とは学

「・・・とは」の哲学

『千年語録・次代に伝えたい珠玉の名言集』サライ編集部

千年語録 次代に伝えたい珠玉の名言集千年語録 次代に伝えたい珠玉の名言集
(2007/04/11)
サライ編集部

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1989年から2007年までの「サライ」に連載された、サライ・インタビューの名言名句を抜粋したのがこの本です。

約20年で400名の人生の先輩にインタビューしています。参考になる言葉がいっぱい詰まっています。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・人間は「舞台」に立った時だけがその「人」なんだ(三鬼陽之助・経済評論家)

・努力しても一流になるとは限らない。けれども、謙虚に努力すれば二流になれる。一流の意味がわかる人のことを二流っていう。一流も二流もわからない人を三流っていう(田村隆一・詩人)

・人間ですからたまには差し違いはある。それよりも、回しうちわといって、いったん上げた軍配を、思い直して別の力士に上げるほうが悪い(木村庄之助・行司)

・苦悩や落胆を味わった末、「にもかかわらず笑う」。これが真のユーモア精神(石井好子・シャンソン歌手)

・今は遊びも仕事の延長線。「社用族」が多い。つまり本当の遊びじゃない。芸者は2時間で帰せ、お土産はいくつ、車は何台、と全部決まっている。昔はみんな、自分の金で遊んだから、下足番にもちゃんと祝儀をやったもんです(悠玄亭玉介幇間

・優しさとは「人生には不可能なことがある」と知っている大人だけのもの(塩野七生・作家)

・肝心なのは、老若を問わず、話していて面白いか面白くないかですよ。内容があるかないかですよ(山本夏彦・コラムニスト)

・あれも欲しい、これも欲しいという本来、醜い欲の深さを、ある限界の中できちっと処理し、しかも美しく仕上げるバランス感覚、美意識がそこにある(栄久庵憲司インダストリアルデザイナー

知足安分(足りるを知って分に安んずる)。オレの収入はこれで足りる。私の社会的地位はこの分に安んずる。これを無理やり壊したのが、明治。この言葉の反対が立身出世。知足安分に安住できていたのを、進歩的文化人がぶち壊した(山本七平・評論家)

・金があるという意識は、金額ではない。他人との差です。一種の虚栄心です。この虚栄には際限がない。だから非常に危険です(山本七平)

・人間には理知的な思考と情緒的な感情の二つがある。情緒的な感情の喜怒哀楽は長続きしないが、嫉妬と怨念は持続する。嫉妬と怨念が世代を超えて存在することを理解すれば、味方に使うにしろ、敵に回すにしても、対策は立つ(糸川英夫組織工学研究所所長

・「女老外」の感覚。女性にとって大事な「美しさ」。年寄りにとって大事な「安心と安全」。外国人にとって大事な「わかりやすさ」です(木村尚三郎・歴史学者)

・日本文化とか、日本人の本質というのはないですよ。悠久の歴史の中で、短い時間だけで、民族の特性を断定しても意味がない。「本来、日本人とは」の本来とは、江戸時代、奈良時代、縄文時代、いつのことですか?(梅棹忠夫・国立民族博物館顧問)

・父に聞いたら、「形にこだわるな。焼き物が時代を動かしたことはない。世の中の動きにつれて焼き物も動くんだ。ただし、品格のないものは作るな。それが伝統だ」(沈寿官薩摩焼宗家

・「一日を楽しめ一日を惜しめ」という気持ちで毎日毎日やっていると自然に元気が湧いてくる(淀川長治・映画評論家)

・リーダーの条件は決断力ですね。追いつめられたときの多数決は、大変危険です。気弱になった集団の多数意見は、往々にして誤る(村山雅美・元南極観測隊隊長)

・木も育った条件がよすぎると案外つまらない。他の木との競争や気候条件の中で揉まれ、勝ち残ったやんちゃな木が面白い。ところが、あまり環境が厳しいと、今度はいじけちゃってだめです(林以一木挽き職人

