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「・・・とは」「・・・人とは」を思索
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『粋に暮らす言葉』杉浦日向子

粋に暮らす言葉粋に暮らす言葉
(2011/05/14)
杉浦 日向子

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杉浦日向子さんが出演されていた「お江戸でござる」を時々見ていました。江戸文化に大変造詣が深く、その博学ぶりに驚嘆しておりました。

しかし、当時は、私自身、まだ若く、そのうんちくを味わうことができませんでした。本書には、杉浦さんの話された貴重な言葉がコンパクトにまとめられています。

再度、杉浦さんの江戸知識を味わってみて、感銘を受けた箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・実用外の贅沢、すなわち「無用の贅」こそが、粋の本質

・江戸っ子の基本は、持たない出世しない悩まないの三無い

・大人になるということは、あきらめるのを知ること。あきらめないうちは子供。あきらめることを知ることによって、楽しみが増える

・フォーマルでなく、カジュアルに凝る。奢れる美よりも、卑近な美を慈しむ。これが江戸の心意気

・江戸では、マイナス要因だと思われていたことをカッコよく見せてしまうのが粋な人。あの人の禿げはカッコいいと言わせれば、すごく粋。マイナスであればあるほどいい

・粋は、受け手によっていろいろ変わることが重要。誰が見ても同じ感想しか出ないものは粋ではない

・上等な笑いとは、スコーンと突き抜けた、茶の笑い。お茶目茶化す茶々を入れるなどの「茶」。緊張をふっと抜く笑いが人付き合いを円満にした

・吸ったら吐く、お金が入ったら放蕩するというように、取り入れることよりも、取り入れたものの出し方に真価が問われる。吐くとか出すとかいうことが美学の要としてとらえられていた

・江戸では、頑張るは我を張る、無理を通すという否定的な意味合いで、粋ではなかった。持って生まれた資質を見極め、浮き沈みしながらも、日々を積み重ねていくことが人生と思っていた

・江戸人は、人生を語らず、自我を求めず、出世を望まず、暮らして、とりあえず死ぬまで生きるという心意気があった

ニコニコ貧乏している。まるで、趣味で貧乏をしている

・江戸っ子は宵越しの銭を持たないと言うが、正確に言うと、持てない。飽きっぽい性格で、仕事が嫌いな人ばかり

・江戸時代は、自分と他者の境界線がものすごく曖昧で、融通し合っていた。その辺から、パワーなり、エネルギーなりが生まれていた

・250年続いた泰平の世は、言うならば、低生産低消費低成長の長期安定社会



日本も徐々に、貧乏を楽しむような時代に入ってきたように思います。こういう時代は、お金をかけずに楽しむ術を知っていれば、結構、人生を有意義に過ごせます。

そのヒントは、「価値観の有り様」にあるように思います。その価値観の有り様は、江戸時代の町民の暮らしの中に見出せます。一億総貧乏時代の手本は、江戸の世にあるのかもしれません。


この記事で、本年、最後の書評となります。
この一年、いろいろとお世話になりました。
新年は、新コーナーもつくり、3日から始動します。
今後ともご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。


[ 2011/12/30 07:32 ] 江戸の本 | TB(0) | CM(2)

『その「数式」が信長を殺した』柳谷晃

その「数式」が信長を殺した (ベスト新書)その「数式」が信長を殺した (ベスト新書)
(2010/09/09)
柳谷 晃

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著者は高校の数学の先生です。この本は、数学や物理で、日本の歴史を検証して、史実を再度見直そうとするものです。今までにない視点を駆使されているので、歴史を面白く学ぶことができます。

織田信長だけでなく、奈良時代から江戸時代までの歴史的出来事や人物を題材に、数多くの史実を検証されています。それらの中から、「本の一部」ですが、紹介させていただきます。


・武士が戦をするときには、「もらった領地(農民も含む)>戦費(戦死者も含む)」でなければならない。分け前の良い方に付くのが、兵の習い。源頼朝は、東国武士たちの利益を守る打算が働くようにした

・鎌倉時代から室町時代にかけて、武士は一所懸命、自分の土地を治め、農業振興に尽力した。だから、室町幕府が不安定でも、地方は安定を保つことができた。いわば「不安定平衡

・細川軍の東軍と山名軍の西軍に分かれて戦った「応仁の乱」は、両軍とも、お金でどちらにも転ぶ足軽軍団を雇って、彼らに戦いをさせた。足軽はもともと略奪が商売。戦いのついでに京都の町に火をつけ、打ち壊して泥棒をした。こうして京都の町は灰燼に帰した

・最初の土倉は、倉に財物を預かる商売。南北朝期末期から、預かる物を質種にして、お金を貸す商売に変わる。室町時代中期には、土倉からお金を借りて、別の土倉に出資する形で儲ける者が現れる。働かずにお金を働かす「現代の虚業」の始まり

・織田信長が楽市楽座の政策を実行するたび、利害関係の相反する勢力が現れる。これまで「座」を運営していたのは寺社勢力。京都の半分は、比叡山(延暦寺)が流通を独占。当然、比叡山と信長の利害が対立した

・平安中期、皇族の子孫たちがネズミ算的に増え、朝廷で官職を得られず、皇籍を離れ、地方に領地をもらう。彼らは、領地を守るために武装した。こうして、地方領主、武家(武士)が誕生する。平氏や源氏はその子孫

・源義経は卑怯な手を使った。船を操る水手は武士ではなく漁師なのに、容赦なく射殺した。そのため、平家の船が動かなくなり、勝負がついた。義経の一連の戦いには、手段を選ばぬところが目立つ

・空海の立ち寄ったところは、水銀がよく取れる。高野山にある神社には、水銀の技術屋集団・丹生族の神様「丹生都比売」を祀っている。全国を旅した僧(仏典だけでなく、先端科学技術も勉強)は、鉱物資源の探索もした。発見できれば、寺も潤った

・平泉中尊寺の仏像を安置する須弥壇の象牙はアフリカ象であり、柱の装飾の貝殻は琉球のもの。つまり、津軽半島の十三湊で、世界と日本海ラインの貿易をして、利益を出していたことを意味する

・関ヶ原の戦いでは、一万石当たり三百の兵隊を養っている。一人の兵隊を持つのに、三十三石かかる計算。上杉謙信の時代より、三倍ほど一人の兵隊に費用がかかっている。つまり、兵農分離と武器の近代化で、軍備の予算が増大した

・剣を使う戦いは相手を殺すので、農地を増やして人口を拡大する目的には向いていない。武器のうち、最初に中心的な役割を果たしたのは、飛び道具の弓矢

・戦国時代に入ると、一騎打ちから、モンゴル軍が行っていた集団戦に変わっていく。しかし、集団戦ができるようになったのは、鎌倉時代の農業技術の発展により、室町時代に人口が約2倍になったから

・武器の発想は、いつでも先に相手に届くこと。弓矢は遠くに飛ぶ。歩兵相手なら、刀より槍が役に立つ。離れたところから敵を撃つには鉄砲。もっと遠くから撃つには大砲

・山城は、楠木正成の造った千早城や赤坂城がモデルになった。大軍相手のゲリラ戦には山城が有効。しかし、山城が有効であるためには、武器庫や水・食糧などが確保されていることが条件

・戦国時代後半になると平城が多くなる。生き残った大名たちは、兵農分離や商人の力を利用して経済的発展を目指した。戦国大名は戦上手であるだけでなく、経済的センスがないと務まらなかった

・上杉謙信と共に戦って戦功を上げても、褒賞がほとんど出ない。そのため、時が経つと、謙信についていた武将は謙信から離れてく。しかし、離れると武田信玄に攻められ、また謙信を頼る。謙信は彼らを見捨てなかった

・戦国末期になると、「城攻めの方法」と「軍隊の機動力」が勝敗を分けるようになる。羽柴秀吉はその二つの能力を兼ね備えていた。三木城の「干殺し」、鳥取城の「渇え殺し」、高松城の「水攻め」、本能寺の変後の「中国大返し」などが、その例


著者の数字、数式、法則使った歴史観はユニークです。時の権力者は、自分たちが有利になるように文章を改ざんすることができますが、数字はその矛盾をあぶり出します。

歴史書を再度、「数字」「お金」「力学」で読み直すと、新しい歴史的事実が発見できることを著者は教えてくれます。面白く、役に立つ書です。
[ 2011/12/29 08:51 ] 戦いの本 | TB(0) | CM(0)

『人間が幸福であること―人生についての281の断章』辻邦生

人間が幸福であること―人生についての281の断章人間が幸福であること―人生についての281の断章
(1995/02)
辻 邦生

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辻邦生氏が、亡くなられてから、十年以上経ちます。小説家としてだけでなく、映画評論や演劇評論など、幅広く活躍されていました。

この本にも、小説以外の、エッセイや評論の断片が収められています。幸福の本質をついた言葉には、合点がいくことが多々あります。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・特別なことをしたり、贅沢したりするのは、生を楽しむことではない。生を楽しむというのは静かに生きること。呼吸するのがわかること。朝が来て、雀が鳴きだすのを喜ぶこと

・深く深く感じること。それが真に生きることの意味である

・花が咲くのは、見られるためではなく、実りのためだ

・自分の内部の要求にしたがって、果実のように成熟したいと思うなら、人々の眼から隠れて、自分ひとりで生きる時間を持たなければならない。他者の要求を拒み、人々から隠れるのも、決して共同に住むという人間の本性に反したことではない

・自分を信じる人は、ありのままで平気でいる。他人がどう見ようと気にかけない。しかし、自分を信じる力を失った人間は、自分を飾り、自分を偽り、自分を演技させる。そのときは、もう運命は彼を見放している。運とは、ただ自分を信じる人のところに留まる

・物から眼をそらさぬ視線こそが、物を知ろうとする視線だ

・この世の浮き沈みに対して興味がなくなると、不思議と生きていることに執着がなくなる。まあ、生きていてもいいし、別に生きていなくてもいいという気持ちになる

・人間は何も求めなくても、すでに、一切が与えられている。人間に必要なのは、その与えられたものを心ゆくまで味わうこと

・今を掛けがえなく生きるとは、今がもたらす楽しさを十全に味わうこと。逆に言うと、楽しさを感じることが、今を本当に生きるということ

・曇り空の切れ目に青空を仰ぐように、日常生活の裂け目にこぼれ出る幸福感、充実感を味わうことがある

・完全なる幸福とは、時がなくなること。永遠が実現されたと言ってもいい

・幸福とは、与えられるものではなくて、作るもの、与え続けるもの。自分がどんな不幸な状態にあって耐えられないほどでも、そばに居る人たちをもっと幸せにしたいと思った瞬間から、その人の幸福が始まる

・少し注意してみれば、金をオールマイティと思っている人の顔に浮かぶ焦燥感、冷淡さ、勘定高さ、優越意識などが、いかに幸福と無縁であるか、すぐ理解できる

・泣きごとが最大の悪となる。泣きごとと愚痴が最も生命力を低下させる

・生きていく上で大事なのは、エネルギーに満ちた存在肯定感。言うならば、陽気な野心、全身に溢れる善意、絶えざる勇気、考える前に動いている楽天主義

・自分には「好運」しかないと信じ込む力。楽天的なので貧乏神も旗を巻いて逃げだすといった感度。そういう生き方に共感する

・安楽が意味を持つのは、それが人間の戦う力を養うときだけ。安楽は戦いの変型としての意味を持つ

・怒りは、人間から他のあらゆる情念を奪い取ってしまう。悲しみも怒りの前に消えてしまう。まして、笑いなどは寄りつく余地がない

・現代は、あまりにも他人の評価が暴威を振るっていて、自らが静かに納得できればそれで十分ということが、いよいよ少なくなっている。自分で納得いく生活に心から自足して静かに暮らす人に懐かしさを覚える

・想像力というのは、誰にも平等に与えられている有難い能力で、これさえあれば、多少不如意でも、結構人生を豊かに楽しむことができる



辻邦生氏は小説家でしたが、ある意味、哲学者であり、詩人だったのかもしれません。生きるとは?幸せとは?といった命題が随所に出てきて、それを感性のある言葉で、答えられています。

逆に言えば、哲学者であり、詩人だったからこそ、小説も書き、評論も書けたのかもしれません。

前向きに、そして立派に生きるためには、本書を何度も読み返していくことが必要なように感じました。


[ 2011/12/28 07:28 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『梅棹忠夫のことば』

梅棹忠夫のことば梅棹忠夫のことば
(2011/03/16)
梅棹 忠夫

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国立民族学博物館には、5回以上足を運びました。その空間に立つと、常に何らかの知的刺激を受けることができます。

その国立民族学博物館のプロデューサー兼初代館長であり、「知的生産の技術」などのベストセラーを世に出した「知の巨人」が、この本の著者である梅棹忠夫氏です。

「知の巨人」と書くと、何だか、重々しく感じますが、梅棹忠夫氏は「発想の巨人」と言い換えたほうが適切なのかもしれません。

本書には、昨年亡くなられた梅棹忠夫氏の発想が満載です。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。


・カードは忘れるためにつけるもの。カードに書いてしまったら、忘れてもよい。つまり、次に、このカードを見るときには、その内容について、きれいさっぱり忘れているつもりで書く

