とは学

「・・・とは」の哲学

『世界一幸福な国デンマークの暮らし方』千葉忠夫

世界一幸福な国デンマークの暮らし方 (PHP新書)世界一幸福な国デンマークの暮らし方 (PHP新書)
(2009/08/18)
千葉 忠夫

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デンマーク在住の著者の本を紹介するのは、「格差と貧困のないデンマーク」に次ぎ、2冊目です。

本書は、単なる日本とデンマークの比較論ではなく、デンマークが幸福な国になった要因を探ろうとするものです。参考になった箇所がたくさんありました。それらの中から一部を、要約して紹介させていただきます。



・「あなたは幸せですか?今の生活に満足していますか?」と質問して、「幸せです」と答えた人の数を調べた「幸福度ランキング」において、約100カ国の中で、デンマークは世界一位。さらに、デンマーク人の約80%が「この国に生まれて良かった」と言っている

・デンマークの哲学者キルケゴールは、「単独者の主体性こそ真理」と説く、個人主義、実存主義を唱えた。キルケゴールの思想もデンマークが社会福祉国家になった一つの要因

・デンマークは、政治における腐敗が世界一少ない国として有名。その政治運営は非常に透明であり、何が行われているか、政治の中が見えるように、国民は常に留意してきた

・デンマークは女性の社会進出率が高く、80%近い女性が働いているので、男性と同じくらい税金を払っている。女性の就業率の低い国と比較すると、国家収入が大きく増える

・女性が社会進出すると、家庭で子供や障害のある人、高齢者の世話をする人がいなくなるので、保育園、幼稚園、障害者施設、高齢者施設を整備しなくてはならない。それらの施設で働く主体は女性だから、女性の職場が増えてくるという好循環が生まれる

・デンマークの農業は自給率が300%。食べ物があるというのは、非常に安心で、経済が安定する

・デンマークでは、国民が納めた税金の用途が、国税局から公表される。国家予算の75%は教育、文化、医療保険、福祉に使われている

・富(収入)の再分配をメインにしてきたソ連、東欧は崩壊した。それらの諸国との違いは、デンマークは社会福祉国家だけれども、社会主義国ではないこと。デンマークは資本主義国であり、完全に西欧圏であること

・ソ連や東欧は、政治家の贈収賄などの腐敗が横行していたが、デンマークは世界一贈収賄が少ない国。クリーンで、人をだまさないというのは、教育のなせるワザ

・デンマークは、他国から「高福祉高負担」と言われるが、デンマーク人は「負担」と思っていない。なぜなら、いろいろな形で国民全員に還元されているから

・正確には「高福祉高負担」ではなく、「高福祉高税」。85%のデンマーク人は、今の税率、今の福祉サービスで満足している

道州制を導入し、地方分権すれば住みよくなる(住民に一番近いところで政治、福祉が行われる)。九州と同じ大きさのデンマークも、14あった県を5つの自治区に改革した

デンマークの投票率は高く、国会議員の場合は約90%、地方議員や知事、市長の選挙においても75%を切ることはない。自分たちがどのような生活を望むかを、自分たちが決めていることが、この投票率に如実に表れている

・日本の高校や大学では、スポーツに長けた生徒の優先入学があるが、デンマーク人には理解できない。なぜなら、高校や大学は学問をするところで、スポーツは「学校外」のスポーツクラブで磨きをかけるから

・職業別専門学校には、すべての職業についての専門科目(自動車整備工、美容師、店員など)があり、それらの専門知識や技能を3年間で学ぶことができる。デンマークの専門学校の特徴は、実習がカリキュラム時間数の半分以上を占めていること

・デンマークの教師の初任平均年齢は27~28歳。きちんと大人になった教師が子供を教育している

・デンマークでは、在宅介護が進んでいる。大きな施設をつくるより、在宅介護のほうが経費が安いうえ、高齢者も今までの生活を続けることができる

・自分がいつ社会的弱者になっても困らない社会をつくる、社会的弱者になったときのことを考えられる人間にならなくてはいけない。幸せな国に住む国民は、継続的に幸せな生活を送れるように、常に自分で選択し、思いやりをもって目の前の社会に向き合っている



