とは学

「・・・とは」の哲学

2012年度書評本・売上ベスト30

本年度(12月29日まで)、皆様のおかげで、お金学で紹介させていただいた本が、約1500冊売れました。本当にありがとうございます。

2011年度売上ベスト30と同様に、2012年度売上ベスト30を出してみたところ、2年連続ベスト30に入った本が8冊ほどありました。これも、このブログならではの特徴ではないかと思います。

この場を借りて、読者の皆様、著者の皆様、出版関係の皆様に、厚く御礼申し上げます。そして、来年もご愛顧のほどよろしくお願いします。

<第1位>
日本の道徳力~二宮尊徳90の名言~(石川佐智子著)
<第2位>
チャーリー中山の投資哲学
<第3位>
フィンランドを世界一に導いた100の社会改革
<第4位>
一倉定の経営心得
<第5位>
あの人の声はなぜ魅力的なのか(鈴木松美著)

<第6位>
近江商人三方よし経営に学ぶ(末永國紀著)
<第7位>
客家の鉄則(高木桂蔵著)
<第8位>
星新一の名言160選スター・ワーズ
<第9位>
中古マンション投資の極意(芦沢晃著)
<第10位>
なぜデンマーク人は幸福な国をつくることに成功したのか

<第11位>
商家の家訓(吉田實男著)
<第12位>
お金に愛される生き方(邱永漢著)
<第13位>
厚黒学・腹黒くずぶとく生き抜く(黄文雄著)
<第14位>
よみがえる商人道(藤本義一著)
<第15位>
されど服で人生は変わる(斎藤薫著)

<第16位>
一週間で自己変革、内観法の驚異(石井光著)
<第17位>
二宮翁夜話(二宮尊徳述・福住正兄記・渡辺毅訳)
<第18位>
ユダヤの商法(藤田田著)
<第19位>
言志四録心の名言集(佐藤一斎著・細川景一編)
<第20位>
リヒテンベルク先生の控え帖(池内紀編訳)

<第21位>
教育立国フィンランド流教師の育て方(増田ユリヤ著)
<第22位>
ユダヤ5000年の教え(ラビ・マービン・トケイヤー著)
<第23位>
となりの億万長者
<第24位>
売れっ娘ホステスの会話術笑わせ上手編(難波義行著)
<第25位>
天才頭脳のつくり方(石角完爾著)

<第26位>
客家大富豪18の金言(甘粕正著)
<第27位>
あなた自身の社会~スウェーデンの中学教科書~
<第28位>
一日一生(天台宗大阿闍梨・酒井雄哉著)
<第29位>
江戸に学ぶ企業倫理(弦間明・小林俊治著)
<第30位>
相場師スクーリング(林輝太郎著)

[ 2012/12/30 07:00 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

『人蕩し術』無能唱元

人蕩し術 (ひとたらしじゅつ)人蕩し術 (ひとたらしじゅつ)
(2005/12/05)
無能 唱元

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無能唱元さんの著書を紹介するのは、「人の力、金の力」「得する人」に次ぎ、3冊目です。

本書の前書きに、「人生における成功は、自分の陣営に、良き味方を得ることにかかっている。他のすべては、瑣末に過ぎない」と書かれています。まさに、その「良き味方をつくる方法」が満載の本書を、一部ですが、要約して紹介させていただきます。



・「才能」に対して抱く人々の気持ちは「羨望」。「誠実」に対して抱く人々の気持ちは「人望」。前者はとかく「羨む→恨み」に転じやすく、そこにマイナス的感情がつきまとう

・魅力は、緊張の中にあるのではなく、弛緩の中に存するもの。「頭がいい」「金持ち」「男前」というのは、魅力の一要素ではあるが、それは「緊張のサイドにある魅力」

・「魅は与によって生じ、求によって滅す」。これが人蕩の極意

・けなしや自慢の言動をとる人たちは、自己重要感を充足し得ない人たち。自己劣等感に落ち込むことを恐れるあまりに、自己優越感の暗示を自分に与えようとしている

・幸福に生きていくために必要不可欠の「知足」が行き過ぎると、人間はとかく「消極的」になり、それが高ずると、「陰性」「否定的人生」へともなりかねない

・「善を為すも名に近づくことなかれ、悪を為すも刑に近づくことなかれ」(善いことをやってもよいが、名誉が与えられるまでしないほうがいい。不道徳なことをやってもよいが、法律に触れるまでやってはいけない)。荘子は人間的欲望(衝動)をある程度許容している

