とは学

「・・・とは」の哲学

『自立社会への道―収奪の五〇〇年を超えて』筧次郎

自立社会への道―収奪の五〇〇年を超えて自立社会への道―収奪の五〇〇年を超えて
(2012/01/31)
筧 次郎

商品詳細を見る

著者は、百姓です。30年近く、筑波山麓で農業をしながら、生計を立てられています。そして、もう一つの顔があります。それは哲学者です。京大で西洋哲学を学び、パリに留学した後、大学講師をされていました。

哲学書や農業書など、10冊近く本を出されています。本書は、農業の実践を通して、自給自足生活を模索する書です。現代文明について考えさせられる箇所が多々ありました。それらを「本の一部」ですが、紹介させていただきます。


・私たちが物を所有することの意味の一つは、「健康に生きる」ためである。「健康に生きる」ためには、むしろないほうがよいものがたくさんある

・いくら食べものに気をつけても、心にストレスがあっては健康は得られない

・百姓の心身を健康にするのは、「自然に任せる心」と「自然のリズムにあった暮らし」である。農繁期(5~7月、9~10月)、夏休み(日中昼寝)、冬籠り(12~2月)の一年の周期は、体を鍛え、心のストレスを洗い流すのに実に都合よくできている

・ガンジーは真理の実現のために、健康を求めたが、必ずしも長寿は求めなかった

・工業社会の労働が忌避されるのは、第一に「過度の分業化」、第二に「技術のマニュアル化」、第三に「効率分業のための労働と生活の分離」といった労働の性格が原因

・百姓暮らしで、労働が楽しくなる(人生が楽しくなる)には、工業社会の労働の特徴の逆を行くこと。第一に「分業を追求しない」第二に「機械をなるべく使わず、できるだけ手仕事でやる」第三に「労働と生活の場を分離させない」ことが重要

・コロンブスの大西洋航路の発見と、それに続く大航海の時代が、ヨーロッパの世界侵略の始まりであり、それから一度も途絶えることなく、今日の南北の格差に続いている

・西郷隆盛は、「西洋は野蛮じゃ。未開の国に対して、慈愛を本とし、諭して開明に導くべきに、さはなくして、残忍のことをいたし、己を利する」とヨーロッパ文明を評した

掠奪した金銀奴隷労働による富がなければ、ヨーロッパは資本を蓄積し、産業を生めなかった。したがって、科学も芸術もスポーツも、今日の発展もなかった

・1ヘクタール当たり草の量は、日本では年間60トンから30トン。フランスでは6トン、イギリスでは3トン。この差は緯度の差(降り注ぐ太陽エネルギーの量)に対応している。一般に無農薬の農業は、雑草や害虫の少ない涼しい北の地方がやりやすい

手仕事と機械の違いは「仕事の速さ」だけで、機械が「収穫を増やす」わけではない

・ヨーロッパ人たちは、異人種の人々を家畜のように扱った。それは、彼らが厳しい自然環境で生きてきたことと、牧畜を主として生きてきたことに関係している

・産業革命によって、植民地は工業製品の市場とされ、自由貿易を強制された

・機械が収奪の道具とならないためには、機械を「大きな生産力を持つもの」としてではなく、単に「私たちの労働を肩代わりするもの」として導入しなければならない

・戦前の「軍国主義」と「侵略」を「悪」、戦後の「平和」と「民主主義」を守るべき「善」ととらえる進歩的知識人は、現在の収奪(工業国の繁栄は、非工業国の労働や資源の収奪によって実現されたもの)を見ていない

・ガンジーは、侵略者にも隷属者にもならず、自立を守る道は、非暴力の抵抗だけと説いた

・明治維新とは、「西洋列強の侵略に直面し、国家滅亡の危機に、最も有効な国防体制を取ろうとして憂国の志士たちが起こした革命」であった

・前近代の社会では、人間が分かち合う富の全体量が見えていたが、遠い外国から収奪した莫大な富が入り、地下資源として蓄えられた富が利用されると、私たちは「富を産み出している」と錯覚するようになった

・工と農の不公平を押しつけ、「南」の人々の富と労働を構造的に収奪している工業国が、「平和」を説いても説得力がない。それは、初めに殴りつけておいて、反攻してくる相手に「暴力はいけない。平和にやろう」と言っているようなもの

