とは学

「・・・とは」の哲学

『カリスマ教師の心づくり塾』原田隆史

カリスマ教師の心づくり塾 (日経プレミアシリーズ 9)カリスマ教師の心づくり塾 (日経プレミアシリーズ 9)
(2008/07/09)
原田 隆史

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著者は、大阪市内の公立中学に20年間勤務し、その間、荒廃した学校の立て直しに力を注がれました。

また、陸上競技部を独自の育成手法で、13回の日本一に導きました。現在は、大阪、京都、東京に教師塾を開き、8年で1600人の教師が受講されるほどになっています。

元体育教師の実績に裏付けられた、一本筋が通った自信に満ちあふれた理論に心酔される方が、教育界以外にも多いようです。最近は、企業研修にも引っ張りだこのご様子です。

今回、この本を読み、感心した箇所が30ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・しんどい状況の中で、背筋を伸ばし、基軸を立て、両足で地面に根を張って教育していくには、理念がないとできない。難しい状況に出合った時、理念思いがない者は乗り切れない

・「ロジックツリー」の手法で、各々が理念を作り上げる。ツリーのトップには「指導理念」、その下には「指導理念」を実現させるための「指導方針」が三つ。三つの「指導方針」に、三つの「行動方針」。「行動方針」には五項目の具体的指導内容。計45個の指導内容が並ぶ

・意志の力は、客観的な数字として結果を出す力のこと。成果を上げられる教師は、「意志の力」が強い。しかし、成果を追い求めて厳しくするだけでは、子供は教育できない。そこに必要なのが「愛の力」。簡単に言えば、「みんな仲良くする」こと

・教師塾の方針は、目の前の行動、態度をちょっとだけ変えるというもの。しかし、そのことによって、心が変わる。教師の心が変われば、生徒の心も変わる。主体変容とはこのこと

・実践している三種の神器は、長期目標設定用紙ルーティンチェック表日誌の三つ

・大切なのは、自分で目標を立てること。そして、達成目標を、最高の目標、中間の目標、絶対できる目標と三段階に分けて記すこと。さらに「経過目標」や「目標達成時にどんな人間になっているか」「目標達成によって得られる利益は何か」も書き入れる

・具体的行動として、毎日継続して繰り返し行う「ルーティン目標」と、いつまでにやると決めて行う「期日目標」がある。最低ルーティン目標が10個、期日目標を10個決める

・世の中の成功者の一つの共通点は「日誌」を書いていること。提唱している日誌は、前日に「翌日の行動予定」「その日に必ずやること」を書き込む。当日は一日の自分の行動を評価する。8項目で40点満点とし、その日の行動を評価

・「今日立てた目標の中で、やり直しができたらどれをやる?」という問いかけは、反省をさせるのに威力抜群。「ダメだったところは?」と問いかけてもソッポを向かれるだけ

・弱者は、まず差別化の一点突破で勝たなければならない

・スキル練習は、格好いいし楽しい。でも、上を目指せば目指すほど、泥臭い練習が大切。それをよく分からせないといけない。企業研修で大人たちを教えていても同じことを感じる

・人は自分のためだけに頑張ろうとしても、力は出ない。人のため、仲間のため、誰かのため、そういうものを背負った時に、爆発的な力が生まれ、奇跡を成し得る

・教育指導には、4つの原則がある。「1.教育理念をしっかり持つ」「2.態度教育を徹底する」「3.行動の意味づけを教育して価値観を高める」「4.知識、技術、ノウハウの専門教育を行い、成果を上げる」

・生徒には、まず、「挨拶」「時間厳守」「すさみ除去」の3つのことを徹底してやらせる。掃除をすることで身の回りからすさみを取り除き、それによって心のすさみも取り除く

・清掃活動では、まず生徒に「一人一役」を割り振る。3、4人でやらせ、誰がどの役割かをはっきりさせる。掃除の手順も決める。終わった時には担当者がチェックする。役割が決まれば責任感が芽生える。目標時間を設定すればチームワークがよくなる