・その人の悩みの量は、その人の魅力の量に逆比例する。すなわち、悩みの多い人は魅力が少なく、悩みの少ない人は、他人の悩みを救うことができるので、それが魅力を生む

・成功する人は、常に解決しなければならない問題を山のように抱えているが、精力的にそれらに取り組んでいる。しかし、悩んでいるわけではない。これに反して、失敗者は、僅かな問題にも、くよくよと悩み、自分の不運を嘆き、その苦しみを他人に訴える

プライドが高い者ほどプライドに餓えている。つまり、この世の中では、威張っている人間ほど、自己重要感に餓えている

・正義は不言実行型が望ましく、間違っても有言不実行型になってはいけない。また、言うことも言うが、やることもちゃんとやるという有言実行型もあまり好ましくない

・人間は自分に与えられた暗示の奴隷であり、この暗示の集積によって、運命は造り出される。しかし、その暗示を支配できるのだから、結局、自分の人生を自分で支配できる

・大切なことは、ゴールにあるのではなく、むしろプロセスにある。プロセスとは、とりもなおさず「進行しつつある現在」のこと

・人生を楽しく生きている人は、いわば太陽のようなもの。人々は「陽のあたる場所」を求める。だから、人蕩しの術の秘訣は、まず「陽気」になることを心得ること

・約束を反故し続ける人、時間に遅れ続ける人、これらの人々は、「現在利己的であるために、未来の不利益を背負いこんでいる」

・現代人が山に登ったり、旅に出たりするのも、自己重要感が傷つき、群居衝動が損なわれたのを、一時的にでも、癒そうとする人間の無意識的な自己治療行為でもある

・人は暗示の奴隷。しかも、ここが大切なところだが、潜在意識は、その暗示がウソであるか真実であるかの選択をせずに受け入れてしまうということ

・誇りを内に秘めた人は、一種の清涼感をもった潔さ、美しさがあり、高慢を他人に示す人は、常に嫌みを発散させる

・相手に対し、自分の心を寛容であろうと努める時、自分の心の優位性は保たれ、それは自己重要感を自らの内で密かに大きく高めることができ、それが人間的魅力の土台となる

・「無料では、ものは買えない」。支払いなしに何かを求めようとする人間こそ、最も魅力のない人間、つまり、嫌われるタイプとなる

・欲望は求をもって外に露すことなく、願をもって内に温むべし

・「秘する」とは、完全黙秘ではない。何もかもわからないでは、好奇心は生じない。「秘するとは、惜しむこと」である



「頭がよかったから」「努力家だったから」「根性があったから」成功した人よりも、「人に好かれたから」成功した人のほうが、ずっと多いように思います。

ということは、「人に好かれる」ことは、「勉強する」ことよりも大切です。その一番大切なことが、この「人蕩し術」の一冊に、凝縮されて、載っています。とっても、大切な本です。


[ 2012/12/29 07:01 ] 無能唱元・本 | TB(0) | CM(0)

『幸福論』アラン

幸福論 (岩波文庫)幸福論 (岩波文庫)
(1998/01/16)
アラン

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アランは、前に「アランの言葉」(幸福論、人間論、教育論から選んだ言葉)を紹介させていただきました。アランの行動を重視する考え方、カラダあっての心という考え方に共感しました。

今回は、アランをより深く知ろうと、幸福論だけに絞って読みました。本書にも、アランの強い意志を感じる言葉が数多くありました。それらの中から一部を抜粋して、紹介させていただきます。



・怒りは正真正銘の病気である。咳とまったく同じもの。咳は体調によって出る

・不機嫌という奴は、自分に自分の不機嫌を伝える。だから、ずっと不機嫌が続いていく。われわれは、それを克服する知恵がないので、ほほえむ義務を自らに課す

・あくびをすると、拘束するものであれ、解放するものであれ、一切の思考が逃げ出してしまう。生きることの気安さは、一切の思考を消し去る

・処世術とは、自分とけんかをしないことである。自分が下した決心や今自分のやっている仕事において、けんかをするのではなく、立派にやってのけること

・野心家は誰でも、目的を達成している。予想よりも早く達成している。彼らは、有益なことはすぐに行動に移し、ためになると判断した人たちとは定期的に必ず会って、心地いいだけの無駄なことは疎んじていた

