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『天皇はなぜ万世一系なのか』本郷和人

天皇はなぜ万世一系なのか (文春新書)天皇はなぜ万世一系なのか (文春新書)
(2010/11)
本郷 和人

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著者は、歴史学者で東大の准教授です。最近、テレビの歴史番組に時々顔を出されます。NHK大河ドラマの時代考証などもされています。

本書は、日本の権力構造が、「世襲」と「才能」のどちらに傾いたのかを歴史的に検証していく書です。

世襲の頂点としての「天皇」から、日本人が求めてきたものが見えてきます。納得できる箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。


・朝廷を貫く理念は世襲。朝廷に出入りする官人は、世襲の貴族。どんなにを蓄えようが、どんなに学識を積もうが、庶民の家に生まれた者が中央政府には出仕できない

・朝廷は貴族社会。新しい者の参入を拒絶する。彼らは「新しさ」よりも「古さ」を重視する。「古きもの」こそが「よきもの」であり、理想や模範は常に過去にある

・法然は在地領主の息子。武士の家の人。だから、どんなに仏教に研鑽を積んだとしても、出自が卑しいから、天台座主にも、座主に仕える高位の僧侶にもなれない。法然は念仏を広めたい一心で比叡山を下りたのではない

・貴族には、プライベートでも、引退してからも、位階・官職はずっとついて回る。利権もまた、官位についてくる。人事に異様な関心が集中するのは当然

・貴族が切磋琢磨して学ぶべき対象の「四道」とは、紀伝道(中国史、漢文学)、明経道(儒学)、明法道(律令、法学一般)、算道(数学)

・四道のうちで格が上なのは紀伝道。紀伝道をよく修めた官職として「文章博士」「式部大輔」などがある。文章博士は、天皇の家庭教師を務めた儒学者が就任した

・日本は科挙を導入しなかったが、政権が機能すれば、官僚的役割を果たす人材が必要になる。朝廷は、そうした仕事を地下人(下級の門閥貴族)に割り振った。政治家の上級貴族、実務をこなす中級貴族、それに官僚的な下級官人というクラス分け

・後醍醐天皇に仕えた北畠親房は、「まず徳行。徳行が同じなら才用ある人。才用が等しかったら労行ある人。その順番で官人を任用すべし」と言っている

・「世襲は徳行にも、才能にも優越する」。積善の余慶という理論を用いて、北畠親房は世襲を徳と才の上位に置いた。親房には、徳ある天皇が位について、その余徳を後世に伝えていくという、継承に前向きな「万世一系」観があった

・中世では父権が強力だったので、悔い返し(生前贈与された財産を元に戻す)が全面的に認められていた。悔い返されては困るので、子供は親が死ぬまで孝行をした。

・土地が生み出す恵みに支えられた家を、父から子へ、子から孫へと受け継いでいく。それが世襲であり、世襲は武家社会を成り立たしむ根本的原理

・社会の根幹をなす世襲の原理が崩れてしまうと、世の中は再び安定を失い、動乱に逆戻りする。武力をもって天皇家の息の根を止めることは容易だったが、足利義満は世襲の尊重こそ、幕府秩序を安定させる方法に他ならないことをよく知っていた

・実力重視の戦国時代とはいえ、やはり家柄が大事。それは大名家だけでなく、大名を支える家臣団にも言える。有力な国人領主たちの協力を得られなければ、大名は自滅する他ないから、従来の秩序を無視するわけにはいかなかった

・トップの責任とは、イザという時に責任を取ること。ところが、日本の場合、天皇は実権をまず藤原氏に奪われ、さらに争いごとは武士の仕事になっていたので、権力争いなどで責任を取る立場に立ったことがほとんどなかった

・武士のトップである将軍も、何人かの例外を除いて影が薄い。実務は、鎌倉幕府では執権北条氏が、室町幕府では三管領が、江戸幕府では老中(大老)が担っていて、専制をふるう機会がなかった。そのため、幕府滅亡の時に責めを負って命を失った将軍がいない

・世襲と才能の連関は、明治維新のときは「天皇と官と民」だったが、戦後は、天皇がここから後退、政治家が登場し、「政治家と官と民」になった。この政治家が世襲されるようになる。世襲議員にはなれないが、官僚には努力すればなれるという構造ができた

・「世襲」と「才能」を「徳」の名のもとに止揚する。そうした柔軟な姿勢こそが、現代の日本人に求められている


才能か、世襲か、これは難しい問題です。しかし、世襲をなくしながら、社会の安定秩序を保っていくことに成功した国が、先進国と言えるように思います。

また、現代の日本で、既得権益を守り、それを世襲していくには、大きな徳がなければ、世間が認めなくなっているように思います。子への徳育こそ、世襲を望む家にとって、一番大切な財産になるのではないでしょうか。

[ 2012/02/29 07:00 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『不動産絶望未来―これからの住宅購入は「時間地価」で探せ!』山下努

不動産絶望未来 ―これからの住宅購入は「時間地価」で探せ!不動産絶望未来 ―これからの住宅購入は「時間地価」で探せ!
(2010/11/26)
山下 努

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著者は、雑誌「AERA」の記者です。不動産に関する記事を多く書かれています。

朝日新聞の経済記者を長く務められていたので、マクロ経済と不動産の関係性について書かれた文章は秀逸です。誰もが参考になるポイントばかりです。その中から、「本の一部」ですが、紹介させていただきます。


・マイホームなんて所詮は「箱」。全国ですでに760万戸も余っている。これは、新築住宅着工戸数のざっと10年分。ダムや道路と同じように、住宅もつくりすぎた不良資産

・「箱」を建てる場所の「地面」は、過去20年間に半分になった。インフレが来ない限り、どんどん下がるから、非常に危ない資産

職住混在地域は、昼間人口が増えるために、地価が下がりにくい。地域が老けず、借家や持ち家需要も底堅い

・広い住宅を持て余す一人暮らし高齢者が大量に増え、少子化でその相続者が減る状況では、郊外の老朽戸建などの物件は、価値が下がる前に売り抜けて現金化した方がいい

・もう世帯数は増えない。だから、標準世帯とは一人暮らしを指すことになる

・企業と若者の関係は「保有」から「利用」になった。未来資産として、長期契約を結ばれていない若い労働者に住宅を「保有」させるのは、虫がよすぎる

・「嫌消費」の象徴は、車からマイホームに移っていく。当面、マイホーム取得は、割高の新築から中古に徐々にシフトしていく

・コンパクトで折り畳み可能な簡易キッチンや、カプセルのような寝室を自動車で運搬できるような住宅が必要。移動住宅は土地購入コストがかからないので割安にできる。後は「駐家料(駐車料)」の問題。米国にはトレーラーハウスに住む人がたくさんいる

マンション建て替え物件の世帯主の平均年齢は70歳近い。新たな資金負担は高齢者に重荷。しかも、大半の物件が、現状より小さくしか建て替えられない(還元率が100%を超える物件はごくわずか)

日本の固定資産税は、土地に対する課税が十分でなく、それを補うために新築建物に重税をかけている。遊休地には優しく、有効利用した土地には厳しいおかしな税制

・「野・丘・台」のつく洒落た住宅街や坂の上にある住宅地の価値は下がっていく

・値下がりリスクの高い築浅物件には喜んで融資する。値下がりリスクの低い中古優良物件には貸さない。つまり、銀行が好んで融資する物件ほど不良債権化しやすい

・いくら賃貸投資が10%の高利回りでも、そのマンションの空き家率が3軒に1軒、4軒に1軒なら、空室のため、マイナスになる。表面利回りに振り回されてはいけない

・住宅の都心回帰によって、優良住宅地の地価動向は商業地の動向とリンクする

・郊外地域に家を買って移り住んだのは主にホワイトカラー。彼らは、これといった専門性がないのに給与が高めで生産性が低いので、リストラの標的になりやすい。そのため、その土地は、「先安感」や「売り圧力」にさらされ、値下がりしやすい

・エコポイントや期間限定の減税は、需要を先食いし、支援が終わったら失速する。持ち家優遇バブルも弊害は大きい。「新築好き」は、業界と政府のカモ、人身御供にされた「一人公共事業主」

・マンションを早く買いたがる晩婚シングル女性は、マイホーム購入でも、男選びで見せる慎重さを発揮する必要がある

・名義上、男が家を買ったということは、債務も男が支払う状況に追い込まれること。自分は名義人だから、地主だと錯覚すると困る。実質的には、大家ではなく、カネを稼いでくる働きづめの小作人

・マンションの経済価値は「貸していくらになるか」という収益性と、「値下がりせずにいくらで売れるか」という換金性の二つしかない。「貸してよし、売ってよし」がAクラス

・不動産のポイント「住民年齢が将来の地価の鍵」「住民所得動向が地価を動かす」「不動産は所有より利用の時代」「空き家大国を活用しよう」「マンションはスラム化する」「逆ドーナツ化現象に逆らわない」「郊外は負のブランド」「時間地価」「女の立場で家を買うな」



著者は、不動産の購入には、マクロ経済の動向が欠かせないと強調されています。ン千万円の買い物には、その視点が絶対に必要なことは全く同感です。

慎重に、慎重に、考慮しないと一生が台無しになる不動産の動向を詳しく知ることこそ、大きな財産になるのではないでしょうか。

[ 2012/02/28 07:06 ] お金の本 | TB(0) | CM(0)

『江戸商家の家訓に学ぶ商いの原点』荒田弘司

江戸商家の家訓に学ぶ商いの原点江戸商家の家訓に学ぶ商いの原点
(2006/08)
荒田 弘司

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江戸時代の商家は、財産がいくらあろうとも、地位と身分が低いままでした。その中で、何を精神的支えとして生きていたのか、興味の湧くところです。

稼いでも認められない中で、自己を律して、商売を持続していかなければならないというもどかしさを和らげる手段として、家訓が重要な役割を果たしたように思います。

本書には、江戸時代を代表する家の教えが数多く載せられています。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。


・「時節に随ひ考えを凝し、時を見、変を思うべし」(三井高房・町人考見録)
時節に合わせてじっくり考え、情勢をしっかり観察して、変化を予測すること

・「己れ其道に通ぜざれば他を率ゐる能はず」(宗竺遺書)
自ら商売道に通じていなければ、人を指揮することはできない

・「名将の下に弱卒なし。賢者能者を登用するに最も意を用いよ」(三井高利・遺訓)
名将と言われる人は、無能な部下を持たない。能力のある者を登用すること

・「老朽を淘汰して、新進の人物を雇傭すべし」(宗竺遺書)
古い考えに固執する社員は淘汰し、進歩的な考えができる人物を雇用すること

・「律儀程身の為能き事は無之候、人はあほうと申候共律儀成るほど能き人はなし」(大丸・主人心得の巻)
正直、実直であることほど、商人の立身にふさわしいことはない。他人が「あいつはあほだ」と言おうが、気にしないで正直、実直を貫く人こそ、商家の主人にふさわしい人

・「栄者常通、辱者常窮。通者常制人、窮者常制於人。是栄辱之大分也」(荀子・栄辱篇)
栄誉の者は常に順調に進み、軽蔑の者は常に困窮する。順調な者は常に人を支配し、困窮する者は常に人に支配される。これが栄と辱のあらまし

・「我思案と替りたる事を申出で候人は相談相手也、御尤御尤と申す人は何の役にも立たぬと可心得也」(大丸・主人心得の巻)
こちらのアイデアと違うことを提案する人ならば、相談相手になる。「ごもっとも、ごもっとも」と言うだけの人は、何の役にも立たないと心得ること

・「徳は本なり、財は末なり。本末を誤ること勿れ。貧富に依って人を上下することは最も戒む可きことなり」(茂木家・家憲)
商売は徳を行うのが本質であって、それで得る財産は末節である。本末を間違えてはいけない。財産の貧富によって他人を敬ったり侮ったりするのは、最もしてはいけないこと

・「謀計は眼前の利潤たりといえども、必ず神明の罰に当たる。正直は一旦の依怙に非ずといえども終には日月の憐みを蒙る」(住友政友・文殊院旨意書)
謀りごとをすれば、その場の利潤を得られるが、必ず神の罰があたる。正直を貫けば、その日の利益にはならないかもしれないが、天から同情を得られる

・「商品の良否は、明らかに之を顧客に告げ、一点の虚偽あるべからず」(飯田新七・網領)
商品のどこが良くてどこがそうでないか、客にはっきりと説明すること。一つの偽りがあってはならない

・「意志の弱き人は何事にも気の移り易く、衣服調度の如き、時々の流行を追ひ、外見を飾るを以て能事とす、斯る虚栄の奴隷となる人は、予算外の支出も嵩み」(安田家家憲)
意志の弱い人は移り気であり、流行ばかり追って外見を飾る。虚栄心の奴隷となって支出がかさむ

・「意志の弱き人は、取引上始終人の後へに立ちて、ひけを取るものなり。斯くの如き人は情実に拘泥して、常に損害を醸す」(安田家家憲)
意志の弱い人は、取引に際して引っ込み思案で、相手に退けをとる。だから情実にとらわれ、損害を出しやすい

・「相場買置の賈術は所謂貧賈の所為、人の不自由を〆くくり、他の難儀を喜ぶものなれば、利を得ても真の利にあらず、何ぞ久しからんや」(二代目中井源左衛門・中氏制要)
値段変動を狙ったり、品物を買い占めたりするのは、さもしい商法。不自由している人を締めつけ、他人が困るのを喜ぶわけだから本当の利益にならず、商売として長続きしない

・「商売は菩薩の業、商売道の尊さは、売り買い何れをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの。利真於勤」(伊藤忠兵衛家初代の座右銘)
商売は菩薩の行為。商売道の尊さは、売り手買い手どちらにも利益をもたらし、世に不足するものを補うから仏の教えに適っている。商人本来の勤めを果たしてこそ、本当の利益


