とは学

「・・・とは」の哲学

『本能知と理知-見えてきた生命の実体』沢登佳人

本能知と理知―見えてきた生命の実体本能知と理知―見えてきた生命の実体
(2003/12)
沢登 佳人、沢登先生喜寿記念出版会 他

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沢登佳人先生は、新潟大学法学部の名誉教授です。数々の専門書を出版されています。

現在は、法学者としての枠を超えて、幅広く活動されています。社会学者、哲学者、宗教学者の顔も併せ持つマルチな方です。つまり、「知の巨人」です。

ところが、「知の巨人」として、先生の存在は余り知られていません。

この本は、このブログに度々登場するFさんにいただきました。Fさんは、沢登先生の学会の事務局に関わられています。この書の巻末に、Fさんが、あとがきを述べられています。

とにかく、すごい本です。説明なんて要らないと思います。紹介したい箇所が数多くありすぎて、「本の一部」しか紹介できていませんでしたが、とにかく要点をご覧いただければと思います。



・あらゆる生物は、本能知の指示に従って、生きている。生命の何たるかを知るには、本能知を知らなければならない。人間は、本能知の他に、理知の指示に従って、生きている。人間の何たるかを知るには、本能知と理知の相互関係を知らなければならない

・人間とその理知は、長い進化過程で、他の諸々の動植物の本能知の結集による「本能自身の進化=自己超出」の一段階。つまり、本能知は、理知の父母、理知は本能の子。本能知の創造力を否定することは、父母が自分を生んでくれたことを否定するのと同じ

・行動計画を決定するのが「思索」「工夫」の過程。計画に従って行動を起こすのが「実行」「実現」の過程。「思索」「工夫」の過程を外界から眺めると、何の変化も起きていないように見えるが、実際には、内界で活発な変化、すなわち、思考の自己超出が進行している

本能知の主体は、各生物個体ごとに独立して存在するのではなくて、全生物全体の生態系全体に一体化して存在する

・近代、現代の理知は、知性の傲慢に陥り、「あらゆる創造力は理知のみにあり、本能知は理知の操り人形にすぎないから、脳が死ねば、自分の力では何もすることができない」という考えが普及してしまった

・生物が「生きる」とは、「自己超出する」こと。生物は、全存在の生を自分自身の生として生きている

・自分のやる仕事が、本当の価値創造=自己超出であったなら、他の人や生物の価値創造=自己超出と一体化して、来宇宙に引き継がれていく。この世限りでは終わらない

・自己超出は、自己の再認識(=見直し・反省・省察)による、新しい自己の発見である。そのためには視座が必要。一般的には、自己の行為を再現するもう一人の自己がその視座に当たる。他人の眼、他人からの批判、古人の著書を反省の資にすることも視座

・質問や批判や提言に、多くのヒントがある。どう理解させるか、どう誤りに気づかせるか、どう修正したら有益な提言になるかを考えながら喋るうちに、自分の考えの足らないところ、あいまいなところに気づき、その克服方法を発見する

・理知は自己認識であることを本質としているから、自己認識しえない理知的存在を、自分とは認めない。その結果、自分の自己超出は、出生に始まり死に終わる束の間の幻にすぎないと考え、嘆き、そして死を恐れる

・死は人生の絶対的終焉で、その先の未来には何も存在しない。永遠の霊魂を願っても、転生を祈っても無駄。しかし、同時に死は、現宇宙での人生よりも輝かしい来宇宙でのもう一つの生への旅立ち

・自分の本能知的生命活動は、やりっ放しでは、記憶として残らない。残すには、大脳を使って、反芻し、意識化しなければならない

・人間は独善的、利己的な理知を持っているので、病気や仕事で苦しくなると、自分だけの利害や思惑で、延命努力を放棄したり、自殺する。しかし、本能知は、全存在の意思だから、個人の利害や思惑に関わりなく、最後の最後まで生きる可能性の追求を止めない