・思想というものは、少しずつ、少しずつ、肥え太っていく。対談とか座談会というのは、そのような、成長のための稽古場みたいなもの

・対話は、無意識のものを意識にのぼらせるためのスターターになる

・異質性を認めた上で、いくらでも上手くいく道を見つけることができる。「お互いにアジア人だ」という言葉は、それは一種の外交的フィクションである

・供養というのはいい考え方。上手な捨て方を見つけたときに思いきれるもの。思いきるために、何らかの儀式化を考えることはよいこと

・家庭を発信局とする情報創造が行われ、そのための装置が次々と作られてくる。すでに、その先駆現象として、カメラがある。写真を撮ることは、情報の創造

・神殿は、情報交換のための装置だった。神様からのメッセージが来ると、そこにいる司祭たちが、それを受け取って、民衆に伝える。そして、民衆の願い事を神様に取り次ぐというように、情報交換の場として機能していた

・一つ一つの建物が、機能的な目的を持ったものだけでなくて、それ自体が一つの情報になる

・情報というのはコンニャクのようなもの。情報活動はコンニャクを食べる行為に似ている。コンニャクは食べても栄養にならないけれど、それなりの味覚を感じ、満腹感も得られる。世の中には、何にもならない情報は無数にあるが、それでいい

お布施の額を決定する要因には、「坊さんの格」(偉い坊さんには多く出すのが普通)と「檀家の格」(金持ちは、ケチな額を出したのでは格好がつかない)がある。お布施の額は、その二つの社会的位置によって決まる。坊さんが提供する情報や労働とは無関係

・比較論を拒絶する発想、思想というものが、京都の考え方。比較を絶していることが「都である」という意識。それは、一種の中華思想。京都中華思想は歴然とある

・京都人は、断言を避ける。1200年に及ぶ都市生活の中で、否定的な断言を避けながら、話をすすめる交渉事の会話が発達した

・人類史の長い流れの中で、一番初めに出てくる営みは「腹の足し」(農業をやり、家畜を飼う)。二番目に出てくるのが「体の足し」(体が楽になること。つまり工業化ということ)。三番目に出てくるのが「心の足し」(文化の概念で捉えているもの)

・教育は人間に対するチャージ(充電)。逆に、文化はディスチャージ(放電)。教育に力を入れたからといって、必ずしも文化が栄えるわけではない。むしろ方向としては逆

・頭で考えただけのソフトウエアは、たちまちにして消えてしまう。目に見えるハードウエアとしての装置と、それを運営する組織をつくっておかなければならない

・都市の人間は、今や「居住民」から「利用民」へと変化しつつある。利用民とは、都市に居住しないで、そこを利用している人たち。利用民の立場で言えば、都市は、施設集合体であり、便益集合体。都市行政の問題はそれらをいかにうまく運営するかという問題



梅棹忠夫氏の本を読むと、発想の転換の大事さを思い知らされます。新しい発想やアイデアは、頭の中をいったん空にして、新たに構築していかなければ生まれません。

忙しさにかまけて、過去を引きずって生きている人は、あえて、頭と心を無にする時間を作らないといけないのかもしれません。

発想やアイデアの原点として、梅棹忠夫氏の書は、現代の我々に必要なのではないでしょうか。


[ 2011/12/27 06:29 ] 仕事の本 | TB(0) | CM(0)

『ホトケの経済学』井上暉堂

ホトケの経済学ホトケの経済学
(2006/08)
井上 暉堂

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井上暉堂さんは、元暴走族で、慶応大学卒で、元ジャーナリストの坊さんです。著書を紹介するのは、「お寺のしくみ」に次ぎ、2冊目です。

現在は、坊さんとして活躍しながら、仏教界をわかりやすく解説する本の出版や、雑誌への執筆をされています。

この本にも、ユニークな視点が多く、勉強になるところが多々ありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。


・「道は貧道より尊きはなし(たとえ、赤貧洗うがごとくの生活の中でも、心はその在り方一つで豊かにいられる)」 (白隠禅師)

・私たち人間は「二元論的思考」をする生き物。モノと心、善と悪、白と黒、金持ちと貧乏、好きと嫌い、失敗と成功、勝ち組と負け組というように対立概念で物事を捉える。この二元論的思考が根底にあるため、凝り固まった考え方や自分の価値観に振り回される

・経済生活の中においては、あれは得かこれは損か、あれはいいかこれは悪いか、何々してはいけないと個々の杓子定規で判断し、「無視と執着の世界」を行ったり来たりしている

・「あの人がこう言った」「あいつは許せない」「あいつの方が優れている」と、常に周りに左右されてしまうのは、目に見えない「檻」(=精神の遮断機)に心を支配されている状態

・禅の世界では、二元対立のものを嫌い、排していく。そして、限りない自由と絶対の主体性を目指す

・お金持ちの8割は、実は心が貧しい人。彼らは自分は勝ち組だと胸を張り、負け組は市場から退出せよと叫ぶ。その声を聞くと胸が痛む。しかも、その偽の勝ち組は、稼ぎ上手でも使い下手。その理由は、稼ぐことが、人生最大の目的になっているから

・顔は人の内面を映し出す鏡。高価なブランド品で身を固めた婦人が、尖った表情のこともあれば、質素な服装でも、穏やかな表情で幸福そうな人もいる。忙しいサラリーマンの表情は、気難しい顔、おすましな顔ばかりが目に付き、豊かな顔となかなか出会えない

・いつも心の中で、「俺はじき死ぬ、俺はじき死ぬ」と念仏のように唱えて暮らせば、くだらないことにかまけていられなくなる。明日死んでしまうのだと思えば、今悩んでいる時間などない

・坐禅とは「死ぬ練習」。言葉を換えれば、これまでの社会生活の中で積み重ねてきた心の障壁=メンタルブロック(既成概念による制約)を一度破壊し、心をリセットする練習でもある

・「随所作主、立処皆真」という禅語がある。どんな時代でも、どんなことを行っても、その瞬間瞬間、無我夢中で事に当たれという意味。仕事で例えれば、価値のある仕事、価値のない仕事などと差別せず、ともかく命懸けでやれば、必ず道が開けると解せる

・唐時代の雲門文偃禅師の言う「日日是好日」とは、こだわり、とらわれをさっぱり捨て切って、今日のその日一日、一瞬一瞬をただありのまま生き抜く、清々しい境地のことを指す

・禅語の「断命根」とは、「とことん覚悟を決める」「断固としてやる」の意味。覚悟を決め、ああじゃないか、こうじゃないかと考える意識の根を断ち切り、自分の求める道を躊躇せず、真っすぐ突き進むことができたとき、その人は「主人公」になりきっている

・ある人が発した一言で笑いが起こり、一瞬にして緊張が解けることがある。この一言を禅問答では「一転語」と言う。つまり、その場を収斂する力を持つ言葉のことで、そのたった一言で皆が救われる

・「無私」こそが「馬鹿になること」。日本人はもともと「利口馬鹿」だった。ところが、戦後、無私の心を捨て去った。今は、皆がこぞって利口になりたがり、馬鹿になることを躊躇したり、軽視したりして、馬鹿の偉大さに気づこうとしない

利口な人は、「理屈、道理に合わないこと」「嫌なこと」「恥ずかしいこと」「わからないこと」「未体験のこと」「失敗しそうなこと」「泥臭いこと」「非常識なこと」「誰もしないこと」「損なこと」はしない。「しない」ばかりでは、何も起こらない

・馬鹿になれない人間の特徴は「人が悪くて自分は正しい」というもの。自分だけが正しいと思う故に、人から批判されると、開き直ったり、感情的になったり、逃避したりする


著者は、白黒つけず、何事にもこだわらず、心の壁を取り払い、覚悟を決めて、利口馬鹿になって、生き抜くことの大切さを論じられています。

禅語もわかりやすく解釈されており、読みやすく、心が落ち着く書です。

「ホトケの経済学」というよりか「ホトケの幸福学」といった内容なので、誰もが躊躇せずに、読めるのではないでしょうか。

[ 2011/12/26 07:31 ] 神仏の本 | TB(0) | CM(0)

2011年度書評本・売上ベスト30

本年度(12月22日まで)、皆様のおかげで、お金学で紹介させていただいた本が、アマゾンで約1000冊売れました。本当に感謝です。その本の売上ベスト30を出してみたところ、大変面白い特徴がありました。

毒と色気、お金と自由、それに古典といった内容の書が並びます。世の中のベストセラーとは、全く違う不思議な30冊です。是非ご覧ください。

そして、この場を借りて、著者の皆さま、出版関係の皆さま、読者の皆さまに厚く御礼申し上げます。

<第1位>
客家大富豪18の金言(甘粕正著)
<第2位>
客家の鉄則(高木桂蔵著)
<第3位>
なぜデンマーク人は幸福な国をつくることに成功したのか
<第4位>
中古マンション投資の極意(芦沢晃著)
<第5位>
毒舌身の上相談(今東光著)

<第6位>
メールカウンセリング(武藤清栄・渋谷英雄著)
<第7位>
ヒトラーの大衆扇動術(許成準著)
<第8位>
日本の道徳力~二宮尊徳90の名言~(石川佐智子著)
<第9位>
働かないって、ワクワクしない?
<第10位>
売れっ娘ホステスの会話術笑わせ上手編(難波義行著)

<第11位>
香港に住む大富豪41の教え(大塚純著)
<第12位>
ナマケモノでも幸せなお金持ちになれる本
<第13位>
エドガー・ケイシー名言集・知恵の宝庫
<第14位>
商家の家訓~商いの知恵と掟(山本眞功著)
<第15位>
売れっ娘ホステスが一流ママになる方法(難波義行著)

<第16位>
ソロー語録(ヘンリー・デイヴィッド・ソロー著)
<第17位>
億万長者より手取り1000万円が一番幸せ(吉川英一著)
<第18位>
ユダヤ5000年の教え(ラビ・マービン・トケイヤー著)
<第19位>
お客様の声で売れました(秋武政道著)
<第20位>
困った上司とつき合うヤクザ式心理術(向谷匡史著)

<第21位>
阿佐田哲也勝負語録(さいふうめい著)
<第22位>
ヨークベニマルの経営(五十嵐正昭著)
<第23位>
マネーの鉄則(岡崎良介著)
<第24位>
1カ月100万円稼げる59の仕事(日向咲嗣著)
<第25位>
プレイボーイの人生相談1996~2006

<第26位>
人の力金の力(無能唱元著)
<第27位>
新宗教ビジネス(島田裕己著)
<第28位>
セックスレス亡国論(鹿島茂著)
<第29位>
超マクロ展望世界経済の真実(水野和夫・萱野稔人著)
<第30位>
言志四録・心の名言集(佐藤一斎著・細川景一編)


[ 2011/12/23 08:00 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

『趣味縁からはじまる社会参加(若者の気分)』浅野智彦

趣味縁からはじまる社会参加 (若者の気分)趣味縁からはじまる社会参加 (若者の気分)
(2011/06/30)
浅野 智彦

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社会人になってから、人と親しい関係を構築しようとすれば、「趣味」が重要な役割を果たします。趣味を通せば、共感の土壌が生まれ、お互いの心をオープンにすることができます。

本書は、趣味縁を通して、人と良い関係を築くことをテーマにしています。

趣味縁の大事さに気づかされた箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・趣味に関わる興味や関心であっても、徒党を組むことで、「公共性」に転化する効果が期待できる

・「地元志向」とは、つまるところ「友人志向」。実際、友人関係がどこに定位するかによって、「地元」の物理的な場所は柔軟に変わっていく

・友人関係の親しさがますます密になるにつれて、それについていけなかったり、煩わしく思ったりする若者も、同時に増えている

・趣味縁の中で、古くからある代表的なものが、俳諧のネットワーク。これは身分、性別、年齢に関わりなく、多くの人が参加した文化活動であった。松尾芭蕉が全国を旅して回れたのも、彼の技能に深く敬意を抱く同好の士がそれなりに全国にいたから

・江戸時代以来、地方の神社に奉納されてきた俳諧の額の数と、その神社周辺の地域が蜂起に関与した度合には高い相関関係がある

・一見して厳しい身分制度によって、人々ががんじがらめにされていたように見える幕藩体制も、その実、美を志向するさまざまな趣味の集まりを通して、身分を超えたつきあいが社会の各所に張り巡らされていた

・サークルは人格の幅である多元性を育てる土壌。メンバーがより多くのパーソナリティを持つに伴い、融通性のある人間が育っていく

・個人としての承認は、家庭や企業のように定型的な役割のみに終始する人間関係の中ではなかなか得難い。人々は、自分らしくあることを求めて、広い社会のもっと多元的な場所を求める

・集団形成の焦点となる要素の一つが「楽しみ」。もう一つが「志」。楽しみを中心にした集まりが趣味縁に最も近い

・オタクは、自分たちの間では仲良くやっていけるが、自分たちと違う人々とつきあうことができない。「自分たちとは違う世界を見ている人」への配慮が必要

・日本の若者の集団所属率は「芸術、音楽、教育」「スポーツ、娯楽」いずれの団体も、スウェーデンやアメリカに及ばない。日本は趣味集団への所属において、活発な社会ではない

生活満足度の高い人ほど、信頼が裏切られたときの損害を吸収できる余裕をもっている

地元志向の強まりの背景には、趣味集団と友人関係への志向がある。公共性や社会参加の入口として、そこに可能性を見出すことができる

・趣味活動それ自体の面白さに魅惑されることを通してはじめて、社会参加の効果が発生する。しかし、趣味を社会参加の目的に対する手段として捉えてしまうと、その効果は決定的に損なわれる