・教養とは、生活の中身を豊かにする能力の表れ。社会生活をするために必要な服を見事に着こなすことも、教養のあるしるし(古波蔵保好・評論家)

・今、女性に言いたいな。子供の世話を焼くのはやめなさい。母親がやってくれなければ、子供は自分でやるようになるもんです。子供を幸せにしたいならばね(服部公一・作曲家)

・私の日々のモットーは「五持つ」。つまりは、健康、目的、趣味、友、お金、この5つを持てば人生は楽しい(岩本薫・棋士)



業界や分野も多岐にわたるプロの言葉は、心に響きます。亡くなられた方も多いのですが、遺された言葉は、今でも、時代を超えて輝いているように思います。

歴史上の人物ではなく、一線で活躍されている(いた)一流の人たちの言葉ですので、親近感も感じられます。

人生の先輩から知恵を授かりたい方には、おすすめの1冊ではないでしょうか。
[ 2010/02/28 08:19 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『結局は自分のことを何もしらない-役立つ初期仏教法話』スマナサーラ

結局は自分のことを何もしらない―役立つ初期仏教法話〈6〉 (サンガ新書)結局は自分のことを何もしらない―役立つ初期仏教法話〈6〉 (サンガ新書)
(2008/01)
アルボムッレ スマナサーラ

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スリランカ初期仏教長老で、日本で活動されているアルボムッレ・スマナサーラ氏の本を紹介するのは、「ブッダの幸福論」に次いで2冊目です。

この書は講演録ですので、わかりやすい言葉で書かれています。しかし、一言一言が哲学的な深い内容です。じっくり読んでいきたい本でもあります。

今回、役に立った話が15ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・自分のことを言われると嫌で腹が立つ。他人のことなら何の躊躇もなく、遠慮もなく、言いたくなる。この生き方を省略して表現すれば、「悪いのは私ではなく、あなたです」ということ

・目的がある場合は元気に頑張れる。嫌だと思ったり、「どうしてこんな人生なのだ」と悩むことはあまりない

・仕事がない人は、仕事がないという苦しみを、仕事を見つけることで紛らわす。でも、仕事をすれば、それはそれで仕事が苦しい。仕事がないことも苦しいし、仕事があることも苦しい。これが人生。苦しみをごまかすことが人生

・生きることは、苦を回転させて和らげること。これこそ真理、事実である

・生命は、高次元でも、低次元でも関係なく、ことごとく動く。なぜ動くのか?というと、生きることの中に苦痛というもの、「苦」が入っているから

・幸福は苦がつくってくれるもの。苦がなければ幸福はない。しかし、それは本物の幸福ではない。一つの苦を、別の苦に置き換えただけ。釈迦は「幸福も苦である」と教える

・肉体には、もともと苦がある。皆、それを知っているから動く。つまり、「苦という感覚」があると同時に、「苦しいと知っている」わけである

・「動き」とは、心が引き起こす身体の動き、物体の動き。そして「知る」ということは精神の動き。「動き」には心の動き身体の動きの二つがある

・ものごとは何でも、変わって、変わって、変わっていく。釈迦は「すべてのものごとは無常である」とこの事実を語っている。この教えは「すべてのものごとは、絶えず変化している。絶えず動いている」ということ

・生きることは「動く」こと、生きることは「知る」こと。そのベースには、「生きることは苦である」という真理がある

・認識は三種類に判別される
1.「好き」=自分の命を支えるもの。欲しいもの
2.「嫌い」=自分の命に障害、危険を与えるもの。嫌なもの
3.「面白くない」=自分の命に関係ないもの。無関心なもの

