とは学

「・・・とは」の哲学

『日本の怖い数字』佐藤拓

日本の怖い数字 (PHP新書)日本の怖い数字 (PHP新書)
(2012/12/16)
佐藤 拓

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本書には、格差、無縁社会、出産、育児、学校、夫婦、震災といった日本が直面している問題に関する数字が列挙されています。

意外と思える数字、つまり怖い数字が数多く載っています。それらの意外な数字の一部を、要約して紹介させていただきます。



・「最近15年間のGDP縮小率は約10%」 実体経済を表わす名目GDPは、1997年から2011年の間に10.5%も減少。長期のデフレ状態が大きく影響している

・「日本の1人当たりGDPは世界18位」 日本はGDP世界第3位の経済大国に違いないが、これを国民の頭数で割ると18位に転落する

・「日本の国際競争力はアジア7位世界27位」 経済状態・政府の効率性・ビジネスの効率性・インフラの4分野329項目を分析をしてランキングを出したもの。その中で、特に低いのが、政府の効率性で、世界59カ国中50位

・「最近10年間で餓死した人は17881人」 原因を、食糧不足だけでなく、栄養失調、その他栄養欠乏症まで含めると、この数字になる

・「国民の6人に1人が相対的貧困状態」 国民全体の可処分所得の平均値の半分に満たない所得しか得ていない者が国民の16%。日本は、OECD加盟34ヵ国中下から6番目

・「全国で孤立死する人は1日当たり104人」 孤立死した人の発見までの平均日数は、男性で12日、女性で6.5日

・「孤立死件数のピークは、男性65~69歳、女性80~84歳」 孤立死は、生涯未婚、離婚、核家族化など単身世帯の増加が原因だが、近所の人とほとんど会話を交わさない高齢者が3割以上いることもその原因

・「引き取られない身元判明遺体は年間31,000体」 身元が判明しても、親族がいない場合や親族が遺体の受け取りを拒否する場合の数

・「2011年の行方不明者は81,643人」 東日本大震災に関連した行方不明者が5131人含まれているが、それを除いても大変な数。行方不明者が一番多いのは10歳代(23%)だが、70歳代以上も15%いる

・「体外受精で誕生する赤ちゃんは37人に1人」 いまでは夫婦6組のうち1組が不妊治療を受けた経験がある。体外受精治療回数は増加の一途をたどり、1998年に比べ、2010年はおよそ4倍になっている

・「体外受精で妊娠できる割合は38歳で18.8%」 体外受精による年齢別妊娠率は、妻が32歳までの成功率は25%を超えるが、その後、年齢が高くなるにつれ、徐々に下がっていく

・「妊娠経験のある女性のうち流産経験者は38%」 妊娠経験者のうち2回以上の連続流産(反復流産)経験者は4%なので、流産が1回なら、医学的には特異なことではない

・「10階以上に暮らす33歳以上の女性が流産する率は1~5階の女性の3倍」 居住階別年齢層別流産率によると、若いときは居住階の高さは流産率にほとんど影響しないが、年齢が上がるほど、その影響が顕著に出てくる

・「日本の幼児死亡率は主要先進国19カ国中第14位」 日本の高い幼児死亡率の原因の一つに、PICU(小児集中治療室)の整備の遅れがある。PICUを備える医療施設は、ヨーロッパ諸国に比べると、人口割合で3~4分の1という少なさ

・「精神疾患で休職した教員は1年間で5407人」 教員の精神疾患増加率は一般の1.6倍で、とても疲れている教員は一般労働者の3.2倍

・「夫が日本人で妻が外国人カップルの離婚率は74.8%」 日本人同士が約3割だから、信じられない高率。「妻が日本人で夫が外国人」カップルにしても、離婚率は52%、半分以上が離婚する

・「夫からの虐待が理由の離婚申立は1年間に26,253件」 妻が離婚したい理由のトップは、「性格が合わない」だが、二番目に「暴力を振るう」、以下「生活費を渡さない」「精神的に虐待する」「異性関係」と続く