・科学はさらに発展のスピードを増している。それは収奪競争に勝つために、次々に欲望を商品化する必要があり、そのために、科学技術こそが戦力だからである


著者は、掠奪と征服の西洋的手法に疑問を投げかけ、慈愛に満ちた社会をつくるためには、どうすればいいかを思案しています。

また、日本の手を汚さない人たちが、世界の実態を直視することを避け、発想が貧困になっていることへ警笛を鳴らされています。

本書を読めば、「知足」の大切さ考えさせられるのではないでしょうか。


[ 2012/06/30 07:03 ] 幸せの本 | TB(-) | CM(0)

『よくわかる孟子―やさしい現代語訳』永井輝

よくわかる孟子―やさしい現代語訳よくわかる孟子―やさしい現代語訳
(2005/03)
永井 輝

商品詳細を見る

孟子に関する書は「孟子は人を強くする」に次ぎ、2冊目です。

われわれ日本人は、孟子が遺した言葉(「五十歩百歩」「性善説」「自暴自棄」「集大成」「良心」「学校」「学問」「英才」「教育」「往く者は追わず、来たる者は拒まず」など)を今でも愛用しています。意外に身近なところに孟子がいます。

孟子は、民本主義(民衆の願望や福利を重視)で、「性善説」の人です。儒家の中でも、現代人にフィットする部分が多いと思います。本書には、現代語訳で孟子が網羅されています。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・一人を敵にしているだけの勇気は、つまらない勇気。勇気は大きく持つこと

・知恵があっても、勢いに乗れない。農具はあっても、時を待てない

・志が気持ちを統率して、その気持ちが体に充満する。つまり、志が進めば、気持ちも付いていく

・偏った言葉からは、心が何かに覆われていると分かるし、いかがわしい言葉からは、心が何かに陥っていると分かるし、ひねくれた言葉からは、心が道理から離れていると分かるし、言い逃れの言葉からは、心が行き詰っていると分かる

・力づくで政治を行うのが、覇者。覇者は必ず大国を保有している。優れた人格によって人間愛のある政治を行うのが、王者。王者は大国を保有する必要がない

・他人の不幸を見過ごせない心によって、他人の不幸を見過ごせない政治を行えば、天下を治めるのはたやすい

かわいそうだと思う心(人間愛)を持たない者は人間ではない。不正を恥じて憎む心(道義)を持たない者も人間ではない。譲ろうとする心(礼法)を持たない者も人間ではない。是非善悪を考える心(知恵)を持たない者も人間ではない

・自分を曲げておきながら、人を真っすぐにさせることができた者は、今までにいない

・人間愛を持っていない者とは、共に語り合うことができない。彼らは、危険なことを安全だと思い、災いを利益だと思って、滅んでしまうようなことを楽しんでやる

・人が言葉を軽々しく口に出すのは、責任を感じていないから

・人は、こんなことはしないという信念を持ってこそ、立派な仕事をすることができる

・立派な人間が、人の道を深く究めるのは、それを会得したいから。会得すれば、深い拠り所になる。深い拠り所になれば、根源に触れることができる

・受け取ってもいいし、受け取らなくてもいいという時に受け取ると、無欲さに傷がつく

豊作の年には、若者たちに善い人間が増えるし、凶作の年には、若者たちに乱暴者が増える。しかし、天が人間に与えた素質が、このように違うわけではない

・天が与える爵位と人が与える爵位がある。人間愛や道義や真心や信頼が身に付いて、善い行いをするのは天が与えた爵位。貴族や大臣や上級家臣の地位は、人が与えた爵位

・立派な人間は、小さな信義にはこだわらない。一つのことに固執するのを嫌うから

その場限りでごまかす者は、恥じることがない。恥じることは人間にとって大切

してはいけないことはしないし、欲しがっていけないものは欲しがらないこと。大切なのはそれだけ

・優れた人格・賢明さ・技術・知識を持っている人は、みんな、苦難を経験してきた

・賢者は、自分が道理を明らかにした上で、人にも明らかにさせる。今は、道理が暗いのに、人に明らかにさせようとする

・人間が、他人を傷つけたくないと思う心を徹底させることができたら、人間愛は豊かになる

・人間には、自分の田を放置して、他人の田の除草を気にする傾向がある。他人への要求ばかり重んじて、自分の責任は軽んじている



孟子は、「武士道」にも大きな影響を残しています。勇気、人格、志など「強さ」の部分と、人間愛、恥など「」の部分と双方のバランスがいいと思います。

そのあたりが、日本人にも受け入れられたのかもしれません。本書は、日本人の心に刻まれている孟子が、よくわかる一冊です。


[ 2012/06/29 07:00 ] 神仏の本 | TB(-) | CM(1)