・私たちは「好き」「嫌い」「面白くない」と思ってしまうと、対象のせいにしてしまう。そして、世界は自分の思い通りにならないのに、世界を変えようとして苦しみを増やす

・苦しみをなくすことを目的に生きることが真の幸福への道である

・生きる上で大切な心がけは「慈しみ」

・釈迦がいちばん推薦する能力は、怒りをなくす能力、欲をなくす能力、嫉妬を消す能力、人を憎むことをなくす能力、敵であっても「幸せであってほしい」と思える能力。これらは心を清らかにする能力

・瞬間、瞬間に入ってくる外のデータに、「私」を入れないで、気づいて、気づいていく。「私」というのは、認知に基づいた幻覚。あるのは、瞬間、瞬間の事実。「私」を入れない気づきの先に、大いなる心の平安、幸福、悟りが開けていく



仏教法話の世界は、難解と言えば難解。平易と言えば平易。聴く人によって、如何様にもとれるものかもしれません。

ある程度、年齢や経験を重ねられた方は、その意味が理解できるのではないでしょうか。そういう方には、おすすめの1冊です。
[ 2010/02/26 07:20 ] スマナサーラ・本 | TB(0) | CM(0)

『清らかな厭世-言葉を失くした日本人へ』阿久悠

清らかな厭世―言葉を失くした日本人へ清らかな厭世―言葉を失くした日本人へ
(2007/10)
阿久 悠

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この本は、稀有の人気作詞家であった故阿久悠氏が、亡くなる2カ月前まで産経新聞に連載していた「阿久悠、書く言う」を再構成したものです。

言葉を紡ぎ、奏でた著者の文章だけに、じっくり読めば、一言に込められた意味の深さを味わうことができます。

この本で、教訓になった箇所が15ほどありました。「本の一部」ですが、これらを紹介したいと思います。



・他人に対して、異常なまでの潔癖主義、暴力的なまでの完璧主義で裁く。この国では、持ち点が多い人でもマイナス点になってしまう。敗者復活不能のシステムである。これが常識として罷り通ると、リーダーも、ヒーローもヒロインも誕生しなくなる

・人間は有限の生命体。しかも消滅するのではなく、衰弱するように出来ている。だから、衰えるものの選択を自分の知恵でしなければ、犯罪にもつながる。諦め上手か、諦め下手かで、長い人生の幸福は決まる

・善人に壁ばかり見え、悪人には隙間ばかり見える。それが法律

・大金で買えるものって、「無駄」と「閑」と「自惚れ」ぐらい。志を曲げずに済む程度の金が、いちばん値打ちがある。その金で、何人の身内と何人の他人を幸福にできるかを考えるもの

・時代は早足。時代は立ち止まらない。ただ、スタスタと行く。置いてけぼりにする。遅れた人を嘲笑する。そして、愉快そうに去る。時代は手をさしのべない。時代を見るということは、時代のままになるなということ

・見ていてくれた人が何人もいた。その人たちが、ぼくを新しい仕事へと連れて行ってくれた。そこでもぼくは無駄な工夫をくり返し、それをきっかけに、さらに面白い仕事へと誘われる。無駄と遠回りほど価値あることはない

・日本の庶民は流行に眩惑され、風潮に流され、自分を見失うこともあるが馬鹿ではない。鵜呑みにするものと聞き流すものとの、選別の知恵は持っている。洪水のようなマスメディアとのつき合いの中で、それらの選別だけは見事に能力になっている

・勤勉と正直と正確を野暮だと嘲ったら只の怠け者の国になる

・いい大人ってのはね、善玉の若さと悪玉の若さを見抜けるもの。若さに対しての寛容さと、次世代の担い手への敬意は、大人のマナー

・若い人は、お説教が嫌いかというとそうでもない。その証拠に、同世代たちの作る歌の多くは、チェーン店の店長の朝の訓示的なガンバローの歌詞だからである。要するに誰に言われるかである

・何気ない揶揄が毒を作り、さりげない賛辞が愛を育て、家庭って温床なんだ

・情報という情報が、幸福の一発商品を売りまくる。そんなもので埋め尽くされている間に、本物を見失う。幸福とは、結果の見えてこない作業の積み重ねで、最低でも十年、真実を言うと一生かかる