・人にやる気や元気を与えるものはストローク(人と人との肯定的な関わり)。笑顔で20秒間に3つのストロークを打てるようになったら、教師としてのコミュニケーション能力は上出来

・「褒めたら子供は育つ」と言われるが、心のこもっていない浅い褒め方で、人が育つわけがない。自分の理念、基準を持って、ズバッと切り込んでいかないと、相手の心に届かない

・カウンセラーは相手の心を聞き癒す。それは優しい支援。生徒指導主事は、ルール、マナー、校則、規範を守らせる厳しい指導を受け持つ。厳しさと優しさの両方が必要

・今の若者は「生き方モデル」に飢えている。本来は教師が生徒の「生き方モデル」にならないといけない。主体変容(自ら変わることで相手を変えろ)は、生きた価値観教育

・「有能感を高める」(人前で褒める)「統制感を高める」(できそうだと思わせる)「受容感を高める」(居場所を与える)の3つの刺激で、やる気を高める

・人間は、肉体的ブレーキがかかる前に、必ず心理的ブレーキがかかる。逆だったら、気づく前に死んでしまう。心が「もうダメ」と言っても、実は頑張れる

・いい教師は生徒の基本情報をよく覚えている。いい教師は、相手のことを考えている。生徒が言ったことを考えて、その上で質問する。そうすると返事も増えてくる

理想の集団であれば、悩みを茶化したり、足の引っ張りをしないから、大いに悩みを語ろうという人がすぐ出てくる

・どんな集団にもA型人間(関わらないのに成果を出せる人)B型人間(関わってやれば伸びる人)C型人間(関わってもなかなか結果が出ない人)の3種類の人間が存在する。生徒で見ると、A型10%、B型60%、C型30%くらいの割合

・集団を改革するキーポイントはB型にある。この60%の大グループがA型に向かうか、C型に向かうかで集団の良し悪しが決まる

・A型をリーダーにB型を組織すれば、B型グループがA型に向かっていく。集団の70~80%が生き生きと動ける形になると、残りのC型も生き生きとしてくる。足の引っ張り合いをするのではなく、お互いに高め合っていける集団になる

・A型の生徒には「自立的指導」(育成不要、権限移譲)、B型の生徒には、「対話的指導」(ティーチングとコーチング併用)、C型の指導には「独裁的指導」(マンツーマン指導)で良くなってくれば「父性的指導」(ティーチング)。タイプ別に適した指導方法がある

馴れ合いの集団にいる生徒ほど携帯電話の料金は高くなる。理想の集団にいる生徒の携帯電話の料金は安い

・ユニフォーム、ロゴマーク、理念の唱和、これらはすべて帰属意識を高める道具。洗脳のようなもの。帰属意識が高まらないと集団は次の段階に進めない。さらに、帰属意識を高める手法に「栄光浴」がある。集団の誰かが輝いて、その栄光に浴させる



「関わらないのに成果を出せる人(10%)」には自立的指導、「関わってやれば伸びる人(60%)」には対話的指導、「関わってもなかなか結果が出ない人(30%)」には独裁的指導後に父性的指導というタイプ別指導法にはもの凄く共感しました。

実践を積んだ著者の記述により、以前から、そうではないかと思っていたことが正しかったとわかり、自信になりました。

問題児の多い中学校を立て直し、修羅場を経てきた教育のプロの言葉には重みがあります。企業向けの教育研修者とは段違いのレベルです。

義務教育の生徒は、入れ替えることも、辞めさせることもできません。もちろん、報酬でやる気を高めることもできません。

そういう逃げ場のない悪条件の中で、教育の成果を上げる教師は本当の聖職者だと思いました。

この本は、教育に携わっている職種の方にとって、絶好の参考書になるのではないでしょうか。
[ 2010/06/29 08:25 ] 育成の本 | TB(0) | CM(0)

