とは学

「・・・とは」の哲学

『ユダヤの商法』藤田田

ユダヤの商法 (ワニの本 197)ユダヤの商法 (ワニの本 197)
(1972/05)
藤田 田

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この本は、古い本です。日本マクドナルドの創業者であった故藤田田氏が、マクドナルドを創業した年に執筆した本です。

その当時、大ベストセラーになりました。実際に、大企業に育て上げた著者の経営手腕が、この当時からも垣間見られます。

そういう意味で、大成功した人の原点となる考えが、いっぱい詰まっていると思われます。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。


・カネには、氏素性も履歴書もついてはいない。つまり、カネには「汚いカネ」はない

・ユダヤ人にとって「減らない」ということは、「損をしない」ということの最も初歩的な基本である

・ユダヤ人は、暗算の天才である。暗算が早いというところに、彼らの判断が迅速であるという秘密がある

・口に入ったものは、必ず消化され、排出される。つまり、口へ入れた商品は、刻々と消費され、何時間後には、次の商品が必要になってくる。売られた商品が、その日のうちに消費され、廃棄されていく。こんな商品は他には存在しない

・ユダヤ人は雑学博士である。しかも、それが通り一遍の浅い知識ではなく、博学である。ユダヤ人と一緒に食事のテーブルを囲むと、彼らの話題が、政治、経済、歴史、スポーツ、レジャーと、あらゆる分野にわたって、豊富であることに驚かされる

・ユダヤ人の豊富な知識は、人生を豊かにしているだけではなく、商人としての的確な判断を下すために、どれほど役立っているかは、計り知れないものがある

・ユダヤ人は、好成績を上げる会社を作って楽しみ、その会社を売って金を儲けては楽しむ。そして、また儲かる会社を作って楽しむ

・ユダヤ商法では、会社や契約書すらも「商品」である。契約書を買い取って、契約を売り手に代わって遂行し、利益を稼ぐという商売をしている

・流行には、金持ちの間で流行り出すものと、大衆の中から起こってくる流行の二つがある。この二つの流行を較べてみると、金持ちの間から起こってくる流行のほうが、圧倒的に息が長い

・ジャーナリズムさえ黙らせてしまえば、国家の主権を侵すことを初め、何でも思いのままに振る舞える。ユダヤ人はそれを知っているし、すでに実行している

・ユダヤ人は、旅行をしても、名所旧蹟にさほど関心を示さないが、他人種や他民族の生活や心理、歴史に対しては、専門家以上の好奇心を示して、その民族の裏側まで、のぞき込もうとする

・他人の言うことをすべて疑ってかかることは、行動のエネルギーを阻害する以外の何物でもない。懐疑主義は結局、無気力に陥ってしまうだけ。それでは、金儲けなど、とてもできない

・日本人は、契約を交わした後も、相手を信じようとしないが、ユダヤ人は、契約を交わしたら、相手を全面的に信頼する。それだけに、契約が破られ、信頼が裏切られたときは、徹底的に損害賠償を請求してくる

・ユダヤ人はタルムードを毎日読む。マスターする速度が重要なのではなく、書かれている内容を自分の生き方に照らして、いかに理解するかが眼目。この習慣こそ、ユダヤ民族の統一と団結を保っている秘訣

・簡単でボロ儲けを狙うユダヤ商法で、とっておきの商品は「通貨」。カネを売買することは、額に汗する必要が全くない



藤田田氏は大成功者になりました。この本は、マクドナルドを創業した年に書かれたということに意味があるように思います。

この当時、藤田田氏の頭の中にあった、この本の内容が、成功を導き出したのかもしれません。成功を願う人にとって、何らかの参考になる書ではないでしょうか。


[ 2011/10/31 05:58 ] ユダヤ本 | TB(0) | CM(0)

『両手いっぱいの言葉―413のアフォリズム』寺山修司

両手いっぱいの言葉―413のアフォリズム (新潮文庫)両手いっぱいの言葉―413のアフォリズム (新潮文庫)
(1997/09)
寺山 修司

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寺山修司の名言集です。彼の413の箴言を選び、構成された書です。

