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「・・・とは」「・・・人とは」を思索
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『新版・ユダヤタルムードビジネス―ハラハーにみる経済思想の原点』手島佑郎

新版 ユダヤタルムードビジネス―ハラハーにみる経済思想の原点新版 ユダヤタルムードビジネス―ハラハーにみる経済思想の原点
(2003/04)
手島 佑郎

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タルムードとは、ユダヤ4000年の記録であり、そこには、成功も失敗も記されています。ユダヤ人は、タルムードを学ぶことによって、成長してきました。

しかし、このタルムードを読むのは、難解で躊躇していました。本書は、タルムードの中から、ビジネスに関する箇所を選別した書です。タルムードの入門書として、読みやすい本です。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・ユダヤ教やイスラム教は、利息を禁じている(現実には、利息をつけての金銭の貸し借りが横行しており、再三禁止を命じている)。利息禁止だからこそ、ユダヤ人は実業という形で財産形成をはかり、投資や投機でさらにこれを殖やし、成功したものが多い

・貧富のアンバランスがあるから、お金はものをいう。全員が金持ちになってしまったのでは、金持ちになっても意味がない

・金持ちは常に少なく、貧乏人が圧倒的多数。金持ちは貧乏人からの利益の吸い上げによって富を築いている。金持ちからの、たらい回しによって、富を築いているのではない

・社会は拡大再生産を続けていかないと、やがて萎縮消滅する。拡大再生産のためには、生産技術の維持と継承、ならびに子孫の拡大増加は必須条件。幼子らが元気活発であれば、次世代の家族の繁栄も民族の発展も望める

・「ならず者は罪を恐れない。大衆は敬虔でない。恥ずかしがり屋は学ばない。短気な者は教えない。商売に耽りすぎる者は賢くならない。人々がいない場所で人間らしくあるべく努めよ」(ヒレルの言葉)

古典研究は、毎日の仕事と無関係に見える。だが、日々の仕事を離れて、真理の前に心を虚しくすることが、精神を鍛え、広い視野から物事を判断することを可能にする

・人が尊敬に値するかどうかは、自分の力で生活できるかどうか

・有名人の能力は過大評価され、凡人の能力は過小評価される。人に機会と責任を与えて、やらせてみよ。そうすれば人は伸びる

・原則として、ユダヤ人社会では、まず若い者から発言させる仕組みになっているから、ユダヤ人は闊達に意見を述べる

・人間とは不慮の過ちや事故を引き起こす可能性を常に持っている存在。そういう人間観を土台に、個人の責任の取り方を明示し、周知徹底させようとするのが、タルムードの基本的な考え方

・「余裕」と「意志」と「」、これは人が前進するための三要素

・理屈よりも行動が先行する。行動で先行してみて不都合なことがあれば、それから、おもむろに反省する。行動しないで議論しても、話がかみ合うはずもない

・学問と知恵こそは、ユダヤ人全体の存続に関わる最重要事。家柄や名門よりも、ユダヤ教の学殖と知恵が尊敬される。今日でも、ユダヤ人社会では、賢人学者には、権力者や金持ちよりも上席が用意される

・ユダヤ人のビジネスの基本は「広く浅く多く」であって、「狭く深く少なく」という発想はない

・ユダヤ人は、狭い専門領域だけに終始しようとはしない。間口の広さは、接触の多さと情報の多さとなり、新しい着想やビジネスチャンスの創出に関係する。要は、多く稼ぐ、多く儲けるかではなく、いかに多くの人々と接触できるかの発想

・ユダヤ人の母親は、普段から息子が早く一人立ちするように、しつける。生活習慣の中で、自立独立を子供たちに教える

・日本人は、契約とは、強者が弱者に押しつけるものであって、弱者が強者に提案するとは考えられていない。ユダヤ人と根本的に考え方の違いがある

・日本では、相手が自分よりも弱いと見るや、途端に高圧的にさまざまな要求をし始める。それでいて、高圧的要求の正当さを裏付ける根拠を何も説明できない。それが世間の常識、世間で当たり前だからとしか説明できない

・ユダヤ人の世界では、訴訟においても必ず三人の証人を立てる。客観というものは、少なくとも第三の視点から観察を得て初めて成立する



ユダヤ人は、タルムードの教えによって、宗教観以上に、人間観、社会観、ビジネス観が形成されているように思います。

過去の失敗を反省することで、成長してきた人や民族は、どんな事態が起きようと、しっかり生きていけます。このことが、一番大きな財産になるのではないでしょうか。
[ 2012/05/31 07:05 ] ユダヤ本 | TB(0) | CM(0)

『中国人に学ぶ「謀略の技術」』福田晃市

中国人に学ぶ「謀略の技術」中国人に学ぶ「謀略の技術」
(2007/05/10)
福田 晃市

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中国人のしたたかさに関して、今まで「厚黒学・腹黒くずぶとく生き抜く」「高潔じゃない中国人が好き」などの本を、とり上げてきました。

そのしたたかさや駆け引きの基本となっているのが、孫子を初めとする兵法書です。兵法書が中国人に与えた影響は大きいようです。

本書は、その兵法の中でも、もっともずるい「謀略」について述べたものです。事が及んでから、卑怯だと中傷しても、後の祭りです。そうならないためのポイントが、本書には数多く掲載されています。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・中国の兵法家は、「自分のためにつくウソは許されないが、人のためにつくウソは許される」と考える。つまり、私欲を満たすためではなく、公益をはかるためにウソをつく

・特定の情報を流したり、流さなかったりすることで、自分の思うどおりに相手をコントロールする。これが情報操作

スパイ活動は、孫子の兵法の「五間」に学ぶこと。「郷間」(敵の身近にいる人間の利用・住民など)、「内間」(敵国の内部にいる人間の利用・役人など)、「反間」(敵のスパイを利用)、「死間」(誰かを犠牲にしてのスパイ活動)、「生間」(生還を前提にしてのスパイ活動)

・スパイ活動を行うには、敵国の解任された役人、処刑された人の子息、処罰された家の人などの恨みを利用すること

・「秘密」にすることで、スパイの働きを神妙にする。「厚遇」することで、スパイの心をがっちりつかむ

出向してきた人に取り入り、うまく信頼を得たところで、巧みに情報を選んで流す。すると、本社や本庁を操りやすくなり、自分たちに都合のよい状況をつくり上げていける

・「李衛公兵法」によれば、スパイ活動のターゲットは、1.「間君」(君主)2.「間親」(一族)3.「間能」(有能な人材)4.「間助」(仲間)5.「間隣」(同盟国)6.「間左右」(側近)7.「間縦横」(口のうまい人)

・トップの近くには、上昇志向が強い人が多い。そんな人は立身出世に役立つことなら、どんなことでも好んでする

・中国の兵法家は、競争相手の組織の人に会ったら、その人のライバルとなる人物をそれとなくほめる。すると、その人物に疑念を持ち、敵対心が芽生え、内輪もめを引き起こしてくれる。競争相手の内部が混乱すれば、競争しやすくなる

・人は赤の他人が言うよりも、身近な人が言ったほうが信じやすい。中国の兵法家は、ライバルをコントロールしたいときには、その人の人間関係を調べて、アプローチする

・ダメな人ほど威張る。ダメな人は、できる人と違って手玉に取りやすい。ダメな上司やお客は、媚びを売ってやる(笑ってあげる、感心してあげる、笑顔を向ける)と、動く

・口で言うより、文書にしたほうが、信じてもらえる。証拠が残るから、手紙をうまく使えば情報操作できる。「正しい文書を装い」「ウソをホントと信じ込ませ」「人を思惑どおりに動かす」ことがポイント

・何かを言うときは、ゆっくり話す。何かをするときは、ゆったり動く。自信にあふれた言動や表情を目にすれば、相手は、勝手に信頼し、思い込み、心理的に逆らえなくなる

・人は団結していれば強くなるが、不和になれば弱くなる。だからこそ、ライバルを不和にするには、「ウワサを流す」「デマを飛ばす」こと

・相手から「あの人はできる人だから交渉もうまい」と身構えられたら、やりにくくなる。「あの人は少し抜けているから、やりこめられる心配もなさそうだ」と思わせ、油断を誘えば、やりやすくなる

・パートやアルバイトの人に話を聞けば、自ずと他社の内情が推察できる。出入り業者を使うのも手

・自国=憐れな被害者、敵国=野蛮な侵略者というイメージをつくりあげることに成功すれば、国際社会を味方に引き込める

・情報については、必ずウラをとる。そうしないと、まんまと敵にダマされてしまう



騙すというよりか、騙されないために、読んでおきたい書です。

調子のいいときほど、策略にはまる危険があります。そうならないためにも、こういう世界があるということを知っておくことが大事ではないでしょうか。
[ 2012/05/30 07:09 ] 華僑の本 | TB(0) | CM(0)

『西鶴に学ぶ:貧者の教訓・富者の知恵』中嶋隆

西鶴に学ぶ: 貧者の教訓・富者の知恵西鶴に学ぶ: 貧者の教訓・富者の知恵
(2012/01/24)
中嶋 隆

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お金と欲を正面から見つめない人が書く文章には、重みがありません。きれい事、絵空事の場合が多くなります。

井原西鶴はお金と欲にこだわった、日本最初であり、世界最初のベストセラー作家です。西鶴は、俗物ではなく、江戸初期の大坂に現れた、偉大なる職業作家と評するのが正しいと思います。

本書には、井原西鶴の作品から読み取った教訓が、ふんだんに掲載されています。気に入ったところを「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・「世の中には金銀がたくさんあるものなのに、これを儲ける知恵が沸いてこないのは、商人と生まれて悔しいこと」(世間胸算用)

・「資本を持たない商人は、知恵才覚を働かせて商売しても、儲けを利息にとられて、人のために苦労することになる」(西鶴織留)

・商人の信用は、律儀な生活と地味な服装から得られる。そして、信用は演出するものである

・「自分の心がけひとつで、大金持ちになれるもの。そもそも大阪の金持ちは、代々続いたのではない。たいていは、丁稚から成り上がった人たち」(日本永代蔵)

・「遠国へ商売にやる手代は、生真面目な者はよくない。何事も控え目にして、人のやったことを繰り返すだけで、利益を得ることが難しい。胆力があって、主人に損をかけるような者のほうが、かえって良い商売をして、取引の損失を埋めるのが早い」(日本永代蔵)

・「商人が家業に失敗して破産する原因は、遊女遊びと商品の先物買いの二つ」(西鶴織留)

・「人をだましたとしても後が続かない。正直であれば神も頭に宿り、清廉潔白ならば仏も心を照らすものだ」(日本永代蔵)

・「お客様は神様です」という言葉には、どこか嘘が感じられてしまう。神様とまでいかなくても、西鶴は「お客様は家族やで」と言いたかったのではないか

・蓄財には覚悟が必要。ただその覚悟が人間らしさを失ったときに、金と人との関係が逆転して、人が金に食われてしまう。つまり、人が人であり続けること

・「人置き」(人材派遣業)にしろ、「小質屋」(金融業)にしろ、貧乏人から金を稼ぐには、同情心を捨てなければならない

・「富裕な者は悪事を隠すことができるが、貧乏人は恥が世間に知られてしまう」(西鶴織留)

・「金銀があり余るほどあって目出たいのは、二五歳の若盛りより商売し、三五歳の男盛りに稼ぎだし、五〇歳の分別盛りに家業を揺るぎないものにして、惣領に家督を譲り、六〇歳になる前に楽隠居した人に言えること」(日本永代蔵)

・「人は四〇歳より前には懸命に稼ぎ、五〇歳から楽しみを見極めて楽隠居するほど、寿命を延ばす薬は他にない」(西鶴織留)

・「町人の出世とは、奉公人を一人前にして、その家の暖簾を多くの者に分けてやることであり、そうすることが、奉公人を抱えた主人のなすべきこと」(日本永代蔵)

・「二代続いた金持ちはいないし、三代にわたって女郎遊びを続けられた者もいない」(西鶴置土産)

・「この世で利を得るためには、急流にかけられた水車のように働き、片時も油断してはならない」(日本永代蔵)

・「長年商売をして、客の出入りが多い商家は、店を改築してはいけない」(日本永代蔵)

・金儲けには「かわいらしさ」が必要である

・「結婚は、一生に一度の大切な取引。これで損したら取り返しのつかないことなのだから、念には念を入れたほうがいい」(日本永代蔵)

・善意でカムフラージュされた人の欲心は、金儲けの種になる



江戸初期(1600年代)に、これほど合理的、客観的、現実的な思想が生まれていたのに、それが、明治維新の武士道精神、昭和初期の軍国主義で壊されてしまったのが誠に残念です。

今、グローバル経済の中で生き抜いていくには、江戸初期の井原西鶴と彼を育んだ大坂という都市に学ぶことが多いように思います。
[ 2012/05/29 07:09 ] 偉人の本 | TB(1) | CM(0)

『一倉定の経営心得』

一倉定の経営心得一倉定の経営心得
(1999/06)
一倉 定

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一倉定氏は、社長だけを対象にした、経営コンサルタントでした。亡くなられてから十年以上経ちますが、その遺された文章は、今でも輝きを失っていません。