日本人は、友人や隣人の絆を大切にしすぎる傾向があります。そういうベッタリした関係ではなく、異質の人間が集い、「楽しみ」と「共感」と「志」を共有できる「もう一つの世界」が、必要なように思います。本書の趣味縁こそが、「もう一つの世界」への扉です。

人格形成にも役立ち、しかも、生活満足度が高まる「趣味縁」には、定年後からではなく、もう少し前から参加しておかないと、もったいないのではないでしょうか。
[ 2011/12/22 07:09 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『迷いの晴れる時間術』フィリップ・ジンバルド、ジョン・ボイド

迷いの晴れる時間術迷いの晴れる時間術
(2009/07)
フィリップ ジンバルド、ジョン ボイド 他

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お金と時間は、豊かさの双璧をなすものです。ところが、お金ばかりが脚光を浴びて、時間は隅に追いやられているように感じます。

この本は、大切であるはずの時間にスポットを当て、時間に対する考え方の重要性を考察する書です。

時間について新たに考えさせられた箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・お金に比べて、時間を賢く使うことができないのは、時間が貯蓄できないから

・生活ペースが速い都会に暮らす人は、あまり人助けしない。比較的ゆったりとしたペースの街の住民は人助けする

未来型の人は成功する可能性が最も高いものの、困っている人がいてもあまり助けようとしない。逆に、現在型の人は、成功する可能性は低いものの、他人を助けようとする

・過去に起こったことは変えられないが、過去に起こったことへの姿勢は変えられる

・過去からは安心感を得られるが、過去ばかりにとらわれていると、チャンスをものにしたり、新しい友人をつくったり、未知の食べ物に挑戦したり、珍しい音楽や絵画に親しんだりすることはできない

・現在型の人は、快楽を生み出すあらゆるものを満喫し、苦しみを生み出すあらゆるものを避けようとする。さらに、受け身で楽しむだけでなく、自ら積極的に快楽を求める

・現在型の人は、臨機応変を好む。タイミングの感覚に秀でており、その場で新しいものを作りだす能力がある

現在宿命型の人は、行動を起こしたところで、願いがかなうわけではない。何をしたところで事態は変わりはしないとあきらめる。諦念と皮肉が、希望と楽観を圧倒するようになる

・現在型の人が身体の中で生きているとすれば、未来型の人は頭の中で生きている。未来を信じ、未来に期待すると、思考、感情、行動が変わってくるし、現在、起こることも変わってくる

・生まれつきの未来型人間はいない。ふさわしい時機にふさわしい場所で生まれる(温帯に暮らす、安定した家庭・社会・国家で暮らす、教育を受ける、若い、仕事がある、技術を利用する、成功体験がある、見本がいる)ことで、人は未来志向になる

・成績優秀者は、ほとんど未来型の学生が占める。一番成績が悪いのは、現在型と現在宿命型の学生。未来型の学生だけが頭脳明晰だからではない。未来型は、目的を達成するためにきちんと計画を立て、時間を賢く使うスケジュールを組む

・未来型の人間は、競争好きのやり手で、常に成果に目を向けている。反対に、現在型と過去型は、交渉や論争にあまり向いていない。つまり、未来型は、現在型が陥りがちな「社会的罠」(個人の利益と社会全般の利益が相反する)を避けようとする

・感情は現在に存在する。思考は未来に向けて準備する

・カジノでは、人々の関心を現在に向けさせて(アルコール、音楽、ATM現金引出機、食べ物、喫煙など)、未来を想像させない(時計、照明の変化、勝敗の記録など)

・未来に限界があると思うと、教育などの未来志向の活動に熱心でなくなり、感情を満足させる選択をする

・過去型の人は、今日の楽しみや、明日への投資にあまり興味がない。現在宿命型の人はぞんざいにお金を扱う。現在型の人は、楽しみと興奮のためにお金を使う。未来型の人は、頻繁に収支の計算をし、きちんと支払い、貯蓄し、慎重に投資の計画を練る

・幸福は終点ではなく、追求するものであり、終わりのない冒険。大切なのは、どこに向かっているかではなく、前進し、探検を続けていること

・私たちは、未来型がつくった社会で生きている。だから、現在型は、その枠の中でうまく暮らしていくことができない。犯罪を裁く社会システムは、現在型に対処するうえでは充分ではない



過去型の人、現在型の人、現在宿命型の人、未来型の人で、それぞれの考え方や生き方が変わってくるように感じました。

私自身、明らかな未来型の人間です。その結果、どうしても他の型の人に苛立ちを感じてしまいます。

時間軸を考えて、人と接するのが賢明なのかもしれません。本書は、時間に関する新たな発見を提示してくれると思います。
[ 2011/12/21 07:41 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『日本人が知っておきたい森林の新常識』田中淳夫

日本人が知っておきたい森林の新常識日本人が知っておきたい森林の新常識
(2011/10/25)
田中 淳夫

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著者は、日本で唯一の森林ジャーナリストです。

日本の林業が衰退して久しいのですが、どうすれば再生するのか、どうすれば活用できるのか、常識を覆す考え方を示してくれる書です。

あっと驚くことが多く、眼を見開かされました。森林王国ニッポンに住む以上、もっと森林について知らなければ、社会的にも、政治的にも判断を誤ると強く感じました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・森林は、「二酸化炭素の吸収源」「酸素の供給源」という考え方こそ、森林をめぐる常識の中で、最大の嘘であり誤解。「植物」は、そうであるが、「森林」は、そうではない。森林とは、樹木だけでなく、多くの生命体の複合した存在

・森の中で、菌類が落ち葉や倒木を分解して、土に還す過程で消費される<酸素の量>は、植物の<酸素放出量-酸素消費量>と同じで、均衡する。森林は、酸素と二酸化炭素を自給自足しており、外部とやり取りしない

・木は生長する過程で、二酸化炭素を吸収して、有機物を合成する機能が活発になる。だから、若い木は太り、幹や枝を伸ばし、多くの葉をつける。年老いて生長を止めた木は、事実上、酸素も出さなければ、二酸化炭素も吸収しない

・生長しなくなった木、あるいは、生長の遅い木は伐採して、よく生長する若木に替えること。老木を伐採して植え替えたほうが、二酸化炭素吸収に都合がよい

・水が染み込み溜まるのは、森林土壌ではなく、もっと深い岩(基盤岩層)の節理と呼ばれる割れ目。そこに水が入る。森林は、自ら生長するための水を消費する。光合成を行うには、水が必要

・山地が森林で覆われる最大の利点は、土壌浸食を防ぐ点にある。下流の土砂災害の防止や養分保持には、森林はなくてはならない。ふかふかの森林土壌と、そこに生えた下草は、降雨を受け止めるクッションになる

・よく、スギ、ヒノキなどの人工林は、土壌流出防止機能が低いと言われるが、その根拠はない。伐採で土壌を攪乱し過ぎた場合、森林土壌を失いやすいが、それは、広葉樹林にも言えること。針葉樹林(とくに人工林)を差別する口実にはならない

・水が豊かと言われるブナ林は、ブナが水を呼んでいるのではなく、もともと水の多い土地にブナがよく繁っているだけ

・生物の種類が多く、個体数も多く存在できる自然ほど、豊かであり複雑な生態系という考え方があるが、実際に、薄暗い原生林の中を歩くと、あまり生物に出会わない。大木が林立している下は、低木や草が少なく、植物の数が少ないので、昆虫も生息していない

・原生林は暗いが、雑木林は葉の繁る夏でも、比較的明るい。雑木林の木は、樹齢が若く、高木や大木が少ないから、光が林に差し込み、草や幼木が育つ。植物の種類が多いと、昆虫も多彩になる。虫や実が豊富にあると、それを餌とする鳥や野生動物もやって来る

・火事は、土壌に栄養を与える。燃えたあとに残る灰分がミネラルになるほか、熱が土壌微生物を活性化する。さらに、直射日光が地表に当たり、焼けて黒くなれば熱吸収がよくなり、地温が上がる。それが窒素固定バクテリアなどの活性を高める

・世界各国の洪水被害は、代々継ぐ住居や耕地を持たない貧困層が、人の住まなかった洪水常襲地帯に移り住んだために起きている。だから、以前と同規模の洪水が起きただけでも被害が大きくなる。増えたのは洪水ではなく洪水被害。洪水の背景には貧困問題がある

・日本のような鉄砲水が押し寄せる洪水とは違い、大陸の大河の洪水は、ゆっくり進むので、破壊的ではない。洪水によって、土壌が豊かになる面もある

・マツは痩せた土壌を好むとされるが、それはマツが強いのではなく、肥沃な土地では、他の樹種に負けるから。痩せ地に追いやられたマツが生育できるのは、菌類との共生のおかげ。菌根菌の菌糸によって集めてきた栄養素や水分をおすそ分けされているから

・成育に適した土地では、植物はすくすく育つが、寿命は短い。屋久島は高山で雪も降る。多雨で土壌の栄養素が流失する。台風で高木は風に揺り動かされる。植物には厳しい気象条件。だから、ゆっくり生長し、年輪も詰まり、ヤニもよく出る。これが、長生きの秘密

・年間降水量が500ミリ以下の土地を半沙漠と呼ぶ。ある程度の降水があり、比較的地下水位も高いので、緑が失われていても、木の苗を植えれば、元の緑は取り戻せる。しかし、降水量100ミリ以下の沙漠を緑化するのは、不可能というより無意味

・半沙漠の緑化面積を増やせば、植物が太陽光を吸収して、地表面の温度を下げ、枝葉から水分を蒸散させ、乾燥気候を緩和する。また、落ち葉が土に還り、緑に集まった鳥が糞を落とせば、土壌の栄養分回復も期待できる。こうなれば、半沙漠が草原や森林になる

・沙漠が不毛の地である理由には、乾燥と塩類集積の二つがある。また、緑化にも、森林化と農地化の二つを分けて考えるべき。やみくもに植林するだけでは、沙漠は救われない

・最近は人が森と触れ合う場所として、森林公園が多く整備されてきた。ところが、それらの公園利用者を調べると、肝心の森林ゾーンに踏み入っていない。森林内の遊歩道も利用されていない。森林自体は、広場やレストランから眺められるものになっている

・人が安らぎを感じる自然景観条件の研究では、人間の感性は「見通せる距離」に反応する。森林では、林内が50メートル程度見通せないと、人々は安らぎを感じない。林内が見通せるには、背の高い草木や雑木が生えていないこと

・フクロウなどの猛禽類は、ネズミやウサギなど雑木林に棲む動物を上空から狙い、餌とするが、常緑性の高木ばかりになると、冬でも林床が見えなくなり、餌場を喪失する。高木を伐採し、林床に光を入れ、下草を刈り取ることが、動植物の生息環境を守る

竹林面積は戦後、十数倍に拡大している。里山地帯が、いつの間にか、竹林に変わっている。完全な竹林の中は、暗くなり、一般植物が生長できない。毎年、地下茎を四方に伸ばすので、一度根付くと、ブルドーザーで根こそぎ掘り出さないと竹林はなくならない

・汚くなった川は、油や重金属など毒性を含んでいない限り、生物にとって悪いことではない。富栄養化は、生物の栄養となり、生物の個体数や種類の増加につながる。人間の目から見た美しい川と生物の生息しやすい環境は同一ではない

・戦国時代に、各地で産業振興が図られた。それが森林開発を促した。なぜなら、当時のエネルギー源は、みな森林資源、つまり薪炭だったから。化石燃料が普及する前の山村は、エネルギー供給基地であり、これが最大の産業だった。木材生産ではなかった

ゴルフ場と里山の相似(森林と農地や草原の比率、モザイク状の環境配置)について、もっと考察すべき。里山が生物多様性に満ちているのと同様に、ゴルフ場でも、生息する生物が非常に多い。鳥類、昆虫を初め、準絶滅危惧種や多くの希少種が確認されている

・現在の山村経済の不振を、木材の販売不振と材価安だけに理由を求めるのは誤っている。むしろ主流だった薪炭によるバイオマスエネルギー産業が没落したことの打撃が大きい

・消費者の無垢材指向は、森林資源を活用しない。無垢材は、木材の歩留まりが悪く、収穫した木の半分しか使わない。合板やパーティクルボードのほうが歩留まりが格段に高い。接着剤を悪者にする声もあるが、その前によりよい使い方を生み出すべき

・輸入木材で、一番多いのがカナダとアメリカの米材で18%。マレーシアやインドネシアなどの熱帯木材は10%(かつて30%を超えていたが激減)。国産材に比べ外材は安くない。「安い外材に押されて」は、莫大な税金を注ぎ込む口実で、林業の体たらくの表われ

・外材より安いのに、国産材が求められないのは、商品としての条件で外材に劣るから。国産材は乾燥させていないし、製材寸法がいい加減。小規模林家が多く、迅速な伐採や搬出ができず、安定供給も劣る。国産材でフローリングを使いたくても肝心の商品がない

・「コストは高く売値が安い」日本の林業を支え続けたのが補助金。改革を促す仕組みもなく、補助金のばらまきが続いたから、山の現場も製材所も旧態依然のまま。生産性は低く、機械もシステムも商品開発も、欧米より20年から30年遅れていると言われる始末

・近年、中国やインドが木材を大量消費するようになった。国内の合板業界は「安い国産材」に目を向け始め、合板に向かないとされたスギ材を使って、合板製造に成功した。おかげで、国産材需要は回復傾向にある