・理知的生命活動は、本能知の創造力の偉大さ、霊妙さを「覆い隠し」「霞ませる」ことによって可能となる。大学者たちも、本能知を理知に遥かに劣る知恵と思い込んでいる

・今の地球生態系は、過去・現在の全生物が、その共有する本能知を使い、共同して創り上げてきたもの

・精神障害者は時に素晴らしい創造力を発揮する。植物人間や脳死の状態にこそ、人間を超える、脳神経系に依存しない、新しい理知が備わり、貴重な創造に携わることができる

・経済学も真理の探究のための学問。金儲けの学問と考えてはいけない。本当の学問なら、金を儲けるにしても、それを人格の尊厳・発展のために使い、人間の社会だけでなく、自然生態系全体の豊かな発展のために役立たなければならない

・真善美というものは、常識的な観念であり、その中身は不明確で、きちんと定義できないが、それが何かということは、誰もが共通してわかっている

・人間は、生まれてこの方、いろんな体験を積んだ中から、記憶として残っているものを意識化し、組み合わせて、一つの意味連関を作り出す。その意味連関の中で、真理の発見、美の創造の目的が生まれてくる

活気と節度を兼ね備えた経済活動が行われる金利は、歴史的に5%前後。景気回復に有効な引下げ限度は3%~4%。それ以下では、経済権力を握る層(金融業、大企業、政府)の利己心が、経済を操作し、労働者、消費者の取り分を奪うので、経済は不健全化する

・心は、何かをしようとするとき、まず「これから何をすることが可能か」を考える。その可能性は。視聴嗅味触など物質を知覚する方法では認識できない。したがって、未来の可能性は、考えるという心の働き(=思考)の要素ということになる

・理知は、それ自身としては、甚だ視野の狭い貧しい知恵であって、本能知のような、生態系全体から、各細胞器官一つ一つの機能に至るまで、つぶさに見渡して、適切に指示を与える霊妙な知恵とは、比較すべくもいない

・今の文明社会では、夫婦や親子のような身近な人々の間でさえ、日常生活上の関わりが部分的、断片的なっている。これらの関わりの重要部分は、専ら利害や打算によるもの。利害を超えた人的交際の範囲は狭くなって、理知の利己性は先鋭化している

・私たちは、謙虚な心で、利己の情念を抑制し、地球生態系をこれ以上破壊しないように、責任を持って大切に保全て、人間の跡を継ぐ、新型理知生物の到来に備えなければならない



この本には、「人間も、生命のネットワークの一部であるという認識を持つことによって、世の中に平和が訪れ、安心して暮らせるようになる」といった仏教的な教えに似たものをすごく感じます。

謙虚になるには、本能知の声に従い、理知を抑えることが重要だということがよくわかります。

「理知」が幅を利かす時代ですが、「本能知」の存在を忘れないように、謙虚に行動していきたいものです。
[ 2011/05/31 07:12 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『フロー体験とグッドビジネス-仕事と生きがい』M.チクセントミハイ

フロー体験とグッドビジネス―仕事と生きがいフロー体験とグッドビジネス―仕事と生きがい
(2008/08)
M. チクセントミハイ

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チクセントミハイ氏は、フロー理論を最初に提唱した、世界的に有名な心理学者です。

フローとは、「のめり込む」「深くはまる」「夢中になる」「集中する」「没頭する」「時間を忘れる」ような状態のことを指します。

この本には、ビジネスとフローの良き関わりについて、詳しく記されています。参考にしたい箇所が15ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・見識もなく、無責任な権力は、いつの時代でも危険なもの。権力を持った聖職者や貴族や大地主が、コミュニティーの幸福をなおざりにしても構わないと感じたとき、紛争と革命が起こった。ビジネスも例外ではない

・企業の成功は、社会の幸福に役立つと信じるからこそ、人々は、ビジネスマンに、権力や特権を与えている。しかし、彼らが、社会を気にかけず、自分たちの利益だけに関心を示すように見えたら、ビジネスも社会もうまくいかなくなる

・歴史を振り返ると、社会を先導したエリートが、リーダーになれたのは、大多数の人々の生活を改善する約束をしたから

・よい人生には、次第に増大し、感情的、知的、また社会的な複雑さに発展していく成長の軌跡がなければならない

・失明したり、麻痺症のような苦しみに陥った人々は、二、三カ月は大変なことと思うが、その後、通常の幸福のレベルに回復する。予期しない富を手に入れた人々も、数カ月は幸福だと感じるが、その後はもとの状態に戻る

