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「・・・とは」の哲学

『福翁百話―高く評価される人の行動ルール』福沢諭吉

福翁百話―高く評価される人の行動ルール福翁百話―高く評価される人の行動ルール
(2002/11)
福沢 諭吉

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福翁百話(福翁百余話も含む)は、福沢諭吉が1896年から1900年にかけて新聞に連載したコラムです。「学問のすゝめ」「文明論之概略」などの著書に比べて、実生活に基づいた、くだけた話が多いのが特徴です。

その中から、選りすぐりのコラムを現代語訳したのが本書です。福沢諭吉を身近に感じることができます。時代を超えて、共感できた点が数多くありました。それらを一部要約して、紹介させていただきます。



・「博識」とは、良いことだけを知っていることではない。悪いこともみな知って、そのやり方までわかっていても、自分からやろうとしないこと。悪いことを知って行う者は低級な人間、それを行わない人は立派な人間

・不道徳・不品行を矯正するには、こちらの身を不道徳・不品行の状態に置き、快楽や熱中の度合いを知った上で、本人のため、一家のため、また世の中のために、利益になるのか不利益になるのか、明確に利害のありどころを示すのがよい

・世の中で活動するには、まず衣食住の「有形の独立」を企て、次に「心の独立」に至るのが順序。しかし、その努力を続ける中で、自己を曲げる「卑屈」があってはならない。人生が容易でない理由はここにある。「独立」を頭で理解できても、実践するのは難しい

・独立の根本原理は、心の基盤となる最高の宝。宝物は、深く秘蔵しなくてはならない。浄土真宗の教えの一つに、「念仏修行者だと他人に気づかれるな」というものがある。独立を心中で信じ、黙って実践の中で現わしていくこと

・人間の欲望は、とどめられないもの。大事なことは、その方向を変えて制御するか、または、欲望のあれこれを比較して、害の少ない方に導くこと

・財産を殖やそうという者の欲望が、より旺盛であってこそ、経済大国化が進む。「欲望大国」であって初めて、世界で「経済大国」の評価が得られる。金持ちの事業努力は非難すべきではない。国のためには敬意を表すべきもの

・田舎の人が真面目で正直なのは、欲望を誘うものが少ないのと同時に、社会の範囲が狭く、言動がすぐに周囲に知れ渡るから。この正直者が都会に出れば、「旅の恥はかき捨て」式の悪事をはたらく。これは都会の悪習に誘惑されたのではなく、本性を現わしただけ

・人間生活にとって学問が大切というのは、例えて言うと、囲碁や将棋の「定跡」、槍や剣など武術の「形」のようなもの。あらゆる活動で、根本となる要点は忘れてならないもの

・へりくだって自分を卑しくするのも、威張って他人を軽蔑するのも、どちらも「名誉の権利」を理解していない。他人のことなど気にしないのと同時に、その他人の権利を常に細やかに注意して重んじること

・「自由は不自由の中にある」という意味を正しく理解すること

・名誉は、金箔のようなもの。人間の金箔づけは、「自ら求めぬ名誉」によって輝く

・すでに発生した災難を救済する慈善活動はむろん立派なことであるが、「予防の慈善」(発生前に注意して予防策を講じる)の効果はさらに大きく、いっそう素晴らしいこと

・馬鹿者たちの世界で、自分だけが知能を輝かせようとして嫌われ者になるのは、これもまた、馬鹿者の一種であることに気づかなければならない

戯れでしかないと知りつつ戯れるならば、心も安らかで極端な戯れに走ることもなく、また戯れだらけの俗世間に交わっても、自分ひとり戯れずにやっていくことが可能

・人間がやることの十のうち九までは、感情の判断任せであって、道理による決定はほとんどない。このさなかでは、不公平は当然の成り行きで、罪は社会組織の不完全さにある

・政治家、官僚、財界人と称する人々が、わが家の経済さえ運営できずに破綻をきたし、その後の人生で、自己の考えを曲げて、心にもないことを行う。彼らは、独立心がなく、世間の小さな悪評を恐れ、世の中を勇気を持って生き抜く気迫に欠けた連中