・父は、ある時、「生きざま」と「技能」と「のれん」と「財産」を、セットで渡せない時代であると自覚したとき、子に対する接触の仕方を「友だちのような関係」にした。思えば、それが、悲劇の始まりだった

・自分を愛し過ぎると、他人を見ることを忘れ、社会の迷い子になる。子には「他人」と「不可能」の教育から始めよう

・人間は他人を罵ることが好きである。テレビが茶の間にドンと座ってから、悪口の言いたい放題である。それで家族の連帯まで出来る。社会の病理は、家族そろって、他人の生き方や才能に敬意を払ったことのない集積ではないか

・家庭が崩壊したと嘆かれるが、それは、うちのしきたり、うちの流儀、うちの言い伝え、つまり伝統と伝承を持たないが故のアイデンティティーのなさによるものではないか



この本は、著者が亡くなる前に、われわれ日本社会への警笛を鳴らすと同時に、われわれ日本人への遺言とも受け止めることができます。

時代の先端を走っていた著者が、「故きを温ねて新しきを知る」必要性を多く説かれています。そのことは、流行や最先端が幻にすぎないことを物語っているようにも思います。

変わらないことの大切さを気づかせてくれる1冊ではないでしょうか。
[ 2010/02/25 07:26 ] 人生の本 | TB(0) | CM(0)

『素人でも百年に一度の大相場を勝ち抜く方法』渡辺博文

素人でも百年に一度の大相場を勝ち抜く方法ー儲かる仕組みを見抜くビジネスモデル投資入門ー素人でも百年に一度の大相場を勝ち抜く方法ー儲かる仕組みを見抜くビジネスモデル投資入門ー
(2009/02/25)
渡辺博文

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この本は、現役ファンドマネージャーの著者が、素人投資家に、やってはいけないことを語り、儲けることが甘くないことを教える内容になっています。

また、「好不況にかかわらず、安定して、儲け続ける」長期投資に向く会社の原理原則も書かれています。投資に興味のない方でも、役に立つ内容です。

この本を読み、参考になった箇所が20ほどありました。「本の一部」ですが、これらを紹介したいと思います。



・投資が下手な人の思考回路や行動パターンを把握する。そうすれば、投資でやってはいけないことがわかる。その上で、上手い投資家の考え方や投資方法を真似すれば、投資で成功する

・自分自身で投資の決断をした人は、1日に何度も株価をチェックする必要がない。絶えず株価をチェックしたがる気持ちの裏には、自分の投資判断に確信を持っていないから

・下手な投資家ほど、思い込みが激しく、どうしても儲けなくてはいけない、という固定観念にとらわれている。儲けに対する執着心が薄いほど、冷静な態度を保つことができ、結果として、大儲けにつながる

・株価の下がった理由を詳しく説明できれば、いかにも株式投資のプロのように見える。実はそこが問題。相場解説は、あくまで後講釈に過ぎず、事前に相場がどのように動くのかを予想できなければ、株式投資には役立たない

・「今年の株価予想」をその年末に読み返してみると、9割以上の有識者が予想を外している。しかも、その理由さえ間違っている

・素晴らしい経営をしていると考えて、その企業に惚れこむのは勝手だが、そのまま株式投資に結びつけてしまうのは失敗の始まり。良い会社が良い投資対象とは限らない

大局観を養うためには、投資経験を重ねる必要がある。だから、上手い投資家は、ある程度年齢が高い。若いファンドマネージャーで大儲けしているケースも見受けられるが、単にラッキーだった面が強い