寺山修司自身も、「名言集というのは、言葉の貯金通帳」と言っています。言葉の錬金術師であった所以がそこに表われているように思います。

少し毒を含んだ鬼才・寺山修司の凝縮された一言一文の中で、特に心の内に響いたところを紹介させていただきます。



・現代は「足的時代」にさしかかっている。それは、「手的時代」にとってかわるもの。「手は作るが、足は作らない」。別の言葉で言えば、手は生産的だが、足は消費的

・先生という職業は、情報社会における人間相互間のスパイである

・われわれは、イメージの中で、一度経験したことにしか現実に近づけない。したがって、事実とは、常に二度目の現実の別称である

母性愛は美しいという発想は非常に危険。自分の息子のために、命懸けでやる母親というのは、他人の息子のためには、命懸けでやらないということと裏腹

・鏡の引力に引きつけられると、人はたちまち、自らの二重性を暴露される。平素はぴったりと鏡の裏に張りついている自分の死顔が、鏡の磁力によって、透視されて外在化するから

・目玉なんて何もならない。革命を遠くから見ているだけ。大切なのは心臓だけ

卑怯者とは、何をしたかで決まるのではなくて、何を後悔しているかで決まる

・幸福は、「幸福の大小ではなくて、幸福について考える人間の大小」である。幸福とは、思想である

・人間の体というのは、「言葉の容れ物」にすぎないし、出し入れ自由である

・犬は、いつでも自然(野性)に帰りたがっている。そして、その気持ちを抑えながら、人間と暮らし、人間を助け、人間を喜ばしてくれている

・スターに憧れるのは中流家庭に多い。貧しさのどん底であえいでいる人たちは、パンを追うことでいっぱいだし、上流の、欲しいものが何でも手に入る人たちにとっては、スターの生活などは夢ではないからである

・私は化粧する女が好き。そこには、虚構によって現実を乗り切ろうとするエネルギーが感じられる。そして、また、化粧はゲームでもある

・一言で片づけるとすれば、ヒトラーは「偉大な小人物」。しかし、何もしない大部分の政治家が「卑小な大人物」であることを考え併せたとき、歴史を動かしてきたのは、実は多くの「偉大な小人物」たちであったと思わないわけにはいかない

・モラル(道徳)というのは、未開社会で、ある上層階級が経済上で優位に立ち、権力を持ち始めたときに、規律として「押しつけ」たのが始まり。私たちに必要なのは、規律ではなく、自律である

・批評家というのは、時代に少し遅れていくことで役目を果たす。あまり早足の批評家では、詩人か予言者になってしまう

・賭けない男たち、というのは魅力のない男たち。彼らは、常に「選ぶ」ことを恐れる。そして、賭けないことを美徳であると考え、他人並みに生きることを幸福であると考えている

にせ物の寿命は、本物の寿命の長さによって決まる

・あらゆる笑いは、差別と階級性を内包して生まれる

・友情というのは、いわば「魂のキャッチボール」。一人だけが長くボールをあたためておくことは許されない。受け取ったら投げ返す。そのボールの空に描く弧が大きければ大きいほど、受け取るときの手ごたえもずっしりと重い

・親しくなるのはまっぴら。親しくなると、必ずお互いに不自由になるから



寺山修司氏が亡くなってから、すでに30年近くになります。その30年という年月を感じさせない言葉の数々は、鬼才というよりも、天才であったと、今になって感じる次第です。

人間の本質、根源を知る上で、寺山修司の文章は、今でも輝きを失っていないのではないでしょうか。


[ 2011/10/28 06:53 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『「コドモみたいなオトナ」とのつき合い方』本間正人、高原恵子

「コドモみたいなオトナ」とのつき合い方「コドモみたいなオトナ」とのつき合い方
(2010/04/09)
本間 正人、高原 恵子 他

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ワガママな人ほど、パワフルなので、権力を手にします。そして、長生きします。しかも、ワガママでない人を翻弄します。ワガママな人は、一般的に「子供がそのまま大人になったような人」と呼ばれています。

それでは、この「子供がそのまま大人」(コドモみたいなオトナ)とは、どういう人なのか、どう付き合ったらいいのか、どうあしらったらいいのかを教えてくれるのが、この書です。

著者は、松下政経塾研究部門の元責任者で、教育学の専門家です。管理職研修を得意とされています。

ということは、日本のリーダーには、「コドモみたいなオトナ」が多いので、それを戒めていく人が必要であるということなのかもしれません。

役に立った箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・「コドモみたいなオトナ」とは、オトナの皮をかぶっているが、中身は「5歳の子ども」の人。困ったことに、そういう人に限って、なぜか「高い地位」を持っていることが多い。お子ちゃまなのに権力だけは持っている