「偉い人はいつでも偉い」と感じる書でした。偉い人はこの世にいなくても、残した文章で、その偉い人に出会うことができます。

内容的にも、現代にも通じるものばかりです。これを江戸時代の偉い人たちが書き遺したことに意味があるように思います。

困ったとき、悩んだとき、不安なときに、不変のものを見つけることで、それが、大きな心の拠り所となります。また、緩んだ気持ちを再度引き締めるときにも、役に立ちます。

家訓は、何度も何度も、事ある毎に、読み返していくことに意義があるのではないでしょうか。

[ 2012/02/27 07:07 ] 江戸の本 | TB(0) | CM(0)

『放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響』ユーリ・バンダジェフスキー

放射性セシウムが人体に与える 医学的生物学的影響: チェルノブイリ・原発事故被曝の病理データ放射性セシウムが人体に与える 医学的生物学的影響: チェルノブイリ・原発事故被曝の病理データ
(2011/12/13)
ユーリ・バンダジェフスキー

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真善美の「真」を求めるのが学者、「善」を求めるのが宗教家、「美」を求めるのが芸術家だとすれば、「金」を求めるのは商人です。

今の世の中には、学者の仮面を被った商人が多くて困りものです(ちなみに、ひねくれ者の私は、商人の仮面を被った学者を目指しています)。ところで、この本の著者、ユーリ・I・バンダジェフスキー氏は、純粋に「真」を求める学者です。

チェルノブイリ事故被害者の内部被ばくを10年間、国からの援助や資金を受けずに、執拗に調査(病理解剖、臓器別放射線測定、汚染地域住民の健康調査など)し続けた、ベラルーシのゴメリ医科大学元学長です。

その姿勢が、ベラルーシ政府当局に嫌われ、1999年に不当に逮捕され、国際人権保護団体(アムネスティ)らの訴えにより、刑期途中の2005年に釈放された筋金入りの「学者」です。現在、ベラルーシを国外追放となり、ウクライナの病院に勤務されています。

放射能汚染に関する情報で、真実は何かを知りたくて、この本を読みました。その多くの真実を「本の一部」ですが、紹介させていただきます。


・放射性セシウムが土壌に浸透すると、植物にすぐに吸収され、食物と一緒に人間や動物の体内に入り込む。農産物の中でも、牛乳、キノコ類、ベリー類(液果類)、野生動物の肉のセシウム濃度は著しく高い

・高度汚染地域の住民調査では、年長の子ほど体内セシウム濃度が倍ほど高い。その理由は、セシウム137の半減期間が、年少の子より長いから。年少の子には、現行の食品規制に適合した食料を支給されているから

・男性は、女性よりはるかに多く、放射性セシウムが蓄積する。このことは、動物実験の結果やゴメリ州住民の体内放射能測定で確かめられている

・放射性セシウムの濃度は、妊娠中の母体でかなり高くなるが、胎盤が生理的防御壁になって、放射性セシウムが胎児へ移行することを防ぐ。しかし、その後、母乳を与えることで、放射性セシウムが子供の体内に取り込まれ、次第に蓄積していく

・放射性セシウムは、おもに腎臓から体外に排出される。体内に入ったセシウム137の80%までが1カ月以内に排出される。ただし、人体からセシウム137が半減するまでには、おおよそ70日かかる

・汚染地域に住む子供たち(生後14日~14歳まで)を対象に心電図検査を行った結果、心電図異常が高頻度(56~98%)に認められた。主に、心筋内伝導障害起因の不完全右脚ブロック、心筋の酸化還元反応混乱、心房内洞結節伝導系の自律機能障害による心電図異常

・汚染地域に住む子供たちの血圧を分析したところ、セシウム137の体内蓄積量が増すと血圧の高い子供の数が増えるという相関関係が認められた(汚染地域に住む子供の42%に高血圧の症状)

・チェルノブイリ事故後、突然死したゴメリ州の患者の部検標本を検査したところ、99%の症例で、心筋異常が存在することが明らかになった。特に注目すべきは、びまん性心筋細胞の異常である

・視覚器官は、外部からの放射線にも、内部被曝にも非常に敏感。汚染地域の村に住む子供の視覚器官を調査したところ約94%の子供の視覚器官に何らかの病理学的変化があった。特に体内セシウム137の量と白内障の罹患率の間には、正比例関係が明瞭に認められた

・セシウム137は、ネフロン構造の尿細管糸球体の血管系に悪影響を与える。なによりも、糸球体が構造的、機能的に破壊され、典型的な組織学的所見を呈する

・セシウム137が常に体内に取り込まれていると、甲状腺は十分に修復できず、細胞分化が阻害され、免疫反応の亢進に伴って、自己抗体と免疫適格細胞が甲状腺を傷つけ、自己免疫性甲状腺炎や甲状腺がんを発症する

・1995年のベラルーシでは、1976年に比べて、悪性新生物の発生率が腎臓で男性は4倍、女性は2.8倍、甲状腺は男性で3.4倍、女性で5.6倍になった。ゴメリ州は、腎臓がんの症例数は男性で5倍、女性で3.8倍、甲状腺がんの症例は男性で5倍、女性で10倍になった

・まず考慮すべきは、重要な臓器に対するセシウム137がもたらす毒性であって、他の放射性元素による障害ではない

・セシウム137は、まず心筋に取り込まれ、深刻な組織病変と代謝変化を引き起こす。公式の医学では、この事実を完全に無視している


放射能汚染による人体への影響は、何を信じていいのか、よくわからないのが現状です。広島、長崎の事例を出されても、事故の形態や規模も違うため、参考程度にしかならないように感じていました。

やはり、参考になるのは、チェルノブイリ原発事故です。その正確なデータ、症例を知ることが大事だと思っています。

それらの情報が、マスコミを通して、なかなか入ってこない状況下においては、ユーリ・I・バンダジェフスキー氏の著書は、信じられる確かな情報の一つではないでしょうか。

[ 2012/02/25 07:05 ] 健康の本 | TB(0) | CM(0)

『賀川豊彦』隅谷三喜男

賀川豊彦 (岩波現代文庫)賀川豊彦 (岩波現代文庫)
(2011/10/15)
隅谷 三喜男

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賀川豊彦って、ご存知でしょうか?ノーベル文学賞とノーベル平和賞の候補に計5回なった人物です。もし、ノーベル賞に輝いていたら、湯川秀樹より早く受賞して、日本初になっていました。

賀川豊彦のすごさは、それだけではありません。今の、労働組合農協生協のきっかけをつくった人物です。今や、既得権益団体に成り下がった?これらの団体は、賀川豊彦が貧困を救うために提唱したキリスト教精神から生まれたものです。

実際に、貧民街で暮らし、貧民、工場労働者、小作農民の救済に捧げた賀川豊彦の思想と人生に迫った本書の中で、心に響いた箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。


・「私自身の理想は、貧民窟の撤去にあるが、今すぐに貧民窟がなくならないとすれば、貧しい人々と一緒に慰め合っていきたい。これは必ずしも慈善ではない。これは『善き隣人』運動の小さい糸口である。人格と人格との接触をより多く増す運動である」

・「讃美せざるを得ないのは、このドン底にも一種の固い道徳と、愛と、相互扶助があること。貧民窟の博徒が入監でもすれば、皆で同情して差入をする。病気になれば、近所で救済する」

・「精神的堕落と共に、頽廃的気分に社会が包まれると、飲酒、黴毒等によって、貧民窟を目がけて集まってくる」

・「貧民は群衆として生活しており、個人の意識が弱いから、ついつい群衆の波におされ、無意識的盲動に安ずる」

・「人と生まれて、屑物拾いにまで堕落すれば、永遠の向上することができない。親に連れられて屑拾いに出た子供は永遠に絶望である。彼らはいつかは奈落の底に堕ちていく。物を拾うことから、物をとることまでは、何の抵抗もなく連続している」

・「世界に悪人はいない。世界に聖人もいない。善は失楽園以降破片となって世界に散っている。ドン底の人々にも少しずつの善の破片が落ちている」

・「もし今日、貧民階級をなくしてしまおうと思えば、今日の慈善主義では不可能である。慈善主義は常に貧民を増加させる」

・1918年の関西労働同盟会創立宣言で、賀川の宣言はさらに進んで、八時間労働制、最低賃金の制定、社会保険制度の確立、工場民主制、男女同一賃金、住宅問題の解決、教育の機会均等を要求している

・「人間はその本然において自由である。ゆえに労働者は人格である。ただ賃銀相場によって売買せしむべきものではない。労働力を掠奪し、人間性を物質化せんとする時に、社会秩序の支持は黄金にあるのではなく、人間性にあることを資本家に教えねばならない」

・「我らは何よりも先に人間になりたい。要求はただ賃金の値上げだけではない。八時間労働制だけではない。貧乏しても、労働時間が長くてもかまわない。先ず人間でありたい

・「憎悪を教えることは、すべての社会運動においては失敗である。社会運動の根本的動機は愛であらねばならない」

・1922年日本農民組合創立大会で可決された賀川の起草、「農民は知識を養い技術を磨き徳性を涵養し農村生活を享楽し農村文化の完成を期す」「相愛扶助の力により相信じ相倚り農村生活の向上を期す」「農民は穏健着実合理合法を以て共同の理想に到達せんことを期す」

・「農民は年々疲弊していく。彼らは、ほとんど貧民同様の生活に甘んじている。日本の750万人の農民家族は一反の田畑を持っていない無産階級の人々。日本の社会問題は農村にある。農村の小作人は、体裁のよい賃金労働者である」

・「農村の貧民はきそって都市に集中してくる。都市に集中した職工の8割が農民。彼らは、不況になっても故郷に決して帰らない。とにかく、百姓していては儲からないからである」

・賀川はデンマークの農民高等学校にならって、全国からの農村青年たちと起居を共にし、農村問題について語り合い、農民の生きる道を話す農民福音学校をつくった

・「今日労働運動で、私の最もいやな傾向は、労働運動が抗争的になって、人間愛の基調から分離して、倫理運動から堕落していくこと」

・1919年賀川は購買組合共益社を組織したときの網領、「実質本位の日用品を廉価に供給して、組合員の生活を安定幸福ならしむ」「購買による利益を二分し、一を組合資本に積立て共同の利益を図り、他を組合員の購買高に応じ年末配当し、家計を安定豊富ならしむ」


本書には、賀川豊彦の理想と生き様が描かれています。理想が必ずしも実現できたわけではありませんが、今日に影響を与える大きな足跡を残しています。

愛を貫き、人間の人格を尊重し、その身を公平な社会実現に捧げた賀川のような人物が、今の格差社会の世の中において、現れてくることを願っています。

[ 2012/02/24 07:09 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(3)

『ことばを旅する』細川護熙

ことばを旅する (文春文庫)ことばを旅する (文春文庫)
(2011/01)
細川 護熙

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元首相の細川護熙さんの著書です。最近は、陶芸家として活躍されており、芸術家、文化人としての顔を持たれています。

室町時代から続く細川家の当主で、永青文庫(細川家伝来の美術品、歴史資料の保存と公開)に囲まれて、育ってこられただけあって、文化教養のレベルは半端じゃありません。

そして、偶然ですが、細川元首相が、この本で旅した場所(48箇所)のうち、私も、その半分ほど足を運んだことがあり、興味を持って読み進んでいくことができました。

日本の礎を築いた人物の言葉を選択された細川元首相のセンスのよさ、教養の高さに舌を巻かざるを得ませんでした。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・「古意に擬するを以て善と為す」(弘法大師・高野山)
詩を作るときも書を書くときも、先人に学ぶことは大切だが、ことばや形をなぞるのではなく、「意」(こころ)を汲み取ることが根本

・「傍輩をはばからず、権門を恐れず」(北条泰時・鶴岡八幡宮)
「御成敗式目(貞永式目)」を制定した泰時は為政者として、法を推し進めながら、その裁きは、情に流されたように見える。法とは別次元に立つ泰時の政治家としての面目がある

・「ただ現世に先づ、あるべきやうにてあらん」(明恵上人・高山寺)
「あるべきようわ」は、ただ漫然とあるがままに生きることではない。明恵にとって、その言葉は身を切るような精進の果てに見えてくる自己に忠実に生きることだった

・「貧なるが道に親しきなり」(道元禅師・永平寺)
道元は「只管打坐」(ひたすら坐禅せよ)と説く。そして、仏道の人は貧を恐れてはならず、むしろ貧を積極的に受け入れるべきと言う。また「学道の人は最も貧なるべし」と説く

・「数寄者といふは隠遁の心第一」(武野紹鴎・南宗寺)
「侘び」の根底には驕者を排する思想がある。紹鴎はまた「茶湯者は無能なるが一能なり」と弟子に諭した。あれこれ手を染めて多能であるよりも、茶の湯に専念しろという教え

・「謙の一字なり」(中江藤樹・琵琶湖畔)
藤樹はその著「翁問答」の中で、「おごり自慢する魔心の根」を絶ち、「かりそめにも人をあなどりかろしめず」とする謙譲、謙遜の心こそ本当の教育の根幹としている

・「俗気を脱するを以て最となす」(与謝蕪村・淀川縁)
また別に、俳諧は俗語を用いて俗を離れるのを尚ぶとも言っている。俗とともにありつつ脱俗、離俗をなすべきというところに蕪村その人の生き方をみることができる

・「一成らば一切成る」(池大雅・萬福寺)
大雅にとって、学問も画も書も一つで、それは人としての生き方、人間性に帰一するものに他ならない

・「驕らざれば危ふからず」(上杉鷹山・米沢市)
年老いてなお厳しい節倹の生活を続ける鷹山に、日用品の増額が提案されたが、「今や老年の自分を叱ってくれる人もいず、心が弛んでしまうのではないかと恐れている」と答えた

・「心を養うは寡欲より善きは莫し」(吉田松陰・萩城城下町)
松陰は、孟子を愛玩した。別に、「一誠兆人を感ぜしむ」とも言っている。「誠」と「寡欲」は、松陰の精神の骨格をなす。寡欲と至誠によって天性を磨き上げた美しさ、それが松陰

