究開発部門、日本では研究開発部門と人事部門、アメリカでは財務部門が高い

・人は、できるだけ他人に頼まずに済まそうとするが、頼みごとは、少々大胆でも案外うまくいく。なぜなら、助言や助力を求められる相手にとっては、それができると評価されたことにほかならないから。頼みごとは、相手の自尊心をくすぐり、自己肯定感を強める

・マキャベリが500年前に「君主論」で指摘したとおり、最も望ましいのは「愛され、かつ恐れられる」ことだが、片方しか選べないなら、愛されるよりも恐れられる方が、地位と権力を維持する上では、はるかに得策

・「カネの出所を追え」というのはジャーナリストの鉄則。出所がわかれば、権力構造を解明できるから

・とくに便宜を図らなくとも、単に公正礼儀正しいだけでも、人は好感を持つ。というのも、礼儀正しい人間を攻撃するのは難しいから

・たいていの人は、つまらなそうな仕事や地味な仕事に、やる気を起こさないし、興味を持たない。そういう仕事を率先して引き受け、人並み以上にうまくやってのければ、あなたにビッグチャンスが回ってきたときに、ケチをつける人がいなくなる

・自分を中心としたネットワークは、影響力を手にする上で極めて重要であり、ネットワーク作りのスキルは、是非必要なもの

ネットワーク作りで陥りやすい落とし穴の一つは、つい同じタイプの人とばかり接してしまうこと。相性のいい人やよく知っている人といれば、安心し、くつろげ、気楽であるが、それではネットワークが拡がらない。殻を破り、未開の地を開拓しなければならない

ステータスを高めるには、高い理想を掲げ、社会的地位の高い人々が関心を持つような運動やプロジェクトを組織すること。社会的地位の高い人とネットワークができていると、それが報酬に直結することがある

・アトキンソンは、説得力を強め、共感を呼ぶ方法として、「1.敵対的構図を際立たせる」「2.間をとる」「3.論点を箇条書きにする」「4.対比を使う」「5.メモを使わない」の5つをあげている。これに「人を笑わせる」ことを加えれば、さらにいい

権力の代償として、「一挙手一投足を監視される」「時間の自由を失う」「多大な時間とエネルギーをとられる」「人を信じられなくなる」「権力が中毒となる」などがあげられる

権力者が転落する原因として、「自信過剰になる」「油断する」「軽率に信頼する」「自制心を失う」「燃え尽きる」「変化に取り残される」などが考えられる


権力者=既得権益者かもしれません。権力を握った者は、他者を排斥しようとするので、権力者の仲間内に入り込もうとすれば、それ相応の礼儀やルールを守ることが必要です。その方法が、本書に描かれています。

とにかく、権力者側に入ってしまうこと。それが実行できなければ、相当な努力をしない限り、成功、地位、富を手にすることは難しい。現実を直視せよ、というのが本書の主旨ではないでしょうか。


[ 2013/04/16 07:00 ] 戦いの本 | TB(0) | CM(0)

『番頭の研究―ナンバー2・参謀とは違う日本型補佐役の条件』青野豊作

番頭の研究―ナンバー2・参謀とは違う日本型補佐役の条件番頭の研究―ナンバー2・参謀とは違う日本型補佐役の条件
(2011/03)
青野 豊作

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番頭という言葉には、多くのニュアンスが含まれています。ナンバー2、参謀役といった側面だけで、日本の番頭を表現するのは難しいように思います。

本書は、日本の番頭がどういった存在なのか、その歴史的背景から日本人の組織論までを勘案して、上手にまとめておられます。勉強になる点が多々ありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・日本の企業社会には、大きく分けて5つのタイプの補佐役がいる。「大番頭」「ご意見番」「女房役」「トップの分身(右腕型補佐役)」「懐刀」の5つのタイプ。ふつう常務以上の地位にある人たちが「番頭機能」を分担する形でトップを補佐している

・「大番頭」は、企業の屋台骨を支える大黒柱的存在。人格、識見ともにすぐれ、かつ、実務家としても並み外れた力の持ち主。他方、トップにはやや煙たく映ることもある

・「大番頭」は、トップに直接言えない泣き言や愚痴を聞いてくれるなど、駆け込み寺的な役割を果たしている。また、「大番頭」は、トップの後ろ楯を得て、二代目(後継者)の教育係の役割を果たす場合が多い

・実力派補佐役の、二番手とも言える存在が「ご意見番」。ご意見番は、トップに真正面からモノ申すという役割ゆえに、ふつうトップと同期入社で、長年の友人でもあり、かつ副社長のポストにある人が、自らすすんで、ご意見番の役を買って出るケースが多い