・「大きな5歳児」の4つの行動パターンは、「1.甘える」「2.一人では行動、決断できない」「3.利己的である」「4.エネルギッシュである」

・5歳児が最も生まれやすいのは、社会的地位の高い人たちの中。企業の経営者、弁護士、医師、政治家、大金持ち、こういった人に限って、幼稚な行動に出ることが多い。言うならば、社会的地位が上がることによって、5歳児化する傾向に拍車がかかる

・企業のトップに立ってしまうと、面と向かって注意してくれる人はいなくなる。権力を手にし、お気に入りを重用し、気に入らない部下を遠ざけると、長らく心の底に沈んでいた5歳児が再び活動を始める

人の話を平気でさえぎる上司は、「1.怒りっぽい」「2.発言の間に脱線する」「3.結局は感情論でしか話さない」

・「没頭系の5歳児」には、「1.見て見て系(戦果を事あるごとに見せようとする)」「2.スノップ系(高尚なジャンルに造詣が深い)」「3.巻き込み系(周囲に同じことをすすめたがる)」の3タイプがいる

怒鳴り散らすクレーマーの行動パターンは「1.突然の怒声」「2.増殖する怒りと高揚感」「3.矛盾にはお構いなし」

・「自分を偉く見せよう」とする人は、アピールする。さらに厄介な「自分は偉い!」と心の底から確信している人は、アピールなんかしないが、コントロールしようとする(相手を支配し、思いどおりに動かそうとする)

・「自分は偉い!」と心の底から確信している人は、次の三つの行動を頻繁に行う。「待たせる」「呼び出す」「振り回す

・お姫様・悲劇のヒロインになりたい人は、すべてを心の傷のせいにする「トラウマちゃん」

・家庭内5歳児である「困ったお母さん」は、「エコロジー」「ロハス」「食の安全」「地産地消」などの言葉に心を動かされる傾向にある。「家族の健康のため」と言いながら、本当は、「新しいモノ好き」で、かつ「飽きやすいタイプ」

・ストレスを解消するのに、一番いい方法は、「子どものころにしていたことをする」こと。子どものころにしていたことは、本来の欲求や嗜好をストレートに反映したものが多い。それを再び行うことによって、自分らしくいられる時間を過ごすことができる

・幕末の志士、橋本左内は「稚心を去る」という言葉を残している。稚心とは、「子どもじみた心」のこと。立派な人間になるためには、子どもじみた甘えや自己中心性を捨てなければならない



日本人は、偉くなればなるほど、子ども還りする可能性が高いということです。

この人たちに、いちいち腹を立てていたら、世の中渡っていけません。そうならないための処世術を身につけることが大事です。

また、自分が偉くなったとき、「コドモみたいなオトナ」にならないように、自戒する術を身につける必要がありそうです。

とにもかくにも、「コドモみたいなオトナ」の生態がよくわかる書でした。


[ 2011/10/27 05:49 ] 営業の本 | TB(0) | CM(0)

『デフレと超円高』岩田規久男

デフレと超円高 (講談社現代新書)デフレと超円高 (講談社現代新書)
(2011/02/18)
岩田 規久男

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「地方に住む民間企業従事者」にとって、この20年以上、閉塞感の漂う、夢のない時代が続いています。

その理由は何なのかを考えたとき、この本のテーマである「デフレと超円高」が二大原因ではないかと疑っています。

さらに、この「デフレと超円高」を引き起こしている源は、「日本銀行」ではないかと考えています。

この本は、まさに「デフレと超円高」を引き起こした「日本銀行」の金融政策の責任を具体的に問う書です。

著者は、東大大学院を卒業後、上智大学、学習院大学経済学部教授を歴任した論客です。金融専門書の著書も多数あります。

共感できる箇所が数多くありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・超円高は日本経済の強さの結果、生じたものではなく、単に、世界中で日本だけがデフレであるために生じているに過ぎない。超円高を歓迎する人は、日本だけがデフレであることを歓迎している

・デフレと超円高を止めることができる唯一の機関は、政府ではなく、日本銀行。それを逆に言えば、デフレと超円高をもたらしている真犯人は、日銀ということ

・1998年から施行された「新日銀法」は、日銀に政策目標の決定についても、政府からの独立を認めてしまった。そのため、それ以後、日銀はなんの責任もとることなく、「言いたい放題やりたい放題」の独善的機関になってしまった