『アナム・カラ-ケルトの知恵』ジョン・オドノヒュウ

アナム・カラ―ケルトの知恵 (角川21世紀叢書)アナム・カラ―ケルトの知恵 (角川21世紀叢書)
(2000/09)
ジョン オドノヒュウ

商品詳細を見る

アナムカラとは、「魂の友」という意味です。魂の友とは、相手を認め、互いに親和し、永遠の絆で結ばれた者のことです。

著者は、アイルランド生まれの詩人で、哲学者です。自然と精神性を重んじるケルト人の言い伝えを題材に、著者自身の思索を綴った書です。共感できる箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・心の形成は絶えざる進化過程。すべての経験が心を培う。その身に起こる何もかもが、人の深みを増す力として働き、心に新たな領域を開拓する

・愛とは、心を開いて他者を受け入れること。愛する者は惜しみもなく障壁を取り除き、自衛の距離を消去する。人はその心の奥の神殿に出入りの自由が許されている

怯えた目には、何もかもが恐ろしい。おずおずと引っ込み思案に外を窺えば、目に映るすべてが危害、脅威の元凶。怯えた目は常に恐怖に取り巻かれている

・顔は人それぞれの魂がほの見える部位。人が年を取り、記憶を貯えるにつれて、顔は少しずつ魂の旅路を映し出す。老いた顔ほどその鏡像は豊富である

・心構えができていないばかりに、人は豊かな魂の世界を遠く離れて異郷に迷うことがある。それを避けるためには、精神の洗練が欠かせない

・ケルト人の優れた知恵の一つに、何事も自然の成り行きに任せる考えがある。自然に任せるとは、自己を越えるものを信じて、自我の檻から逃れ出ることに他ならない

・寂しさとは、孤独を強く意識することだが、孤独は内奥における自己回帰である。人はみな、どこかで他者とは違い、外界と断絶している。つまり、自己を離れて、外界のどこを捜しても、必要なものは見つからないということ

・「美は衆人の目を避ける。打ち捨てられ、忘れられた場所を求める。そこでしか、その姿と、気品と、本質を再現する光に出会えないことを知っているためだ」(アメリカの詩人エズラ・パウンド)

・実人生とは、つまるところ、限られた時間である。それだけに、期待は創造的、かつ建設的な力を持つ。何を期待することもなければ、人生はただ空虚と絶望の時間でしかない

・多くの場合、否定的と見えるのは、矛盾の外形である。悲嘆や痛苦をこの表層に固着させていると、内界の矛盾を止揚して、高次の統一を図ることができない。この矛盾の統一こそが、心に恵みをもたらし、癒しを与える変容になる

・「成長は変化である。成熟とは、変化を重ねることを言う」(イギリスの神学者ジョン・ヘンリー・ニューマン)

・権力を握っている人間は、見かけほどに強くない。権力をほしがる人間は、総じて非力である。自分の脆さ、弱みの埋め合わせに、彼らは権力の座を狙う

・高圧的な権力によって人間が管理され、単純な機能を果たすだけしかない消極的な仕事の世界では、競争の原理がすべてを規定する。人の才能が生かされる創造的な仕事の世界には、競争はない

・人は自身の尊厳にふさわしい場所に帰属しなくてはならない。何よりもまず、それは自身の内面である

・スピードとストレスと形式主義の現代文明に大きく欠如しているのは、記憶への関心である。人間の記憶は高度に洗練された、個人の聖域であり、感受性の神殿である

・自分の過去や記憶に対して、何よりも質の悪い否認は後悔である。後悔は見当外れで、過去に対する不当な誤解や偏見に発している

・「人が直面する難題の多くは、一つの部屋にじっと坐っていられない忍耐の不足に起因する」(フランスの学者パスカル)

・古老の知恵は、将来への洞察を語る上で、かけがえのない助力になり得る。知恵と洞察は血を分けた姉妹である。創造し、批評し、予言する洞察は、知恵の泉から湧いて出る

・「人生を生きるより、生きる準備に追われている」(アイルランドの農民作家パトリック・キャヴァナー)



