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『ビッグデータの衝撃―巨大なデータが戦略を決める』城田真琴

ビッグデータの衝撃――巨大なデータが戦略を決めるビッグデータの衝撃――巨大なデータが戦略を決める
(2012/06/29)
城田 真琴

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本書のサブタイトルは、「巨大なデータが戦略を決める」というものです。今から3年前に、このブログで、「その数字が戦略を決める」という、アメリカのデータマイニング状況を記した本を紹介したことがありました。

これからのマーケティングは、データから未来を予測し、戦略を立てる方向へ明らかに変わっていきます。次々と上がってくるデータから、何を読み取れるかが勝負となっていくと考えられます。

本書には、日本や海外の「データ戦略」状況が数多く紹介されています。衝撃的に思えた箇所を、要約して紹介させていただきます。



・世界有数の金融機関までもが獲得にしのぎを削るほど、現在引っ張りだこなのが、ハドゥープ(公開されている大規模データの分散処理技術)のスキルを持った人材

・ビッグデータから有用な意味やパターンを効率よく発見するためには、機械学習やデータマイニング、セマンティック検索、統計解析などの技術が重要である

・日本におけるビッグデータ活用の原点は、建設機械のコマツ。「コムトラックス」は、GPSや各種センサーを建設機械に取り付けることによって、機械の現在位置、稼働時間、稼働状況、燃料の残量、消耗品の交換時期などのデータを収集し、遠隔監視できるシステム

・コムトラックスのデータ分析で得られる中でユニークなのは、中国の販売店への債権管理サポート。機械の稼働状況が把握できるために、仕事の有無がわかる。仕事があるのに、ローンを払わない悪質な客には、遠隔ロック機能でエンジンを止めることができる

・リクルートの企業と人を結びつける多彩なサイトでは、どの集客施設(バナー広告、自然検索、有料検索エンジン登録など)が最もコンバージョンに貢献したかを調べる分析で、ハドゥープを活用している

グリー急成長の原動力が、「一個人のセンスよりも数千万人のデータを信じる」という、同社に深く浸透する「データ駆動型アプローチ」。同社では、デザイン一つにも、一個人のセンスではなく、実際のユーザーデータに基づくロジカルな設計が常に優先される

ビッグデータの活用例として、「商品やサービスのおすすめ」だけでなく、「不正検出」「顧客離反分析」「故障予測」「流行予測」「株式予測」「燃料コストの最適化」などの例がある

・ビッグデータの活用はデータ収集から始まる。顧客が買った商品・金額、ツイッターのつぶやき、健康データ、医療カルテなどの無意識に蓄積されていくデータもある

・人間のデータだけではなく、スマートメーターのデータ(電力の使用状況)、車載センサーによる車両の位置・速度情報、携帯・スマートフォンの位置情報、飛行機の発着情報、気象情報、作物の生育データなど、モノや自然から発生するデータもある

・大量にデータを蓄積した後は、データマイニングや機械学習などの技術を使い、ビジネスに影響あるパターン(成功パターン、失敗パターンなど)の発見が必要になる

・和歌山県の果樹園では農業センサーによって、気温・湿度・土壌温度・土壌水分・水分保持量・降雨量・日照量・日射量・気圧・照度など20種類のデータを収集・分析し、「甘いみかんの生育パターン」をデータから発見しようとしている

・ダイナミックプライシングとは、需要と供給の関係を分析し、販売価格を変動する方法

・政府や自治体などの公的機関が保有する統計データ、地理情報データ、生命科学データをオープンにし、皆でつなげて、社会全体で大きな価値を生み出すために共有する取り組みは「LOD」と呼ばれる。LODは世界中のあらゆる分野で急速に広がっている

・政府が公開したデータを利用して、商用サービスを提供するベンチャー企業が世界中で次々と生まれてきている

・ビッグデータブームに沸く米国で、現在引く手あまたとなっている「データサイエンティスト」とは、膨大なデータの山から金鉱を探り当て、その価値をわかりやすく伝え、最終的にビジネスに実装できる人材

・データを取り出す能力、データを理解する能力、データを処理する能力、データから価値を引き出す能力、データを視覚化する能力、データを人に伝える能力、これらは次の10年で極めて重要なスキルになる

・データ分析の結果、得られた洞察をタイムリーにビジネスに組み込み、競争優位を導くことができる企業を、欧米では「データ駆動型企業」と呼ぶ



最近、次男に、工学部系の情報学科がいいぞと、けしかけています。まあ、本人の好き嫌いですから、こればかりは、親の言うとおりになりませんが、「データサイエンティスト」は、これから重要な職業になると思います。

本書は、データによる戦略決定が重大な影響に及ぼす近未来の姿を浮き彫りにした、読み応えのある書です。


[ 2012/10/31 07:01 ] 仕事の本 | TB(0) | CM(0)

『銀座の投資家が「日本は大丈夫」と断言する理由』大原浩

銀座の投資家が「日本は大丈夫」と断言する理由銀座の投資家が「日本は大丈夫」と断言する理由
(2012/03/16)
大原 浩

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著者は、投資や税務のアドバイザーをされている方です。証券新報の顧問も長く努められています。本書は、今年の3月に出版されたものですが、ここ最近の中国情勢をほぼ当てられています。

著者の予測は、「新しい現実」を探る姿勢なので、精度が高くなるのだと思います。著者の多くの予測の中で、注目すべきものが幾つかありました。それらを紹介させていただきます。



・日本や世界経済を読み解くキーワードが「資源国」「華僑」「イスラム」「高齢化」の四つ

・共産党政権下で教育を受けた大陸中国の人々と、やむなく母国を脱出して厳しい異国の中で這い上がってきた華僑の人々とでは、同じ「中国人」でも全く違った「人種・民族」。大陸中国にはネガティブな見方をしているが、華僑の今後の発展は疑いのないところ

・中進国を目指している段階では、中国共産党の一党独裁はプラスに働いた。しかし、中進国入りし、次のステップを目指す場合に、独裁的。強権的政治は大きなマイナスになる

・1人当たりのGDP成長率が一定水準になると、成長率が大幅に落ちる。この現象は、ドイツで1960年代半ば、日本で1970年代初期、韓国で1990年代後半に訪れている

・中国政府の人口調査によれば、出生人口男女比率は118:100。通常は106:100だから、かなり深刻な状況。その結果、33歳の独身者の男女比が3:1という極端な男性過剰になっている。ストレスをためた男性が巷にあふれているのは、政治的に好ましくない

・ブラジル経済は悪くないが、家計の可処分所得に対する借金比率が高いのに注意が必要

・インドの1人当たりGDPはまだ1400ドル程度の水準。3倍の4000ドルあたりまでは、比較的簡単に成長できる。しかし、インド人が「白いお金・黒いお金」と表現する賄賂の問題は深刻。黒いお金(賄賂の相場)は、白いお金(表のお金)の約3割

・アメリカは「発展途上国」。1950年に1.5億人の人口が、2050年には4億人に達する。中国やインドのような人口過密地帯でないことも優位に働く。アメリカは、シェールガス開発も進む「資源大国」でもあり、潜在能力は侮れない

・米国企業の多国籍化・グローバル化は着実に進んでおり、海外での売上・収益が、米国経済に大きく貢献している。対外直接投資残高のGDP比は、英国75%米国33%日本15%

・日本の「失われた20年」は、戦地で死線をくぐり抜けた戦後第一世代の遺産を、豊かでお気楽な団塊世代が引き継いだことにある。現在は、バブル以後の厳しい経済しか知らない世代が台頭してきているので、日本の将来については安心

・中国は、世界第2位の経済大国になった途端、「中華思想」が首をもたげ、尊大な態度が目につくようになった。それは、外国に対してだけでなく、一般の中国国民に対しても

・華僑集団の中では、裏切り行為があった場合、厳しい制裁を行う。華僑は、「幇(パン)」という出身地(郷幇)同業者(業幇)の連帯組織を作り、相互扶助をはかり、便宜を与え合っているので、「信頼・信用」することができる

・オーストラリアは、資源国として今後も安定的な成長を遂げる。カナダは、原油や天然ガスだけでなく、水や森林も潤沢。香港返還後の華僑たちの選択(カナダ、オーストラリア、ニュージーランドに移住)は結果的に正しかった

・資源・エネルギーが不足する時代には、米国の2倍、中国の8倍以上のエネルギー効率を誇る日本の産業が圧倒的に有利になる

・アフリカ諸国やブラジル、インドは「人口ボーナス」(人口増の維持)、欧州や日本では、逆の「人口オーナス」。アジアの新興国も人口オーナス化していく

・タイは、日本の投資先として、直接投資残高が2.3兆円と、アジアで中国に次ぐ位置

・どんな大企業であっても、雇われ経営者にとっては、投資収益を上げることよりも、規模の拡大がメリットだから、投資家は十分注意しなければならない

・米国が先頭、その20年遅れが日本。韓国がさらに20年遅れで、中国は韓国のさらに20年遅れ。過去、米国の低迷期に日本が発展した。20年説の答えは「世代交代」にある

・ネット社会では、日本の過去のような中間管理職の優秀さが必要ない。優秀なマネージャー(リーダー)とその他大勢のスタイルが、日本のビジネス社会の大いなる刺激となる



日本及び海外先進国や新興国への投資(株式、債券、土地、為替など)をされている方は、海外諸国の中長期を予測しなければなりません。

そこを間違わないようにするためには、大局をつかむことです。そういう意味で、本書はその一助になるのではないでしょうか。


[ 2012/10/30 07:02 ] 投資の本 | TB(0) | CM(0)

『強く生きたい君へ-我が空手哲学』大山倍達

強く生きたい君へ―我が空手哲学 (知恵の森文庫)強く生きたい君へ―我が空手哲学 (知恵の森文庫)
(2004/10)
大山 倍達

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大山倍達氏の著書を紹介するのは、「大山倍達強く生きる言葉」に次ぎ、2冊目です。前書は、大山倍達氏の三女が書かれたものでしたが、本書は、正真正銘、大山倍達氏自身の手によるメッセージです。

今や、極真カラテと大山倍達氏の名は、遠くは、アフリカの地にも轟いています。それは、空手を技術だけでなく、人間をつくる域にまで高めたからだと思います。

つまり、武道家ではなく、教育者としての評価かもしれません。教育者大山倍達氏の思想、哲学が本書にみっちり収められています。それらを一部ですが、紹介させていただきます。



よい本を読むことは、よい理想を与え、よい志を育て、よい友をつくる。本のみが人生ではないが、実践に偏りがちな人間にとって、よい本はよいものを与えてくれる

志と野心の違いは、その目指すところの違い。富や名声のみを求めるのが野心であり、志とは、より人格的な、精神的なものを求めること

・志士とは、魂の最深部からこみ上げてくる激しい憧れによって、清廉潔白の人格を志す者。その志は、より皮相な欲求と戦い、淫らな欲求を制御するに至る

・いったん志を立てれば、人は一刻も無駄にできない。志気ばかり旺盛で、何もしない人がいたら、その志気は見せかけであり、形式的な栄進、名誉や富に濁ったもの。大志とは、なにものにも愧(は)ずることのない境地を目指すもの

・修練を続けるには、安楽や享楽は拒否せねばならない。それには強い克己心と、どんな誘惑をもはねのける強い目的意識、つまり志がなければならない。求道とはそういうもの

・限界を破る苦しみから、新しい力が身につく

・「日に新たに、日に日に新たに、また日に新たなれ」。この句は殷の湯王が、洗面器に彫りつけ、毎朝顔を洗うたびに見た句。崖をよじ登るつもりで修練せよ。もしそこで手を止めたら、ずり落ちてしまう。落ちていくことは、自らの高い志に対して恥ずかしいこと

勇気を持つための一番の早道は、道の上にあり、大義のために生死を投げ捨てていること。自分の道の上にあり、名利栄達を望まずにいれば、何を恐れることがあるか

・見物人の結果主義やファン気質や権威主義を、無視超克できるだけの義心をもて

・禅の悟りの境地は「死にきる」。「大死底の人」は、生死を乗りこえた意識に達した人

・子が、人々に敬愛され、必要とされる立派な人物となることが、親には一番うれしい

・武人は必要な教養理性を欠き、文人は必要な覚悟を欠いた。これが、文人の軟弱政治と、武人の剛直愚昧の暴走をもたらす原因

・自分に必要最小限のものだけ許し、世のために一生を捧げる気持ちで生きていくことが、戦いに勝つこと。人より見劣りする境遇を嘆くようでは、道は歩めない

・どんな仕事をしても、どんな道に進んでも、人は生命がけの対決を、何度も何度も強いられるはず。それがないとしたら、戦いから尻込みし、本当の仕事をしていない証拠

・生死をかけたものを、金で買われてたまるか

・精神統一とは、自分が相対する対象そのものになりきること。弓の人は、自分と狙う的をぴたりと合わせて、一つの境地になる。正反合一した境地になったとき、弓が引ける

・東洋の哲学は肚哲学。身体訓練によってしか到達できないと考えたのが東洋の修行道

・お金は労働の結晶として大事なもの、尊いもの。言葉や礼儀と同様に尊重せねばならないもの。「武の道においても金銭は貴いものなり。しかれども執着すべからず

・人間の目的は「金銭的な繁栄ではなく、道の達成」。金銭は用にすぎず、が体である

・「子供のために財産を残したら、私の死後、墓に唾を吐け」と弟子たちに言っている

・私が先の世から受け継いだ遺産は、宮本武蔵の生涯をかけた修練、生死を超えて正義を求めた西郷隆盛の巨大なる魂、ビスマルクの熱血、孔子の仁愛、釈迦の慈悲、馬祖道一の喝。先人の精神に触れ、憧れ、希望の焔を燃やしたからこそ、道を歩くことができた