・「ご意見番」の、ご意見番たるところは、常に先鋭的な意見を吐くところにある。役員会議等では、役員陣がしらけることもある。だが、それをむしろ当然の反応として、他人が口にしない意見を言い続けるところに、ご意見番の本領がある

・「女房役」は、阿吽の呼吸をもって暗黙のうちにトップの考えを実践することが求められるほか、「トップの耳」として、インフォーマルな情報を集め、それらの情報をトップに正確に伝え、トップの判断・意思決定の負担を軽減することも重要任務

・「女房役」に求められているのは、トップの命令をつねに「諾」として受け取ることで、「否」という態度はタブーとされている。しかし、トップと女房役は決して主従の関係にあるのではない。あくまでパートナーの関係にある

・「トップの分身」の右腕型補佐役は、特命を受けて、ビジネスの第一線で、トップ代行として活躍する。このことから、片腕、側近あるいは旗振り役と言われる

・右腕的補佐役は、関連会社の経営再建に従事したり、一年の大半を海外をとび回ったり、トップの特命を受けて水面下で活躍したりと八面六臂の活躍ぶりの超多忙人間

・「懐刀」は、いわゆる黒子型補佐役の総称。ふつう外部にその存在を知られることなく、影の補佐役として活躍することで、その本領を発揮する。「トップの腹心」とも言われる

・「懐刀」の役割の多くは、水面下のもので、「パイプ役」「調整役」「汚れ役」「泥かぶり役」「問題解決屋」として、神経をすり減らす非公式の仕事に従事している。情報通にして人間通で、修羅場に強く、危機管理能力にすぐれていることが求められる

・企業参謀は、自分が上申したことの結果責任を負わない。その助言を採用するか否かは、トップの判断次第。企業参謀は所詮、参謀。実務家である補佐役には遠く及ばない存在

・江戸商人らは、「番頭(支配人)」の養成に最大限の力を注ぎ込んでいる。番頭を起用する際には、年功序列主義をとらず、実力・能力主義による抜擢人事を行っている。江戸商人は、重役をつくるのではなく、経営者を育てている

豊臣秀長が、秀吉の名軍師竹中半兵衛から教わったものは、「1.弟は兄と並ぶ存在であってはならない」「2.弟は無欲でなければならない」「3.弟は兄の影の存在になること」。弟が優秀で、欲深ければ、家中の統制の乱れになるということ

・補佐役には、次の三つが求められる。「1.無欲であること」「2.自己の業績・手柄を誇らぬこと」「3.自らすすんで陽の当らぬ裏方の仕事に従事すること」

・補佐役の五大要件とは、「1.すぐれた臨床家であること」「2.手ごわい人であること」「3.人間通であること」「4.バランス感覚の持ち主であること」「5.達観し、行動する人であること」

・補佐役の五大実務とは、「1.トップが働きやすい環境づくりをすること」「2.右腕として前面防衛処理の要となること」「3.トップの心の調整をすること」「4.トラブルの処理に身を挺すること」「5.二代目(後継社長)の補佐をすること」



本書を読むと、「番頭」といっても、いろいろな機能があることがわかります。会社で、役員を目指して、出世しようと考えれば、この番頭の機能のどれかを極めることが、近道になるのかもしれません。

組織に自らの人生を捧げていくことが苦でないならば、会社の中での「弱い補佐役」を見つけ、自分がその補佐役を務めてみてはいかがでしょうか。


[ 2013/04/15 07:00 ] 出世の本 | TB(0) | CM(0)

『袈裟とデザイン・栄久庵憲司の宇宙曼荼羅』栄久庵憲司

袈裟とデザイン 栄久庵憲司の宇宙曼荼羅袈裟とデザイン 栄久庵憲司の宇宙曼荼羅
(2011/03/01)
栄久庵憲司

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著者は、工業デザイナーの重鎮です。キッコーマンしょうゆ卓上瓶、秋田新幹線こまちなどのデザインを手がけてこられてきました。

その著者が、デザイン論、日本文化論、人生哲学などを語ったのが本書です。80年以上に及ぶ著者の人生がいっぱい詰まっています。参考になる点が多々ありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。


・物に対するマニアックな態度は、あくまでも「点」に固執し、「線」に流れることも、「面」へと拡がることもなく、「物」に世界の縮図を描き出す。顔面を上げることではなく、うつむき加減に一点を凝視することが、日本人の空間認識の一つの特徴

・「線」に表現される空間は、回遊式庭園において体験される。そこには、時間のファクターが入っている。風景を構成する要素は、一度に現前に展開されるのではない。歩いていくと、一寸刻みに現れてくる