・人生のシンボル(新しい車、大きな家、豪華な休暇)を切望する結果、中流の人々の多くが、ますます長時間働くようになった。彼らは、人間として成長し、価値ある自尊心を獲得し、親密な人間関係を結ぶ機会を喪失している

・幸福の証しとは、もう何も欲しいものがないという状態。何か不足していると感じる限り、幸福だと思うことはできない。商品を作って売るのは、幸福とは正反対のビジネス

・最終目標にこだわると、しばしば成果に支障をきたす。真の楽しみは、目標を達成するために踏む過程の体験の質から生まれるのであり、実際に目標に到達することではない

・人間の心は、急ぎの用事がないときは、怖れを感じ、実現されていない願望に向き合うようにプログラムされている。精神を集中する仕事がなければ、ほとんどの人は、次第に憂鬱になってくる

・人生を楽しみ続けることができるのは、裕福で、気楽だからではない。新しいチャレンジを積極的に探し、新しいスキルを身につけていくからである

仕事の環境は、そこに従事している人が、どの程度成長するかということに、かなり影響する。ワーカー各人のスキルが最大限使用され、磨きをかけられるような機会を設けるのはリーダーの責任である

・人は楽しい活動に注意力を注ぐ。それと同様に、時間も多く割り振る。多くの人は家庭生活のための時間が十分にないと不満を言うが、事実ではない

・あまりにも仕事に没頭した結果に起こることは、時間の浪費がとても不快になるということ。中堅幹部のカウンセリングで、彼らが、変えたがっていた個人的特徴の一番は「短気

・もし精神エネルギーを意識の内に注がず、外部の報酬に追い求めることに空費すれば、自分の人生を自由に支配することはできずに、周囲の事情の操り人形になってしまう

・グッドビジネスを行う組織は、そのメンバーの個人的成長に関心がある。進化している組織は静止しておらず、複雑な方向へ向かう。生涯学習の機会の提供こそ、個人的成長へのもっとも明確な関心



著者のチクセントミハイ氏が、グッドビジネスの条件として、挙げているのは、

社員が「のめり込む」「はまる」「夢中になる」「集中する」「没頭する」「時間を忘れる」状態になるような組織を作ること

一緒になって、技術を学び、人間的に成長していくことを目標にすること

以上のグッドビジネスの条件だけでなく、グッドカンパニーの条件とは?グッドリーダーの条件とは?グッドワークの条件とは?も同時に、理解できました。

人間の心から発想して、会社、仕事、指導者を構想すると、すべて、うまくいくように思います。

この本は、人間の心に還ることの大切さを教えてくれる書ではないでしょうか。
[ 2011/05/30 08:06 ] 仕事の本 | TB(0) | CM(0)

『そこで夢はかなえられる・人生の時を大切に-アートに話そう』池田満寿夫

そこで夢はかなえられる 人生の時を大切に―アートに話そうそこで夢はかなえられる 人生の時を大切に―アートに話そう
(1994/09)
池田 満寿夫

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池田満寿夫氏の本を紹介するのは、「美の値段」に次いで2冊目です。「美の値段」は、「芸術とお金」をテーマにして、美術品の値段がどう決まるかを掘り下げた書でした。

今回、紹介するのは、著者の芸術論です。著者は世界的な版画家として名を成したたけでなく、小説家として、芥川賞を受賞し、映画監督も務めるなど、多彩な才能の持ち主でした。

著者の芸術論は、美の感覚を論理的な言葉で表現しているので、素人でも、わかりやすいと思います。

この本の中で、共感できた箇所が15ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・ものをつくるというのは、ただ単に、技術の披露ではない。自分の中に湧き起こる何かを表現したい欲求。欲求にムダはない

・我々の社会は芸術、アイデアに対して、あまりお金を払いたがらないが、技術に対しては、惜しみなくお金を払う。しかし、それではいけない。一番大事なのはアイデア

・人間には二つの欲望がある。一つは人と同じことをしたいという欲望。もう一方は、人と違ったことをしたいという欲望。芸術家というのは、人と違ったことをしたいという欲望が一般の人より、かなり強い人種