・「正直一筋」だけを人生最上の安心立命の目的とし、それに努力し、そのことだけに喜怒哀楽して、他のことを考えないのは、まだまだ知識や道徳の水準が低い。内心憐れむだけ

・世間の風潮が柔軟な文化に流されるようであったら、武を大事にせよと説き、あまりに武骨になれば文化を語り、人々があまりに利益を争うようなら仁と義を説き、仁義の議論ばかりで現実生活を忘れている者が多いときには、金銭の必要性を教えるのがよい



本書には、「自分のレベルに世間がついてこない」という、福沢諭吉のもどかしさや苛立ちのようなものが感じられます。福沢諭吉も気苦労が絶えなかったのではないでしょうか。

100年以上前の世間と現在の世間が大きく変わっていないのを知るのと同時に、福沢諭吉を多面的に知るのに、貴重な書ではないでしょうか。


[ 2012/11/30 07:02 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『安心ひきこもりライフ』勝山実

安心ひきこもりライフ安心ひきこもりライフ
(2011/07/30)
勝山 実

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著者は、高校を中退してから、ひきこもり歴25年の方です。世間は、「ひきこもり」を批判しがちですが、私は、「うらやましい」と考えています。

インドの四住期に例えると、「学生期」(学ぶ時期)、「家住期」(家庭をつくる時期)、「林住期」(ひきこもって修行する時期)、「遊行期」(放浪する時期)の中の、「林住期」に、いきなり入った人たちが「ひきこもり」です。

家庭を営む気がなく、最低限生活するお金を得ていれば、ひきこもるのは生き方であり、思想信条です。他人の思想信条に口出しするのは間違っています。もっと「ひきこもり」の言い分を聞くべきです。一部ですが、その言い分を紹介させていただきます。



・詰め込み教育だろうと、ゆとり教育だろうと、学校で身につくのは、学力ではなく奴隷力。奴隷力を押しつけられ、競争で勝ち残ったやつが偉いという常識の中で、ひきこもりができることは「参加しない」ことに尽きる

・ひきこもりの父親の関心は、結局のところ、老後の不安。金持ちの父親は、自分の心配が少ないので、息子がひきこもっていても取り乱すことはない。貧しい父親だけが、すねかじり息子のせいで、老後の惨めさが倍増すると、腹を立てる

・ひきこもり息子がする最大の親孝行が、母親が買ってきた服を着ること。ファッションを母親色に染める、これ以上の孝行など存在しない

・ひきこもっていると、世間の人が自分の無職ぶりを嘲笑しているように思え、人目を避けて行動するようになる。しかし、働かないなんて恥ずかしい、みっともない、と騒いでいるのは両親だけ。世間は、ひきこもりのようなアウトローな脱落者に関心がない

・富士山の初心者登頂成功率は50%。ひきこもりの就労成功率は1%。にもかかわらず、多くのひきこもりが就職山の頂上に、自立、社会性などと脅かされ、登らされている。その結果、全員高山病にかかる。脅した連中は、知らぬ存ぜぬで、まったく無責任な態度

・労働は神聖なり、天国にはサラリーマンが、地獄にはホームレスが住んでいると信じて疑わない人たちが、親が死んだら「地獄に落ちるぞ」と、ひきこもりたちに、ホームレス神話を押しつけてくる

・「お金を使いたい=働きたい」と考える浪費家には、「お金を使わなければ、その分働かなくてもすむ」の老子的な「足るを知る」がわからない。

・支配されたくない。そもそも「自由」とは、「働きたくない」こと。労働は奴隷階級のもの。その証拠に、つまらない、やりたくもない仕事をすると疲れるし、疲れがとれない

・「なるべく働かず、生きていたい」は、人類のテーマ。これだけが、考えに値する哲学

・世の中お金。ただ、いくら欲しいかは皆ばらばら。正しくひきこもっていれば、必要な生活費を除き、1日500円あれば幸せになれる。それ以上あっても、貯金する以外使い道がない。一方、1日5000円の小遣いでも不満を持ち、不幸に感じている人がいる

・国がやるべきは、半人前公務員(週3日、1日4時間勤務)の採用。半人前は、ひきこもりの理想の姿だが、半人前を受け入れてくれる会社が見当たらない。世の中に半人前の仕事があれば、年を取り、病気になっても、安心して暮らせ、多くの人に幸せを与える