本書には、大山倍達氏の「叫び」と「志」と「鍛練」と「戦い」と「悟り」と「哲学」が書かれています。

それは、「無」から「偉大なる遺産」を築き上げた人のストーリーかもしれません。希望の焔を燃やし続けることが、それを可能にしてきたのではないでしょうか。


[ 2012/10/29 07:01 ] 戦いの本 | TB(0) | CM(0)

『なぜ書には、人の内面が表われるのか』松宮貴之

なぜ書には、人の内面が表われるのか(祥伝社新書285)なぜ書には、人の内面が表われるのか(祥伝社新書285)
(2012/08/01)
松宮 貴之

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著者は、外形だけを風変わりにした「アート書道」を否定しています。著者の見解が、「書とは教養である」からです。修養を重ね、人の個性が表われ、その個性は、書に表われる。その書を見れば、人の生き様が見えてきます。

歴史上の人物であっても、その生き様が推測できるということです。本書では、歴史上の人物を例に出しながら、書で、その内面を見ていく方法も詳しく明示されています。特に面白かったところを、要約して、紹介させていただきます。



・董其昌の書論には、「奇に以て、反って正」という言葉が随所に出てくる。「いっぷう変っているようであって、実は正しい」という意味で、「整然としていなくても、バランスがよく取れている」ということ

・董其昌は「天真爛漫、わが師なり」と言っている。老境に差しかかった人が、まるで赤ちゃんのような純真性を見せることがあるが、これがまさに天真爛漫。とらわれることのない、無垢の精神

・仙人の生き方を実践することで、宗教的な降霊現象が起こる。「自然の書」とは、そのような精神状態に陥ることで、自動的に書かれたもの。つまり、霊告(天のお告げ)の示すがままに書かれた、人功(人間わざ)を超越した書こそが「自然である」というわけ

・私たちは、「自然から始まり、工夫を極めたのち、また自然に至る」という流れの中で生きている。自然と工夫の二つの概念は、決して対立するものではなく、一環のもの。これが人生の摂理

・董其昌は「字は須く熟の後の生なるべし」(書とは、習熟したのち、身についた「習気」を一掃し、再び初々しさを回復した「生」、すなわち、純粋性の発露でなければならない)と言っている

・書を学ぶ過程の第一段階は、「平正」(平直端正。まともできちんとしていること)を心がける。第二段階は、「険絶」(常識を破って奇異奔放に書くこと)を追求する。そして、第三段階として、再び「平正」に戻る

・一番初めの型を追う「平正」の段階では、「私はまだ至らない」という気持ち。次に型を破る「険絶」の段階で、「行きすぎた」の感覚となり、こうした時期を経たのち、「通会」(過不足を経験的にわかったうえでの中庸)という、一種の悟りの境地に至る

・過去の成功談や自慢するだけの人、後悔ばかりを語る人は、体験談で終わっている人。このような年長者では、敬われる資格がない。人は、多くの経験を得て初めて、美しく正しく老い、成熟する。「人書倶に老ゆ」は、そのような人生の目的を教えてくれる言葉

光明皇后の溢れんばかりの筆勢が心を打つのは、彼女自身が置かれていた人生を映し出しているから。山背大兄王への鎮魂の強い思いが、書の密度を高めている

空海は、やはり自己顕示欲が強かった人。彼の書には、下品なところがある。ただ、それを補って余りあるほどの大胆さ、圧倒的な力強さがある。大胆と下品の分かれ目は、その人の行いが信念や自己犠牲の精神を含んでいるかどうかが影響する

・今の日本では、禅僧(白隠、慈雲、仙涯、良寛など)の書に人気が集まっている。例えば、白隠の書には、脂ぎって、つやつやしているところがない。脂が抜け切って、さっぱりしている

・宋代に著された「続書断」では、「神品」(抜きんでてすぐれたもの)「妙品」(技巧にすぐれ美しいもの)「能品」(通俗に陥らず正しい書法を守っているもの)と定義している。「神・妙・能」とは、うまく名づけたもの

・書は「線質」「用筆」「造形」という三つの要素によって構成される。書の「見てくれ」である、この三点を見極めて、書かれた内容、言葉の意味を理解すれば、おおよその書を評価することができる

・線の肥痩である「線質」は、その人が生まれながらに持っている個性。それを活かしていくことで進歩する。筆の使い方の技術「用筆」は、練習すれば、誰でも習得できる。全体的な形につくる「造形」は、終筆への意識であり、まとめ、締めくくり

・書は時間芸術なので、「心象速度(心の中の速度)」が問題になる。速度という身体性は無視できない要素

・書のやりとりは、教養のやりとりであると同時に、相手に自分の人格や品格を晒す行為に他ならない。生の人間が出るから、ぎりぎりの緊張感の中で行われる。だから、書は「人品の記念物



筆跡診断などというものは、怪しいものと半ば決めつけていましたが、本書を読み、人の性格、生き様、教養を知るのに、有効な手段であることが理解できました。

現代人は、字を書くことが減っています。、しかし、減ってきたからこそ、自筆の一字一句が貴重なのかもしれません。そういう意味で、本書は、書を学びたい人にとっての貴重な書になるのではないでしょうか。


[ 2012/10/27 07:03 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)

『日本人の世界観』大嶋仁

日本人の世界観 (中公叢書)日本人の世界観 (中公叢書)
(2010/04)
大嶋 仁

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本書は、日本人のものの考え方が、古事記の時代より、どういう変遷を辿ってきたのかを明かそうとするものです。

その時代、時代の思想家の言葉を引用しながら、読み解いていくと、現代の日本人の思想がどう形成されてきたかが見えてきます。この大作の一部を、要約しながら、紹介させていただきます。



神道とは、仏教が入ってきたことでできたもので、仏教と区別する必要から生まれた

・老子がいみじくも言ったように、「大道廃れて仁義あり」。孔子のように「仁義」を説く者が登場する世の中は、よほどに廃れているということ

・今でこそ道教は日本人の意識外に置かれているが、古代の日本人にとって大きな存在であった。平安時代は「儒仏道」と呼ばれ、三つの重要な教えの中に、道教が入っていたが、鎌倉時代以降、「儒仏神」に変わった。道教が在来宗教に溶け込み、神道に成りかわった

・神道は「神道」として自分を意識しないうちが「花」。己を「神道」として、自己主張しようとすると、自身の肝心な部分を裏切る。これが「神道」。「神道出でて神道滅ぶ」という逆説を忘れずにいたい

・和の精神を強調する聖徳太子の憲法第一条では、党派性に陥らず、虚心に話し合うことの大切さが説かれている。「人みな党あり、また達れるひと少なし」は、小集団に凝り固まり、全体の利益を考えられない人の多いことを戒めた極限の表現

・「凡夫」の対立概念は「仏」。どんな人の意見にも価値があり、かといって、誰の意見も絶対的な価値をもつものではない、という聖徳太子の憲法十条の表現は、仏教の立場から、民主主義の理念を説いたことを示している。欧米文化のみが民主主義の生みの親ではない

・戦国時代の宣教師たちが「神とは根源的な生命エネルギーであり、それこそがキリスト教の愛」と説いていれば、古事記以来の世界観を生きる日本人に、この宗教は受け入れられたはず。布教が成功しなかったのは、当時のローマ教会の公式見解に縛られていたから

・キリスト教には、いろいろな問題もあるが、仏教より、社会の不平等を是正することに積極的で、その「愛」の実践は、今日的見地からすれば、高い評価に値する

・徹底的に理詰めにできた朱子学が導入されたことで、江戸時代の日本人の知性は高められた。朱子学がなければ、西洋思想を迎えた19世紀後半の日本の近代文化は考えにくい

・新井白石は、「西洋人は、理の通った考えをもっているが、宗教に関しては、極めて幼稚な考え方。キリスト教は神が造ったのに、その神は誰が造ったのかと聞くと、神の前に誰も存在しないという、奇怪千万なことを言う」と、宣教師を合理的、論理的に問い詰めた

・富永仲基の「儒教や仏教にせよ、どの宗教も時代とともにその理論を追加・修正してきた」(加上論)という考えは、宗教を全否定しているわけではない。彼は、生きるにあたり、必要最低限の生き方があり、どの宗教にも共通して現れるものを「誠の道」と呼んだ

・日本古来の「一即多・多即一」の世界観は二者択一を好まず、すべてを受け入れようとするものなのに、平田篤胤は神道のみを許容し、その他を排除した。このような絶対主義=唯一主義は日本人の伝統に反する

・三浦梅園は真理を認識する方法として、「反観合一」すなわち「反して観、合して一となす」ことを提案している。彼をデカルトの懐疑精神やヘーゲルの弁証法と比較することは可能だが、西洋の哲学を経由しないでも、それに匹敵する地点に到達していたことが重要

・江戸時代後期の思想家安藤昌益は、その著書「自然真営道」において、産霊(ムスヒ)と自然を直結させた上で、農耕と生殖行為を一対の行為と考え、古事記以来の日本人の世界観を発展させた。彼は、農本主義を主張し、士農工商の身分制度を不自然と考えた

・石田梅岩は「よく働くことが心の修養。商人なら商いに専念し、理屈を述べるより職分を尽くせ。心の平安を得るには、贅沢を避け、簡素に生きよ」と説いた。この心学の考え方が、多くの庶民に共有され、長く生き続いていたことが、戦後の経済成長をもたらした

・近代国家日本にとって脅威なのは、個人主義よりも社会主義のほうだった。個人主義を抑え、生気論的世界観を社会化する思想運動は、国家主義の前に立ちはだかる強敵だった

・他者の認識に欠けた論理(自我の膨張現象)である「ロマン主義」が拡張すると、個人の自我と国家の自我が混同され、ナショナリズムに歯止めがなくなる。近代日本は、ロマン主義であったがゆえに、最後は自棄的な暴力沙汰に突入してしまった



本書を読むと、日本という国は、古事記や聖徳太子の憲法の上に、さまざまな宗教、思想が加えられて、練られてきたものだということがよくわかります。

ここから、逸脱する考え方を強引にすすめようとしても、軌道修正が自然と加わっていくのではないでしょうか。この本は、日本の思想史が実によくまとめられている良書です。


[ 2012/10/26 07:03 ] 神仏の本 | TB(0) | CM(0)

『増補決定版・言葉の花束・愛といのちの792章』三浦綾子

増補決定版 言葉の花束 愛といのちの792章 (講談社文庫)増補決定版 言葉の花束 愛といのちの792章 (講談社文庫)
(2001/12/28)
三浦 綾子

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三浦綾子さんの「塩狩峠」を読み、大変感動したのが、中学生のときです。その後、北海道旅行をしたとき、塩狩駅で降り、線路沿いに峠まで3㎞ほど歩きました。その場所が持つ空気が味わえただけでも喜びでした。

そういうこともあり、三浦綾子さんは、私にとって特別な存在です。本書は、三浦綾子さんが亡くなられる一年前に刊行されたものです。

今でも、三浦綾子さんの清らかな言葉にふれると、純粋無垢だった少年時代の心に戻っていける気がします。本書の800章近い言葉の中から、私のおすすめの言葉を選び、一部要約して、紹介させていただきます。



・金や財産は人間を育てない。いや、育てる邪魔をするかもしれない

・転んだことは恥ずかしいことではない。起き上がれなかったことが恥ずかしいこと

・規則というものは、その規則を守ることを第一の眼目とする。規則を大切にするあまり、しばしば、人間よりも規則が重んじられ、それを守らぬ人間を罪人視する

・正しくさえあったら、堂々と自分の信ずるところを生きればいい。それは、自分勝手とは違う。本を読み、人にも学ぶ努力の中で、自分の考えが形づくられていく。確固たる自己を持った人間は、体裁が悪いだの、恥ずかしいだのと、外面的なものにこだわらない

・すべての人間が視力を失っていたら、私たちの愛は、もっと深く、人間の核心に迫っていたのではないか。可視的なものに、私たちはあまりにもふりまわされて生きている

やれるかもしれないと思った時、自分でも気づかなかった力が出てくる。初めから、できないと言えば、できずに終わる

・自分だけが中心の生活をしていると、自分だけに太陽の光が注ぐことを望むような、けちな根性になる。それは、それだけの貧しい人生でしかない

敵愾心を抱くというのは愚かなこと。向こうが、どんな人か知りもしないうちに憎むというのは、おかしな話。自分の人生において、どのような存在となるかわからずに、敵と決めてしまうことは、まことに愚かしい