・「配偶者暴力相談支援センターへの妻からの1年間の相談件数は81,075件」 相談件数は一直線に伸び、ここ9年で2.3倍に伸びている



どちらかと言えば、信じたくない数字、闇に葬り去りたい数字ですが、これを事実として認識しないといけないのかもしれません。

明暗、長短、表裏、陰陽と、何につけプラスマイナスがつきものです。その辺のところを考えて判断したいところです。


[ 2013/04/30 07:00 ] お金の本 | TB(0) | CM(2)

『数学受験術指南』森毅

数学受験術指南 (中公文庫)数学受験術指南 (中公文庫)
(2012/09/21)
森 毅

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森毅さんは京大教授で数学者でした。本書は1981年の著作です。タイトルだけを見れば、受験参考書のように思いますが、サブタイトルに、「一生を通じて役に立つ勉強法」とあるように、誰にでも役に立つ「人生参考書」です。

本書の中には、人生のためになる記述が数多く発見できます。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・受験勉強というものを、個性を殺して、みんな一律に同じ方法でやらねばならぬ、と考えるから、受験の悪は増幅される。それでは、ガンバリ競争しか残らない。個性で勝負するのが、よき受験勉強。そのほうが、あとでも役に立つ

・努力や根性より、技術のほうこそ、現実的かつ理性的。ここで、技術とは、要領のこと

・ズーズーしい奴がトクをするのは、ある程度事実。世間とは、そういうもの。しかし、考えようによっては、人それぞれにズーズーしくなれる。ズーズーしさとは、自分に居直れることだから

・受験科目数の少ないものを喜ぶのも妙な話。普通は、科目数が少ないほうが、完成を要求されがち。科目数が多いほど、いい加減の大雑把が通用しやすい

・いまのところ、決まったやり方で、ガンバリ競争をやっているのが大勢だから、まだまだ個性的な方法に、開発の余地がある

・精神主義というのは、技術の反対物であって、技術こそ個性的であり、そして、個性的であることによって、普遍的にもなれる

・ガンバッたりしないで、ゴマカス法というのは、案外、一生を通じて役に立つ。受験勉強だって、人生修業

・クラス全員の答案を全部コピーして、全員に配って、答案採点演習をすること。採点者の立場を理解しておけば、解答のポイントがわかる。模範答案の正解を眺めるより、友人たちの不完全答案の優劣を実際に見るほうがずっとよい

・計算練習より、計算違いを発見する訓練のほうが、受験数学としては実戦的。計算は速くて正しくなんてムリな注文で、数学者だってよく間違う。間違ったらすぐ直せばいい。このあたりが技術であって、数学者ともなると、その違和感に対する嗅覚が発達している

・量より質。もっと正確に言えば、できるだけ少量の訓練から、できるだけ良質の力を身につけること、これが技術の獲得ということ。量に頼るというのは、「勤勉」という名の知的怠惰にすぎない

・人間にとって、ヒマというのは、とても大事なこと。ヒマがあるから、自分を伸ばすことができる。ところがこのごろ、空き時間があるのを目の仇にして、ギチギチにスケジュールを詰めるのが流行している。そんなになったら、自分を伸ばす余裕がなくなる

・だいたいは、ヒトリヨガリの答案が多い。答案とは、他人である採点者に読んでもらうために表現した、一種の作文。コミュニケーションの用をなさなくてはならない。答案は採点者への手紙

・数学というのは、自分がわかるだけでなく、表現して他人にわからせねばならない。だから、「数学の表現」も数学のうちと言える

・個性というものは、人間のひとりひとりに備わったもので、その個性がありのままに出ていることが、本当の意味で個性的である。本当の自分が出せないから、没個性的になる

・「人に迷惑をかけない人間になれ」の言葉に、どうもうさんくさい感じを持ってしまう。人間というものは、迷惑をかけあいながら、他人との関係をとり結んでいくもの。迷惑をかけることを断念するというのは、関係を断ち切ることに等しい