・格差で得をしているのが親の世代の年寄りで、損をしているのがひきこもりやニートでおなじみの若者。不公平にもらいすぎている親の給料や年金が、自慢できない息子に還元され、格差がフラットになる。見事な富の還流。あざやかな共生、花とミツバチのよう

・「働きたくない」は怠けではない。働いている人ですら、怠けたい。楽な仕事で、たくさん給料をもらえる仕事を血眼になって探すのは、怠けられる環境を手に入れたいから

・「人が見ていないところでだらだらお喋りしている」「弱い者いじめして、こきつかう」。世の中は、こういう人で成り立っている。怠けることに対して、気の弱い人ほど、職場では過剰に勤勉になり、他人に便利に使われ、疲れ果ててしまう

・安心ひきこもりライフとは、罪の意識もなく、のびのびとひきこもる生活。自由は、暇でなければならない。暇な時間を物思いに費やしてこそ、創造力が身につく。そのため、収入を増やすのではなく、支出を減らすことを心がけること

・努力しなければできないことには手を出さない。普通の人があたりまえにやっていることを、死に物狂いの訓練で身につけたところで、生きるのが嫌になるだけ。劣っていると感じることには、なるべくかかわらず、そっと他人に道を譲ること



日本人は、高齢になっても、世間に忙殺されて、右往左往し、「林住期」に達しないまま、死んでいきます。早くひきこもり、見つめる時間を持たないと、次世代に生きる知恵を伝えていけません。

吉田兼好、宮本武蔵も、ひきこもったがゆえに、「徒然草」「五輪書」を世に出しました。本書が、世に問う「ひきこもり」には、人生の参考になる点が多々あるように思います。


[ 2012/11/29 07:02 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『話術』徳川夢声

話術話術
(2003/02)
徳川 夢声

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著者が亡くなられて、40年以上経っています。元祖マルチタレント(無声映画の弁士、俳優、漫談家、ラジオの朗読、小説家、エッセイスト、テレビタレント)として活躍し、その代表作は、吉川英治「宮本武蔵」のラジオでの朗読でした。

話術の天才であった著者が、ノウハウを公開したのが本書です。一般論だけでなく、座談会談講演、漫談などの分野別での話の仕方など、具体論も豊富です。これらの中から、一部を要約して、紹介させていただきます。



・ハナシは人格の表識。ゆえに、他人から好意を持たれる人格を養うべし。あえて、聖人たれとは申さず。ハナシには、個性が絶対に必要なり

・ハナシの目的を三つにわけると、「意志を伝える」(こう思う、こうする、こうしてほしい、それは困るなど)、「感情を伝える」(嬉しい、悲しい、怪しいなど)、「知識を伝える」(~である、~というもの、など)。難しいのは、この思うことを完全に伝達させること

・コトバ、ことに、美しい言葉、強い言葉、正しい言葉、これをよく頭に刻み込む。「豊富たるコトバの整然たる倉庫たれ」「コトバを自在に駆使する騎手たれ」

・話の練習は、日常ハナシをするときは、正しく喋る、美しく喋る、強く喋る、という心がけを忘れずにいること。相手のない場合、本を朗読することがおすすめ

・本の朗読は、内容を頭で消化しつつ、想像力を動員して、もっとも効果的と信ずる読み方をする。大きな声を発するところ、つぶやくところ、明るい調子で読むところ、早口に急調に流すところ、ゆっくり、のんびりと行くところ、というふうに神経を働かして読む

・良き、好き歯切れ。能く調節されたコトバの流れ

・ハナシに限らず、芸術と名のつくものには、音楽、美術、文学、演劇、みんな「マ」が重要な位置を占める。目立たない、目に見えない重要な位置

・「マ」とは「沈黙」なり、「マ」とは虚実のバランスなり

・「話術」とは「マ術」なり、「マ」とは動きて破れざるバランスなり

・気の合った者同志が話していれば、胸が開けて明るい気分となる。ハナシというものは、場合によってハイセツでもある。今の世の最大娯楽、最大健康法は、実はこれ

聴衆に嫌われるのは、「その話聞きたくない」「そんな話はどうでもよい」「少し話が難しすぎる」「自分にはわからない話だ」「今聞かなくても後でよい」「そんな話は自分も心得ている」といった話。話以外の嫌われる理由で、特に注意すべきは「不潔」