デンマークは、資本主義国であり、民主主義国であり、社会福祉国です。デンマークがこうなったのは、案外、歴史的に浅いことです。

国民の強い意志があったから、早期にこうなれたのだと思います。日本人も、日本人としての希望や目標をもっと明確に打ち出すべきではないでしょうか。そうなったとき、デンマークが身近なモデルになるのかもしれません。


[ 2013/02/28 07:00 ] 北欧の本 | TB(0) | CM(0)

『横井軍平ゲーム館RETURNS』横井軍平、牧野武文

横井軍平ゲーム館 RETURNS ─ゲームボーイを生んだ発想力横井軍平ゲーム館 RETURNS ─ゲームボーイを生んだ発想力
(2010/06/25)
横井 軍平、牧野 武文 他

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横井軍平さんを知らない人が多いと思いますが、任天堂で数々のアイデア玩具を開発した後、ゲームウォッチファミコンを発明した方です。日本ゲーム界の父であり、日本国に多大なる貢献をされた方です。将来は、ゲーム神社?に祀られるかもしれません。

残念ながら、1997年、56歳で交通事故死されました。亡くなられる直前にインタビューしたものが本書です。日本の技術開発への指針となる言葉が数多く遺しておられます。それらの中から、一部を要約して紹介させていただきます。



・「売ることに徹すること、技術者の見栄を捨てることが、私の開発哲学。そう思って、今までやってきたものが、そこそこヒットしているので、そう外れた考え方ではないと思う」

・「私には専門の技術がない。全体をぼんやりと知っている程度。何かを作るときに、技術が必要でも、自分で勉強せずに、専門家を集めてきたらいい。開発のキーマンは『おまえ何やってんだ』と言われるのが怖くて、自分で勉強してしまう。それが間違い」

・「全体が見られる人間がこの世の中に少ない。みんな細く深く技術を習得していこうという姿勢になる」

・「『こうやれ』と高圧的に命じてしまうと、そのグループは動かないし、知恵も出してくれない。まかせてしまえば、技術者がやる気を出して、いろいろと提案をしてくれる」

・「理屈がわかっていないといけない。理屈がわかっていれば、どんどん応用が利いてくる」

・「難しい計算ができるのが偉いんじゃなくて、その計算をしたら何に役立つかがわかることが大切」

・「不要不急の商品のニーズは『暇つぶし』。暇つぶしのニーズを探り出すのは、そう簡単にはいかない。『何をしたら楽しいか』というのは、なかなか見つけにくいもの」

・「技術者にユーザーが何を求めているかを伝えることは簡単。しかし、『ユーザーが何を求めていないか』を探し出すのは難しい。『ユーザーはこう言っているが、本当のニーズはこうなんだ』ということを技術者に説明するインターフェイスの役目をする人間が必要」

・「インターフェイスになる人は、決して優秀な技術者である必要はない。センスがある人感覚が優れている人にやらせばいい。それを直接技術者がやったのでは、あれもできるこれもできるで、すごい商品を作ってしまう。すごい商品は必要ない。売れる商品が必要」

・「それを、お金を払って買う気になるかをいつも自問自答している。つねに第三者の目で、自分のやっている仕事を見直すことが重要なこと」

・「技術者というのは、自分の技術をひけらかしたいものだから、すごい最先端技術を使うことを夢に描いてしまう。それは商品作りにおいて大きな間違いとなる。売れない商品高い商品ができてしまう」

・「『その技術が枯れるのを待つ』こと。つまり、技術が普及すると、どんどん値段が下がってくる。そこが狙い目。ゲーム&ウォッチを5年早く出そうとしていたら10万円の機械になっていた。それが量産効果で、3800円になり、それでヒットした」