・ゴッホの傑作は最後の2年間に描かれている。画家の表現力について考えたとき、一人の人間が一気呵成に表現する情熱、強さはすごい

・芸術家というのは、パトロンがいないとやっていけない。極端に言うと、結局、芸術作品はあってもなくてもいいという考え方がどこかにある。これは芸術の持っている一番情けないところ

・なぜ芸術をやるのか、なぜ美術をやるのか、あるいは小説を書くのか。それは企業と違って、自分一人で表現できる世界だから。完全に自由な世界だから

・世の中の美しいものとは何か。一番大事なことは何か。それは自然がよどみなく波動していること、循環していること

・観察は、芸術にとって、あるいは科学にとっても第一歩。ものの形はどうか、それがどうやって成り立っているか、ということをじっと見て認識する

・若いころは、感受性があるので、理屈よりもひらめきの方がはるかに強い。若いころは詩がポンポン出てくる。ところが、知識がつくと、ひらめきがなくなってくる。詩でなく、文章によって説明していかなくなる。詩から散文に移っていく

・作曲家に必要なのは、再現する力ではなくて、ものをつくり上げる技術。しかし、その作曲したものを誰かが弾いてくれるのを待っているより仕方がない。弾いてくれる人がいないと、どんな名曲を書いても作曲家として成立しない

・最初に真っ黒な茶碗がいいと言ったのは千利休。日本社会で、すべての芸術はそうだが、最初に誰かが「いい」と言ってくれないとダメ。これは非常に大事なこと

・絵の評価には実は六つある。「上手・下手」「きれい・汚い」ここまでは分かる。あとが困る「好き・嫌い」。好き嫌いというのが入ってくると絵の評価はガラッと変わる

・下手は下手なりに技術を持っていなければダメ。自分流でもなんでも、自分の技術を持つことが大切。なぜなら、技術や方法を持っていなければ、アイデアを表現できないから



芸術作品とは、「自分が好きで作って、他人も好きと思う」ものではないでしょうか。お金の介在を別にすれば、絵画、音楽、小説などにとどまらず、料理、工作、手芸、庭づくりに至るまで、すべてが芸術だと思います。

著者も、「結局は、好きか嫌いか」「好きなことができる社会は素晴らしい社会」であると言われています。

みんなが好きなことをする。その結果、人の好きもわかる。つまり、芸術の感受性を持つ人が増える社会が、「豊か」なのかもしれません。
[ 2011/05/27 07:43 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)

『貧者の領域-誰が排除されているのか』西澤晃彦

貧者の領域---誰が排除されているのか (河出ブックス)貧者の領域---誰が排除されているのか (河出ブックス)
(2010/02/11)
西澤 晃彦

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ホームレスとは、家がない人々ではなく、大きな意味では、世間の常識に排除されて、居場所がなくなった人々です。

世間の常識に排除された人々は、貧者になっていくことが多いと、著者は指摘されています。

ホームレスの人たちを深く研究している本は少ないように思います。そして、現代において、新しいホームレスが出現してきていることも、まだあまり知られていません。

貧しくなるとはどういうことかを知る上で、役に立った箇所が15ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・「まとも」とは、帰属する「組織」を持つこと、帰属する「家族」があること、そして「定住」していること

・携帯電話一本であちこちの現場に派遣される貧困層には共有できる空間がなく、見えざる仲間は、競争相手としてしか立ち現れない。貧者の支配は、隔離から分散へチェンジしつつあり、現代の貧者は、空間的な接触媒体を奪われつつある

・野宿者は、「檻のない牢獄」という特質の空間にいる。この牢獄は、1.「排除の空間」2.「自己否定の空間」3.「死を待つ空間」の三つの特徴を持つ。

・野宿生活者と簡易宿泊所投宿者の死亡時の平均年齢は56歳と若く、死亡の種類は、病死(59%)、自殺(16%)、餓死凍死含む不慮の外因死(15%)

・阪神大震災仮設住宅における「孤独死」には、「近隣と没交渉」「一人暮らしの無職の男性」「慢性疾患の持病」「年収100万前後の低所得」といった特徴が見られた

・野宿者は圧倒的に単身男性に偏っており、50代が中心。野宿をする直前の職業は、建設土木関係が半数から7割強を占め、日雇労働者などの非常雇用が、これも半数から8割強を占めている