・「無畏」(山岡鉄舟・浅草寺)
畏れる気持ちは「私心」から生まれる。「私」がなければ「畏」もない。鉄舟は剣禅一致の境に「無」を見たのに違いない

・「教育の第一は品性を建つるにあり」(新渡戸稲造・北海道大学)
稲造は「武士道」で「教育の主目的は・・・品性の確立」と書いた。中江藤樹は「徳」を修めることを重視した。品性といい徳といい、今の日本の教育に最も欠けているもの

・「為すべきを為し、為すべからざるを為さず」(幸田露伴・余市)
思うべきところを思い、為さねばならぬこと、思わねばならぬことがあったら、ただちに「全気全念で事を為す」ようにしなければならない、と露伴は言う



人と言葉と土地。その土地に行ってみて、その人とその言葉の意味を新たに感じ取ることができます。

この本は、細川元首相が、実際に、その言葉が発せられた言われのある土地を踏みしめ、味わい、それを五感を通して文章にしたものです。

晩年ならではの円熟したエッセイの中には、珠玉の言葉が散りばめられているように思います。価値のある一冊ではないでしょうか。

[ 2012/02/23 07:07 ] 細川護熙・本 | TB(0) | CM(0)

『あの人の声はなぜ魅力的なのか~惹かれる声と声紋の科学~』鈴木松美

あの人の声はなぜ魅力的なのか ~惹かれる声と声紋の科学~ (知りたい!サイエンス)あの人の声はなぜ魅力的なのか ~惹かれる声と声紋の科学~ (知りたい!サイエンス)
(2011/10/21)
鈴木 松美

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著者は、音の研究、開発を行う日本音響研究所の所長です。声紋鑑定に関わる事件があったときには、テレビでお顔を拝見することもあります。また、イヌ語翻訳機・バウリンガルの開発に携わった方でもあります。

このような音と声の第一人者である著者が、声の魅力について書いたのが、この本です。驚かされることが数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。


・大人の耳が聞き取りやすいのは、2500~5000Hz帯域の高い周波数(高い声)が強く出ていることと、1分間に100~120拍(0.5秒間隔のテンポ)のテンポの生き生きとした声

・聞き取りやすい話速(話すスピード)は、1分間に350字程度(NHKのアナウンサーがニュースを読む速度)。1分間に600字を聞かされたら、一般的なお年寄りは言っている意味が理解できなくなる

・振り込め詐欺は、全体的には早口でしゃべるが、「痴漢」「逮捕」「200万」「銀行」「急がないと」「お金の用意」などのところは、話速300字くらいに落とし、強く印象づける

・演説上手だった首相の田中角栄や小泉純一郎は、腹式発声ができていた。そのため、言葉に力があり、声がよく通った。さらに、しゃべりがリズミカルだった。音で表現すれば、「トントントントン、トントントントン、トントントントン」といった感じ

・「リズム」と「間」には、言葉を聞いているというより、むしろ音楽を聴いているようにさせる効果がある。上手なお坊さんのお経も、リズムと間があり、内容を理解していなくても、聞いてて、うっとりし、心地よくなってくる

・カラオケで歌う準備で大切なことは、声帯を十分に湿らせておくこと。そのためには、歌う前にコップ一杯の水を飲むようにすれば、これで息の通りが、だいぶよくなる

・心地よくさせるナレーターの魅力的な声の条件は、声に「1/fゆらぎ」があることと「腹式発声」ができること。ちなみに人気のナレーターは、声道(共鳴体)の空間が広い、つまり少しエラの張った顔が特徴。それが、声に響きを与えて、いい声にしている

・音楽の三要素は、メロディ・リズム・ハーモニー。音の三要素は、高低・強弱(大小)・音色

老人性難聴は、同じ感覚器である目の老化(老眼)よりも、年齢的な自覚は遅く、だいたい60歳後半を過ぎてからが多いが、実は、人間の聴力は20歳代から次第に衰えている

・ふだん聞いている自分の声は、本当の声ではない。骨伝導で聞いている声は、周囲の人が聞いているよりも、少し低音が強調された、こもった声になっている

・「背の高さと声の高さ(声帯振動数)は反比例する」(ファントの法則)。近ごろ、日本の女性の声が低音化しているのは、背の高い女性が増えたのと言葉遣いが男性的になった(声のトーンが低い)ことがある

高齢の女性の声が中性化して、男性の声との判別がつきにくくなるのは、閉経後、筋肉の衰えに、ホルモンバランスの変化も加わって、声が低くなり、女性らしい高音部の声が失われていくから

・声の老化防止に有効な方法は、毎日の発声練習以上におすすめなのが、カラオケで歌うこと。カラオケに行く機会のない人は、自宅のバスルームでお気に入りの曲を歌えばいい

・緊張している場合や嘘をついている場合、また何かと言い逃れしようとしている場合には、声帯振動による基本周波数が乱高下する。興奮してくると、さらに変化が大きくなり、基本周波数が普段の2倍くらいに上下する

・日本人が「いい声」と感じるのは「低くて響きのある声」。非常に低い周波数帯(約60~80Hz)が出ていること。欧米人が「いい声」と感じるのは、非常に周波数が高い「透き通るような声」

・声をおしゃれにする5つのポイントは、音圧(強調する言葉は声のトーンを上げて話す)、話速(重要なポイントではゆっくり)、腹式発声(喉ではなくお腹から声を出す)、イントネーション(語尾の協調など)、高周波成分(子音のカ行、サ行をはっきり発音)

・効果音のテンポをどんどん上げていくことで、気持ちをかき立てる。そして、最後は悲鳴に近い高周波数の音で締めくくれば、恐怖感を煽ることができる

・ストレス解消には、好きなジャンルの音楽で、なるべくテンポの遅い曲(70拍以下)を選ぶのがベスト。15分くらい聴いていると、ある時点で気持ちがスーッと楽になってくる


印象的な声の人は得をしているように思います。声は、顔や表情、スタイル以上に、人間の魅力を引き出しているのではないでしょうか。声優やナレーターの方たちが、長い期間に渡って、活躍されているのも、その表れかもしれません。

声や音を科学的に分析した本はなかなかないので、本書は貴重ではないでしょうか。
[ 2012/02/22 07:03 ] 営業の本 | TB(0) | CM(0)

『新興国20ヵ国のこれからがわかる本』

新興国20ヵ国のこれからがわかる本 (PHP文庫)新興国20ヵ国のこれからがわかる本 (PHP文庫)
(2011/10/05)
株式会社レッカ社

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今、元気な日本企業は、新興国に進出している企業や新興国に投資している商社及び企業です。国内の内需だけに依存している企業や先進国輸出比率の高い企業は、元気がありません。

これを個人に置き換えて考えたらどうでしょうか。

つまり、日本の銀行への定期預金、国債の購入、日経平均連動投信や日本の不動産物件への投資を行っても、ほとんど見返りがなく、元気がなくなってしまいます。

新興国への投資(株式、外貨預金、国債、不動産など)は、短期的に見れば、為替リスクはありますが、中長期的に見れば、見返りが大きくなっています。

個人も、儲かっている企業や商社のとる行動に賢く便乗して、投資をしていけばいいのではないでしょうか。そのヒントが、この本に詰まっています。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・2010年世界のGDPトップ10は(1.米国、2.中国、3.日本、4.ドイツ、5.フランス、6.英国、7.ブラジル、8.イタリア、9.カナダ、10.インド)

2050年世界のGDPトップ10予想は(1.中国2.米国3.インド4.ブラジル5.メキシコ6.ロシア7.インドネシア8.日本9.英国10.ドイツ)

・新興国成長の理由は「巨大な人口規模」「豊富な天然資源」「外資の導入」の3点

・近年注目を集めるのがBOP(貧困・低所得者層)。世界人口70億人のうち、生活費が1日2ドル以下のBOPが、40~50億人いると言われている。彼らは、救済すべき弱者ではなく、意欲的な企業家であり、有力な顧客となり得る。強いブランド志向を持っている

・現在、インドに続くBOP市場として、インドネシア、バングラディシュ、ケニアなどに注目が集まっている

日本の食糧輸入先(輸入額)トップ10は、(1.米国、2.中国、3.オーストラリア、4.タイ、5.カナダ、6.チリ、7.ブラジル、8.フィリピン、9.韓国、10.ロシア)

・日本の2010年対外直接投資額トップ10は、(1.中国、2.ブラジル、3.インド、4.韓国、5.マレーシア、6.ベトナム、7.メキシコ、8.フィリピン、9.インドネシア、10.ロシア)

・新興国の株式投資は制約が多く、投資のための条件が完全に整備されていないのが実情。個人では投資信託を利用するのが最善の策

・新興国への不動産投資は魅力ある。個人でも、運用できる資産額が大きい人にとっては、大きなチャンス。注目すべきはインド。中産階級の人が増え、マイホームを購入することが一つのステータスになりつつある

・新興国は、広大な国土、豊富な天然資源、増え続ける人口、莫大な労働力により、飛躍的な経済成長を遂げているため、投資対象さえ誤らなければ、金額の見返りは非常に大きい

・新興国で重要なのが、中長期的に投資を行わなければならない点。短期では、政情の変化や市場規模が大きくないために先進国の動向に左右されやすいので、相場の変動が大きい

・BRICsでも、株式市場が活発なのがロシア。市場全体の時価総額も1兆ドルを超えるなど、新興国の中でも際立って、その規模は大きい

・VISTAに属するベトナムの証券取引所ができたのは2000年のことで、歴史が浅い。時価総額も3兆円程度で、市場規模も大きくないので、変動が大きく、投資にはリスクを伴う

・同じVISTAでも、長い歴史があるのがインドネシアの株式市場、100年の歴史を誇り、外国人投資家の参入を早くから認めてきた。経済成長も右肩上がりで2010年の株価上昇率は40%前後



本書の20ヵ国とは、ブラジル、アルゼンチン、メキシコ、フィリピン、インドネシア、マレーシア、ベトナム、韓国、中国、インド、パキスタン、バングラディシュ、イラン、UAE、サウジアラビア、エジプト、トルコ、ロシア、ナイジェリア、南アフリカです。

それぞれの国についての詳しい状況が書いてある箇所は、今回紹介していませんが、興味のある方は、読んでみる価値があるように思います。

新興国は、日本経済復活の鍵を握るだけでなく、日本人の個人資産増大の鍵も握っているのではないでしょうか。
[ 2012/02/21 07:04 ] 海外の本 | TB(0) | CM(0)

『ゲーテに学ぶ賢者の知恵』適菜収

ゲーテに学ぶ 賢者の知恵ゲーテに学ぶ 賢者の知恵
(2010/04/28)
適菜 収

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ゲーテに関する本を紹介するのは、「ゲーテに学ぶ幸福術」「ゲーテ格言集」に次ぎ3冊目です。ゲーテは、膨大な数の著作を残しているので、まだまだ読み飽きることがありません。

この本の中にも、ゲーテの素晴らしい格言を新たに発見しました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・重要なことは、知らないもの、知らない人に対して、どこまでも心を開いて触れてみること

・才能があるだけでは十分ではない。博打の世界をのぞいてみたり、そこで勝負に加わってみることも重要だ

・あらゆる泥棒の中で、バカがいちばん悪質だ。彼らは、時間と気分の両方を盗む

・いろいろ気兼ねしているうちに、いつしか心も麻痺してしまい、私たちに備わっているかもしれない偉大なものを自由に表現できなくなる

・個人的な利害損失に追い立てられないと、安易な仕事をするというのは、人間の本性らしい

・私たちは、自分の上にあるものを認めないことで、自由になるのではない。自分の上にあるものに敬意を払うことにより、自由になる

・巨匠は常に先人の長所を利用している。そのことが、彼を偉大にしている

・人間の到達できる最高のものは、驚くということ。根本的な現象に出会って驚いたら、そのことに満足するべき

・一般的な概念と大きな自負は、恐ろしい不幸を引き起こす

・ほとんどの人間にとって、学問は飯の種になる限りにおいて意味があるのであり、彼にとって都合がよければ、間違いさえも神聖なものになってしまう

・多数というものは気に障る。なぜなら、多数を構成しているのは、一部の有力な先導者のほかは、それになびく弱者ならず者無知な大衆ばかりだから

・本物の自由主義者は、できる範囲で、よいことを実行しようとするもの。必要悪を力ずくで根絶しようとはしない。彼は、賢明な進歩を通じて、少しずつ社会の欠陥を取り除こうとする

・法律というのは、いい気になって、幸福の量を増やそうとするよりは、弊害の量を減らそうと努めるべき

・誰でも、健康に暮らせて、自分の職に励むだけの自由さえあれば、それで十分

・偉大な人間は容積が大きいだけ。長所も短所も持つことは、卑小な人間と変わりない。ただ、その量が大きい

・偉大な先人と交わりたいという欲求こそ、高度な素質のある証拠

・現世で努力し戦っている有能な人間は、来世のことは来世にまかせて、現世で仕事をし、役に立とうとするもの。不死の思想は、現世で最も不運であった人たちのためにある

・教会は支配することを望んでいるのだから、平身低頭し、支配されて喜んでいる愚かな大衆が必要。身分の高い聖職者は、下層階級が目覚めることを一番恐れている

・自分の境遇以上のものを頑固に否定するのが俗物。彼らは、他人の境遇を否定するだけでなく、他のあらゆる人間が、自分と同じ存在でなければならないと要求する



ゲーテは人間の本質、社会の真実を十分に理解している賢者です。その賢者の意見に、そっと目を向けるか、目を背けるかで、その後の人生が変わっていくように思います。

ゲーテの辛辣な言葉に、目を背けたくなっても、それを我慢できる度量をまず身につけないといけないもかもしれません。
[ 2012/02/20 07:09 ] ゲーテ・本 | TB(0) | CM(0)