『グーグルに依存し、アマゾンを真似るバカ企業』夏野剛

グーグルに依存し、アマゾンを真似るバカ企業 (幻冬舎新書)グーグルに依存し、アマゾンを真似るバカ企業 (幻冬舎新書)
(2009/07)
夏野 剛

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著者はiモードの生みの親です。日本のネット業界の現状にお怒りです。確かに言わんとすることはよくわかります。

この本を読むと、日本のネットビジネスの寂しい現状が見えてきます。この2、3年で、世界は急激に変化してきているのかもしれません。

日本のネットビジネスの現状が理解できた箇所が10箇所以上ありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・「自分の趣味に合った人」に出会いたいと条件を絞って人を探すのに、ネットは抜群に威力を発揮する。さらに自分の情報を発信することで、自分と合いそうな人と出会える可能性が飛躍的に高まる

・「ウェブだから何か新しいことをやろう」という発想ではなく、「自分のビジネスをウェブを使ってどう強めるか」の方が重要

・「買い物の最初または途中に個人情報を登録させるサイト」は最低のシステム。これは完全に企業側の都合であり、システムの都合に合わせた供給者主義

・DMは美しい写真や美辞麗句を並べ、受け取った方が不愉快にならないように最大限の気を遣うのに、メールマガジンは、どの客にも同じ内容のニュースを適当に垂れ流しているだけ

・リアル店舗で「当店のメンバーにならなければ、買い物ができない」などと言ったら、その店はもう終わり。先に買い物をさせて「特典があるからメンバーになりませんか」と勧誘するのが当たり前。ネットはその工程が逆になっている

・ケータイ大国日本でも、革新的な携帯端末は生まれていない。日本企業の場合、リーダーがビジネスのディテールを知らない。知らなくてもリーダーが務まってしまう組織構造になっている

・ネットビジネスは「寡占」になりやすい。最初にサービスを開始して走り続け、一番最初に「クリティカルマス」(あるラインを超えると顧客が一定期間離れない)に達する

・ネットショッピングに向くものは、「反復購買系」の商品。例えば、サプリメント、ダイエット食品、電池、電球など。また「正確なサイズを測らなければならないもので、しかも急を要するもの」。例えば、カーテン、カーペットなど

・ネットショッピングがフォローしきれない分野は、どういうものを買いたいか決まっていない、「決め打ちできていない商品」例えば、洋服など。それと「高額商品」例えば、宝石など

・ウェブの場合、店頭に来ない人の購買を喚起できる。例えば、ワインショップ。一度購入すると、店舗からのメールマガジンが来たり、自分で問い合わせがしやすい。店舗とのコミュニケーション頻度が抜群に高くなる

・インターネット通販市場は2.2兆円弱、モバイルは0.3兆円弱。併せても民間消費支出のわずかでしかない。しかし、Eコマースは、今後10倍以上に伸びていくことが考えられる

・ネットを使いこなしていない人は、どんなに啓蒙しようが、どんなに環境を整えようが、使いこなせるようにならないもの。ウェブビジネスは、そういった層に照準を合わせてはいけないし、合わせても無駄な努力というもの



著者が怒りをぶつけているということは、この業界は、まだまだ伸びる余地があるということかもしれません。

見方を変え、やり方を違えるだけで、探せばチャンスがあるように思いました。
[ 2010/06/28 08:11 ] 仕事の本 | TB(0) | CM(0)

『祈りの力-願望実現へのアプローチ』中村雅彦

祈りの力―願望実現へのアプローチ祈りの力―願望実現へのアプローチ
(2009/02/06)
中村 雅彦

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私の父親は、町内の老人会の会長をしています。最近は、老人が増えているのに、老人会に入る人が少なく、年に一度の老人会主催のバスツアーはガラガラのようです。