トップは、どう考え、どう行動すべきかの原点になる言葉が、本書にいっぱい詰まっています。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・お客様は、命令はしないが、自分の意に添わない時、「無警告首切り」をやる。つまり、黙って、その会社の商品を買わない。過去の実績を一切認めてくれないお客様をしっかりとつかまえ、さらに新しいお客様をつくりあげていくこが企業の生きる道であり、経営

・収益は一生懸命努力することによって得られるのではなくて、商品が売れることによってのみ手に入れることができる。収益は会社の内部にはない。内部にあるのは費用だけ。収益は外部にある、つまりお客様のところにある

好業績の根本原理は、「わが社の事情を一切無視し、お客様の要求を満たす」こと

・社長の定位置は社長室ではない。お客様のところ

・お客様が望むのは、全ての品が揃っていることではなく、自分の買いたい品が豊富に揃っていること。市場の全ての要求を満たそうとすると、全ての要求を満たせなくなる

・事業経営にきれい事は危険。事業は学問でもなければ、理論でもない。事業の存続を実現する戦い

・いい会社とか悪い会社とかはない。あるのは、いい社長と悪い社長

・すぐれた決定は、多数の人々の意見から出るのではなくて、すぐれた経営者から生まれる。ワンマン決定は権力の現れではなく、責任の現れである。これが決定の大原則

・優柔不断は誤った決定よりもなお悪い。決定に伴う危険や部下の不満を考えて、イタズラに迷っていたら、会社をおかしくしてしまう

・人間はみな生活の向上を願い、自己の才能を発揮したい。これが、一個の人間としての「自己拡大」の本能。会社を発展させなければ、従業員の自己拡大の欲求は満たされない

・今日の事業収益は、赤字でない限り、社長にとって大した重要性はない。大切なのは、あくまでも、会社の将来の収益

・見込み違いが分かってこそ、正しい舵取りができる。だから、目標は、その通りいかないからこそ役に立つことを知らなければならない

・小売店に払うマージンは販売手数料ではない。その本質は「売場借用料」。自ら店舗を作るには、多額の費用と時間が必要。同様に、問屋に払うマージンも販売手数料ではない。「販売網使用料」である

・「小さな市場で大きな占有率」こそ、優良会社になる近道

・値切られるのは、値切られるほうが悪い。自らの努力を忘れ、お客様を恨むのは誤り

・会社の中の数字は、絶対額で見るだけでは不十分。必ず「傾向」で見よ

・社長とは、企業の将来に関することをやる人。そして、それは社長以外には、誰もやってくれないこと

・企業内に良好な人間関係が維持されているということは、革新が行われていない実証

・組織論者は、責任の範囲を明らかにしないから仕事がうまく行われないと思い込んでいるが、これは、全くの見当違い。責任の範囲を明確にすると「それ以外のことには責任がない」ととるのが人間というもの

・口頭による指令は忘れられ、文章による指令は守られる

・社長は、ムリを承知で社員に頼め。社員が「ムリ」と言うのは、できなかった時の予防線。できたら手柄になる。社員が「ムリではない」と言えば、できて当たり前と等しい

・人材の下には、人材が隠れていて育たない。人材は、伸びるべき新人の芽を摘んでしまう。社長は人事異動をためらうべきではない



社長と丁々発止で、築いてきたものが、文章に現れているように思います。この本を、社長の立場にいる人が読めば、グッとくるものがあるのではないでしょうか。

社長=トップ=リーダーです。人を率いる人にとっても、参考になることが数多くあるように思います。率いる人の常識論が覆されるかもしれません。


[ 2012/05/28 07:04 ] 商いの本 | TB(0) | CM(0)

『六十歳以後-植福の生き方』米長邦雄

六十歳以後―植福の生き方六十歳以後―植福の生き方
(2007/05)
米長 邦雄

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著者は、史上最年長で名人位を獲得した米長邦雄さんです。現在は、永世棋聖で、日本将棋連盟会長をされています。

タイトルにもある植福とは、幸田露伴が「努力論」で唱えた「幸福三説」(惜福・分福・植福)によるもので、運のつくり方を説いたものです。

著者は、この幸福三説をもとに、還暦を過ぎて、人はどう行動すべきかを論じられています。私自身、60歳まで、時間はまだありますが、参考にしたい点が多々ありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・宮本武蔵の「五輪書」に、「いつくは死ぬる手なり」という一文がある。「いつく」とは、安定している、動かないという意味。要は、「変わらない」ということ。変わらないのは、死ぬこと。死にたくなければ、どんどん変わっていくしかない

・人が老いやすいのは、夢や好奇心を失ったとき。なまじ常識的で物わかりのよい大人になど成長しないほうがいい

・六十を過ぎても、心の若さを保ちたいと思ったら、肉体の衰えなどに惑わされてはいけない。変わることを恐れないこと

・しばらく考えても結論が出ないことは、その後、いくら考えたところで答えが出ない。なぜなら、そこに絶対的な基準がないから

・スランプとは、強さや勢いが行きすぎたときに起きる。実力があっても、何かの理由で、その実力が発揮できない状態とも言える。実力がなかったり、実力をすべて出し切っても負けるような場合は、スランプとは呼べない

形勢が悪くなったとき、最もマズい対処の仕方は、冷静さを失って不用意な動きをすること。次に悪いのは、ふて腐れて勝負を投げ出してしまうこと。それに対して、望ましい対処の仕方は、形勢の悪さを受け入れ、じっと反撃に出るためのエネルギーを貯えること

・いつか必ず死ぬことはわかっている。だから、いつになるかわからないそのときまで、ただ生きることだけを考えて生きる。死んだ後のことまで考えたって仕方ない

・「福を惜しむ人は福を保つを得ん。福を分つ人は福を致すを得ん。福を植うる人は福を造る。植福なる哉、植福なる哉」 (幸田露伴・努力論)

・会社はピークのときに入ったらダメ。ボトムのときに入って、五十歳になったときに、ピークを迎えるような会社を選ぶこと

過去と戦う者は全敗する。「あの頃は若かった」「あの頃は金があった」「あの頃はモテた」は、すべてダメ。未来を見つめていくこと。年をとっても、過去を振り返らずに、前へ、前へ

・ケチには三つある。お金のケチ体のケチ(自分の体を相手のために動かさない。不潔)、そして、心のケチ(面倒くさい)。この三つともケチだと、絶対にモテない

偉い坊さんは、たいがい年をとってから女性にモテる。女性の方が放っておかない。離さない。その人間性、心の優しさに女性たちが惹かれる

・命を捨てても、新しい国を創ると、血潮をたぎらせた幕末の「勤皇の志士」に、当時の芸者衆や舞妓などが惚れた。ごはんを食べさせ、自分の命と引き換えにかくまった。「義」に生きようとする「志」に女性たちが惚れた

義の道を一生懸命生きていると、必ずいい風が吹いてくる。運気が上向く。応援団が現れる

・日本の男たちが、「義に生きる」覇気をなくしたために、日本の女性たちは、「男の色気」を感じなくなってしまった。そんな男など要らない。そんな男にはついていけない

・何事に限らず、それに惚れているかどうかが大事。「しかたないから○○でもやってみるか」という気持ちが少しでもあるのなら、やらないほうがいい

・どこを頂点と定め、どこで降りるのか。それこそが人生設計。引き際とその先の生き方を考えるとき、その道は、自分の利益を追求する道ではなく、自分が得たものを還元する



感じたことを、ありのままに書かれた文章は、小気味よく、心にスーッと、伝わってきます。米長さんの言われていることは、ほぼ正しいように思います。

それは、世の中に起きる普遍の事実なのかもしれません。自分が信じられる一文を糧とすれば、役に立つ一冊になるのではないでしょうか。


[ 2012/05/26 07:00 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『「都市縮小」の時代』矢作弘

「都市縮小」の時代 (角川oneテーマ21)「都市縮小」の時代 (角川oneテーマ21)
(2009/12/10)
矢作 弘

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日本の人口が減少を続けています。地方の中小都市人口も縮小しています。ところが、驚いたことに、欧米の中小都市も縮小しているそうです。コンパクトシティは世界共通の課題となっています。

縮小の中で、人を集め、活気を取り戻した成功事例を世界中から集めたのが、本書です。大変面白く読めました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・世界の人口10万人以上都市のうち、4分の1以上が人口を減らした。この現象は世界中の、工業都市、歴史都市、重厚長大産業都市、経済停滞都市、繊維関連都市、厳冬地帯都市、鉱業都市などで起きている

・人口減少で先進諸国のトップを走る日本だが、縮小都市研究では欧米諸国に遅れている。縮小都市研究国際会議では、縮小都市国際比較、インフラと財政、代替する新しい文化創造産業などが、議論されている

・縮小の軋轢を調整しながら、経済的、社会的な縮小の負担を、社会全体でいかに分かち合うのかが、縮小都市で問われている

・地方分権改革を進めている世界の国では、自立した縮小都市ほど、他の都市と連帯して、フルセット型の都市機能を維持している

拡散都市構造を放置すると、「高齢者などの生活支障」(車社会弱者が3分の1)、「中小市街地の衰退」(防災、防犯、子育て環境の悪化)、「財政の圧迫」(都市施設の維持、行政コストの増大)などの問題が生じる

・21世紀のアメリカの「都市のかたち」を決める条件は、人口移動・ガソリン価格・都市型産業立地。いま悲惨な中西部の縮小都市も、この3条件の幾つかに支えられれば、変貌する

・縮小都市化するインナーシティに溢れる空き地を目障りなものと見ずに、可能性をはらむ土壌と考えたほうがいい。デトロイトで始まったのが、社会変革型の都市農業運動

・クリーヴランドのデザイン地区構想には、都市型創造企業を育てる狙いがある。ポスト工業化社会でも、モノづくりは終わらない。モノづくりのソフトに携わる新都市産業をダウンタウンに集積させる考え方

・セントルイスでは、街路景観の修景プログラムが動いている。225街区の美化・活性化(街路のサイン、植栽、ベンチや彫刻などのストリートファニチャー、垂れ幕などの色彩・形状のデザインコード)に取り組む。歩いて暮らせるダウンタウンを目標にしている

医療・健康産業はアメリカGDPの16%。メディカルコンプレックスは、新都市産業としての期待が大きい。病院は労働集約型ビジネス。医師、看護師、検査技師、職員などの雇用規模が大きく、研究所には高学歴・高所得者が多い。衰退都市の税収増につながる

・ライプチヒ(旧東ドイツ)では、1970年代半ば以降に市外縁部に開発した大規模住宅団地の空き家率が増え、社会主義体制時代に放置されていた「歴史的共同住宅(19世紀末~20世紀初め)」を改築したものに人気が出て、転居する人が増えている

・ドイツの縮小都市のキーワードは“穿孔”「孔(あな)をあけること。あるいはその孔のこと」。都市空間が希薄化すると、連続した街並みに孔があく。その孔を活用して、公園、原っぱ、小さな森にして、過剰住宅対策と都市環境改善の一石二鳥を狙う

・画家には、「家賃が安く、スペースを自由に使える廃墟利用が魅力」。都市が縮小すると、ある地域が辺境化する。しかし、一方では、主流派でない人が、廃墟に宿る創造性の開拓者となる

・兵庫県尼崎市の製造業出荷額は、この40年間で3倍に増加したが、雇用者数は同時期に60%のマイナス。「雇用なき拡大」という縮小都市の典型的類型。成長することばかりを考えてきた既往の都市政策手法は、限界を露呈した

・福井市のDID地区(1km2あたり4000人以上人口密度)は拡散し、「低密度の土地浪費型」で、車依存土地利用になった。大学は郊外に移り、路線バスの高い運賃と運行本数の少なさや都心の高い駐車料金で、まち中から、若者の姿が消えた

・福井市の「コンパクトな都市づくり」対策は、1.「鉄道利用者増加」(13%増)2.「都市居住者増加」(16%増)3.まち中の歩行者自転車通行者の増加(21%増)を掲げる



本書を読み、豊かになるためには、拡大信仰を捨てて、賢い撤退をすること。「小さく賢く成長する都市」になることが、日本の都市に求められているように思いました。

製造業でも、大量生産を目指さず、独自の技術で、付加価値の高い製品をつくり続けている企業が、好調です。都市も全く同じことではないでしょうか。

都市間競争に勝つということは、独自のものをつくり出し、遠くから人やモノや情報が集まるようにすることに他ならないのだと思います。


[ 2012/05/25 07:07 ] 海外の本 | TB(0) | CM(0)

『「お金持ち気分」で老後を―人生を楽しむエッセンス』邱永漢

「お金持ち気分」で老後を―人生を楽しむエッセンス「お金持ち気分」で老後を―人生を楽しむエッセンス
(2001/12)
邱 永漢

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先日、邱永漢さんが亡くなられました。ブログ「もしもしQさん」を時々覗いていたのですが、ゴールデンウイーク前から、十年以上続いた更新が止まっていたので、気になっていました。とても残念です。

しかも、死亡の記事やニュースが、人々に大きな影響を与えてきたはずなのに、小さく扱われたことも残念でした。各論はともかく、お金に関する総論や「お金の使い方」に関する記述は、本当に勉強になりました。