・東京圏の野宿者は、大阪、名古屋と比較して、全く無収入である比率が顕著に高く、雑業を行っている比率が少ない。首都東京における国民的秩序への強い均質化圧力を、そこに見てとれる

・下層労働市場は、「履歴書のいらない仕事」「保証人のいらない住宅」をセットで提供し、組織・定住社会から排除された都市下層を回収し、労働化する制度を発達させている

・下層労働市場において、単身女性や子連れの女性は、都市部や観光地に移動して、風俗産業の店員や旅館ホテルの従業員になり、「寮」に入るという流れがある。単身男性は、建築土木系の日雇労働者、パチンコ店店員、新聞勧誘員などの職種が割り当てられる

・野宿者集団において、彼らは「馬鹿にされる」ことに敏感である。その結果、「平等主義者」の仲間関係は、金銭が介在することでたやすく空中分解してしまう

・野宿者の多くが働く人であり、仕事を求める人である。「仕事をつくる」人は、空き缶や銅線、雑誌や本を集めて業者に売る都市雑業で月平均3万円程度の金をつくる

・野宿者に最も飼われている動物は猫。野良猫の餌代は結構な出費だが、自分のテントや小屋に連れ込んで、毎日餌を食べさせる

若い世代の野宿者は、「人材派遣会社」に名前を登録し、電話をかけ、引越しや工事の手伝いなどの日雇いの仕事を得る。もはや、手配師も業者もなく、飯場のような建物も食事も不要



一歩間違えれば、誰でも野宿者になっていく可能性があります。他人事ではないように思いました。「世間に排除された人」と「自らの意思で非属になった人」とは紙一重です。

時代は、貧者になる確率を高めているように感じます。貧者にならないためにどうするかではなく、貧者が発生しない社会のしくみが、やはり必要とされているのではないでしょうか。
[ 2011/05/26 07:21 ] お金の本 | TB(0) | CM(0)

『中原淳一・美しく生きる言葉』

中原淳一 美しく生きる言葉中原淳一 美しく生きる言葉
(2004/04/28)
中原 淳一

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中原淳一という名を聞いて、ピンとこない方でも、氏が描いた挿絵表紙絵を見れば、わかると思います。詳しくは、中原淳一公式サイトを見て下さい。

戦前から活躍され、亡くなられて三十年近く経ちますが、ファッションデザイナー、スタイリスト、イラストレーターの先駆者として、今でも多くのファンがいて、絶大なる支持を得ています。

氏が遺した言葉も、古さを全く感じません。この本を読み、美の先駆者の貴重な言葉として、参考にできる箇所が15ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・あなたが一番美しく見えるのは、あなたのいる場所と、あなたの着ているものとが、ぴったりとひとつの雰囲気に、溶け込んでしまった場合にある

・「おしゃれな人」とは、美しくありたいと思う心が、ことさらに強い人のこと

・「美しくなりたい」ということは、街を歩いていて、みんなに「美人だな」と、振り返ってもらうためではなくて、自分の心のためにこそあるもの

・快い話し方、さわやかな笑顔、清潔な装い、趣味の良い色彩感覚、てきぱきとした身のこなし、適度なおしゃれセンス、そんなものが、必ず相手に快いものを与えているはず

・「美しさ」に自信がなくても、相手にさわやかな印象を与えることは、誰にでもできるのだと自信を持つこと

美しい心とは、強い心であり、また、こまやかな心である

・いつの場合も、季節にさきがけた装いをすること、それが、あなたを美しくみせるコツのひとつ

・瞬間にある、その幸せは、一度掴んだらそれでいい。それで、ずっと幸せというのではなく、いつも幸せを感じるように努力することが大切なこと

・夫の友人にも、住んでいる家にも、家具にも、畳にも、庭の木にも、すべてに愛情を注ぐ女性は美しい

・人間が生活する上に、当然起きてくる、煩わしいたくさんの仕事は、誰かが始末しなければならない。誰もが、あまり好まない仕事を進んでするという意志があって、初めて、自分をも他の人々をも幸福にすることができる

