昔の人たちは、地名を信号として、その特徴を後世や子孫に伝えようとしました。ところが、今の人たちは、先祖が記してくれた
危険信号の地名を、イメージが悪いといって消そうとしたり、いいイメージの漢字をあて字にしたりして、ごまかそうとしています。
それらを読み解き、昔の地名を甦らせて、その本当の意味するところを示そうとするのが本書です。著者の地道な努力に頭が下がる思いです。その一部を紹介させていただきます。
・サク(咲)はサケル(裂)と同じ語源で、「
固く閉じていた蕾が開く」こと。桜もサク(咲)ラ(接尾語)で、溶岩と火山灰を噴き出す火山もサク(裂)ラ。桜島は、桜の名所でもないのに、人々に「桜島」と呼ばれるようになった
・福島第二原発がある「波倉」は、相当に危険な地名。「倉」や「蔵」は、動詞クル(刳)が名詞化した語。「地面が
えぐられた地形」に使われる。文字通り「波がえぐった地」のこと。そのものズバリ、津波の痕跡を示す地名
・「鎌倉」の地名は、倉庫や蔵屋敷と全く関係がない。津波に何度も襲われ続けて作られた「釜」(自然に
噛まれたような凹型)状の「倉」(地面がえぐられた地形)の意味
・「名取」のナは「土地」の古語。トリ(取)は、洪水・津波による
土地の欠損・崩壊を示す地名
・宮城県名取市の上余田・下余田あたりは、その昔、湿地だったころ、地元住民は「
よた(津波)の地」と呼んだ。やがて、「余田」の文字を宛て、ヨデンなる地名が定着した
・宮城県女川市、福島県いわき市小名浜のオナ(ヲナ)は「
雄(男)波」のヲナミを下略して津波を「ヲナ」と呼んだ名残りと推測できる。岩手県宮古市「女遊戸」、釜石市「女遊部」のオナッペと読む小集落は、「ヲナ(津波)が遊水地を作るあたり」と考えるのが自然
・浜名湖は室町時代の大津波でぽっかり開口し、今の形になった。天竜浜名湖鉄道の尾奈駅あたりは、江戸時代まで尾奈郷と呼ばれていた。古くは万葉集に「乎那能乎(おなのお)」と読まれた山がある。津波が襲った先史時代の記憶がヲナの地名を今に伝えている
・「苔」の字を使ったコケ地名は「転倒する」意の動詞コケル(転)、さらにカケル(欠)にも通じるから、
崩壊地形を表わしたもの
・「芋」は古くはウモと発音されたらしい。そのウモとは、「(地中に)
埋もれたもの」という意味。中越地震の震源域を流れる芋川は、まさに「埋もれる川」そのもの。地震被災地周辺の中越地方には、「芋~」「伊毛」という語系の集落が7カ所ある
・中越地震で山崩れの悲劇が起きた長岡市妙見地区のミョウケンは、妙義、妙高と同じく、メゲル「
損壊」をいう古語が由来。ミヤケ(三宅)という地名も、メゲ→ミョウケ→ミョウケン→ミヤケと転じたもの
・阪神淡路大震災で被害の大きかった神戸の灘(ナダ)は海の灘ではなく陸の灘。陸地のナダは地面が撫でられた、地滑り、崖崩れなどの土砂災害を表わした語。雪崩も本来は、ナ(地面、土地)タレ(垂)で、
地面が崩れ垂れるという意味
・房総半島の上総(かずさ)下総(しもふさ)は、東京湾と北の古代の香取海を塞ぐように延びた地が「フサの国」。その意味するところは、「
入り海を塞ぐ国」のこと
・「安房」「阿波」などアワ(アバ・アハ)系の地名は全国に無数にある。アワの地名は、「本来は地中に合ったものが地表に
アバかれた地」。新潟県の粟島は「粟しか栽培できない島」ではない。地震がある度に海底が隆起して陸地になった事実認識が代々引き継がれている
・石と磯(イソ)は混用された。釜石はカマイソの転で、「釜状にえぐられた海岸」の意味
・富山石川県境の石動の地名は、イシユルギ→イシルギの転。まさに「石が
揺らぐ、動く」地。関東大震災は相模トラフ付近で発生した。この断層帯に淘陵(ゆるぎ)丘陵がある。この丘陵も、石動山地と同様、典型的な傾動地塊
・赤坂見附などの「見附」とは、江戸城の見附門とは関係なく、「(湖水に接する)
水付けの地」か、津波に襲われて「水漬け」になる地のどちらか
・「樋」とは、樋口という形で地名に多用されるが、「川・水路」の
ヒビ割れで「地面に刻まれたひび状の凹部の連続」のこと
・東京スカイツリーの「押上」(おしあげ)や埼玉の「忍城」(おしじょう)のオシは、川と川がぶつかり、
土砂が押し上げられた地名
・難波と書いてナンバと読む地名は各所にある。それらは、
なばえる(斜めにする)という意味。大阪の難波も元来はナバで、傾斜地のこと。湾岸の低地になびく地形のこと
土地に値段が付き、取引されるようになってから、
地名の改ざんが行われてきました。先祖の人たちが遺してくれた地名の読み方を、暗号として読み解かなければいけなくなっています。
本書のような視点で、地名を推理していくことは大事なことです。地震や災害の痕跡は、科学的調査だけでなく、地名によっても知ることができるという提言に、もっと耳を傾けてもいいのではないでしょうか。