このブログでも、「お金に愛される生き方」を過去にとり上げました。本書は、本人の体験談による「老後のお金の使い方」が、記載されており、参考になります。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・他人から見て、「時間の浪費」と映るような人生であっても、「自分にとってよい人生だった」と本人が満足すれば、それは、それでよい人生

・人生を旅にたとえれば、会社勤めは「パック旅行」。会社に就職し、会社の決めたスケジュールに従うことに相通ずる。しかし、定年後まで面倒を見てくれる人生八十年のパック旅行はない。定年後をどのようにするか、自前で生活設計を立てねばならない

・定年後の仕事は、儲かることよりも、好きなのか、性に合っているのかのほうが重要な要素

・中国人の伝統的な考え方によれば、人生のしあわせは、財子寿の三つが揃っていること。財とは金持ちであること。子とは子供のいること。寿とは長生きすること。実は、三つ揃うことはなかなか難しい。理想的な老後を送っていない人のほうが多い

・苦労してお金を儲けることができたら、次はお金儲けに挑戦する過程に我を忘れるようになる。気がついて見たら、お金儲けのためだけに、一生を棒にふることになる

・世の中には、お金の勘定はうまいが、自分の人生の計算は下手クソという人が意外に多い。いつか使うつもりで、貯め込んでいるうちに、うっかり死んでしまうとそうなる

・人生とは、生きている時間のこと。お金を貯めるのも使うのも、生きているから。お金はそうした人生に奉仕するためにある。だから、生きている間に上手にお金を使うこと

・豊かな社会のお金の使い方は、第一にエンターテインメント(演劇・映画・スポーツなど)。第二に飲食。第三に旅行。第四に趣味・道楽。第五は健康と美容。そして、第六は教養や文化等の成人教育。豊かになるにつれ、自分の知識や技能を磨くためにお金を使う

・仕事などの目的があってする会食は、どうしても話題が狭くなりがち。だから面白くない。目的のない場合は、話が止めどもなく発展し、興に任せて喋る話は、肩も凝らず、食事もおいしい

・社会的ズレの最大の原因は、生活のマンネリ化。同じことを繰り返しているうちに、世間がドンドン変わっていき、気がついたら、自分が置き去りにされている。人はここでいっぺん死ぬ。もし、そうなりたくなければ、世間の変化に付いていくほかない

贈り物をするときにコツがある。値段の高い高級品で、ランクの低いものを人にあげてはいけない。日用品の中の最高級品を贈るといい

お金の流れは、川の流れのように、しょっちゅう変わる。川の流れが変わってしまって砂漠のようになった場所で、お金儲けをしようとしても、魚のいない所で、魚釣りをしているようなもの

・金の儲かる商売をうまく見つけた人が、多少の運不運はあっても、金持ちになる。学歴とか、能力とかはあまり関係ない

・口を酸っぱくして、口説いても、相手にさっぱり手応えのない商売は、時流に合わない商売。反対に、こちらがセールスに行かなくても、向こうからやってくる商売は、社会的ニーズのある商売

・昔の方がチャンスがいっぱいあったように見えるのは、すでに答えが出てしまっているからで、先の見えないことでは、昔も今も同じ

・初心に帰るということは、「経験」に毒されないということ。時間の経過によって、鮮度を失わないこと。つまり、時間の上手な使い方とは、「時間に汚染されない鮮度の保ち方」ということ



お金の儲け方、貯め方、殖やし方に言及している本は多いですが、お金の使い方を説いている著述家は少ないように思います。

お金の使い方には、「時間」と「お金」を秤にかけることが必要になってきます。邱永漢さんは、お金の神様というよりも、お金の使い方の神様だったのかもしれません。ご冥福をお祈りいたします。


[ 2012/05/24 07:08 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『タイムマシン心理療法―未来・解決志向のブリーフセラピー』黒沢幸子

タイムマシン心理療法―未来・解決志向のブリーフセラピータイムマシン心理療法―未来・解決志向のブリーフセラピー
(2008/06)
黒沢 幸子

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タイトルに、少しいかがわしさを感じたのですが、読んでみると、「明るい未来、成功した未来をイメージする」「未来の自分が、現在の自分をチェックする」立派なカウンセリング手法であることがわかり、その疑念が払拭されました。

過去から見て、「成長したのかどうか」は、日記やブログを読み返すことによって、チェックできます(過去の自分が恥ずかしく思えたときが成長の証し)。

未来(ゴール)から見て、「成長しようとしているのかどうか」は、この「タイムマシン」心理療法に乗ることによって、チェックできそうです。

過去と未来の両面から、自分の人生をチェックできたら、大きな力になります。本書には、人生をチェックするための重要な事柄がたくさん記載されています。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・エンデの「モモ」には、「想った未来は、かなりの可能性で実現する」との記述がある。つまり、自分の未来が自分を導くということ。未来を想うこと、想起することが大事

・心を未来に飛ばし、ある日に意識を集中させて、そこでの光景を思い浮かべる。VTRを見ているように、スクリーンにありありと映し出される未来の光景を眺める。自身の映像を撮り、体感すること

・クライエントが現在までの話を一段落したとき、未来の方向に話を切り替えていく絶好のタイミング

・「タイムマシンに乗って、未来のあなたが、今のあなたを見に来たとしたら、どんな言葉をかけるか?」をクライエントに尋ねる

・過去の自分は、今の自分を縛り、不自由にしがちであるが、未来の自分は、今の自分を解放し、自由にしてくれる

・自分の考えを発酵させる大事な時間に「安全にほっておかれる」ことで、自分の将来の決断ができるようになる

・エリクソンは、「無意識的空想は、願望以上のものではないが、機会が来れば、現実的意図となる」と考えた

・自分自身の未来の光景を、ありありとリアルに見る体験が、治療的にも、成長促進的にも、大きな意義がある

・時空間をも自在に飛び越える「タイムマシン」によって、催眠を用いなくても、分離・解脱した状態を、創り出すことができる

・10年後、20年後、どんな新しい別の人になっているか、未来のある日の自分を見に行ってみること

・「もし仮に~なら、どうなっているか?」は、カウンセラーの十八番。未来のよりよい自分を描くのに、重宝する質問

・「タイムマシンに乗ったとしたら、何年後を見に行きたいか?」。未来を描いている人は、この質問に答えることができる

・もし仮に、自分の思いどおりになる「もう一人の自分」が存在するとしたら、どんなキャラクターで、どんなふうに活躍するのか?その分身が活躍しているところを見に行ってみる

タイムマシン・クエスチョンは、「成功した(解決した)未来の自分を見る・体感する」技法。過去のことや問題になっていることを、一度ご破算にして、不問のまま、未来の解決イメージへとダイレクトにジャンプする

・「~ねばならない」という「必要・義務(第一水準)」や「~したい」という「願望(第二水準)」の未来時間イメージの水準に留まっているうちは、解決に向けた変化は生じにくい。「必然的未来時間(第三水準)」のイメージを描くこと

・「未来の映像」「近未来の体感」「未来からの使者」「未来から来た分身」「成就の現実感」「問題の外在化」は、未来を創出してくれる



本書は、カウンセリングの治療例をもとに、記述されています。実際に、クライエントが、この「タイムマシン心理療法」によって、どう変化していったかも書かれています。

過去も大事ですが、未来はより大事です。その、より大事な未来から現在をチェックすることは、とても重要なことのように思いました。

その手法を知るだけでも、未来が少し開けてくるのではないでしょうか。


[ 2012/05/23 07:03 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『12歳までに身につけたいお金の基礎教育』横田濱夫

12歳までに身につけたいお金の基礎教育 (講談社文庫)12歳までに身につけたいお金の基礎教育 (講談社文庫)
(2004/10)
横田 濱夫

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横田濱夫氏の本を紹介するのは、「暮らしてわかった年収100万円生活術」に次ぎ、2冊目です。

著者の本は、体験に基づいて書かれている場合が多いので、生活実感にマッチします。

本書は、子供への金銭教育が、その内容です。ためになることが多々ありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・家計の節約には、家族全員を巻き込むのが効果的。子供を含め、家族それぞれに役職(電気大臣、ガス大臣、通信大臣など)を与え、各節約項目の責任者になってもらう

・子供には、日頃から、タダの話に乗ってはいけないという基本を徹底しておくこと。「タダには近づかない」「オマケはタダではない」「タダでくれる時は裏に魂胆がある」「タダで物をもらうと、以降頼みを断れなくなり、最後にはその人の子分になってしまう」

・コストカットは企業経営の基本。それと同様、節約なしに健全な家計運営などあり得ない

・目に見える財産など、食いつぶしてしまうのは簡単。重要なのは、「子供が自力で、より多くを稼げるようにしてやること」。それが何よりの遺産相続。真の愛情とは、本来、そうあるべきもの

・贈り物とは、金額や形式ではない。「相手の喜ぶ顔を見たい」という、純粋な気持ちから出るもの

・「テレビCMに出ているタレントは、その商品が好きでもないのに、いい顔して、すすめて、高いお金をもらっている」ことを子供に教えること。夢を壊すことで、お金の現実を見せる。賢い消費者に育てるには、世の中の構図を教えなければならない

・限られた予算の範囲内で、自分の満足度を極大化できる店や商品を、いくつもの候補の中から、自らの意思と判断で選ぶのが、賢い消費者。主導権と選択権は、あくまでこちら側にあるのであって、店やメーカー側にあるのではない

・本当のお金持ちは、辺りに細心の注意を払い、コソコソするくらいの用心深さで、お金を取り扱う。反対に、貧乏な人ほど無神経。周りに人がいることなどおかまいなしに、財布を広げる

・目の前で、お金を見せられた者は、必ずそのお金が欲しくなる。最初はそんな気がなかった善良な人間でも、ふと欲望が湧いてくるもの。お金持ちが、周りに気を遣うのは、お金を見る側の心理をよく知っているから

・お金を「見せる」だけでなく、お金がある事実を人に知られることもよくない。カネを騙し取ってやろうという魂胆がある人間を近づけないこと

・「人からお金を借りる」ことは、早晩「人から嫌われる」と同義語。借りたお金を返さないのは、約束を守らないこと。約束を守らないと、信用を失い、仲間を失い、人から嫌われ、性格はだらしなくなっていく。友達からお金を借りて、いいことは何一つない

・「金を借りる友達」イコール「ルーズな人間」であり、「ルーズな人間」イコール「付き合うべきでない人間」。そんな悪い友達を見捨てる勇気も必要

・銀行には、厳しいノルマがあった手前、欠陥商品だとわかっていても、それを売るしかなかった。そんな経験から言えることは、「一度断ったにもかかわらず、相手が何度も勧めてくる商品にロクなものはない」ということ。これは金融商品以外にも当てはまること

お金に清い人は、一部から「カタブツ」と煙たがられるが、大多数から「クリーンな人」と尊敬される

・一昨年より去年、去年より今年と、次第に増えていく残高を通帳上で確認させることにより、子供は否が応でも「貯金の喜び」を知ることになる。子供名義の通帳をつくること

・貯めてから買う。いったん、この順番を崩すと、後は悲劇が待っている。多重債務者になるのは、貯める前に買ってしまっているから。「待つ我慢」の訓練は。子供の頃からしておく必要がある

・「ダラダラ他人に合わせるだけでなく、自分の意思で行動する」「お金をスマートに使う」ことの大事さを子供に教える機会を設けること



お金は大事なはずなのに、学校教育では教えてくれません。したがって、家庭での教育が主になります。

家庭での間違った金銭教育をただす意味で、親が本書を読み、それを子供にも教えることが、大事なように感じました。


[ 2012/05/22 07:01 ] 横田濱夫・本 | TB(0) | CM(0)

『勝てば官軍―成功の法則』藤田田

勝てば官軍―成功の法則勝てば官軍―成功の法則
(1996/10)
藤田 田

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日本マクドナルドの創業者であった藤田田さんの著書を紹介するのは、「ユダヤの商法」に次ぎ、2冊目です。

藤田田氏の考え方に共鳴し、教えを乞うた人物には、ソフトバンクの孫正義氏やユニクロの柳井正氏など、現代の億万長者たちがいます。この事実だけでも、藤田田氏の考え方が、成功をつかむために役立つことを示しているのではないでしょうか。

本書は、藤田田氏が70歳のときに書かれたものです。集大成としての語録が、たくさん掲載されています。その中から、一部ですが、紹介させていただきます。



・成功の基盤には、「宇宙はすべて78対22に分割されている」という大原則が厳としてある

・流行には、金持ちの間から流行り出して大衆に拡がっていくものと、大衆の中から起こってくるものとがある。この二つの流行を比べると、金持ちの間から起こってくる流行のほうが、圧倒的に息が長い

・口に入れられた商品は、刻々と消費され、何時間か後には、次の商品が必要になってくる。土曜日も、日曜日も、一日の休みもなく稼いでくれるのは、銀行預金の利息と「口に入れる商品」だけ。だから、確実に儲かる

・資本主義社会は金がすべて。金さえあれば、人生の問題の99%は解決する。日本人は、まず「金」に対する農本主義的な考え方を捨て、金儲けができないのは、バカだと思うようにならなければならない