・株式投資の上手い人は、絶えず株式投資のことを考えて、のめり込んでいる。彼らにとって、株式投資は、単なる金儲けの手段ではない。株式投資が楽しくて仕方ない

・上手い投資家は、誠実で温厚な性格であったとしても、他人からは、変人と思われている。なぜなら、彼らの考え方や行動があまりにも独創的だから

・上手い投資家は、株式投資の資金と実際のお金を区別して考える。いくら株式投資で儲かっても、株式投資の口座から現金を引き出さない

・上手い投資家は、必要最低限の現金しか持っていないし、私生活において、無駄なお金は使わない。外食をする時は、サイゼリヤ。スーツを買う時は洋服の青山。彼らは、コストパフォーマンスを重視した金銭感覚を持っている

・時間を守れないファンドマネージャーやアナリストは実力がないと見当がつく。投資業界では、他の職業では考えられないくらい厳密に時間が守られる。投資に関わる人は、時間コストに敏感な人でないと務まらない

・上手い投資家は、まるで子供のようである。素直で偏見を持っておらず、いつでも自分の夢を追いかけている。一方、ネガティブな面として、他人への配慮が行き届かず、自分勝手に行動する

・株式投資はケインズの美人投票の仕組みで動いているが、これはあくまで「美人コンテスト」で勝つための方法。中長期的に評価されるのは、コンテストの優勝者ではなく、「本当の美人」。平均的参加者は「本当の美人」を見分ける能力を持っているわけではない

・個人投資家で、経営コンサルティング的手法で投資対象を分析している人は皆無に等しい。ファンドマネージャーが経営コンサルティング的発想を身につけると、投資の成績を向上させていく効果が高い

マーケットシェアの高い企業の製品やサービスの価格は、その企業の言い値通りになる。その結果、利益率も高くなり、好調な業績も維持できる

・事業を運営していくに当たって、コストがかからない仕組みを作り上げれば、売上高が上がった時に大きな利益を生み出せ、下がった時でも最低限の利益は確保できる

リピーター顧客を抱えている企業は、売上高が安定し、利益の成長も見込める。大々的に宣伝しなくても、リピーターは必ず収益に貢献してくれる

・ビジネスはある商品を売っただけでは終わらない。その後に、アフターマーケットという大きなビジネスが待っている。アフターマーケットは、代替できないビジネスで、価格が値崩れする心配がないから、利益率が高い

・株価が買値より20%下落したら、強制的に売却しなければならない。自分の銘柄選択が誤っていた可能性があるから。株式投資で成功しない人の最大の特徴は、損切りできないこと

・株式投資に非常に役立つのは、日経産業新聞。個々の企業の細かい話をそのまま事実として記事に載せているので、企業の状況を詳細に知ることができる



前に紹介した「相場師スクーリング」と重なる部分もありますが、相場の世界で長い間、生き残っている人は、そのような性格や行動を持ち合わせているのだと思います。

そう簡単に、勝てる投資家になれるわけではないですが、シロウト投資家の失敗例を学び、それをしないように、しっかり守ると、負けない投資家には、なれるのかもしれません。

それを学ぶ上で、この本は役に立つ1冊ではないでしょうか。
[ 2010/02/23 07:59 ] 投資の本 | TB(0) | CM(0)

『最新中国を知るキーワード99』岡崎雄兒

最新 中国を知るキーワード99最新 中国を知るキーワード99
(2008/12)
岡崎 雄兒

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中国の政治や経済のニュースは流れてきますが、庶民の日常生活がどうなっているのかのニュースはあまり流れません。

中国が、今後どうなっていくのかを知るためには、住民の現実を知ることが一番だと思います。この本は、それをキーワードで分かりやすく提示しています。

この本の99あるキーワードの中で、気になったキーワードが15ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・千金之憂(お嬢さんの憂い)

出生性比が男119対女92に達した。農村では社会保障の不備と労働力の確保から男児の誕生が強く望まれる。さらに超音波検査による胎児の性別診断の普及も要因

・馬路殺手(路上の殺し屋)

自動車保有台数は日本の3分の1程度なのに、年間10万人近くの交通事故死。アメリカですら死者は4万人程度。交通ルールを守る意識が薄いことが大きな問題

・打狗風暴(犬狩り騒ぎ)