『ツァラトゥストラはこう言った・下』ニーチェ

ツァラトゥストラはこう言った 下 (岩波文庫 青639-3)ツァラトゥストラはこう言った 下 (岩波文庫 青639-3)
(1970/05/16)
ニーチェ

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「永遠回帰」の真理こそ、「超人」へ至る道であるというのが、ニーチェの考え方です。「ツァラトゥストラはこう言った」の上巻を「超人」と定義するとしたら、この下巻は、「永遠回帰」と定義されるように思います。

この「永遠回帰」の真理となる言葉が、下巻には数多く登場します。その中から「本の一部」ですが、紹介させていただきます。


・民衆のうちの若干の者は、意志を持っている。しかし、大多数の者は、人の意志に動かされている。彼らのうちの幾人かは、本物の俳優であるが、大多数の者は下手くそな俳優

・民衆の望んでいることは一つ。誰からも苦痛を与えられないということ。そこで先廻りして、誰にも親切をつくす。これは臆病というもの。たとえ「美徳」と呼ばれようと

・善人たちの間で暮らす者は、同情による嘘をつくように教えられる。同情は、すべての自由な塊のまわりに、どんよりした空気をかもしだす。善人の愚かさは見極めがたい

・肉欲と支配欲と我欲の三つは、これまでひどく呪われ、最も悪く言われ、誤解されてきた。この三つを、私は人間的によいものとして秤ってみたい

・自分自身に命令することのできない者は、人に服従することになる。自分自身に命令できる者も、自分自身に服従するまでにはなかなかなれない

・享楽とか無邪気さとかは、最も恥じらいの強いもの。そのどちらもすすんで求められるべきものではない。人はそれを自然に持ち合わせなければならない。むしろ、罪と苦痛をこそ求めなければならない

・私は自己を温存しようとしない人々が好きだ。私は没落して行く人たちを、私の愛情のすべてを傾けて愛する

・善人たちは譲歩する。忍従する。彼らの心情はごまをすり、彼らの論拠はいいなりになる。そして、いいなりになる者は、自分自身の本心に耳を傾けない。一つの真理が生まれるためには、善人たちに悪と呼ばれているすべてのものが集まってくる必要がある

・知識人と呼ばれるあの群がりよる蛆虫どもを追っ払ってやるがいい。彼らは英雄たちの汗をなめて、舌鼓を打っている

・あなたがたは、憎むことのできる敵だけを持つべきだ。軽蔑すべき敵を持ってはならない。あなたがたは、自分の敵を誇りにしなければならない

・同情は近ごろでは、あらゆる小さい人間たちのもとで、美徳そのものになっている。彼らは、大いなる不幸、大いなる醜悪、大いなる失敗に対して、何らの畏敬の念を抱かない

・みだらな欲望、燃え上がる嫉妬、恨みつらみの復讐心、賎民独特の意地っ張り、こうしたすべてが容赦なく私の眼に映る。貧しい者が幸いだとは、もはや真理ではない

・「おのれの好むところに従って生きるか、さもなければまったく生きないか」、これが私の願いだ。最高の聖者の願いもそんなところだ

・私の心を占めているのは超人だ。彼こそ、私にとって第一の、唯一の心がかりであって、人間などではない。隣人とか、貧しい者とか、悩める者とか、善い者とかではない

・今日、主となり支配者となっているのは、小さな人間たちであり、あきらめと謙遜と抜け目なさと勤勉と顧慮その他、限りなく小さな美徳を説く

・あなたがた「ましな人間」たちよ、小さな美徳を克服せよ。ちっぽけな知恵、砂粒のような配慮、「最大多数の幸福」をあきらめるよりも、むしろ絶望せよ

・「人間の本性は悪だ」、なぜなら、悪こそは人間の最善の力だからだ。「人間はより善く、かつ、より悪くならなければならない」。最悪のものは、超人の最善のために必要である

・高く登ろうと思うなら、自分の脚を使うことだ。高いところへは、他人によって運ばれてはならない。人の背中や頭に乗ってはならない

・人間は、勇気ある動物どもに嫉みを感じ、そのすべての長所を奪い取った。こうして、人間は初めて人間になった。洗練され、精神化され、知性化されたこの勇気、鷲の翼と蛇の賢さを備えた人間的勇気、それが今日、ツァラトゥストラの名で呼ばれているものだ

・よろこびは、あとを嗣ぐ者を欲しない。子供たちを欲しない。よろこびは自己自身を欲する。永遠を欲する回帰を欲する。一切のものの永遠の自己同一を欲する


「ツァラトゥストラはこう言った」は、安易に読めるものではありません。言葉の持つ意味を咀嚼して読んでいくとしたら、一年かかっても読み解けないかもしれません。

今回は、ニーチェの思想に少し触れてみることが目的でした。ニーチェの深みにはまりたい方は、是非お読みください。


ツァラトゥストラはこう言った(上)に戻る
[ 2012/02/18 07:01 ] ニーチェ・本 | TB(0) | CM(0)

『ツァラトゥストラはこう言った・上』ニーチェ

ツァラトゥストラはこう言った 上 (岩波文庫 青 639-2)ツァラトゥストラはこう言った 上 (岩波文庫 青 639-2)
(1967/04/16)
ニーチェ

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哲学者や思想家たちの文章には、ニーチェの考え方がよく引用されています。哲学者たちに最も愛されている哲学者がニーチェではないでしょうか。人生論や幸福論に関する書を紹介する上で、ニーチェは避けて通れない存在です。

ニーチェの文章をとり上げていくのは、私の力量では難しく思いましたが、ニーチェに少し触れるような感覚で、思い切って書いてみました。

「ツァラトゥストラはこう言った」は、上巻と下巻に分かれています。今回は、上巻の中から選んだ言葉を、「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・私が愛するのは、おのれの徳を愛する者である。なぜなら徳は、没落への意志であり、憧れの矢であるから

・「善くて義しい者」が一番憎む者は誰か?価値を録した彼らの石の板を砕く者、破壊者、犯罪者だ。しかし、かかる者こそ創造者なのだ

・私は自分の目標に向かって行きたい。私は自分の道を行く。ためらう者、怠る者を私は飛び越えるだろう。こうして私の歩みが、彼らの没落となるがいい

・私は多くの名誉も大きな財産もほしくない。さりとて、よい評判といくらかの財産がなくては、よく眠れない

・私には、小さなつきあいの方が好ましい。しかも、時を選んで、適当なだけつきあうことが大事である。そうすれば、よい眠りと折り合いがいい

・戦争や戦闘、この悪は必然である。徳同士の妬みと不信と誹謗は避けがたい

・各々の徳が他の徳に対して負けじ魂を抱いている。競争心は恐るべきものである

・高貴な者は新しいものを求め、一つの新しい徳を創造しようとする。善人のほうは、古いものを愛し、古いものが保持されることを願う

・世の中では、どんなに素晴らしいことでも、まずそれを演出する誰かがいなければ、何事も始まらない。大衆はこの演出者を偉人と呼ぶ

・市場と名声から、一切の偉大なものは去っていく。昔から、市場と名声を遠く離れて、新しい価値の創造者たちは住んでいた

・あなたの無言の誇りは、つねに大衆の好みに合わない。あなたがおのれを低くして、人なみの虚栄心があるところを見せれば、大衆は小躍りして喜ぶ

・認識に生きる者が、真理の水の中に入るのを厭うのは、真理が汚らしいときではなく、真理が浅いときである

・あなたがたの隣人への愛は、あなたがた自身への愛がうまく行かないからだ

・自分が正しいと主張するより、不正を受け取っておくほうが高貴である。ことに自分が正しい場合にそうである

・認識の人は、自分の敵を愛するだけでなく、自分の友達をも憎むことができなければならない

・意志することは、解放する、自由にする。これが意志と自由についての真の教えである

人生に背を向けた多くの者は、実は賎民に背を向けたのであった。彼らは泉や炎や果実を、賎民とともにしようとは思わなかったのだ

権力にありつけない独裁者的狂気が、諸君の中から「平等」を求めて叫んでいる。諸君の秘められた独裁者情欲が、道徳的な言葉の仮面をかぶっている

・高みを必要とするから、生は階段を必要とし、階段とそれを登って行く者の相剋を必要とする。生は登ろうとし、登りつつ、自己を克服しようとする

・弱者が強者に仕えるのは、より弱い者に対して支配者になろうとする弱者の意志が、彼を説き伏せるのだ。この喜びだけは、彼は捨てようとは思わない

・生のあるところにのみ、意志もまたある。しかし、それは生への意志ではなくて、力への意志なのだ

・隣人たちよ、同胞たちよ、扮装してもらいたい。よく飾り立て、虚栄をはり、「善くて義しい者」らしく大きく構えてもらいたい。そして、私自身もあなた方の中に坐っていよう。そしてお互いに真実の姿を見せないでおこう。これがすなわち、私の処世の術である


ツァラトゥストラはこう言った(下)へ続く
[ 2012/02/17 07:09 ] ニーチェ・本 | TB(0) | CM(0)

『千思万考』黒鉄ヒロシ

千思万考千思万考
(2011/02/24)
黒鉄ヒロシ

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本書のサブタイトルは、「歴史で遊ぶ39のメッセージ」です。歴史上の人物に対する著者の見解が披露されています。最近、黒鉄ヒロシさんは、歴史番組にも登場することが多く、歴史の謎をユニークな視点で推理されています。

本書には、日本に影響を与えた歴史上の人物を洒脱で粋な文章で解説されています。おまけに、著者の手による39枚のイラスト付です。共感できた箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。


・死への恐怖である「不条理感」は、言語による魔法を言語で解く行為だから、堂々巡りは明白。これにウンザリした人が発明したのが「神」や「仏」。この魔法を信長は「是非に及ばず」で霧消した

・幼い頃から、出船入船を眺め、外国の文物と情報に触れたことは、信長の固定観念を打ち崩した。外を見て、内を見直し、内から外へと視座を返せば、時代の正体が見えてくる。一元論的発想は、必ずや多元論的発想に敗れる

・「人は出自低き者を、馬鹿にするが、同時に隙も見せる」「顔面、体軀のコンプレックスは逆さに使えば武器となる」「人は利に弱い」等々、諸国を経巡って得た「世間のカラクリ」に気付いた秀吉の能力は天才的

・家康は、徳川の存続を、子孫達の血の中に込め、システムに委ねようと考える。他にないか?と考えたのが「人の一生は、重き荷を負ふて遠き路を行くが如し」より始まり、「おのれを責めて、人をせむるな。及ばざるは過ぎたるより勝れり」で止める遺訓

・未来の織田幕府に延びるライン上の一点。「本能寺の変」の起きた日は、その後のラインを消す、二度とない、千年に一度程の魔の刻。そこを、光秀は突いた。この機を逃さなかった光秀は見事なセンスの持ち主

・松永弾正の人智を超えたセンスは、「メメント・モリ」(死を想え)や実存主義を混ぜた死生観の裏付け。戦国期のクリエイター数あれど、全方位にその才を発揮した頂点に弾正は立つ。今一人が織田信長という皮肉。演出家として二人に遜色はない

・甲冑の音と軍馬の嘶く霧の中から「おのれの筋を通すのみ、さらば!」という三成の声が聞こえる。お釈迦様の「犀の角のようにあれ」という絶対一人の心境に立ち至ることができなければ三成は理解できない

・哲学と科学の人であった信玄も、士気を鼓舞する気合として「易学」を利用した。これ程に優れた信玄が、天下に遅れたのは、学問をし過ぎたのではないか。知識の獲得は予測性を高め、人を謙虚にするから

・自らを「毘沙門天」の転生と信じるなど、普通ならできない。誇大妄想が向かった「信」と「義」への進路が、謙信を美しく見せる。「思い込むこと信じ込むこと」が事を成就させる秘訣であると謙信は教えてくれる

・政宗の派手さを支えるエネルギーは、ヤンチャ、或いは茶目のココロ。その政宗のココロは、中国故事の知識、歌の才、茶のセンス、南蛮への関心等に支えられていた

美の王の立場を主張することで、利休は茶道の殉教者たらんとした。宗教の王達のように、美の王にも自己犠牲を支える強烈な意志が求められた。権力や政治の王如きが、美の王に勝てる筈もない。利休の美意識と茶の健在ぶりはそれを証明する。

・家康の価値が「権力」にあれば、真田のそれは「義」にあった。「義」は「意地」によって支えられる。経済欲や権力欲などは「義」の前には光を失う。欲は一代で蒸発するが、義は末代まで作用し続ける

・人脈づくりの天才龍馬が他者を惹きつけたのは、予測性の強さ、度量の大きさ、思考の柔軟さ、私欲のなさ、生への執着の薄さ等々。人脈づくりのコツは、自己犠牲にある

・龍馬には偏見がない。本家は質屋だから、武士の表と裏を知っている。身を滑り込ませた長崎には「価値観の穴」が空いており、そこからビジネス感覚と自由貿易を知った

・生と死に対するほとんどの人の願望比率が、生の増大と、死の極小化であるのに、西郷は違った。死の願望比率を太くして生きた。究極の「人たらし」の秘密

・「かくすれば、かくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂」松陰の生き方が教育であった。天空へ伸びる節の無い竹のような松陰の人生は、その後へと根は張り続けた

海舟のニヒリズムは、剣、蘭学、禅の三つの修行の末に行き着いた実存主義的な筋肉に支えられていた。海舟は三本を櫓に組んで、その上に精神を乗せた

・「功なり名を遂げる」が自己実現のゴールであるなら、武蔵は果たした筈なのに、自戒し嘆き、その上への欲望を獲得せんと叫ぶ。トルストイの晩年に似ている。「強いは弱い弱いは強い」と、なおも前進しようとした


テレビで見る限りは、飄々とした茶目っ気と色気を漂わせる著者ですが、その熟成した文章は達観した人間にしか書けない哲学的なものです。

歴史上の人物に重ね合わせた人間描写は、想像の範囲をはるかに超えるレベルにあるように思いました。
[ 2012/02/16 07:08 ] 偉人の本 | TB(0) | CM(0)