・「間の取り方」「声の強弱」「言葉の緩急」、この「話の三原則」は、音楽的に言うと、リズムとテンポの理想的な結合。練り上げられた内容に、三原則が適用されたら、鬼に金棒

・声が本音でなければ、言うことも本音でないとの印象を与える。自分生来の声、すなわち地声をよく鍛練すること

・演説は、聞かせるのが半分、観させるのが半分。説得するために、コトバの他にも、自分の持っているあらゆるものを利用すべき

・野次は、原則として黙殺すべし。聞こえないふりをしてもいいし、聞こえているが平気だという様子ができればなおさらいい

・落語がそのまま役に立つというわけではないが、ハナシのコツを実地に学ぶには、もってこいの教室の一つ

・心理の説明、状況の説明、この説明というのは面白くないもの。それを退屈させずに、臭味を持たせながら、読んでいくのがコツ

・はじめにぬるくしてタップリ、次が少し熱くして量を減らし、最後にとても熱くしてチョッピリ。お茶の立て方は、このまま話術に応用できる

・他人の話の功拙がわかるようになったら、その人はもう話の達人

・ラジオでは、聴衆者が何千万もいるつもりで大演説をやらかすと失敗する。聴衆者と二人さし向かいで語るくらいの心もちでやるのが効果的



本書の冒頭に、話のプロになるには、「話すのが好きなこと」「お金をもらって話すこと」「場数を踏むこと」「天狗にならないこと」が条件と記されています。これは、話のプロだけでなく、すべてのプロに共通することです。

研究熱心な人、恥をかくのが嫌いな人、慢心しない人、こんな人がお金をもらって仕事をしながら、自己研鑚を積めば、どんな世界でもプロになっていくのではないでしょうか。


[ 2012/11/28 07:02 ] 営業の本 | TB(0) | CM(0)

『世界悪女大全―淫乱で残虐で強欲な美人たち』桐生操

世界悪女大全―淫乱で残虐で強欲な美人たち (文春文庫)世界悪女大全―淫乱で残虐で強欲な美人たち (文春文庫)
(2006/06)
桐生 操

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欲望とお金に絡む女性の本性が、本当によく描かれている怖い書です。女性が権力を握った場合、強欲さと残虐さは男性の比ではないことが記されています。

本書は、世界史の中での、悪女中の悪女を、その生まれた背景や要因などを探ろうとするものです。女性の怖さと強さを感じた箇所が数多くありました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・悪女の魅力の一つに数えられるのが、男心をとろかすようにセクシーだということ。淫乱というのは、それだけでも間違いなく、悪女の条件

・美貌の悪女に付きものなのが「残虐性」。日ごろ、女のほうが男より我慢することが多く、自分の欲望を押し殺していなければならないことの反動

・恐ろしいほど整った美貌の悪女の顔に、一瞬、さっと冷ややかな表情が走るとき、どきりとするような色気を感じることがある。そんなとき、男は「こんな女に引きずりこまれてもいい」と考えてしまう

・残虐な悪女の筆頭は、16世紀ハンガリーの貴族の娘エリザベート・バートリ。700人の娘を惨殺した。「焼きゴテ」「火かき棒」「蟻やハエの餌食」「氷結」「鳥籠」などの拷問で、娘の血を溜め、「血のお風呂」に入る美容法を行った

マリー・アントワネットの衣装予算は、年間10億円。宝石、かつら、邸宅、庭園などの贅沢費をひねり出すために考えついたのが「賭博カルタ」。「賭博をする者は厳罰に」の王の厳命を無視し、いかさま師や泥棒まで交えて、隠れて夜明けまで賭博を続けた

ジョセフィーヌは、二人の子を抱え、貴族の愛人になりながら、32歳でナポレオンの妃となった。美人ではないが、しなやかな姿態とけだるい雰囲気が、成り上がりのナポレオンを魅了した。浪費癖も凄いが、ナポレオンのエジプト遠征中、若い男と同棲していた