・自分の非を素直に認めたり、まぬけさを客観的に笑えたら、これは立派。ここには、劣等感も傲慢もない。あるがままの自分を見つめる澄んだ心だけある

・素直とは、人の言葉を鵜呑みにして、何でもハイハイときくことではない。素直とは、真理に従順であるということ。真理に従順とは、自分のわがままな感情を叩きふせること

・「理解してほしい、慰めてほしい」の受ける態勢から、「理解してあげたい、慰めてあげたい」の与える態勢に変わる時、悩みのほとんどが解決している

・花たちの使命は、生まれた場所がいかなる所であろうと、命の限りに咲くことにある

・秀れた人間というのは、他の人間が愚かには見えぬ人間のこと

・学ぶというのは、「何を学ぶか」の選定と、「独学の精神」を高く持つことにある

・仕事が小さかろうが、大きかろうが、人間の命を第一に考えるのでなければ、ついには呪われた企業になる

批評の極意は、相手の立場に立ってみること

・自分の愛する子孫に祟る先祖などいない。祟る力があれば、もっとよいほうに導く

・人生の一大事である結婚に不真面目な人間は、その人生に不真面目な人間である

・お互いの老醜を、醜と感ぜずに受け入れ得るのが夫婦愛

・景色でも、友達でも、懐かしさで一杯のものがあると、人間はそう簡単には堕落しない

・愛とは、なすべきことをなす意志。情に流されるのが愛ではない

・幸福な結婚というのは、結婚してからでは遅い。結婚生活の土台は、お互いの結婚前の生き方にかかっている



三浦綾子さんの慈悲に溢れた言葉は、私たちの荒んだ心、疲れ切った心を、慰め、癒し、そして温めてくれます。

冒頭で紹介した「塩狩峠」は今でも、文庫本で60刷以上、250万冊のロングセラーを続けています。これも、三浦綾子さんの慈悲にふれたくなる気持ちの表れではないかと思います。


[ 2012/10/25 07:02 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『働かないアリに意義がある』長谷川英祐

働かないアリに意義がある (メディアファクトリー新書)働かないアリに意義がある (メディアファクトリー新書)
(2010/12/21)
長谷川 英祐

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著者は、昆虫生態学を専門とする生物学者です。生物学者の本は、われわれに生きていくヒントをいっぱい与えてくれます。

本書には、集団と個の最適な関係のヒントが記されています。働き者とされるアリでも、働かないアリが案外多いのはなぜか?その理由も含めて、賢い生存戦略には、興味がひかれるところです。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・人の世がなぜ住みにくいのか?それは「他人のいる社会」だから。社会の中で生きていると、自分の「こうしたい」思いと、社会からの要請の狭間で煩悶することになる

・個人の利益だけを追求すると、他者との協同を必要とする社会がうまく機能しなくなる。かといって、社会の利益を前面に押し出しすぎると、個人の不満が鬱積し、社会に貢献しようという気運が薄れる。個人と社会の関係のあり方が人生の複雑さを生み出している

・巣の中の7割ほどの働きアリは「何もしていない」。これはアリの種類を問わず、同様。働かない働きアリは、自分の体を舐めたり、目的もなく歩いたり、ただぼーっと動かないでいたりするなど、労働とは無関係の行動ばかりしている

・女王や幼虫や卵の世話、食料集め、巣の拡張や修繕、仲間の世話などの仕事は、いつ何時、どの規模で必要になるか決まっていない。ヒトの社会もムシの社会も、決まった仕事を決まったスケジュールでこなせばよいのではない。突然予定外の仕事が湧いて出てくる

・変動環境のなかでは、「そのとき」が来たら、すぐ対応できる、働いていないアリという「余力」を残していることが実は重要

・ムシたちは、新たな仕事が生じると、その処理に必要な個体が集まってきて処理する。この際、動員のためのフェロモンや接触刺激による最小限の情報伝達はあるが、人間社会のような上位から下位への階層的情報伝達は一切なく、仕事の処理が行われる

・ハチもアリも、若いうちは幼虫や子供の世話をし、次に巣の維持に関わり、最後は巣の外へエサを取りに行く。年齢に伴う労働の変化は「齢間分業」と呼ばれる。初めは安全な仕事で、余命少なくなっての危険な仕事への異動は、労働力を無駄なく使う目的に適う

・「間違える個体による効率的ルートの発見」によって、エサ持ち帰り効率が上がることがある。お利口な個体ばかりいるより、ある程度バカな個体がいるほうが、組織としてはうまくいくということ

・腰が軽いものから重いものまで、万遍なくおり、しかもサボろうと思っているものはいない、という状態になっていれば、司令塔なきコロニーでも、いくつもの仕事が同時に生じても、それに対処できる

・働かない働きアリは、働くつもりがないから働かないのではなく、働きたいけど仕事にありつけない個体であると考えられる

・動物は、動くと必ず疲れるし、疲れを回復させるには、一定期間休息をとらなければならない。これは、動物が筋肉で動いている限り、逃れることのできない宿命

・仕事が一定期間処理されない場合、コロニーが死滅するとき、働かないものがいるほうが、コロニーは長い時間存続する。働いていたものが疲労して働けなくなると、仕事が処理されずに残るが、いつも誰かが働き続ければ、コロニー内の労働力はゼロにならない

・働かない働きアリは、怠けてコロニーの効率を下げる存在ではなく、それがいないとコロニーが存続できない、極めて重要な存在

・社会の利益にただ乗りして、自分の利益だけを追求する裏切り者ではなく、「働きたいのに働けない」存在は、本当は有能なのに、先を越されてしまうため活躍できない不器用な存在

・アリやハチのワーカーが、社会をつくって他者のために働くのは、滅私奉公しているわけではなく、そうしたほうが、自らの遺伝的利益が大きくなるからと考えられる

・利他行動とは言うが、最終的には自分の利益になる行動をしているわけで、多くの利益を上げる行動のみが進化する、という進化の原則にしたがっている

・社会性昆虫は、複数個体が協同する(群れを形成する)ことで、防衛と採餌と巣の維持などの複数の仕事を同時に処理できる。さらに群れの効果には、捕食者への威嚇や、体温の保温効果もある



本書を読むと、なくてもいいような仕事をしている人をどれだけ抱えておれるかが、その集団の強さであることがよくわかります。

緊急時に、そういった仕事についている人が、不可欠とされる仕事にすぐに付く体制ができていればいいだけではないではないでしょうか。集団とはそういうものかもしれません。


[ 2012/10/24 07:02 ] 環境の本 | TB(0) | CM(0)

『ユダヤ商法』マーヴィン・トケイヤー

ユダヤ商法ユダヤ商法
(2000/09)
マーヴィン・トケイヤー

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本書は、ユダヤ商人が5000年の歴史の中で培ってきた力と知恵を「ユダヤ商人の十戒」という形でまとめています。

1.「正直であれ」2.「好機をとらえろ」3.「生涯にわたって学べ」4.「時間を貴べ」5.「笑え」6.「使命感をもて」7.「過去から学べ」8.「話す倍聞け」9.「弱者に施せ」10.「家族を大切にせよ」と、どれも参考になる項目だらけです。

これらの中で、特に参考になった箇所を、要約して、紹介させていただきます。



・ユダヤ人は聖典「タルムード」を1日1回はひもとく。タルムードは全部で20巻(12000ページ、1日1ページ読んでも33年かかる)。法、歴史、人物が語られ、人生の意義、人間の威厳、幸福、愛とは何かが語られ、ユダヤ人の知的財産精神的涵養が凝縮されている

・「自分の頭で伝統の意味を考えない者は、他人に手を引かれた盲人に等しい」

・人間を欺くことができても、神を欺くことはできない。法律に違反する商取引は、神に背くことと同意。ユダヤ商人の「正直」とは、必ず神との関係において問われる

・正しく行われた商売は徳の高い行い。得られた富を、同胞の貧しいユダヤ人に分配した

・ユダヤ人にとって、金は道具。道具に支配される者はいない。だから、道具である金は、たくさんもっていたほうがいい

・ユダヤ人に「清貧」の概念は存在しない。貧しさは、自慢できることではなく、むしろ、人間の幸福にとって大敵であり、恥ずかしいこと

・「金は要塞であり、貧苦は廃墟である」「金は肥料のようなもの。使わずに積み上げておくと臭い」と、金は必要だが、人生の落とし穴になることを警告する

・商人は、「誇大宣伝」「値をつりあげるための貯蔵」「計量のごまかし」をしてはならない

・ユダヤ商法とは「理詰めの商法」。ユダヤ商人は、さまざまな悪条件を合理化し、改善し、新たな手法を生み出すことによって、解決してきた

・ユダヤ人は「子供」と「本」を大事にしてきた。「生活が貧しくて、物を売らならば、まず金、宝石、家、土地を売りなさい。最後まで売っていけないのは本」という諺もある

ユダヤ人の教育の成功の秘訣は5つ。1.「個人を重視する」2.「得意分野で優越する」3.「全人格を向上させる」4.「創造力を養う」5.「生涯を通じて学ぶ」

・イマジネーションを作動するのは、「自己あるいは他人との対話」「読書」「執筆」の三つ

・「他の人より優れている人は、本当に優れてはいない。以前の自分より優れている人は、本当に優れている」

・「人間はしばしば手を抜くことによって、かえって大きなものをつくり出す」

・創造的な行為は、ユーモアやジョークと全く同じように、意外性という力によって支えられている。常識的な枠に、とらわれてはいけない

・「神の前では、泣け。人の前では、笑え」

・笑いは「許す」という機能を持っている。あらゆることについて笑える人間は寛容である。人間は厳しさの中にも笑いを忘れてはならない

・「理想を持っている者は、失敗してもくじけない。それは、理想が損なわれたわけではないから。実利を求める者は、失敗したら、立ち直れない。それは、実利が失われるから」

・ユダヤ商人には、過去に失敗した契約書を教訓として、額に入れて飾っている者がいる

・ユダヤ民族は、人の五感の中で、「音」が最も精神性が高いとみなしてきた「聞く民族

・「よい意見には人格はない」。アイデアを出した人間の評価をしてはならない

・「自分の悪事を隠すのと同じくらいに、自分の長所や功績を隠すように努めなさい」

・「人は、その知恵によって敬われ、親切さによって愛される」

・「人間を計るのに四つの尺度がある。それは、金、酒、女、時間に対する態度」



この本に出てくる格言、箴言の多くは、タルムードからの出典です。タルムードは論争集で、読む者が考え、自分で判断するものです。

自分の頭で考え、判断することが何よりも重要ということではないでしょうか。



[ 2012/10/23 07:00 ] ユダヤ本 | TB(0) | CM(0)

『自生の哲学―快のプリンシプル』三木建

自生の哲学―快のプリンシプル―(発行:Gray PRESS)自生の哲学―快のプリンシプル―(発行:Gray PRESS)
(2012/01/19)
三木 建

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本書には、身近な哲学がいっぱい掲載されています。わかりやすく言えば、「物事に対する基本的な考え」がたくさん記されているということです。

著者の「物事に対する基本的な考え」が詩的であるため、心を奏でてもくれます。奏でられた「哲学」を、一部紹介させていただきます。



・何が大切なのかを知らなければ、大切なものから失っていく

・行為は思想から始まる。そうでない行為は、日常の営みである

・いかなる知性や感性も、極限の「経験」者に迫る胆力を持たない

・考動一体。思考と行動は絶えず一体である。思考を伴わない行動は、危険の周縁を好む

・研ぎ澄ました知性は言葉少ない

・発言することは批判されることに繋がる。人間は前にある知性を否定することによって進化している

・動物は自らやることを増やしたりはしないが、人間は絶え間なくそれを繰り返している

・良心のある人は、自分の中に「良心」と、「良心に背く言動」の並存を許せないものだ

・自然界はお互いさまの世界である。秩序が延々と続いているのが自然界である。このこと一つとっても、人間は自然界に学ぶべきである

・知識を売る人間の最大の悪業は、人間を間違った所へ導くことである

・人間は金のかかる文明しかつくらない。金のかからない社会をつくらねば、やがて人間も社会も廃れていく。金だけを求める社会はやがて「品格」という言葉を失う

・新しい製品を次々につくり出していくことは、それを手にするために、もっともっと働かねばならないということ。経済的豊かさとは結局、抱えるモノが多くなるということ

・真の強さとは、戦わずして勝つことである。その「強さ」の上の次元に、人々の求める「良さ」がある

・行き過ぎは、自滅の加速剤である。行き過ぎは、自分にも他人にも危険をもたらす

・良い社会には、客観的にしっかり物事を見る、たくさんの人たちが不可欠である

嬉しい選択の時には品性が、辛い選択の時には思想が問われる

・誤った目的を抱くと、目標も誤ったものになる。誤った目的のために、誤った目標に向かって毎日を生きるほど、くだらない人生はない

・喜びや健康、成功は視界を広げる。悲しみや病気、失敗は視点を掘り下げる

・貧しさは、真に必要なことを求めるが、豊かさは、不必要なことをさせたがる

心の琴線に触れずして、信頼は生まれない

仕事が待っていると胸を張って出かけ、家族が待っていると胸を膨らませ帰る。これ以上望んで何になる

・穏やかな春の日は、景色が霞む。凍てつく冬の夜は、夜景がこの上もなく美しい

頼れる人を持つことは幸せでる。頼ってくれる人がいることは喜びである

・子や孫に話してやれる心躍るストーリーをたくさん持っているほど、幸せな人生はない

・偶然は、自ら出かけて出会うものである

・他人に声をかける力は、自分にも他人にもチャンスを生み出す、社会が求める優れた力

・他人を自分の意見に従わせようとする人は、とても賢い人とはいえない。他人の意見に自分を合わせようとする人は、自分の存在を消そうとしていることに等しい

・知恵のある利己主義者ほど、しぶとくその地位を保つ

・金で買えないものこそ、人が求めているものである



著者は、「筆跡と言葉から、その人の性格や感性、知性が垣間見える。タイプされた文面は、それらを正直に伝えてくれない。だから、言葉の価値が高まっていく」と述べられています。