各地で狂犬病が流行。中国での2005年の死者は2545人。5000元(75,000円)の登録料を払って犬の飼育が解禁されたのは1994年。同時に狂犬病対策がきちんとなされていなかったことが原因

・経済邪教(進化したマルチ商法)

2007年夏に行われたマルチ商法撲滅キャンペーンでは600件(総額17億元)が摘発された。田舎から出てきた工場労働者、農民、世間知らずの学生を狙い、所持金を巻き上げた上、被害者を加害者に巻き込んでいく手口

・残奥会(パラリンピック)

中国の身体障害者数は8300万人。日本の身体障害者数は360万人だから、人口比では、日本の倍以上。以前は「残廃人」と呼ばれ、偏見、差別に今も苦しんでいる。パラリンピック研修の本に差別の記述があり大問題に

・化公為私(官僚の汚職)

2001年~2005年までの汚職案件は15万件。取り調べを受けた官僚は17万人。容疑者の国外逃亡は500人。彼らが違法に持ち出した金は700億元(9500億円)。全世界の死刑執行数の80%は中国。収賄、横領などの経済犯にも死刑が執行されている

・小資(プチブルジョワ

外資系企業などで働く高給取りなどの呼び名。彼らは経済力と一定の学力を持ち、人間的にも品位が求められる。単なる成金では小資とは呼ばれない。高級消費財の消費の担い手が小資である

・美女経済

女性の容貌や身体、性的な特徴をアピールすることにより消費を刺激し、経済的な利益を追求すること。広告、ショー、コンテストなど経済活力を与えると評価される一方、女性団体などが強く批判

・形象大使(イメージ・キャラクター)

企業のイメージアップを狙って宣伝ポスターに登場し販売キャンペーンなどで活躍する人。以前は形象代言人と呼ばれていた。上海万博の形象大使には応募が殺到

・一村一品

1979年大分県で平松知事の提唱で始まったこの運動が、世界各地で受け入れられ、中国では国際セミナーも開かれるほどに。一廠一品、一街一品、一区一景、一村一宝、一鎮一品などの運動も展開されている

・品牌戦略(ブランド戦略)

輸出品のブランド化を進めること。急速な伸びを示す輸出だが、その9割を占める工業製品のほとんどは加工貿易によるもの。国家認定ブランドの登録申請企業も増えているが、インパクトのあるブランドは育っていない

・中国加一(中国プラス1)

日本企業が投資リスクを分散するために、中国だけでなく、ベトナム、インド、タイなどの国に投資する戦略のことを中国ではこう言われている

・膩一族(ニート)

2007年付け「中国青年報」によれば、中国のニート人口は1216万人。16~35歳年齢層の約3.2%。日本のニートは総務省発表によれば62万人程度

・金飯碗(公務員など処遇の良い仕事

2008年の国家公務員採用試験は14000人の採用枠に80万人が殺到。平均倍率57倍に。長い間給与が低く人気職種でなかった公務員の人気が高まったのは、何度も給与見直しが行われたことと身分の安定が要因

・証奴(資格奴隷

2007年に大学などの高等教育機関を卒業した495万人のうち、就職できたのは351万人で、29%の学生が仕事に就けなった。そのため、学生はよりよい就職のチャンスをつかむため、各種資格取得にお金と時間をつぎ込んで忙しく走り回っている

・非常村上(すっごく村上)

村上春樹作品の熱烈なファンのこと。外国人作家で一番有名。外国文学作品で一番読まれているのが「ノルウェイの森」。主な読者は、高校生、大学生、小資(プチブル)たち。



日本に比べて遅れているところ、ほとんど変わらないところが混在し、それらを面白く読むことができました。

中国と関係のある人は、この本を読んでいれば、一般常識として、役立つのではないでしょうか
[ 2010/02/22 07:14 ] 華僑の本 | TB(0) | CM(0)