・どんな人間だって、他人に迷惑をかけずにおれないのだから、ひっそり生きることなど目指してはいけない

・道徳というと、他人との関係ばかりを言いすぎるが、何より大事なのは、自分の心に対する道徳。何より、自分を大事にせねばならない



競争が少ないときは、直球だけで勝負することができますが、競争が激しくなると、直球のスピートをさらに高める訓練をするよりも、変化球をマスターする訓練をしたほうが、より効果的です。技術とはそういうものです。

努力、根性だけでなく、自分の個性を生かした道を探し出し、それを磨く技術の大切さは、どんな世界でも有効です。近道を見つけることは、卑怯なことではなく、自分を大きく伸ばすことにつながるのではないでしょうか。


[ 2013/04/29 07:00 ] 出世の本 | TB(0) | CM(0)

『人間にとって科学とはなにか』湯川秀樹、梅棹忠夫

J-46 人間にとって科学とはなにか (中公クラシックス)J-46 人間にとって科学とはなにか (中公クラシックス)
(2012/01/06)
湯川 秀樹:梅棹 忠夫

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本書は、湯川秀樹さんと梅棹忠夫さんの対談集です。知の巨人であった二人が今から40年~50年前に、何を考えていたのか、知ることができます。

1962年~70年に渡る4回の対談は、天才の丁々発止が書き留められており、いまだに知的興奮を覚えます。それらの中から、一部要約して、紹介させていただきます。



・情報とは、「これだ、この通りにせよ」と指定する設計図のようなもの。情報という概念は、「秩序」ということと関係がある。無秩序から混沌の状態にあるものに対して、何かの秩序を指定する、それが情報 (梅棹)

・昔から「もの」と「こころ」は対立するものとして分けていたが、そうではなく、「もの」と「こころ」の中間に、情報というものを置いて、見通すと、わかりやすくなる (湯川)

・法則は鋳型みたいなもの。自然は法則という鋳型を持っている。そして、その鋳型による再生産ができる。筆やペンで字を書くのではなく、タイプで打つようなもの。だから、同じものができてくる (湯川)

・文章が上手くても、内容が嘘だったらだめだが、文章は相当に効く。文章が上手いということは、自分が納得すると同時に他人を納得させることにかかっている (湯川)

・人間はイメージを非常によく利用する。とくに、それを図式化する。例えば、仏教でいうと曼荼羅。多くの人が、そういうイメージや図式を盛んに利用している (湯川)

・自分が眠りかけているとわかるときがある。そのとき、考えていることのきちんとした秩序が崩れて、混沌とした、なにかあらぬことを考える方向に進んでいく。一方、目が覚めているときは、適当な秩序の中に入れられるものだけに制限してしまっている (湯川)

・「教える」ということによる伝達と再生産は、宗教の価値体系性も含めて、文化と言われているものの共通の性質 (梅棹)

・孫悟空は、お釈迦さんの掌の外に出られない。これは、まさに宗教というものの性格をよく表わしている。出られないと思わなければ、宗教にならない。お釈迦さんの掌の外は、何だろうか、何があるのか、を気にするのが科学者 (湯川)

・老子は、「人間社会は、小さい国で人が少ないのがいい。隣の村が見えるくらいにあって、そこで鶏や犬が鳴くのが聞こえてくる。それでも、お互いは交流せず、勝手に暮らしている状態がいい」と言っている。これは、情報伝達をやめよという意味もある (湯川)

・科学は本質的に、自分自身に対する疑惑を持っている。だから、科学は確信体系にならない。常に疑惑をはらんでいる。そのことが、科学の、科学としてのある種の健康さを支えている (梅棹)

・生命のボルテージが、変圧器を使って、そのエネルギーを一点に凝縮して、そのボルテージを高めるということが、「生きている」ことの一つの内容 (梅棹)

