とは学

「・・・とは」の哲学

『「言志四録」を読む』井原隆一

「言志四録」を読む「言志四録」を読む
(1997/08)
井原 隆一

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言志四録を紹介するのは、「言志四録心の名言集」「言志四録(二)言志後録」に次ぎ、三冊目です。江戸末期の儒学者・佐藤一斎が著わした4巻1133条からなる語録です。

本書は、4巻の中から、著者が選別した357の語録が掲載されています。前に紹介した語録をできるだけ除き、新たに感銘した箇所を、ここに紹介させていただきます。



・「最上の師」 最高級の人は、天地自然の真理を師とし、第二級の人は優れた人物を師とし、第三級の人は書物を師とする

・「自ら是非を知る」 秤(はかり)は物の重さをはかることはできるが、自分の目方を計ることはできない。物指は物の長さをはかることはできるが、自分の長さを計ることはできない

・「立志の士利刃の如し」 志を持つ者は鋭い刃のようなもので、多くの魔物も尻ごみしてしまう。志のない者は鈍刃のようなもので、子供もばかにする

・「過去は現在の悔い」 過去の失敗を後悔する人はあるが、現在やっている過ちを改める者は少ない

・「利は公共物」 利益というものは、すべて天下の公共物で、利を得ること自体は決して悪いことではない。ただ、利を独り占めすることは、人から怨まれるので、善いことではない

・「古を鏡とすれば」 すでに死んでしまっている者が、生きている者の役に立ち、過去にあったことが、将来の役に立つ

・「全体を見て」 一つの良いか悪いかを見て、全体の善し悪しを考えず、一時の利害にとらわれて、永遠の利益を考えない。もし、為政者がこうであったならば、国は危機である

・「人を教える法」 人を教える者にとって肝心なことは、志が固いかどうかを問題にすべきで、その他のことをつべこべいっても無益である

・「公務員心得」 公職にある人にとって望ましい文字が四つある。公(公平無私)、正(正しい)、清(清廉潔白)、敬(己を慎み人を敬う)。これを守れば過ることはない。

・「公務員心得」 公職にある人にとって望ましくない文字もまた四つある。私(私事を以て公事を害すること)、邪(不正なこと)、濁(不品行)、傲(傲慢なこと)。これを犯すと、すべて禍いを招く

・「インフレ国を亡ぼす」 紙幣が出始めて、明は衰えるようになり、多く発行するようになり、明は亡びた

・「事を成す者」 静かにしているのを好み、動くことが嫌いなのを、ものぐさ者といい、動くことが好きで、静かにしているのを嫌う者は、あわて者である。軽はずみな人は事を鎮めることはできず、臆病な者は事を成すことができない

・「人の長所を見れば」 短所を見ると、自分がその人に勝っているので、自分に何の役にも立たない。長所を見るようにすれば、相手が自分よりも秀れているので、自分にとって得ることがある

・「学を志す心得」 学問を始めるには、必ず偉大な人物になろうとする志を立て、それから書物を読むべきである。ただ知識を求めての学問は、傲慢な人間になったり、よからぬことをごまかす心配が出てくる

・「学を志す心得」 学問を志し、さらに立派な人間になろうとする者は、頼みとする者は自分一人であることを知らねばならない。他人の熱で暖めてもらおうなどと考えるべきでない

・「禍福」 過ちを免れる道は、謙虚と譲歩にある。福を求める道は、恵むことと施しをすることである

・「禍福」 禍がなければ、それが幸福である。恥じさえかかなければ、それが栄誉である。若くして死ななければ、それが長生きである。飢えさえしなければ、それがである

・「名利は避けず」 自分で要求しないで得られる名誉は、実績があったから与えられるものである。がめつく要求しないで得られる利益は、正しく行った結果である。このような名利は遠慮すべきものではない