・「きれいな金」と「汚い金」といった金銭観は、「法」を守っているかいないかという一種の倫理観にある。その倫理観は、「法は完璧だ」という思い込みの上にできあがったもの

・合法的な政治献金でも「悪」だと聖人君子ぶっていては、金儲けのチャンスを逃すことになる。政治信条とビジネスはまったく無関係。金儲けにイデオロギーは要らない

・数字に慣れ、強くなることは、金儲けの基本。もし、金儲けをしたいと思うなら、普段の生活の中に数字を持ち込んで、数字に慣れ親しむことが大切

・江戸から送ってくる金で、代官が統治していた天領の住民には、勤倹貯蓄といったふうはなく、ある金を全部使う。その最たるものが、将軍のお膝元の江戸。マクドナルドがいい成績をあげているのは、甲府、新潟、福島、大阪、長崎など、みな幕府の天領

外様大名が統治した藩は勤倹節約のふうは極めて強い。また、大名の統治下にあった地方の人はよく働くし、サラリーマンとしては非常に忠誠心が高い。天領だったところはあまり忠誠心がない

・敗者の美学は、文学の世界だけ。文学で金儲けはできない。ビジネスの世界には、「勝てば官軍」の論理しかない

・コンピュータが地域性などふっ飛ばして、「時間」も「空間」もゼロに近づけている。「効率のいいビジネス」の行き着く先は、一人でコンピュータに向かってすべてを処理し、人を全く使わないところにある

・人間は日々変化し、成長する。会社が欲しいのは、伸びる社員

・海外に行ったら、その国でみんなが食べている一番安いものを食べること。絶対にハズレはない

・ゴミ一つでも捨てれば強制労働させられる官僚国家主義のシンガポールと、対照的に何をしようと自由な香港。両極端でありながら、共に繁栄している現実を見ると、統制でもなく、自由競争でもない日本は実に中途半端。だから、行き詰って、オタオオタしている

・広告は「金儲け」のためのもの。金儲けのための広告には、「イメージ」をつくる広告と「モノ」を売る広告がある。この二つはまったく違う種類の広告。その比率は、イメージが4分で、モノを売ることが6分。マクドナルドの宣伝はその比率で行っている

・30歳のころ、松下幸之助さんから、「仕事で成功したいのなら、役所の肩書を持ったらいけない。持ったら最後、どんどん広がっていくから、仕事ができなくなる」と言われた

・人は、必然的に何重もの人格をもった存在。これからのビジネスは、どの人格を相手にするのかを考えること

・エコノミー・オブ・スケールからエコノミー・オブ・スコープへ。そして、今は、エコノミー・オブ・スピードが重要課題



藤田田さんは、今、もし生きていたら、今の時代にふさわしいビジネスを見つけて、奮闘されていることと思います。

本書には、藤田田氏の起業家魂が随所に出てきます。その魂に触れてみるだけでも、価値があるように思います。


[ 2012/05/21 07:09 ] 出世の本 | TB(0) | CM(0)

『金沢城のヒキガエル・競争なき社会に生きる』奥野良之助

金沢城のヒキガエル 競争なき社会に生きる (平凡社ライブラリー (564))金沢城のヒキガエル 競争なき社会に生きる (平凡社ライブラリー (564))
(2006/01/12)
奥野 良之助

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研究には、すぐに役立つ実践的な研究とそうでない研究があります。本書は、その後者のほうです。研究というよりも、知的探求といったほうが正しいのかもしれません。

知的探求は、基本的にお金になりません。でも、お金にならないことを、寸暇を惜しんで、取り組むのが、本当の学問のように思います。

本書は、いい意味での学者バカの記録です。学問の本来の姿が、この本に垣間見ることができます。その数々を「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・ヒキガエルの生活は「雨食晴眠」。その雨食も、降雨2、3日目から雨眠になる。そして、個々のカエルが動くかどうかは、彼らの「腹具合」が決める

・カエルは口から水を飲まず、体表から土の中の水分を吸収しているから、ねぐらの土が湿っていれば水分は補給できる

・夏は夏眠、秋にはちょっと働いてすぐ冬眠、春には10日ほど繁殖に精を出したかと思うとまた春眠。ヒキガエルは最低気温が10℃を越すと採食活動を行うが、最低気温が20℃以上になると、また眠る

・ヒキガエルの労働(採食)時間は、春5日、夏1日、秋5日で、1日5時間の労働。年間労働時間55時間。繁殖時間は春に10日×5時間の年50時間。これが彼らの働きぶり

・オスはメスの3倍。だから、繁殖池にやってきても、メスと出会うことなく帰るオスが多い

・金沢城のヒキガエルの最長寿者は12歳。成熟(1.5歳)まで達したら、平均してメスで6歳、オスで7歳まで生きることができる

・ヒキガエルは、ある範囲に定住しているが、昼間もぐりこむねぐらは決めていない。夜出てきて、ミミズの一匹でも呑むことができたら、すぐ手近な穴に入り込み寝てしまう

・ヒキガエルたちは、住む場所は決めていても、縄張りなどという世知辛い所有権は主張しない。喧嘩しないから順位もない。もちろん、ボスガエルなどいるはずもない。他の個体に干渉せず、勝手に生きている。ほぼ完全な個人主義者の集まりがヒキガエルの社会

・日本のヒキガエルのオスの間には、「優秀な」オスが「優秀でない」オスを退けるといった競争はない。メスを独占するために、全力をあげて生活するようなことをしなくても、ヒキガエルは、のんびり暮らしながら、ちゃっかりと子孫を残している

・ヒキガエルは地上を動くものなら何でも食べる。アリ、クモ、ゴミムシ、ミミズ、ナメクジ、カタツムリまで餌にする

・カエルの世界では、何らかの障害を持つ個体(指切れ、指の変形異常、片足短足、足首切断)は、1~2%の率で常に存在している。障害カエルたちは死なずに健闘している

・自然に住んでいる生き物は、呆れるほど多種多様。その上、種が違えば、その生活の仕方、生活様式もまた異なる。それを「競争」というたった一つの原理で統一しようとするのが、もともと無理

・研究者は、どうしても生き物の中に競争を見ようとする。その結果、喧嘩もせず、縄張りもつくらず、のんびりと暮している生き物は、調査の対象から外され、競争的な種だけが研究される

・生き物は、発展のチャンスには、種分化特殊化によって種数を増やし発展する。その時には、激烈な競争も行われる。だが、すべての生活場所を埋め尽くせば、適応した種が生き残りを模索するようになる。その時、競争はもはや主題ではない

・生き物の世界がどうなっていようと、人間は、人間としてどう生きればいいかを考えればいい。生物界がこうだから、人間もこうでなければならない、という考えは根本から間違っている

・人間としての能力などというものは本来存在しない。存在するのは個体差。そして、それぞれの個人が、自分の意志で、その個体差を伸ばしていく。それこそが真の自由

・大学にも、ごくわずかだが、本当に研究の好きな人がいる。でも、そういう人に限って出世していない。教授になる人の大半は、研究よりも出世が好き。つまり、好きなことを出世の道具として使っている



ヒキガエルはほとんど働いていません。競争もありません。大人になれば、その後の余命も長い。結構、のんきに暮らしています。

動物は、弱肉強食で、絶えず競争していると思われがちですが、競争に生き残った種は、楽しく、自由に、仲良くやっています。

安定に甘んじると、堕落していくと思われがちですが、競争のない安定社会は楽園なのかもしれません。競争を意識している限り、豊かさはほど遠いのではないでしょうか。

このように、ヒキガエルから教わることが多々ありました。ヒキガエルの研究を真摯にされた著者に感謝したいと思います。
[ 2012/05/19 07:06 ] 環境の本 | TB(0) | CM(0)

『人生論としての読書論』森信三

人生論としての読書論人生論としての読書論
(2011/09/16)
森 信三

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森信三先生の本を紹介するのは、「森信三語録・心魂にひびく言葉」「一語千鈞」「森信三に学ぶ人間力」に次ぎ、4冊目になります。

自分自身のプロフィールでも少しふれているのですが、「世間的に広くは知られていないけれど、卓れた人の書をひろく世に拡める。世にこれにまさる貢献なけむ」という著者の言葉が大好きです。

今回は、読書論についてだけの著作です。著者の「本」に対する本気度が伝わってきます。本の一部ですが、紹介させていただきます。



・読書の意義と価値を、真に自覚的に把握し、認識している人が少ないのは、二度とない人生を、真に自覚的に生きようとする人が少ないからに他ならない

・人生において、愉快だとか楽しいというような出来事は、そうざらにはない。人生の大部分は、単調な日々の連続。もし、書物を読まなかったら、単調の繰り返しとなって、深い味わいを噛みしめるようなことはなくなる

・読書とは、心の感動を持続するための最もたやすい方法。溌剌として躍動している時、その人の人生は充実する

・良書とは、現実界に内定する無量の理法を、文書をもって、易解な形態に表現したもの

・良書とは、パドスとロゴスの両面を兼ね備えたもの。いずれか一方のみだとしたら、それは真の「良書」とは言い難い

・書物の選択で、読書法の八、九割まで、事が片付く。良書を鑑別する眼力を養うこと

・書物が良いか悪いかの鑑別は、その人が現実に対して、どの程度深い洞察力を持っているか否かによって決まる

・自分の専門部門については、「精読」主義をとることが好ましい。専門以外の領域に関しては、多角的な読書、「多読」を必要とする

・書物を読む場合、精神を集中して、「全的感動」のうちに、「一気呵成」に読み終えるべき

・覚悟とか決心だけでは、個人的なものゆえ、永続し難い。結局は、自己を越えたものへの「発願」に至って、初めて無限の努力の持続が可能となる

・読書は、二度とない人生をいかに生きるべきかが、その中心にあるべき

・真の読書は、書物内容の知識習得を越えて、自己の人間的確立に資するもの。哲学や宗教と呼んでいるものは、われわれの人間的自己確立への努力の所産

・読書による自己の人間的確立の中心は、自己超克にある

・水戸光圀卿の書斎が、幾十室もある広い山荘の、わずか三畳の室だったのは、まことに心憎い

・人間の一生のうちで、記憶力の最も旺盛な時期に、有名な古典の言葉を心に蒔き込まれた子供たちは、古典の真理が、人生の経験と結びついて、その威力を発揮するようになる

・管理職などの地位にある場合、零細な時間を利用するために、「語録」や「箴言」を読むことの長所を知らねばならない

・読書の真価を解しうる人は、その身は一つでありながら、二種の世界に住んでいる住人の如くにある

・功成り名遂げた人が、華やかな舞台から退いて、一人静かに書を読み一室に坐し、天地古今を俯瞰しつつ、悠々と人生の終末を迎える態度こそ、人生至上の道

・青年期の「立志のタネ蒔き」に始まり、壮年期に「人生の浮沈に挫折しながらも慰藉激励」せられ、晩年に「静かに読書」に明け暮れる。人生三期の読書の中でも、晩年の読書こそ、味わい深きものがある



読書の大切さを力説する人は、だんだん少なくなっているように思います。情報という意味では、ネットやテレビに負ける部分がありますが、「知の恵み」に関しては、読書に勝るものはありません。

「人生論としての読書論」=「読書論としての人生論」なのかもしれません。読書と人生は、お互いにリンクし合う関係ではないでしょうか。本書を読み、読書の意義をもう一度、確認したいものです。


[ 2012/05/18 07:09 ] 森信三・本 | TB(0) | CM(0)

『「スウェーデン・モデル」は有効か』レグランド塚口淑子

「スウェーデン・モデル」は有効か―持続可能な社会へむけて「スウェーデン・モデル」は有効か―持続可能な社会へむけて
(2012/02)
レグランド塚口 淑子

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スウェーデンに学ぶことがいっぱいあります。しかし、今の日本は、スウェーデンの福祉政策だけを学ぼうとしているように思います。

スウェーデンの福祉政策の背景にあるものを理解せずに、福祉政策を学んでも、全く意味がないのではないでしょうか。

本書は、スウェーデンの骨格(政治、法律、税、教育、思想、歴史、文化など)について、学ぶものです。日本は、ある意味、北欧の真逆です。真逆だからこそ、感銘するところがいっぱいあります。本書の一部を紹介させていただきます。


・スウェーデン・モデルは、社会への「信頼感」と、それに続く「法の尊重」や「再分配コストの低さ」(汚職レベルの低さ)によって、「高い経済効果」をあげていることにある

・1900年代初めのスウェーデンでは、貧困、狭い住居、飢えや病気が普通。その後、工業化の波が訪れたが、1930年代初め、アメリカの恐慌がスウェーデンにも波及し、失業率が20%を超し、ストライキとロックアウトがヨーロッパで最も多い国になった

・1889年に、参政権と「8時間労働、8時間休息、8時間の自由時間」を掲げた社民党が、1932年に政権をとり、同党による長期政権は、1976年まで続いた

・1926年の出生率がヨーロッパ最低を記録した後、子供を養育できるより良い環境(仕事も家族も)の対策がとられた。1931年「出産保険金支給制度」、1938年「児童扶養援助金」「母親への財政援助」などの制度が制定された