・「枯れた技術を水平に考えていく。垂直に考えたら電卓、電卓のまま終わってしまう。そこを水平に考えたら何ができるか。そういう利用法を考えれば、いろいろとアイデアは出てくる。これを私は『枯れた技術の水平思考』と呼んでいる」

・「ものを考えるときに、世界に一つしかない、世界で初めてというものを作るのが私の哲学。それは、競合がない、競争がないから」

・「安く作らないと売れないというのは、アイデアの不足

・横井氏に入れ込んでしまうのは、アナログ玩具だけの人でもない、デジタル玩具の人でもない、両方で活躍した人だから。こういう人は、世界的に見ても、ゲーム業界以外の世界を見ても、極めて貴重。そろばん職人が、コンピューターを開発したようなもの

・「枯れた技術の水平思考」は、先端技術で勝負するな、アイデアで勝負しろという教え

・「ものぐさ+便利」「動きの面白さ」の二つは、横井マインドそのもの

・横井氏は、「実直そうな人」という印象だが、実は音楽や自動車に造詣が深い「趣味人」。子供のころからピアノを習い、学生時代は社交ダンスで大会に出場、外車を乗り回し、夏にはダイビングを楽しむ学生時代を送った。この頃の感覚が生きているものが意外に多い



ゲーム文化を創った横井軍平さんが、仕事や会社や人生を楽しんでいたことがよくわかりました。文化を創るということはこうでなければいけません。

日本人は、アリのように真面目に働きますが、その上にキリギリスがいないと泥沼に入ってしまうように思います。ずるくないキリギリスの存在が、今後ますます重要になっていくのではないでしょうか。


[ 2013/02/27 07:03 ] 仕事の本 | TB(0) | CM(0)

『8つの鍵』ロイス・クルーガー

8つの鍵8つの鍵
(2009/09/19)
ロイス・クルーガー

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本書のサブタイトルは、究極の富と幸せの原則です。豊かさの入口にある鍵の開け方を、8つの方法で示した書です。

よくありそうな本なのですが、著者の目のつけどころが秀逸で、参考になる点が多々ありました。これらの一部を、要約して紹介させていただきます。



・財産の中で、最も価値のあるものは、信念価値観知識才能スキルといったもの。このような財産があるからこそ、金銭的な富や幸福が生まれる。お金を超えた真の富は決して奪われることはないが、突然現れるものではなく、日々の努力がなければ築かれない

・幸福とは、「心の中から生まれた価値観のもと、生活を送ることで、自然と得られる喜びや平和」である

・素晴らしい人格の持ち主は、自身の選択によってもたらされた結果が良いものであっても、悪いものでもあっても、そこから逃げるようなことはない

・「偉大なリーダーは皆、自分の手柄を受け取らず、むしろそれを他人に与えるような人格の持ち主である」(ジェームズ・C・コリンズ)

・金銭的な富を得るためには、勤勉さが欠かせない。よって、富を求める人は、勤勉という法則、価値観を取り入れることが大切

・価値観を形成する要因は、「家庭」(愛を学ぶ)、「テレビ」(人生を向上させる番組を観る)、「宗教」(人生にプラスとなるものを見つける)、「インターネット」(膨大な量の情報から選ぶ)、「友人と社会」(良い友人を探し求める)の5つ

・内面的に豊かな人にとって、お金とは「基本的な人間の欲求や安らぎを満たすための交換手段の一つ」である

・金銭的な富を創造する資質を得たいと思っているときは、「倹約」が、あなたにふさわしい価値観および信念になる。裕福な人々のほとんどが質素である。倹約や質素は、彼らの核となる価値観である

・目標をつくる作業は、自分の人生の「地図」を下書きしているのと同じこと

・人が目的地にたどり着くには、正しい地図が必要。目標は人生における信念を達成するために不可欠のものであり、目的地へ向かうための交通手段の役割を果たしてくれる

・大切な信念と目標を、どこへでも持ち運びできる携帯ツールに取り込んでしまえばいい。携帯ツール(スケジュール帳、携帯電話、パソコンなど)をいつも手元に置き、心のコンパスに磁力を与えることで、信念と目標に向かって歩むことができる