言葉の価値を大切にする時代が訪れているのではないでしょうか。


[ 2012/10/22 07:03 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『アラブ人の心をつかむ交渉術』郡司みさお

アラブ人の心をつかむ交渉術アラブ人の心をつかむ交渉術
(2008/11/15)
郡司 みさお

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アラブ人は、日本人に好感をもっているのに、日本人はそれを、どう受けとめていいのかわからずに、戸惑っている感じがします。

日本人に好感を持っている、アラブ人、インド人、東南アジア諸国の人たちを相手にビジネスを行えば、日本人嫌いを教育させられている中国人との取引を減らしても、それを十分にカバーできます。

本書には、アラブ人をよく知り、中東ビジネスを成功に導く掟が掲載されています。それらの中から、新しい発見が多々ありました。一部ですが、紹介させていただきます。



・日本人がアラブ人に好かれているのは、1.「秩序、忍耐、協力、年長者への敬意など日本人の美徳とイスラムの美徳が共通」2.「一足早く欧米諸国に追いつき先進国になった日本への尊敬の念」3.「過去一度も戦争がない」4.「日本は石油の最大顧客」なのが理由

・本日のお祈りタイム(昼は正午前後、午後は16時前後)を頭に入れておく必要がある。お祈りの後は、さっぱりとして機嫌がいい。商談にはグッドタイミングで、狙い目の時間

・アラブ諸国では、9月(ラマダーン月)は、断食(サウム)で国中が一色に染まる。いくら断食とはいえ、1カ月何も食べなければ死んでしまう。食事、水分、タバコを一切絶つのは、太陽が空にある間だけ。日没後は、親戚一同が集まって、大宴会を繰り広げる

・ラマダーン月前は何かと物入りとなるため、店の売上は大幅にアップする。親戚一同が集まるため、室内装飾をし、新しい服を買い、食材、土産などを買い込む

・ラマダーンの時期は、どんなに遅れても、「ラマダーン」ですからで済まされる。言われた方も「ラマダーン」だから仕方がない

・ラマダーンから二ヶ月後の巡礼(ハッジ月。一生に一度はサウジアラビアのマッカに巡礼するのが義務)の帰りに、誰もがお土産を買って帰る。宗教用品の他、電化製品などもよく売れる。年に一度の巡礼シーズンは、世界から集まったムスリムへの販売チャンス

・アラブ人は、ひと昔前の日本人に驚くほど似ていて、義理固い。地域社会、部族社会とのつながりが深く、親子三代大家族で住むことも多い。彼らとつき合うためには、祖父母とつき合うつもりになれば、実にうまく事が運ぶ

・無理のない範囲での「人情」や「お世話」は大切。真剣に相手の話を聞き、できる限りの「親切」をすれば、必ず「恩義」を感じて、忘れない。それが、アラブ人の特質

・アラブ人と接して驚くのがバカ丁寧な挨拶。初対面での挨拶のポイントは、「相手の目をみつめ、心から嬉しそうにする」「時間を作ってくれたお礼を言う」「相手を具体的にほめる」「相手が自慢したがっている事柄を質問する」「相手にいたく感心、感動する」こと

・アラブ人は本当に根回しが好き。アラブ人には、「うまく甘えながら根回しをする」こと。自信があっても、不安で自信がないふりをして、ひとりひとり「個別」に「相談」して回り、下手に出て、意見を求めること。甘えられ、頼られれば、誰でも悪い気はしない

・アラブ社会では、「飛び込み営業」や「一見さん」は、ほとんど相手にされない

・日本では、100円のものを10個買えば「900円」に値引きになるが、アラブでは逆に「1100円」になる。たくさん買う人は金持ちだから、たくさん払えという論理

・遊牧を生業にしてきたアラブ人にとっては、「一か所に留まることは、物が腐る、くすむ、枯渇する」ことを意味する。そのため、商品や仕入先を変えて、「変化や動き」を与える

・大袈裟に笑い、ジェスチャーし、アピールすることはアラブ人とつき合う上で大切

・アラブ人にとって、家族を大切にする人=「いい人」。家族の話をすると好感度が上がる

・アラブ人とつきあう上での9つのタブー。「左手を使うな」「犬を見せるな」「足の裏を見せるな」「人差し指で人を指すな」「子供の頭を撫でるな」「深々としたお辞儀をするな」「女性に握手を求めるな」「お祈りタイムに電話をするな」「女性に許可なくカメラを向けるな」

・イスラムでは、自由な恋愛が許されていない。未婚の男女がつきあうことはご法度。「できちゃった婚」など、もってのほか。厳しい刑罰に値する

・イスラムでは、賄賂、利子の取得、文書偽造、詐欺、偽証、軽い殴打、少額の窃盗などの刑を「タアズィール刑」と呼び、ムチ打ち禁固刑財産没収などが科せられる



日本人はアラブ人を「食わず嫌い」しているのかもしれません。ちょっとしたマナーやタブーを知ることで、それらが一挙に改善するように思います。

本書は、日本人とアラブ人の友好を深める一助になるのではないでしょうか。


[ 2012/10/20 07:02 ] 海外の本 | TB(0) | CM(0)

『橘曙覧全歌集』

橘曙覧全歌集 (岩波文庫)橘曙覧全歌集 (岩波文庫)
(1999/07/16)
橘 曙覧

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橘曙覧を紹介するのは、「たのしみな生き方・橘曙覧の生活法」に次ぎ、2冊目です。橘曙覧は、幕末の福井で暮らした歌人です。自由を求めて、あえて清貧の道を選んだ人です。

本書には、1200首以上の短歌が収められています。その中でも、志濃夫廼舎歌集の「独楽吟」が、近代短歌の先駆けとして有名です。

今回も、独楽吟の中から、小さな幸せを感じる短歌を選び、紹介させていただきます。



・「たのしみは 艸(くさ)のいほりの 筵(むしろ)敷き ひとりこころを 静めをるとき」

・「たのしみは 珍しき書 人にかり 始め一から ひろげたる時」

・「たのしみは 紙をひろげて とる筆の 思ひの外に 能(よ)くかけし時」

・「たのしみは 百日(ももか)ひねれど 成らぬ歌の ふとおもしろく 出できぬる時」

・「たのしみは 妻子(めこ)むつまじく うちつどひ 頭ならべて 物をくふ時」

・「たのしみは 空暖かに うち晴れし 春秋の日に 出でありく時

・「たのしみは 朝おきいでて 昨日(きのふ)まで 無かりし花の 咲ける見る時

・「たのしみは 心にうかぶ はかなごと 思ひつづけて 煙艸(たばこ)すふとき」

・「たのしみは 意(こころ)にかなふ 山水の あたりしづかに 見てありくとき」

・「たのしみは 尋常(よのつね)ならぬ 書(ふみ)に画(ゑ)に うちひろげつつ 見もてゆく時」

・「たのしみは 常に見なれぬ 鳥の来て 軒遠からぬ 樹(き)に鳴きしとき」

・「たのしみは 物識(ものしり)人に 稀にあひて 古(いに)しへ今を 語りあふとき

・「たのしみは 門売りありく 魚買ひて 烹(に)る鍋の香を 鼻に嗅ぐ時

・「たのしみは まれに魚烹て 児等(こら)皆が うましうましと いひて食ふ時」

・「たのしみは そぞろ読みゆく 書の中(うち)に 我とひとしき 人をみし時」

・「たのしみは 雪ふるよさり 酒の糟(かす) あぶり食ひて 火にあたる時

・「たのしみは 世に解きがたく する書(ふみ)の 心をひとり さとり得し時

・「たのしみは 炭さしすてて おきし火の 紅(あか)くなりきて 湯の煮ゆる時」

・「たのしみは 心をおかぬ 友どちと 笑ひかたりて 腹をよるとき

・「たのしみは 昼寝せしまに 庭ぬらし ふりたる雨を さめてしる時」

・「たのしみは 昼寝目ざむる 枕べに ことことと湯の 煮えてある時」

・「たのしみは 湯わかしわかし 埋(うづ)み火を 中(うち)にさし置きて 人とかたる時」

・「たのしみは 機(はた)おりたてて 新しき ころもを縫ひて 妻が着する時

・「たのしみは 人も訪(と)ひこず 事もなく 心をいれて 書を見る時

・「たのしみは 木の芽にやして 大きなる 饅頭を一つ ほほばりしとき

・「たのしみは つねに好める 焼豆腐 うまく烹たてて 食はせけるとき」

・「たのしみは わらは墨する かたはらに 筆の運びを 思ひをる時」

・「たのしみは 好(よ)き筆をえて 先づ水に ひたしねぶりて 試みるとき」

・「たのしみは 庭にうゑたる 春秋の 花のさかりに あへる時時」



くつろぎの時間、家族との語らい、家族の笑顔、季節の変化の発見、散歩、昼寝、親友の来訪、おいしい旬の食べ物など、橘曙覧は、お金がなくても幸せを感じるときを詠っています。

お金で解決する楽しみ、人と比較する楽しみなどが、貧乏くさく思えてきます。この健全な楽しみ方こそ、一番贅沢であるのかもしれません。


[ 2012/10/19 07:01 ] 江戸の本 | TB(0) | CM(0)

『甘えの構造』土居健郎

「甘え」の構造 [増補普及版]「甘え」の構造 [増補普及版]
(2007/05/15)
土居 健郎

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この本の初版は昭和46年です。40年以上経っても読まれている名著です。著者は、東大医学部教授などを務められた精神科医です。3年前に亡くなられました。

本書は、40年前に、日本人にある「甘えの構造」を見事に解明したものですが、40年経っても、日本人の精神構造はちっとも変わっていません。ゆえに、本書が不朽の名著と呼ばれるのかもしれません。

著者が、40年前に指摘した日本の精神構造の中から、大いに納得できたところを、紹介させていただきます。



・「自分がある」人は、甘えをチェックでき、甘えに引きずられる人は、自分がない

・日本人の甘えに対する偏愛的な感受性が、日本の社会において、タテ関係を重視させる原因となっている

・恩というのは、人から情けを受けることを意味し、恩は義理が成立する契機となるものである。言い換えれば、恩とは、恩恵を受けることによって、一種の心理的負債を生ずることをいう。義理とは、恩を契機として、相互扶助の関係が成立することをいう

人情を強調することは、甘えを肯定することであり、相手の甘えに対する感受性を奨励することである

遠慮の有無は、日本人が内と外という言葉で、人間関係の種類を区別する場合の目安となる。遠慮がない身内は、文字通り内であるが、遠慮のある義理の関係は外である

・日本人にとって、内と外によって態度を変えることは当然なことと考えられているので、身内には、わがままを言い、外では、自制することを誰しも偽善とか矛盾とは考えない

・日本には、集団から独立した個人の自由が確立されていないばかりでなく、個人や個々の集団を超越するパブリックの精神も至って乏しい

・日本人にとって、内と外の生活空間は、三つの同心円からなり、一番外側の見知らぬ他人に対しては、一般に無視ないし無遠慮の態度が取られる。しかし、これは見知らぬ他人が、何ら脅威を与えない時のことであり、いったん脅威となると、態度は俄然変ってくる

・日本人の場合、自分が属している人たちの信頼を裏切ることに、最も強く罪悪を感じる。罪悪感は人間関係の関数といっていい

・罪は価値の内面化に由来し、恥は他人の非難に由来する。よって、人間の自立を謳歌した近代の西洋において、恥の感覚は疎んじられてきた

・甘えの心理的原型は、母子関係における乳児の心理に存することは明らか

・「東洋人の思惟方法を比較研究した結果、日本思想の特に顕著な傾向は、閉鎖的な人倫的組織を重視するということ」(中村元)。これは、日本人の甘えの心理を言い換えたもの

・甘えの世界を批判的否定的に見れば、非論理的・閉鎖的・私的ということになるが、肯定的に評価すれば、無差別平等を尊び、極めて寛容であると言える

恥じらう者は、相手に自分の気持ちが受け止められないので、いたずらに内向し硬化して、それが対人恐怖となって現れている

・「周囲に対する恥の意識」から「周囲に対するおびえの意識」への変化は、社会が個人の恥じらいを受け付けなくなったことに起因する

・日本人はくやしい感情を持ち、また奇妙なことに、それを大事にする。そこで、歴史上の人物で、くやしさを充分経験した者と同一化し、その人物を持ち上げることによって、自分自身のくやしさのカタルシスをはかっている