・円高ドル安になるのは、日米金利差と日米予想インフレ率の幅が拡大する場合である

・米国債は、金利面では日本国債よりも2%有利だが、為替差益(為替差損)の面で3%の損。結果、米国債投資の収益率(2%)は、日本国債の収益率(3%)よりも1%低くなる。したがって、日本国債に投資するほうが、米国債に投資するより有利になる

・1997年半ばにデフレが始まって以降、日本の自殺者が急増し、その後も一向に減らない。日本の自殺者の多さは、重大な社会経済問題

・若年世代の雇用が不安定で、その労働生産性も低くては、社会保障制度を支えることができない。社会保障制度の維持のためにも、デフレを脱却しなければならない

・株価と地価は、それぞれ、将来の名目の企業収益土地賃貸料の予想を反映して形成される。日本の株価と地価が上がらない主たる原因はデフレ

デフレで得する人は、競争が制限されている一部の特権的な人(名目賃金がアップ、雇用が安定)。デフレと円高で多くの人の所得が減り、失業者が増えても、こういう特権的な人たちは、モノが安く買え、海外旅行も楽しめるため、デフレと円高を大歓迎している

・流通の合理化が、さまざまなモノの価格を下げる。つまり「中抜きがデフレの原因」という説があるが、中抜きは多くの国で起きている現象。その中で、デフレになっているのは日本だけ

・日本よりも生産性上昇率が高い国も、低い国も、日本よりインフレ率は高く、日本だけがデフレ。日本がデフレであることと、日本の生産性上昇率との間には何らの関係もない

・不良債権のためにデフレになったのではなく、デフレのために不良債権が増えたということ。したがって、不良債権を減らすためにまずしなければならないことは、デフレからの脱却

・生産年齢人口が減れば、労働市場は売り手市場になって、失業率が低下し、正社員が増え、正社員の賃金も非正社員の賃金も上がるはず。ところが、日本では、この本来起こるべきことと逆のことが起きている

・量的緩和は「民間におカネが出回り、それがモノの購入に使われる結果、物価を引き上げる」のではなく、「将来の貨幣の供給経路や物価に関する市場の予想を変える」ことによって、為替相場や株価に影響を与えることから、その効果を発揮し始める

・日銀は、世界同時不況が始まった08年9月に比べて、マネタリー・ベースを最大でも1.1倍しか増やさなかった。米国は2.3倍、イギリスは2.4倍、スイスは2.8倍、スウェーデンは4.5倍。これらの国は、デフレ阻止が経済安定と成長に不可欠と確信している

・円はドルに対してだけでなく、英国、ユーロ、中国などの国に対しても超円高。20%~60%に達する急速な超円高は、世界で唯一のデフレ国で生じている。インフレ率が主要先進国並みの2~3%であれば、こうした超円高は起きていない

・白川日銀は、「デフレスパイラルにならないように、デフレが安定化すればいい」とか、「デフレは生産性が低下したため起きている現象で、日銀が流動性を供給しても物価は上がらない」と言い出す始末。こうした発言は、物価安定という日銀の使命を放棄する発言

・円安は輸出産業と輸入競争産業の収益性を改善するとともに、輸出と輸入競争産業に対する需要を増加させる。すなわち、外需と内需の両方を増加させる

・日銀も「構造デフレ論説者」も、何かというと、「ハイパー・インフレだ」「円の暴落だ」「金利の暴騰だ」と騒ぐ。これは、「日本人は、適度のインフレも、適度の為替相場も、適度の金利も実現できない低能な人種だ」と言っているに等しい



日銀にしても、官僚にしても、選挙で選ばれていない人たちが権力を握っていることに多くの弊害があるように思います。

これは、後進国、独裁国家及び中国(有史以来、選挙経験なし)と同じ権力構造です。選挙で選ばれていない人が、命の次に大事なお金を握っているのは、非常に怖いことです。誰かが意図的に操作することができるからです。

この異常性に対して、著者が文句を言ってくれています。しかし、誰もが、この異常性に気づかない限り、廃れゆく日本の姿を変えることは難しいのではないでしょうか。
[ 2011/10/26 06:27 ] お金の本 | TB(0) | CM(2)