・人間が集中できる目標の数は3つだけ。最大限に効率を高めたいのであれば、一度に一つのことだけに集中すべき

・目標達成に必要なエネルギーには、「肉体」(食事、運動、睡眠)、「脳」(刺激と休息)、「感情」(愛)、「精神」(貢献)という4つの側面がある。人は、エネルギーをたくさん持っている人に魅力を感じ、惹きつけられる

・自己中心的な理由で人と関係を築こうとしてはいけない。人間関係を築くための動機は、相手の利益を常に追求すること

・「その場にいない人に忠実であれ」。つまり、陰口を言わないこと。相手に欠点があると思うならば、正直に相手に話すこと。話しづらいことでも面と向かって伝えること

・望ましい結果を得るには、結果を計測することが不可欠。結果の計測は、やる気を引き出し、最終目標に到達するための原動力になる。通帳の残高でも、仕事の成果でも、計測することによって、「毎日進歩している」と実感すること

・人は善良な人を信用し、悪人は信用しない。だから、善良な人は、計り知れないほどの影響力と尊敬に値する力を持つことになる

・逆境は、人を成長させるだけでなく、謙虚な気持ちにもさせてくれる。逆境に追い込まれている状態では、これまでの問題解決の手法が通用せず、新しい方法を見つけなければならない

・人生というのは、「善い思い出」をつくる過程である



ただただ、常識的なことが、数多く書かれていますが、その「常識的なこと」が堂々と書かれている本は、信用できるものが多いと思います。

常識、王道、基本ほど、やり続けることが難しく、忍耐が必要です。その忍耐の大切さを教えてくれる書なのかもしれません。


[ 2013/02/26 07:01 ] お金の本 | TB(0) | CM(0)

『アジアの世紀の鍵を握る-客家の原像』林浩

アジアの世紀の鍵を握る客家の原像―その源流・文化・人物 (中公新書)アジアの世紀の鍵を握る客家の原像―その源流・文化・人物 (中公新書)
(1996/05)
林 浩

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客家の本を、何冊かとり上げてきましたが、客家の源流、文化、歴史に関する書は、初めてです。客家の背景には何があるのかを知りたくて、本書を読みました。

客家を詳しく知ることができ、参考になったところが数多くありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・宋朝が滅んでもモンゴルの元朝に降服せず、明朝が滅んでも満州族の清朝に屈服しなかったのが、中国のユダヤ人といわれる客家。5世紀以来、千数百年にわたって、多くの苦難を乗り越えてきた

・博士や教授を輩出したことで有名な客家の土楼の門の両側には、「奮起せよ、暇な時はない。幼い時も壮年時にも老年になっても、いつも努力せよ」「名をなすことは容易ではない。家事、国事、天下のことすべてに関心をもて」と彫ってある

・客家が多くの人材を輩出している原因の第一は、「家名をあげ先祖に栄光をもたらす」という強烈な心理や意識。第二は、「知識や教養を高め、教育を重んじて家を興す」という意識。第三に、客家がもつ「刻苦耐労、進取開拓」の奮闘精神

・6000万人の客家は現在、華南の丘陵地帯、南部沿岸と島嶼部、四川盆地、さらに、東南アジア、南アメリカ、インド洋島嶼部およびアフリカ南部の各地に、集団で暮らしている

・客家は自分たちの言葉を大切にする。各地の客家はみな「寧売祖宗田、不売客家語」(先祖の田畑は売っても客家語は捨てない)という古訓を尊ぶ

・客家語と日本語には、非常に多くの接点がみられる。古代日本語は、漢字の読み方を借りて、事物を記録した。客家は漢語の古音を保ち続け今日に至っている。当然、日本語と客家語は漢字の発音が近い