・使いたいと思っている者には、お金はたまらない。なぜなら、彼の望んでいるのは、お金を使うことであって、儲けることではないから

・誰でもみんな、商売のため、職業のためだったら、大いに努力する。ところが、自分の家に帰って、幸せであるためには何も努力しない

・男特有の機能は、猟をしたり、建てたり、工夫したり、試みたりすること。これらの道を離れると、男は退屈し、ちょっとしたことにも不機嫌になる

・野心家はいつも何かを求めている。そこには世にも稀な幸福があると思っている。何か失敗があって、不幸に陥っている時でさえ、その不幸のゆえに幸せである。なぜなら、彼はその解決策を考えるから。不幸の真の解決策とは、それを考えることに存する

・人は、棚からぼた餅のような幸福はあまり好まない。自分でつくった幸福が欲しいのだ

・仕事というのはすべて、自分が支配するかぎりは面白いが、支配されるようになると面白くない。自分ひとりで自由にやる狩猟が楽しいのは、自分で計画を決め、それに従うこともでき、変えることもできるし、誰に報告する必要も、言い訳する必要もないから

・本当の楽しみとは、まず第一に労苦である。苦しみの方がいつも上回る。それなのに、エゴイストは、快楽が得られると思わないかぎり、指一本動かそうとしない。心配がつねに期待を圧倒するので、エゴイストは、しまいには、病気や老いや死を考えてしまう

・自由に働くのは楽しいが、奴隷のように働くのはつらい。自由な労働というのは、労働者自身が、自分の持っている知識と経験に基づいて、調整する仕事のこと

・教育者の中には、子供を一生、怠け者にしてしまう者がいる。その理由は、いつもいつも勉強させたがるからだ。そうすると、子供の方はだらだらと勉強する習慣を身につけてしまう。すなわち、下手な勉強をおぼえてしまう

・決まり文句は事実よりも説得力がある。「○○がなくなりましたね。どうなっているのやら」のような悲しみの言葉は、いつも過度に崇められている。喜びの言葉は権威的ではない。悲しみも喜びも公平であるためには、悲しみに抵抗しなければならない

・マルクス・アウレリウスは、毎朝こう言っていた。「今日も、見栄っ張りや、嘘つきや、不正の輩や、うるさいおしゃべりに会うだろうな。彼らがそんな風なのも無智のせいだ」

自分で規則をつくり、それに従っているから幸福なのである。そういう義務は、遠くから見る限り、面白くないし、不愉快である

・幸福とは、報酬など全然求めていなかった者のところに突然やってくる報酬である

・不幸になるのは、また、不満を抱くのはやさしい。人が楽しませてくれるのを待つ王子のように、ただじっと座っていればいい。幸福を商品のように待ち構え、値踏みするような見方では、すべてのものが倦怠の色で染まり、どんな捧げ物でも軽蔑するようになる



アランは、快楽よりも、労苦の先にある幸福を求めよと語っています。そして、待ちの姿勢よりも、攻めの姿勢にあるとき、幸福を感じることができると語っています。

つまり、積極的思考、積極的行動によって、幸福をつかもうとしている時こそが、「幸せ」ということなのかもしれません。


[ 2012/12/28 07:03 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『二百十日・野分』夏目漱石

二百十日・野分 (新潮文庫)二百十日・野分 (新潮文庫)
(2004/01)
夏目 漱石

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今回、紹介するのは「野分」です。野分は、夏目漱石が東大の講師を辞し、朝日新聞に寄稿し始めた年に書かれたものです。

三人の作家にまつわる物語ですが、学校での講義の場面などがあり、夏目漱石の作品の中で、最も教訓的と言われています。つまり、夏目漱石の思想や哲学が、最も顕著になっている作品です。感銘した場面が数多くありました。それらを紹介させていただきます。