・「自分がある」とは、集団を否定することには存しない。集団所属によって、否定されることのない自己の独立を保持できる時に「自分がある」

・日本では依存的な人間関係が、社会的規範の中に取り入れられているのに、欧米ではそれを締め出しているために、日本では甘えが発達し、欧米では発達しなかった

・日本では、個人の自由といっても、個人が個人のまま自由なのではなく、所属集団と関係のない集団に参加することによって初めて自由を獲得できる



昔より、日本人は、内集団に甘く、外集団に冷たいと指摘されています。それが、「正社員と非正社員の関係」「いじめの論理」「系列と下請け」「派閥・同窓、同郷、同族意識」などを生んでいます。

それは、ムラ(田舎)で有効の論理であって、マチ(都会)の論理としては足かせになるのですが、未だに、その呪縛にとらわれてしまっています。そろそろ「甘えの構造」をなくす時期に来ているのではないでしょうか。


[ 2012/10/18 07:01 ] 育成の本 | TB(0) | CM(0)

『貧乏神髄』川上卓也

貧乏神髄貧乏神髄
(2002/09)
川上 卓也

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著者は、あえて貧乏の道を選び、貧乏に生きようと決め、田舎に引っ越した方です。でも、偽物の貧乏ではなく、精神的に豊かになるための本物の貧乏です。

著者の考える貧乏道とは、どういうものなのか。本書を読んで、理解できました。それらの一部を、ご紹介させていただきます。



・なんでもかんでもお金で簡単にすませる。そんな生活を支えるために、仕事をするのでは寂しい。お金で手に入れた便利で快適な生活の中で、ただ生きるだけでは切ない

より安く、より旨い飯を喰うには、どうしたらよいのかを考えることは、貧乏生活をする上では、欠かすことのできない行為

・貧乏人が食を楽しむとすれば、当然、自分で作るということになる。食事を作るための台所は、貧乏を支えてくれる場所

・世界の粉食文化を取り入れることで、貧乏人の食卓も豊かに彩ることができる

・なぜ貧乏に降り立つのか?それは、遊びながら暮らすという、人間の本来あるべき姿を求めているからに他ならない

・本当の遊びを求めたい。遊ぶためには、自由でなければならず、お金の多少は無関係

・貧乏人だって、生きるためにはお金が必要だが、衣食住を最低限まで切り詰めれば、必要なお金も少なくなるし、組織に売却する時間だって、短く済む

・お金持ちを夢見て、あらゆる物を買い揃えるという貧乏くさい行為は、100円ショップにまで落ちてしまった

・偽物の貧乏と、本物の貧乏。両者の違いは単純明快。貧乏くさいのが偽物。その決定的違いは、確固たる個を持っているかどうかの一点

・貧乏くさい人々の一番大きな特徴は、個性を消費で作ろうとすること。人間は、物に頼れば頼るほど、貧乏くさくなるだけ

・思想という考えるための片翼を失った日本が貧乏に転がり落ちていく。人間から考えるという行為を奪い去ったとき、そこに残るのは、弱い存在でしかない

・企業は、目先の利益のみを追求し、利益のためなら、子供であろうと消費してしまう。上の世代は、下の世代に教えることを知らず、ただ搾取し続けるだけの存在に成り下がってしまった

・偽物に囲まれた暮らし。人々が行き着く先もまた、偽物の貧乏。与えられた暮らしに別れを告げ、自分本来の生活を創り出すこと

・消費されない自分とは、消費しない自分である。すなわち、消費は生きるための最低限の衣食住にとどめることで、消失してしまう力も最小限にとどめることができる

・貧乏人には力がある。財力は乏しくとも、それを補うだけの自由な時間自由な心、考える力、創造する力がある。真の貧乏人とは、これら諸力を備えた者のことを指す

・次々と過ぎていく時間は、お金に換えることはできても、お金で買うことはできない。自分の進む道を歩みたいのであれば、一番必要なのは時間であり、お金などは、喰えるだけあれば、それでいい

・好きなことをなすためにお金を稼ごうとすればするほど、好きなことをするための時間がなくなる

・貧乏は時間を作り、時間は、自分を創り育てる

・せっかく得た時間という力、心の自由も、使わずにいたのでは、腐ってしまうだけ。貧乏が腐ると、結局、貧乏くさくなってしまうどころか、駄目人間の烙印を押されてしまう

・貧乏とは心底、楽しいもの。貧乏は、生きるという本物の遊びである

・捨てることこそ、貧乏という身軽さを手に入れるために、物質の足かせから自分を解き放つための大事業。目標が定まったなら、真っ先に捨ててしまいたいのが思い出。思い出を捨てることができれば、目に映る様々な物体が、すべてゴミに見えてくる



本書を読んでいると、どこか、「徒然草」のようなところを感じてしまいました。貧乏を楽しむということは、自分の時間を大切にすることに他なりません。

隠遁生活、隠居生活に通じるものが、現代の貧乏生活だと思いました。貧乏に生きるということは、精神的に自立する覚悟を決めることなのかもしれません。


[ 2012/10/17 07:02 ] お金の本 | TB(0) | CM(0)

『試練は乗り越えろ』岡野雅行

試練は乗り越えろ試練は乗り越えろ
(2010/02/25)
岡野 雅行

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著者は、超極細の注射針製造などで有名な岡野工業の社長です。社長というよりも、べらんめえ口調の、気風のいい下町の職人といった感じの方です。

本も数冊出されています。本書の巻末に、「考えて行動する種」という200項目近い言葉が掲載されています。中小企業の経営者ならではの含蓄のある言葉が多く、非常に参考になります。これらの一部を紹介させていただきます。


・「これでいいや」なんて妥協してたら、職人の名が廃る

・ものをつくる仕事は、智慧を働かせる遊び

・勝負事はリキむとたいてい負ける

・結果的に成功する人は、この試練は乗り越えられると信じているから克服できる

・自分を大きく見せるには声を大きくすること

・欲望の本質はすべてエネルギーだ

・人生の転機は、人との交流の中で訪れる。出不精身銭を惜しむと、損するのは自分

・「俺は駄目だ」なんて嘆いていたら勝負事では、ぜったいに勝てない

・人の生涯は、欲求と意志で決定される

・人間の能力自体は差がない。結果が出るか出ないかは、欲求が強いかどうかの違いだ

・判断するということは、「素直な心で観る」ことが一番肝心

・話をもっていけば何とかなりそうだと思われるような人になれば、情報は集まる。これが情報万有引力の法則

・「見えるか、見えないか」、「気づくか、気づかないか」、「やるか、やらないか」で、天と地ほどの差ができる

・人が生きていくための基本は、他人様から重宝がられること。そうなるには、他の人とは違う芸が欲しい。芸が身を助けるものだ

健全な商売は、突き詰めていくと、「善」で成り立っている

・仕事で守らなければならないのは、まず、秘密。次に、仕事を貫徹する。そして、嘘や悪口を言わない

・人と仲良くするには、相手の胸に気持ちも身体も飛び込むにかぎる

昵懇の仲になれば、他の人がほふく前進をしている時に、三段跳びで前に出られる

・情報というのは、交換するためにあり、自分から発信していかないと人は寄ってこない

・できると信じてぶつかっていくやつが、難しい問題を解決していく。そういうのが企業のトップに立つ

・世間が元気になるには、腕を磨いて自分で独立して商売をやろうという気概のある人が、どんどん出てくること

自分で商売を始めるんだという気概や志があれば、仕事と真剣に向き合うことができ、ノウハウの吸収が早い。飼いならされてる人よりも成長できるのは間違いない

・利益優先の会社でノルマノルマに縛られて、自分の成長の機会が得られない会社であれば、働いていても、虚しいだけ

人を見る目が養われれば、処世術まで身についてくる

・同じ欲求でも、「自分を高めたい」という欲求はプラスに働くが、「損得勘定」という欲求はマイナスに働くものだ

・音楽や絵画など芸術は小難しい理論ではなく、自由闊達な感性という世界に影響される

・技術とは、一つのことを徹底的にやると、そこからたくさんの副産物が生まれる

・雨を百パーセント降らせる雨乞いは、雨が降るまで諦めずに祈り続ける



これらの言葉は、実体験から生まれてきたものばかりのように思います。

体験を、何一つ無駄にせず、糧にしているところが、岡野社長の素晴らしいところではないでしょうか。


[ 2012/10/16 07:02 ] 仕事の本 | TB(0) | CM(0)

『[決定版]菜根譚』洪自誠、守屋洋

[決定版]菜根譚[決定版]菜根譚
(2007/03/20)
守屋 洋

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菜根譚は中国の古典の中では比較的新しい明時代(今から約400年前)のものです。「菜根」とは、粗末な食事、「譚」とは談。苦しい境遇に堪えた者だけが大事を成し遂げるという意味です。

仏教と儒教が融合した教えなので、日本人にはよく馴染むみたいで、特に江戸時代に読み親しまれました。中国よりも日本で愛読されている書です。360ほどある教訓の中から、ためになった箇所を一部ですが、紹介させていただきます。



・志操は清貧な生活によって磨かれ、節操は贅沢な生活によって失われる(前集11)

・この上ない功績を上げても、それを鼻にかければ、折角の功績も帳消しになる。悪虐のかぎりをつくしても、悔い改めて正道にたち返れば、罪悪も消滅する(前集18)

高慢や不遜は、すべてカラ元気のなせる業。これを克服したとき、初めてその人本来の姿が現れてくる。欲望や打算は、すべて迷いの心から生まれる。これを克服したとき、初めてその人本来の心が現れてくる(前集25)

利益欲は必ずしも有害ではない。人間の精神をダメにするのは、むしろ独善である(前集34)

・相手が財産をふりかざしてくれば、こちらは「仁」で対抗する。相手が地位をふりかざしてくれば、こちらは「義」で対抗する(前集42)

・せっかく善行を積んでも、早く人に知られたいと願うようでは、すでに悪の芽を宿している(前集67)

・幸福は求めようとしても求められるものではない。常に喜びの気持ちをもって暮らすこと、これが幸福を呼び込む道。不幸は避けようとしても避けられるものではない。常に人の心を傷つけないように心がけること、これが不幸を避ける方法(前集70)

節操の固い人物は、自分からすすんで幸福など求めないが、天はかえって、その心に惚れ込んで、幸福の窓を開いてくれる(前集91)

質素な人は、派手好きな人から煙たがられる。厳しい人は、だらしない人から嫌がられる。だからといって、いささかも信念を曲げてはならないが、それをむき出しにしないこと(前集98)

・権勢をふるい、私利をはたらく者には、近づいてはならない。一度でも近づけば、生涯の汚点となる(前集111)

・人格が主人で、才能は召使いにすぎない。才能に恵まれても人格が伴わないのは、主人のいない家で、召使いがわがもの顔に振る舞っているようなもの(前集139)

・主義を売り物にすれば、きまってその主義のために非難を浴びる。道徳をふりかざせば、きまってその道徳のために中傷される。君子は悪にも近づかず、名誉をも求めず、人格円満を旨として生きてこそ、安全に世を渡ることができる(前集178)

賢い人間は、天から才能を賦与されて、人々を教育する義務を負わされている。それなのに、人々の短所をあげつらう。富んだ人間は、天から財産を賦与されて、人々を救済する義務を負わされている。それなのに、貧乏人を苦しめる(前集218)

・心の中に欲がつまっていれば、せっかく山林に住んでも、静寂にひたる余裕がない。心の中から欲を捨て去れば、町なかに住んでいても、騒がしさを感じない(後集52)

・人情や世相は、あっというまに変わってしまうので、どこに真実があるのか見極め難い。「昔の我は今日の彼、今日の我はこの先誰になることやら」。いつもこういう見方をしていれば、もやもやした心もからりと晴れる(後集58)

・権力争いに火花を散らし、英雄たちは覇権をかけ激突する。だが、冷静な眼で判断すれば、しょせん、獲物に群がる蟻、血にたかる蠅と同じようなもの(後集73)

・花を見るなら五分咲き、酒を飲むならほろ酔い加減、このあたりに最高の趣きがある。満開の花を見たり、酔いつぶれるまで飲むのは、まったく興ざめ(後集123)

・人間は、しょせん操り人形にすぎない。ただし、操る糸をしっかりと自分の手に握りしめておけば、一本の乱れもなく、引くも伸ばすも自由自在、すべて自分の意志で行うことができる(後集128)



人間関係、成功、処世、仕事、お金、教育、人間性、自由など、人生論のほとんどが網羅されています。庶民の生き方読本のようにも思います。

この一冊を丹念に読めば、人生の書として、大いに活用できるのではないでしょうか。


[ 2012/10/15 07:03 ] 神仏の本 | TB(0) | CM(0)

『50歳までに「生き生きとした老い」を準備する』ジョージ・E・ヴァイラント

50歳までに「生き生きした老い」を準備する50歳までに「生き生きした老い」を準備する
(2008/06/07)
ジョージ・E・ヴァイラント

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この本は、50歳の時点における状況が、80歳になった時点で、どう影響を及ぼすかという調査をもとに、書かれたユニークなものです。

著者のジョージ・E・ヴァイラント氏は、ハーバード大学医学部関連病院で精神科医を務めながら、健康な人の追跡調査をし、研究発表されている方です。

健全な老いに関する数々の調査結果の中から、参考になる箇所を要約して、紹介させていただきます。



・生き生きした老いとは、愛し、働き、日々新たなことを学び、残された貴重な時間を愛しい人とともに楽しむことである

・50歳のときに夫婦仲がよければ、80歳まで生き生きとした老いを迎えることが予想される。しかし、50歳の時点で、コレステロール値が低くても、生き生きとした老いを迎えられるとは限らない