昨年は、善光寺御開帳のツアーを企画したのですが、人が集まらなくて嘆いていました。ところが、数日たって、「バスがほぼ満席になった」と言って喜んでいます。

「なぜ?」と聞くと、「町内の拝み屋さんに頼んだら、20名集めてくれた」と言うではありませんか。「拝み屋さんって何?」と聞くと、拝み屋さんとは、祈祷師の別称ということでした。

参加者の20名ほどの信者の住所は、3県にまたがっていました。それだけ広い地域の信者を集める拝み屋さんが、昔から町内にいたとはびっくりでした。

話は長くなりましたが、今回紹介する本の著者である中村雅彦氏は、心理学者で元愛媛大学教授です。現在は大学の講師をしながら、拝み屋(プロの祈祷師)をされています。

奥四国の神社で修業を積み、神職の資格を持つ「拝み屋さん」です。この本の内容は、少しオカルト的なところもありますが、学者だけあって、それを、できるだけ論理的に説明されています。

この本を読み、面白く思えた箇所が20ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・拝み屋は一種のセラピストであり、カウンセラー。祈祷自体が「相補代替医療」の一種。ある意味では、医師に近い

・拝み屋というのは、相手の幸福を願う「祈祷」という表の部分だけでなく、「呪い」という裏の面もある

眷属(神のお使いをする狐や蛇といった霊的存在)とは、人間のイメージがつくった想像上の産物。その想像上の産物が「意識エネルギー」を持って、神社であれば神社の場を形成している

・「気を操る」「念を操作する」「術を使う」これが祈祷師の三大スキル

・意識とは、集合意識が土台にあって、そこに個々人の意識がポコッ、ポコッと水の泡のように出ているイメージ。個々人の意識が集合意識を通して、相互リンクしている感じ

・運気上昇の真っ最中なら、「守りの力」が働いて、多少の恨みつらみなどは跳ね返してしまう

宇宙との一体化を瞬間風速で経験するのは、ある程度誰でもできる。しかし、それを維持するのは、ものすごく難しいこと

・祈祷師は気合いがないと拝めない。思いっきり気を入れているから、格闘技とかアスリートが試合に臨む前みたいな雰囲気に似ている

・利害とか利益のことを考えていると全然効果が出ない。本当にその人のことを思う愛他的な精神慈悲の気持ちがないと通じない。プロの祈祷師には、寿命を使いきって、死ぬ人も実際にいたりする

・祈祷師は拝んでいる間は「変性意識状態」になる。そのときはまったくといっていいほど自我はない。自分という感覚もない。ひたすら拝んでいるだけ

・祭りも変性意識が起こっている。大阪のだんじりとか、諏訪の御柱とか、祭りに参加している人たちは狂気の世界に入っている

・お仏壇か神棚がある家というのは、ハッピーな家が多い。それは、社会心理学の文献で研究結果として統計がちゃんと出ている

・神頼みというのは「後方支援」的な意味合いがある。自分が何をする、その代わりにお願いするという気持ちが必要

・警察官とか教師とか、正義感を強く持つ必要のある職業の人、あるいは正義感、責任感の強い人は、どうしてもシャドウが強くなる。善人であろうとすればするほど、深層心理では極悪人の自分が強くなってしまう

・シャドウに向き合うために、一番簡単なのは、自分と同性で、一番嫌いなタイプの人間と仲良くすること。自分が一番虫の好かない「こんな奴大嫌い」みたいな相手が自分のシャドウ