『美の値段』池田満寿夫

美の値段 (カッパ・ホームス)美の値段 (カッパ・ホームス)
(1990/05)
池田 満寿夫

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池田満寿夫さんが亡くなられてから13年経ちます。版画家として有名で、今も高値で取引されています。

また、小説でも、芥川賞を受賞しましたし、テレビにも多く出演されていました。多彩な顔と才能を持ち合わせた人でした。

このマルチな活躍をされた著者が、「美の値段」について言及したのが、この本です。20年前に書かれた本ですが、全然古く感じません。

考えてみれば、商品の中で、美術品と骨董品が一番不思議な存在です。1品もの、オークション、値札なし、言い値、値上がり、投資対象、贋物など、他の工業的商品とは違う要素が多いのです。

それだけに、買う側の眼力があれば得するし、なければ大損する、冷酷な世界です。しかも、お金がなければ、美術品、骨董品の世界には参加できません。つまり、真の大人の世界がそこにあります。

この不思議な「美の値段」を、整理し、解明しようとする内容になっているのが、この本です。

値とは何か?を知る上で、ためになった箇所が25ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・ピカソは作品の市場での値段をコントロールした唯一の画家。美術市場で一番作品点数が多く10万点あるが、死後、倉庫から発表されたのと同数の膨大な作品が出てきた。彼は市場に多く出せば、値段が下がるという市場の原理をわきまえていた

・市場の飢餓状態をつくり、需要が高騰したときに、「しょうがない」と言いながら出す。それも100点あっても3点ぐらいしか出さないから、当然高値がつく。ピカソはそういうことでも天才だった

・無名時代の画家にとって、画商が絵を買ってくれるということがどんなに嬉しいことか。それは、お金よりも何よりも希望が与えられるということ

・絵が商品として画家から画商の手に渡る時には、買い取りか委託か、どちらかの方法をとる。委託とは、3ヶ月間くらい置いてもらい、売れた時に代金を精算するやり方で、その時画商がとる手数料は常識として30%ぐらいのもの

・売り値とは無関係に画料として適当な金額で契約することもある。この場合、画商は画家の名声が高まるまで持っていれば、数十倍、時には百倍ぐらいで売れることもある。値段は、画家や画商の人間性から財力まで絡んだ力関係で決まる

・日本で、絵を描き、展覧会や個展で発表している人は10万人。美術年鑑に名前が載っている画家は3万人。値段がつき、画商が取り扱う画家は300人。愛好家の間で流通している画家は50人。10万人のうち、絵を描く本業だけで食べていけるのは100人

・文学においても状況は同じ。本当に小説だけで食べていける人は100人。まず純文学だけで食べていけないので、雑文を書いたり、講演を引き受けたり、サラリーマンなどしながらしのいでいる。まったく狭き門だ

・メディアで多くの人に知ってもらっても、美術の世界はきわめて限られた人々しか相手にできない。しかし、一定のコレクターさえ持っていれば、充分にやっていける世界でもある

・批評家がいくら褒めても誰も買わない絵もある。展覧会で観客がいくら来ても多くは視るだけの人。美術の世界では、見る人買う人批評する人はみな違う。だから、一人の画家に対する評価も、それぞれの立場によって異なってくる

・現在ある美術市場は、印象派の登場とともに生まれ、発展してきた。印象派の代表であるモネは油絵を6000点描いており、もの凄い速描き。総じて印象派の画家は作品が多い。その結果、市民にも買えるほどに絵の値段が安くなった

・16世紀のアムステルダムには画家が300人(当時のパン屋の職人は70人)にも上った。絵が貿易商品になっていた。レンブラントは、客の要望する絵を描かず、自分の描きたい絵を描き始めたため、注文もなくなり、破産し、極貧のうちに死んだ