・1928年社民党党首ハンソンが国会で演説した「国民の家」構想(共同体意識と共感が家の基盤。良い家では、誰も特権を持たず、無視されず、蔑まず、強者は弱者を抑圧し利用せず、配慮、思いやり、協調、支援の精神がある)は、今日でも頻繁に使用される概念

・近年の日本経済の停滞は、賃金と社会保障を抑圧し、分配関係を悪化させ続け、個人消費を停滞させたことが原因。所得分配が平等的な北欧では、こうした原因による需要不足の景気停滞になることは少ない

・女性就業が一般化しても、子育てとの両立を可能にする施策がないと、「少子化」「労働力の過少供給」「家庭の所得減少」の三つの問題が生じる

・スウェーデンでも、GDPの70%以上が、第三次産業。豊かな国ほど、その比は高い。福祉関連サービスや金融サービスはサービス産業の重要な構成要因。医療・看護・介護・保育・教育は、それ自体がGDPを生む上に、雇用を増やす産業連関効果も大きい

・北欧の電力供給には、「市場競争させながら、再生可能電力の供給も市場化する固定価格買い取り制度」の工夫と「競争が非効率となる送電部門と、小規模が参入して効率を高める発電部門を分離する発送電分離政策」の工夫がある

・税負担の重い北欧諸国の方が分配は平等的。国民負担率が低いアメリカ、トルコ、メキシコなどは分配が不平等(貧困者を選別的に優遇する政策は、かえって所得分配が不平等になる)

・スウェーデンでは、財政の分野でも、地方分権が進んでいる。基礎自治体のコミューンが所得の20%台、日本の県に当たるランスチングが10%台、計30%強の税を自治体で徴収し、自治体で使っている

・スウェーデンでは、米英独と並び、ジェネリック医薬品の使用率は40~50%台。日本は19%。スウェーデンの薬剤供給公社は、より安い薬品への代替を促すために、患者に情報を提供している

・スウェーデンの社会制度の特徴は、「情報公開制度」(1766年)、「オンブズマン制度(国会・行政・マスコミのチェック機能)」(1810年)、「投票率80%を超える選挙」(1960年以降)、「省益を伴わない政治主導型の行政」「地方分権制度」(1974年に課税権)

・スウェーデン・モデルは「共働き型家族政策モデル」。女性のみが、仕事か子育てかという二者択一を強いられないようにするもの

・1996年、保育政策を教育省に移管し、就学前保育を就学前教育として位置づけ、従来の保育所を「就学前学校」と称し、公教育の一環として、子供の知識と能力の向上を図った

・婚外子が55%になった背景には、婚外子の母親として認定された方が、住宅補助金の受給、保育制度の利用、税制面で有利になることと、「総合累進課税」(夫婦の収入合計で課税)を免れるため、同棲にとどまるカップルが続出したこと


スウェーデンの人口は増えています。私が訪問した10年前、888万人だったのが、現在は937万人になっています。移民を数多く受け入れていることと、女性が離婚しても子供を育てやすい環境が整備されていることも一因です。

日本のような「貧困女子」がいません。日本のデフレの原因は、「円高」だけではないように思います。根本的な問題は、「少子化」「移民拒否政策」にありそうです。

そうならないためのモデルがスウェーデンです。本書には、そのヒントが満載です。大いに参考になります。
[ 2012/05/17 07:08 ] 北欧の本 | TB(0) | CM(0)

『本番に強くなる―メンタルコーチが教えるプレッシャー克服法』白石豊

本番に強くなる―メンタルコーチが教えるプレッシャー克服法本番に強くなる―メンタルコーチが教えるプレッシャー克服法
(2009/06)
白石 豊

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最近、読んで面白いのは、スポーツのコーチが書いた本です。逆に、面白くないのは、企業のマーケティングやマネジメントについて書かれている本です。

前者は、個別対応で実践的なのに対し、後者は、一般対応で即効性がないからです。その理由は、1秒、1cmに真剣かどうかの違いにあるように思います。

本書は、数々のプロ選手のメンタルコーチをされてきた著者が書いた本です。著者が経験してきたことが、スポーツだけでなく、経営や教育分野まで応用できるように感じました。それらを「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・本番で実力の80%も出せれば、上出来とするべき。だから、80%出せば、トップになれるように練習すること

・「チャンピオンになりたければ、すでにチャンピオンになっている人から学べばいい」

・何かをやろうとする時、「意識」「下意識」「セルフイメージ」の三つの精神活動が関わっている。これらがバランスよく働いていると、何でも楽にできてしまう

・「意識」の第一原則(意識は一度に一つのことしか考えられない)。第二原則(何を言うかは問題ではなく、重要なのは他の人に何を思い出させるか)

・「下意識」の第一原則(すべての精神力の源は下意識にある)。第二原則(「意識」がイメージを描くと、下意識の力はそれを実行させる方向に動かす)

・「セルフイメージ」の第一原則(自分の行動や成績を変えたいなら、まずセルフイメージを作り変えること)。第二原則(今のセルフイメージを取り替えることにより、自分の行動や成績を変えてしまうことができる)

・「補強の原則」(起こることについて考えたり話したり書いたりすればするほど、そのことが起こる確率が高くなる)。「水準の法則」(まわりの水準によって自分の水準が上下する)。「価値の法則」(ありがたみは支払った価値に比例する)

・本番になると力が出せない「稽古場横綱」「ブルペンエース」が、よい成績を上げるためには、「セルフイメージ」の改善が必要

・成績は、自信の大きさと比例する。そして、自信の大きさはセルフイメージの大きさと比例する。したがって、良い成績をおさめたければ、それにふさわしいセルフイメージをまず持つこと

・集中モードに「スイッチが入る」には、「本番前に決まり事をつくる」こと。つまり、仕事やプレーに入る前に決まりきった一連の手順を踏んでいくこと

・プレイヤーが試合中に見せる感情は、「1.あきらめ」「2.怒り」「3.びびり」「4.挑戦」。あきらめは、最低の感情。怒ると、筋肉が硬くなり疲れてしまう。びびると、早く結果を出そうと、しぐさが速くなってしまう。挑戦だけが、成功や勝利につながる

・「偉大な選手は偉大なる俳優である」。名優は、演技に入る直前の個人的感情がどうであれ、カメラが回り始めると、与えられた役柄を完璧に演じるために、自分の感情をそれにふさわしいものにコントロールする

・「苦しい時こそ笑顔で」。笑顔は人間の顔の中でも、最も「美しい顔」であり、「強い顔

・「・・・にもかかわらず笑う」。苦しくとも辛くとも、あるいは死に臨んでさえも、笑顔をもって、それを受け入れようとするのがユーモア

・「まだまだ、勝負はこれから。さあ、いくぜ」の一言は、感情を挑戦心あふれた状態に変える力を持っている

・「前後際断」(沢庵禅師)とは、「終わってしまった過去のことを気に病んだり、未来のことを不安がったりしたのでは、今に集中できない。切ってしまえ」ということ

・「自信の大きさは、過去の実績に比例する」。自信は、良い結果が出てから、後で持つものではなく、良い結果を出すために、あらかじめ持って事に臨むもの

・「自らの内部にこみ上げる喜びや楽しさを追い求めると、人は“フロー”という状態に入ることができる。“フロー”は人にとって、喜びや楽しみの源泉であり、なおかつ、好運を招き寄せる」(チクセントミハイ)



イメージトレーニングは、少し宗教みたいなところがあります。自力本願のあとは、他力本願にすがるしかないのかもしれません。

プレッシャーをはねのける強い自分をつくり上げるには、「信じる」ことが一番です。信ずれば叶う、そう思う自分にどうもっていくかが、「本番に強くなる」コツなのではないでしょうか。
[ 2012/05/16 07:09 ] 戦いの本 | TB(0) | CM(0)

『この地名が危ない』楠原佑介

この地名が危ない (幻冬舎新書)この地名が危ない (幻冬舎新書)
(2011/12/22)
楠原 佑介

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昔の人たちは、地名を信号として、その特徴を後世や子孫に伝えようとしました。ところが、今の人たちは、先祖が記してくれた危険信号の地名を、イメージが悪いといって消そうとしたり、いいイメージの漢字をあて字にしたりして、ごまかそうとしています。

それらを読み解き、昔の地名を甦らせて、その本当の意味するところを示そうとするのが本書です。著者の地道な努力に頭が下がる思いです。その一部を紹介させていただきます。


・サク(咲)はサケル(裂)と同じ語源で、「固く閉じていた蕾が開く」こと。桜もサク(咲)ラ(接尾語)で、溶岩と火山灰を噴き出す火山もサク(裂)ラ。桜島は、桜の名所でもないのに、人々に「桜島」と呼ばれるようになった

・福島第二原発がある「波倉」は、相当に危険な地名。「倉」や「蔵」は、動詞クル(刳)が名詞化した語。「地面がえぐられた地形」に使われる。文字通り「波がえぐった地」のこと。そのものズバリ、津波の痕跡を示す地名

・「鎌倉」の地名は、倉庫や蔵屋敷と全く関係がない。津波に何度も襲われ続けて作られた「釜」(自然に噛まれたような凹型)状の「倉」(地面がえぐられた地形)の意味

・「名取」のナは「土地」の古語。トリ(取)は、洪水・津波による土地の欠損・崩壊を示す地名

・宮城県名取市の上余田・下余田あたりは、その昔、湿地だったころ、地元住民は「よた(津波)の地」と呼んだ。やがて、「余田」の文字を宛て、ヨデンなる地名が定着した

・宮城県女川市、福島県いわき市小名浜のオナ(ヲナ)は「雄(男)波」のヲナミを下略して津波を「ヲナ」と呼んだ名残りと推測できる。岩手県宮古市「女遊戸」、釜石市「女遊部」のオナッペと読む小集落は、「ヲナ(津波)が遊水地を作るあたり」と考えるのが自然

・浜名湖は室町時代の大津波でぽっかり開口し、今の形になった。天竜浜名湖鉄道の尾奈駅あたりは、江戸時代まで尾奈郷と呼ばれていた。古くは万葉集に「乎那能乎(おなのお)」と読まれた山がある。津波が襲った先史時代の記憶がヲナの地名を今に伝えている

・「苔」の字を使ったコケ地名は「転倒する」意の動詞コケル(転)、さらにカケル(欠)にも通じるから、崩壊地形を表わしたもの

・「芋」は古くはウモと発音されたらしい。そのウモとは、「(地中に)埋もれたもの」という意味。中越地震の震源域を流れる芋川は、まさに「埋もれる川」そのもの。地震被災地周辺の中越地方には、「芋~」「伊毛」という語系の集落が7カ所ある

・中越地震で山崩れの悲劇が起きた長岡市妙見地区のミョウケンは、妙義、妙高と同じく、メゲル「損壊」をいう古語が由来。ミヤケ(三宅)という地名も、メゲ→ミョウケ→ミョウケン→ミヤケと転じたもの

・阪神淡路大震災で被害の大きかった神戸の灘(ナダ)は海の灘ではなく陸の灘。陸地のナダは地面が撫でられた、地滑り、崖崩れなどの土砂災害を表わした語。雪崩も本来は、ナ(地面、土地)タレ(垂)で、地面が崩れ垂れるという意味

・房総半島の上総(かずさ)下総(しもふさ)は、東京湾と北の古代の香取海を塞ぐように延びた地が「フサの国」。その意味するところは、「入り海を塞ぐ国」のこと

・「安房」「阿波」などアワ(アバ・アハ)系の地名は全国に無数にある。アワの地名は、「本来は地中に合ったものが地表にアバかれた地」。新潟県の粟島は「粟しか栽培できない島」ではない。地震がある度に海底が隆起して陸地になった事実認識が代々引き継がれている

・石と磯(イソ)は混用された。釜石はカマイソの転で、「釜状にえぐられた海岸」の意味

・富山石川県境の石動の地名は、イシユルギ→イシルギの転。まさに「石が揺らぐ、動く」地。関東大震災は相模トラフ付近で発生した。この断層帯に淘陵(ゆるぎ)丘陵がある。この丘陵も、石動山地と同様、典型的な傾動地塊

・赤坂見附などの「見附」とは、江戸城の見附門とは関係なく、「(湖水に接する)水付けの地」か、津波に襲われて「水漬け」になる地のどちらか

・「樋」とは、樋口という形で地名に多用されるが、「川・水路」のヒビ割れで「地面に刻まれたひび状の凹部の連続」のこと

・東京スカイツリーの「押上」(おしあげ)や埼玉の「忍城」(おしじょう)のオシは、川と川がぶつかり、土砂が押し上げられた地名

・難波と書いてナンバと読む地名は各所にある。それらは、なばえる(斜めにする)という意味。大阪の難波も元来はナバで、傾斜地のこと。湾岸の低地になびく地形のこと


土地に値段が付き、取引されるようになってから、地名の改ざんが行われてきました。先祖の人たちが遺してくれた地名の読み方を、暗号として読み解かなければいけなくなっています。

本書のような視点で、地名を推理していくことは大事なことです。地震や災害の痕跡は、科学的調査だけでなく、地名によっても知ることができるという提言に、もっと耳を傾けてもいいのではないでしょうか。
[ 2012/05/15 07:07 ] 環境の本 | TB(0) | CM(0)