著者の魂の叫び、森林業界への思い入れが、この本に強く感じられます。

森林に対して間違った認識を持つ日本人の考えを変えて、国土面積の3分の2を占める森林王国を、もっと有効に活用できるようにしたいという気持ちが表われています。

ちなみに、著者のブログ「森林ジャーナリストの思いつきブログ」にも、その気持ちが溢れています。

日本の森林は、ひょっとしたら、宝の山かもしれません。この本は、森林の常識を大きく変える書ではないでしょうか。
[ 2011/12/20 06:45 ] 田中淳夫・本 | TB(0) | CM(0)

『世界で戦える自分をつくる5つの才能』午堂登紀雄

世界で戦える自分をつくる5つの才能世界で戦える自分をつくる5つの才能
(2011/03/02)
午堂 登紀雄

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低成長の日本、デフレの日本、少子高齢化の日本。集団主義、前例主義がはびこる日本の会社。そんな日本を一歩飛び出せば、夢のような世界が広がっています。

そんな世界に旅立つためには、最低限の条件が必要です。その条件とは何かが、この本に詳しく載せられています。

共感できた箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・世界のどこに行っても通用し、必要とされる人材になるには、「1.戦略を描く才能」「2.情報を読み見抜く才能」「3.スキルを高める才能」「4.仕組みをつくる才能」「5.ブレイクスルーを起こす才能」を磨くこと

・現時点の年収ではなく、生涯年収を意識すること。今の給料が安いと不満を言っても、あまり意味がない

・年収1000万円以上の求人条件は、「部門を仕切る(マネジメント)」「ビジネスモデルを創る(マーケット・デベロップメント)」

・日本のビジネススクールを卒業するよりも、中国やインドの企業に勤めることが、その後の選択肢を広げてくれる

個人の市場価値がデフレ化しないため(失業しないため)の要素とは、「他の人では同じものがつくれない」「新興国で代替できない」「ソフトウェアや機械で代替できない」「特定層からの絶大な支持がある」こと

・「毎朝新聞を読む」「無料のセミナーに参加する」「資格取得の勉強をする」「ベストセラー本を買う」ということをしても、誰をもっても代え難い人材にはならない

・個人の力の台頭は、大きな時代のうねりの一つ。一人ひとりが事業主として、企業と対等に仕事をする形態が増える。正規雇用か非正規雇用かなんて、どうでもよい。純粋に自分の腕を磨くことが、時代を変え、時代を創り上げる「パーソナルカンパニーの時代」

・「いける」と思ったら、アクセル全開だが、どうなるかわからない段階で、多額の資金を使ったり、仕組みをつくり込んだりしては、修正が効かなくなるおそれがある。小資本・少人数・小スタートが基本

・物事は多面的であり、必ずほかの側面がある。つまり、リスクの裏側には、チャンスも同じくらい眠っているということ

・みんなが気づいた頃に参加しても、特等席はもう満席。多くの人が知るようになれば、バブルは急速に収縮する

・経営の勉強をするために、MBAや大学院に行くよりも、実際に経営者になるのが、経営の勉強をする最も手っ取り早い方法

自分の力で稼ぐという経験は、大きな自信になる。月に1000円稼ぐことからでもいいので、「自分の力で稼ぐ」実績をつくること

・業績の良い会社の共通点は、「営業力がある」「営業が強い」こと。会社にお金を運んでくれる能力のある個人を、企業が放っておくはずがない

・現代の錬金術と言えるのが、「書く力」。メール、報告書、提案書、ツイッター、ブログ、SNSなど、書いて伝える機会が増えている昨今では、「ライティング・コミュニケーション」の力は非常に重要

・頭でマスターしたものではなく、身体でマスターしたものだけが富を生む

・多くの人が階段で、2階、3階へと上がっていくプロセスをとるなら、抜擢される人は、エレベーターで最上階に迎えられ、その次は、ヘリコプターで違うビルへ飛び移るようなプロセスになる

・人を惹きつけ、応援される人の共通点に、「夢や理想を語り続ける」「死力を尽くして自分の限界に挑む」というのがある

・守りに入れば、不安との戦い。お金を守ろうとすれば、リスクを恐れ、発想が小さくなる。地位を守ろうとすれば、周辺をイエスマンで固め、独裁に走る。会社員という立場を守ろうとすれば、失敗を恐れ、新しいことに取り組めなくなる



低成長の陰には高成長が、デフレの陰にはインフレがあります。日本にいると、何だか暗くなりますが、世界全体では、イーブンになっています。

そして、前向きな人は、前向きな人、場所、地域に自然と引かれていくのが世の常です。前向き体質をつくっていれば、怖いものなしです。

この前向き体質を作るために、この本は大きな効果を発揮するように思いました。


[ 2011/12/19 07:30 ] 出世の本 | TB(0) | CM(0)

『ヒト・モノ・カネ 男(ワル)の処世術』玄秀盛

ヒト・モノ・カネ 男(ワル)の処世術―世の中の裏と表を知り尽くした男が指南!ヒト・モノ・カネ 男(ワル)の処世術―世の中の裏と表を知り尽くした男が指南!
(2006/06)
玄 秀盛

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玄秀盛さんの本を紹介するのは、「生きろ」「あなたにYell」に次ぎ、3冊目です。この本は、著者が有名になり始めたときの書です。

著者の原点とも言うべき考え方や思想がよく表われています。本書の中で、なるほどと思えた箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・欲望と誘惑に身を任せていたら、お金はいくらあっても足りない。ごく普通の人間にとって、「金は天下のまわりもの」ではない。金は天から降ってこないし、湧いてもこない。だから、「欲望と誘惑の我慢貯金」が必要になってくる

・会社というのは、自分の内から欲望や情熱がほとばしり、人の何十倍も熱があるものが興すもの。ただ単に金があるから社長をやるものではないし、気楽に借金して興すものでもない

・情熱がふつふつと煮えたぎらないと、欲望と誘惑に押し負けてしまう。そういう意味からすると、「我慢貯金」は「情熱貯金」とも言い換えられる

・欲望と誘惑で生まれるものは快楽。快楽を貪り出したら、怠惰な自分ができてくる。そのツケはどこかで払わなければならない

・人間はお金よりも地位、立場で動く。社長と呼ばれることに喜びを感じる。だけど悲しいかな、「にわか社長」は遊びを覚えると、いっぺんに足元をすくわれる

人に投資するというのは、ある意味、自分のライバルをつくるようなもの。だから、まず徹底的に人を見る必要がある。雇って囲い込むのは、「この一点を突いたら、この男は崩れる」という弱点を発見してから

・金儲けというが、金を見ずに、人を見たほうがいい。金を運んでくるのは人だから。金は忠実で裏切らない。裏切るのはあくまで人間である

・地位を自力でつかみ取ったやつは、さすがに強欲で、部下に対して警戒心も強いし、上司に対しては徹底的にへつらう

・男というのは、たとえ大物と言われる人でも、みんな発展途上人で、金を儲けるだけに終始している。金を活かしきっておらず、死蔵しているから心は貧しく、顔の相も悪い。強欲な人間が斜めからギロッと睨むのを思い浮かべるとわかりやすい

・名刺ファイルの分類はシンプルかつゲンキンなもの。儲けさせてくれた奴は○、儲からなかった奴は×、どちらとも言えない奴は△。自分にとって得になる人間かどうかを分類し、顔を見て名前を聞いたら瞬時にどちら側の人間か思い出せるように頭に叩き込んだ

・人間おかしなもので、儲けたことはよく覚えているのに、損したことは意外と忘れがちなもの。ところが、損をさせた側は覚えていて、また餌を持ってきてくれる。それが大きい。金で引っ張れなくても、人脈で引っ張れる

・座敷に上がるとき、靴をちゃんと揃えるか。酒を飲み、酔うと人格が出てくる奴も多い。さらにカラオケに行くと、自分を誇示する歌、いいところを見せようとする歌を選曲する奴はだいたい自己中心的な人間。自分が完璧でこそ相手が見られる

・女性の場合、財布に性格が現れる傾向がある。ブランド物にこだわるのもそれだが、もう一つ、何でもかんでもレシートやクーポン券の類を詰め込んでパンパンに膨らませている女性は、整理ができないタイプ

・恥をかくことで相手の心を開き、懐に飛び込む。そういうコミュニケーションのとり方もあるということ

・お金を持っている人間を引き寄せ、彼らが溜め込んで錆びさせているお金を、世のため人のために吐き出さそうという気にさせる。そうすれば、お金は循環して輝きを取り戻す



アウトローな生き方を真摯に行ってきた人間ならではの裏話が満載です。お金を卑しいものと見ずに、単なる欲望の権化だと見れば、お金を客観的に見ることができます。

豊かさも貧しさも、甘いも酸いも、聖と俗も、清も濁も混在する「生身の臭い」が玄秀盛さんの魅力です。こういう処世術が書ける人は少ないように思います。


[ 2011/12/17 12:17 ] 玄秀盛・本 | TB(0) | CM(0)

『歓ぶこと悲しむこと(いまを生きることば)』五木寛之

歓ぶこと悲しむこと (いまを生きることば)歓ぶこと悲しむこと (いまを生きることば)
(2011/08/11)
五木 寛之

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五木寛之さんを、このブログで紹介するのは、遅まきながら初めてです。

学生時代、エキストラのアルバイトで、五木寛之さん原作の映画に、出演?(たった5秒)した経験があり、その当時より、氏の作品を少しずつ読んできました。

本書には、考えさせられる素敵な文章が数多く載せられています。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



人間の死に方に、立派な死とか、くだらない死とか、意味のある死とか、そういうものはない。人間の生き方にも、立派な生き方、くだらない生き方、無意味な生き方など、生き方に差別などない

・世の中で立派な仕事を為し、大きな功績を社会に残している人は、人並み外れたエネルギーと、人並み外れた野心と、人並み外れた才能を持って生まれてきたことに謙虚に感謝すべき

・人生の軌跡を価値で認める考え方と、それとは無関係に、存在を優先する考え方がある。生きてきた、生きていくということを大事に考えたいのは、生きていくということそれ自体が、大変困難で、大変な作業だから

・他力というものは、目にははっきり見えないが、大きな宇宙の力のようなもの、エネルギーのようなもの。他力というものを感じる時に、人間はとても自由になれる

・人間が努力しようと思い立つことも、自分の力で頑張ろうと思い立つことも、そもそも他力の働きではないか

・他力というものを意識している人間は、自ずとどこかに「有難い」「お蔭さまで」「自分の力でやったことではない」という感覚が、心の中に生じてくる

・現代の合理主義は、割り切れるものを大事にする考え方。その合理主義の中で、割り切れないものを大切にしようという、人間の平衡感覚が、道教タオイズムを注目させるようになった

・ある時は、喜ぶということで潤いを与え、波を立てる。ある時は、悲しむという反対のことで、波を立てて、心を揺らす。自分の心が萎えた状態(潤いがなくなって、乾いた状態)に、人間らしい感情を取り戻すことが、実は大事なこと

・「人は失われていくものしか愛せない」という言葉があるように、人間は永遠に自分の手元にあるものに対しては、愛というものを感じない

・苦しみや悩みや悲しみというものは、いっこうに減るものではないが、そういうものにくじけないで、とにかく歩き続けようという気持ちを持たせてくれるのが宗教

・道を照らしてくれるもの、行く手に一点の灯火を指し示してくれるもの、それを漠然と宗教と考えると、そういうものが欲しい気持ちになる

・進歩や欲望に対して、ブレーキをかける。「そこまで走らなくていい」というのが宗教だとすれば、宗教の中には、自ずと、反社会的な要素が備わっている

・蓮如は「額に王法、心に仏法」と言った。額に王法とは、世間の掟をちゃんと守っていこうということ。心に仏法というのは、心の中では、世間の掟ではなく、仏の掟を自分の生き方として、しっかり大切にしていこうということ

自分の物語をちゃんと持っている人、その物語を創り上げることができる人。こういう人が、なんとか困難な時代に生き続けていける

・人間が生きているということは、本当にぶざまなもの。人間はドジをするし、同じ過ちを犯す。そして、なんとも言えず情けないところがある。だからこそ、人間は面白いという考え方に立たなければ、人間の命の重さは実感できない

・自分の弱点とか、欠点、弱さ、悪、そういうものをちゃんと直視し、それを認めることができ、我々が死ぬ存在であるという事実を覚悟できるには、大変強い生命力が必要になる



五木寛之さんの著作には、悲しみや苦しみなどの人間の負の感情、悩みや欲望などの人間の弱さを認めつつ、生きていければいいといったものが多いように思います。

人間として、存在しているだけでも立派なことと、本書でも、我々を励まし、慰めてくれます。

自分が無価値、無意味に思えたとき、著者の本を手に取ってみれば、悩みや不安が、徐々に解決、解消していくように思います。
[ 2011/12/16 07:36 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『昭和30~40年代生まれはなぜ自殺に向かうのか』小田切陽一

昭和30~40年代生まれはなぜ自殺に向かうのか (講談社プラスアルファ新書)昭和30~40年代生まれはなぜ自殺に向かうのか (講談社プラスアルファ新書)
(2011/09/21)
小田切 陽一

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この年代に該当する人には、ショッキングなタイトルです。著者は、大学教授で医学博士の小田切陽一氏です。

タイトルは、少し煽っている感じは否めませんが、中身はいたって真面目な「自殺の研究本」です。日本人の自殺を多面的な視点で、その要因を探られています。

年間3万人以上亡くなり、余命年齢で考えた死亡率で考えると、自殺は、ガンとほぼ同じ程度の社会的損失です。その割には、自殺を真面目に研究した本は、一般には少なかったように思います。