・高齢の友人を失っても、遊びと創造することを学ぶ若い友人を獲得すれば、その人生の喜びは大きくなる

・幸福な老いには、客観的に良好な健康状態より、主観的な健康が重要。つまり、病んでいると感じない限り、病気であっても差し支えない

・知的才能や両親の社会階級ではなく、社会的能力(心の知能指数)こそが、上手に老いるコツとなる

・50歳になっても、アイデンティティ(自我意識)を獲得できなかった人々は、満足のいく仕事に没頭することも、深い友情を維持することもできない

・生殖性を身につける(次世代を導く能力。若い人々のコンサルタント、ガイド、メンター、コーチとしての役目を果たす)ことによって、70代の10年間を喜びの時にする可能性を倍加できる

・「利他的行為」(自分のしてもらいたいことを人にする)「昇華」(葛藤を解決し、価値あるものをつくる)「抑制」(毅然たる態度、忍耐、明るい面を見る)「ユーモア」(思い詰めない)の四つの徳(成熟)で行動する人々は、健全な70代を送ることができる

子供時代の順境(温かい友人関係、尊敬できる父親、愛情深い母親など)は、逆境(生活保護を受けている機能不全の家族など)よりはるかに、幸福な老いを予見する

・不幸な子供時代を過ごした人は、45歳や65歳になっても遊べない。「かわいがられた」人は「愛されなかった」人の5倍も、スポーツ競技を好み、友達とゲームをしたり、ゆったり休暇を楽しむ

・子供のころ、両親と温かい関係を持っていた人は、30年後に、魅力的かつ外向的で、元気旺盛になる可能性が高く、60年後に、多くの友達に恵まれている可能性が高い

・幸福な老いの秘訣は、金銭ではなく、むしろ自己管理と愛情である。

・高収入をもたらす最大の要因は、両親の社会階級ではなく、愛されているという感覚を母親に与えられたかどうかであった

・80歳時点の「健全な老い」をもたらす50歳前の要因は、1.「非喫煙者・若い頃の禁煙」2.「ささいなことを騒ぎ立てず、逆境を利用する能力」3.「アルコール依存症でない」4.「健康的体重」5.「安定した結婚生活」6.「適度の運動」7.「高学歴」の7つ

・「健全な老い」とは関係のない要因は、1.「先祖代々の寿命」2.「コレステロール」3.「ストレス」4.「両親の特質」5.「子供のころの気質」6.「社会関係における全般的な落ち着き」の6つ

退職後の4つの基本課題とは、1.「新しいネットワークをつくる」2.「遊ぶ」3.「創造する」4.「学ぶ」

美しい老い方とは、1.「他者に関心をもち、新しい考えを受け入れる」2.「依存欲求を認め、潔く受け入れる」3.「希望を持ち続け、自主性を大切にする」4.「ユーモアのセンスを失わない」5.「次の世代から学び続ける」6.「旧友と親しく交わる」こと

・幸せな老年の秘訣は、他者への奉仕を行い、人生の終わりまで続けることにある



年老いて、幸せと感じられるには、年をとる前に、どうしておけばいいのか。具体的な成功事例失敗事例も含め、そのコツが描かれています。

これらを総合すると、主観的に老いをどうとらえるかによって、美しく老いる尺度が、決まってくるように思いました。

人生の幸不幸は、幸福だと思えば幸福になり、不幸だと思えば不幸になるということなのかもしれません。


[ 2012/10/13 07:01 ] 老後の本 | TB(0) | CM(0)

『明恵夢を生きる』河合隼雄

明恵 夢を生きる (講談社プラスアルファ文庫)明恵 夢を生きる (講談社プラスアルファ文庫)
(1995/10/17)
河合 隼雄

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明恵上人の本を紹介するのは、「法然対明恵」に次ぎ、2冊目です。明恵上人は、修行を重んじた僧侶で、宗派を興したりすることはありませんでした。

しかし、その真摯な姿勢を慕う人が多く、後鳥羽上皇や北条泰時など、時の権力者にも大きな影響を与えてきました。死後750年以上経っても、研究する人が絶えません。明恵上人がいた高山寺は、静寂な場所に閑居のごとく、今も残っています。

明恵上人が遺した書で、特異なのが「夢記」です。夢を40年以上に渡って、記録し続けたもので、世界中の研究者を魅了しています。本書は、心理学者の故河合隼雄氏が、その「夢記」を読み解こうとするものです。気になった箇所を幾つか紹介させていただきます。



・ながきよの夢をゆめぞとしる君やさめて迷へる人をたすけむ(明恵上人歌集)

・明恵が、夢の記録を19歳から、死ぬ一年前の59歳まで書き続けたことは、彼の強靭な精神力を示すことだけでなく、内的体験に主体的に取り組んだ世界最初の人として、世界の精神史に残るもの

・奈良から平安時代になっても、夢を神のお告げと受けとめる姿勢は変わらず、この時代に書かれた物語、日記、仏教説話などにおいて、夢は重要な役割を占めている。昔の人が、無意識の世界と切り離されることなく、自然に生きているのが感じとられる

承久の乱で、明恵は、朝廷方の多くの落人や家族をかくまった容疑で、北条方の武士に引き連られていく。そこで、北条泰時と出会い、むしろ、泰時が明恵に心服し、両者は、その後も親交を重ねることになる

・北条泰時が制定した「貞永式目」は、発布されてから明治時代に至るまで、600年以上の長きに渡って、庶民にまで読まれた法律書、生活規範書で、日本人の秩序意識に大きな影響を与え続けた。この貞永式目に強い影響を与えたのが明恵

・北条泰時は、貞永式目が法理上の典拠に基づいていないことを明言しており、「ただ道理のおすところを被記(しるされ)候者也」と述べている。この「道理のおすところ」の背後に、明恵思想の根本「あるべきやうわ」が存在している

・日本文化における母性原理の優位性はよく論じられる。母性原理は「包む」機能を主とするのに対し、父性原理は「切る」機能を主としている。分割し、分類するから言語表現が可能となる。言語で説明するのは、父性原理に頼っていること

・日本人男性のよく見る夢に、自分が若い女性と親しくしようとしていると、母親が急に現れて驚かされる、というのがある。日本の男性は、母なるものとの結びつきがあまりにも強いので、若い女性との関係には、母なるものの強い妨害を受けることになる

・母なるものに対して捧げるに生贄が必要であったし、父性的な強さを立証するための試練に耐えることも必要だった。これらの意味を兼ね備えた自己去勢が、明恵の耳を切る行為として解釈できる

・「行状」にも「伝記」にも、明恵のテレパシー現象が記録されている。明恵が言うとおりのことがたくさんあったので、弟子たちは、自分たちが陰で悪いことをしても、明恵にはわかるのではないかと怖れ、行いを慎むようになった

・明恵自身は、自分のテレパシー体験をほとんど評価していない。明恵は、「権者」(仏や菩薩がこの世に仮現した者)と言われることに対して、「定を好み、仏の教への如くに身を行じて」いれば、テレパシーなど自然にできることと述べている

・高山寺には、明恵が弟子たちと共に住んでいたときに、生活上守らねばならぬ規律を記した一枚の掛け板が現存している。その冒頭に「阿留辺幾夜宇和(あるべきやうわ)」とある。この言葉は、明恵にとって、己を律するための語

・明恵は、「後生を助かろうとしているのではなく、此の世に有るべきように有ろうとする」ことが大切であると明言している。これは、当時急激に力を得てきた法然の考えに対するアンチテーゼとして提出したもの

・「あるべきやうわ」の生き方には、強い意志の力が必要であり、単純に「あるがままに」というのとは異なる

・明恵が「あるべきやうに」とせずに、「あるべきやうは」としているのは、「あるべきやうに」生きるのではなく、時により事により、その時その場において「あるべきやうは何か」の問いかけを行い、その答えを生きようとする、極めて実存的な生き方の提唱



高山寺には、動物の絵や置き物がたくさんあります。あの国宝鳥獣戯画もその一つです。明恵上人は、自然と一体化して、動物と会話できたと言われています。その不思議な明恵上人の世界が、本書で、少し理解できたように感じました。

また、明恵上人の「あるべきようは」という言葉は、今も日本人の精神に深く入り込んでいます。その時、その場で「あるべきようは何か」と問いかけて、答えを出すのは、まさに「空気を読む」のと同じことなのかもしれません。


[ 2012/10/12 07:00 ] 神仏の本 | TB(0) | CM(0)

『心の部屋の片付けかた』ルーシー・ダンジガー、キャサリン・バーンドーフ

心の部屋の片付けかた心の部屋の片付けかた
(2011/10/04)
ルーシー・ダンジガー、キャサリン・バーンドーフ 他

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著者は、アメリカで600万部の発行部数を誇る女性誌の編集長です。雑誌に送られてくる女性の悩みの数々を、どうしたら解決できるのか、精神科医に相談しながら、まとめ上げたのが本書です。

本書の特徴は、悩みの項目を家の部屋にたとえて、9部屋を巡ることで、解決していこうとしていることです。参考になった点が数多くありました。その一部を要約して、紹介させていただきます。



・幸せをまんまと奪っていくのは、ついイラッとくるようなちっぽけな出来事である場合が多い。体重の悩み、友達とのいざこざ、家族との口論、お金の悩み、母親や兄弟、恋人、上司とのごたごたが、後ろめたさや後悔や渇望、不安を生み出している

・ポジティブな気分でいることは、体型を維持すること、無駄遣いしないこと、健康的な食事をすることと同じで、訓練である

・「自分の幸福のオーナーは自分だけだ」と自覚すること。あなたはかわいそうな被害者ではないし、ことの成り行きの産物でもない。責任者である

・心を部屋にたとえることは、目を開かせてくれる。まず、各部屋にふさわしい感情や行動を書き込んでいくこと

1.「ベッドルーム」(愛、欲望、性生活を探求する場所)
2.「バスルーム」(健康、幸福、体型、老化といった問題に対処する場所)
3.「ファミリールーム」(家族、親族など近しい人たちと接する場所)

4.「地下室」(子供時代の思い出が詰まった場所)
5.「リビング」(仲間や隣人など、社会的なつながりを持つ場所)
6.「キッチン」(心の栄養や感情面でのサポート、家事の分担を話し合う場所)

7.「子供部屋」(子育てにまつわる場所)
8.「仕事部屋」(仕事やお金や経済的な安定を考える場所)
9.「屋根裏部屋」(ご先祖様の期待や願いを考える場所)

・心の家の建て方は、他にもたくさんある。部屋の数や用途が違っていても、自分にしっくりくる家であればいい。人生に役立つ心の家を描くこと

・10番目の部屋は、考えごとをしたり、瞑想したり、ボーっとしたり、好きなことをしたり、一人の時間を楽しむ場所。この10番目の部屋には、定期的に通うべき。人には、思いにふけることができる「心の空間」が必要

・「幸せになるには、九つの部屋をすべて片付けなくては」と思う必要はない。どの部屋もすっきり片付いているなんて人はどこにもいない。きれいな部屋は、一つだけでも十分

・ガンから生還した女性の大半が口にするのは、死に直面して学び取った厳しい教訓も、時と共に薄れていくということ。治癒した暁には、もとの性格や行動パターンに戻っていく。これは、幸福の設定値が元に戻るということであり、人が生きるためのメカニズム

不幸せな女は、常に幸せでなくてはと思い、幸せな女は、不幸せな時だってあると思う

・バックミラーを見ながら運転していたら、必ずぶつかってしまう。前に進むなら、過ぎた風景ではなく、目の前の道路に集中すること。バックミラーはちらりと見て参考にすればいい

・心のリビングルームで大事なことは、つながり合い、進化し、耳を傾け合うことであって、張り合うことではない。誰かをうらやんだり、自分と比べたり、自分を与えすぎる場所ではない

・心の仕事部屋では、どんな仕事をしているにしろ、目的を理解すること。お金を稼いで家に持って帰ることでもいい。目的がわかれば、ツキのない時期にも、退屈な作業にも、出世の階段を巡る対立にも耐えられる。目的が見つかれば、毎日がもっと有意義になる

・心のバスルームでは、自分の内側も外側も大切にすること。自分をありのままに受け容れるゆとりが生まれたら、美しさは内面からにじみ出てくる。鏡は便利なものだけど、本当のあなたを映していない。安っぽい一枚のガラスにすぎないと心に留めておくこと

・心のキッチンでは、「これがなぜ、私にとって大切なのか」と自問すれば、ありきたりの用事に意味を見出せる。散らかった部屋から目をそらした方がいい日もある。ぬくもりは清潔に勝る。部屋は、そこにいて、楽しむことであって、完璧に片付けることではない



心の中に用途別の部屋を設け、その部屋を訪ねてみることは、自問自答、気づき、反省するのに最適です。参考になりました。

すべての心の部屋を完璧にしようと意気込むと、息切れしてしまいます。ゴミ溜めのような納戸や押し入れもあっていいと思います。また、開かずの部屋をつくってもいいと思います。