・科学は、わからないことをいつでも持っている。いわば、開かれた体系。個人の精神で考えたら、開かれたままというのは、精神の強靭な状態。精神は、完結しないことには安定しない。精神は、開かれた観念体系のもとでは、常に不安に駆られる (梅棹)

・幸福と言えば、さしあたっては家庭の幸福が中心だが、つまるところ、個人の幸福というところに戻ってくる。そうなると、幸福が続く感じの持てる「くすり」という話も現実を帯びてくる (湯川)

・京都の価値観は、昔からあるものは、それだけで、すでに価値があること。何も役に立たなくても、古いというそれ自体において善である。逆に、新しいことは、それ自体悪である。価値の基準が、いつでも過去にある。それが原則になっている (梅棹)

・文化的なもののナショナリズムを否定したら、この世に生きる値打ちがなくなる。科学文明は、早い遅いはあっても、進んでいくが、それだけでは、人間が幸福になることはできない。地域的個人的特色が喪失してしまう時代に生きたくはない (湯川)

・愛国心とは、せんじつめれば文化。科学、芸術を含め、日本人のいろいろの高度な活動が、人類全体に貢献し、日本人であるという自信のよりどころであってほしい (湯川)

・秦の始皇帝が書物を焼いたことは、非常に悪いことをしたようだが、その後の学者にとっては、かえってよかった。文献読まなくても、自分で考えたらいい。基本になる情報が蓄積されておらず、わからないことがいっぱいあるのは、学問としておもしろい (湯川)



本当に難解な専門用語が多いところは、省略させていただきました。その結果、抽象的な言葉だけが、残ったように思います。

お二人の抽象概念が飛び交っているところは、かなり禅問答的でもあります。これを面白いととらえるか、無味乾燥な言葉遊びととらえるかは、個々人によって違いますが、叡智に触れてみるいい機会ではないでしょうか。


[ 2013/04/28 07:00 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『心に響く99の言葉―東洋の風韻』多川俊映

心に響く99の言葉―東洋の風韻心に響く99の言葉―東洋の風韻
(2008/06/06)
多川 俊映

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著者は、阿修羅像で有名な興福寺の貫主です。以前に「唯識十章」という本を紹介させていただきました。

本書は、週刊ダイヤモンドに「東洋の風韻」と題して、著者が2年間にわたり、連載していたものです。難しい仏教の言葉を、できるだけわかりやすく説明されています。それらの一部を、要約して紹介させていただきます。


・誰も気になるのは人目で、それで人は皆、それなりに慎んだ自分になる。しかし、人目のない時人目の届かぬ心の内は、やることが雑になり、思いは乱れる。そのことを甘くみてはいけない

・他の動向に振りまわされたら、心は乱れるし、品格も下がる。「分」とは、「他と比較しない自分」ということ

・越すに越せない心の垣根などという、そんな垣根などあるわけでもなく、わが心が作り出したもの。気がつけば越えていたという程度のもの

・「雨の日は雨を愛さう。風の日は風を好まう。晴れた日は散歩をしよう。貧しくは心に富まう」は、堀口大学の詩。こせこせ比較しないと決めたら、その瞬間から風景が違ってくる。心に富むとはそういうこと

・心の深層に植えつけられた行為の情報が、積もり積もって、パーソナリティーを形成する。やはり、行為が人をつくる

・あんなヤツ、いなきゃいいんだ、という密やかな思いは呪殺そのもの。そのドス黒い想念が、他ならぬ自分を深いところから汚す。まさに、還って本人にたどり着く

・過去一切を、私たちは背負って今日ここに在る。だから、過去を捨てることなどできない。しかし、過去を土台として、跳躍することはできる

一点の素心とは、何ものにも汚されない清々しさ。それは、人としての誇り、矜持と言い換えることもできる。そして、それを心に秘める者だけが、心温かきことに出会い、真の人になっていく