本書を読んで、納得できた箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・一生涯のうち、約50人に1人が自殺で亡くなる。自殺は、交通事故の5倍以上のリスク

・一般的には、自殺既遂者の約10倍の未遂者がいると言われる。自殺未遂を含めれば、一生涯のうち、5人に1人が自殺を試みる計算となる

・「死にたい」と本気で考えた人を「自殺念慮者」と呼ぶ。内閣府の調査結果によれば、この自殺念慮者の割合は19%。女性の割合は22%と高い

・人口当たり損失寿命を表わす指標「YPLL率」は、早死の指標。自殺の損失寿命は、がんに次いで多く、男性のYPLL率は636年(人口10万人当たり636年の寿命が1年で失われた)で、がんの損失寿命に匹敵

YPLL率「男性」1位がん704年、2位自殺636年、3位心疾患344年、4位不慮の事故327年、5位脳血管疾患198年。「女性」1位がん581年、2位自殺240年、3位不慮の事故113年、4位心疾患107年、5位脳血管疾患92年

・損失寿命は、死亡年齢が若いほど大きくなる。自殺や交通事故による死亡が多い若い世代では、寿命の損失量が大きくなる。若い命が奪われるということは、次世代の働き手を失うこと。社会経済的観点からも早死への対策が重要

世界各国の自殺率(10万人当たり人数)で、自殺率が高い国は、1位ベラルーシ35人、2位リトアニア30人、3位ロシア30人と旧ソビエトの国々が上位に位置し、以下、カザフスタン、ハンガリーと続き、日本は24人で第6位

自殺率が低い国は、主要先進国では、イタリア6人、イギリス6人、アメリカ11人、カナダ11人、ドイツ12人など

・戦後の第一自殺流行期は1958年前後。第二自殺流行期は1986年。第三自殺流行期は1998年~現在。1998年は前年比で自殺者が35%増え、一挙に3万人台へ急増。大手金融機関の倒産があった年

自殺の原因・動機は、1位「健康問題48%」2位「経済・生活問題22%」3位「家庭問題13%」4位「勤務問題8%」5位「男女問題3%」。健康問題で多かったのが、中年期のうつ病

・現在の第三自殺流行期の背景には、失業、生活苦、借金、多重債務といった経済問題、雇用問題が重くのしかかっている。自殺リスクの高い世代が、かつて多かった「1935~40年生まれ」世代から、「1955年以降生まれ」世代にシフトしている

・日本のうつ病の生涯有病率は、約7%。15人に1人が生涯のうちにうつ病にかかる計算

・未婚率上昇、家庭崩壊離婚などによる中年男性の一人暮らしが増加。社会的孤立が、中年男性の高い自殺率の背景にある

・遺書が残されているケースは、自殺全体の約3割に過ぎない。遺書を残すのは、女性、単身者が多い。遺書を残さないのは、身体疾患、精神疾患、精神科への通院歴者が多い

・自殺の複合原因の高い危険因子として、「うつ病」が最多。夫婦や親子間の「家庭の不和」、多重債務、連帯保証債務、住宅ローンなどの「負債」がそれに続き、さらに「身体疾患」「生活苦」「職場の人間関係」という要因が続く

・自殺の一歩手前にある危機要因の高い順は、「うつ病」「将来生活の不安」「生活苦」「就職失敗」「多重債務」「夫婦間不和」「離婚の悩み」「親子間不和」「職場での降格」「事業の倒産」



「早死」の二大要因である「自殺」「交通事故」のうち、交通事故死は、官民一体となって、その原因を探り、対策を講じ、大幅に減らすことに成功しました。

ところが、自殺者は、1998年からずっと3万人を超えて高止まりの状態です。

一説によると、「円高と自殺者数」が明らかな相関関係を示すとのことで、経済と人間心理が絡み合ってくると問題が複雑になります。

原因を特定するのは難しいですが、一つずつ、小さな原因でも突き止め、対策を講じていく必要があるのではないでしょうか。自殺について深く考えさせられる書でした。
[ 2011/12/15 07:33 ] 健康の本 | TB(0) | CM(0)

『精神科医がすすめる不思議なほど気持ちがラクになる本』町沢静夫

精神科医がすすめる不思議なほど気持ちがラクになる本―“そこそこ(S)・まあまあ(M)・楽しく(T)”69のコツ精神科医がすすめる不思議なほど気持ちがラクになる本―“そこそこ(S)・まあまあ(M)・楽しく(T)”69のコツ
(2007/06)
町沢 静夫

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著者は、精神科医です。多くの心の病を診て、治療をされてきた方です。

本書の後半部分は、精神科医としての専門領域のことを書かれていますが、前半部分は、「そこそこ」「まあまあ」「楽しく」生きるコツが、わかりやすくまとめられています。

したがって、タイトルのとおり、気持ちがラクになっていく書です。納得できる箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・待つことができるのは知性の力。人間にとって一番進歩したのは理性であり、それは制御する力。つまり、待つことを学ぶこと

・変化は人間の好奇心を呼び起こし、喜びも呼びさます。これを知らないとしたら、病気ということ

・孤独には、「ロンリネス」が意味する「孤立」と、「ソリテュード」が意味する「豊かな孤独」がある。「ソリテュード」は、私たちに生きる意味を与えてくれる。そして、また創造性を与えてくれる

・「幸福、幸福」と叫んでいるときは不幸なとき。静かなときが、いちばん幸福

・規則を守るために仕事をするのではなく、仕事を通して役割を果たす、それを楽しむために仕事をする

・人生の内容は、その人の着想意気込み、意欲によって、どうにでも変わっていくもの。それが豊かな膨らみをもてば、その人の人生は生き生きとしたものとなり、人生を楽しめる

・心の病は、心のよどみであり、体のよどみ。人間の動きを決めるのは、意欲が大きな力を発揮する。この意欲こそ、心の流れを引き起こすもの。その動きと流れこそ、人間の本質であり、心の健康を保つ大きな力

・自分の人生の前方に光を見つけ、少しずつ進む。それに成功した人だけが、苦しみや心の病を克服できる

・「人生の最も重要な問題は、根本的に、解決することができない。ただ、わずかに、すり抜けることができるだけ」 (スイスの心理学者・ユング)

・自尊心が極端に高い人は、実は極端な劣等感を秘めている人が多く、逆に劣等感が極端に強い人は、高い優越感を持っていることが多い

・フランスの哲学者サルトルは、「牢に入っていても自由があった」と述べている。それは、想像力があったから

・「すべて完全にこなす」ということは、いかにも立派なことのようだが、もしその裏に楽な道を見つけて、完全に失敗を避けようとしたのなら、それは失敗になる

・自分を高いところにおくこと。これは傲慢というのではなく、モラルの高さのこと。高いモラルをもって他人を見れば、恨みやひがみ、ねたみといったものは小さく見える

・子供にとって、過保護は、「ペット化」という虐待。自立心や自由な考え、想像力を育てることが重要

・対人恐怖というのは、日本人に特有の心の障害。対人恐怖の人には、邪悪な心を持った人がいない。むしろ従順で、人に優しい人が多い。他人への気配りも繊細。彼らは「他人は自分をどう思うのだろうか」ということに敏感で、その考えを中心に生きている

・日本人の大部分は、拒絶を恐れていながら、平気で人を拒絶しているから、自己中心。対人関係の学びが足りない

許すということは、とても偉大な行動で、力のいる行動。そして、それは自分自身の心を癒すための強力な武器であり、マスターしなくてはならないもの



心の奥に潜むものが、われわれの行動の足かせになっている場合が多いものです。心が背中を押すのならともかく、心が足を引っ張っているとしたら問題です。

その心の奥に潜むものを取り除くのに、本書は有効です。気持ちが楽になり、思いきった行動に踏み切ることができるのではないでしょうか。
[ 2011/12/14 07:19 ] 幸せの本 | TB(0) | CM(0)

『菌が地球を救う!―あなたのまわりの発酵菌が人を幸せにする』小泉武夫

菌が地球を救う!―あなたのまわりの発酵菌が人を幸せにする (宝島社新書)菌が地球を救う!―あなたのまわりの発酵菌が人を幸せにする (宝島社新書)
(2007/09)
小泉 武夫

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小泉武夫先生は、発酵学が専門です。このブログでは、藤田紘一郎先生との共著「腸健康法」に次ぎ、2冊目の紹介となります。

発酵食品が、健康にいいことは既に衆知の事実ですが、さらに進んだ菌の応用法が、この本に数多く載せられています。

菌について興味深かった箇所を「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・日本は、世界的に一番早い「菌王国・発酵王国」だった。平安時代末期に、世界に先駆けて菌を売る商売があった。この商売は、今も種麹屋として残っている

・発酵というのは、人間のためにいいことをしてくれる微生物の生命現象。腐敗菌とか病原菌というのは、人間のために悪いことをするための生命現象

・菌というのは、いざとなればものすごく我々の力になってくれる。人間は菌をうまく利用し、菌を家畜化してきた

・今一番注目されているのは、極限微生物。ナポリの海底火山の噴火口や南極の氷やヨルダンの死海の中にいる。そうした特殊環境にいる菌を利用すれば、とんでもない医学の進歩になる

・菌の中には、発酵によって水素を作りだすものがいる。ラン藻菌は、光が照射され、そこに水があると、水を水素と酸素に分解する。光合成細菌は、生ゴミなどの有機物を分解して水素を発生する

・川の汚染を解決するには、廃液を川に流す前に、工場内で有機物を菌に食べさせ、水をきれいにしてから廃棄する「メタン発酵法」や「活性汚泥法」という発酵法がある

・抗ガン剤の多くは、菌の発酵によって生産されている。アクチノマイシン(腎臓ガン)、クロマイシン(ガン全般)、マイトマイシン(白血病、肉腫)、ブレオマイシン(皮膚ガン)は、100%菌が作った抗生物質

・松茸、椎茸、舞茸、シメジ、エノキダケ、エリンギなどのキノコは、食菌類と呼ばれる菌。我々は菌そのものを食べている。また、タンパク質を多く含んだ微生物菌体の研究が、最近行われており、食糧問題の解決が期待されている

・芋のでんぷんを分解して、ブドウ糖にし、それをラクサン菌で発酵し、イソブタノールを作り、脱水して還元すれば、イソオクタンという航空燃料ができる。芋を原料にして飛行機を飛ばすことができる

・お母さんのおっぱいの中に、ラクトフィリンというものすごく素晴らしい免疫が入っていて、赤ちゃんはそれを腸から吸収するから病気にならない

・“腸能力”は「免疫を作る」だけでなく、「ビタミンを作る」。腸の中にある、乳酸菌を中心とした腸内細菌は、いろいろなビタミンを作る

・江戸時代、甘酒は夏の栄養ドリンク剤だった。甘酒は、ブドウ糖が20%を超え、麹菌によって変えられた必須アミノ酸を豊富に含む。さらに、麹菌が、ビタミンB1、B2、B6、パントテン酸、ビオチンなどのビタミンを作り、その成分が溶け出している

・日本に漬物が多い理由は、漬け汁(醤油、もろみ、みりん、米酢、塩出し汁、梅酢、日本酒、焼酎)、漬け床(酒粕、味噌、糠、麹、溜、カラシ)の種類が豊富で、菌の作用を受ける発酵漬物(糠漬け、三五八漬け、麹漬け)が多いから

・キムチの中に存在している多数の生きた乳酸菌は、そのまま大腸に棲みついて、整腸作用をしながら、悪玉菌を排除する。本物の発酵したキムチには、原材料に「調味料、甘味料」ではなく「塩辛」が表示されている

・味噌に含まれる、レシチンは高血圧予防、リノール酸は心臓や毛細血管を丈夫にする働きがある。さらに、味噌の脂溶性物質中に、発ガンを抑制する効果があり、不溶性残滓に、坑腫瘍性がある

・日本酒には、肌をツルツルにして白くする成分(米が発酵したもの)が含まれている。日本酒を作る時に使われる米麹に含まれる麹酸も肌を白くする



とにかく、菌には、まだ知られていない凄い力がありそうです。菌や微生物など、目にはほとんど見えない生物は、まだまだ研究途中にあり、これから大きな発見が度々あるのかもしれません。

菌の力は、新たな産業革命と呼べるほど、人類を幸福に導き得ることを実感させてくれる書です。
[ 2011/12/13 07:32 ] 環境の本 | TB(0) | CM(0)

『泣き言はいわない』山本周五郎

泣き言はいわない (新潮文庫)泣き言はいわない (新潮文庫)
(1994/10)
山本 周五郎

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山本周五郎氏が亡くなって四十年以上経ち、徐々にその名が忘れ去られようとしています。

樅の木は残った」「赤ひげ診療譚」などの作品は今でも有名ですが、その箴言の素晴らしさに関心がなくなってきているように感じます。

この本は、山本周五郎氏の名文が数多く収められています。共感できる箇所が多々ありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・人生は教訓に満ちている。しかし、万人に当てはまる教訓は一つもない。殺すな、盗むなという原則でさえ、絶対ではない

・人間が大きく飛躍する機会はいつも生活の身近なことのなかにある

・攻める力はいつも、守る力に先行する。攻め口がわかるまでは、守る手段も立てられない

・積極的な意志を伴わない善は、却って人を毒する

・毒草から薬を作りだしたように、悪い人間から善きものを引き出す努力をしなければならない

・人間が善良であることは決して美徳じゃない。そいつは、毀れ易い装飾品のようなもので、自分の良心を満足させることはできるが、現実には何の役にも立たない。そのうえ、周囲の者にいつも負担を負わせる