祈りが叶いやすい人は、完全にビジョンを作る力が強い人。想像力、イマジネーションが強い人。それから、気の強さ念の強さ。善悪は関係ない

・男性は念じる力というか、念自体がはっきりした形で出てきづらい。しかし、思ったことをそのとおりに起こすという、目標達成能力は男性の方が強い

・願望達成の祈りは、夫婦とか、カップルで祈るとより効果が出る

・いろんな神社を回ってみることが大事。佇んでみて、いい感じ、ぽかぽかしてくる、つまり体が温まる感じがする場所は、とてもいいところ。自分に合うところ



人は、自分のために、祈ってくれる人がいたら、うれしいし、心強くなるものです。自分の幸せを祈るだけでなく、他の人の幸せを祈ることが大事だと感じさせられました。

それが無理でも、一生懸命、その人のことを考えてあげる、思いやる。これも祈りに近いものがあるのではないでしょうか。

この本を読むと、形式的な文面ではなく、本当に、「ご多幸をお祈り申し上げます」という気持ちが大切なことがわかります。

祈りの力」が偉大であることを改めて教えてくれる書です。
[ 2010/06/27 09:53 ] 神仏の本 | TB(0) | CM(0)

『僕は人生についてこんなふうに考えている』浅田次郎

僕は人生についてこんなふうに考えている (新潮文庫)僕は人生についてこんなふうに考えている (新潮文庫)
(2006/04)
浅田 次郎

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NHKのBSで1月より放送されている「蒼穹の昴」を毎週欠かさず見ています。中国の清朝末期の難しい時代を大きなスケールで描いた、浅田次郎さんに感服しております。

しかも、「蒼穹の昴」は、「鉄道員(ぽっぽや)」で直木賞をとる前の作品です。このエネルギッシュな創作意欲が、どこから湧いていたのか興味と関心がありました。

氏の人生観について書いたものがないのかを探していたら、この本を見つけました。

早速、読んでみると、そこに著者の固い意志や強い性格が数多く見受けられ、創作意欲の源を知ることができました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・根底に、知識と努力があった上で初めて、勘が閃くというのは、人生すべてに共通すること

・「食えない苦労」と「生命の危機」の二つの心配さえなければ、誰でも「幸福な人間」と言うことができる

・労働が善行で、遊びが悪行だとする意識を改革しなければ、幸福の実感は永遠にわれわれのものにならない

・襲いかかった不幸の有様をどのように記憶するのか、幸福がもたらされた原因と理由をどのように分析するのか、これがまことの学習であろう

・金で買えないものがあるってことを、貧乏人はよく知っている。それが貧乏人の有難さというやつ

・善人ばかりと付き合って退屈するか、悪党と付き合って泣き笑いするか、どっちが得かは、棺桶に片足つっこんでみなければわかるまい

・メスは受胎したとたんに愛したことも愛されたことも忘れて母になる。そうでなければ種を維持することはできない。逆にオスは愛し愛されることにこだわり続ける。これもまた、そうでなければ種を維持することができない

・世の中には自分のことを差し置いて、他人の心配ばかりする人間が多すぎる。自分のケツも拭けないやつが、どうして会社のためだとか、公共のためだとかに走り回れるのか。自分のことがしっかりしていれば、世の中良くなるに決まっている

・底辺に行けば行くほど人間は明るくなる。逆に上に行けば行くほど人間は暗くなる。永遠のお坊ちゃまみたいな奴がいちばん暗い。本当の笑いはハイソサイエティの社会の中にない。涙も知らないから、笑いも知らない

・死んでもいいというのと、死にたいというのは大違いだ。最高の男と最低の男の違いだ。一緒くたにしてはいけない

・人生の経験談を見聞きしていると、必ず共通しているのが、いちどハネた後にやってくる「冬の時代」で、この挫折を克服した者が真の成功を勝ちうるという図式がある

ドンブリ勘定でやっているヤツは、勝負事に絶対に負ける。セコイくらいの金銭感覚を持っているくらいでちょうどいい

・競馬でも麻雀でも、負けるヤツを見ているとわかる。負けている人はグチり始める。悪態をついた時点で負け

成功の感覚は「これは行けるかもしれないぞ」である。失敗の感覚は「もうダメだ」である。勝利の実感も満足に味わえぬまま劣勢に立った者は、ヤケクソになる

・土地や家に愛着なんか持ってはいけない。たかがクソたれて寝る場所である

・「力こそ正義、富こそ幸福」というアメリカ流合理主義を讃美するわけではないが、「権力は悪蓄財は不善」とする日本人のモラルにも異論がある。サクセスストーリーを思い描く権利を奪われた日本の子らは、長じて悪い権力者になり、不善を働きつつ蓄財をなす