・「人君」 君主たる者は、優れた臣がいないのを心配しないで、自分が名君でないことを心配すべきで、これが人君の徳である



佐藤一斎の門下生には、佐久間象山、横井小楠などがいます。弟子の象山の教えは、勝海舟、坂本龍馬、吉田松陰らが受け継ぎました。松陰の思想は、松下村塾の塾生に受け継がれ、明治維新となって花開きました。

また、西郷隆盛は、言志四録をこよなく愛し、座右の書にしていました。

強く、前向きに、しかも、謙虚に生きるための語録が多いのが特徴です。気持ちを奮い立たせてくれる書だと思います。


[ 2012/07/10 07:18 ] 佐藤一斎・本 | TB(0) | CM(0)

『言志四録(2)言志後録』佐藤一斎

言志四録(2) 言志後録 (講談社学術文庫 275)言志四録(2) 言志後録 (講談社学術文庫 275)
(1979/03/08)
佐藤 一斎

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西郷隆盛に大きな影響を与えた佐藤一斎の本を紹介するのは、「言志四録・心の名言集」に次ぎ、2冊目です。

言志後録は、佐藤一斎が57歳から約10年間に記したものです。255条から成り、主に豊かな人生を送るための心構えが説かれています。

この珠玉の言葉の数々から、「本の一部」ですが、現代語訳にした文を以下に紹介させていただきます。


・「8.過去を想起せよ」 人は誰でも、自分が経験してきた事柄を思い返してみるべき。「ある年、自分がしたことは正当であったか、どちらが出来栄えがよかったか、計画したことが穏やかであったか」と、こうして将来の戒めとするがよい

「9.心の霊光」 何を思おうか、何を考えようか、結局はわれわれの思いに邪がなくなればよいことに帰着する

「14.公務にある者の心得」 官職にある者にとって好ましい文字が四つある。それは、「公」「正」「清」「敬」の字。これを守れば過失を犯すことがない。また、好ましくない字が四つある。それは、「私」「邪」「濁」「傲」の字。これを犯したならば、禍を招く

「18.一志を立てよ」 つまらないことを考え出したり、外部のことに心を動かしたりすることは、しっかりと志が立っていないから。一つの志がしっかり確立していれば、もろもろの邪念は皆退散してしまうもの

「24.真の功名」 本当の功績名誉は道徳を実行して得られるもの。本当の得損は、義理によって得られるもの

「38.一の字と積の字」 善悪の兆しは、すべて最初の一念によるところが多く、また善悪が固まるのも、何れも初一念が積み重なった後の結果である

「48.史書を読め」 史書を読むに当たっては、人心の動き事件の変化具合の上に眼をつけるがよい

「68.大言者は小量」 世の中には好んで大きなことを言う者がいる。そんな人は必ず度量が小さい。また、好んで元気のいい言葉をいう人がいる。そんな人は必ず臆病である

「69.楽は心の本体」 人生には貴賎貧富の別がある。そして、その各々に苦楽がある。必ずしも富貴であれば楽しく、貧賤であれば苦しいわけではない

「74.聖人は学を固苦に修む」 聖人の学は、遠く遊歴し、さまざまの艱難辛苦に遭遇して、その実力を得られたものが多い

「75.陰徳の真の意味」 徳には陰も陽もない。徳は公然と行うがよい。しかるに、陰徳を好むというのは、多くはその陽報が現れるのを待っているのである

「84.学と問」 「学」をわが身に実行し、「問」は自分の心に問うて反省自修するという一番大切なことを行っている者は少ない

「97.怒りや欲を押えるは養生の道」 怒りの心が盛んになれば、気が荒々しくなり、欲望が多ければ、気が消耗する。だから、怒りや欲望を抑えるのは精神修養、身体養生になる

「111.和と介」 ゆっくりとした心持ちで、俗社会の流れに逆らわないのが「和」。自己の立場を正しく守り、俗情に落ちないのが「介」

「138.無字の書を読め」 心眼を開いて、字のない書物即ち実社会の事柄を心読して、自分の修業に資すれば、自ら心に悟ることとなる

「166.不才な君子と多才な小人」 人格の立派な君子でも、才能のない人がいる。それでも国家を鎮め守ることができる。人格の立派でない人で、才芸に勝れた人がいる。このような人は国を乱すだけ