自分なりに工夫して、心の部屋をつくっていくことが大事なのではないでしょうか。


[ 2012/10/11 07:01 ] 健康の本 | TB(0) | CM(0)

『いきいきと生きよ-ゲーテに学ぶ』手塚富雄

いきいきと生きよ―ゲーテに学ぶ (サンマーク文庫)いきいきと生きよ―ゲーテに学ぶ (サンマーク文庫)
(2008/03/15)
手塚 富雄

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本書は、1968年に刊行された本の復刻版です。著者は、ゲーテやニーチェの翻訳を主にされていた手塚富雄さんで、亡くなられて、すでに30年近く経ちます。

ゲーテには、詩や哲学的な文章が多いので、翻訳者の癖や性格がよく出ます。本書は、正統派の翻訳だったので、復刻の声が大きかったのかもしれません。ゲーテを堪能する書として、ここに、ゲーテの遺した言葉の一部を紹介させていただきます。



・こころが開いているときだけ、この世は美しい(格言詩)

・いきいきとした天分豊かな精神を持った人が、実質的な意図をもって、ごく身近なことに力を注ぐ場合こそ、この世における最もすぐれたものである(箴言と省察)

・活動だけが恐怖と心配を追い払う(箴言と省察)

・時を短くするものは何か、活動。時を耐えがたく長くするものは何か、安逸(西東詩集)

不機嫌は怠惰と同じです。つまり怠惰の一種です。私たちは生まれつき怠惰に傾きやすい(若いウェルテルの悩み)

・大いなる事業が完成されるためには、一つの精神があれば足りる、千の手を動かすために(ファウスト)

・意欲と愛は偉大な行為に導く両翼である(イフィゲーニエ)

・われわれは誰しも酔っているべきだ。若さは酒のない酔いなのだ(西東詩集)

・誰でも、他の人々の好意を喜びとする場合にだけ、本当の意味でいきいきしているのだ(ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代)

畏敬を感じることは、人間の持つ最もよきものの一つである(箴言と省察)

・本当の自由な心とは「認める」ということである(箴言と省察)

・誰しも人を許すときが、自分を最も高めるときである(箴言と省察)

・思索する人間の最も美しい幸福は、探求しうるものを探究しつくし、探究しえないものを静かに敬うことである(箴言と省察)

・人は至高のものに向かって努める場合にのみ、多面的である(箴言と省察)

・生産力を持つものだけが、真実である(詩・遺言)

・あらゆる賢いことはすでに考えられている。ただわれわれは、それをもう一度考えてみなければならない(ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代)

・耳目はあざむかない。判断があざむくのだ(箴言と省察)

・学問は、知る価値のないものや、知ることのできないものに携わることによって、はなはだしく妨げられる(箴言と省察)

・外国語を知らぬものは、自国語についても何も知らぬものである(箴言と省察)

・他の人々をよく導こうと努める者は、多くの欲望を断念する能力を持たねばならぬ(カール・アウグストに与えた言葉)

・批評は近代人の単なる習慣にすぎない、そんなものに何の意味があろうか(ミュラーとの談話)

・人間のことは考えるな、事柄を考えよ(温順なクセーニエン)

・友人の欠点だけを考えている人たちがいる。そこからはどんな利益もうまれてはこない。私はいつも私の敵の価値に注意を向けてきた。そして、そのことから利益を受けた(箴言と省察)

・愛を感じないものは、おもねることを学ばねばならない。そうでなければ世を渡ることができない(箴言と省察)

・人は本当に劣悪になると、他人の不幸せを喜ぶこと以外に興味を持たなくなる(箴言と省察)



「生きているあいだは、いきいきとしていなさい」の一言が、ゲーテの人生観と生き方を一番手短に言い現わした言葉であると、著者は述べられています。

この言葉こそ、ゲーテの知恵が凝縮されているのではないでしょうか。この言葉のように、不機嫌にならずに、いつも上機嫌でいたいものです。


[ 2012/10/10 07:02 ] ゲーテ・本 | TB(0) | CM(0)

『[新装版]商いの道 経営の原点を考える』伊藤雅俊

[新装版]商いの道 経営の原点を考える[新装版]商いの道 経営の原点を考える
(2005/01/25)
伊藤 雅俊

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著者は、イトーヨーカドー・グループの名誉会長です。東京の焼け跡からスタートした洋品店が、日本でトップクラスの流通グループを形成するまでの間の心の記録が、本書に記されています。

お母さん、お兄さんに教わったこと、会社が大きくなってからは、松下幸之助に教わったことなどを心の糧にして、実践してきたことも、本書に載っています。

客と商いについて、必死に考えることの大切さを痛感させてくれる書です。勉強になったところを、要約して、一部紹介させていただきます。



・「商売とはね、お客様を大事にすること、そして信用を大事にすること、それに尽きるのだよ」と母は口癖のように言っていた。信用を一旦失うと、瓦礫のように崩れてしまう。大きくなって、信用も大きくなるのは非常に怖いことと、わが身をいつも引き締めている

・おばさんが、ある時、「ひがみなさんよ」と私に言った。いろいろ難しい状況になり、何かを恨みたくなった時、ふと甦るのが、この言葉。ひがんだり、すねたりする人は、大成できないと思っている

・「お客様は来てくださらないもの」という気持ちで、毎日の商いをしなければならないと、母はよく言っていた。そして、母は、この単純な基本を実践することが商人の自己表現であると、実践することを要求した

・「開店の気持ちで商売をやれば、絶対に儲かる。それ以外にない」と、兄はよく言っていた。開店から何年もたつと、当初の気持ちを忘れ、驕ってしまい、忙しい時しか現場に出なくなる。だが、暇な時、お客様が少ない時こそ、商いを知る絶好のチャンス

・兄が急死して、無気力になっていた時、同業者の社長から、「あんたがそんな態度でどうする。お母さんは、社員は、社員の家族はどうなる?」「重荷を負っていかないと人間は駄目になるよ」と言われた

・母は、お客様に誠実に接していた。常に、「自分たちは身を質素にして尽す」「笑顔で応対する」「利幅をおさえる」の三つを肝に銘じていた。母は、何よりも信用を重んじていた。母の言う信用とは、誠実を貫くことであった

・誠実に商いをしようとすれば、現金主義になる。手形は、「紙切れ」なので、品物を選ぶ時の見方が甘くなる。自分の財布からお金を出して買うとなると、途端に厳しく吟味する

・人間は弱いから、理想や理念を持ち、それを意識して日々実践しなければ、流されてしまう。社是、信条は、「何のために働いているのか」の疑問に対する答えを与えてくれる

・最初に商売をする人の冒険心はある種の「狂気」。会社が大きくなると、冒険者たる魂を忘れ、リスクを恐れる。これでは、会社に「生気」がなくなる。生気のない会社は、お客様にそっぽを向かれる。生気のない商売をするくらいなら、怖くても冒険心を持つこと

・ファッションなんて外れるからファッション。それを外れないと思ってやるから間違う

・兄によく「お前は地主のようだ」と叱られた。それは、人が汗水たらして作り上げたものの上前を何の苦労もせずに取り上げるやり方で、安易な方法で商売をするなとの戒め

・「商人が漢字で考えるようになると現場から遠くなっている」。ひらがなで話す人は知恵の人。書物で得た知識よりも、実践を通して身についた知恵のほうが、商人には必要

・会社が繁栄する第一の要因は、社員一人一人が、「うちの会社」意識を持つこと。うち意識のある社員は、どんな問題が起きても、自分を当事者と考えるが、会社に使われているという意識の社員は、難しい状況の時、責任を他人に転嫁しがち

・「見えているお客様」の声にとらわれ過ぎて、「見えていないお客様」の声を聞くのを忘れてはいけない

・「成長を考えるな、生存を考えよ」。生存を考えての商いは、基本に忠実な地道なもの

・松下幸之助さんに、少人数の人を使う時は「ああせい、こうせい」と命令すればいいが、千人の規模では「こうして下さい、ああして下さい」、一万人では「どうぞ頼みます、願います」、十万人では「手を合わせて拝む」心根がないと動いてくれないと教えられた

・松下幸之助さんに、「人材とは何ですか」と伺ったら、「伊藤さん、町工場に東大出の人が来たら、それは人材でっか」と話された



イトーヨーカドー・グループは、時流に乗って、大きくなっていったというのも事実でしょうが、伊藤雅俊名誉会長が、「ひらがな」で教えてもらった商いの基本を、忠実に生真面目に実践したからだと思います。

それが、信用を膨らませて、どんどん大きくなり、今に至ったのではないでしょうか。簡素で地味な本ですが、内容は濃い本です。


[ 2012/10/09 07:03 ] 商いの本 | TB(0) | CM(0)

『人生なんてくそくらえ』丸山健二

人生なんてくそくらえ人生なんてくそくらえ
(2012/02/17)
丸山健二

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著者は、1966年、23歳で芥川賞を受賞した作家です。現在でもなお、最年少男性芥川賞受賞の記録は破られていません。

著者が凄いのは、25歳で、故郷の長野県に帰り、文壇と一線を画しながら、その後ずっと執筆活動を続けていることです。本書には、著者の漲るパワーが満載されています。その一部を紹介させていただきます。



親あっての自分という発想は、国家あっての国民という、とんでもない答えに直結する最大の悪。個人の自由を殺す猛毒である

・これまでにさんざん知恵を絞って、高度な文明を築き上げてきた人間といえども、所詮は水溜りに湧いたボウフラのごとき儚き存在。水が干上がり、大きな石が投げ込まれ、気温が上昇し、ほかの物質に汚染され、天敵に襲われたら、一巻の終わり。余りにも弱い命

・親の期待を裏切ることに怯えや躊躇があるとすれば、そこには自分が存在せず、自分のない生涯を送ることになる

・家を出ることは、第二の誕生を意味する。この第二の誕生は、その全権を子が握る

・母親に甘え、結婚すれば、妻を母親代わりにして甘え、そして、強そうに見える男に甘えて、一生を送るこの国の男たちは救いがたく、彼らのせいで救いがたい国となっている

・仕事を大別すれば、勤め人になるか、自営業を目指すかの、いずれか

・勤め人の立場は奴隷そのもの。強制されたわけでもないのに、どうして自ら進んで、奴隷の道を歩むのか。赤の他人に雇われるという選択は、自由の九割方を自ら放棄し、人生の十割方を乗っ取られてしまうこと

・国民の幸福を真剣に願う為政者であるならば、少なくとも、平均的な生活のレベルに落とし、もっと心ある者ならば、最下層の人々の暮らしに合わせるはず

・税金をかすめ取り、くすねる連中たちは、国民が暴動を起こさない程度の範囲内で国民に奉仕し、あるいは、奉仕するふりを見せるが、決して、それ以上ではない

・人は片時も安心できないこの世を自身の判断と決断と実行によって生きていくのが辛くてたまらない。その不安を誰かほかの者に肩代わりしてもらいたがっている

・理不尽なことに対する怒りを放棄した者、抵抗の精神を投げ出してしまった者は、腑抜けの中の腑抜け、愚者の中の愚者にすぎない

・おとなしい飼い犬ではなく、頼みになる番犬であり忠犬であってほしいと統治者は願う

・理屈こそが自我の源。つまり、理屈に沿った選択こそに自我が存在する

お人好しとは愚者の代名詞。ゆえに、好人物とお人好しを一緒くたにしてはならない

・親に依存し、職場に依存し、社会に依存し、国家に依存し、神仏に依存し、妻に依存し、酒やギャンブルに依存し、そして死に依存するのは無様な人生。「汝を養う者が汝を滅ぼす

・配置転換、転勤、配属、出世が、口を利いたことのない上層部の考えによって決められる身分には、自由などない。勤め人という奴隷の立場は、時間の経過とともに、心を蝕み、精神を腐らせ、生気を奪い、魂を錆びつかせ、非人間的な存在へと傾けていく

・人は金と名誉に弱い、弱過ぎる。そして、不安と恫喝に弱い、弱過ぎる

・恋愛ほど現実的なものはない。食欲に次いであまりに生々し過ぎる性欲を中和させるために、恋愛という美しい言葉の包装紙でくるむようになっただけ

・恋愛が恋愛らしく感じられるのは、せいぜい三十歳まで。それ以上の年齢になると、恋愛とは別物になる。傍からは、目を背けたくなるほどおぞましい結びつきに見える

弱い人間の強力な武器として具わっている脳を宝の持ち腐れにして一生を送る者は、未来においても負け続ける

・本物の目的を持った者は、他者との交流を煩わしく感じる

・多くの宗教が、天国と地獄という対照的な架空の世界を創って、その落差を誇張し、飴と鞭として巧みに使い分けながら、無知無能の弱者を都合のいいよう形で操作してきた



世の中に闘いを挑み、自分を鼓舞しながら生きる姿は、われわれに勇気を与えてくれます。

「人生なんてくそくらえ」と思える人たちが、自分を動かし、そして、この世の中を動かしていくのかもしれません。

[ 2012/10/08 07:01 ] 丸山健二・本 | TB(0) | CM(0)

『日本文化私観』坂口安吾

日本文化私観 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)日本文化私観 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)
(1996/01/10)
坂口 安吾