・どの道でも、極めた人・極めようと真実一途な人は、隠したり意地悪したりしない。そのように、オープンな人だけが、道を極める

・善眼でも悪眼でもない、あるがままに見る慈眼という第三の眼があることを知っておけば、いつかはそれに近づくことができる

・私たちはどうしても、他人の小過・陰私・旧悪に目が行く。そこを踏ん張って、むしろわが身をこそ振り返る。そこに徳が養われ、同時に、人の恨みも買わなくてもすむ。まさに、一石二鳥

・「衣裏の珠を看よ」とは、良寛の語。いいものは遠く離れたところにあるのではなく、もっと自己の日常を見つめて、自分の心の中にこそ、自己を大きく成長させるものが備わっているのではないか、というもの

・一遍は、「生ぜしともひとりなり。死するも独りなり。されば人と共に住するも独なり」と述べている。たとえ群れていても、独りなんだ。人間とは、そういうものなのだ。何ごとにつけ、それをもとに考えれば、本質をはずすことはない

・私たちは当面の都合だけで、関係性の有無を判断し、無いとみれば、ものの見事にバッサリと切り捨ててしまう。そうして、わが世界を自ら狭くしている。視野を遠くに投げかけて、頑なになった心をほぐしたい

・一遍は「仏も吾もなかりけり」と言う。ここにはもう、主体と客体とを区切るボーダーはない。そういうボーダーレスの世界がある。ものごとはほぼ、そうした没我の世界においてこそ、成就する

・私たちは、前生から来た旅人。永遠の過去から永い旅路の果てに、いまここに在る。永遠の過去とは、もとより生命の根源のこと。誕生も卒業も、事業の完成も定年も、そして死もまた、旅の途中の一コマ

・「大きな真実は大きな沈黙をもっている」とは、そこから先が大事なのだということ。言葉を超えた世界に遊ぶことは、人に重厚さを与える

・インドの詩聖タゴールは、「死んだ言葉の塵がお前にこびりついている、沈黙によってお前の魂を洗え」と、聞き捨てならぬことを述べている。黙すことを学ばなければならない



著者は、仏教界の中だけでなく、一流のエッセイストとして、言葉で一般大衆を率いることでも、群を抜いているように思います。

仏教の考え方を、品よく、さりげなく伝える技術は、今の仏教界において、著者の右に出るものはいないのではないでしょうか。


[ 2013/04/26 07:00 ] 神仏の本 | TB(0) | CM(0)

『子育てが終わらない・「30歳成人」時代の家族論』小島貴子、斎藤環

子育てが終わらない 「30歳成人」時代の家族論子育てが終わらない 「30歳成人」時代の家族論
(2012/06/22)
小島貴子、斎藤環 他

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本書は、対談本ですが、精神科医である斎藤環さんの考え方、見解が素晴らしく思えましたので、斎藤環さんの発言だけを採り上げました。

現代は、世界中で「晩成人」が進んでいるみたいです。そういう中で、家族はどうあるべきなのかを示唆してくれる書です。その内容の一部を要約して、紹介させていただきます。



・子育てが終わらないと、ずっと「親は親、子供は子供」という関係が固定され、延々と親が「しつけ」をする。そのしつけに子供が反発し、こじれるということが繰り返される

・日本の家庭の3大タブーは「お金」「」「」の話題だが、お金の話を避けるのは、わが子を半人前扱いにしているということ

・コミュニケーションの達人というのは、「無意味な会話をいくらでもできる人」のこと

・コミュニケーションで大事なのは、情報ではなくて、相手の身になり、情緒的に交流すること

・欲しいものや不満があったりするときに、「待てる」のが欲求不満耐性。ひきこもりの人は、欲求不満耐性が強く、我慢強い。そのかわり、コミュニケーション能力が低い

・目指すべきは「冗談が言える」、あるいは「弱音が吐ける」関係。そのために必要なのは、「くだらない話」「たわいもないおしゃべり」

・ひきこもりとかニートの子どもを抱える家庭では、親の発言が「上から目線」になりやすい。「世間の常識を教えてあげる」的な半人前扱いが、子どもは癪に障る。でも、「助けて」(弱っているから何とかしてほしい)というお願いは、子どもに受け入れられやすい