「172.意趣あれば風雅」 学問において確りした心構えがあるならば、金銭や穀物を取扱っても、そこに高尚で雅やかさが感じられる

「210.識量と知識は別物」 知識は自分の外にあるもの。識見、度量は自己の内から発するもの

「222.財貨の運用に道あり」 財貨を運用するには、人をだまさないこと。人をだまさないということは、自分をだまさないこと


佐藤一斎の思想は、江戸時代の儒教、武士道、商人道の教えが合体した、まさに江戸の思想というべきものです。江戸の思想を体系化した言志四録は、明治維新を導いた人たちに、読み継がれていきました。

現代の日本社会にも十分に通用する考え方であり、現代を省みるのに最高のテキストではないかと思っています。
[ 2012/02/13 07:00 ] 佐藤一斎・本 | TB(0) | CM(0)

『「言志四録」心の名言集』佐藤一斎

「言志四録」心の名言集「言志四録」心の名言集
(2004/09)
佐藤 一斎

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西郷隆盛が座右の銘としていた「言志四録」の現代語訳です。

30代前半に、講談社学術文庫で発行されている言志四録4冊を買ったのですが、読みづらく、途中で挫折しました。

この本は1133条ある言志四録の中から303条を厳選し、わかりやすい現代語訳で編集されています。訳者の勝手な解釈もなく、原文を忠実に訳しているのがいいです。

佐藤一斎の名言は200年近く前に書かれたものですが、今読んでも新鮮で、非常にためになります。

西郷隆盛は、1133条の中から、101条を抄出していた(南州手抄言志録)そうですが、自分なりに、この本の中から、大事だと思えた30条を選んでみました。それらを「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



発憤するという意味の憤の一字は、人が学問に進んでいくための最も必要な道具ともいえる(言志録5)

・しっかりと志(目的)を確立して、どこまでも追求する時は、たとえ薪や水を運んだりする日常平凡な事でも、学ぶべきものが存在する(言志録32)

・人が出遇う所の、「憂い悩み」「変わった出来事」「恥を受けること」「誹られること」「心に逆らって思い通りにならないこと」、これらは皆、天が自分の才能を老熟大成させようとするもの(言志録59)

・人と話をする場合には、相手をしてその長所を話させるべき。そうすれば、自分にとって益するところがある(言志録62)

・目の着け所をなるだけ高い所に置くならば、よく道理が確認されて、迷うようなことはない(言志録88)

・言葉に「怒気のある激しい」「強制する」「鼻にかけ威張る」「自分の便利をはかろうとする」ところがあると、聴く人は服従しない(言志録193)

・気概(いきごみ)は鋭くありたい。行いは正しくありたい。品位や人望は高くありたい。見識や度量は広く大きくありたい。学問や技芸を究めることは深くありたい。物に対する意見、見方は真実でありたい(言志後録55)

・自分の言葉は自分の耳で聴くのがよい。自分の立ち居振る舞いは自分の目で視るのがよい。自分で自分を視たり、聴いたりして、心に恥じる所がなければ、人もまた必ず自分に対して心服する(言志晩録169)

・苦難というものは、人の心をひきしめて堅固にする。共に艱難辛苦を経てきた者は、交わりを結ぶことも緊密で、いつまでも互いに忘れることができない(言志晩録205)

・若い者が老人ぶるのはよくない。老人が若者ぶるのは最もよくない(言志晩録259)

過失を免れる方法は、へりくだること(謙)とゆずること(譲)にある。幸福を求める方法は、人に恵むことと施しをすることにある(言志耋録152)