・おかゆや撈飯(水分の多い飯)のほか、客家人の食卓には、南方各地に見られる芋類がある。千数百年来、客家は芋類を栽培してきた。芋に対して、感謝の念を持っている

・客家の土楼は、単に住居として雨露をしのぎ、外敵を防御するという役目だけでなく、氏族の連帯感を高め、血縁と文化的伝統を保ち続ける役目を果たしている

客家の精神生活を支配しているのは、「道教の神祇」、「仏教の神祇」、「漢民族・客家の神祇」の神々。他に、植物崇拝(風水林、巨木、椿、花神)、動物崇拝(亀、鶴、蚕、神話の中の蛟龍・鳳凰・麒麟)といった自然物を祭り拝み、災いを払おうとした

・「嫁をもらうなら客家の娘」、華僑社会では、昔からこの言い伝えがある。客家の女性がこなす重責として、「四頭四尾」(「田」田畑の耕作、「竈」台所仕事、「家」子供の教育・老人の世話・家計管理・掃除洗濯、「針」機織・裁縫・刺繍)の古訓がある

・客家人の間では、怠惰、ぜいたくな生活は恥ずかしいこと。「怠け女」は嫌われる。客家の童謡では、怠け女を痛烈に批判している

・客家の祠堂の前には、多数の「石筆林」(石材や木材の巨大な毛筆)がそびえ立つ。科挙に合格して名をあげる者があるごとに、その石筆を建てて栄誉を記念した。教育を重んじ、学問を尊んできた証拠

・客家の老人たちは、常々、子供たちに、「不読書、将来盲眼珠」(勉強しないと、物事の善悪を見分けられないよ)、「不読書、無老婆」(勉強しないと、お嫁さんをもらえないよ)と、教え諭した

・客家の子弟には、勉学のための座右の銘、「読読読、書中自有黄金屋」(読書だ!書物の中には黄金の家がある)、「読読読、書中自有千鍾粟」(読書だ!書物の中には高禄がある)、「読読読、書中自有顔如玉」(読書だ!書物の中には美しいお嫁さんがいる)があった

・客家の氏族の祠堂はみな、多くの共有資産をもっており、その資産の収入で学問を奨励している。貧しい家庭の子弟も、読書・勉学の道があり、文字が読めるようになる。これこそが、教育の機会均等

・客家は教育を重視するから、当然、知識人を尊敬した。客家地区では、教師医師風水師の三師だけが、「先生」と尊称されている

・客家を励まし開拓奮闘させた精神には、「外交型」「親和型」「倫理型」の特質がある

・客家は古来、「節」(忠を尽くすこと)を極めて重視してきた。「金銭は糞土のごとく、仁義は千金に値する」。客家の多くの人は、これを自己の行動規範としている



本書を読むと、客家の人たちに流れている血と伝統を知ることができます。世界中で、活躍している理由がよくわかります。

教育の奨励、倫理観の確立、先祖崇拝と相互扶助、これらをバックボーンとしている限り、これからもずっと繁栄し続けていくように思いました。


[ 2013/02/25 07:01 ] 華僑の本 | TB(0) | CM(0)

『木村伊兵衛と土門拳・写真とその生涯』三島靖

木村伊兵衛と土門拳 写真とその生涯 (平凡社ライブラリー)木村伊兵衛と土門拳 写真とその生涯 (平凡社ライブラリー)
(2004/01/25)
三島 靖

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木村伊兵衛と土門拳、二人の画風、作風は違いますが、戦後を代表する写真家です。

本書は、二人の発言をもとに、その思想や哲学を探ろうとするものです。写真家の神髄や崇高な魂を感じる部分が多々ありました。それらを一部ですが、紹介させていただきます。



・「自分の作品の前に立たされるのは、ぼくが裸にされて、みんなに見られるようなもの」(土門拳)

・「土門拳はぶきみである。土門拳のレンズは人や物を底まであばく。レンズの非情性と、土門拳そのものの激情性とが、実によく同盟して、被写体を襲撃する」(詩人・高村光太郎)