本人を肯定するには、「あいさつ」(敵意のなさの表明)、「お願い」(力をあてにする)、「誘いかけ」(一緒に行こうという声かけ)、「相談事」(知恵や能力をあてにする)、「教わる」(自尊心を満足させる)といったことが大事

・「私はこう思う」「私はこう感じた」という言い方は、相手を傷つけないし、反論を呼ぶこともない。相手を説得しよう、負かそうとするから紛糾する

人の自信は、「社会的地位」か「業績」か「人間関係のネットワーク」に支えられている

・パラサイトシングル(親と同居する未婚者)は、今や全世界的。韓国では「カンガルー」、カナダでは「ブーメラン」(出戻りの)、イタリアでは「バンボッチョーニ」(大きなおしゃぶり坊や)、フランスでは「タンギー症候群」(コメディ映画に由来)と呼ばれている

・「欲望は他人の欲望である」(ラカンの言葉)のごとく、欲望は社会から供給されてくるもの。長くひきこもっている人は、欲望がどんどん希薄になっていく

・「根拠のない自信」は強い。反対に「根拠のある自信」は、根拠が崩れたら自信も失われる。「根拠のない自信」は、自己愛を成熟させていくことで育てられる。幼児期の親子関係が良好で、親から無条件の承認を受けた経験が多いことも大事

・日本、韓国、イタリア、スペイン、アイルランドは、成人した子の両親との同居率が7割前後。同居率が高い国は、ひきこもりは多いが、ホームレス化は起きにくい。個人主義の強いフランス、イギリス、アメリカには、若いホームレスが何十万人と存在している

・日本では、戦後とくに、第三者を家に入れなくなり、家が完全に密室になってきている

・ひきこもり予防の秘策は、子どもが思春期を迎えた段階で、親がいつまで面倒を見るのかの「時間的リミット」(大学卒業まで、30歳までなど)をきちんと伝えること

27歳は、社会的自立の節目。順調に就労が進んだ場合、何とか自立の見込みがつく時期

・必要な時に必要な分だけお金を与える方式では、まともな金銭感覚が育たない。蛇口をひねると水が出てくる環境では、使った水の量を気にしなくなる。使えばなくなる、使わなければ貯まる。これが一番原始的な金銭感覚

・ペットは「関係のメンテナンス」において、非常にプラスになる存在。動物は、予測できない動きをするので、そうしたものが、よい共有体験になる

・1992年以降、学校の評価システムが大きく変わり(知識・技能よりも関心・意欲・態度が問われる)、成績が言わば「全人的評価」になった。それが適用された世界は、非常に息苦しい。この「新学力観」導入後、子どもたちが異常なほど素直になっっている



戦国時代の成人時期は、元服(15歳前後)でしたが、現代の成人時期は、どんどん遅く(25歳~30歳)なってきているのかもしれません。

高齢化社会なので、当然と言えば当然ですが、日本のさまざまな風習、文化、制度、考え方が、昔のままで、それに付いていけていないようにも感じます。本書は、その事実に、貴重な提言を与えるものではないでしょうか。


[ 2013/04/25 07:00 ] 育成の本 | TB(0) | CM(0)

『素読読本・「修身教授録」抄―姿勢を正し声を出して読む』森信三

素読読本「修身教授録」抄―姿勢を正し声を出して読む素読読本「修身教授録」抄―姿勢を正し声を出して読む
(2004/09)
森 信三

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森信三さんの本を紹介するのは、「心魂にひびく言葉」「一語千鈞」などに次いで、5冊目です。

本書は、実際に授業で使った講義録です。しかも、昭和初期、40歳ころの初期のものです。森信三さんの原点となる作品です。その中から、感銘した文を選び、一部要約して紹介させていただきます。