『田舎者ですが、なにか?』樋口裕一

田舎者ですが、なにか? (角川文庫)田舎者ですが、なにか? (角川文庫)
(2009/10/24)
樋口 裕一

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著者が定義する田舎者の中には、都会人気取りの田舎者(精神的田舎者)が含まれています。

そういう面も含めて、田舎者の気質、都会人の気質を探り、人との付き合い方に役立てようというのが、この本の主旨です。役に立った箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。


・田舎者と都会人には、5つのタイプがある。「都会人気取りの田舎者」「田舎に戻れない都会人」「都会生まれの田舎者」「混じりけなしの田舎者」「どこから見ても都会人」。ほとんどの人が、このどれかに当てはまる

・「都会人気取りの田舎者」は、都会に出てくると同時に都会人のようにふるまい、自分が田舎出身であることを隠そうとする。もし田舎臭さを誰かに指摘されたら、顔を真っ赤にしたり、怒り出したりする

・「都会人気取りの田舎者」は、おしゃれな場所で、ビジネスマンとしての最新ツールを使うのが都会エリートの図柄だと思っている。それが田舎臭いことに気づいていない

・「都会人気取りの田舎者」の行動基準は、「都会人らしく見えること」にある。都会に生まれ育ったように見え、「さすが○○さんは、洗練されていますよね」と、人に思わせることに心血を注いでいる

・「都会人気取りの田舎者」は、周囲に認められ、のし上がっていくための努力は惜しまない。しかし、努力する姿を周囲に晒すのを嫌う。努力やド根性丸出しで、周囲に認めてもらうのはカッコ悪い。それは田舎者のやることと思っている

・「都会人気取りの田舎者」は、いくら好待遇でも地方営業所では嫌だ。本社で力を発揮し、本社で認められたいと思っている

・「田舎に戻れない都会人」は、田舎を引きずり続け、都会暮らしを営んでいる。都会にしばらくいると、「田舎に戻りたい」と思い、田舎にいると、「都会がいいなあ」と思う

・「田舎に戻れない都会人」は、都会の生活にも、土との一体感を求める。家を買うなら、土地付き一戸建てだと確信している。都心から少々離れていても、一軒家を探す

・「田舎に戻れない都会人」は、どちらかというと地味な服装を好む。おしゃれな格好は田舎者の自分に似合うはずがない、自分らしい格好で生きていたいと思っている

・「都会生まれの田舎者」は、都会で生まれ育ったはずなのに、なぜか田舎臭さを持っている。洗練されたところがなく、立身出世を目指し、がむしゃらに努力しようとする。実は、都会育ちのかなりの人がこのタイプ

・「都会生まれの田舎者」は、自分が所属するところが最上と考える。そこに排他的な思考が加味されるため、自分が認めた人間だけで派閥を作ろうとする。この人たちのネガティブな関心は、「外様」に向く

・「都会生まれの田舎者」は、積極的に他人との接触を持ちたがる。それがうまくいかないとき、都会育ちなのに、物々交換の手を使う。旅行や出張先で、必ず土産物を買って帰る

・「混じりけなしの田舎者」は、内と外をはっきり分け、内の人にはベタベタと付き合おうとする。仲間だと思っている人に誘いを断られると「水臭い」と感じる。ときには、内の人間に対して親分風を吹かせたがる

・「混じりけなしの田舎者」には、「鬱陶しい親切」を押し付ける。人のテリトリーに土足で入り込んでいることに気づかない。自分の価値観が最も正しいと信じている

・「混じりけなしの田舎者」は、義理人情を重んじる。このタイプには、「君の力が必要なんだ」といった具合に、義侠心を煽るようなお願いの仕方や指示の出し方を心得ること

・「混じりけなしの田舎者」には、ユーモアがない。共同体の中にいては、視野が狭く、言葉や行動に遊びがないので、言われることを額面通りに受け止めてしまう

・「どこから見ても都会人」(正真正銘の都会人)は、他人に関心が薄い。個人主義で生きているため、できるだけ会社に縛られず過ごそうとする

・「どこから見ても都会人」は、その場で相手に合わせ、自分を変えられる力を持っている

・「どこから見ても都会人」は、そもそも田舎を知らないため、「田舎」「都会」という発想がない。そのため、田舎者のコンプレックスがわからず、無意識に人を傷つける

・「どこから見ても都会人」は、意外にも田舎に憧れる。ずっと都会に暮らしているので、きっと田舎には都会にない素晴らしいものがあると思っている


日本人の類型に、これほどいい分類方法はないと思います。ビジネスでは、この分類に従って、どう付き合っていくかを考えればいいだけです。しかし、プライベートの付き合いでは、同じタイプの人と付き合うと心が落ち着きます。

いずれにせよ、この類型をよく見極めることが、日本人との付き合い方に大切なことではないでしょうか。
[ 2012/02/15 07:02 ] 樋口裕一・本 | TB(0) | CM(0)

『消費するアジア- 新興国市場の可能性と不安』大泉啓一郎

消費するアジア - 新興国市場の可能性と不安 (中公新書)消費するアジア - 新興国市場の可能性と不安 (中公新書)
(2011/05/25)
大泉 啓一郎

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中国だけでなく、タイ、ベトナム、マレーシア、フィリピン、インドネシア、インド、バングラディシュなど、アジアには、新興国、急成長国が目白押しです。

これらの国と、どう関わっていくかが、日本の今後の進路として、極めて重要になってきます。

まずは、これらの国の実情を知らなければなりません。そのためには、この本は打ってつけだと思います。

本書の中で、アジア諸国を知る上で、参考になった箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・現在もなお、中国やタイへ進出する最大の魅力は、「安価な労働力」が活用できること。一般工員の給与は、北京、上海、バンコクでは、月2~3万円で、日本の10分の1。さらに、アジアは生産拠点という機能に加えて、消費市場の魅力も増している

・2010年も業績を伸ばした日本企業の多くは、アジアでの売上に支えられた部分が大きく、このことから「アジア頼み」という言葉が頻繁に聞かれるようになった

・日本政府も、アジアの市場を国内市場の延長線上に捉える「アジア内需」の確保を、成長戦略の一つに位置づけるようになった

・日本企業のアジア市場戦略では、アジアの富裕層向けにばかり目が向けられていた。今後は、中間所得層(ボリュームゾーン)という視点が、欠かせない。さらに、徐々にではあるが、低所得層の市場にも目が向けられてきている

・アジア新興国の「富裕層」家計人口(年間世帯可処分所得35001ドル以上)は、中国が1850万人、ASEAN5(タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ベトナム)が930万人、インドが810万人。人口比率では、まだまだ低い

中間所得層以上(5001ドル以上)の家計人口が、2008年の9.4億人から20年には、19億5000万人に倍増し、35001ドル以上の富裕層の家計人口も2億人を超える

・1人当たりGDPが1万ドルを超える「メガ都市」は「富裕層」が最も集中する地域。もちろん、メガ都市には、地方、農村から、あらゆる人を引き付ける空間でもあり、「中間所得層」や「低所得層」も同時に抱えている

・2000年以降、アジア新興国の成長が著しいものになった原因の一つは、メガ都市の国際競争力が高まったこと。アジアの持続的な繁栄の条件は、メガ都市の国際競争力の強化であり、その成果が、地方・農村にまで浸透すること

・世界の都市化率は50%。世界全体が都市主導社会へ移り変わった。都市化率は、2025年には57%、2050年には70%に達すると予測される

500万人以上の大都市は、アジアは22都市。東京、大阪、上海、北京、広州、深セン、天津、重慶、武漢、ソウル、香港、マニラ、ジャカルタ、バンコク、ホーチミン、デリー、ムンバイ、コルカタ、チェンナイ、バンガロール、ハイデラバード、アマダバード

・アジア新興国の大都市が、「過剰都市」から「メガ都市」に変化したことは、アジア地域の経済発展のメカニズムの変更をもたらした

中国脅威論は以下の点を見逃している。「1.貿易は勝ち負けがはっきりする関係ではないこと」「2.中国の消費市場の存在を見逃していること」「3.貿易は世界規模の分業体制を確立しようとしていること」

・天然資源の活用や外資企業の誘致などによって、中所得国へと成長してきた途上国が、それまでの成長路線に固執し、産業構造転換の努力を怠れば、成長率は鈍化し、先進国にたどりつくことが困難になる

・アジア全体で求められているのは、高齢社会をいかに豊かに過ごすかのノウハウ。日本は課題先進国として、アジアから注目されていることを忘れてはならない



アジアとの付き合い方は、一様に決められるものではありません。どの国と付き合うか、どの都市と付き合うか、どの所得層と付き合うか、貿易で付き合うか、その国の内需で付き合うか。

しかし、どれもが伸びているのは、アジアの魅力です。これからは、自社に合ったやり方で、アジアを深耕していくことが求められているのではないでしょうか。

それを知る上で、この本は役に立つように思いました。
[ 2012/02/14 07:00 ] 海外の本 | TB(0) | CM(0)

『言志四録(2)言志後録』佐藤一斎

言志四録(2) 言志後録 (講談社学術文庫 275)言志四録(2) 言志後録 (講談社学術文庫 275)
(1979/03/08)
佐藤 一斎

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西郷隆盛に大きな影響を与えた佐藤一斎の本を紹介するのは、「言志四録・心の名言集」に次ぎ、2冊目です。

言志後録は、佐藤一斎が57歳から約10年間に記したものです。255条から成り、主に豊かな人生を送るための心構えが説かれています。

この珠玉の言葉の数々から、「本の一部」ですが、現代語訳にした文を以下に紹介させていただきます。


・「8.過去を想起せよ」 人は誰でも、自分が経験してきた事柄を思い返してみるべき。「ある年、自分がしたことは正当であったか、どちらが出来栄えがよかったか、計画したことが穏やかであったか」と、こうして将来の戒めとするがよい

「9.心の霊光」 何を思おうか、何を考えようか、結局はわれわれの思いに邪がなくなればよいことに帰着する

「14.公務にある者の心得」 官職にある者にとって好ましい文字が四つある。それは、「公」「正」「清」「敬」の字。これを守れば過失を犯すことがない。また、好ましくない字が四つある。それは、「私」「邪」「濁」「傲」の字。これを犯したならば、禍を招く

「18.一志を立てよ」 つまらないことを考え出したり、外部のことに心を動かしたりすることは、しっかりと志が立っていないから。一つの志がしっかり確立していれば、もろもろの邪念は皆退散してしまうもの

「24.真の功名」 本当の功績名誉は道徳を実行して得られるもの。本当の得損は、義理によって得られるもの

「38.一の字と積の字」 善悪の兆しは、すべて最初の一念によるところが多く、また善悪が固まるのも、何れも初一念が積み重なった後の結果である

「48.史書を読め」 史書を読むに当たっては、人心の動き事件の変化具合の上に眼をつけるがよい

「68.大言者は小量」 世の中には好んで大きなことを言う者がいる。そんな人は必ず度量が小さい。また、好んで元気のいい言葉をいう人がいる。そんな人は必ず臆病である

「69.楽は心の本体」 人生には貴賎貧富の別がある。そして、その各々に苦楽がある。必ずしも富貴であれば楽しく、貧賤であれば苦しいわけではない

「74.聖人は学を固苦に修む」 聖人の学は、遠く遊歴し、さまざまの艱難辛苦に遭遇して、その実力を得られたものが多い

「75.陰徳の真の意味」 徳には陰も陽もない。徳は公然と行うがよい。しかるに、陰徳を好むというのは、多くはその陽報が現れるのを待っているのである

「84.学と問」 「学」をわが身に実行し、「問」は自分の心に問うて反省自修するという一番大切なことを行っている者は少ない

「97.怒りや欲を押えるは養生の道」 怒りの心が盛んになれば、気が荒々しくなり、欲望が多ければ、気が消耗する。だから、怒りや欲望を抑えるのは精神修養、身体養生になる

「111.和と介」 ゆっくりとした心持ちで、俗社会の流れに逆らわないのが「和」。自己の立場を正しく守り、俗情に落ちないのが「介」

「138.無字の書を読め」 心眼を開いて、字のない書物即ち実社会の事柄を心読して、自分の修業に資すれば、自ら心に悟ることとなる

「166.不才な君子と多才な小人」 人格の立派な君子でも、才能のない人がいる。それでも国家を鎮め守ることができる。人格の立派でない人で、才芸に勝れた人がいる。このような人は国を乱すだけ

「172.意趣あれば風雅」 学問において確りした心構えがあるならば、金銭や穀物を取扱っても、そこに高尚で雅やかさが感じられる

「210.識量と知識は別物」 知識は自分の外にあるもの。識見、度量は自己の内から発するもの

「222.財貨の運用に道あり」 財貨を運用するには、人をだまさないこと。人をだまさないということは、自分をだまさないこと


佐藤一斎の思想は、江戸時代の儒教、武士道、商人道の教えが合体した、まさに江戸の思想というべきものです。江戸の思想を体系化した言志四録は、明治維新を導いた人たちに、読み継がれていきました。

現代の日本社会にも十分に通用する考え方であり、現代を省みるのに最高のテキストではないかと思っています。
[ 2012/02/13 07:00 ] 佐藤一斎・本 | TB(0) | CM(0)

『お茶の効用―茶・茶道の開祖=栄西著「喫茶養成記」より』井出二三子

お茶の効用―茶・茶道の開祖=栄西著『喫茶養成記』より 茶は養生の仙薬なりお茶の効用―茶・茶道の開祖=栄西著『喫茶養成記』より 茶は養生の仙薬なり
(2011/06)
井出 二三子

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考えてみれば、お茶は日本最古の健康食品かもしれません。お茶それ自体で、栄養がとれるわけでも、味つけができるわけでもないのに、古くから愛用され続けています。