・人間観には誠実さが必要。嘘をつかないことは基本的信頼感のもと。清潔感は人間の基本的姿勢。身を清潔に保つことで人間はつながり合える。謙譲で常に他より愚直と認ずること。愚直、謙譲を自ら観念することが人間同士に静かな秩序を生む

・文明に生きるのが大企業、文化に生きるのが中小企業。これが企業のあり方

・文明は手段を重んずる。一人当たり生産量、所要時間短縮、単位当たりエナジーなどの結果としての産物(ダム、水道管、トンネル、鉄道、航空機、衛星中継など)を人間に役立て、与えるのが大企業の役割。大企業はインフラに関わるところまでを手がければいい

・大企業は、電球は作っても、電燈の笠まで作ってはいけない。大企業には、地域差個性差を大切にという認識がない。作れるものは何でも作るという大企業の貪欲さが食卓や寝室にまで押し寄せる。食物や性といった文化性が必要な世界にも、大企業が介入する

・官僚は、歩道の縁石、各家の塀にいたるまで、マニュアル化して押しつける。世界に誇る地域文化を、大企業と官僚が手を組み、画一化し、個性をなくし、破壊する。かくして、日本の美しさの感覚を駄目にしたのは官僚であり、日本の風景を醜くしたのは大企業

・人に風格を与えるのが道具。道具は人の心構えをただす、その立居振舞をさえただす

・ものはみな意味が加えられて真価を持つ。贈り物にあっては、とくにそうである。無意味な贈り物ほど、贈った人を愚かに見せ、贈られた人をがっかりさせるものはない

・生には、物的な価値、財産価値がないところが、贈り物として潔い。楽しみを贈りたいとする心の純化が、生ものを贈る特異性。そして、生ものは、常にローカル・カルチャーを表現する。地域のアイデンティティーを掲げ通すのもまた、生もの

・「ゲーム」とは、真実と虚構の合間にあるかに見え、実は虚構であるところにその本質がある。それは本来、戦争として現実化しそうな人間の闘争本能を虚構化することによって知的行為の範疇に封じ込む、見事な知恵の結晶

・日本では、絶対的な制約を決めつけてしまうのを嫌い、必ず余裕を残す。状況の変化に臨機応変に対応できる仕掛けを、ものの姿かたちに仕組んでおくことを忘れない。すなわち、フレキシビリティーを、秩序の感覚の中心にすえている

・天然資源の貧しさと調和していくには、省資源・材料を切り詰め、節約する工夫をしなければならない。この「省」の精神が、日本製品に緊張感をにじみ出させている

・日本の産業は、精密な階層構造になっている。大企業の傘下に、数百、数千の下請け企業が存立している。これは、品質の向上にとって、大変重要な仕掛けである

・日本には、美の質を管理する「美の制度化」として、「家元制度」という驚くべき仕掛けがある

・待つ身、待たされる身、この二つの立場には、貧富や地位の差にかかわらず、余裕のある人とない人の差が出てくる

・新しいもののあり方に対する見解の「異見」と、生み出されたものに対する批評の「意見」は違う。意見は、それを述べることによって、他人を束縛し操る。異見は、創造の手順に対する確認の操作を生む。意見が不毛であるのに対し、異見は創造の契機を生む

・禁欲と非禁欲の、この相矛盾する感性の超克を、見事なバランスに造形したものが「幕の内弁当」。すなわち、その限られた枠取りの中に、絢爛たる貪欲の世界を入れ込む術。禁欲の枠取りに、非禁欲の多彩を入れ込もうとする相克が、魅惑にみちた結晶を作りあげる



著者は、本書で、デザインとしての日本文化の素晴らしさを再点検し、提言されています。この伝統ある日本文化を壊そうとするものに対して、厳しい批判も投げかけられています。

デザインも哲学がないと、本当の意味で人や街に溶け込むデザインを創造できないということを、著者が教えてくれているように感じました。


[ 2013/04/13 07:00 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)

『値段から世界が見える! 日本よりこんなに安い国、高い国』柳沢有紀夫

値段から世界が見える! 日本よりこんなに安い国、高い国 (朝日新書)値段から世界が見える! 日本よりこんなに安い国、高い国 (朝日新書)
(2012/11/13)
柳沢有紀夫

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本書は、世界20カ国の物やサービスの値段から、その国の事情を探っていこうとするものです。お金を通して見ると、世界の真実の姿が見えてきます。