・金の力で活きておりながら、金をそしるのは、生んでもらった親に悪態をつくと同じ事

・学問は、綱渡りや皿廻しとは違う。芸を覚えるのは末の事。人間が出来上がるのが目的。軽重の等差を知る、好悪の判然する、善悪の分界を呑み込んだ、賢愚、真偽、正邪の批判をあやまらざる大丈夫が出来上がるのが目的である

・同情は、正しき所、高き所、物の理屈のよく分かる所にあつまると早合点して、今度こそと、待ち受けたのは生涯の誤り。世はわが思う程に高尚なものではない。鑑識のあるものではない。同情とは、強きもの、富めるものにのみ随う影に外ならぬ

・女は装飾を以て生まれ、装飾を以て死ぬ。多数の女は、わが運命を支配する恋さえも、装飾視してはばからぬもの

・光明は趣味の先駆である。趣味は社会の油である。油なき社会は成立せぬ。汚れたる油に廻転する社会は堕落する

・成敗に論なく、愛は一直線である。成功せる愛は、同情を乗せて走る馬車馬。失敗せる愛は、怨恨を乗せて走る馬車馬

・君は人より高い平面にいると自信しながら、人がその平面を認めてくれない為に、一人ぼっちなのでしょう。しかし、人が認めてくれるような平面ならば、人も上ってくる平面です

・人間は道に従うよりほかにやりようのないもの。人間は道の動物であるから、道に従うのが一番貴い

・過去を未来に送り込むものを旧派と云い、未来を過去より救うものを新派と云う

・われは父母の為に存在するか、われは子の為に存在するか、あるいは、われそのものを樹立せんが為に存在するか、吾人生存の意義は、この三者の一を離れる事が出来ぬ

・先例のない社会に生まれたものは、自ら先例を作らねばならぬ。束縛のない自由を享けるものは、既に自由のために束縛されている。この自由をいかに使いこなすかは、権利であると同時に大きな責任である。偉大なる理想を有せざる人の自由は堕落である

・一時代にあって、初期の人は、子の為に生きる覚悟をせねばならぬ。中期の人は、自己の為に生きる決心が出来ねばならぬ。後期の人は、父の為に生きるあきらめをつけねばならぬ

・初期は最も不秩序の時代である。偶然の跋扈する時代である。初期の時代において、名を揚げたるもの、家を起こしたるもの、財を積みたるもの、事業をなしたるものは、必ずしも、自己の力量によって成功したとは云われぬ

・他を軽蔑し得る為には、自己により、大なる理想がなくてはならぬ。自己に何等の理想なくして、他を軽蔑するのは堕落である

・理想は、内部から湧き出なければならぬ。学問見識が血となり肉となり、遂に、魂となった時に、理想は出来上がる。付け焼刃は何にもならない

・成功を目的にして、人生の街頭に立つものは、すべて山師である

・一般の世人は、労力と金の関係において大なる誤謬を有している。相応の学問をすれば相応の金がとれるもの、そんな条理は成立する訳がない。学問は金に遠ざかる器機である。金がほしければ、金を目的にする実業家とか商売人になるがいい

・カルチャーを受ける暇がなければこそ、金をもうける時間ができる。自然は公平なもので、金ももうけさせる、同時にカルチャーも授けるというほど贔屓にはせぬ

・報酬なるものは、眼前の利害にもっとも影響の多い事情だけできめられる。眼前以上の遠い所高い所に労力を費やすものは、いかに将来の為、国家の為、人類の為になろうとも、報酬はいよいよ減ずるのである



お金と仕事、自由と束縛、理想と現実、偶然と必然、これらの物の道理がすべて理解できた人物は、明治の世には少なかったのかもしれません。

そこが、夏目漱石の悲劇ですが、その悲劇が、高尚な文学となって、今に残ったと言えなくはありません。夏目漱石は、現代人が苦悩するテーマの先駆者です。今こそ、もっと読まれるべき作家ではないでしょうか。


[ 2012/12/27 07:01 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『ランボーの言葉・地獄を見た男からのメッセージ』野内良三

ランボーの言葉  地獄を見た男からのメッセージランボーの言葉  地獄を見た男からのメッセージ
(2012/03/23)
野内 良三

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アルチュール・ランボーは、19世紀半ば、フランスで生まれた早熟の天才詩人です。家出、放浪を繰り返し、30代半ばで亡くなります。