・「貧乏は罪悪である」というのは、かなり的を射ている。私はかつて「赤貧洗うが如き」などという立派な貧乏人に会ったことがない

・貧乏人は犬や猫と同じで、与えられたものを食うしかない。まずくても、腹をこわしそうな気がしても、生きるためには目の前のものを食うしかない。ガキの時分からそういう暮しをしていると、習い性になって、他人の言いつけに逆らうことを忘れる

・神頼みとは、「自分はこうします。願わくば照覧あれかし」と自分の心に誓いながら、神に語りかけること。神仏に祈りを捧げるには、「~にしてください」ではなく「~になります」と言うこと

・俺がおまじないをしてやる。「忘れろ、忘れろ、忘れろ」。苦しみは片っ端から忘れて行かないと、人間は生きてはいけない。全部忘れたら、希望が残る

・真の努力をした者は己の努力の至らなさを知る。だからその結果、どれほどの名望を得ようともそれを容易に信じようとはしない。自分を取り巻く人々のすべてが、自分より優れた者と考えてしまう

・個性は経験によって獲得される。平穏無事な人生を歩んできた人は、その性格まで平穏無事、没個性的。波乱万丈の人生を送ってきた人は、喜怒哀楽の残滓を体内に蓄積して個性的。しかし、個性と能力は別物だから、人生経験が社会評価につながるとは限らない



著者の知識の量と努力する時間が尋常でないように感じました。何かと常に闘っているようにも思います。しかも、勝負に出ることができる、勝負師的な勇気も持ちあわせられています。

精一杯やるだけやったら、後は運に委ねる潔さ。これも著者の創作活動に欠かせない要素ではないでしょうか。

クリエイティブな仕事に携わる人に、おすすめできる1冊です。
[ 2010/06/25 07:27 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『人生、しょせん気晴らし』中島義道

人生、しょせん気晴らし人生、しょせん気晴らし
(2009/04)
中島 義道

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著者の本を5冊持っていますが、日本社会の中で成功を夢見る人には、著者の作品はあまりおすすめできません。

しかし、真実を知りたい人、教養を深めたい人、成功を考えない人には、面白い書になるかもしれません。読む人によって、毒にも薬にもなります。

中島義道氏は東大法学部卒の哲学者です。ウィーンと日本を往来されています。著書を読む限り、日本では珍しい、束縛されるものが少ない、真の哲学者でないかと思います。

毒をなめても大丈夫という方には、ためになることが多く書かれています。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・五十歳のとき、「どうせ死んでしまう、でも・・・」ではなく、「どうせ死んでしまう、だから・・・」という構文にそって生きていこうと決意した

・他人から嫌われてもいいから、儀礼的な、何のメリットもない人とのつき合いは清算する、苦痛でしかない社交や式典は避ける、年賀状など儀礼的習慣は撤廃する、すなわち、世間的雑事を削りに削って、残された膨大な時間を自分のためだけに使うようにした

半隠遁の美学の基礎は「悪いもの、厭なもの、不快なもの」を徹底的に避けるという一点に凝集される

・五十歳を過ぎたら、自分の信念と美学を貫き、それに合うものにはたっぷり時間や金を使い、合わないものは次々に削り取るという、徹底的に自己中心的な「ミニマリズム」を実現するのもいい

・真面目な顔つきで「未来社会の倫理」とか「地球環境問題」とか議論している人たちは、みな、あと五十年したらこの世にいない。自分が死ぬことのほうがよほど差し迫った問題。みんな自分が死ぬことなどどうでもよく、未来があると信じて語り続けたいだけ