・あやまちを犯す人間は、たいてい責任を人になすりつけるものだ

・初めに犯した罪をつぐなう勇気のない者は、必ず次々と、段々に重く、大きな罪を重ねていく。そこに弱い人間の悲しさがある

・人は誰でも、他人に理解されないものを持っている。もっとはっきり言えば、人間は決して他の人間に理解されることはない

・若い人間には、不安とか不満とか怒りや失望がつきまとう。なぜなら、若い人間は、既にある社会状態の中へ割り込んでいくから

・勝負には、勝つという確信が大切。互角の腕なら、勝つという確信を持つ者に分がある。慢心はいけないが、自分を信ずる気力を失うことは自ら負けること

・一矢で射止めることができるのに、何のために二の矢を持つ必要があるのか。弓道の作法とは、命矢を持つにあるのではなく、一矢で射止めるところにある

・人間というものは、一方から好かれば、一方から憎まれる。好評と悪評は必ず付いてまわるもの。あらゆる人間に好かれ、少しも悪評がないというのは、そいつが奸譎で狡猾だという証拠のようなもの

・幸福は、他の犠牲によって得られるものではない。そのために、誰か不幸になり、犠牲になるような幸福は、それだけで、すぐ滅びてしまう

・善意と悪意、潔癖と汚濁、勇気と臆病、その他諸々の相反するものの総合が人間の実体。世の中は、そういう人の離合相剋によって、動いていくのだし、眼の前にある状態だけで、善悪の判断はできない

・人間は、善良であるだけではいけない。善良であるためには、闘わなければならない。単に善良であるというだけでは、むしろ害悪でさえあるというべき

・正しい人間には味方なんて要らない。なぜかと言えば、正しいということが、何より強い大変な味方だから

・世間は絶え間なく動いている。人間だって生活から離れると錆びる。怠惰は酸を含んでいるから

・少しでもよい仕事をしようと努めている者にとって、その仕事を褒められるほど嬉しいことはない

・人間の生き方は一つしかない。貸方になるか、それとも借方に廻るか。大事なのは、金ではなく、金のどちら側へ立つか

・人間がいったん権力を握れば、必ず、その権力を護るための法が布かれ、政治が行われる。いついかなる時代でも

・庶民の知恵は、詰まるところ、権力や富の狡猾と悪賢さにはかなわない

・芸というものは、八方円満、平穏無事、波風立たずという環境で、育つものではない。あらゆる障害、圧迫、非難、嘲笑を浴びせられて、それらを突き抜け、押し破り、闘いながら育つもの


山本周五郎氏の文章は、強く、たくましく、自分を信じて、積極的に生きることを説くものばかりです。

「泣き言」を言わずに、生きていかなければならない人は、氏の文章を読めば、きっと勇気づけられるのではないでしょうか。

[ 2011/12/12 07:05 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『老いの思想―古人に学ぶ老境の生き方』安西篤子

老いの思想―古人に学ぶ老境の生き方老いの思想―古人に学ぶ老境の生き方
(2003/05)
安西 篤子

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古今東西の偉人たちが、老いについてどう考えていたのか。その文章を選別したのが、この書です。

吉田兼好、宮本武蔵、ラ・ロシュフコーなど、私の好きな偉人たちも登場しますので、最後まで飽きることなく読むことができました。

共感した箇所も数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・「まづしき者は財をもて礼とし、老いたる者は力をもて礼とす。おのが分をしりて、及ばざる時は、速にやむを智といふべし(貧しい人は無理をして金品を贈りたがる。老人はがんばって働いてみせる。しかし、賢い人は、分不相応の無理はしない)」 (吉田兼好)

・「身死して財残る事は、智者のせざる所なり(賢い人は、子孫にまとまった遺産など残さない)」 (吉田兼好)

・「『さだかにも弁へしらず』などいひたるは、なほまことに道のあるじと覚えぬべし(「私はよく知りません」と謙虚に答えれば、かえってその人の奥行きが感じられる)」 (吉田兼好)

・「能の奥を見せずして、生涯を暮すを、当流の奥義、子孫庭訓の秘伝とす(老年に及んでもなお、限りなく上達し続けること、これを子孫への教えとした)」 (世阿弥)

・「よろずに依怙の心なし。我事におゐて後悔をせず。他をねたむ心なし。わかれをかなしまず。数奇このむ事なし。老身に財宝所領もちゆる心なし。仏神は貴し、仏神をたのまず。身を捨ても名利はすてず。常に兵法の道をはなれず」 (宮本武蔵・独行道)

・「われわれの美徳は、ほとんどの場合、偽装した悪徳に過ぎない」 (ラ・ロシュフコー)

・「われわれは生涯のさまざまな年齢にまったくの新参者としてたどり着く。だから多くの場合、いくら年をとっていても、その年齢においては経験不足なのである」 (ラ・ロシュフコー)

・「かつて美しく愛らしかった老婦人が陥る最も危険な滑稽さは、自分がもはやそうではないことを忘れてしまうことである」 (ラ・ロシュフコー)

・「老人に残された唯一の良策は、これまで世間に見せすぎるほど見せてしまったものを、人目から隠すことである」 (ラ・ロシュフコー)

・「老年の真の不幸は、肉体の衰えではなくて、心が何物にも動かないことである」 (アンドレ・モロア)

・「老人は暮らしを立てるのに骨が折れることを知っているし、あまりに酷すぎる仕事が体にこたえることも知っている。それだからこそ、おのれの所有するところにへばりつく」 (アンドレ・モロア)

・「老人は依怙地になって働き盛りだった時分の偏見に執着する」 (アンドレ・モロア)

・「好奇心を無垢のまま持ち続けている人にとっては、隠居こそ一生のうちで最も楽しい時である」 (アンドレ・モロア)

・「いつかそのうち、都会からあまり離れていないどこかの田舎に引っ込んで、これまで読んだ何冊かの書物を、註釈をつけながら読みなおすことくらい、人生の美しい結びがあろうとは思われない」 (アンドレ・モロア)

・「世間での新しい、珍しいことは、耳に入っても、口から出すべきではない」 (新井白石の父正済・折りたく柴の記より)

・「又しても、同じ噂に孫じまん、達者じまんに若きしゃれ言」
「くどうなる、気短になる愚痴になる、思いつく事皆古うなる」
「聞きたがる、死にともながる淋しがる、出しゃばりたがる世話やきたがる」(根岸鎮衛)



ここに登場する偉人たちには、老境の生き方において、共通するものがあるように思います。

それは、「上を向いて生きる、慎ましく生きる、好奇心を失わずに生きる、理性的に生きる、頼らずに生きる」といったことです。

つまり、良き老人とは、良き人間です。良き人間に近づけるように、生きながら、自然と歳をとっていく。これが老境の生き方なのかもしれません。
[ 2011/12/09 08:04 ] 老後の本 | TB(0) | CM(0)

『軋む社会---教育・仕事・若者の現在』本田由紀

軋む社会---教育・仕事・若者の現在 (河出文庫)軋む社会---教育・仕事・若者の現在 (河出文庫)
(2011/06/04)
本田 由紀

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著者は、東大大学院教授の社会学者として有名な方です。論壇やメディアにも度々登場されています。この気鋭の学者が、教育・仕事・若者の現在に切り込んだ力作の書です。

日本社会の軋み(きしみ)がどこに出ているのかを社会学的に調査して、発言されています。この本を読み、気づかされることが多々ありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。


・日本の学生は、教育内容への興味関心や、それが生活や将来の仕事に役立つと感じる度合いが、国際的に見ても極めて低い。それは、一方では、学習意欲の格差につながる。他方では、生きる道を切り開く術として、教育が有効に機能していないことを意味する

・「自己実現系ワーカーホリック」成立要素として、「1.趣味性」「2.ゲーム性」「3.奉仕性」「4.サークル性・カルト性」の四つがあげられる

・「趣味性」とは、個人性が強い「自由闊達な」仕事でありながら、「働きすぎ」が生じる側面があるケース。好きなことを仕事にするこわさの危険が伴う

・「ゲーム性」とは、擬似的な「仕事における裁量性や自律性の高さ」に基づき、うまくやれば、売上や収入が上がるという「ゲーム」に没入していくケース

・「奉仕性」は、顧客に対面的なサービスを提供する職(個人の高度なスキル、知識、職業倫理に基づく仕事)に見られる。しかし、ここにも顧客への最大限の奉仕という気高い動機自体が、「働きすぎ」を生み出す要因となる落とし穴がある

・「サークル性・カルト性」とは、仕事の意義について、疑似宗教的な意味づけがされ、高揚した雰囲気の中で、個々の労働者が仕事にのめり込んでいくケース

・これほど大量の低賃金労働者が暴動に走りもせず、社会内に存在しえているのは、彼らを支える家族という存在が前提。それゆえ、親の早逝や離別などにより、依存できる家族を持たない若者は、厳しい困窮状態に置かれている

・短時間労働者にとっての「不安定性」、長時間労働者にとっての「きつさ」、労働者にとっての将来や人間関係の面での「閉塞性」。それらはどれも、普通の人にとって耐え難いほどの限度に達している

・日本では、非正社員の比率が世界的に見ても高く、かつ正社員と非正社員の時間当たり賃金格差も際立って大きい。正社員の勤続年数は他国と比べて長く、勤続に比例した賃金上昇度合いは大きいが、仕事への満足度は低い。日本において数々の異様さが見出される

・雇う側に偏り過ぎた取引の主導権を、働く側に引き戻す必要がある。告発や、交渉や、法への準拠や、市場行動や、投票行動や、あらゆる行為を通じて、紙や、画面や、声や、体や、あらゆる媒体を使って、路上で、会議室で、法廷で、カフェで、あらゆる場所

・人々は不安の原因を、社会の中の特定の層に帰属させ、それを批判し、排斥することによって軽減しようとする。「きちんと働かない」若者は、年長者にとって不可解な存在であることから、批判や排斥の対象とされてきた

・「自ら考え、主体的に判断する能力」を身につけさせることが、学校教育の最も重要な目的であるにもかかわらず、小・中学校の教室に貼り出される目標は、「なかよし、思いやりのある子」「がんばる子、元気に遊ぶ子」「勉強をしっかりする」の三つ

・多くの日本企業が言う、「意欲」や「コミュニケーション能力」は、企業が望む考え方や意識を自発的に読み取り、先回りして行動する資質に他ならない。あまりに高い「意欲」や自己主張を示す、本当に個性的な人間は求めていない

・今の日本企業が声高に求めている「自主性」「創造性」「挑戦」などの言葉の陰で、個々人を圧殺するような集団への「同調圧力」、前例の「踏襲主義」、上位下達的な「官僚主義」が、まだはっきりと残っている

・若い人たちを尊重し、承認し、信頼し、支え、応援し、見守ることがまず必要。ときに若い人が示す未熟さや荒っぽさ、失敗も含めて、まずはあるがままに受け入れることが必要。締めつけるだけでも、放置するだけでも、若い人たちはその持てる力を発揮できない



軋みを修繕していかないと、そのほころびが広がり、いつか破れて大変なことになります。

現状は、軋む場所が、とっくに発見されているのに、処置されずに、放置されたままといった状態ではないでしょうか。

そのままにしておくと、他人事ではすまされない事態が起こるやもしれません。そうならないためにも、みんなが、不公平さに目を向けていかなければならないと思います。
[ 2011/12/08 07:28 ] 仕事の本 | TB(0) | CM(0)

『江戸の卵は1個400円!モノの値段で知る江戸の暮らし』丸田勲

江戸の卵は1個400円! モノの値段で知る江戸の暮らし (光文社新書)江戸の卵は1個400円! モノの値段で知る江戸の暮らし (光文社新書)
(2011/04/15)
丸田勲

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この本は、江戸の物価に焦点を合わせた内容です。モノの値段だけでなく、サービスの値段も記されているので、需要と供給の関係を、より知ることができます。

江戸時代の社会情勢を知る上で、役に立った箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・1800年代初め、大工は、1日の手間賃が8400円、それに昼飯代金が2400円付いて、計10800円。家族三人の裏長屋暮らしで、家賃は月2万円。月収に占める家賃の比率は8%ほど。現代に比べると、家賃の割合がかなり低かった

江戸の米価は1升(1.5kg)1800円。現在、スーパーで米を買えば、10kg3000円前後。江戸の米価のほうが、4倍ほど高井

江戸の大家はマンションの管理人のようなもの。大家は収入に恵まれていたが、大家になるには、まとまったお金が必要だった。大家株は256万円~2560万円と高値で売買され、江戸の中心地ほど高かった

・商家への奉公は、小僧(12~13歳)を7~8年勤めると手代に昇進し、給与(年38~64万円)が支給される。雇用契約は10年。素行が悪い、能力なしと見なされば、ここでお払い箱。番頭に出世すれば、給与(年256~384万円)も上がり、結婚できた

最下級武士の年棒は、年60万円。大工の年間収入が300万円強なので、大工の年棒の5分の1足らず。武家は家賃がかからないとはいえ、この年棒では、内職をしなければ、食っていけなかった