『「働きがい」なんて求めるな。』牧野正幸

「働きがい」なんて求めるな。「働きがい」なんて求めるな。
(2010/07/22)
牧野正幸

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著者は、創業5年で、会社を株式上場させた起業家です。この本には、辛辣な言葉も数多く出てきますが、世の中の厳しい現実を見据えた上での、励ましの言葉と受け止めれば、大いに得るものがあるはずです。

この本の中で、やる気を起こさせてくれる文章が数々ありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・ゆとり教育で、学力は落ちているかもしれないが、学力がそのまま仕事力になるというのは、高度成長期の考え方であって、バブル崩壊以降の日本では、既にそのモデルは崩れている

・ゆとり教育によって、落ちたのは「ロジカルシンキング」の力であり、もともと学校では教えていない「クリエイティブシンキング」は、何ら影響を受けていない

個性的な人間は、驚くほど人にストレスをかける。しかし、彼らから、すごくインスパイアされる。自分の成長の糧にすればいい。空気が読めない奴、大いに結構。空気を引っかき回す奴、攻撃的な奴、自分勝手な奴も大いに結構

・やりがいとは、「仕事はお金を稼ぐ手段に過ぎない」と考える人々の、労働の苦痛を和らげる鎮痛剤である

・経済が不安定な動きになる時代において重要なのは、何の資格を取るかではなく、変化の時代を泳ぎ切れる能力をいかにして身につけるかということ

・経済的に成功している人は、子供に二つのことをさせている。一つは「海外で勉強させる」。もう一つは、「自分の会社で働かせずに、あえて小さい会社に入れ、自分で会社を起こさせる」

・仕事で、コミットして、結果的に達成できなくても、謝れば済む。それで、職を失うこともない。若いうちは、積極的にコミットして、必死に努力すればいい。自分でコミットしたことに向かっている間は、確実にモチベーションは上がっている

・ポジティブシンキングというのは、問題解決能力の高い人の絶対的特性。すなわち、ポジティブシンカーは、必ず仕事ができると言っていい

・どこでも通用する能力を鍛えるには、10年かかる。そのためには、自分の成長にとって、「都合のいい」会社を選ぶことが大事

・選択は間違っていてもいい。とにかく、その時点で、どちらが正しいのかを熟慮の上で、決定するという姿勢が大事

・言うべきことをはっきり言わず、表面を取り繕っているだけでは、本当の意味での信頼関係は結べない。相手の気持ちを慮って怒れない人は、良好な関係を築こうとしても、むしろ関係を悪化させかねない

・時間もないし、依頼者からの条件も厳しいし、予算も制限されている。そうした時に、結果を出し続ける人こそがプロ

・流行を追いかけてしまうのは、自分が特別なひとりであることに、自信がないから

・日本人は、「与えられすぎ」「押しつけられすぎ」「管理されすぎ」「保護されすぎ」のお子様の国の住人

・革新や発明は、過去の矛盾や問題を解決しようとして生まれるもの。つまり、イノベーションを起こそうとする人にとっては、乱世こそがチャンス



ポジティブに生きる人が成長し、成功する。これは、古今東西に共通する一つの真理です。

著者は、それを実践してきたのだと思います。だから、自信を持って、強く言い切れるのではないでしょうか。

私の前の会社の上司であったF氏は、自身のブログ「文化と達成」で、経営の名著とは、「たいてい学者が書いている本ではない。体験に基づいた著作の場合が多い」と言っています。

体験者が書く本は、文章が必ずしも洗練されていませんが、その行間からにじみ出てくるものを読むことが大事です。それができれば、得るものが多いように思います。


[ 2011/10/25 07:43 ] 出世の本 | TB(0) | CM(0)

『坂井三郎空戦記録』

坂井三郎 空戦記録坂井三郎 空戦記録
(1992/12)
坂井 三郎

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坂井三郎氏の本は、「大空のサムライ・戦話篇」「続々大空のサムライ」に次いで、3冊目の紹介です。

坂井三郎氏は、太平洋戦争で、ガタルカナル、硫黄島決戦で戦った方です。撃墜王の異名をとる、海軍航空隊のエリートでした。

「大空のサムライ」は、論理的にまとめた戦話が多いですが、この本は臨場感あふれる手記、記録です。起こった事実をもとに、その時の心理描写が口語体で記述されています。

この本もまた、坂井三郎氏の人間の器の大きさを感じさせられます。すごいとしか言いようのない箇所が20ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・何でも同じで、辛いと思った時、そこを踏み越えなければ勝てない。生理的にも精神的にもこうした訓練をやって、非常に辛い時にも、まだ余裕があるということを発見した