・この世に生まれてきたことを「辱い」(かたじけない)と思い、「元来与えられる資格もないのに与えられた」と思うに至って、初めてその意義を生かすことができる

・道徳修養とは、この人生を力強く生き抜いていけるような人間になること、その意味から「剛者の道」と言ってよい。もし、この根本の一点をとり違えて、道徳修養とは、お人好しの人間になること、と考えたら、むしろ道徳修養などない方がはるかにましと言える

・人間というものは、その人が偉くなるほど、次第に自分の愚かさに気づくと共に、他の人の真価が次第にわかってくるもの。そして、人間各自、その心の底には、一箇の「天真」を宿していることが分かってくる

・仕事の処理をもって、自分の修養の第一義だと深く自覚すること。このような自覚に立って、「本末軽重」を考え、「順序次第」を立てること。次に、真先に片付けるべき仕事に、思い切って着手し、一気呵成に仕上げること。仕上げは八十点級のつもりでいい

・対話の際の心得だが、それには、なるべく相手の人に話さすようにすること。さらには、進んで相手の話を聞こうとする態度が、対話の心がけの根本と言っていい

・一語一語は、子供たちの心の中に種子をまかれて、やがて二十年、三十年の後に開花し、結実するであろう。かくして、真の教育は、ある意味では、相手の心の中へ種子をまくことだとも言える

・気品を高めるには、独りを慎む(ただ一人いる場合にも、深く己を慎む)ことが大切

偉人の伝記は、一人の偉大な魂が、いかに自分を磨きあげ、鍛えていったかという、その足跡を最も具体的に述べたもの。だから、抽象的な理論の書物と違って、誰にも分かるし、また心の養分となる

・修養期の良寛の心構えである「良寛禅師戒語」を書き写してほしい
1.ことばの多き 1.口のはやき 1.とわずがたり 1.さしで口 1.手がら話 1.公事の話 1.公儀のさた 1.人のもの言いきらぬ中に物言う 1.ことばのたがう 1.能く心得ぬことを人に教うる 1.物言ひのきわどき 1.はなしの長き 1.こうしゃくの長き 1.ついでなき話

・たとえその人が、いかに才知才能に優れた人であっても、下坐に行じた経験を持たない人だと、どこか保証しきれない危なっかしさが付きまとう

・「わが身に振りかかってくる一切の出来事は、自分にとっては絶対必然であると共に、また実に絶対最善である」という「最善観」の立場が、人生の信念と言っていい

・人生が苦の世界と見えるのは、まだ自分の「我」に引っ掛かっているから

・人の一倍半は働いて、しかも報酬は、普通の人の二割減くらいでも満足しようという基準を打ち立てること。報酬が少なくても我慢できる人間に自分を鍛え上げていくこと

・試験は、人間の才能をそのまま示すものではないという一面のみにこだわって、試験がその人の努力と誠実さを示すものだという、より大事な一面を看過ごしてはいけない

・目の前に見える最後の目標に向かって、「にじりにじって」近寄っていく。これが「ねばり」というものの持つ独特の特色

・自分の欲するものは、全力を挙げてこれを取り入れるようにしてこそ、初めて自己は太る。批評的態度にとどまっている間は、その人がまだ真に人生の苦労をしていない何よりの証拠

・人間として最大の置土産は、何と言っても、この世を去った後に残る置土産だということを忘れてはならない。この点に心の眼が開けてこない限り、真実の生活は始まらない

・人間の人柄は、その人が、他人から呼ばれた際、「ハイ」という返事の仕方一つで、大体の見当はつく


本書は、講義録なので口語体です。声に出して読むと、より身が引き締まって、心に響いてくるものがあるように思います。

75年前の修身の本ですが、この森信三さんの置土産は、今でも堪能する価値が十分にあるのではないでしょうか。


[ 2013/04/24 07:00 ] 森信三・本 | TB(0) | CM(0)