著者は、詩人で哲学者です。感性と理性を統合した人です。詩人は、短くて感覚的な文章を書き、哲学者は長くて論理的な文章を書きます。

しかし、著者の書く文章は、詩と教訓がうまく混ざり、誰にも伝わる形式になっています。読みやすい哲学書のような感じがしました。


[ 2012/06/28 07:02 ] 海外の本 | TB(-) | CM(1)

『「しゃべらない」技術』麻生けんたろう

「しゃべらない」技術~困った・苦手がスーッと消える「超」しゃべる技術~「しゃべらない」技術~困った・苦手がスーッと消える「超」しゃべる技術~
(2010/12/21)
麻生けんたろう

商品詳細を見る

世に、しゃべる技術の本はよくありますが、しゃべらない技術というのは珍しく思い、手に取りました。

考えてみたら、数人と会話している間、しゃべる時間より、しゃべらない時間のほうが、圧倒的に多いはずです。その時間を、どう効果的に使うかが重要ではないでしょうか。

著者は、北海道でラジオDJなどをされているフリーアナウンサーです。著者の考えに同意できるところが多々ありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・相手の話を聞いているときが、「しゃべらない時間」であり、「しゃべらない場」。その時間と場をないがしろにしないことが、自分の印象や相手との関係を飛躍的に高める

・「しゃべり」とは、決して口を動かして発言することだけを指すのではない。しゃべらないでいるときの表情や身振り、手振り、外見から感じる印象のすべてが、「しゃべり」となる

・人前で話すのが苦手な人や、口ベタな人、いまひとつ魅力に乏しいしゃべりになってしまう人ほど「しゃべらない」技術は役立つ

・よくしゃべる人が陥りやすい危険は「間」。「間を制するものは場を制する」と言われるくらい、しゃべりの世界では重要なポイントだが、その大切な「間」を、よくしゃべる人ほど埋めてしまう

・しゃべらないで、いかにしゃべるかは、「見た目」「受け取る力」「感情エネルギー」「観察力」が重要となる

笑い声は、しゃべらない技術の真髄。「しゃべっていないときも会話のうち」という心得がギュッと込められている。笑い声は、相手を気持ちよくさせる会話の話術

ハ行の相槌とは、「ハァ~」「ひぃ~」「ふぅ~ん」「へえぇ~」「ほぉ~」のいずれかで話に合いの手を入れていく方法

・「そうなんですか」や「話し尻を拾って繰り返す」オウム返しも、合いの手を入れていくのに有効

ミッキーマウス先生が使う身振り手振りとは、「口や頬に手をあてる」「相手の手のひらにタッチ」「握手する、両手で包み込む」「抱きしめる」「両手を胸にあてたり離したりする」「頭の後ろに手をあて斜め後ろにのけぞる」「拍手する、手を振る、両手を前に広げる」

・大きさや形、方向、数値的な変化などを身振り手振りで表現する方法は、「両手を前後左右上下に動かす」「左手を右下から左斜め上へ動かす(上昇時)」「右手を左上から右斜め下に動かす(下降時)」「両手で円を描く」「指で方向や数値を示す」

・しゃべりの中に擬音を入れる(ザクザク、バンバン、ぎゅうぎゅう、ドドドなど)だけで、ジェスチャーが格段に上達する

・会話の「句点」で、ジェスチャーを入れるのが、身振り手振りのタイミング

目元を使った「しゃべらない」技術とは、「1.目を大きく見開く」「2.上目づかいをする」「3.こめかみに力を入れる」「4.視線の交錯と位置を変化させる」

・人は何かを伝えるときに、必ず五感のいずれかを使う。相手がどの感覚で話すかを見極め、同じ感覚の言葉を使っていけばいい

・「笑い」を入れる。考えさせる「問い」を入れる。「情熱」を持って話す。この三つのうちのどれか一つでも実践できれば、相手をグッと引き寄せることができる

・ラジオの世界では、しゃべりだけで、リスナーの想像力をかき立てられるかが勝負。ラジオのプロが使う簡単なコツとは、「嗅覚ワード」(匂いを感じさせる言葉)を使うこと。何か匂いを感じると、すぐに記憶と結びつき、より臨場感を持った話に生まれ変わる

・過去のイメージを思い浮かべようとすると、目線は上に行く。一方、下を向いたときは、何かを感じている、あるいは考えているとき。目線で心の動きがわかる

・相手から共感を得たいときには、ちょっとした失敗談を入れるようにする。失敗したら、話せるネタが増えたと思うこと、どんどんストックしておくと、人間関係を深めるのに役立つ