・浮世絵以降(明治時代)の日本美術は工芸品を除いては世界に流通していない。それは日本の画商が日本の美術品を世界に売る努力をしてこなかったことに大きな原因がある

・日本画の美術市場は、政治絡みで一時的に大量に絵が動く機会が多い。後援会の人が献金しないで絵を贈る。贈られた代議士は画商に卸してお金に換える。画商はさらに転売するメリットがある。後援会と画商と政治家の間には初めから了解がとられている

・政治家の資産公開に絵画骨董を入れたら、それは莫大な財産になるに違いない

・ビルが建つと、建築会社がオーナーに日本画を寄贈する習慣もある。この時贈るのが、芸術院会員という肩書のついた絵

・アメリカには公共建築物の建設費の1%は美術品の購入に充てるという法律がある。国家規模で現代アメリカ美術を支援したおかげで世界美術のなかで主導権を握ることができた

・版画は限定された部数によって価値が変わる。当然部数が少ない方が値は高くつく。何部に限定するかは作者の自由だが、その数が守られているか、版のキャンセレーション(抹消)が行われているか、しっかり管理されているかが重要になる

・絵の値段の高いことの一番大きな原因は、未来永劫にわたって、その絵が一点あるいは限られた数の稀少価値にある

・どんなコレクションでも必ず偽物が混入している。美術品で偽物を買わされてしまうことは避けて通れない宿命。だまされて、コレクターは目利きになり、成長していく

・生存中の値段は、往々にして絵の価値だけでなく、時代の流行、個人の話題性、日本ならば芸術院会員とか文化功労者とかの肩書や権威などの要因で高い値段がつく。その一つ一つが剥がれ落ちて、その作品の本来の価値に落ち着くには、画家の死後30年かかる

・絵の値段に関して日本の美術市場には、この画家は「号いくら」という評価の仕方がある。絵の良し悪しとは無関係に大小で価値を決めてしまうのは不合理。「号いくら」は買い手を騙す方法

・芸術院会員でも、なかにはお金で資格を買ったような画家もいる。芸術院会員をそう下位にもってくるわけにもいかないので、市場では号50万円が、年鑑には号150万円として、上位ランクされる

・ピカソ、マチスはスタイルを作っては壊し、新しいスタイルに挑戦しているので、いつまでも古くならない凄さがある。日本の大家といわれる人は大体、自分のスタイルが市場に定着すると、変えようとする人はまずいない

・ゴッホのように夭折した画家に駄作が少ないのは、絶頂期に死んだからである。スタイルを築くのも難しいが、築いた自分のスタイルを壊すのはもっと難しい。買う側としては、その作品が持つ美の価値を見抜く鑑賞眼が必要になってくる

・市場に出なければ美術品とは言えない。そのためには「面白い!買ってみよう」という認める者がいなければならない。才能を認める才能が必要。天才を認め得るのは天才だけということになる

・生存中の価格の騰貴は、画家の制作に悪影響を及ぼす。ある種の虚脱感を与え、価格の安全性を確保したい欲求が画家を保守的にする

・絵の価値は、個人の絵に対する情熱や所有欲に依存している。だから莫大な富を惜しげもなく一枚の絵に投ずることができる。「個人が寄付し、その人に名誉を与え、美術館は絵を手に入れ、それを皆が見ることができる」。アメリカ人はうまい方法を考え出した



日本の「美の値段」は、芸術的価値だけでなく、風習や因習など、文化や生活に密着したものに左右されています。

流行、知名度、権威、肩書に惑わされない、本当の鑑識眼が持てないのなら、美術品には手を出さないのが賢明かもしれません。高値つかみだけは避けたいものです。

しかし、本当の鑑識眼があれば、将来有望な芸術家を応援する(文化的貢献をする)ことにもなります。しかも、値上がりする(投資対象になる)という一石二鳥の面があります。

この本は、「お金があり、見る目もある」。こういう人間になりたいと思わせてくれる1冊です。
[ 2010/02/21 09:03 ] 芸術の本 | TB(0) | CM(0)