・フィリピンの大統領夫人イメルダ・マルコスは、外国企業からのリベート賭博収入、マフィアとの癒着、スイスの隠し口座への公金移し替えなどで、私腹を肥やした。服、靴、宝石といった装飾品だけでなく、自分好みの豪華な建物やホテルを次々と建設させた

・コロンブスのアメリカ大陸発見に力を貸したイサベラ女王は、大いなる忍耐、着実な計算、人使いのうまさ、チャンスをとらえる機転、ここ一番の大胆な賭けなどすべて兼ね備えた、世界的スケールを持った君主

エリザベス1世は、自分が女であることを最大限に利用しながら、男顔負けの冷徹な手腕で統治し、英国を三流国家から一流国家に引き上げた。独身を貫き、「私はすでに国家と結婚しています」の言葉は有名

・貧乏貴族出身のエカテリーナ女帝は、美人でなかったので、勉強に励み、運よくロシア皇太子に嫁いだ。その後、夫を追放し、農奴制改正などで専制主義国家の基礎をつくり、ロシアを強国にした。一方、「愛人選びシステム」をつくり、彼女の愛人は20人ほどいた

・娼婦と言っても、通りに立って男に媚びを売る女と、高級娼婦として身分高い貴族やブルジョアに愛される女と、天と地の差がある。高級娼婦ラ・ベル・オテロの虜になったのは、ヨーロッパ王侯貴族のほぼ半数。豪華な館で20人の召使に囲まれて贅沢三昧した

・19世紀、フランスでは、「恋愛に成功するには」という、一種の恋愛手引書が出版された。女が男を誘惑するための卒倒の仕方や、ヒステリーの起こし方まで書いてあった。「恋の詠嘆」のセリフも、相手の男性の仕事に合わせて違った言い方になっていた

・ルネサンス時代のローマの娼婦は、教養ある女性が多く、バチカン宮に集まり、そこを訪れる貴族やブルジョアなどと対等に、文学や芸術の議論を交わしていた

・18世紀のヨーロッパでは、女性が化粧室や寝室に、男の客を通すのが大流行した。朝の接見「朝見(ルヴェ)」は、女たちが、肌もあらわに、化粧もせず、素肌の美しさを見せ、男たちの欲望をそそる演出をし、高価に売りつけるコンテストだった

・お金にしても、権力にしても、飛び抜けた男がいるから、それを翻弄し、奪い取ろうとする本物の悪女が生まれる。悪女の出ない時代は、文化不毛の時代

・老人に衰えた精力を回復させる目的で、若い処女に添い寝させることを「スナミティスム」と言う。スナミティスムが大流行したのは、18世紀のパリ。1週間の間、老人は両側から処女にはさまれて過ごす。おかげで、老人は心身ともにすっかりリフレッシュした



強欲な男がいるから、強欲な女も生まれる。そして、強欲な女の方が、強欲な男を手玉に取る。こういう図式が、本物の悪女を生み出すのかもしれません。

つまり、悪女が生まれない社会の方が、健全な世の中と言えるのではないでしょうか。


[ 2012/11/27 07:00 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『人生計画の立て方』本多静六

人生計画の立て方人生計画の立て方
(2005/07/10)
本多 静六

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本多静六氏の著書は、「人生を豊かにする言葉」「自分を生かす人生」「たのしみを財産に変える生活」の3冊を紹介しましたが、それぞれ、有益な発見がありました。

本書は、豊かに生きるための設計図をテーマに、著者が持論を展開したものです。成功者の事例なので、見習うべき点が多々あり、参考になります。これらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・人並み外れた大財産や名誉は幸福そのものではない。身のため子孫のため有害無益

・人間は活動するところ、そこに必ず希望が生まれてくる。希望こそは、人生の生命であり、それを失わぬ間は、ムダには老いない

・人生計画は決して人生の自由を束縛するものではなく、かえってその拡大充実をはかる自由の使徒、「計画なくして自由なし」である

・25歳に立てた「わが生涯の予定」は次の通り
「40歳までは、ケチと罵られようが、勤倹貯蓄で、一身一家の独立安定の基礎を築くこと」
「40歳より60歳までの20年間は、専門の職務を通じて、社会のために働き抜くこと」
「60歳以上の10年間は、世恩に報いるため、勤行布施のお礼奉公につとめること」
「70歳以上に生き延びたら、居を山紫水明の郷に卜し、晴耕雨読の晩年を楽しむこと」