現地に住む日本人たちの報告なので、今の世界がよく見えてきます。本書に出てくる値段は、昨秋のものなので、実際には2割前後の円安になっていますが、大筋は変わらないと思います。それらの中で、気になったところを一部要約して、紹介させていただきます。



・オーストラリアは、肥満率がアメリカと共に高い。生活習慣病は多いが、男女の平均寿命は、日本の83歳に近い82歳の長寿国。ストレスの少ない生き方が、健康と長寿の秘訣

・オーストラリアのフードコートで一番安く食べられるランチが日本食。カツ丼や天丼が560円、10貫入握り寿司が800円。ひと昔前まで高い食事の代名詞だった日本食がお手頃になったのは、日本人が努力を怠らないから。低価格は、労働者の頑張りで成立している

・オーストラリアの法定最低賃金は、アルバイト、パートでも1200円。これ以下では働かせてはいけない。この最低賃金の高さが、安いはずのファストフードの値段を高めている

・スウェーデンでは、大学まで進学しても授業料がかからないので、家計の負担にならない。多くの子供が進みたい大学のある町で一人暮らしをする。ここでの生活費(月額14万円)を支えるのが政府からの補助金

・スウェーデンでは、税金を高くしても文句を言う人が少ない領域には、思い切り課税する。20本入りタバコ570円、ビール1ℓ660円、ガソリン1ℓ180円、ストックホルム市内出入通行車1回120円~240円など

・ドイツの失業率が7%と高い原因は、東西ドイツの統一。高い失業率は、生活保護受給者の増大につながる。ドイツの受給者は450万人で、日本の倍以上。人口比では、3倍以上

・ドイツの食料品は安い。牛乳1ℓ60円、パン500g90円、ハム100g45円ビール500ml70円(生活用品消費税7%込)など、日々の生活に不可欠な食材は低価格に抑えられている

・イタリアでは、両親が子供のために家を買うケースが目立つ。都市部では、「シェアハウス」が人気で、大きなアパートに数名が暮らす。キッチン・バス共同のシングルルームで1部屋3万円から

・スペインでは、毎日の生活で食事が極めて大切にされており、1日5回も取るほど。朝ごはんの後、11時に軽食、14時にランチ、18時に軽食、21時過ぎにディナー。仕事の合間に食事をするというより、食事の合間に仕事をしているような感覚

・スペイン人は地元意識が強く、生まれた地域にずっと住み続ける。だから、結婚をして家を出ても、週末は、両親の家に集まり、大家族で食事をする習慣が生きている

・スペインは徹底したコネ社会。能力があっても、コネがないと仕事がなかなか見つからない。コネ事情やスローな時間感覚は、ビジネスにおいて困りものだが、人生を楽しむには、これくらいのいい加減さが必要。スペイン人は、不況の中でも明るい

・ベルギーでは、低価格で家政婦を雇えるシステム(普通に頼めば1時間2000円かかる家事代行サービスが、政府発行チケットを1枚実質525円で購入すれば、1時間のサービスを受けられる)が存在する。忙しい共働きの家庭にはありがたい

・韓国では、塾や習い事に、子供1人1カ月67000円以上かけている。国民1人当たり名目GDPが日本の約半分であることを考えると、どれほど多くの額かがわかる

・韓国の法定最低時給が300円。低賃金の仕事に従事する人の社会的地位も低い。したがって、仕事に責任感が伴わず、仕上がりのレベルも低い。ものづくりに未来と希望が見えないから、ますます子供たちの進路に多様性がなくなり、勉強一本に絞られる

・中国では、一つのところで、じっと耐えて修業をする習慣がない。何か覚えたと思ったとたんに独立して自分で会社を起こす。そのため、中途半端な技術しか習得しておらず、専門知識は貧弱。そして、「日本の物は品質がよい」と、誰もが日本製を買い求める

・スイスはルール厳守に重きを置く国民性のためか、スピード違反にもめっぽう厳しい。時速5キロまでのスピード違反で、3820円の罰金を取られる。街の中心地で、事故が起きやすい場所では、同じスピードオーバーで、25000円へと大幅に増額される

・アメリカで食卓に上がるのは、安価で大量の食べ物。食料自給率124%の農業大国。牛乳1ℓ63円、ビール350ml80円の他、野菜、果物、肉も安い。そのため、成人肥満率が35%



過去に行ったことがある国に絞って、紹介させていただきました。お国事情をある程度見た上で、日本の手本や反面教師となりそうな点を選びました。

お金や値段を通して見れば、さらに客観的、合理的に、その国の事情が見えてきます。参考にできることが多いように思います。


[ 2013/04/12 07:00 ] 海外の本 | TB(0) | CM(2)

