この本の題名は「かまわれたい」となっていますが、本当のテーマは「
自由と孤独」です。著者は社会学の教授です。
自由をとると孤独になる。干渉されると孤独にはならない。「自由」を選ぶか「つながり」を選ぶか。両方とも手に入れるのは難しい。そのバランスで人間は生きていかないと仕方がない。
つまり、「自由のある人生」を選ぶか「孤独にならない人生(つながりのある人生)」を選ぶか。言い換えれば、「
都会的」か「
田舎的」か。「
おひとりさま」か「
大家族」か。これは、究極のテーマのように感じます。
この究極のテーマを、今の日本人は、どちらに傾いているのか、どちらを選択しようとしているのか。マスコミなどの偏向報道ではなく、現実に日本人がとっている行動が、この本には記されています。
今回、興味深かった箇所が25ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。
・自由であるということは、「個人として行動可能である」(プライバシーが尊重される。自分で考え、自分の意見を持つことが許される。他者からの干渉を排除できる)ことと「選択肢の中から選べる状態にある」ことである
・ショッピングセンター勝利と
シャッター商店街敗北の大きな要因は「価格の差」だが、もう一つの勝利の要因は、店員にかまわれず、「自由」に買い物したいという客の欲求。店員にじゃまされず、ほうっておいてくれる気楽さ
・カーナビやケータイナビを使えば、知らない場所へ行くときも、人に道を聞く必要がない。自分の好きな場所に自分ひとりの力で着ける。情報を持つことによって、人は
他者への依存度を減らし、より「自由」になれる
・誰でも不慣れな場所に行くには勇気がいる。失敗して笑われ恥をかいたり、だまされたりなど
不安のタネはいくつもある。その分「不自由」。誰かが一緒にいてくれたら不安を感じずにすむ
・見つめられ、かまわれることで人生がスタートしているため、一生見つめられ、かまわれることを求める。「
かまわれない自由」が大切でも「
かまわれたい欲望」はついてまわる。現代人は「かまわれたくない」と「かまわれたい」の間で葛藤するようになった
・「かまわれない自由」を最大限に楽しもうとする「おひとりさま」の場合、「孤独」になってしまうリスクもとりわけ大きい。ハイリターン、ハイリスクである
・「
男性おひとりさま」は「かまわれない自由」は愛するが、「かまわれない孤独」は愛せない。男性は「かまわれない自由」の「いいとこ取り」しようとする
・経営者は孤独。自分がする意思決定の影響は社員全員に及ぶ。その決定を行う義務と責任に押しつぶされそうになる。誰かにかまってほしいと弱気な自分が顔をのぞかせるのはそういう決断のとき。
占い師に頼るのも不思議ではない
・新入社員は先輩に「かまわれない」。新人は何をすればいいのか途方にくれる。そこで、新人は逆に先輩を「かまう」。先輩がうるさがっても「かまう」のをやめない。そうすることで新人はやる気を周囲に知らしめ、先輩社員に受け入れられていく
・1975年から90年の間に、週60時間以上働く
超長時間労働者は380万人から753万人に増えた。同時に週35時間未満の短時間労働者も353万人から722万人に増えた。つまり、1980年代に長時間労働者と短時間労働者の二極分化が起きた
・製品やサービスに対する顧客の要求水準が高度化し、それに対応する中で業務の専門性も深化、複雑化してくる。その結果、社員個々人のつながりも、仕事も分断されるようになった。まじめに成果を出そうとしただけなのに、
ギスギスした職場になった
・適当にやることができないのが会社人間。全力でするか、全くしないか。
オール・オア・ナッシング。「ウザい」と思われた会社人間は「だったらつながりなんかどうでもいい」といって、意地になってひとりでがんばろうとする
・イエのあちこちに神さまがいたら、年中行事に追われ「自由」がなくなる。神さまをかまってあげないといけないので、神さまに拘束される。伝統的な行事も楽しくなくなる
・儀礼は社会全体の節目としての規制力を弱めていき、個々人や集団ごとに選択される行事へと変化している。この役立つ儀礼に選ばれたのがクリスマス
・「かまわれない自由」は簡単に「かまわれない孤独」へ転化する。「自由」と「孤独」はセットになっている。「自由」を楽しみたいのなら「孤独」を覚悟しなければいけない
・「かまわれない孤独」に陥りたくない。かといって「かまわれない自由」は手放したくない。この葛藤を
ペットが解決してくれる。人間との間では、淡いつながりしか持とうとしないタイプは、ペットとは濃密な生活をする
・ペットの飼い主は「○○ちゃんのおかあさん」「××ちゃんのおとうさん」と呼び合っている。飼い主同士、互いの
プライバシーに触れないもの。相手の実名、仕事などは聞かない。「かまわれない自由」を尊重し合う淡い関係が、ペットを縁にできあがっている
・アイドルはペットと同じく、新たな淡い関係をつくるのに効果を発揮している。
ヨン様ファンは、お互いバラバラの地域に住んでいて、自分の生活範囲に侵入してくる可能性が低いからこそ「ヨン様」を通じてプライベートな話ができる
・キャラでつながろうとする人は、周囲の人への不信感や自分を守る意識の強い人。距離をつくるために、キャラでつながろうとする。
キャラ的関係は、濃密なようで、実は淡いつながり
・ひとりの人に高い期待を集中させると、関係の破綻や「かまわれない孤独」へといたるリスクがある。そのリスクを分散させるために、
期待分散させておく。金融商品を買うときと同じ
・「自由」が道徳になると、暴力につながりやすくなる。道徳だから、みんなにこの道徳を広めようとする人が現れる。「自由」を道徳とみなす人は、人々に
おせっかいを焼く・野垂れ死にはいや。親しい人に囲まれて死にたい。周囲の人にほめられたい。嫌われたくない。友達をたくさんつくりたい。友達と仲良くやっていきたい。こういう人たちは、
自由に生きるのに向いていない。「かまわれない自由」を求めないほうがいい
・
孤独死を覚悟してまで「かまわれない自由」を守ろうとする人が多数いる。迷惑をかけずに、いかに孤独死するかが、「かまわれない自由」を守りたい人の課題
仲間意識やつながりを重視する人、つまり「
かまわれたい人々」。干渉されずに自由に生きたい人、つまり「
かまわれたくない人々」。その両方とも増えているように思います。
おせっかいな人が増えると、おせっかいされたくない人も増える。この両者だけが際立ち、そのどちらとも言えない人が踏み絵を迫られている社会なのかもしれません。
商売の視点で見ると、「かまわれたい人」を想定して、マーケティングを行っている場合が多いように思います。でも、実は「かまわれたくない人」こそ、巨大なマーケットを形成しているのではないでしょうか。
この本は、世間、マスコミ、識者の良識に惑わされずに、真の現代人の姿を知る上で、非常に役立ちます。筆者の良識に感謝したいと思います。