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本書の「日本文化私観」は、昭和17年出版のブルーノ・タクト(ドイツの建築家)の同名書へのパロディとして書かれました。昭和18年という戦時下の出版だから驚きです。戦時熱狂の外にいて、上手に「ぐうたら」を演じたから、できた技ではないでしょうか。

本書には、「日本文化私観」だけでなく、戦中、戦後(昭和20年代)の坂口安吾の随筆が収められています。こういう混乱期でも、醒めた眼で、日本や日本人を的確に観察しています。やはり、坂口安吾は天才です。

この天才、坂口安吾の鋭い指摘(予測)には、今でも感服することが数多くあります。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・京都の寺や奈良の仏像が全滅しても困らないが、電車が動かなくては困る。われわれに大切なのは、「生活の必要

・秀吉の精神は「天下者」であった。家康も天下を握ったが、彼の精神は天下者ではない

・坊主があって、寺がある。寺がなくとも、良寛は存在する。もし、われわれに仏教が必要ならば、それは坊主が必要なので、寺が必要なのではない

・伏見稲荷の俗悪極まる赤い鳥居の一里に余るトンネルは、てんで美しくはないのだが、人の悲願と結びつくとき、胸を打つものがある

・天才世阿弥は永遠に新ただが、能の舞台、唄い方、表現形式が永遠に新たかどうか疑わしい。古いもの退屈なものは、亡びるか、生まれ変わるのが当然

・「帰る」以上、どうしても、悔いと悲しさから逃げることができない。帰るということのなかには、必ず、ふりかえる魔物がいる

・文学は、美しく見せる一行があってはならない。美は、特に美を意識して成された所からは生まれてこない

美しさのための美しさは素直でなく空虚。空虚なものは、有っても無くても構わない

・宮本武蔵は、いつ死んでもいい覚悟が据わらなかったので、彼独自の剣法が発案された。彼の剣法は、凡人凡夫の剣法。覚悟定まらざる凡夫が敵に勝つにはどうすべきかの剣法

・農村の美徳は耐乏、忍苦の精神だという。乏しきに耐える精神が、なんで美徳か。乏しきに耐えず、必要を求めるところに、発明や文化が起こり、進歩が行われてくる

人間の正しい姿とは、欲するところを欲し、厭な物を厭だと言う、ただそれだけのこと

・芸術は「通俗」であってはならないが、いかほど俗悪であってもよい。人間自体が俗悪なものだから

・持って生まれた身体が一つである以上、自分一人のためにのみ、欲張った生き方をすべき。毒々しいまでの徹底したエゴイズムからでなかったら、立派な物は生まれない

・自分の本音を雑音なしに聞き出すことさえ、今日のわれわれには、はなはだ至難な業。日本の先輩で、この苦難な道を歩き通した人は、西鶴のみ

・人間が正義を愛すということは、同時にそれが、美しいもの、楽しいもの、贅沢を愛し、悪いことをも欲する心と並び存するゆえに意味がある。人間の倫理の根元はここにある

・本当に人の心を動かすものは、毒に当てられた奴罰の当たった奴でなければ書けない

・日本に必要なのは、制度や政治の確立よりもまず自我の確立。本当に愛したり、欲したり、悲しんだり、憎んだり、自分自身の偽らざる本心を見つめ、魂の慟哭によく耳を傾けることが必要なだけ

・共産主義は、進歩的、文化的な思想ではない。なぜなら、個の自覚がないから。したがって、自由の自覚がない。個の自由がないところに、人間の楽園はあり得ない。個人の自由がなければ、人生はゼロに等しい

・庶民の多くは、安きにつき、昔を懐かしむものだから、庶民によって選ばれる政治家、多数党というものは、庶民の代表者に違いないが、決して真理を代表するものではない

・強制に服従する根性というものは、己れ以下の弱者に対して、強制する根性である



ぐうたらな人間で、やる気もなく、品格も教養もない人間だと思われていた坂口安吾ですが、芸術論、文学論などは豊富な知識に裏打ちされたものであり、日本人論、政治論などは、歴史認識をもとに、冷静にその当時の状況を見ています。

「ぐうたら」という仮面をかぶって生きなければいけない時代に生まれたことが、坂口安吾の悲運だったかもしれません。


[ 2012/10/06 07:02 ] 坂口安吾・本 | TB(0) | CM(0)

『仏教シネマ(お坊さんが読み説く映画の中の生老病死)』釈徹宗、秋田光彦

仏教シネマ (お坊さんが読み説く映画の中の生老病死)仏教シネマ (お坊さんが読み説く映画の中の生老病死)
(2011/10/26)
釈 徹宗、秋田 光彦 他

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二人の映画通の僧侶が、映画を通して、仏教の世界や人の生と死を語り合うというのが、本書の主旨です。

釈徹宗さんの本を紹介するのは、「いきなりはじめる仏教生活」に次ぎ、2冊目です。芸術、心理学に造詣の深い教養豊かな僧侶兼大学教授です。秋田光彦さんは、実際に、映画のプロデューサーや脚本家を務めていた僧侶です。映画製作の現場感覚を有しておられます。

この二人が語り合う仏教観には独特のものがあり、楽しく読むことができました。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・映画は集団で作るもの。そして、映画館では集団で観る。多と多の関係。一対一の応対関係を作る文芸などとは本質的に違う(釈)

・映画にはお葬式の場面が多い(秋田)映画監督は、一度はお葬式の場面を撮りたいのではないか。なにしろ、生と死の折り合い点だし、人間の思惑が交錯する場面でもある(釈)

・仏教は各地域の宗教と融合して展開するタイプの宗教。仏教は、民族や文化圏規模の大紛争をもたらしたことが、ほとんどない(秋田)

・弱者は連携する。分断されることは、弱者にとって恐怖。臆病こそ弱者の生きるすべ(釈)

・イーストウッドの映画の一番の特徴は、観衆を困惑させるつくり。観る者を安心させてくれない。しかし、それこそが「先達の知恵」。師は弟子を揺さぶり、問いを突きつける(釈)

・浄土真宗では、僧侶は出家者ではなく在家。念仏者が集う場のお世話役、リーダー役であり、専門家といったポジション。プロテスタントの牧師も似たような性格の宗教者(釈)

・アメリカは、先進国の中で、人口が増え続けている「若い国」。若さへの信仰が根強くある。高齢になっても、エイジレスとかアンチエイジングとか「若返り」に憧れる(秋田)

・アメリカ映画で老いをテーマにした作品は、「若くて自由奔放で溌溂としていた頃のカット」をお約束のように入れる。日本の老いを描いた映画では、代わりに、自然の風景を入れる。若き日を描かず、山や里の四季とかを挿入する(釈)

・認知症の周辺症状に、帰宅願望というものがある。これは「帰る。今から帰る」「帰りたい」などと言い出して、収まらない症状。何らかの不満や不安の表れ(釈)

・「喪失」の感情には、悲しい、寂しいばかりではなくて、「怒り」が潜んでいる(秋田)

・現在の高齢者は、若いときから消費者として生きているから、モノを買うことで人生を充足させるしかない。アクティブであっても、それは、生涯ずっと「お客さま」ということ。気に入らなければ、クレーム言って、取り替えればいい(秋田)

・自らの生と死は、購入できない。消費者体質の現代人にとっては、きつい話(秋田)

韓国の病院では、宗教別の部屋がある。仏教者、クリスチャン、儒教者、どの宗教にもコミットしていない人の部屋。それぞれの部屋には、常駐の宗教者やボランティアがいる。なかなかよくできた宗教的ケア(釈)

・日本人の「火葬して、骨にして、埋葬する」というプロセスには、骨化したことを確認しないとどこか着地しないといった文化的無意識がある(釈)

・小津安二郎監督の「超ローアングル」は、死者のまなざし。悲嘆と孤独を、カメラはただ淡々と見ている。堂々たる諦観で、観る者の宗教心をかきたてずにはおかない(秋田)

・伊丹十三の「お葬式」では、見事に、「精密コード」(自らが紡ぐ言葉のやりとり)と「限定コード」(決まりきった言葉のやりとり)が入れ替わりに出てくる。「自分らしさ以外はすべて邪魔もの」といった態度では、共振性の高い宗教儀礼は成り立たない(釈)

・親の三回忌や七回忌も勤めない人が増えている。「生者の寿命が長くなるにつれて、死者の寿命は短くなってしまっている」(釈)

・浄土真宗では、凡夫である私たちの行う善を、「雑毒の善」と呼ぶ。どこまでいっても、自分の都合が混じっている(釈)

・仏教が説く「フェアに手に入れたものをシェアする」「フェアな行為によって生じた利益を、バランスよく活用する」には、成長モデルしかない現代の経済活動のヒントになる(釈)



日本人が有する宗教観と、現代の世界的変化。つまり、変わらないでいようとする勢力と変わろうとする勢力を、どう折り合いをつけて、生きていけばいいのかのヒントを与えてくれる書です。

教養あふれるお二人の雑談に耳を傾けるだけでも、ためになることがいっぱいあるように思います。


[ 2012/10/05 07:00 ] 釈徹宗・本 | TB(0) | CM(0)

『終わりなき危機・君はグローバリゼーションの真実を見たか』水野和夫

終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか
(2011/09/06)
水野 和夫

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水野和夫氏は、内閣官房審議官を務められている方です。数年前までは、三菱UFJ証券に勤務されて、会社のホームページの執筆を担当されていました。その頃から、その内容に惹かれておりました。

水野和夫氏の著書を取りあげるのは、「100年デフレ」「超マクロ展望世界経済の真実」に次ぎ、三冊目です。経済学者であり、文明論者とも言うべき著者が、東日本大震災以後の日本をどう見ているのか興味があり、本書を読みました。

文明論から今後の世界秩序や日本経済の動向を読み解く著者の意見に感銘した箇所が数多くありました。500ページを超える大作の一部ですが、紹介させていただきます。



・「成長の時代」は終わる。ヨーロッパ史とは、膨張の歴史であり、その延長線上にあって「爆発」した近代は、成長がすべてを解決する時代だった

・自由とは、「ドルとエネルギーの消費」であったことが終焉する

・製品一単位当たりの付加価値額が悪化するということは、モノづくりが割に合わなくなったことを意味する。それでも、市場が拡大しさえしていれば、数量効果で付加価値(名目GDP)を増やすことが可能であった

・16~17世紀の「利子率革命」が、中世と近代とを画し、「陸の時代」から「海の時代」への転換期だったように、20~21世紀のそれは、近代とポスト近代を画し、「海の時代」が終わり、「陸の時代」が始まったことを示唆している

・成熟化とは、経済的側面から捉えれば、実物投資に対する利潤率が低下することに他ならない

・資本主義に依って立つ原理とは、安い移動コスト、エネルギーコストを与件として、「もっと遠く」へ行くことによって、利潤を極大化することである

・グローバルな「電子・金融空間」をウォール街が支配した「略奪資本主義」の時代において、2003年~07年まで世界の実質GDPは年平均5%成長した。これは、16~17世紀の海賊資本家の時代と同じであった

・米国は、1999年の金融制度改革法で、「電子・金融空間」において新たなるマネーを生み出すことを考えた。日本は「出ずるを制した」(人件費の削減)が、米国は「入るを量った」(売上増)

・地球全体でも、1970年前後の人口増は歴史的に見ても異例のことであり、その異例局面は終息に向っている。爆発的な人口増が期待できなくなった以上、利潤極大化のためには質的な成長を目指すしかない

・「近代とは、すべての社会的価値を『未来』に向けて再構築していく思想の営み。言い換えれば、進歩の概念と結びつく知識のみが、真の知識であった」(松宮秀治)

・「時代の変化を最初に嗅ぎ取るのは、芸術家と若者である」(シュミット、カール)

・日本は、1970年代半ば以降、地価が上昇するか、海外の景気が好調でない限り、成長できなくなったが、日本が輸出先として頼りにする米国は、80年代以降、「金融化」モデルに依存しないと成長できなくなってしまった

・20世紀は先進国全体でみれば、「モータリゼーションの世紀」であり、日本に限ってみれば、「土建国家」の世紀だった

新興国の生活水準が先進国と肩を並べるのは20年後であり、先進国と途上国の内外価格差が二対一に縮まるのは13年後

・世界総人口のうち、豊かな生活を享受している人口の割合は、1870年以降、1世紀に渡って15%前後が上限となっている。「15%対85%」は、覇権の原理として、古代社会から近代社会まで貫徹するルール

・日本は、フローで儲ける以上に、ストックで損失を被っている。成長がすべてを解決する時代は、フローの概念だけを重視していればよい。

・「もっと速く、もっと遠く」への答えは、ヨーロッパの「コレクション」にあり、「帝国理念」にある。個人コレクションやミュージアムの世界は無限の多様性の世界。グローバリゼーション教とミュージアム教と技術進歩教は、同じ発想に立つ



先進国の成長の時代が終わろうとしています。日本がその最先端を走っているようです。本書を読むと、速く・遠くも限界にきており、これ以上、空間と時間を広げることが難しくなっている感じがします。

これからの我々は、低成長時代(例えば、江戸時代の元禄以降)を参考に、生活を享受することを良しとすべきということでしょうか。


[ 2012/10/04 07:02 ] 水野和夫・本 | TB(0) | CM(0)