村上隆氏は、ニューヨークと日本に拠点を置く、現代の日本を代表するアーティストです。作品がオークションで2003年に6800万円、2006年に1億円の値がつき有名になりました。
作品を実際に見たことがありますし、NHKの日曜美術館などで、著者が語られるのを見たこともあります。
その時、
芸術と金について多くを語られたのが、気になっていました。この本を読んで、著者が、お金について多くを語った理由がよく理解できました。
著者は、日本の美術界に対して戦いを挑んでいます。その情熱は半端じゃありません。著者の熱き思いに感動した箇所が35ありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。
・欧米の芸術のルールに沿わない作品は、「評価の対象外」となり、芸術とは受け止められない。欧米のアーティストと互角に勝負するために、欧米のアートの構造をしつこく分析した。アートピースは、
作り方、売り方、伝え方を知らなければ生み出せない
・欧米を中心とした芸術の世界で取引されているのは、「人の心」。アーティストの目的は
人の心の救済。そのため、芸術家は自分の欲望を強く打ち出す必要がある。問題なのは、日本の芸術家に欲望がないこと
・自分自身のドロドロした部分を見つめなければ、世間に認められる作品なんてできない。日本人の芸術家は、商売意識が薄く、芸術を純粋無垢に信じる姿勢をとる。それなら趣味人で終わっていればいい。芸術には、金が要ることから目を逸らしてはいけない
・金があれば、制作する時間の短縮を買える。芸術には
金と時間が必要ということを貧乏の中で実感したからこそ、お金にこだわるようになった。「芸術家のクセにお金にうるさい」と批判されるが、わからない奴にはわからないのだと思ってきた
・スポーツ選手が綿密な計画と鍛練を基礎におくように、芸術家は美術史の分析から精神力の訓練に至るまで独創的な作品のために研究修業を毎日続けるべき
・日本の美術大学は
生計を立てる方法は教えてくれない。その理由は、「勤め人の美術大学教授」が「生活の心配のない学生」にものを教える構造だから。そのため、金銭を調達する作品を純粋に販売して生業とする芸術家は尊敬されない
・芸術家も作家も評論家も、どんどん学校教師になっていく。日本で芸術や知識を司る人間が社会の歯車の機能を果たせる舞台は、皮肉にも「学校」しかない
・熱量のある雰囲気がなければ客はつかない。すでにあるものを有難がりすぎたり、品のいいものだけをやりすぎたりしていれば、頭一つ抜け出せないのは当然。既存の流派を真似すればその中に埋没する
・欧米では、芸術に、日本的な曖昧な「色がきれい・・・」的感動は求められていない。
知的なしかけやゲームを楽しむというのが、芸術に対する基本的な姿勢
・「アートを知っている俺は、知的だろう?」「何十万ドルでこの作品を買った俺って、おもしろいヤツだろう?」西洋で芸術は、こうした社交界特有の自慢や競争の雰囲気と切り離せないもの
・アメリカの富裕層には
評価の高い芸術を買うことで「成功したね」と社会に尊敬される。そういう人たちが商売相手。コレクターはいいものを購入して自分自身をアピールできる上に、「美術館に寄付した作品の金額が税金控除の対象」になっている
・コレクターは悩むものほど欲しがる。コレクターは売買に賭けるので、金銭を賭けるに足る「
商品の物語」を必要としている。物語がなければ芸術作品は売れない。売れないなら西洋の美術の世界で評価されない。この部分を日本の芸術ファンは理解できない
・媒体に出る、人にさらす機会を増やす、大勢の人から査定してもらう。ヒットというのは、
コミュニケーションの最大化に成功した結果
・「美味しんぼ」の
海原雄山のモデル、
北大路魯山人は胡散臭い陶芸家とされている。彼は「
星岡茶寮」を開き、階級社会の金銭や権力の構造を掴み、自慢の陶器に乗せた料理で要人をもてなした。この魯山人の販売方法こそ、欧米の美術世界で主流とされる方法
・美術作品を買うコレクターは、
作品価格の変動の推移を知りたがる。美術館も価格や評価の変動を見た上で、芸術家の展覧会を企画する。アーティストは何をすれば、作品の価値を高めたり低めたりするか、研究しなければならない
・ビル・ゲイツは、ダ・ヴィンチの作品を持っている。経営者は、栄耀栄華を極めた時、芸術が気になる。人こそ、心の内実こそ、手に入れたと思った途端、蜃気楼のように逃げていくことを彼らは知っている。お金持ちの「