『こころの旅』神谷美恵子

こころの旅こころの旅
(1974/01)
神谷 美恵子

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著者は、ハンセン病(らい病)の患者と長年向き合った精神科医として有名です。このブログで、著者が訳した「マルクス・アウレリウス自省録」を、紹介したこともあります。


著者は1979年に亡くなられましたが、その後も、ずっと版を重ねているのが本書です。人間の一生を「こころの旅」に例えて綴った名作です。その中から、感銘した箇所を一部要約して、紹介させていただきます。



・どのような個性をもって子供が生まれてきたにせよ、それをそのまま受け入れる心の姿勢が、母親にあるかどうかによって、この母子双方の将来が大きく左右される

・学ぶということは、ただのものまねとは違い、たくさんの新しい概念をとり入れ、たくさんの概念の間の新しい結びつきをつくり、それらをしっかりと記憶の中に刻み込む、という複雑な作業

・青年の心は、誇大的な自負心と極端な劣等感の間を揺れ動きながら、詩や音楽や演劇や絵画などの芸術的活動を試みる。この審美的傾向を人間が一生持ち続けるならば、「生きがい」の強敵の一つである「退屈病」から免れることができる

・青年期にまわり道をすることは、一生のこころの旅の内容にとって、必ずしも損失ではなく、それが後半生で充分生かされることが少なくない。人間は「ただではころばない

・理想を語り、夢みるのもいいが、結婚は恋愛と違い、現実との対決であり、かなり平凡な日常生活の積み重ねという厳しい面がある。自己と相手の現実に初めてナマの形でぶつかり、両者を融和させなくてはならない。愛というものが現実というテストで試される

・冒険なしの人生はありえない。人生のあらゆる曲がり角に、選択という冒険が待ち構えている。冒険を避ける人は、ただ萎縮するほかない

・生み出したものに対して、後々まで責任を負い続けることは、決して本能や惰性でできるものではなく、困難や苦労を伴うもの。こうした抵抗に打ち克ちながら生きていくときに、心は張り合いを感じ、充実を感じ、真に生きている実感を持つ

・「結婚生活というものは、たえず、破局に向かって遠心的に力が働き続けるものであり、いつでも破壊してしまう危機を常に内在している」(新田慶)

・「ものごとや人間の世話をしてきた人、他の人間を生み出したり、ものや考えをつくり出し、それに伴う勝利や失望に自らを適応させてきた人、そういう人においてのみ、これまでの実が次第に熟していく」(エリクソン)

・「成人は自分の生み出したものに対して責任をとり、これを育て、守り、維持し、そしてやがては超克せねばならない」(エリクソン)

・どのような仕事、学問、業績を生きがいにしたにせよ、すべては時とともに、その様相や意義が変わっていく。自分の後から来る世代によって、すべてが引き継がれ、乗り越えられ、変貌させられていく。しかも、その変貌の方向も「進歩」とは決まっていない

・「年をとるという現象の基礎にあるのは、周囲の生成に対する我々自身の生命の遅滞感であり、同時に無能感であり、しばしば非痛感である」(ミンコウスキイ)

・すべては、永遠の時間に合一するための歩みと感じられてくるとき、人間はどれだけの仕事を果たしたかということよりも、置かれたところに素直に存在する「ありかた」の方が重要性を帯びてくる

・知能だけが、人の存在意義を決めるものではない。知能や学歴如何にかかわらず、安らかな老いに到達した人の姿は、後から来る世代を励ます力を持っている。彼らは、穏やかな微笑みを浮かべ、愚痴も言わず、「存在のしかた」によって、周りの人々を喜ばす

・地球上の生と死は、互いに支え合う関係にある。生命の進化も、多くの生命の死の上に成り立っている。おそらく、生と死は、さらに高い次元の世界で調和しているに違いない

・体にとって空気や水や食物が必要なのと同様に、心には生きる喜びが必要であることは、一生を通じて変わらない

・人間の心の喜びとは、愛し愛されること、遊び、美しいものに接すること、学ぶこと、考えること、生み出すこと。人間には、野の花のように、素朴に天を仰いで、ただ立っているという喜びと安らぎが必要


誕生、幼年期、青年期、結婚、育児、老い、死などのライフサイクルに応じて、どう感じ、考え、学ぶかの例が、本書に盛り込まれています。

「自己と対話」する時間がとれていない人にとって、年齢に応じた「心の処方箋」を提供してくれる本書に効き目を感じるのではないでしょうか。


[ 2013/04/11 07:00 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『思考のリフォーム』難波江和英