『ナイチンゲール心に効く言葉』フローレンス・ナイチンゲール

ナイチンゲール 心に効く言葉ナイチンゲール 心に効く言葉
(2010/03/19)
フローレンス・ナイチンゲール

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ナイチンゲールの本を紹介するのは、「ナイチンゲール言葉集」に次いで、2冊目です。

さすがに、近代看護の祖と言われるだけあって、看護に対する使命と固い意志が半端じゃありません。

プロフェッショナルとしての看護師育成を目指した理念や思想は、今でもバイブルになっています。ナイチンゲールの数あるすごい言葉を「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・年ごと、月ごと、週ごとに、進歩を重ねていない限り、自分は退歩していると思って間違いない。立派な人間であるためには、つねに向上していなければならない

・結局のところ、どんな訓練も、その目的は、自分自身を訓練する方法、自分でものごとを観察する方法、自分でものごとを考え抜く方法を、私たちに教えることである

・優秀な看護師は、仕事を始めて何年経とうと、「毎日、何かを学んでいる

・謙遜は、自分自身を卑下することであり、自分を他者よりも下に位置づけると同時に、他者もそうすべきと望むこと。私が望むのは、偽りの自己評価ではなく、正確な自己評価

・真の友情は、素朴で女性らしく、素直なもの。弱さ、愚かさ、溺愛、騒々しさ、おふざけ、やりすぎ、さらに、嫉妬やわがままとは無縁

・相手の秘密に立ち入ろうとしたり、境遇に好奇心をもったりもせず、友の存在を心から喜び、そばにいないときも、その人を忘れないのが、真の友情

・自分に対して親切ではない人に、親切にすること。自分に対して不愉快なふるまいをする人に、礼儀正しくふるまうこと。深く傷つけられたときにも、その場で相手を許すこと。つまり、相手が足りないことを、自分がすること

・自分の心と知性を、そして理にかなった奉仕を、出し惜しみしてはいけない

気に入らない仕事でも、高い志をもってやり続け、やがて、その仕事が好きになれるかどうか。それが本物の看護師になるための試練である

・患者への質問は、誘導尋問になりがちで、何も引き出せない。五つか六つの鋭い質問で、全体の状況を引き出し、患者の「現在の状態」を正確に把握し、報告できる人は少ない

・自由にも従順さが必要である。なぜなら、看護師に必要な従順さとは、奴隷の従順さではなく、知性から生まれる従順さだから

・後悔は、本物の感情ではない。実際に存在する感情ではない。後悔は過去の自分を責める気持ち。後悔の念に屈すること、すなわち、防ぎようのなかったことに関して自分を責めるのは、正しいことではない。誤りを嫌悪すること、それが正しいこと

・人に対する批判的な心を和らげる最良の方法は、自分が批判している相手の役に立とうと努めること

・自分の管理下にある人たちの仕事ぶりを、探偵としてではなく、審判員として見守ること

・他人を管理するために何よりも求められる要因は、自分自身を管理できる人間であること

・人をおさめる者は、人をおさめたいとい欲の持ち主であってはならない。その立場に最もふさわしい人は、往々にして、人を支配することに全く気が進まないもの。しかし、必要に迫られて、そうなったときには、それを神の使命として受け止める

人をおさめる人に必要なものは、信頼に足る人であること。時間を守ること。物静かで、几帳面であること。清潔で、身だしなみがきちんとしていること。忍耐強く、ほがらかで、思いやりがあること

・これは仕事だからとか、これをすると出世につながるからなどという考えでいると、人の目があるときだけ、真面目に働くようになり、本当に信頼に足る人間にはなれない

・権威だと気づかれもせず、権威をふりかざすこともない。これこそ権威のあるべき姿



自分の好き嫌いや感情を後回しにして、それが気に入らないことであっても、客のために最善を尽くすのが、プロフェッショナルです。

今の日本の巷には、ニセのプロフェッショナルが横行しているように思います。プロフェッショナルの原点は、ナイチンゲールの「看護師の心得」にあるように思います。

プロフェッショナルを目指す人は、どんな職業であれ、ナイチンゲールを知っておくことは大事なことではないでしょうか。
[ 2012/05/14 07:06 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『暮らしの中のおじゃま虫』上村清

暮らしの中のおじゃま虫暮らしの中のおじゃま虫
(1986/05)
上村 清

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昨年、家にスズメバチがやってきて、困ったことがありました。そのとき、スズメバチ退治の方法をいろいろ調べました。

雨が多く、急に冷えた秋は、スズメバチが好物の昆虫が少なくなり、そういう時、クヌギなどの樹液を吸うことで、冬場に備えるそうです。庭にある背丈ほどに伸びたクヌギをバッサリ切ったら、スズメバチは来なくなりました。

このように、暮らしの中のおじゃま虫は数多くいます。これらを、昆虫、寄生虫、害虫など、虫別にわかりやすく解説しているのが本書です。

虫の生態と、それらの虫の適切な対処法と駆除法を知っておくと便利です。数多く掲載されている虫の中から、「虫の一部」ですが、紹介させていただきます。



・シロアリの被害が多くなったのは、暖房設備の普及で、熱帯性昆虫のシロアリがぬくぬくと冬を越せるようになったこと。結露がシロアリの好きな湿り気を与える

・シロアリ防除剤のクロルデンは環境汚染が問題となり、使用禁止になっている。シロアリからマイホームを守るためには、家のまわりの木片、廃材、切り株などを徹底的に片づけること

・イエバエはデンプン質の食べ物を好み、卵から成虫になるまでに10日以上かかる。ゴミ回収が毎週行われるようになって少なくなった。日中は屋外に出て、日向ぼっこをし、夕方には家に戻って、夜は天井で休む

・体長0.3ミリ大のヒョウダニは、人のふけを食べて生きている。ふけがたまっている古い家にはたくさんいる。気温25度、湿度75%付近で、最も成育、繁殖がよい。じゅうたんは格好の隠れ場所。小児喘息の原因の7~8割がヒョウヒダニと言われている

・バスや電車などの座席にもダニがいっぱいいる。シートの背中や継目には、特別多く見つかる

・カレハ蛾の幼虫マツケムシは、体長6センチの大型の毛虫。触れると、胸の毒針毛を突き出す。触れると、皮膚炎を起こし、痛みの後にかゆみが2~3週間続く。イラガ科の毛虫(柿、梅、桜、栗につく)も毒棘を持っており、触れると、飛び上るほどの痛みが走る

・灯火に集まる虫を求めて、捕食性のムカデ、ゲジなどがやってくる。これらは、昼間は落葉の下などに潜み、夜になると這いだして、ハエ、クモ、ゴキブリまで食べる。人が触れるとすばやく咬みつき、数日間は腫れと痛みが引かない。しかし、殺虫剤には弱い

・クモは肉食性で、各種の昆虫を捕食し、ゴキブリなどの家屋害虫や農業害虫の天敵で、保護すべき益虫。日本の毒クモは、咬まれても少し痛いかかゆい程度

・ヤモリは爬虫類だが、有益動物。家の門灯、ガラス窓、外壁にへばりついて、ハエなどの虫を食べてくれる。トカゲ、カナヘビもヤモリの仲間。身に危険があると、尻尾を自ら切り放す。昼はよく日向ぼっこをし、体を暖めている

・真夜中の台所では、洗い物や流しの上をゴキブリが闊歩している。昼間は、ガスレンジ、流し台の下、食器棚、冷蔵庫の裏に潜み、群がっている。このような場所は、糞で黒く汚れている。夜になると、野菜、残飯など手当たり次第に食べる

・ゴキブリが住みつけなくするには、残飯などを速やかに整理し、流し、ガスレンジ、食器棚などと壁とのすき間を封じ、隠れ場所をなくすこと。また、ゴキブリは水をよく飲むので、流しの水をよく切って、乾燥させておくこと

・本棚や押し入れの中を、銀白色に光るヤマトシミが走る。デンプン質を好み、糊づけした本の表紙、壁紙などをかじり取るが、穴を開けることはない。衣服、毛織物、小麦粉やパンなどの食品も食べる。絶食に1年以上耐え、2~3年生き続ける。乾燥や光を嫌う

・イガもカツオブシムシも羊毛や毛皮のケラチンが大好物で、それを分解消化する酵素を持っている。しかし、栄養にならない化学繊維までもかじる。衣服についた食べこぼし手あかなども食べるため

・スズメバチとアシナガバチの毒液はセロトニン、ヒスタミンが主成分なので、刺されると非常に痛い。ミツバチの毒針のようなかえしがないので、一匹で何回も刺すことができる。秋には、人が巣に触れなくても、付近を通っただけで攻撃してくる

・カメムシは触れると、その青臭いむかつくような悪臭を発することで有名。近年、新興住宅地でも、人家に飛来してくるのは、造成地や空地、斜地に繁殖を始めたクズの群生に卵を産みつけるため



・見た目とは違って、虫の中にも、可愛くて、有益なものもいます。単に、気持ち悪いからと退治するのではなく、有害な虫だけ、駆除していきたいものです。

本書には、人家や人家近辺にいる、一通りの気になる虫が収められています。予備知識をもって、対処することが必要だと思いました。


[ 2012/05/12 07:04 ] 環境の本 | TB(0) | CM(0)

『第三の敗戦』堺屋太一

第三の敗戦第三の敗戦
(2011/06/04)
堺屋 太一

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堺屋太一さんの本を紹介するのは、「堺屋太一の見方」「凄い時代」「歴史の使い方」に次ぎ4冊目となります。

その先見性の高さは、日本のドラッカーと言ってもいいくらいです。現在は、橋下徹大阪市長の顧問というか参謀を務められています。テレビの歴史番組にも、時々顔を出されています。

本書は、日本の歴史を通して、今は、どんな時代になっているのか。今、何をしなければならないのかを提言するものです。勉強になった箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・「近代」に入って150年、日本は二度、悲惨な敗戦(徳川幕府体制崩壊と太平洋戦争敗北)を経験した。だが、その都度甦り、より強く、より豊かで、より楽しい国となり、大胆に新しい「国のきもち(倫理)とかたち(構造)」を創り上げた

・近代最初の敗戦は、薩英戦争や馬関戦争での惨敗。この時の日本は、軍事的に敗北しただけでなく、技術、制度、社会の体質、倫理観、美意識に至るまで敗北を実感した。このため日本は、すべてを変更する大革命「明治維新」を断行した

・徳川時代の寺子屋は、封建身分社会で安定的に生きる術と思想を教えるものであった。徳川後半期に流行した石門心学は、勤勉と倹約を説いたが、生産性の向上は語らなかった

・17世紀初めの「大坂夏の陣」が終わった後、武士は徴税(年貢取り)に当たる行政官か、治安監視の警察機能を持つだけとなった。武士を「職業」ではなく、「身分」として保つためには、無為無能な者も勤まる形にしなければならなかった

・幕末の日本は惨めだった。経済は最貧国の状態にあり、ほとんどが一次産業に従事し、交通輸送は人の足と木造船、情報は飛脚、行政手法や立法司法は勘のみが頼り。治安の良さと暮らしの清潔さを除けば、「最貧の孤立国」でしかなかった

・国の「かたち(構造)」の基には、その国の目指す「きもち(倫理)」が明確であらねばならない。明治維新の凄さは、薩長土肥の寄り合い世帯にもかかわらず、目指す「かたち」が一方向(中央集権)に揃っていたこと

・明治の目標は進歩、それに役立つ人間は仕事に勤勉で国家に忠勇であるべき。そのためには、先ず読み書きができ、同僚との協調性がなければならない。何より重要なのは、命令に従って突進すること

・司馬遼太郎は、自らの軍隊経験から、「軍は軍を守るのであって、国民を守るのではない」と喝破した。このことは、軍でしか出世する道のない職業軍人が組織化され、非軍人の指揮監督(シビリアン・コントロール)なしに行動し出した時に始まった

・太平洋戦争の敗因(日本の第二の敗戦)は、高級軍人や官僚たちの組織と思考の硬直化と、地位の身分化にあった。他に転職できない終身雇用型の縦割り組織では、その組織の発展拡大に属する構成員だけの幸せが優先される

・戦後の日本は、安全、平等、効率の三つを正義とする倫理観を確立した。そのことは誤りではない。ただ問題は、この三つだけが正義と見なされ、他が捨てられたこと。その中には、自由楽しさは入っていない

・1989年までの日本は、産業大国の道をひた走り、その過程で日本は三つのサブ・システム「1.金融系列の企業集団」「2.没個性型の大量教育」「3.東京一極集中の地域構造」を実現する

・戦時体制下の東京一極集中政策(産業経済の中枢管理・情報発信・文化創造)が、戦後も継続拡大された。官僚主導と業界協調体制、規格大量生産の形式に利用できたから

・小泉純一郎退任後(2006年以降)政治が無能短命内閣を繰り返している間に、官僚たちは次々と規制強化を始めた。そのためのキャッチフレーズは「安心安全」と「弱者保護