・哲学者たちは真理を求め、善を求め、そして勝手な答えを提出して、みなチリになってしまった。これって一体何なのだろうか?パスカルの言うように、すべてが「気晴らし」。サルトルの言うように、すべてが「無益」なのだと確信する

・子供は、他人を理解する努力をせず、他人が理解してくれないと駄々をこねる。他人の悪口を言いながら、自分が言われると眼の色を変える。大人とは、「善いこと」「立派なこと」をする人ではなく、「他人を理解する」「他人に理解されないことに耐える」人のこと

・現代日本の学生は、自分の分をよく知って、現実を直視して、堅実に、まじめに生きている。歳になれば、みんな実現不可能な夢を語れなくなり、身の丈に合った無味乾燥な話しかできなくなる。急いで分別くさくならなくていい

・哲学は常に人間の基本的な枠組みに対して疑いを持つこところから出発する。大多数の人がきれいごとで済まそうとすることを切り崩していく。そういう信念に従って発言すれば、それはほとんど不謹慎な発言になり世間から袋叩きになる

・学問というものは努力が要り、高度な知識を必要とし、理解することは容易ではない。しかし、テレビに出る学者は、普通の人にわかるようにと茶化されながらも優しく対応する。「あなたにはわからないでしょう」とはっきり言ったっていい

・学問を含め、すべてを庶民的な視点で見ていこうとするから、お笑い系タレントがテレビを席巻する。無知な私にわかるように学者や専門家は話すべきだといった要求を出す人がのさばっている状況がある

・正義感あふれるコメンテーターたちは、魔女裁判のときに「魔女だ、魔女だ、火あぶりにしろ」と叫んだ人たちに似ている。そうした単純な正義感一色に染まることは多様性を殺す暴力にもなりうる

・どうせ人間は皆滅びるのだから、物体も適度に滅びていい。このままいけば、地球上、世界遺産だらけとなってしまう

・これまで営々と築き上げてきた「うそ」で固めてきた城を崩さねばならない。恐ろしいから握りつぶしてきたこと、排除されるのが怖いから、いやいやみんなに合わせてきたことを徹底的に崩さねばならない。そして、徐々に自由になること

・自分が組織を創立したり、拡大したり、危機から救ったりというように、組織にとって英雄であればあるほど、そこを脱した後は組織に介入しないほうがいい

・たとえ誰もほめてくれなくても、バカだ、アホだと罵倒されても、それがあなたの生き方だったらそれでいい。本物の「信念」とはそういうもの

・倫理学のあらゆる理論は直観の前に膝を屈するべきであり、理論と直観が一致しないときは、迷うことなく直観のほうを取るべきである

・他人の意思を無視し、自分の意思を押し付ける人は、圧倒的に善人が多い。「すべて本人のため」と固く信じているからたまらない

・マルクスには哲学的センスの片鱗もなかったがゆえに、あんな見事なほど論理的に破綻しながらもある種の人に勇気を与える書物が書けた。レーニンに至っては、さらに頭が悪かったから革命などできた

・生きているほうが、死んでいることより「いい」ことを論証できない。哲学はいかに生きるか、いかに死ぬかを教えることはできない。哲学は人間が死ぬことの意味そのものを問い続けることができるだけ

・人は「犠牲的精神」をもって生きると、結局犠牲を払わされた相手を憎むことになる。そして、何の生産性もない愚痴の仲間入りをして、そのまま歳を取っていく。まず、自分が幸福になるように邁進すればいい

・哲学は、どんな不幸になっても真理を求める。命よりも真実のほうが大事で、嘘に寛大な日本社会にはなじまない

・日本は、個人対個人の会話が成立しない国である。組織やマジョリティを背景に、曖昧な笑いで「対話」を拒否する



これらの考え方を知ったからといって、どうなるということはありませんが、人間としての奥行きが深くなっていくように感じます。

真理、真実だけを求めて生きていくのは、つらいことですが、歳をとると、そうなるように人間はできているのだと思います。50歳以上の方に、読んでほしい書です。
[ 2010/06/24 08:27 ] 中島義道・本 | TB(0) | CM(1)