思考のリフォーム (神戸女学院大学総文叢書)思考のリフォーム (神戸女学院大学総文叢書)
(2012/03/20)
難波江 和英

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本書には、現代思想に関する1000字エッセイが88も収められています。タイトルのごとく、古くて、こびりついた思考を改めるきっかけになる書であり、汚れてしまった思考を洗い落す洗浄剤の役目をする書かもしれません。

本書の中に、考えを改めるきっかけになりそうな箇所が数多くありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・人は「私の考え方」が、実は「私」と似た「私たちの考え方」のコピーであることに気づかない。そして、「私たちの考え方」もまた、「私たちをつくり出した時代の産物」であることに気づかない

見えている部分は、見えていない部分を犠牲にして、それと引き換えに成立している虚構(フィクション)にすぎない。哲学者のホワイトヘッドは「精密であることは、つくりものである」と語った

・私たちにとって「わからないもの」とは、「見ても見えないもの」ではなく、「見えるのに見えないもの」。こうして見落されたものは、抑え込まれ、忘れられた記憶として、思い起こす瞬間を待つ。しかし、「わかるもの」は、それに通せん坊をする

・知識は目標に向かう前進運動から生まれ、知恵は行き帰りの往復運動から生まれる

・「勉強」は学力、「学び」は生きる力。「勉強」は問題に答えること、「学び」は問題を立てること。つまり、「勉強」は理解することを目標にして、理解できないものを消去すること。「学び」は理解することを介して、理解できないものに触れ、恐れ敬うこと

・生きていくには、「考える」より「考え抜く」こと。「感じる」より「感じ入る」こと。対話の効用とは、案外、こんなところにある

・学生たちは「若者は頭が柔らかい」と信じている。つまり、「自分=若者=柔軟」という公式。しかし、実際には、こうした公式化そのものが、「頭の固さ」のあらわれ

・「キャリア」とは「道」。しかし、そのイメージには、人生を自力で構築できるものと考える西洋風の発想が見え隠れする。人が仕事をするのは、道の穴を埋めるためで、そうすれば、あとから来る人が歩きやすくなる

・「外面=仮面」、「内面=素顔」というパターン分けによって、「本当の自分」は「外面」にあるのではなく、「内面」に隠されているという現代人の思い込みが定着した。その結果、人間という存在は複雑怪奇なものでなくなり、なんともシンプルなものになった

・人間は、言葉を操っていると信じているときでも、言葉に操られている。どうやら人間は、動物を檻に入れるように、我が身を言葉の内側へ押し込みながら、その不自由さと引き換えに、社会で生きる存在になり得ている

・長生きすればするほど、住み慣れた家には流儀がしみつくし、思い出もつまる。つまり、人が離れにくく思っているものは、建物の家ではなく、その人によって「生きられた家」

・少年少女は、大人への階段を二つ上がる。一つは、自分を支えてくれたものから独立して、ひとりで生きていく「わたし」になるステップ。もう一つは、他の人たちにも、それぞれ「わたし」があることに気づき、共同生活をしていく「わたし」になるステップ

・ひらめきは「寝て待て」。ただし、「果報」が届かないというリスクもある。直感は「努力(訓練)のたまもの」。反復によって身につく

・芸術とは、日常的に見慣れたものを奇異なものとして表現する「非日常化」の方法。「鳥は生を名づけない。鳥はただ動いているだけだ。鳥は死を名づけない。鳥はただ動かなくなるだけだ」(谷川俊太郎)の詩は、鳥の生死のありのままを澄んだ眼で表現している

・修行の型に坐禅があるならば、走るとは「立禅」。マラソンの極意「10キロで足が変わる。20キロで体が変わる。30キロで心が変わる。ゴールで菩薩になる」

・後ろ向きに限界を知れば、人生に挫折を覚える。前向きに限界を知れば、人生にゆとりを生む。ただし、いずれにしても、限界を知ることには、なんらかの切なさが伴う

・自己の「安心感」より、他者への「感謝」。「居場所」とは、犬でも人間でも、相手によって生かされている喜びの別名

・過度の期待も過度の絶望もしないこと。そのためには「がんばる自分」の体軸とは別に、もう一本「いたわる自分」の体軸を想定すること。人間として壊れないよう、お大事に



本書を読むと、見慣れたものに「同化」してしまう人生、それを「異化」できる人生。この両者の差が大きいことを思い知らされます。

思考も、知恵も、芸術も、楽しみも、この「異化」を身につけることで、より深くなっていきます。日常生活の中に、どこか変なところ、何か違うと思えること、おかしさ面白さを見つけだすことが、日々の思考のリフォームになるのではないでしょうか。