しゃべりたくてもしゃべれないとき(海外に行ったとき、着ぐるみを着たときなど)、人はジェスチャーを巧みに使おうとします。

目は口ほどに物を言うだけでなく、体も手も口ほどに物を言うのではないでしょうか。しゃべれない人ほど、コミュニケーション上手になれるのかもしれません。

[ 2012/06/27 07:03 ] 営業の本 | TB(-) | CM(0)

『負け方の王道』谷岡一郎

負け方の王道 (マイコミ新書)負け方の王道 (マイコミ新書)
(2011/03/26)
谷岡 一郎

商品詳細を見る

著者(大阪商業大学学長)の本を紹介するのは、「ビジネスに生かすギャンブルの鉄則」に次ぎ、2冊目です。

著者は、ギャンブル学の権威?で、上手な負け方について、豊富な知識を有されています。ギャンブルの上手な「負け方」が、人生の上手な「負け方」に応用できるというのが、本書の主旨です。

面白くて、ためになる記述が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・負けることは恥でもなんでもなく、どちらかと言えば、奨励されること

・「恥ずかしいのは負けないこと」。勝負をしない、決断しない人は恥ずかしい。負けたのにそれを認めなかったり、ルール変更でひっくり返す行為は見苦しい

・上手くプレイしても、負けることがあるのは事実。問題は「負けた時の態度」。それが人間の質を決める

・日本をリードする立場のエリートには、「負け方を知らない」という重大な欠点がある

・ギャンブルにはまるプロセスの中には、「勝ち経験」が存在し、その勝ちを自分の実力だと信じる不思議な思い込みが存在している

・「負けを取り戻そう」という思考に入ったギャンブラーは、カモ。逆に言えば、ギャンブラーにとって、最も危険な思考。やってはならないのは、「負けを取り戻そう」として、いつもの賭けのパターンを変えること

・超エリートたちには、「負けたくない気持ち」と「負けを認めない(認めたくない)」という性癖がある。このため、自己のプライドを守るために、かなり強引な理屈がとび出る

・自分のプライドを傷つけられたくない(本質的に闘争心にあふれ、かつ負けたくない)タイプは、ギャンブル依存症とか、病的ギャンブル行動に陥ることがよくあるタイプ

・勝負する限り、負けることはよくあることで、ない方が不自然。問題は、負けた後に、それをどう受け止めて、どう学ぶかにある

・実際は負けたのに、プラマイゼロと言う人。実際はプラマイゼロなのに、少し勝ったと言う人。つまり、ウソをつく人(プライドの高い人)は、ギャンブル依存症になりやすい

勝負を避けるタイプが好んで就く職業は、「官僚」「弁護士」「医者」「教員」「半官半民タイプ企業社員」の五つ。共通項は「試験に合格すれば、面接や本人調査がなくてもなれる業種」「団体で政治的圧力をかける職種」。これらが、日本を悪い方向に向かわせた

・資本家を攻撃することが発展すれば、「チャレンジするシステムへの攻撃」になる。こうして、試験だけで手に入る地位の人々は、勝負を避けるシステムや慣習を構築していく

麻雀の弱い人の特徴は、「場を見ず、自分の手ばかり見る」「どんな手でもアガろうとする。安い手でもオリない」「計算に弱い」「負け始めると、取り返すために高い手ばかり狙う」「ぐちる、言い訳をする」

・ギャンブルに対する反対の声が大きくなるのは、経済が発展している時期。女性の発言力が増大すると、ギャンブルの合法化が進まなくなる。「ザ・スピリット・オブ・キャピタリズム」は、高度成長と足並みを揃えるように骨抜きにされていった

・多くの成功者はたまたまそうなっただけのこと。その人を神のように崇め、真似ようとすることは正しくない。我々が真似るべきは「その気高い精神であって、方法そのものではない」。成功者を信じすぎてはいけない

・ギャンブラーにとって、大勝ちの経験以上に、大負けの経験は財産

・「リスク・テイキング力」とは、「リスクを客観的に計算することができる」「リスクを計算した上で勝負ありと考えた時、あえて勝負に踏み込むことができる」こと

・チャレンジする限り、「負けは必然、負けは恥ずかしくない」。逆に勝利は、「偶然の要素が強く働いた可能性が高い」ということ

・受験や結婚も広義のギャンブル。自分のチョイスに後悔しないなら、すでに勝者



負けないことが美徳なのは、経済的に豊かな社会においての場合です。こういう社会は、そろそろ終わろうとしています。次の時代は、チャレンジする人を歓迎する社会になっていくと思います。