・もう駄目になったのかと、自信がなくなる時に出撃するとロクなことはない。こうなるのは、何か精神的に患いがあるとか、肉体的に何か故障がある時が多い

・乱戦になったら敵の動きを見て、先の先を読め。目先有利で敵を仕留めても、次に自分がやられては何にもならない

・射撃の瞬間は精神統一して可能な限り接近して撃て。この際、気がはやるが、早射ちは禁物。我慢して、発射時間は短く、敵機の尾部に食いついて撃て

・相手が何機であろうと、ある瞬間に自分を攻撃できるのは一機だけ。その瞬間さえかわしていけば何とかなる

・連続攻撃を受けて敵機の弾丸を一度かわし得たら、どんなに苦しくても方法は変えないこと。苦しくなると何か他の方法がよいのではないかと考え出す。他の方法に変えた時にやられる。それまで成功していることを繰り返せばいい

・格闘戦に入ったら、自分の得意の技に相手を引き込むごとく操縦する。今まで見えなかった相手の尾部が目に入ったら、われ勝てり。自分が苦しい時は、相手はもっと苦しんでいる。そこを乗り切った時に勝利がある

・勝利をつかむのは、自分の空戦技術と負けじ魂。経験を積んでくると、相手がビビっているのが見えてくる

・一か八かはヤクザ剣法、常に戦いは理にかなう。無謀は戦術以前の暴挙。命は一つしかない、死んだら次はないと心得よ

・戦争は死ぬことと考えるな。勝ちにきたことを忘れるな。たとえそこで敵機を撃墜できなくても、体験こそ真の学問。死を覚悟することと命を粗末にすることは全く違う

・相手が変な行動をとったら何かある。気を配れ

やられた時、しまったと何度唱えても駄目。最少の被害で食い止め、最良の処置をするように考えよ

・冷静さを取り戻すには、息を吸うより息を吐け。この時、下腹に力を入れ、尻の穴を締めよ。なで肩になれたら満点だ

・どういう働きをするか見て下さい。守ってくれなどと申しません。神というものがあれば、ご照覧あれ。最善を尽くして、自己の任務を果たします。決して勝たしてくれとか、敵の弾が当たらないようになどとは願いません

・空中戦闘中に怖いと思ったことは一度もなかった。ただ次の態勢を整える準備のために自分が敵を攻撃しない時、後ろから来る弾は正直怖かった。何回弾をくぐっても、あの怖さだけは乗り切れなかった

・敵機に対した時、その中に乗っている人の顔を見れば、敵という感じよりも、彼もまた同じ飛行機乗りだという親愛感が強く出てきて、その人間に対する憎しみの出てこないのも不思議な心理

・出血多量になったとき、自分では意識しなくても生命が惜しい。その潜在している生命を守る本能が必死になって最後の力を出して闘ってくれた

・攻撃の方法も研究に研究を重ねたが、逃げる方法にも研究を怠らなかった

・軍隊の組織が持つ不条理さは、同じ人間であるはずの人間が、指揮官という立場に立つと、まるで将棋の駒を動かすように、他の人間の生命を無造作に死に投げ込む

・お互い搭乗員になった瞬間から生命は棄てている。飛行機乗りはその点諦めがいい。諦め切ってしまうと朗らかになる。まるで子供のように無邪気にふざけ合う

・今の今までの硫黄島の激しい苦しい戦闘の中から、いきなり内地に放り出されて、その空気に馴染めなかった。同時に、命からがら戦場を脱出してきた我々に、人々は何らの興味も関心も持っていない。まことに不思議なギャップ。遠隔とはこういうものか



達観とはこういうものかと思われる記述が、この本に多く出てきます。度胸が据わっている人の言動は、常人では考えられない域に達するものです。

我々は、日常で生きるか死ぬかの現場を体験することは、なかなかありませんが、この本を読むと、仮想体験できます。本当の度胸とは何か?を知りたい方には、おすすめの書です。
[ 2011/10/24 07:03 ] 坂井三郎・本 | TB(0) | CM(0)