お茶とは一体何なのか、それを丁寧に調べ上げたのが、この書です。お茶の歴史お茶の効能などを、さまざまな文献やデータから明らかにされています。

お茶の不思議さを実感できた箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・鎌倉時代の臨済宗の僧、栄西禅師は、宋より持ち帰った茶の種子を植え、1217年に明恵上人に贈られた後、宇治に分植された。栄西禅師は、「喫茶養生記」という健康書を世に残し、日本人のお茶を飲む習慣や、茶道のきっかけもつくった

・栄西禅師が、肥前の脊振山に茶の木を植えた1168年以降、禅寺寺院を中心に抹茶が普及し始める。以来、禅林において「茶禅一味」となり、抹茶は切っても切れないつながりをもって現代に到っている

・お茶は、食生活で不足しがちなビタミンA、C、Bやミネラル類の貴重な補給源。また、解毒作用を持つタンニンが、体の中に入って毒を消し、かつ胃腸の働きをよくする。お茶に含まれるカフェインには強心作用や利尿作用があり、フッ素には虫歯予防にもなる

・心身の状態をいつもよくするには、体を弱アルカリ性に保たなければならない。お茶に含まれるカルシウム、ナトリウム、マグネシウムなどのアルカリ性のミネラルは、体内に入ると、酸性物質を中性物質に変える

・茶葉が、他の一般植物と異なるのは、コーヒーなど数種類しかないカフェインを含むこと。タンニンが多量にあること。さらに、ミネラルとしてのマンガンが多いこと

お茶の苦味は、主にカフェインによるもの。茶樹の根や種にはほとんど含まれていないが、発芽すると同時にカフェインができ始める。発芽から初めて摘む第一葉、その次の第二葉に最も多く含まれる

タンニンは、水銀、カドミウムなどの重金属や有毒植物の有毒成分であるアルカノイドなど、毒物と反応する。アルカノイドと結合すると、水に溶けにくい沈殿化合物をつくる。その結果、体内で吸収されにくくなり、体外へ排出される

・ビタミンCは古くなるほど減っていく。4年間貯蔵した緑茶や紅茶には、ほとんど含まれない。お茶を入れたときも、ビタミンCは、第一煎で80%が、第二煎では10%が出てしまう

・お茶は胃液の分泌を高める働きがある。胃潰瘍は、胃液中にあるペプシンというたんぱく質消化酵素が、自分の胃壁のたんぱく質を消化してできる。だから、潰瘍のある人が、濃いお茶を飲むと、胃液の分泌が高まり、潰瘍を悪化させる危険性がある

・抹茶は、たばこのタールに含まれている発ガン物質を不溶性の化合物にして、胃から吸収されるのを防ぐ

・静岡の三銘茶産地(川根、安倍、天竜)で、脳卒中の死亡率を調べたところ、低くなっている(全国平均の7~8割)

・疲れを早く回復させるには、少しでも早く、体内にたまった疲労物質を排泄すること。お茶をどんどん飲むと、血行がよくなり、疲労物質が腎臓から尿となって、体外へ排泄される

・ウーロン茶には、抜群の消化力と脂肪分解作用、脂肪除去作用がある。それは、ウーロン茶がアルカリ性ミネラルを豊富に含んだ、アルカリ度の高い、タンニン作用の強いお茶だから

・静岡県の中でも、お茶の生産地では、胃ガンによる死亡率が極めて低い。全国平均の半分以下。ところによっては、3分の1というところもある

・風邪のひき始めのときや、のどが痛い、イガラっぽいなどの症状が出たとき、水でうがいをするよりも緑茶でうがいをすると効果的。緑茶中のタンニンが喉の炎症を抑えると同時に、タンニンの持つ収縮作用が、炎症を起こしている喉を和らげ、スッキリさせる



お茶以外に、毎日飲み続けて(食べ続けて)も飽きない食品は少ないように思います。日本人は、お茶の効能に頼り切っているのかもしれません。

お茶は、トップ・オブ・健康食品として、今後とも、日本の食生活に欠かせないものとして、日本人の長寿に貢献していくのではないでしょうか。

[ 2012/02/11 07:05 ] 健康の本 | TB(0) | CM(0)

『「世間」の捨て方』ひろさちや

「世間」の捨て方「世間」の捨て方
(2010/01/30)
ひろ さちや

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ひろさちやさんの本は、このブログで度々とり上げてきました。もう10冊近くになっていると思います。

ひろさちやさんは、一貫して、日本の社会、日本の会社のおかしさを指摘し、それにどう向き合うかを、本来の仏教の考え方を使って、説明されてきました。本書でも、世間を捨てたほうが、悩まなくてすむと言われています。

心の中のモヤモヤを消し去ってくれる箇所が数多くあります。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。


・「自己中心」の反対は「世間中心」。普段、私たちは「世間中心」で生きている。無意識のうちに世間を気にしている。世間に気兼ねしている

・企業の「期待」に応えるためには、場合場合に応じて、自分を変えなければならない。自分を相手に合わさなければならない。疲れてしまい、人間失格になってしまう

・明日のことすらわからないのに、偉そうに予測や予言する人間は阿呆以外の何者でもない。そんな予測や予言の数字が出てきたら、馬鹿にしてかかることが大切

・国が滅びようがどうしようが、庶民にとっては、日々の生活がすべてであって、支配者が困ろうが嘆こうが、それは別の世界の出来事

・政治家は「パブリック・サーバント」、つまり公僕。分かりやすく言えば、国民の奴隷。仕事をしない奴隷にただメシを食わせてやることはない

・間違っても、いい世の中にしようとは思わないこと。「世のため、人のため、金のため」とか言って、好きでもない仕事をしてはいけない

・金持ちというのは、本質的に軽蔑すべき存在。間違っても、金持ちを尊敬したりしないこと

・「学道の人はすべからく貧なるべし。なまじ財多くなれば、必ずその志失う」(道元)。高い志を持っていても、下手に金を持っていると成就しない。はるか昔から宗教者たちはみな、金銭欲がもたらす害毒を説いていた

・貧しければ貧しいなりの楽しみは必ずある。今からそれを探していれば、たとえ日本が滅びようが、何の心の乱れもなく、毎日を過ごしていくことができる

・大事なのは「今したくない仕事はしない」という意識。逆にダメなのは、「将来役に立ちそうだから、この仕事をする」とか、「老後を楽しむために仕事をする」など余計なことを考えて仕事をすること。そんな下らない目的意識を持つから、楽しく生きられない

・禅宗では「即今」「当処」「自己」という三つの要素を重要視する。それぞれ、「今」「ここ」「自分自身」という意味を持つ。この三つを組み合わせて、「いまここでわたしが生きている」ことがすべてだとするのが、禅の教えの核心

・私たちは、往々にして、「今」ではなく過去や将来を、「ここ」ではなくほかの場所のことを、「わたし」ではない架空(理想)の自分の姿を、あれこれと思い描いてしまう。これが間違いの元

・「人間関係は大事」なんて絶対に思わないこと。「嫌なやつとも、うまく付き合っていかなくちゃ」という心が、出世間の妨げとなる

・家を豊かにして、強固な砦を築かなくてはならない。家こそが、私たちを守る砦。それを築けるかどうかが、日本が滅びても心豊かに生きられるかのカギを握っている

・大家族の砦がしっかりしていれば、保険も貯金も年金も必要ない。兄弟同士、親戚同士で、生活上の様々な面で助け合う心があれば、一人や二人失業しても心配ない

・「世間を捨てて生きる」とは、山奥で仙人のような生活をすることではない。都会でも、世間を捨てて生活することができる。それは、ありのままの自分を生きるということ。世のため、人のためなんて間違っても思わずに、あるがままを受け入れて生活すること

・病気になったら、病人なりの人生の楽しみ方がある。マラソンや世界旅行はできなくても、近所を散歩して写真を撮ったり、読書や音楽鑑賞をしたりなら生きていける。病人なりに生きていけばいい

・大事なのは、世間なんかうっちゃって、進歩にも向上にも背を向け、今を楽しく生きること。明日できることは今日せずに。他人ができることは自分がせずに。それでいい


一生懸命に頑張る自分と怠ける自分の両方を持つことによって、人間はバランスよく生きていくことができます。

バランスよく生きれば、ストレスもなくなります。とにかく、一方に傾きすぎるのがよくありません。

本書は、会社のために、長時間、気を張り詰めて、働かれている方にこそ、読んでほしい書です。
[ 2012/02/10 07:05 ] ひろさちや・本 | TB(0) | CM(0)

『ユダヤ賢母の教え』ジル・ザリン、リサ・ウェクスラー

ユダヤ賢母の教え (East Press Business)ユダヤ賢母の教え (East Press Business)
(2011/02/25)
ジル ザリン、リサ ウェクスラー 他

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ユダヤ人の本は、今までに9冊ほど紹介してきました。今回は視点を変えて、ユダヤ人の母が、子に何を教えているかについての書です。翻訳は、「女性の品格」が大ベストセラーになった坂東眞理子さんです。

本書を読めば、お金、生き方、教育等々、母から子へ伝わっているユダヤ人の成功の秘訣を知ることができます。

参考になった箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・「毎日、今日があなたの最後の日だと思いなさい。毎日、今日があなたの最初の日だと思いなさい」

・ユダヤ人の母親は複数のもの同士を結びつけるのが得意。最も重要なことの一つは、生まれつきの才能とそれを開花させる仕事を結びつけること

正当な支払いを要求するのは誰にとっても難しく、特に女性には骨の折れる仕事。でも、下品なことではない。ビジネスにおいて、お金はあなたが敬意を払われているかどうかを測る究極の指針である

・指導者が教えるべきこと、それは「隠れたカリキュラム」。これは、疑うことを知らない人の足元をすくうために作られた暗黙のルールを意味する。こうしたルールは、痛い目に合わない限り気づくことができない

・目指す職種のトップの人々が集まり、学ぶような集会には、お金と時間を使ってでも、出席すること。さまよえる魂のごとく会場を歩き回り、挨拶するだけでいい

・大切なのは、目的でなく、その過程。夢を実現させる過程を楽しむこと

・内容は関係ない。世の中に貢献すれば、必ず収入が得られる。苦しいときには、選り好みせずに仕事を見つけて、できるだけお金を稼ぐべき

・お金は選択の自由を手にする手段であり、その選択というのは、単に物質的な品物のことではなく、健康管理や教育、娯楽など、人生全般に関するもの

・世間で必要なものを揃えられる程度にはお金と向き合う必要があるが、あなたの価値を落とすほど強欲になってはいけない。お金のために愛や友情、信用を壊してはいけない

・ユダヤ人を称するのに、最もふさわしいのは「あらゆるものを読む民」。ハードカバー、ペーパーバック、新聞、雑誌、インターネットのサイトなど、とにかく読むことが大好き。いつでも何かを読んでいる

・ユダヤ人の教育への姿勢は、情報をただ鵜呑みにするのではなく疑問を持とうというもの。宗教色の強い学校においてさえ、疑問を持てと教えられる

・ユダヤ人の母親は、「情報を吸収するには本が一番」ということをわが子に知らさなければと強く思っている

・あなたが何かを成し得た喜びに浸っているとき、それを誇りに思ってくれる友人が最前列の友だち。言い換えれば、あなたの幸運を心から喜んでくれる人が本当の友だち

・ユダヤ人の母親にとって、人生が成功したかどうかは、その人が築き上げてきた人間関係の質で決まる。みんなから好かれる必要はないが、ある人と特別な絆を見つけたら、その絆を認識し、育み、維持しなければならない

・彼がいい父親になれそうかどうか、恋愛時代に常に観察しておくこと。いい父親になりそうな人は、生活力があることと、我慢強いこと

・「すばらしい結婚は、“盲目の妻”と“耳の不自由な夫”の間で生まれる」

親を尊敬できない子供は、先生、上司、指導者など、目上の人すべてを尊敬しなくなる

・仕事は一生できるが、わが子と一緒にいられるのは、18年ほど

親としての役割は、自分が学んだ教訓を子供に伝えることであり、あまり見返りを期待してはいけない



お金は大事、でも、信用はもっと大事。本をよく読むこと。疑問を持つこと。才能を開花させる過程を楽しむこと。本当の友達を持つこと。結婚相手を慎重に選ぶこと。人生で学んだことを子に伝えること。

これらを、母親たちがしっかり子に伝えてきたことが、ユダヤ人の礎になっていることがわかりました。教えを伝えることの大切さを感じさせてくれる一冊です。
[ 2012/02/09 07:09 ] ユダヤ本 | TB(0) | CM(0)

『悪の知性』ジャン・ボードリヤール

悪の知性悪の知性
(2008/03)
ジャン ボードリヤール

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著者は、パリ大学の教授で、フランスの現代思想家です。現代社会の分析と未来社会の予測において、有名な方です。

本書は、現実の社会に起こっている問題点とそこに潜む問題点を多面的に分析し、哲学的に論じたものです。

著者の思想に共鳴できる箇所が多々ありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・人々が現実を信じられなくなっているのは、現実の過剰のせいである。飽和状態に達した生活、可能性の過剰、欲求と欲望の現実化の過剰

・幻想、夢、情熱、狂気、ドラッグ、さらに詐術やシミュラークル、こうしたものが現実性にとっての捕食者だった。だがこれらすべては、あたかも陰険な不治の病に冒されたように活力を失ってしまった

・ヴァーチャル性、これこそは究極的な現実性の捕食者かつ破壊者。ウイルス性の自己破壊的要因として、現実性自体から滲み出てきたもの。現実性は仮想現実の餌食となった

・未来の人間は、自らのモデルにはじめから飲みこまれているだろうから、自分自身の他者性に出会う危険すらない

・定式化すること、立証すること、対象化すること、証明すること。「客観性」とは、世界から秘密の共謀や幻想をすべて排除することで、世界とわれわれを対面化させるこの現実化のことである