・支出総額に対して税収が半分以下というのは、完全な財政破綻状態。そんなことになったのは、徳川幕府の末期と太平洋戦争の時の二度だけ。これだけでも、現在は「敗戦状態

・この国には、公務員大企業の正規社員と、下請けの中小企業の社員と、各職場に必要に応じて日雇いされる作業員(労務者)との三層の社会ができている



堺屋史観が、江戸時代以降の日本の歴史を見事に解明しています。本書によって、今の日本の立ち位置が明確になっています。

歴史を知り、その検証から反省が生まれます。私たちが何をしてきたかがわかって始めて、私たちが何をしていくべきかがわかります。

第三の敗戦であることを受容すること、言い訳をしないこと、今を美化しないことが、発展の動機になるのではないでしょうか。


[ 2012/05/11 07:05 ] 堺屋太一・本 | TB(0) | CM(0)

『いい顔してる人』荒木経惟

いい顔してる人いい顔してる人
(2010/05/19)
荒木 経惟

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天才写真家アラーキーの本です。人物写真では、今の日本において、彼の右に出る者はいないと思います。世界的に見ても稀有の才能だと思っています。

なぜ、彼が撮った人物写真が、人々の心を打つのか?本書にて、その種明しをされています。天才写真家が考えるいい顔とは、どんな顔なのか、興味深い点が数多くありました。その一部を紹介させていただきます。


・人間の顔というものが、その時代、時期、時間においての人となり、つまり「本質のようなもの」をいちばん表出するんだ

・顔がいちばんの裸。それを自覚したら、きっと顔つきも変わって、女も男もいい顔になっていくんじゃないか

・過去も現在も全部顔に出る。怖いよ、顔は。隠せないんだから

・短い撮影時間で、あっという間に、その人の芯まで行けるのは、どれだけ修行を積んでも、できないヤツにはできない

・みんな元からいい顔を持っている。それが生きていくうちに、生活や男なんかに引きずられて隠されちゃう

・頂点というものは、たぶん止まっちゃった感がある。そこに行く直前の、動きながら近づいている辺りがいい顔

・いい顔になるいちばんいい方法は、キザだけど、人を愛すること。しかも血の流れている愛、情が通っているやつ。通い合っている喜びがあると、それは必ず顔に出るんだ

・女の顔は、何かに媚びる要素があるとよくなる。媚びる相手は男でもいいし、時代でもいい。ただし、媚び過ぎてはダメ。品が落ちるから。基本は上品じゃないとダメ

・すっぴんと素顔は違う。本人が自分の手でする化粧は、本人の表現。それで、顔は変わってくる。本人が思うなら、化粧したときが素顔。何もすっぴんをさらさなくてもいい

・「痴知性」。知性も欲しいけどアホウも欲しい。いい顔の女には、もっと知ろうとする「知性」と、どうしようもなく抜けている「痴性」のどっちもある

・いい女は猫に似ている。腹が減ったときと、撫でてほしいときだけ擦り寄って、こっちが「手なずけたかな」と思ったら牙をむく。そういう獰猛さというか奔放さみたいなものがある女には、ちょっと忘れがたい引力がある

・「ローマの休日」で、さっぱりと髪を切ったときのオードリー・ヘップパーンが、新しい髪型の自分を鏡で見たときの表情。自分に陶酔して「いま、あたしイケてる」って思うときの女は、やっぱり光り輝いている

・何かが終わったときの女の顔は、向こうへ行って戻ってきた、そんななんともいえない顔になる。無に近いのか、それとも夢の続きを見ているのか、どっちかわからないけど、絶対いい

・男の場合、アクとか毒がない顔って、なんか魅力がない。ただし、アクも毒もありすぎるとダメなんだ

・「周りがどうこう言うから」と言い訳し、自分がやりたいことをやっていないと、「我」がなくなる。「我」は顔に出る。自覚とか目標とか持っていないと、男の顔は、ぼんやりしてくる。我のない、ぼけた顔は「生」がない。そんな顔じゃ勝てない

身体と肉眼を使っている人は、総じていい顔をしている

何かにかけているときの顔は美しい。美男美女を軽々と超えた美しさ。逆に、一生懸命やっていて、顔が美しくならないなら、その仕事は向いていないということ

・人の感情をあおる存在がいると、ちょっと活気が出て、周りまで影響されて顔が変わる

・女は、実際の客と触れ合って、その視線がお化粧をさせる。いい意味で、媚びようとする気持ちが出てくる。さらに、ライバルがいると、どんどんいい顔になっていく

・死に顔は、人生全部の表現だから、死んだときの顔で、そいつの人生はわかる。いい顔で死ぬのは難しい

・いい顔は、愛する人と共にあることで、つくられていくもの。愛し愛される人に出会うと、絶対いい顔になれるんだ


生き方は顔に出る。人生も顔に出る。天才アラーキーが思う「いい顔の人」とは、どんな顔なのか。それを知れば、逆に、どう人生を生きればいいのかの答えが出てきます。

本書を読むと、いい顔になることが、人生の最高の目標だということがわかるのではないでしょうか。


[ 2012/05/10 07:03 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(2)

『天才エジソンの秘密』ヘンリー幸田

天才エジソンの秘密 失敗ばかりの子供を成功者にする母との7つのルール (講談社プラスアルファ文庫)天才エジソンの秘密 失敗ばかりの子供を成功者にする母との7つのルール (講談社プラスアルファ文庫)
(2010/07/20)
ヘンリー 幸田

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エジソンの本を紹介するのは、「エジソンの言葉」「エジソン発想法」に続き、3冊目です。発明家エジソンは、実業家としても魅力的ですし、その波乱万丈の人生にも共感を覚えます。

本書の副題は「母との7つのルール」です。エジソンを育てた母親の言葉が掲載されており、エジソンの素顔を見ることができます。それらの逸話やエピソードの中から印象的な箇所を「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・「チャンスは衣をかぶってやってくる。だから見逃してしまう」

・「進歩も成功も、考えることから始まる」

・「いつでも必ず、もっとよいやり方がある。それを探せ」

・「私は失敗したことがない。一万回もうまくいかない方法を見つけただけ」

・「もし両親が、子供の心の中に、情熱を残してあげることができたら、それは貴重な財産となるに違いない」

・「無条件の愛に包まれたとき、人の心は支えを得る。この支えは一生を通じて、心の宝物となる」

・「成功のために汗も努力も欠かせない。だが、無目的の努力だけでは、大海をさまよう小舟のごとく、いつか力尽きる。閃きが羅針盤となって方向を示してくれる。99%の汗が実るのは、1%の閃きを大切にしたときである」

・「感性は磨けば磨くほど輝きを増す。感性が強く反応するとき、感動が生まれる。感動が継続すると情熱になる。情熱を持った人間はエネルギーにあふれる」

・エジソンが実施していたブレーン・ストーミングは一人でできる。自分の頭に気の合う友人を想定し、仮想の相手と会話し、通常と違う角度から問題を観察すると、自分一人では思いつかないアイデアが浮かんでくるというもの

・エジソンの創造力の秘密は、知的好奇心と感性の組み合わせにある

・「考える楽しさを知ったとき、その人の心の中に革命が起こる。それは新しい、しかも驚異的な成長の始まり。その成長は一生続く」

・子供の学力を伸ばすには、勉強の楽しさを身につけさせればよい。そのための鍵となるのが「なぜ」。早期に「なぜ」を考える習慣を身につけた子供は、一生好奇心を持ち続ける。「なぜ」が子供を大きく伸ばす秘訣である

・「それは失敗ではない。それらが重なっていつか成功する。あきらめることが失敗である」

・「汗とは、頭と身体、全身を惜しげなく活用し、自分の持っている能力を最大限に使い切ることを意味する」。エジソンは、この汗を楽しんだ

・「働くことを義務と思ったことはない。自分が楽しいと思ったことをさせてもらっただけ。楽しいから疲れるわけがない」

・エジソンにとって、失敗は気にならなかった。むしろ不思議な経験として失敗を楽しんだ。身をもって体験することができるから、失敗は最良の教師となる。エジソンにとって、失敗とは、何もしないことであった

・ハンディキャップも弱点も、他人との相違の一種である。だから逆に活用すれば、それらは特長になる

・「私は耳が悪かった。だから蓄音機を発明できた。私は正規の教育を受けられなかった。学歴がゼロだから、発明家として成功した」

・「自分の長所は継続力、欠点は頑固さ。頑固さをなくせば人生は楽。だが、継続力も失うことになる。欠点をなくすために長所をなくしてしまえば、ただの人である」

・よき友との会話は、人の知性に磨きをかける機能を持つ。知性が交流するところには知的刺激があふれ、さらに優れた知性が生まれる。知的能力を大きく育てる最善の方法は、よき友との交流である



エジソンは純粋無垢で、無邪気な少年のような瑞々しさを持っていました。それに、負けじ魂と頑固さも兼ね備えていました。まるで、中小企業の叩き上げ社長のようです。

そのため、会社を大きくした後に、会社を倒産させるという波乱万丈の人生を送っています。それもまた、エジソンの魅力かもしれません。

激しい知的好奇心によって、人生を突き進んだ、エジソンの人間的基礎が、本書で学べるのではないでしょうか。
[ 2012/05/09 07:02 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『電通「鬼十則」』植田正也

電通「鬼十則」 (PHP文庫)電通「鬼十則」 (PHP文庫)
(2006/09/02)
植田 正也

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新入社員のころ、電通鬼十則を上司に見せられたことがありました。そのころは、関心がなかったのですが、今、これを見ると、週初めに営業に出るとき、大きな仕事をするとき、起業するときに、必見のように感じました。

鬼十則は、人を奮い立たせ、興奮させ、アドレナリンを出させるように思います。

電通という企業体制や姿勢には疑問を感じることが多いのですが、この鬼十則には、営業の真髄があります。参考にできる点を、「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



1.「仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない」

2.「仕事とは、先手先手と働きかけていくことで、受け身でやるものではない」

3.「大きな仕事と取り組め。小さな仕事は己を小さくする」

4.「難しい仕事を狙え。そして、これを成し遂げるところに進歩がある」

5.「取り組んだら放すな。殺されても放すな。目的完遂までは」

6.「周囲を引きずり廻せ。引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地の開きができる」

7.「計画を持て。長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫そして正しい努力と希望が生まれる」

8.「自信を持て。自信がないから、君の仕事には迫力も粘りも、そして厚みすらない」

9.「頭は常に全回転。八方に気を配って一分の隙もあってはならぬ。サービスはそのようなものだ」

10.「摩擦を怖れるな。摩擦は進歩の母、積極の肥料だ。でないと、君は卑屈未練になる」

・電通「鬼十則」は不易流行の極み。吉田秀雄社長は、仕事の鬼であった。広告の鬼であった。鬼の原理原則は永遠に変わらない

・電通「鬼十則」は、個人に魂の奮起を促したもの。朝礼唱和とは少々趣きが違う

・中国五千年の歴史が発見した原理原則とは、1.「原理原則を教えてもらう師を持つこと」2.「直言してくれる側近を持つこと」3.「よき幕賓を持つこと」

・清朝の末期、阿片戦争を戦った曾国藩は、世の中が乱れる前兆に、次の三つを警告している。1.「白黒がわからなくなる」2.「善良な人々が遠慮がちになり、くだらぬ奴らが出鱈目をやる」3.「何でも容認してしまい、どっちつかずのことをしてしまう」

・仕事は人が創ったもので、仕事が人を創ったのではない。初めに人があって、仕事は人について生まれて来るもの。仕事が、向こうからニコニコして来る訳がない

・人間は自然に三種類に区分けができる構成になっている。「一流」言われなくても実行する人。「二流」言われて初めてやり出す人。「三流」いくら言われてもやらない人。その比率は2対6対2になる

・電通社長吉田秀雄は、一流と二流の差は「止めを刺す」ことであることを見抜いていた。難しい仕事は、この「止めを刺す」ことで初めて成就する

・自分の頭で考えよう。自分の言葉で喋ろう。自らの思想を持ち、自らの責任で行動を取ろう。この時、初めて人は自由になり、創造的になれる

・「初めに言葉ありき、言葉は神と共にありき、言葉は神であった」(新約聖書・ヨハネによる福音書)

・「冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑に耐え、激せず、躁がず、競わず、随わず、以て大事をなすべし」(王陽明・四耐四不の辞)

・「若くして学べば、壮にして成すあり。壮にして学べば、老いて衰えず。老いて学べば、死して朽ちず」(佐藤一斎)



「鬼十則」には、ビジネスの原理原則が語られています。営業担当者、経営幹部は、手帳にしたためておくべきではないでしょうか。

気合・気迫・気概がある者が、他を圧倒し、人々を巻き込んでいき、企て・計画・目標がある者が、人々を支配していくのは、普遍の真理です。

この普遍の真理を説いたのが、この電通「鬼十則」だったのではないでしょうか。


[ 2012/05/08 07:01 ] 営業の本 | TB(0) | CM(0)

『二宮尊徳の遺言』長澤源夫

二宮尊徳の遺言二宮尊徳の遺言
(2009/02)
長澤 源夫

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二宮尊徳の本は、過去にこのブログでも、「二宮尊徳90の名言」「二宮翁夜話」「二宮金次郎正伝」の3冊をとり上げてきました。