・人の欠点、短所を改めさせようとするには、忠告しようとする誠意が、言葉に満ちあふれるようでなければだめ。怒り憎むような気持ちが少しでもあれば、忠言諫言)は決して相手の心には入らない(言志録70)

・人を教導する者にとって肝要なことは、その志の向かう所(目的意識)の有る無しを咎めるべきであって、何かとやかましく言っても無駄なことである(言志録184)

読書の方法としては、次のような孟子の言葉を手本とすべき。
「自分の心を以て、作者の精神のある所を迎えとる」
「読んだ書物を一部は信用するが、全部は信用しない」
「作者の人となりを知り、その当時の社会的状況を論じて明らかにする」(言志録239)

・非常に困難な事に出会ったならば、心をあせらせて解決してしまう必要はない。しばらくそのままにしておかなければならない(言志後録45)

・財貨をうまく運用する要道は、人を偽らないことにある。人を偽らないということは、結局、自分自身を偽らないことである(言志後録222)

教え諭すには3つの段階がある
第1に心教(心をもって感化する
第2に躬教(師が実践する行いを真似させる
第3に言教(言葉によって諭す)(言志耋録11)

・人は自分と性格や趣味の同じ人を喜び好み、自分と異なった人を喜ばない。自分は反対に自分と異なる人を好んで、自分と同じ人を好まない。互いに助け合うものは、必ず相反するもの(言志耋録186)

・一芸に秀でた名人は、みな共にその道を語り合うことができる(言志録61)

・やむにやまれないことになり、はじめて蕾を打ち破って外に開くのが花である(言志録92)

・人生には貴賎もあり貧富もある。その各々に苦楽がある。必ずしも富貴であれば楽しく、貧賎であれば苦しいというものではない。どんな事でも苦しくないことはなく、どんな事でも楽しくないことはない(言志後録69)

・学徳のある立派な人は、自分の行為に対して満足してはいないが、これに対して、小人物は自分をいつわって自分の行為に満足している(言志後録96)

・家の門構えを立派に飾り整えるな。家財道具を自慢気に陳べるな。看板をでかでかと掲げるな。他人の物を借りて誇りに思うな(言志後録118)

・人は才能があっても度量がなければ、人を寛大に受け入れることはできない。反対に、度量があっても才能がなければ、物事を成就することはできない。両者を兼ね備えることができなければ、才能より度量のある人物になりたい(言志晩録125)

・いつも物に余分ができた場合、それを富という。この富を欲求する心は貧。いつも物が不足しているのを貧という。この貧に安んじている心は富(言志耋録143)

・教養ある立派な男子は、他に頼ることなく、独り立ちして、自信をもって行動することが肝要。自己の栄達をはかるために、権威におもねるへつらうような心を起こしてはいけない(言志録121)

・聖人は生死の相対概念を超越しているから、死に対して何の不安もなく泰然としている。賢人は死を天の定命として生者必滅の理を悟ってあまんずる。一般人は常に死に対して畏怖の念を抱いている(言志録132)

・まず最初に、自分が感動することによって、はじめて人を感動させることができる(言志耋録119)

・まず教え導いてから感化する(自分でやる気を起こさせる)ことはなかなか難しいが、感化してから教え導くことは容易である(言志耋録277)

・今時の人は、「毎日毎日忙しい」と口癖のように言っている。その日常行動を見ていると、実際に必要な事は、わずか十の内一、二で、不必要な事を十の内の八、九もしている。また、不必要な事を実際に必要な事と思っている(言志録31)



激動期になる幕末前に、佐藤一斎が言志四録を著し、多方面に影響を与えました。

この本は、「激動期の書」と思いきや、そうではなく、人の心を「激動させる書」なのだと思いました。

200年前も今も、思想的なものは、ほとんど変わっていません。この本には、人を奮い立たせる何かがあります。

何かなそうと考えている方は、この「言志四録」を一度は目を通しておくべきかもしれません。
[ 2010/01/08 08:42 ] 佐藤一斎・本 | TB(0) | CM(0)