物足りなさ」が芸術に向かう
・3000万円でできるはずが2億円かかった時にも、2億円支払えるようにできる構造を作らないと、最終的に客が喜ぶ「
世界でただ一つのもの」を作る過程が絶たれ、他と似たりよったりのものしか作れなくなる
・日本の頼るべき資産は技術で、欧米の頼るべき資産はアイデア。日本は技術があるので、低価格でいいものができる基盤ができている。そこに目をつけるべき
・歴史に残るのは、
革命を起こした作品だけ。アレンジメントでは生き残ることはできない。追従者は小銭を稼ぐことはできるが、小銭では未来に生き残れない
・黒澤明監督は、年を経るに従って、表層的な芸術的手法に集中し始めた。しかし、それらには、革命を起こした初期のサムライ映画のインパクトはない。芸術においても、技術ではなく考え方に力を注ぐべき
・アメリカでの成功の秘訣は明確。
人のやらないことをやること
・芸術は人間と人間の戦い。世界水準の勝負の原点は、個人の
欲望の大きさからはじまる
・日本では、時代のある瞬間にスパークする要素をバラバラまいていないと大勢には受けない。
瞬発力のある人しか生き残れない社会
・海外の美術の世界は「すごい」と思われるかどうかが勝負の焦点。客が期待するポイントは、「新しいゲームの提案はあるか」「欧米美術史の新解釈があるか」「
確信犯的ルール破りはあるか」。このルールを外した芸術家は失墜していく
・日本の異端は欧米の評価を受ける。日本の本道は欧米の評価を受けない
・日本で芸術が活発でないのは「
ピンと来た」という新発見よりも、同じ考えを共有する価値が高くなっているから。「ピンと来た」を快感に思う教育を施された欧米人と、そうでない教育を施されてきた日本人の差
・芸術の世界だけでなく、どの業界にも、どの分野にも特有の文脈があるが、「文脈の歴史のひきだしを開けたり閉めたりすること」が価値や流行を生みだす
・教育の成否は本来、「自分の
興味のある分野を探すこと」「自分の求めている
目的の設定」この二つの試行錯誤にかかっている
・世界最高品質の
日本のキャラクターの権利を守っていくことは、これからの芸術大国日本を未来に向けて作っていくこと
・天才同士が戦いを繰り広げている頂上決戦の中で、凡人は斬り捨てられていくのが弱肉弱食の世界のルール。どの世界でも、ごくわずかの天才の数より、
天才を求める人の数の方が多い。美術作品の価格が高騰していく過程はそれに比例する
・闘犬のように怒り続けている。自分への怒り、周囲への怒り、世間への怒り、常に溢れるほど出てくる。成功したい情熱よりも、
今のままではイヤという不満が動かしている。「怒り」こそ表現を続けるのに必要。宮崎駿さんもいつも機嫌の悪そうな「怒り」の人
・「若いこと、貧乏であること、無名であることは、
創造的な仕事をする三つの条件だ、と言ったのは毛沢東です」と宮崎駿さんはよく言う
・アーティストの英才教育をする時に、真っ先に教えたいことは「挫折」。イヤなことを言われて心が
ズタズタに傷つく時は必ず来る。だけど、そこからもう一度戻ってこられるかどうかが勝負。絵を続けるための動機は、絵をはじめた時の動機よりも、ずっと大事
・劣悪な社会こそが、芸術家には「いい環境」と言える。病んだ文化を苗床にして、その掃き溜めに
鶴を呼ぶというものが芸術
・芸術は「マネー」との関係なくしては一瞬たりとも生きながらえない。なぜならば、芸術は人の業の最深部であり核心であるから。「マネー」こそが、へばりつく最後の業。この
業を克服していく方法こそが、真の練りあげられるべき「芸術」の本体
著者の村上隆氏を、
芸術作品の製造販売業を営む会社の社長のように感じました。
芸術会社を運営しようとしたらカネが要る。また、運転資金がなければ、傑作を出し続けることができず、会社は倒産する。このような発想をする人は、日本の芸術の世界では稀有の存在です。
楽と苦の道があれば、あえて苦しい道を選び、自分を追い込み、「自分への怒り、周囲への怒り、世間への怒り」、現状の
不満をバネにして、創作活動をされています。
その苦労されている姿には、新規分野に挑んで大成功した創業者社長の、若い時の苦労と重なるものを感じます。もし、著者が純粋なビジネスの分野に進んでいたら、今ごろ、ベンチャー企業の雄となり、巨額の富を得ていたと思います。
この本は、弛んだ精神に、鞭を打ってくれる、力強い書であり、心の震えを感じる書です。それと同時に、並外れた覚悟がないと、芸術家にはなれないと感じた書でもありました。