[ 2013/04/10 07:01 ] 仕事の本 | TB(0) | CM(0)

『ユダヤ人大投資家の「お金と幸せ」をつかむ正しい方法』ヤコブ・ブラーク

ユダヤ人大投資家の「お金と幸せ」をつかむ正しい方法ユダヤ人大投資家の「お金と幸せ」をつかむ正しい方法
(2010/10/29)
ヤコブ・ブラーク

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著者のヤコブ・ブラーク氏は、イスラエルの実業家です。彼が設立したファンドは、イスラエル最大級に成長しているそうです。

本書は、投資の本というよりも、投資や人生で成功を収める雑学が記されている本です。参考になった箇所が多々ありました。それらの一部を要約して紹介させていただきます。



・昇給による幸福感は長続きしない。事実、アメリカ人の購買力は過去30年間で2倍以上に増えたのに、満足度に変化はない。悲しいことに、犯罪率、離婚率、アルコール依存症の発症率は、平均収入の上昇に正比例して増大している

・日々の暮らしの質を高めるためには、少額ずつのお金を使うこと。何であれ、多額の出費は避けること。それによる満足感がどんなに大きくても、決して長続きしない

・より多くの物を買うためではなく、自分が働く時間を減らすためにお金を使うこと。そして、社交のための時間をつくること

・私たちが自分と比べているのは、わずか150人ほどの人々にすぎない。150人は、私たちが、感情および頭脳で結びつきを持てる人数の限界

・オリンピックのメダリストが、20年たったとき、銅メダリストは銀メダリストより幸せだった。銀メダリストは、自分がなれたかもしれない金メダリストと自分を比較していたのに対し、銅メダリストは、全くメダルをとれなかった選手たちと自分を比較していた

・成功した企業家は、若いころの傷をビジネスの成功で癒そうとしていた。成功が自分の心の痛みを和らげてくれると無意識に信じている

・選択肢にランク付けをすると、情報の共有が促進される

・成功がすべてという世界で謙虚さを保つには、とてつもなく強固な精神力が必要

長子は現状を維持するのが最も快適だと感じ、組織の枠組みの中で最もよい働きをする。末子は対人関係のスキルが高いため、圧倒的にサービス関係の職業に従事する傾向が強い

・信用の高さは、対人信頼レベルが高い国々では報われる(信用の高い市民と実業家がより多く存在しているから)。しかし、対人信頼レベルが低い国々では報われることはない

・他人の成功は、嫉妬や敵意さえ呼び起こす。進化の観点から言うと、この二つの感情には、「人をより熱心に働かせ、生産性を向上させる」という極めて重要な目的がある

過度の情報は、それが大きな変動の時期に関連しているときには、有害なものとなる

・人間は低い確率を過大評価し、高い確率を過小評価しがち。保険契約者は、わずかな可能性に備えて、それに見合わない金額で、心の平穏を買う。女性は特にその傾向が強い

・私たちの脳は、最も近い過去に目にした数を、何かにつながりがあるかのように考えてしまう(高すぎる低すぎるにつかまってしまう)

・比較的成長率の低い市場が最も高い利回りを生む。その原因は、成長市場の投資家が、成長の見込みがすでに価格に折り込まれている株に割高な支払をしてしまっているから

・投資の世界では、行動を起こそうとする傾向が有害な結果をもたらす。「男たちのあらゆる苦難は、静かな部屋にひとりで座っていられないことから始まる」(哲学者パスカル)

・人間にとって、後悔は損失よりもはるかにつらい。事前に予想できたはずと思うと、その失敗はとりわけつらくなる。金銭的損失は、後悔の恐れに対して支払われる代償

・株式市場では、長期投資が成果をあげるという結論が出ているにもかかわらず、ニューヨーク証券取引所で株式が保持される平均期間は9カ月以下に落ちている。理由の一つは、情報の手に入れやすさであり、そのせいで投資家は自信過剰になって頻繁に動きすぎる

・人は、自分の意見を71%も信じて、アドバイザーやコンサルタントの意見は29%しか信じない。これを五分五分にできれば、意思決定能力は向上する

資産配分がファンドの運用成績の80%を決定しており、銘柄の選定や売買のタイミングはさほど重要ではない

・経済的格差の拡大した集団では、平均値に欠陥があり、中央値が重要になっている



著者は、動かないで我慢し続けること、情報よりも感情のコントロール(浮かれない、冷静になる)の方が重要であると述べられています。

投資の本というよりも、心を鍛練する本といったほうがいいかもしれません。つまり、投資も人間力も同じで、むしろ人間力が投資に勝つポイントであるということではないでしょうか。