・人生計画に必要な五要素とは、
「1.正しき科学的人生観に徹すること」
「2.どこまでも明るい希望を持つこと」
「3.なるべく遠大な計画を立てること」
「4.終局において必ず大成するよう、危険を含まぬこと」
「5.科学の進歩と社会発展の線に沿わしめること」

・「処世九則」(計画実現に望ましい生活態度)は以下の通り
「1.常に心を快活に持すること」
「2.専心その業に励むこと」
「3.功は人に譲り、責は自ら負うこと」
「4.善を称し、悪を問わないこと」
「5.本業に妨げなき好機は逸しないこと」
「6.常に普通収入の4分の1臨時収入の全部を貯えること」
「7.人から受けた恩は必ず返すこと」
「8.人事を尽くして時節を待つこと」
「9.個人間に金銭貸借を行わぬこと」

・寄付金に、年棒(月給)や未来の収入を充てるのは、愚かな見栄、つまらぬ痩せ我慢。義理でするならば、資産収入(不勤労所得)の4分の1以内。それ以上は一種の浪費癖

・本当のケチに陥らないため、最初の小さいケチは、むしろ自信をもって、断行すること

・一つの完成は、一つの自信を生じ、さらに高次的な完成を生むものであって、この完成の道程には、限りなき自己練磨の進境が開かれてくる

・山登りの秘訣と人生計画の実践には、共通相似した多くの教訓を感得することができる
「1.自分の体力と立場、実力と境遇に応じた最適コースを選定すること」
「2.一度決定したコースは途中で変更しないこと」
「3.なるべく軽装をし、不用品を持参せぬこと」
「4.急がず、止まず、怠らぬこと」
「5.途中を楽しみながら登ること」
「6.食物は腹八分目にとること」
「7.無駄道、寄り道をしないこと」
「8.時と場合によっては、急がば回れの必要もある」
「9.近道、裏道をしないこと」

・蓄財を通して、我々は、力の蓄積、知識体験の蓄積、徳の蓄積等の蓄積法を学ぶ。金銭を浪費せぬ習慣を作ることによって、人の生命の浪費、生活の浪費を避け、勤行布施の徳をも積み得られるのであるから、財の蓄積は、生命力、生活力、人徳の蓄積ともなる

・勤倹貯蓄は人生における万徳の基であるから、人生計画の達成もまずこの門から入らねばならない

・貧乏は発奮の動機、失敗は成功の母となる。貧乏や失敗の中にこそ、やがて人間を大成に導く萌芽が多分に潜んでいる。したがって、いたずらに若人の失敗を救済したり、恩恵を与えることは、その人を一本立ちにせず、かえって不親切な行為となる



本多静六氏は、人生計画を早い段階で、きっちり立てていたからこそ、迷いや誘惑をものともせず、初志貫徹できたのだと思います。

計画を立てることが、よりよき人生を生きていくための第一歩です。当たり前のことですが、とても重要なことではないでしょうか。


[ 2012/11/26 07:01 ] 本多静六・本 | TB(0) | CM(0)

『魯山人の書-宇宙に字を書け・砂上に字を習え』山田和

魯山人の書―宇宙に字を書け 砂上に字を習え魯山人の書―宇宙に字を書け 砂上に字を習え
(2010/02)
山田 和

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北大路魯山人は、美食家陶芸家として有名ですが、彼の芸術家としての根幹をなすものが、書道家としての活動です。

書道家として、芸術家の素養を磨き、世に出てきました。その書は、ピカソが絶賛するほどの実力でした。また、書に対しては、相当の慧眼の持ち主で、良寛の書を、借金(今で五千万円ほどの大金)して、手に入れています。

本書は、魯山人の書にスポットをあてて、そこから魯山人の生涯を見ていこうとするものです。魯山人の強く心を打つ言葉が数多くありました。それらを一部ですが、紹介させていただきます。