・不確実性の仮説に対して現れるのは、「真理と現実性の幻想」。運命の仮説に対して現れるのは、「自由の幻想」。出来事の仮説に対して現れるのは、「情報の幻想」

・人類のあらゆる隠喩は、それが現実となることで終わりを告げる。科学の真の目的は、隠喩の現実性を確認すること

・善と悪の観念的対立は、イデオロギー的には、幸福と不幸の対立に還元されてしまった。とはいえ、善・悪と幸・不幸は左右対称的なものではない。この種の還元は、人間は善であり、悪と不幸は偶発的な状況にすぎないという見解を露呈するもの

・政治は悪の実践、管理の場である。悪は個々人の魂と集合的形式のうちに、特権、悪徳、汚職とあらゆる形をとって拡がっている。その呪われた部分を引き受けるのが権力の宿命

・政治の存在自体にとって大きな危険は、人々が権力をとるために競い合うことではなく、権力を欲しないこと

・人々は政治家が自分の無用さ、不誠実、腐敗を告白することを常に期待している。われわれは彼の演説や日頃の行いについて、最終的にその欺瞞が暴かれることを常に待ち構えている

・権力にとっては、被支配者を腐敗させ、いかなるものであれ、自発的隷属に導くことが重要。これが「腐敗の二面性」である

・われわれは。もはや経済成長のシステムの中におらず、過成長(余分な突出)と、飽和のシステムの中にいる。それは結局余分にありすぎるという事実に帰着する。成長がいたるところで過剰な場合、システムは過剰によって分離する

・加速のエネルギーは、この加速から生じる慣性を埋め合わせるために消尽する。情報の歪んだ影響を取り繕う用途に充てられた情報の剰余は、その影響を強めるだけ

証拠の積み重ねほど、説得的でないものはない。事実の積み重ねほど、非現実的なものはない。真実や真実の記号を積み重ねると、不確実さの抗しがたい影響が生じる

文化の過剰は、けっして文化への欲求を消滅させない。セックスの過剰は、けっして欲望を消滅させない。コミュニケーション、情報、民主主義、人権についても同様

・いかなるものも過剰、生産過剰によって生ずる突然のデフレーションの法則を逃れない。とりわけ欲望はそうだ。それは、市場法則と同じ法則であり、同じ暴落が、性であれ、文化であれ、経済であれ、あらゆる形の過剰成長を待ちかまえている



本書は、「足るを知る」ことが、物質的な側面だけでないことを、示しています。

情報も足るを知る、文化も足るを知る。すべてが余剰になっていることを認識しなければ、人が人でなくなっていくことを警告しているように思われます。

このまま、すべてが過剰になっていけば、著者が示しているとおり、経済だけがデフレに苦しむのではなく、社会全般がデフレ的現象に苦しむようになっていくのかもしれません。
[ 2012/02/08 07:04 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『プロ相場師の思考術』高田智也

プロ相場師の思考術 (PHP新書)プロ相場師の思考術 (PHP新書)
(2007/08/11)
高田 智也

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私は、投資家とかトレーダーとか名乗る人をあまり信用していません。たまたま相場環境が、その人のやり方にマッチしただけで、時が経つと、墓穴を掘るのが落ちだと思っています。

この本も、うさんくさい書ではないかと、疑いの目で、読み始めましたが、読むにつれ、著者を信じられるようになっていきました。そういう意味で、貴重な書です。

相場に対する心構えを学ぶだけでも、価値があると思います。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。


・相場師の最低限の資格は、相場にあてられる「お金がある」こと。「余剰資金」「なくなってもかまわないお金」のことで、借金などもってのほか

・頭の良し悪し、学校での学力は関係ない。ただし「アホがええ」とは言えない。アホよりも、一つに打ち込むことができる「何とかバカ」という人が相場に向いている

・相場を教えるとき、「やる気」「センス」「お金」という条件以外に、一番気になるのが「ゲーム、勝負好きか」ということ。相場師には、将棋、囲碁、麻雀が好きな者が多い

・ボードゲームが得意な人は、ルールを覚えた後の強くなる過程が、相場とよく似ているから有利。勝負に勝つことをゲームから習得した人とそうでない人の、その差は歴然

相場に向いていない人の筆頭は、「霊、占いを本気で信じている人」。理由は簡単。「祈る」という行動が頭に染みついているから

・相場師として成功した人たちの共通項は、「根気のある人」。根気のない人に強い人はいない。それを「執念」とも、相場に対する「執着心」とも言い換えることができる

・人と、相場の情報交換をしたほうが有利だと思っている人がいるが、このように考えている人で、強い人を見たことはない

・素人(相場で勝てない人)の話は、ノイズ以外の何ものでもない

・相場で強い人ほど、投資対象のルール、基礎を理解するのが早い。「本を読む早さ」「ルールを覚える早さ」「投資対象を理解する早さ」がある人は、相場の世界に向いている

・「強い人ほど負け方を知っている」。勝ったときのことをイメージするよりも、負けたときのことを理解しておく必要がある

・ファンドマネージャーが、あなたより勝っている点は次の三つ。「ポジションやリスクを管理する機能を備えている」「執行スピードが速い」「資金が多い」。たったこれだけ。だから、彼らが職をやめてしまうと、途端に普通の人に戻ってしまう

・相場に強くない人間ほど、次から次へと情報を欲しがる。相場に強い人ほど、必要とする情報は少なくなる

・相場の勝ち負けの外にいる人(相場の現場を知らず、リスクを取らない人)が、この世界を語ることが実に多い

・テクニックや戦略は、相場で勝つ要素の20%でしかないのに、残りの80%について教えた本がない。残りの80%の壁(相場の基礎)を乗り越えるのは厳しい

・相場と囲碁・将棋の一番の違いは、「金を賭ける」こと。だから、相場はうまくなってから参加するべきであって、学習しながらやるものではない

・相場をやるにあたって必要な力は「斜めに見る力(皮肉な見方)」。これに大局観といろんな角度から見る力を持っていれば、有利になる

・「人の相場は自分とは関係ない、最初から聞かない」というスタンスが勝つ要因になる

・相場は上手になるにしたがって、「敵は自分の中にいる」ことがわかってくる

・相場に勝ったとき、プロもアマもない。プロかアマかは、負けたとき、その差が出る

・相場で勝てない人は、「同じ過ちを繰り返す」。きつい言い方をすれば、学習能力がない

・「損切りがきれいにできるか、できないか」は、「この世界で生きられるか、生きられないか」と同義語

・相場に強い人間は、世間から姿を消す。本当に勝てる人間は、表に出ようとしない


プロとは、独自の勝つ法則を持っている人です。それをマネしようとしても、環境、立場、性質、感覚がそれぞれ違うので、マネできるものではありません。

したがって、その技術的なことは参考意見に留めておき、その発想、考え方、哲学を真剣に学ぶことが大事です。技術は後からついてくるものです。

この本には、相場師の基礎、土台が書かれています。これをありがたいと思うか、何の役にも立たないと考えるかが、将来、差となって表れるのではないでしょうか。
[ 2012/02/07 07:06 ] 投資の本 | TB(0) | CM(0)

『強い者は生き残れない・環境から考える新しい進化論』吉村仁

新潮選書強い者は生き残れない環境から考える新しい進化論新潮選書強い者は生き残れない環境から考える新しい進化論
(2009/11/25)
吉村 仁

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著者は、数理生態学を研究する大学教授です。環境変動から考える進化論で、海外から注目を集めています。

本書は、生物(人間)が環境変動を克服して、どのように安定を手に入れてきたのかを解明する内容です。

人間社会の今後を示唆する理論には、共感できる箇所が多々ありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。


・ほとんどの研究が、環境は一定であるという大前提で、行われている。しかし、環境の変化や変動は進化を考える上で、最も重要な要因

・環境の急変を乗り越えたわずかな種は、環境変化が落ち着いた直後の新しい安定期に入ると、多くの生物が絶滅して空いたニッチ(生態学的地位)を自由に占有できるため、大増殖する。この過程で多くの種分化が起こる。進化生物学でいう「適応放散」である

・環境の変動を受けやすい生物は個体数が激減する。それを補うためには、環境条件のいい年に、より多くの子孫を残せるよう適応度を目一杯上げる多産型にならざるを得ない

・植物には、種子分散(動物分散、風散布)以外に、リスク分散する方法がある。それが、埋土種子集団。埋土種子には、冬の回避だけでなく、次の年に発芽しないで、2年目、3年目と遅れて発芽するもの、十数年休眠してしまうものがある

・成虫になるまで長い年月がかかるセミの幼虫は、他の年数周期の個体群と滅多に出会わないように、素数年(最小公倍数が大きい)に発生周期がある。発生周期が頻繁にぶつかれば、交雑が進み、個体数が減ってしまう

・環境変動の影響を大きく受ける生物は、卵を小さくして、たくさん産まなければ生き残れない

・重要なのは、「一定の環境の下で最適かどうか」ではなく、「変動する環境で存続できるかどうか」である

・植物や定着性の動物など移動できない生物の最も単純なリスク回避の方法は、悪い時期を眠って過ごすこと

・環境変動の影響を感じないようにするため、恒温動物の体温の一定性や、植物の気孔開閉による水分コントロールなど、生物は自分の身体を一定の状態に保つ術を知っている

・環境からの独立には、周囲の環境を自分に合ったように改変していく方法が有効。「巣」は、周囲を作り変えることにより、環境を自発的に変えていく糸口。巣は、自分が最も長時間いる場所であり、動物はその改変を様々な方法で行っている

・農業や漁業だけでなく、人類は巨大な巣とも言える都市も形成した。都市は「家」という環境から独立した住居の集合体が巨大化したもの。その他、自動車、鉄道、船、飛行機といった移動交通機関も発明発達させていった

・文明が進化すれば、生産性が高くなる。すると、利益を分散して協力し合うほうが、社会全体が存続する上で有利となる。権力者は利益を独占すると、一般民衆から反感を買い、終いには、資産や権利を剥奪されて、その地位を継続できなくなる

・社会の生産性が上がるにつれ、一夫多妻制は崩壊し、一夫一婦性が定着した。この制度の方が、社会全体の不満が少なく、協力が得られやすくなる

・人間の社会では、一夫一婦制と同様に、一人勝ちを避ける制度として、民主主義が発展してきた。協力というのは、個々が本当の意味で、対等な関係でないと成立しない。世襲君主制では、統治者が利益追求に走るため、生産性が落ち、国が弱体化してしまう

・近年の北欧は、民主主義から社会民主主義へ移行。オーストラリアやニュージーランドも北欧と似た歩み。こうした国々では、社会保障が厚く、格差社会を生む困窮階層がない。協力体制の進化という点で重要で、人類のあるべき方向の可能性を示している

・文明に栄枯盛衰が起こるのは、利益の個人占有が発達するから

・水産資源を維持して漁獲できる量は、全資源量の2~5%。植物の光合成効率は太陽エネルギーの3%。資源から持続的に得られる利益は、自由経済で得られる利益率に比べて低い。投機は、産業活動の上前を撥ね、過搾取となるので、長期的に破綻する


本書には、人類が進む方向性が示唆されています。大きな意味では、人類の未来予測本です。

生物としての環境適応のヒントがいっぱい掲載されていますので、ビジネスでの戦略を考える上で、また、正しい判断をするために、役に立つのではないでしょうか。
[ 2012/02/06 07:06 ] 環境の本 | TB(0) | CM(0)

『年をとる楽しさ』曽野綾子

年をとる楽しさ年をとる楽しさ
(2011/06/09)
曾野 綾子

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曽野綾子さんの老いに関する本を紹介するのは、「完本戒老録」に次ぎ、2冊目です。他の本も合わせれば、これで4冊目になります。

曽野綾子さんの言葉には、キリスト教精神がバックボーンにあるので、強く、逞しく、生きる力や気力を漲らせてくれます。

この本の中にも、老いてなお、生きる力を湧かせてくれる一文が多々ありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・老いてなお、子供が独立していなかったり、金銭の苦労があったりする人は、淋しさという苦しみを免除されている。淋しさは、恵まれた老人に課された、独特の税金だと言っていい

・人間は年を取ると次第に温厚になる。たとえ、温厚にならなくてもいい加減になることはできる。なぜ、いい加減になれるかといえば、他人と自分の能力の限界が自然に見えてくるから

・老年にユーモラスでいられたら、最高にすばらしい。ユーモアというものは、客観性と、創造力と、寛容の精神なくしては、見られないもの

・老年に残っている仕事で重要なことは一つ。それは、内的な自己の完成だけ

・老年にとって「目立たないこと」は、明らかに美徳と言っていい。性格のいい人と健康な人は、すぐに目立たないが、後からじんわりと目立ってくる

・実際に、老人の間で、常に問題になるのは、自分の持っている金をどのようなテンポで使っていったらいいか、ということである。倹約して暮らし、ついに自分の貯えた金の恩恵を全く被らずに、何もしてくれなかった甥や姪に残して死んでいく老人は滑稽である

・愚痴ばかり言う老人の傍には、人間が集まらなくなる。愚痴は、日かげの感じを与える。何にでも面白がっている老人には陽の匂いがするのと正反対である

・老人こそいつ死んでもいいのだから冒険していいのだ

・幸福である間はだめである。幸福である限り、人間は思い上がり、自信を持ち続け、そのような幸福や自信がいつ崩れるかと思ってはらはらしている

・いいこと、おもしろいこと、凄いことをやる人は、皆心のどこかに確実に死の観念を持っている

・他人にいいと思ってもらうのを生きる目的にしている以上、その人は生きていない

・善意ほど恐ろしいものはない。悪意は拒否できるが、善意は拒否する理由がないから

・私たちは、相手の心を完全に救ったり、相手に間違いのない情報を与えたりできると思う方が、思い上がっている

・金銭的な利益を相手に与えることで、「人脈を作っておこう」と考える人がいる。金を出すことで作れるのは「金脈」だけである。皮肉なことに、人脈は、それを仕事に使おうとしたら、ただちに消えてなくなる