[ 2013/04/09 07:03 ] ユダヤ本 | TB(0) | CM(0)

『「ここ一番」に強くなれ!』三田紀房

「ここ一番」に強くなれ!「ここ一番」に強くなれ!
(2009/02/19)
三田 紀房

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ドラゴン桜の著者である三田紀房さんの本を紹介するのは、「東大合格をつかむ言葉161」に次いで、2冊目です。

本書は、受験生に向けたものではなく、社会人に向けて書かれたものです。甘ったれた根性を叩き直すための書かもしれません。現実に目覚める言葉が、数多く出てきます。それらの一部を紹介させていただきます。


・人が失敗するとき、その9割は「本番力の欠如」が原因。本番力とは、「いつか実現したい夢をかなえる魔法の力」などではなく、ただただ「目の前の問題を解決する力」のこと

・努力という言葉を語るのが許されるのは、勝者だけ。努力そのものに価値はない

・努力という言葉は美しい。そのため人は、往々にして努力の罠にはまる。努力すること自体に価値を見出す。さらに厄介なことに、努力が目的化すると、「無駄な努力」に、膨大な時間と労力を費やすようになる

・実力とは、「発揮されたもの」のみをカウントするべき。「発揮された実力」の評価には主観が入る余地はない。数字によって、客観的で公正な評価が下される

・大切なのは自己ベストではない。相対的な「てっぺん」に立つこと

・三流プレイヤーが効率化を図っても、屁の役にも立たない。効率化とは、「選択と集中」のこと。効率化で生まれた余剰時間を「本務」に注ぎ込んでこそ、効率化の意味が生まれる。効率化とは、仕事が好きでたまらないエリートが、仕事をもっと極めるための方策

・「努力の天才」とは「練習の天才」のこと。練習だから、監督がいないからといって、だらだらしているヤツなど、本番で活躍できるはずがない

・技術だけで勝負しようとしても、よほど天才的な名工でない限り、交換要員はいくらでもいる。客とのコミュニケーション力がなければ、いくら高い技術を持っていても、その技術を発揮する場が与えられない

・バカな上司とつるんでいても、ロクなことにはならない。20代や30代の社員には、「上司を選ぶ目」が必要になる。上司を選ぶ基準は、彼の「外」。つまり、有力なクライアントをどれだけたくさん抱えているかが問題

・能力もないのに一匹狼を気取らないこと。他人を利用できない人間は、他人からも利用されない

・半年・一年で取れる資格で、人生が変わると思ったら大間違い。半年・一年で取れる資格には、半年・一年レベルの効果しかない

・「好かれる」のは、しょせん相手の気持ち一つで、不確かなもの。だから、好かれようとする努力は実を結びにくい。一方、嫌われないようにする努力は、実を結びやすい。最低限の礼節を守り、発言に注意し、誠実に約束を守っていれば、嫌われることはない

・時間さえ、まともにコントロールできない人間に、その他の仕事やお金のことをコントロールする能力があるはずがない

・時間とは「火がついた導火線」。今この瞬間も少しずつ、確実に失われていく

・人は「物事には限りがある」とわかったとき、初めて戦略的になれる。時間がない、お金がない、人が足りない、武器が足りない、からこそ、戦略が生まれる

・自分をルールで縛れば縛るほど、本当の自由を手にすることができるようになる

・本当のプロは、ちゃんと「お客としての自分」をキープしている。お客の立場になり、中途半端なプロを気取らず、うまい具合に「公私混同」ができている

・出世のメリットは、給料が上がることではない。「自分の裁量でやれることが増える」ということ。つまり、会社という「公」の場に、「私有地」を持てることが、出世の本質

・歩くスピードは「普通」でいい。問題は、スピードではなく「ベクトル」だ

・リスクの指標となるのが「占有率」。人、お金、時間などで、なるべく特定の「占有率」を引き下げる努力をしたほうがうまくいく。すべては「占有率」を基準に考えていくべき

・「ウソはつくな、ハッタリをかませ!」。事実を書き換えるのはウソ、事実の解釈を変えるのはハッタリ。ハッタリをかませば、その場の空気を支配し、相手を威圧できる



著者の、容赦ない言葉の洗礼は、甘っちょろい人間を覚醒させるに最適です。

本来、親が、先生が、上司が、このような厳しい言葉を発するべきなのですが、いつの間にか、世の中が、甘っちょろくなってしまいました。本書のような言葉を発してくれる存在が必要なのかもしれません。


[ 2013/04/08 07:02 ] 出世の本 | TB(0) | CM(2)