・「技術本位から次第に邪道に堕することは、天分がないことと見識が足らぬからのこと。もっと適切に言えば、それらの者は、書の生命が(価値が)、技術の外にあることをはっきりと悟らない稚鈍であるから」

・「芸術は、計画とか作為を持たないもの、刻々に生まれてくるもの。言葉を変えて言うならば、当意即妙の連続

・「書は自由でなくてはならない。先生のとおりに書いて上手になるのは書道ではない。許すかぎり、気随気儘にするのがよい。我意を通すのがよい。それが結局一歩一歩自信を高めていくことになる」

・「人物の値打ちだけしか字は書けない。字というのは、人物価値以上には光らない」

・「個性あるものには、型や見かけや立法だけでなく、自ずからなる、にじみ出た味があり、力があり、美があり、色も匂いもある。型を抜けねばならぬ。型を越えねばならぬ」

・「書には必ず『美』がなければならぬ、達者だとか、立派だといっても、人品賤しきものには、『自然美』という『美』は具わらぬ」

・「優れた美術や芸術は、皆人の真心が基調となっている。それには、風流とか雅趣が具わらねばならない。気取ったものは嘘になる、薄っぺらなものでは貫禄がない、色気のあるものは艶っぽい、さびたものは汚いものになる、上手の書でも賢さが見え透いていけない」

・魯山人は書を精神活動と切り離すことはなかった。「書はつねに本番で、練習というものはない」と主張して、一期一会の精神を貫き、手紙であろうと、メモであろうと、彼の遺したものはすべて同じ優美さと魅力に満ちている

・「人間が嫌う野心を持たないで、無心で物を造るとき、作品は嫌味がない。反対に、つまらない人間に限って、持つ所の浅はかな了見で計画的に造る作品はピントが外れている。のみならず、卑しくて嫌味で見られない。本物の良さは天真に近い

・魯山人は良寛の三嫌、「嫌うところは歌詠みの歌、書家の書、料理人の料理」を支持し、常日ごろ「書家の書はいちばん駄目だ」と言っていた。それは現今の書家に対する批判であると同時に、自戒を込めて語った言葉でもあった

・書家には浄土を目指しながら浄土に向かいきれない我欲、自己愛着がつきまとう。書家はそのような避けがたい業のようなもの、自己撞着と闘わねばならない宿命がある

・卑しい絵、卑しい陶器、卑しい彫刻という言い方や、嫌味があるないという言い方もしない。しかし、書の場合、そのような批評があり、実際、巧拙よりも先に心の貧福が見えてしまうところがある。そこが、他の芸術と書道が異なる点

・魯山人は「春来草自生」という言葉を好んだが、「春が来て、草が自然に生えてきた」という即物的写実的意味だけでなく、「人が自然に精進していれば、やがて納得のいく人生が開ける」という求道的な意味が秘められている

・魯山人は人間国宝指定の打診を受け、「賞をくださる人が目利きであっての授賞なら話はわかる。目が利かん者が決定するなどは、傲慢であり、無法であり、不遜というほかない。作家にとって、作品が永久にものを言うから、勲章などは要らない」と、それを断った

・自分のことをまったく知らない外国人たちが、自分の作品を評価してくれたことは、現世では野人で構わぬと未来に知己を求め、むしろ野人を勲章にしたいと考えていた魯山人にとって、百年後に真価を認められたに似た嬉しいことだった

・「少なくともまず二百年、三百年の昔の美術に注目せよ。否、もっと先の年代になる幾多の作品に眼を移して視よ。その年代の人間は、天地を貫く自然の美妙をいかに観たか、そしてその道理にそむくことなく、素直に美しいものを造り遺していったかに注目せよ」



魯山人の書は、弱冠二十一歳の時、日本美術協会への初出品作品が、褒状一等を受賞し、宮内大臣に買い上げられるほどの腕前でした。

彼の芸術活動は、書道家に始まり、美食家、陶芸家を経て、晩年は、美食倶楽部の星岡茶寮を閉じ、再び書道家に戻っています。書道家としての北大路魯山人こそ、本当の魯山人だったのかもしれません。


[ 2012/11/24 07:01 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)