・カメラの軽さで写真を楽しんだ木村伊兵衛、カメラの重さで写真と対決した土門拳

・「当時(1920年代)、絵画とは異なった『空間と時間性』という写真の持つ独自の世界のあることを理解していたので、この流派(叙情的な風景写真の愛好家)から遠ざかっていた」(木村伊兵衛)

・「読者に強く訴える写真は、まず第一に、それが大きな感じを持つこと。それは何かと疑問を持たせること。模様風な構図をもっていることだ」(木村伊兵衛)

・「モチーフが叫ぶ声に耳を傾け、その指示するがままにカメラを操作すればよい。その指示のままにカメラが操作される時、カメラとモチーフが現前する。その結果としての作品は、この世の美しきもの、真実なるものの化身」(土門拳)

・「何も撮った写真を新聞や雑誌や展覧会に発表するものと決めてかかる必要はない。ぼくらは見たり考えたりしたことを、まず妻や子供や友達に語るではないか。語らずにはいられないではないか。その辺から始まると思えばいい」(土門拳)

・「写真の真実性とリアリズムというものを、はっきり分けないといけない。真実性というのは、誰が写しても写真が持っている真実。リアリズムは、作家の心の中の真実を表現しようというものが加わらなければいけない」(木村伊兵衛)

・「いやに大人になっちゃった。あの人(土門拳)は、大人になったらいけないんですよ」(木村伊兵衛)

・作品における体臭過剰の危険性を避けるために、「木村伊兵衛」を後退させて、カメラのメカニズムに、その表現を託そうとした

・「つとめて主観を排して、実物通り、正確に撮ることを信条としているのだが、その実物通りというやつが御婦人方には禁物らしい」(土門拳)

・「写真家の女の写真というのは、女を撮れていない。ただ美しいだけで、まるで人形。あれじゃ、便所へ行ってもションベンしませんよ。やっぱり、ションベンをする女を撮ろうと思った」(木村伊兵衛)

・「見れる条件のある人、見るだけの機運にある人が見てくれればいい。あとは、その人自身の気持の中で、その人自身の口を通じて、何となく伝播していく」(土門拳)

・「いい写真というものは、写したのではなく、写ったのである。計算を踏みはずした時にだけ、いい写真が出来る。僕はそれを、鬼が手伝った写真と言っている」(土門拳)

・「報道写真家として今日ただ今の社会的現実に取り組むのも、奈良や京都の古典文化や伝統に取り組むのも、日本民族の怒り、悲しみ、喜び、大きく言えば、民族の運命に関わる接点を追求する点で、同じことに思える」(土門拳)

・「長い間、中国仏教文化の影響下にあった日本仏教文化が、日本的なものを志向して自己変革を企てはじめた(時代の仏像は)日本民族の自主独立の矜持とヴァイタリティを探る(素材)」(土門拳)

・「千年以前創建の古寺を訪れても、古寺を訪れていると思ったことはない。現代の時点での接点を探究し、意義を追求しているのであって、古寺としての情緒や懐古に耽るためではない」(土門拳)

・「私の写真は、みんなの生活の延長線上にあるものです。みんなが見て、喜んでもらえればそれでいい。だから、高い値段はつけたくないんです。現像所へ出せば300円だから1000円でも大変な儲けですよ」(木村伊兵衛)



写真の可能性を信じた写真家として、よきライバルであり、天才であった、木村伊兵衛と土門拳の二人。同時代を生き抜き、出発点はさほど変わらなかったのに、見たもの、感じたもの、写したものは、好対照になっていきました。

この二人の天才を通じて感じるのは、天才とは、「自分の考え、哲学、思想を固め、それを信じて、邁進していく者」ということです。どの分野でも、同じなのかもしれません。


[ 2013/02/23 07:15 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)

『世界の壁-この本を読めばだれでも議論したくなる』沓石卓太

世界の壁―この本を読めばだれでも議論したくなる世界の壁―この本を読めばだれでも議論したくなる
(2008/10)
沓石 卓太

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とても易しい哲学書です。とても不思議な哲学書です。どの言葉も短いですが、内容は非常に濃く感じられます。