彼がつくる詩は、若さ、甘さ、弱さの匂いがプンプンする青二才の詩です。つまり、ピュアな心を持った詩人です。

世にすれるのを拒み続けた結果、世で云う不幸な末期を迎えました。ランボーは、世を生きるための反面教師です。是非はともかく、彼の詩を、いくつか紹介させていただきます。



・ぼくが望んだのは、日光浴、果てしない散策、休息、旅行、冒険、要するに放浪生活でした

・ぼくは死にそうです。陳腐さとか、悪意とか、単調のせいで腐りかけています。どうしろっていうんですか。ぼくがバカみたいに崇めているのは、自由なる自由です

・いま働くなんて絶対に嫌、嫌です。ぼくは目下ストライキ中です。今、ぼくはけんめいに放蕩に励んでいいます

・詩人は自分自身を探求し、すべての毒を飲み尽くして、その精髄だけを自分のものにします。それは、この上ない信念、超人的な力を必要とする言語に絶する責苦です。そこで偉大な病者、罪人、呪われ人となり、そして至高の「賢者」となるんです!

・私とは、見知らぬ誰かのことです

・ぼくは、正義に対して武装した

・不幸がぼくの神様だ

・職業はどいつもこいつも虫酸が走る。親方だろうと、職人だろうと、百姓だってむかつくね

・一番いいのは、へべれけになって砂浜で眠りこけること

・まだほんのガキの頃、牢獄に何度でも舞い戻ってくる手に負えない徒刑囚にあこがれた

救済と自由、ぼくはどっちも欲しい。それを追い求めるにはどうしたらいいのか

できあいの幸福なんて、家庭的なものであろうとなかろうと、嫌なこった。ぼくには無理だね

・女たちはもはや、安定した地位を手に入れることしか考えていない。そんな地位にありつけば、真心とか美しさとかはそっちのけ。あとに残るのは冷ややかな軽蔑だけってわけさ

・人は自分の天使を見るのです。断じて他人の天使なんかではありません

・人間は誰もが幸福という宿命を背負っていることがわかった。行動するとは、生きることではなくて、力を浪費する一つの方法。神経の高ぶりなんだ

・今やぼくは、芸術とは一つの愚行だと言うことができる

・見た、十分に。持った、十分に。知った、十分に。新しい愛情と新しい物音のなかへ出発するんだ!

・ああ!ぼくは、人生にまるで未練がありません。生きているとしても、疲れて生きることに慣れっこになってしまったからなんです

・もっとも今では、どんな苦しみにも慣れっこです。ですから、私が泣き言をこぼすのは、歌を口ずさむようなものなのです

・「定めなり!」これが人生です。人生は愉快なものではありません

・いつも同じ場所で暮らすとなると、ひどく不幸なことに思えるのです

・ぼくは骸骨になってしまいました。ぞっとするような姿です。それにしても、あれほど苦しんだにしては、なんとも悲しい報酬ではありませんか!



情けない、だらしない、いじけた姿もまた、人間の本性ではないでしょうか。その本性のまま、行動できる人はいません。だらしなさを貫いたランボーは、立派な人物だったのかもしれません。

成功する人生と失敗する人生、こうすれば失敗するよ、と身をもって示したランボーの人生に、学べるところがいっぱいあるように思います。でも、身近にいたら困る人ではありますが。


[ 2012/12/26 07:01 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『「宝くじ」高額当せん者』岡崎昂裕

「宝くじ」高額当せん者 (宝島社文庫)「宝くじ」高額当せん者 (宝島社文庫)
(2002/06)
岡崎 昂裕

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宝くじを買う人は、お金に期待している人です。どちらかと言うと、お金に慣れていない人たちなのかもしれません。そのお金慣れしていない人たちが、お金を手にしたらどうなるのか、おおよそ想像はつきます。

宝くじ高額当せん者の中で、健全な人たちほど、当たった事実をひた隠そうとします。著者は、取材に困難を極めたようですが、当せん者たちのホンネを少しだけ知るができます。