損料屋(レンタルショップ)が貸す物は、鍋釜から衣装、旅に必要な物まであらゆる商品が揃っていた。品物を借りる場合には、損料のほかに保証金が損料の2倍必要だった

・拾い集めた紙くずを材料とした再生紙で、落とし紙や鼻紙として使用された。値段は100枚2000円くらい。1枚20円で、紙は貴重だった

・貸金業も、武家の禄米をかたに取って金を貸した札差(年利12%)や弱者救済で許された座頭金(年100%)などがある。庶民が借りたのは「百一文」(朝100文借りて、夕方101文返す)という町金

・江戸の日本橋周辺から吉原大門までの駕籠賃は16000円。今なら、タクシーで3000円あれば十分足りる。しかも、雨の日には、割増料金も請求された

・長屋暮らしの庶民が、新しい着物をあつらえることはほとんどなく、古着屋で古着を買い求めて着用していた。木綿の古着なら2000円前後

きざみ煙草は20gで200円くらい。この値段なら、江戸の庶民も煙草を楽しむことができた

寺子屋は、「束脩」と称する入門料が4000円~6000円。月謝は、4000円。筆、硯箱、紙は持参。机も入門する際に持参

・俳人・松尾芭蕉の葬儀費用は77万円との記録がある。このくらいが、江戸庶民の並みの葬儀費用

・医者の診察料は、2~3万円。薬料が6万円。庶民が払える額ではなく、庶民は富山の売薬(1400円)を頼りにしていた

・現代の喫茶店に相当する「水茶屋」では、美人の看板娘「茶汲み女」を置いた。茶代100円、団子200円の他に、美人看板娘のチップに2000円置く者が多かった

・富くじの賞金額の最高額は1280万円というのが多かったが、賞金1億2800万円という「千両富」もあった

・ほとんどの密通事件は、女の亭主に慰謝料を払い、示談で済んだ。この慰謝料を「首代」と言った。首代の相場は96万円。さらに、この首代狙いの美人局も流行した

・江戸~伊勢は往復で25日、川止めなどの予備日を加えて28日要した。旅籠代、昼食、草鞋代、渡し賃も含めて、1日8000円。伊勢での滞在費用、賽銭、土産なども含めて、総額28万円




現代と比較して、安いと思われるものに、家賃、煙草、古着、寺子屋授業料などがあります。高いと思われるものに、米、紙、駕籠代、医者の診察料などがあります。

江戸の庶民は、値段が高ければ、新品を買わずに、中古品、レンタル品、代用品を利用しています。

つまり、現実と向き合いながら、しぶとく、たくましく、賢く生きていたということではないでしょうか。案外、貧乏を楽しんでいたのかもしれません。
[ 2011/12/07 07:01 ] 江戸の本 | TB(0) | CM(0)

『公務員革命:彼らの〈やる気〉が地域社会を変える』太田肇

公務員革命: 彼らの〈やる気〉が地域社会を変える (ちくま新書)公務員革命: 彼らの〈やる気〉が地域社会を変える (ちくま新書)
(2011/10/05)
太田 肇

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太田肇氏の著書を紹介するのは、「お金より名誉のモチベーション論」「認め上手」「見せかけの勤勉の正体」に次ぎ、4冊目です。

太田肇氏は、評価や表彰のしくみなど、お金以外で人のやる気を高め、成果を上げる研究をされている大学教授です。

今回の本は、今、最もやり玉にあげられている公務員のやる気をどう高めるかの研究です。

公務員の数は、国家公務員。地方公務員、公社、公団、政府系企業、公営企業を含めると、その数は500万人以上で、日本の雇用労働者数のほぼ10人に1人の割合になります。

やり玉にあげられるのは、「給与が高い割に、働きが悪い(お値段以下)」と国民のみんなが判断しているからです。そのためには、給与を下げていくことはもちろん、もっと働いてもらわなくてはなりません。

この本は、どうすれば、公務員にもっと働いてもらうことができるのかを主眼に置いています。興味深く読めた箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・海外の自治体では、個々人の成果によって給与や賞与に差をつける成果主義を採用しているのは、主に管理職だけ。非管理職に対して採り入れているところは見当たらない

・満足をもたらす要因には、「達成」「承認」「仕事そのもの」などが含まれ、不満をもたらす要因には、「給与」「上司との人間関係」「作業環境」などが含まれる。給与は、「やる気」をもたらすというよりも、不足しているときや不公平なときに不満をもたらす性質のもの

・「時間をかけ遅くまで残業」「休暇をとらない自慢」「忙しそうな素振り」「必要のない仕事を増やす」「頻繁に長時間の会議を開く」「市民に慇懃無礼に応対」「冗長な文章を書く」「資料は質より量を重視」。やる気をアピールする「やる気主義」が役所に蔓延している

・日本の役所組織には、欧米のような厳密な職務概念が存在しない。その結果、成果主義が「やる気主義」に変質している

・公務員が「お役所仕事」「事なかれ主義」「休まず、遅れず、働かず」などと揶揄されるのは、真面目に努力するが、ある水準以上になると、やる気が発揮されない「やる気の天井」が存在するから

・「お金持ちになりたい」「他人より裕福な暮らしがしたい」という動機で、公務員になり、働いている人は少ない。いわゆる「経済人」ではない。このことからも、公務員に対する成果主義の導入は、不満や不公平感をもたらすだけで、積極的な動機づけにならない

・「住民のために尽くしたい」「地域の発展に貢献したい」という思いは、地方公務員の特徴である「ローカル志向」と関係している。彼らは、行政区域内のことには強い関心を抱くが、区域外のことには無関心な人が多い

・公務員の場合、仕事での貢献と報酬が密接にリンクしていないため、金銭や地位といった報酬(外的報酬)を実力で獲得することが難しい。それを補償する形で、内発的動機づけ(達成、仕事そのもの)が強くなる

・公務員の出世意欲が強いのは、役職以外に「偉さ」を表わすシンボルが乏しいのが一因。成功や有能さを示す機会が他にあれば、役職へのこだわりは薄れる

・「やる気の天井」を破るためには、受け身の「公僕」意識から一歩踏み出し、自分が仕事の「主役」であるという自覚を持たすことが必要

・「やる気の天井」を突き破った「超やる気」スーパー公務員には、「1.自律性」(トップから仕事を一任、自由な仕事、専門性)「2.承認」(役所内での目立つ存在、住民からの注目)「3.」(実力次第でさまざまな仕事につけて活躍できる可能性)がある

・自律性には、「仕事の自律性」(自分の裁量や判断の余地)、「行動の自律性」(勤務時間や休息、仕事の場所の自由決定)、「キャリアの自律性」(携わる仕事、働く職場、伸ばす能力、進む道の自己決定)がある

・近年、管理監督責任の強化、仕事の「見える化」が叫ばれ、役職のない人は公式な権限がなく、自己決定できなくなった。そして、細かく仕事をチェックされるようになった。特に役所では外部競争がないので、行きすぎた手続き重視に歯止めがかからない

・役所の管理職の数は、合理性と無関係な処遇の論理によって決まる。財政の悪化で新採用職員が減る一方、定年延長によって中高年職員は増えた。彼らにそれなりの役職を与えた結果、暇になった管理職が増え、管理職過剰による管理過剰が生まれている

・スウェーデンの国の機関では、残業時間を貯金し、好きな時に使える制度がある。海外の役所は、職員に対して、いかに働きやすい環境を与え、効率的に仕事をさせるかという視点がある。有益な制度があれば次々に採用し、職員もそれを積極的に利用する

・中国の国営企業や台湾の公益企業の重職には、30代から40歳前後の若い女性が多い。彼女たちには、残業がなく、時間の融通が利くためハンディがない。日本の役所では、仕事の分担責任範囲がはっきり決まっていないので、残業が増え、時間の融通が利かない

・欧米の大企業の評価制度は、たいてい3段階か4段階。8割~9割の人は真ん中に集まる。日本の役所でも、3段階くらいで評価するのが妥当。「とくによくできる人」「ふつうの人」「とくに問題がある人」の割合は、1:8:1くらいが現場感覚に近い

・評価結果が処遇に反映されるなら、評価される側は受け身になり、自分をガードする。処遇評価は3段階くらいにとどめ、本人の主体性を取り入れた育成評価に重点を置くといい

・役所に限らず、日本の制度改革がなかなか進まず変化に適応できない原因は、体系性画一性無謬性を追求しすぎるところにある。それにこだわっていては、改革は常に後追いになる

・「超やる気人間」は、上司に良い評価をしてもらえる、同僚より早く課長になれる、賞与が同僚より10万円多いといったことにはほとんど関心がない。彼らの目は、外の広い世界に向けられている。その視野の広さ、射程の長さが、規格外のやる気を生み出している

・日本人には、自分の功績をアピールしたり、自ら名を出したりすることをためらう奥ゆかしさが残っている。けれども内心は、自分の活躍や功績が名前とともに公表されるとうれしい。わが国の役所風土では、「裏の承認」(○○大賞、△△賞)の仕掛けづくりも大切

・近年、どの役所でも、大きな名札をぶら下げて仕事をするようになった。個人の名を出し、仕事をさせる以上、仕事に必要な裁量権、自律性を与えなければ、名を出させることが単なる監視の手段になり下がり、「さらし者」にしかねず、動機づけに逆効果となる

・韓国の行政組織は、基礎的自治体(市・郡・区)、広域自治体(道・広域市)、中央政府の三つに分かれているが、それぞれの間を移籍できる転入制度がある。韓国の行政組織は日本の影響を強く受けているが、アメリカの制度も参考にし、独自に発展し続けている



役所によっては、自己改革できたところもあるようです。特に、弱小貧乏「地方自治体」ほど、給料の少ない若手職員に裁量権を与え、活躍させています。海外にも、公務員の働き成功事例は数多くあります。

こういう地方や海外の事例を学び、公務員に「給与以上の働き(お値段以上)」をしてもらうきっかけとして、この本は役に立つのではないでしょうか。
[ 2011/12/06 07:28 ] 太田肇・本 | TB(0) | CM(0)

『上機嫌な言葉366日』田辺聖子

上機嫌な言葉366日上機嫌な言葉366日
(2009/04)
田辺 聖子

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何十年に渡って、女性から圧倒的な支持を得ている田辺聖子さんの名言集です。

「永遠の乙女」とも言うべき田辺聖子さんの視点は、男性的、理性的な感覚とは違ったものがありますが、生きていく術については、大差がないように思います。

気に入った言葉が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・人間が人間を慰めるなど不遜の極み。黙って、そっとしておいたらいい。人の気持ちに踏み込まない方がいいと思う

下品な人が下品な服装と行動をとるのは、これは正しい選択であって、下品ではない。しかし、下品な人が、身にそぐわない上品なものをつけているのは下品

・友人は学校で一番できやすい。同じ水準の、同じ年頃の人間が固まっているのだから、友人ができなければウソ。しかし、できやすい所でできた友人は、また離れやすいのも事実

好色な人は男も女も、人生、楽しそうに生きている

・「いそいそとする」ことが生きる楽しみ。なるべく、人生、「いそいそとする」ことが多いといい

・世の中に出たら、ヨイショするのも仕事のうち。何たって、ヨイショしてあげると、その人も自信がつくし、まわりも華やかになって、人生、景気がいい

・生まれながらの金持ちというのは、どこか引け目から猫背風だが、成り上がりは、冷酷に反り上がっている

・「それもある」という気持ちが底にあれば、交渉はスムーズに、見解の相違も歩み寄れる余地がある。すべての軋轢は、この一語を振り返る余裕のないところから生まれる

・贅沢は充たされたとき、単なる物欲となってしまう

・人生の意義は、いろいろあるけれど、自分が何回、笑顔になったか、人の笑顔をどれほど見たかで、充実度がはかられる

・どんな財宝やどんな卓見や芸術よりも、人間の上機嫌を上においている。人間が上機嫌でいられるときというのは、この世では少ない

・アランは「幸福とは、自分の価値を知ってくれる人のそばにいることである」と言った。自分の何者であるかを知ってくれる人、その人を、自分も愛すること、それに勝る幸福はない

・人を取り巻く状況はいつも変化し続けるが、ことに幸福や楽しいこと、嬉しいことは変質しやすい。変質しないうちに、辞去するというのが理想的

・「美しくて不幸なのと、醜くて幸福なのと、どっちを選ぶか」と言われたら、たいていの女は、不幸でも美しいほうを選ぶ

・教養というものは、まわりくどいもの。いつ役に立つかわからない。そういうものの積み重ねで、気の遠くなるほどの長い時間と人生の滴りが、人間の裡なる壺に落ち、貯められていく。それを教養と言う

・ほめられると、人間はどんどん美しくなって見違えるようになるし、人をほめる癖がつくと、人の美点もよく目につく

生きて、愛して、人生を楽しむこと、それがまず根本にあって、それを守るため政治も経済も法律もある。お金も若さも美しさも、音楽も本も、そのため。今は、みんなひっくり返ってしまった

断定する人、説教する人、じーっと、よく見てみると、本当に幸せじゃない。本当に幸福な人は、他人のことにかまうひまなんかない

・宴が果てる、楽しいことが終わる。そのとき、席を立つ。その立ち方に、人間のすべてが出る



田辺聖子さんの「乙女の感性」は、理屈をこね回す「大人の男の理性」に比べて、より現実的だと思いました。

「楽しく生きられたら、それでいい」ということを根底に据えておかないと、生き方が袋小路に入って、引き返せなくなるのかもしれません。

論理的、合理的な思考を持つ男性こそ、この本を読んでみる価値があるのではないでしょうか。
[ 2011/12/05 07:14 ] 田辺聖子・本 | TB(0) | CM(0)