サブタイトルに「この本を読めばだれでも議論したくなる」とありますが、その通りです。この簡潔な哲学書の中から、感銘した文章を選び、要約して紹介させていただきます。



・社会とは、「約束事は守られるという実績」の積み重ねの上に成り立つ概念

・戦いの形に限らず、勝つための一番大事な用件は、多数の人に支持されること

・民主的な手続きを経て成立した政権ならば、国民はもとより、周囲の国にとっても、安全な政権

・民主主義の制度は正しい。しかし、賢い大衆でなければならない

・人々の行動に干渉できる力を「権力」とすると、考え方に影響力を持つのが「権威」

・宗教は信じることが出発点。誰かが信じたことを他の誰かも信じるという連鎖で始まる

・宗教や既存の哲学に、世界の政治のあり方に答えを求めても、建設的な答えを得ることはできない。むしろ、宗教や既存の哲学は、議論の成立を阻む壁となる

・人間には、人間を取り巻く現象のすべてを理解する能力は備わっていない。また、その必要もない。知識を追究するにしても、究極に至ることを使命と考える必要がない

・私たちは、いろいろな人と接触する。そういうことが可能であるのも常識のおかげ。人はみな、常識という緩衝材を上手に使って暮らしている

・マスコミは、社会の欠陥を記事にするだけ。マスコミは大衆に受けなければならないが、マスコミの姿勢は大衆に影響を与える。豊かな社会の「合意の必要性」を理解してほしい

・大衆の価値観で動くのが民主主義。二本立ての価値観が日本の特徴。二本立ての元は、神道と仏教。どんなところにも、神社とお寺がある

・論理の目的は人を納得させること。論理は納得できるものでなければならない

・仏教は宗教であるが、同時に哲学としての内容も持つ。そこが日本人を熱中させた。仏教に哲学的な印象があるのは、永遠永久こそ最高の価値であるという考え方に由来する

・生きることの本質は、感じることにある。考える能力だけが、人間性ではない

・日本では、議論を避けて、ことを決めるのが半ば習慣になっている。正面切って議論するとうまくいかない。議論を避けて、ことを決する技術がなければ、人をまとめられない

・誰にとっても、世界の中心は自分。世界は、そういう存在である

・善悪は約束をすることで生じる。社会は、約束は守られるという前提で成り立っている。約束を破ることが、反社会的行動になるのは当然

・日本では、タテマエは仏教的価値観、ホンネは自分、になる。そして、この両者の折り合いがつかない。ホンネが通る雰囲気の中で、タテマエでいくと、「嘘つき」と非難され、タテマエが必要な中で、ホンネを出すと、「自分勝手な奴」と非難される

・欲望を否定しても、きれいな社会はできない。欲望を肯定してこそ、議論が可能となる

・民主主義は、無責任体制になりやすい。誰を恨むことができないのが民主主義

・民主主義を成功させるためには、政治の意味と、リーダーを選ぶことの難しさを十分認識しなければならない

・批判するだけがマスコミの仕事ではない。民主主義の政治は強い政治ではない。力で奪い取った権力とは違う。みんなで盛り上げみんなで守らなければならないのが権力

・日本では、議論することは、欲望を論じることに通じるので、はしたない行為と見られる。多数の人が、欲望は悪であるという考え方を持っていれば、議論は成立しない

・新しい構想が実現するまでは理想。計画通りにいかなくても、結果は新しい現実となる。それが、次の新しい理想を描く出発点となる



この本には、当たり前のことが書かれているように思います。しかし、この当たり前が、当たり前でなくなっているところが、日本社会の病理であるのかもしれません。

この病理を根絶していこうという意志が弱まったとき、社会が悪い方向に進むように感じます。意志を強めていくための一助として、本書の価値があるように思います。


[ 2013/02/22 07:01 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)