本書は、棚から牡丹餅、濡れ手に粟のお金を所有した人たちの物語です。その物語の一部を紹介させていただきます。



・海外の高額宝くじ当せん者は、よくテレビや新聞に出て、インタビューを受けたり、自らの幸せをアピールしているものだが、日本にはそれがない。宝くじの歴史は、昭和20年ごろから始まっているが、そのような記事を目にしたことがない

・日本で、宝くじ当せん者が、闇に潜むのは、いらぬ嫉妬心を負うことを懼れてのこと

・宝くじ当せん者には、当せん金の払い戻しに際し、「当せん者の手引き」なる小冊子が手渡される。要は、高額の賞金を手にしたことで、人生を破滅に向かわせないようにアドバイスするためのもの。一攫千金をなしえた者には、それなりの危険が迫る

・宝くじを売り出す側が、それほどまでに当せん者の保護に尽力しているのは、当せん者に群がる、得体の知れない何者かがいるということ

・「とりあえずお金を形のあるものとして残そうと考えた。それにはまず、住宅を購入することが一番だと考え、現在の家を購入した」という夫婦が賢かったところは、当せん金を湯水のように遣ったりせず、ささやかな暮らしを守ろうと努力した点

・「貧しいながらも明るく振る舞い、つらいときでも笑顔を絶やさない朗らかな性格」だった彼女は、すっかりやつれ、老け込んでいった。百八十度、別の人格に様変わりしてしまった

・「しばらく外食していた贅沢な時期もあったが、いつの間にか元どおりに戻った」彼は、仕事時の態度にも自信がみなぎるようになり、同僚たちの見方も、以前の「無口で地味」から、「無口だが、やるときはやる」人へと評価が変わっていった

・「妻が自治宝くじで三千万円を引き当てた」T氏は、子供の進学など抱えていた苦悩が、一瞬に取り払われた。「私を追い出して、黙って子供たちと幸せを掴んでもよかったのに、私を見捨てなかった妻に、宝くじを引き当ててくれたこと以上に感謝している」と答えた

・宝くじに当たったがために、コソコソと転居したり、挙句の果てに、引きこもるようになってしまった人間も多い。大金は、人を救いもするが、心を病む原因ともなる

・「当たった喜びよりも、夫に取り上げられることの恐怖が勝った」Fさんは、手元に現金が届くまでの日数で、アパートを探し、家を出ていった。夫が金の無心に来たら、たまったものではないので、当せんしたことを口に出すつもりはなく、別居後、働くことにした

・当せんしたら、諸々の誘惑をはねのける揺るぎない意思がない限り、喜びはひた隠しにしなければならない。それができないと、間違った方向へ突進する。まっとうな人生から、他人も巻き添えにして、外れてしまう

・賭け事の場合、テクニックとか予想とか、さまざまな努力を要するものだという巷間の認識があるが、宝くじの場合にはそれがない。当せん者には、まったく労せずして得た金であるという「後ろめたさ」がつきまとう

・一般の人には、「濡れ手に粟」としか映らない宝くじには、「どうしてあいつに当たって、俺には当たらないのか」という嫉妬につながる

・宝くじに当たった人は、最初のうちは喜びひとしおであるが、時が経つにつれ、どこか「後ろめたさ」が心の奥底に湧き出す。そこにつけ込まれ、「どうぞ、恵まれない人への寄付をお願いします」とやってきた暁には、金を出さないではいられなくなる

・幸福を得たにもかかわらず、それを誰にも語ることができないまま、大袈裟な贅沢をすることもできず、それまでの生活以上に、周囲を気にしながら生きていく。金を守るために生きることを余儀なくされる人生は、幸か不幸か判別不可能

・宝くじの高額当せん者が余りにも表に出てこないのは、他人の嫉妬や羨望を恐れ、周りに集まる腹黒い人間を恐れているから



夢を見て宝くじを買うのですが、夢の先にあるのは、本書のような夢のない話です。唯一、生活資金(借金を返す)を当せん金で充てた場合だけが、その後の人生も、全うなものとなっているように感じます。

それなりに暮らしていけているのに、さらなる欲望によって、宝くじを買うのは、「買っても損、当たっても損」という両損になる可能性が高いことを、本書が証明しているのではないでしょうか。


[ 2012/12/25 07:01 ] お金の本 | TB(0) | CM(0)