『「人見知り」は案外うまくいく』吉岡英幸

「人見知り」は案外うまくいく「人見知り」は案外うまくいく
(2006/09/15)
吉岡 英幸

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私自身、人見知りだと思っています。社交的なふりをすることもありますが、本質的に人見知りです。

この本の中で、著者が分析する人見知りの性格が、自分に当てはまることが多く、うなずきながら一気に読むことができました。

人見知りの性格を知る上で、参考になった箇所が20ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・会話には、何らかの目的があって会話する「目的型会話」と、特に目的のない「非目的型会話」がある。人見知りは、目的のない会話が苦手

・人見知りは、相手に対する親密度ではなく、相手が持っているコンテンツへの好奇心で、自分のコミュニケーションが変化する

・超社交的な人って、結構浮いている。自分のペースでしかコミュニケーションがとれない人は、決して本当の意味で「社交的」ではない

・「自分をさらけだしている」というのは、自分の評価がプラスになる都合のいい情報ばかり出している状態。だから、うっとうしい。さらけ出す人ほど自分をつくっている

・「社交的信仰」が強くあるが、社交的でない人が自分を変えようとしても無理がある。無理してる人に魅力を感じることはない

・超人見知りは、人にレッテルを貼らない。苦手な人の意見でも、いい意見だと思えば支持する。そのかわり、仲のいい人の意見でも、違うなと思ったら容赦なくダメ出しする。いい意味でも悪い意味でも、あまり人に執着しない

・超人見知りは、人をランクで見ない。自分にとって関心が高いか、興味のあるコンテンツを持っているかどうか、それがすべて

・最も有効な本音を引き出す方法は、インタビューテクニックを駆使することではなく、相手に対して本当の好奇心を持つこと

・「社交的な人」と「人望のある人」は似ているようで全然違う。社交的な人が能動的に人を集めてくるのに対して、人望のある人は「尊敬」という求心力で自然に人を惹きつける。しかも、人望があるために、社交的である必要がない

・与えることだけが決して人望ではない。ほっとけないと思わせる何かがあれば、それも立派な人望

・クリエイティブな人は、一瞬で頭の働きを外向き→内向き→外向き→内向きと切り替えることができ、勝手に自分の世界に入る

・逃避とは、リスクをとってやりたいことをやりぬく勇気。何かを成し遂げた人はみな過去に逃避を経験している

・仕事をしていく上で人脈は必要だが、「人脈づくり」は必要でない

・交流会の場には「高いレベルに自分を引き上げてくれる自分より魅力的な人に会いたい」と思っている人ばかり。つまり、自分と同じ魅力のない人ばかり集まっている

・超人見知りの関心は常に「人」より「コト」にある。この特徴は、仕事において、もっとも重要な「経験を学びに変える」能力そのもの

・「人脈」がなんとなく打算的な、自分本位な感じがあるのに対し、「縁」はどことなくあったかい、心の通い合う響きがある

・はっきりした基準のない世界で「技術が高い」と思わせるには、突き抜け感が必要。そのためには「オタク」になるのがいちばん

・「ブランド人」は結果的にそう言われるのであって、そう言われるまでは「変人」。「変わってるな」という評価が、ある日突然「ブランドがある」に変わる

・コンテンツ自体に興味があるのなら、友達になるチャンスはあるが、超人見知り同士だから共感できるというのは幻想。超人見知りは、社交的な人に囲まれ、超人見知りを貫き、浮きまくって生きていくのがいい



この本を読めば、人見知りでもいいんだ。人見知りという性格を生かして、生きていく術はいくらでもあるということがわかります。

人見知りの人にとっては、自分の性格を全面的に肯定してくれるので、安心できる書になるかもしれません。
[ 2010/06/22 08:10 ] 仕事の本 | TB(0) | CM(0)