・人間は長い間人生を見てくると、次第に世間の評判はどうでもよくなる。所詮、世間も他人も、真実を知るものではないと知るからである

・もし生き甲斐という言葉があるとするなら、死に甲斐という概念もあるし、この二つはまさに全く同じものであることに驚かされる



曽野綾子さんは、自分に強くあれ、人は人、他人は他人。要するに自立の精神がなければ、年をとる楽しさを得ることができないと言われているように思います。

大人になれば、ほとんどの人が、生活を自立させていますが、精神的に自立している人は、少ないのではないでしょうか。

この本は、精神的自立こそ、老いをさわやかに過ごすコツであることを教えてくれる書です。
[ 2012/02/04 07:08 ] 曽野綾子・本 | TB(0) | CM(0)

『お江戸の結婚』菊地ひと美

お江戸の結婚お江戸の結婚
(2011/06)
菊地 ひと美

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江戸時代の結婚について、武家、商家、農家、町人ごとに、深く調べた書です。

それだけでなく、女性の一生を通しての出来事(出会い、見合い制度、恋愛、適齢期、婚礼、嫁入り道具、持参金、性生活、出産、育児、家事、仕事、介護、遊興、不倫、離婚など)について、江戸時代の風習や制度も調べられています。

タイトルは「お江戸の結婚」ですが、内容的には、「江戸時代の女性とお金」が適切なのかもしれません。興味深かった箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。


・武家にとって、子がないことは、上層から下層へ落ちることを意味した。このため、能力のある養子を迎え入れる策が盛んにとられた。養子が優秀であれば出世もした。武家、富商、大農家は「家を継ぐ、継承して次代へ繋ぐ」ということが男子最大の役割

・現代では、つい結婚と性生活は一緒にとらえてしまうが、江戸時代は別。「結婚」という儀礼を行わなかった男子(武家、商人、職人を問わず)が多かった。結婚しなくて普通。その受け皿として、遊廓や私娼、妾などがこれまた多くいた

・上流階級や富裕な商人が妾を置くことは早くから行われていた。二月縛りで金五両から金二両(月25万円~10万円)くらいであった

・江戸後期になると、下級武士や小商人までもが妾を囲うようになり、「安囲い」(数人の男がお金を出しあって、一人の女を共通の妾とする)が流行った。女は一人で五人くらいの男を持っており、それぞれが日を決めて出向くというもの

・商家が守るべきものは「店」の繁栄と永続。江戸の店の当主には、実子を廃嫡してでも、実子を外に出してでも、経営能力の高い男子を娘の婿養子として迎えることが多かった

・嫁入り時の「持参金」と「道具」の二つは妻名義であり、妻の財産。商家の夫の店が潰れて全財産を押収される場合でも、妻の衣装類やお道具類には手をつけられなかった

持参金の使い道は、裕福な町人層にあっては、女中付合(夫人同士の付合)、芝居通い、遊楽(十種香、歌かるた、琴、三味線、お絵かき、花結び)などの遊興費に使われた

・夫が一方的に離婚したいと思っても、ふつう持参金は使ってしまっているのが常。離婚は妻方に返せる持参金があればの話。高額な持参金は離婚予防の重要な役目を担っていた

・当時の娘の適齢期は16~18歳だが、この先十年か二十年分くらいの、あるいは一生分の衣装をあつらえて持参した

・農村には「若者組」(男が15歳頃になると加入)と「娘組」(女が12、3歳になると加入)があった。また、「寝宿」があって、結婚前の青年男女が寝起きした。男女の寝宿同士の交流は活発で、ここで恋愛し、結婚にいたる場合がよくあった

仲人への礼金は「十分一」と言われるほど高額であり、仲人業が商売として成り立った。普通は五十両や百両の持参金に対して、五両(50万円)や十両(100万円)が多かった

妻の呼び方は、将軍の妻(御台所)、大名家(御内室、奥方)、旗本(奥様)、御家人(御新造)、上層の町人(御新造、お内儀)、町方(女房)、庶民(おかみさん、かかあ、おっかあ)

・出産は、江戸時代には座った体勢で産む「座産」が主で、横たわってお産をすると、妊婦の血が下がって死ぬと信じられていた

・姦通した町人や私通を隠したい奉公人、困窮した小禄武家、奥女中など、都市では堕胎が多くあった。江戸中期には、「中条流」を名乗る堕胎専門の医師も現れた。農村では、母体にリスクの少ない間引きが多かった

・江戸初期、幕府の制定では、密通は死罪であったが、後に、穏便にお金ですませるようになった。密夫、間男は、女の夫に慰謝料を「首代」として支払った。その相場は七両二分(約75万円)であった

江戸の離婚率は高かった。届け出が法制化された明治12年の統計でも、離婚した夫婦は結婚した男女の二分の一を超えている

・二男、三男坊は部屋住・厄介・冷や飯食いなどと呼ばれ、実家から冷遇されていた。大名でも部屋住の収入は二百俵(年収約200万円)。養子先が見込めない者は、鬱屈した人生を送っていた


江戸時代の結婚に関する社会のルール、システムが合理的なので、驚きました。現代にも、そのルールが適用できそうなことが多々あるようにも思います。

江戸時代も、新田開発が終わった時代(1750年以降)、つまり、人口が減少した時代は、長男以外の男性が、結構虐げられています。草食系であったかどうかはわかりませんが、現代の男性に通じることが多々あります。

本書を読めば、人口減少下の現代において、江戸後期の社会システムに学ぶべきことが多いことに気づかされるのではないでしょうか。
[ 2012/02/03 07:02 ] 江戸の本 | TB(0) | CM(0)

『ブータン仏教から見た日本仏教』今枝由郎

ブータン仏教から見た日本仏教    NHKブックスブータン仏教から見た日本仏教 NHKブックス
(2005/06/30)
今枝 由郎

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昨年、ブータン国王夫妻が来日し、日本人に大きな感銘を与えました。しかし、それは国王夫妻に魅了されたからであって、ブータンという国を理解してのことではなかったように思います。

この本では、仏教を通して、日本とブータンを比較していこうとするものです。その中から、日本の仏教、社会の矛盾点が数多く見出されます。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・日本では在家仏教が主流であり、僧侶も妻帯するのが一般的であるが、出家主義の立場から見れば、それは戒律が欠けた仏教としか映らない

・仏教の初期段階では、葬儀は僧侶の関与するものではなく、在家の一般信者が取り扱うもの。日本では、「葬式仏教」と呼び慣わされて久しいが、僧侶の役割と言えば、まず葬式となっている

・ブータン仏教でも、故人のためにできるだけ追善はする。しかし、回忌法要があるのは、日本だけ。仏教の輪廻思想からすれば、死後最長四十九日間で次の生まれ変わりが決まるわけで、数年後に改めて追加の追善法要を営む根拠はない

・日本仏教特有の回忌法要は、中国の儒教的先祖崇拝が背景にあり、それが仏教儀式として定着し、日本人に欠かせないものとしてなっているが、これは仏教本来のものではない

・仏教圏広しと言えども、仏教としての墓があるのは日本だけ。先祖崇拝と関連した日本的な背景があるにせよ、墓は本来の仏教に存在しない異質なもの

・日本の形骸化した仏教では「お経」は意味がわからないものであり、儀礼的に読まれる響きをありがたく耳にするだけというのが常識化している。読経する僧侶にお経の意味を質すという信者はいない

・仏教が日本に移入されてすでに1400年ほどになるのに、日本の多くの仏教家は、それを日本語を用いて、表現することに努力しなかった。仏教の思想を理解し、それを平易な言葉で表現することは、今後仏教徒にとって最も必要なことである

・出家僧侶の集団、すなわち僧伽が存在しないのは、仏教の「三宝」の一つ「僧宝」が欠けることであり、致命的と言わざるを得ない

・日本では、僧侶という身分が、一種の世襲制の特権階級になっている。その結果、一般日本人からすれば、身内とか親戚に僧侶がいることはあまりない。ブータンのように僧侶という生き方が自由選択であり、世襲制でない社会では、身内に僧侶がいることが日常的

・三帰依に伴って、仏教徒として守らなければならない戒律が「五戒」。「生き物を殺さない」「盗みを働かない」「嘘をつかない」「酒を飲まない」「性に関して乱れない」の五つ。ブータン人は、「五戒」を日常生活で、最低一つでも守ろうという態度がある

・戒律不在の日本仏教で、戒名だけは健在。戒名とは、本来「三帰依」をし、戒を受けると同時に与えられる名前。戒名は元来生きている間に授かるものであるが、日本ではいつの間にか死者に授けられるものになった

・前ブータン国王が提唱したGNH「国民総幸福」は、仏教的人生観に裏打ちされたもの。仏教をはじめとする哲学的考察と、政治、経済が統合されて、総合的に考慮されるべきもの

・今は、「生産能力の過剰に苦しむ余剰経済」に入っている。国の富の増加が、国民の幸福度にほとんど影響がなく、むしろその低下をもたらしている。国内総生産と幸福との間に相関関係がないとすれば、国内総生産を増大させる政策が、その基盤から問題になる

・日本仏教の「奇形」を修正しようという動きがない。むしろ、その「奇形」の上に開き直っているとしか思えない。このままでは、奇形度は増し、遅かれ早かれ、衰えるのは自然の流れ

・仏教は、2500年余にわたって、人間存在の「苦の構造」を直視し、それを超越する道を見出してきた、人類最大の叡智の集大成。日本人は、経済一辺倒の思考を再検討する必要がある。そのとき、ブータンの例のように、仏教が豊かな発想の源になるのは確実である

修行の宗教である仏教にとって、修行の証が最終的なものである。その証は顔に現れる。話を聞く必要などない。顔を見ていればいい。顔を見ればわかる



国民総幸福の概念は、本来の仏教が機能していてこそのものです。日本の歪んだ仏教が存在し、それが肯定されている間は、それを真似ても、一過性のものに終わるように思います。

日本仏教がグローバルの洗礼を受けなければ、日本国民の幸福度はアップしていかないと感じさせてくれた書でした。
[ 2012/02/02 07:05 ] 神仏の本 | TB(0) | CM(0)

『会議質』おちまさと

会議質会議質
(2007/11/16)
おちまさと

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この本で述べられているのは、主に企画会議についてです。その企画会議を、質の高いものにするには、一体どうすればよいのか、気になるところです。

この本の著者は、テレビ番組の企画、構成、演出を手がけられている方です。企画会議の修羅場を数多く踏んでこられてもいます。

企画会議の進め方はどうすればいいのか、アイデアが豊富に出る会議をどう運営すればいいのかを、体験談から論じられた書です。

本書の中で、参考になった箇所が、数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・今は、空気が読める人間が一番偉い。空気が読める人が、みんなから好かれるし、お金も稼げる。だから、会議質が空気で決まるというのも当然のこと

・会議とは企画を生み出す場所。ということは、会議とは、予言をする場所とも言える。となると、会議において、何事も断定することはできない。そこが、会議の難しさ

・会議の出席者のキャラクターがバラバラであればあるほど、会議質は高くなる

・得意分野が同じ人が何人も集まってしまうと、効率が悪くなり、会議質は落ちる。キャラがかぶらないように、考えて選ぶのが、キャスティングの基本

・どんなに堅い企業の会議でも、笑いは大切。笑いは会議を救う。だから、笑いのセンスがある人は、会議の立ち回りもうまい

・会議とはサッカーのようなもの。誰にでも必ず1回は、シュートのチャンスが巡ってくる。ひと言を言うチャンスが回ってきたとき、そのチャンスを生かせるかどうかが腕の見せ所

・誰かがしゃべったことに対して、賛成意見であれ、反対意見であれ、それを倍にして返さないとしゃべってはいけない。そして、もう一つは、黙っていてはいけないということ

・緊張はしないけれど、緊張感はある。そんな感じがベスト。話は、ある程度流れだけ決めておいて、あとはアドリブでしゃべればいい

・話をする側は、ニュアンスをいかに伝えられるか。話を聞く側は、そのニュアンスをいかに汲み取れるか。つまり、ニュアンスをみんなでどれだけ共有できるかが、会議をつくっていく上で、実はすごく大切

・会議が始まる直前、まだみんなが雑談している、ざわざわした時間にしゃべってしまうのも、一つの手。その空気の中だったら、緊張などしない

・第一印象よりも前の段階、言わばゼロの段階で、自分はどう振るまうのか、自分をどう印象付けるのか「第ゼロ印象」を考えなくてはいけない

・話をもったいぶられると、誰だってその続きを聞きたくなる。自分の意見をより強く印象づけるためのテクニックとして、言いかけてやめるという方法もある

・自分プロデュース術として、鈍感であるという姿勢を取り続けているとうまくいく

・出席者全員が、同じメモを見ながら、会議ができるということも、板書の大きな利点。また、板書によって、逐一みんなの反応がわかる

・実際に会議に臨む際、1時間の会議だったら、前半の10分は、主要な3人だけで話をする。10分間、みんなを待たせている間から会議は始まっている

・一度、思い切って、お金のことを忘れてみるのもいい。面白さの面でベストの企画を作っておいて、そこで初めて、予算と照らし合わせてみる。企画のすそ野を広げるだけ広げておいて、後から縮めていくと、会議質が高まる

・会議の生産性は2割くらいなもの。早い段階で核心の話題が出てきたほうが、会議質が高くなる。質×時間=会議とするならば、会議質を上げれば上げるほど、時間は短くなる



それぞれの専門家が、違った角度で、あるテーマを論ずることができれば、質の高い会議ができて、会議が面白くなると思います。

会議を有益にするのも、無益にするのも、会議運営者の腕にかかっています。より有益な会議を、楽しく、面白くするノウハウが、この本には詰まっているように感じました。

会議運営の責任者や司会を任された経験がある人が、この本を読むと、得るものが大きいのではないでしょうか。
[ 2012/02/01 07:06 ] 仕事の本 | TB(0) | CM(1)