『不老革命! 老化の元凶「フリーラジカル」と戦う法』吉川敏一

不老革命! 老化の元凶「フリーラジカル」と戦う法不老革命! 老化の元凶「フリーラジカル」と戦う法
(2005/05/12)
吉川 敏一

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著者は京都府立医科大学の学長で、国際フリーラジカル学会の会長を日本人で務められていた方です。

フリーラジカルとは、医学では、「傷ついた細胞」を意味します。

「抗酸化物質」を体に摂り込むことで、フリーラジカルを消し去り、老化の進行を止めようとするのが、この本の主旨です。

約6年前に出版された本ですが、不老医学の最先端を走る国際学会で発表されたことをもとに書かれていますので、今読んでも、テーマと内容に斬新さを感じます。

この本を読み、「不老」について、なるほどと思えた箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・体の中で、フリーラジカルが大量に生み出されて、常に体を酸化させている。これが老化の元凶。老化とは、生体機能全般の退行性変化。シミ・シワ、足腰の筋肉の鈍い動き、物忘れ、臓器の弱い働きなど

・人は呼吸によって取り入れられた酸素を使って、食物から摂った栄養分をエネルギーに変換する作業が行われる。エネルギーが生み出されるときに、すべての酸素を消費しきれずに、約2~3%残ってしまう。フリーラジカルはそこから生み出される

・年齢を重ねるほどに抗酸化物質を補うことが必要。とくに抗酸化酵素が減り始める40歳前後からは、それまで以上に補わなければならない

・「虚血」(血液が細胞に流れない状態)と「再灌流」(再びその細胞に血液が流れ出す状態)を繰り返す状態が起こったときに、フリーラジカルを放出する

・紫外線はフリーラジカルの発生源。目の病気である「白内障」や皮膚の老化現象である「シミ・シワ」をもたらす

起きている時間が長い人ほど、体の中にフリーラジカルが増えてしまう。フリーラジカルがミトコンドリアから漏れ出る可能性が高まるため、細胞が傷つけられる危険性も高まる。つまり、「睡眠不足」の人ほど老化が早まる

・「食べ過ぎ」も、ミトコンドリアで使われる酵素の量が増える原因となり、フリーラジカルを大量に生み出す

・激しい運動を行うと、体の中に大量のフリーラジカルが生み出される。これも細胞を傷つける原因の一つ。飛び回るハエよりも、じっとしているハエのほうが長生きするように、運動は老化を早める行為

・尿酸は、フリーラジカルを消し去るよい作用をしており、尿酸値が高い動物ほど寿命が長い。しかし、痛風の原因でもあり、プリン体を多く含む食べ物を過剰に摂ると、体の中にたまっていくので注意が必要

老化を防ぐ生活習慣は、「食べ過ぎない」「よく眠る」「たばこをやめる」「アルコールを控える」「紫外線を避ける」「脱ストレス」「環境汚染物質を避ける」「色の濃い野菜や果物を毎日食べる」

・軽いストレスは「能率の向上」や「意欲の維持」をもたらすが、要はストレスをためこまないこと。ストレスが蓄積していると感じてきたら、「睡眠」や「休養」によって断ち切り、ストレスへの抵抗力を高めておくことが大切

・「たばこをやめる」ことは、説明するまでもないが、40歳で禁煙すると、10歳寿命が伸びる

・老化を食い止めるには、筋肉をつけることも大切。筋肉をつけることで、生活習慣病のもとである「肥満」を予防することができる。筋肉の量は40歳ころから1年で1%ずつ減っていき、真っ先に太股の筋肉が落ちる

・骨を丈夫にするには、カルシウムと一緒に、ビタミンD(魚類や卵黄)とマグネシウム(ひじきや納豆)とビタミンC(レモン)とビタミンK(納豆)を摂取しなければならない。また、骨に負荷をかけることも重要。骨に体重がかかる運動を心がけること

・女性ホルモンは抗酸化作用をもっている。一般的に女性が男性よりも長生きなのは、女性の方が抗酸化作用が強いためと考えられる。女性ホルモンに似た働きを持つビタミンEのサプリメントを飲んでいると、男性でも乳房がふくよかになってくる


健康で長生きするには、何が必要なのかがしっかり書かれています。前半は、少し専門的な用語も多いですが、後半はすらすら読めます。

この本を読めば、40歳前後で、健康に関心を持つのと持たないのとで、寿命が大きく変わっていくのは明白であることがわかります。40歳を過ぎた方に、おすすめの書です。
[ 2011/12/02 05:44 ] 健康の本 | TB(0) | CM(0)

『法然対明恵』町田宗鳳

法然対明恵 (講談社選書メチエ)法然対明恵 (講談社選書メチエ)
(1998/10/09)
町田 宗鳳

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今年、四月上旬のまだ肌寒い時期に、法然が修行した比叡山延暦寺を訪ねました。五月上旬、哲学の道から少し奥に入った、新緑薫る法然院に、偶然足を運びました。

また、八月下旬には、明恵が中興の祖となった高雄の高山寺に、上り坂に汗をかきかき、行きました。

京都の旅で、たまたま、法然と明恵ゆかりの地を訪問したわけです。当然ですが、鎌倉新仏教に大きな影響を与える法然と、その対極をなす明恵という存在に興味を覚えました。

この本の著者、町田宗鳳氏は、14歳で出家。20年間、京都の大徳寺で修行し、34歳のとき寺を離れ、渡米。ハーバード大学神学部で修士課程終了後、ペンシルバニア大学東洋学部助教授を経て、現在、広島大学教授という輝かしくも不思議な経歴の持ち主です。

著者は、法然と明恵という二人の宗教者を通じて、日本仏教の原点を見詰められています。興味深く読めたところが数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・法然は、富める者にも貧しき者にも、行いの正しき者にも身を持ち崩した者にも、例外なく訪れる「死の平等性」に着目し、そこに究極的な救いを見出そうとした

・明恵は、この世こそが、修行と学問に励むことによって、釈迦が成就した「悟りの境地」を体験し得る可能性に満ちた世界であると考えていた

・法然の専修念仏は、仏教伝来以前から日本人の心情に連綿と伝わる常世信仰に直結している。人は命絶えるとともに、その魂がいつかまたこの世への帰還を果たすという素朴な再生論に念仏信仰を合体したもの

・インドを理想空間と仰いで、原始仏教への復活を志した明恵の考えは、この世でも、あの世でも、釈迦の説いた仏法に直接めぐり逢うことこそが、至上目的。そのためには、身を慎みながら、不屈の精神で仏道修行に邁進することが必須であった

・法然が唱道した専修念仏は、思想的に過激で、旧仏教を全否定する要素を含んでいた。それは、若き法然がやっと入門できた名刹延暦寺の腐敗した姿への嫌悪感が、下地にあった

・法然と明恵は、ともに嘱望される有能な青年僧であったにもかかわらず、高い僧階を求めてしのぎを削る組織(延暦寺と神護寺)から外れ、マージナルな(周辺の)立場に身を置く選択をしたことが、彼らの思想形成に決定的な影響を及ぼすことになった

・法然と明恵の共通の運命は、両者とも師匠に恵まれなかったこと。師を持たないという深刻な事態が、否応なく彼らを独創的な思索に追いやった

・法然は、人間は善人であろうとしても、思わず悪事を働いてしまうものと考えた。そこから、善いもの、貴いものは自分の外にあるという考えが生じ、他力本願信仰へと帰結していく

・法然の「死の座標軸」が人間性への絶望を始点とするならば、明恵の「生の座標軸」は人間性への希望に始まる。明恵には、向上心がある限り、道は必ず成就するという確信があった

・果てしなく繰り返される隠遁、厳しい持戒生活という明恵の行為は、組織より個人を先行させ、強い意志力で、積極的に宗教者の「あるべきよう」を求めるもの

・仏教が日本化していく過程の一現象として生まれてきた法然の専修念仏に対して、本能的とも言えるほどの激しい反発心を抱いたのが明恵

他力の法然自力の明恵は、信仰や修行によって、初めて精神的覚醒に至ることができるという立場を守り抜いた点では同じ

・法然の周囲に集まってきたのは、大半が「一文不知(文字も読むことができない)の愚鈍の身」の人々。旧仏教の体系を根底から否定し、朝廷の権威も眼中におかない過激な教義によって、法然と専修念仏集団は、常に迫害の脅威にさらされた

・明恵は後鳥羽上皇や有力公家、北条政子・泰時などの武家から強い支持を受けた。明恵の講説は専門的で、読み書きのほとんどできない当時の庶民には、近づきがたかった。明恵の関心はどこまでも自己向上にあったので、反社会的な運動につながる要素がなかった

・明恵の「あるべきようは」という考えは、深い交友関係にあった北条泰時が制定した貞永式目にも影響を及ぼしたことが知られている

・「人は阿留辺機夜宇和(あるべきようは)と云う七文字を持つべきなり。僧は僧のあるべき様、俗は俗のあるべき様なり。此のあるべき様を背く故に、一切悪しきなり」 (栂尾明恵上人遺訓

・明恵の厳しいほどの倫理的原理主義には、僧侶たちの退廃の風潮に、正面から挑戦する意味も含まれていた。明恵は自らの身を律しながら、日本仏教から消滅しつつあったインド的原理を懸命に防衛していた

・明恵には動物にまつわるエピソードが多い。高山寺の仔犬の彫刻、鹿の像も彼が愛玩したもの。国宝「明恵上人樹上坐禅像」でも、坐禅をする明恵のまわりに、リスや小鳥が描かれている。菩提心の実践家明恵の体からは、生けるものへの「愛心」が発散していた

・真面目に身を修める人には、今も仏法が宿っている。だからこそ、自らの「あるべきよう」を問いただし、日常の生活を律していくことこそ大切。これこそ持戒の人、明恵の本音

・洋の東西を問わず、社会不安がつのると、宗教家たちは俄然活発になり、個人の死にさまざまな宗教的意味づけ>をして、死の虚像を作り、自分たちに有利な状況を生み出そうとする。慈悲の行為を装ってなされる説教は、聞かされる側が容易に拒否できない

末法思想を、社会状況の悪化とともに、一つの時代思潮に仕立て上げていったのは、間違いなく仏教教団側。悲観的な終末論を抱かせることによって、寺社との関係を断ちがたいものにした

・法然の著述には「生死を離れる」という表現が非常に多く使用されている。法然は、臨終とともに往生が成立すると考えたので、死ぬことは肉体の生死を離れて、超越的世界に入っていくことであった

・怨霊、地獄、末法の三本柱で構成された暗く冷たい死のイメージを、仏の慈悲という、万人が納得できる温もりと優しさを持ったものへ回復ならしめたのは、法然の徹底した口称念仏であった

・死の克服という個人的命題から出発した法然の専修念仏が、やがて、後世の門徒たちによる一向一揆に発展した。これは、神の恩寵を自覚することで始まったルターの福音主義が、不当課税をする封建領主に対し、大規模な暴動を引き起こしたことと似ている

・法然の専修念仏は単純平等主義ではなく、排除された者を優先的に救っていくという、救済の序列を逆転した上での複雑平等主義であったため、それまでの念仏信仰にない、大きな社会的インパクトをもっていた

・法然と明恵の宗教的世界観である「生と死」の座標軸は、同時に「信仰と道徳」の座標軸。「真摯な信仰さえあれば、人間の営みにおけるたいていの誤謬は許される」とした法然。「一定の倫理的水準を保つことなく、人が人たり得ることはない」とした明恵

・法然は念仏三昧による幻視体験。明恵は坐禅の延長線上にある夢。形こそ違うが、そこで経験されたものは、深層意識での心理現象

・明恵は法然以上に神秘的能力を持っていた。しかし、明恵は、瞑想が深まり、オカルト的な現象を体験しても、それに心を奪われてはいけないとし、釈迦が超自然的現象に否定的な態度をとったのと同じ態度をとった

・明恵が、生に基盤を置いて、生を向上させるという立場から、尊重すべき道徳律を提示したのとは正反対に、法然は死の世界から生の営みをながめて、外部から与えられた道徳律を無効とした。表面上は、両者の倫理観に大きな隔たりが存在する

・法然を初め、新仏教の指導者たちは、比叡山延暦寺で学問と修行を積んだ上で、京の街に下り、独自の教義を説き始める。山中深く研鑽を積む僧と、巷で老若男女に囲まれて現実的な悩みを前に布教活動する僧では、両者の世界観に雲泥の差が生じたのは当然

・仏教が受動態の宗教というのは、徳川300年の寺請制度に馴らされた日本人の思い込み。幕府という世俗的権威への従順のために、仏教思想が歪曲されて利用された。受動態の仏教は、先祖供養と葬式にしか関わらなくなり、その状態が今日まで続いている



法然と明恵の対極構造は、いつの時代にも見受けられる構造です。

大衆相手かエリート相手か、量を求めるか質を求めるか、組織的に行動するか単独で行動するか、運命のせいにするか自分のせいにするか、等々。

要するに、どちらも正しく、どちらも間違っていないように思います。自分はどちらが好きか、どちらに向いているかというだけなのかもしれません。

そういう意味で、日本の仏教も、仏教伝来から時を経て、なるべくようにしてなったというのが正しい見方ではないでしょうか。

日本仏教の原点を知っていると、何重にも糊塗されてきた今日の日本仏教の皮をはぐのに便利です。それができた人だけが、本当の意味で、仏教と向き合うことができるのではないかと思います。
[ 2011/12/01 07:02 ] 町田宗鳳・本 | TB(0) | CM(0)