・人間の生き方の中で、一番正しい生き方は、自分らしい生き方をすること

・毎日毎日、努力を続けて、大きな幸せを感じることは、どんなに素晴らしいことか

・いつも下着をきれいにしているという自信が、心底から光る美しさを作ってくれる

・「いつまでも古くならないもの」それこそが、もっとも「新しい」もの

・流行というのは、その時々の時代感覚と言える。それをつかんで、服を着ている場合に、初めて「美しい」と感じられる



中原淳一氏のイラスト、絵、デザイン、言葉は、亡くなられて三十年経っても、「古くならない」ということは、「新しい」のだと思います。

それは、シンプルで飾り気のない「美しさ」が、いつまでも、心にしみ込んでくるからではないでしょうか。

忙しさにかまけて、日常の中で、「美しさ」を忘れてしまいがちですが、いつも「美しくなりたい」と願う姿勢だけは、失わないようにしたいものです。
[ 2011/05/24 06:31 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)

『宮本武蔵五輪書の読み方』谷沢永一

宮本武蔵 五輪書の読み方宮本武蔵 五輪書の読み方
(2002/10)
谷沢 永一

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古今東西、なびかない生き方、群れない生き方を実践する人間、つまり自立して生きようとする人間に勇気を与えているのが、宮本武蔵の「五輪書」です。

世界中の大きな書店に行けば、必ずあります。日本が世界に誇れる古典的名著だと思います。

この本は、五輪書の中から、宮本武蔵が言わんとする、自立して、人生を生き抜く方法を、わかりやすく解説している書です。

この本を読み、役に立った箇所が15ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・勝つためにありとあらゆる術を使う。卑怯とか堂々とか、そんな程度の噂なら聞き捨ててる。勝負に規制はない

・すべての責任は自分でひっかぶる。自分自身は、他の何ものにも属さない存在。自分以外のものをあてにする気持ちを一切なくす。

・悟りとか、急に一つの結論に達することとかは、現実にありえない。一つ一つの稽古を無限に重ね、努力の限りを尽くすこと

・教えるほうも、習うほうも利を得たがっている生兵法は大怪我のもと。剣術を売り物にするなど、邪道もいいところ

平常心とは、合戦を前に、自分が手柄を立てようとしない気持ちである

・状況に応じて、持てる限りの道具を残さず役に立てる。しかし、道具や材料の持ちすぎは、足りないと同じで、かえってマイナスになる

・現在、脚光を浴びていたり、あるいは権威が確立している者は、すでに盛りが過ぎていると考えていい

・「底の心を強く」とは、気持ちの奥底で、権威に動じない強い心を養うことが必要だということ

・太刀の動きにせよ、手の持ち方にせよ、すべて固定してしまってはなんにもならない。固定は死であり、自分が負けること。固定しないことが生であり、勝ちに結びつく

・敵は、来るぞと思うと緊張する。来ないとわかる「ほっとする瞬間」に打ちこむ

力量が互角のときは、集中力によって勝負が決まる。その極点では、平常の精神力を鍛練していれば、体も手も自然に動く

・相手が先にしかけてきたとしても、対応策を間違えなければ、逆にこちらが先手を取れる

・相手の充実した状態のときには攻め込まない。相手の崩れを待つ。相手が好調なときは勝負を挑まず、不調になったときを狙う

・敵を知ること、敵の身になって考えることもまた必要。敵の身になるとは、功利性を肯定することと言い換えられる。相手が何を求めているのかを知り、人間の欲望の際限のなさを肯定すること

・論争やケンカは、ときとして感情的になりやすい。そして、感情的になったほう、頭にきてしまったほうは負ける。怒ってはならない。できれば、相手を怒らせる側にまわるべき

・急所を乗り切るには、先のことを考えてはいけない。余力を残さず、現在自分の持っている力を残さずに使い尽くすこと

・人間は現実に即すべき。具体的な勝負に勝つための人間修行が必要。それ以外の虚飾は一切排すべし



この古典的自立への指南書は、人によって、解釈の仕方は数多くありますが、これから、厳しい世界を渡っていこうとする方を励まし続けます。

自立を目指す人が、苦しいとき、落ちこんだとき、心が折れそうになったとき、五輪書を読み返すと、生きる勇気が再び沸いてくるのではないでしょうか。人生の応援書に必ずなると思います。
[ 2011/05/23 07:38 ] 戦いの本 | TB(0) | CM(2)