本書は、二宮尊徳の実像に迫り、二宮尊徳がどれだけの人に影響を与えてきたのかを検証するものです。いわば、「二宮尊徳の歴史」を読み解くものです。

二宮金次郎の人となりに関して、参考になった点が、数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・明治の宗教家である内村鑑三は、著書「代表的日本人」で、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮の5人を取り上げた。なかでも、二宮尊徳を尊敬し、尊徳を古代ギリシャの哲学者ソクラテスに比肩しうる世界の偉人の一人であると述べている

・薪を背負った尊徳だけしか知らないのであれば、それは本当の尊徳の姿ではない。お金の使い方生活信条組織運営の方法、こういったものすべてを見事に実践した尊徳こそ、本来の姿。日本人一人一人には、必ず二宮尊徳のDNAが受け継がれている

・二宮尊徳は、「道徳を忘れた経済は罪悪であり、経済を忘れた道徳は寝言である」という道徳経済一元論を唱えた、まさに世界に通じる日本の誇れる思想哲学者であり、経済人

・二宮尊徳が思想哲学として唱える「報徳」の教えとは、「1.道徳経済一元論」「2.天道人道論」(自然に手を加え利益を生み出す)「3.勤労・分度・推譲」(利益維持・相応生活・安定幸福)

・二宮尊徳の遺言は、「我を葬るに分を越ゆるなかれ、墓石を建つることなかれ、碑を立つることなかれ、ただただ土を盛り上げて、その傍らに松か杉を植え置けば、それにて可なり」

・二宮尊徳の思想や生き方に共鳴した人物は、渋沢栄一、安田善次郎、鈴木藤三郎、御木本幸吉、豊田佐吉、後藤新平、本多静六、石橋湛山、松下幸之助、土光敏夫、ジョン・F・ケネディ、ライシャワー、サッチャーなど錚々たる顔ぶれが並ぶ

・尊徳の勉学の特色は次の三点。「1.外から押しつけたものではなく、自発的なもの」「2.目的が、貧苦しから抜け出し、生活を豊かにし、幸福になるための英知を開発すること」「3.時間が持てないので、働きながら勉学したこと」

・尊徳は、犠牲を美徳であると賞揚することはなかった。それは、自他両全でなかったから。この考え方は、極めて今日的発想であり、現実的な発想

・重商主義の時代にあって市場原理にまかせておくのがいいとしたアダム・スミス、米相場という市場原理に着目して蓄財した二宮尊徳、貯蓄を投資にまわした本多静六には、その時代の裏側を見抜いたものがあり、それは先見性となって開花していった

土光敏夫が臨時行政調査会長に就任した際、「1.補助金の廃止」「2.国鉄、公社への助成廃止と独立自助の経営」「3.政府は権限を発揮して答申を実行」「4.誠実と愛情に溢れた公正な政治」の四条件を提示。これは尊徳の「桜町復興の四条件」と全く同じ内容

・土光敏夫は「尊徳先生は、至誠を本とし、勤労を主とし、分度を体とし、推譲を用とする、報徳実践の道を唱えられ、実行に移された。今日、行財政改革の先駆者である尊徳先生の思想と実践方法を研究し、会得、応用していただきたい」の言葉を残した

・二宮尊徳の精神は、リンカーンのスピリットに通じる。二宮尊徳もリンカーンも同時代に生き、貧窮、逆境の中から歴史に遺る偉人となった

・二宮尊徳の教えは、「利己的な立身出世主義ではなく、社会人として踏み行うべき一つの大道。天と地と人のおかげに報いる手段として、人は生ある間、勤勉に努めねばならぬ」というもの。口先だけで説いたものではなく、思想はつねに実行の裏づけを持っていた

貧富の本は、利をはかることの遠近にある。遠い先の利益をはかる者は、木を植えてその生長を楽しむ。だから富裕がその身を離れない。ところが、手近の利益しか考えられない者は、木を植えるなどなおさらで、目前の利益を争う。だから貧困がその身を離れない

・昔の種は今の大木、今の種は後世の大木。大をうらやまず、小を恥じず、すみやかにしようと思わず、朝から晩までよく努めて、小を積む効果を成し遂げるべき



著者は、二宮尊徳勉強会「一円塾」を主宰されています。実際に、二宮尊徳を会社経営に活かし、成功された方です。二宮尊徳の効果を自身で実証されているので、自信を持って、皆にすすめておられます。

実際に、組織の活性化や団体を再建する際に、二宮尊徳の教えほど、役に立つものはないように思います。停滞気味の今の日本が注目しなければいけない人物ではないでしょうか。


[ 2012/05/07 07:09 ] 二宮尊徳・本 | TB(0) | CM(0)

『徒然草を読む』上田三四二

徒然草を読む (講談社学術文庫 (719))徒然草を読む (講談社学術文庫 (719))
(1986/01/07)
上田 三四二

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三か月ほど前、NHK・Eテレ「100分DE名著」で、徒然草の吉田兼好をとり上げていました。番組を見て、改めて吉田兼好の観察力、分析力、人間性、知性に驚かされました。

現代の日本人が、吉田兼好と徒然草をどう解釈するか、もっと知りたくなり、この本を手に取りました。

本書は、「兼好と時間」「兼好と世間」「兼好と人間」というテーマで、文芸評論家であった故上田三四二氏が論評されたものです。その鋭い分析に感銘したところが数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・兼好は大略三十歳という年に、外観の狂気を選んで出家脱俗し、諸縁放下に立脚する閑居のうちに、次第に内部の狂気を鎮めて、安静境に到る心術を体得していった

・兼好にとって、人は山に隠れると市に隠れるとの別なく、また、在俗と出家の隔てさえなく、つねに無常に曝されて生きている

・兼好は「楽しぶ」ことの境地を、死の自覚の上に成就する。明日知れぬ身の上のことであるから、かりそめのものであることを知っている。知っていて、その生を楽しみ、それを「存命の喜び」とするところに、兼好は隠遁の至境を見出している

・兼好は、その「社会的な枠」から出て、自由を求めた。隠遁は、形において身分からの自由である。そして、身分からの自由は、あらゆる世俗的な欲望を捨てたところに開ける心の自由を、その内景としていた

・貴賎と老若とを問わず、人間の営みは愚かしいものであり、それが「世間」と呼ばれるものと、兼好の意識は、一個の身分社会を超えて、現世利益のために東奔西走する、蟻の大群のようなものとしてとらえている

・人生とは死によって切断される時間のごく短い時分である。これが、兼好の人生認識の基本

・兼好の無常観の深部には「物皆幻化」の思想がある。単に死が近いというにとどまらず、その死に到るまでの生の内容が、みな幻だという

・「変化の理」は、兼好の美学の根底に横たわっている

・兼好は、死に向かって直線的に流れてやまない時間を止めるのに、その瞬間を自己完結させ、凍結させようとした

・世間と緩やかにつながっている。そのつながり方が、兼好の生き方の極意だとさえ言っていいほど

・兼好は、飲酒にふけり、それに貪ることを嫌った。限度を守り、乏しきにとどまることが兼好の態度。その限度を越えやすい酒に対して、彼が警戒心を示すのは当然

・主客ともども酒量を過ごすのは親しい間柄であればこそ。客と主人は心の通い合っている。兼好にとって、酒は人の心を開くもの

・兼好の体は、快楽を求めずして、ただ安楽を求めていた。兼好が色欲の抑制を説いたのは、快楽は生の第一義的なものでなかったから

・評判のためではなく、知そのものを得たい、賢そのものになりたいと思うのも虚偽であり、煩悩であるとして退けている

・兼好の技術と芸能の道の讃美は、技術と芸能そのものよりも、より一層、技能の習熟によって一芸に達した人に備わった心ざまのよろしきに向けられる

・名人、達人、至人。兼好は達人(明らかならん人)と至人(まことの人)とのはざまにあって、そのいずれの高みにも到りえていない自分を草庵の中に見出している

・兼好にとって道とは、「万の道」と「まことの道」のはざまにある「つれづれの道」以外にありえない。兼好が恃んだのは、明日なき今日の中に、「心身永閑」のとらわれなき自由な一個の自己を浮かべることであった

・財あるものは財を捨て、地位あるものは地位を捨て、また知識も才能も捨てて、すべて捨てた上に立って、不足をかこつことなく生きよと言うとき、その執着なき生活態度の向かうところは、内には暇あり、外には事のない徒然無憂の閑生涯



兼好は、今で言えば、隠居して、世間の雑事と距離を置きながら、日々雑感をブログに書き記している教養人なのかもしれません。

男は、そういう晴耕雨読的な生活に憧れます。その憧れを遠い昔に実現した兼好に、今も男たちは憧れ続けています。

ということは、現実社会の裏返しとして、徒然草の人気が存在するということではないでしょうか。生きにくい、生きづらいと思ったとき、徒然草に逃げ込むのもまたいいのかもしれません。
[ 2012/05/05 07:02 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『建築における「日本的なもの」』磯崎新

建築における「日本的なもの」建築における「日本的なもの」
(2003/04)
磯崎 新

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著者の磯崎新氏は、国際的に有名な建築家です。その才能は、建築だけにとどまらず、本も何十冊も出版されています。

その内容は、哲学家、歴史家、思想家のような文章で、論理的に記述されています。感性と知性が見事に融合した形です。

本書は、日本的なものとは何かに言及していくものです。豊富な知識に裏打ちされた文章は、読み応えがあります。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



自然のなりゆきにまかせる、あるいはその動向を察知して、これに従うのは、日本での固有な人生観で、これを「日本的なもの」と名指すことができる

・桂離宮の建築的精髄は構成による美。この美的判断基準は国際建築様式としての近代建築に残存している。今日の国際的通念となった日本美の理解がこれを超えることは稀

・「田園的」「非都市的」「非権力的」な建築型としての数寄屋、とくにその発生期である16世紀末の茶室の研究によって、「日本」を改めて切り取っていくことができる

・11世紀の日本で最初の造園書「作庭記」に「立石は乞はんに従ふ(庭石が乞い願っているように置いてやれ)」と言っている。恣意的なデザインではない。客体の自然(石)に、作者は無媒介に合体することが要請されている

・岡本太郎が、弥生式土器の美に対して、あらたに縄文式土器の美を発見するのは、ニーチェが「悲劇の誕生」において、時代の美意識のみならず思考の転換を要請した事件の100年後の反復。いずれも古代にあったことを規範にしている

・日本建築における空間は、自然から与えられた空間。日本建築と対峙される自然とは、観賞される自然であり、それは現実に認識される自然ではない

・「界隈」もしくは「気配」という日本的空間の表現方法は、日常感じている都市空間が、物理的実体のみで構成されていないことを適確に表現している。人間の五感のすべてに訴え、五感によって感じとっているものこそが都市空間

・悪趣味に見える領域にも、「日本的なもの」を発見する。岡本太郎の太陽の塔の背後に、稚拙だが、不気味な笑い顔の黒いマスクがとりつけられている。「日本的なもの」は下降していく。おぞましいまでに。通俗の極みに向かって降りていく

・「橋」は、対立するものを相互に連結するための概念。区切る一方で、両者をつなぐ

・日本の近代主義者たちは、桂離宮読解を現実的なデザインの場につないだため、桂離宮は、現実に存在する以上に、一つの言説として、神話的な存在に転化した

・幕府は宮廷を政治権力より分離し、「学芸の道」だけに絞り込もうとした。その過程で、京都は虚構化の道を歩み始める。このとき、すでに山里(別荘)への思い入れを王朝時代以来保持してきた貴族が、非都市的なものを郊外の疑似自然に構築した典型が桂離宮

・桂離宮は、文化的系譜、建築様式、政治的引力、階層的関係、そのいずれにおいても明快な判定を下すことが不可能なほどに複合した関係性に絡めこまれている。それを併存と見るか、拮抗と見るか、妥協と見るか、融和と見るか、統合と見るかは異なる

・桂離宮は、その形成過程において、必要に応じて、回遊の視線を見出した。それゆえに、あらかじめ謀られた構図が生み得ない、不意の美に満ちている

・革命期の直前あるいは初期に、純粋幾何学形態に取り憑かれた建築家が出現する。建築的形態一切と断絶した建築を提案し、革命が成就すると、急速に排除され、忘却される

・禅宗様、和様、そして折衷様は、中世から近世にかけても連続していく。だが、大仏様(天竺様と言われた建築的デザイン)だけは、技術的例として受け継がれても、1180年~1206年の25年で、建築的デザインはきれいさっぱり消えてしまう

・日本の歴史的建造物、唯一の傑作には、伊勢神宮、桂離宮ではなく、東大寺南大門を挙げる

・伊勢神宮、桂離宮の天皇的「ほんもの」(ハイアート)に対して、日光東照宮的「いかもの」(キッチュ)を対置するのは、元来骨董の鑑定に用いられていた判断法

・常に何かが隠されていると感じるところ、物理的に遮蔽されて直視できないところに、伊勢神宮の根源を見ることができる



「日本的なもの」とは、幾つもの重層を辿ってきた日本の歴史的背景に根ざしているものです。したがって、今、日本的なものと絶賛されているものが、百年後もそうなっている保証はありません。

本書を読み、「日本的なもの」とは、時代の変化に、合致してこそ成立し得るように思いました。つまり、時代に見出されてこそ、日本的なものとして輝くのかもしれません。
[ 2012/05/03 07:07 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)