チャレンジには、負けがつきものです。その負けをどう受け止め、どう生かすかが大事になってきます。著者は、負けの処方箋がいっぱい示されています。意欲のある人には、参考になる書です。
[ 2012/06/26 07:01 ] 人生の本 | TB(-) | CM(0)

『人生がもっと豊かになる「お金」の格言1000』別冊宝島編集部

人生がもっと豊かになる「お金」の格言1000 (宝島SUGOI文庫)人生がもっと豊かになる「お金」の格言1000 (宝島SUGOI文庫)
(2011/04/07)
別冊宝島編集部

商品詳細を見る

お金の格言を真面目に集めた本です。古今東西の思想家・実業家が、お金について述べた名言、苦言の数々は、どれも参考になるものばかりです。

編集者の教養に頭の下がる思いです。1000の中から、本の一部ですが、紹介させていただきます。



・金銭は人間の抽象的な幸福。だから、もはや具体的に幸福を享楽する能力のなくなった人は、その心を全部、金銭にかける(ショーペンハウエル)

・金こそは、取るに足らぬ人物を第一級の地位に導いてくれる唯一の道である(ドストエフスキー)

・金銭は、奴隷制度と同じ。その目的も、その結果も、まったく同じ(トルストイ)

・金銭はあらゆる不平等を平等にする(ドストエフスキー)

・富を軽蔑するように見える人々を余り信用しないがよい。富を得る望みのない人々が、それを軽蔑するからである(フランシス・ベーコン)

・欲はあらゆる種類の言葉を話し、あらゆる種類の人物の役を演じ、無欲な人物まで演じてみせる(ラ・ロシュフコー)

・富という名のもとに、実際に人が欲するものは、本質的には他人を支配する力である(ラスキン)

・勤勉は福の右手。節約はその左手(イギリスのことわざ)

・贅沢とは、お金を持っていることや、けばけばしく飾り立てることではなく、「下品でない」ことを言う。下品こそ、もっとも醜い言葉。私は、これと闘う仕事をしている(ココ・シャネル)

・馬は死ぬ前に売ってしまうこと。人生のコツは、損失を次の人にまわすこと(ロバート・フロスト)

・人間の知恵が発達したとはいっても、いまだに公平な課税方法を考え出していない(アンドリュー・ジャクソン)

・経済学を学ぶ目的は、経済学者にだまされないためである(ジョーン・ロビンソン)

・日本という国が豊かなのは、日本人が貧しいからだという逆説が成り立つように思える(ジャン・ボードリヤール)

・貧しいことは恥ではない。だが、貧しさに安住することは恥である(ペリクレス)

・豊かさは節度の中にだけある(ゲーテ)

にわかづくりの貧乏顔ぐらいきざなものはない(内田百聞)

・人間性というものは、億万長者の財布のために作られたもの(デュレンマット)

・富人が金を得れば、悪行が増長する。貧人が金を得れば、堕落の道をくだっていく(森鷗外)

・富貴は悪をかくし、貧は恥をあらはすなり(井原西鶴)

・若いこと、貧乏であること、無名であることは、創造的な仕事をする三つの条件(毛沢東)

・自分の金には誰もが満足していない。自分の知恵には誰もが満足している(ユダヤのことわざ)

・貧しい人たちは、お金を恵まれるよりも何よりも、まず自分の気持ちを聞いてほしいと望んでいる(マザー・テレサ)

・最も安価な快楽をもつ人が、最も富める人である(ソロー)

やり手の男性は、妻が使い切れないほどの額を稼ぐ。やり手の女性は、そんな男性を見つけられる(ラナ・ターナー)



お金とは何か?」。それは、お金のない人にとっては、「欲をかなえる」ものです。しかし、お金がある人にとっての答えは、人によって、さまざまです。

だからこそ、お金を考えることは難しい。この本に登場する偉人たちも、お金という化け物と格闘してきたことがよくわかります。

それぞれの偉人たちが出した結論に、同意、共感するものを選ぶことが、「お金とは何か?」のいちばん正しい答えなのかもしれません。
[ 2012/06/25 07:01 ] お金の本 | TB(-) | CM(0)