著者の鹿島茂氏は、現在、明治大学で仏文学の教授をされており、積極的に執筆活動もされています。著書を紹介するのは、「
悪女の人生相談」に次ぎ、2冊目です。
著者の考え方は、人間の欲望や本質を見据え、それを基に、経済や芸術を論じられるため、独創的なものが多く、知的刺激を受けます。
今回のテーマ「
セックスレス」は、なぜそうなったのか?何が要因なのか?以前から気になっていました。それについて、この著書で、独自の見解が綴られています。
非常に興味深く読むことができた箇所が30ほどありました。「本の一部」ですが、これらを紹介したいと思います。
・贅沢したいという気持ちよりも、面倒くさいことはしたくないという気持ちの方がはるかに強い。それが人間の本性のかなりの部分を占めている。現代の資本主義のほとんどは、この
面倒くさいことの代行業で成り立っている
・恋愛し、相手を説得してセックスまで持っていくのは、男にとって、非常に面倒くさいこと。放っておくと、男はこの面倒くさいことをしないで済ませようとする
・かつては、社会が
共同体の掟で無理やり結婚を強いていた。この掟がなくなったため、面倒くさいし、コストもかかるからと、セックスはもういいやという男が激増している
・面倒くさいことを進んで引き受ける代わりに金はもらうよという代行業者だけが勝者となる。面倒くさがっていると、
資本主義の餌食になる。手間ひまを惜しむか惜しまないかが、人生の分かれ道
・ドイツの経済学者
ゾンバルトは、「
恋愛と贅沢と資本主義」の中で「恋愛が資本主義を発展させた」というテーゼを打ち立てたが、奢侈と恋愛が資本主義を引っ張るという理論が当てはまったのは、日本では、80年代のバブル期まで
・男たちは、一生懸命頑張って金を稼ぎ、それを使ってモテようと努力するよりも、面倒くさいことをやりたくない方に走ってしまった。現状では、ゾンバルトの考えた資本主義の仕組みは、一部の勝ち組にしか適用されていない
・どこの国の文化にも必ず
相聞歌の類がある。万葉集も現代語訳したら、露骨に言えば、「一発やらせろ」に対して、「イヤです」「OKです」ということになる
・成功した宗教はどこも、疫病と近親婚を避けるため、遺伝子のバラエティを確保する強制的カップリングを行うかたわら、
非生殖的なセックスを全面禁止した。人間ではなく、神様だったら禁止事項を命じても言うことをきく
・家督相続できない次男、三男が大都会に出てきて、社会的ポジションと女に対する欲求不満を爆発させると革命が起きる。イギリスの名誉革命、フランス革命は、あぶれた次男、三男が起こした。現代のイスラム原理主義の反乱も、この人口爆発理論で説明できる
・
男性識字率が50%を超えた(下層中産階級の上まで中等教育)とき、革命が起きる。しばらくして、
女性識字率が向上(ローワー・ミドルも娘に教育)すると、出生率が一気に下がり、社会はおとなしくなって、革命は起きなくなる
・「男性識字率の向上、女性識字率の向上、出生率の低下、この三つの過程を経ながら、世界すべての文明は同じパターンを描く」は、
エマニュエル・トッドの理論
・お見合い拒否は女性サイドから出てきた。1970年代後半から、女性の大学進学が当たり前になると同時に、地域共同体と血縁共同体が崩壊し、「世話焼きばばあ・じじい」がいなくなってしまった
・悲しいかな、日本には、恋愛を促進するような社会的状況がない。
恋愛自由経済になったのに、
恋愛証券取引所がないようなもの
・運動会、社員旅行、社員ハイキング、さまざまな形の出会いが企業で用意されていた。短大卒の一般事務で重要なのは、容姿端麗の「社内結婚させるための女子社員」であったが、
フェミニズムの攻撃対象になり、すべてが壊れた
・1970年代後半に「恋愛至上主義」が登場して、自由に好きな相手を探すことができるようになったが、変な方向に進み始めた。恋愛が女の見栄と結びつき、男からどれだけモテるかの「
女のモテ競争」になった。恋愛が男女の戦いから
女同士の戦いにシフトした
・女の子との会話の機会を6年間奪われ、女の子に臆病なモテないエリート、最初からモテようという意志を欠いたエリートが男子校で大量生産されてきた
・自由恋愛主義が一般的になってくると、「やりまくる男」と「風俗へ行く男」と「全く何もやらない弱者」と、男の三極分解が始まった。そこに
恋愛弱者の福音として、「平凡パンチ」が現れた
・世界で最初に
ポルノ解禁したのは、北欧のスウェーデンやデンマークなどのプロテスタント国。それから、西ドイツ、次いでアメリカが解禁。プロテスタントが先行。つまり、
結婚しないとセックスできない国だからこそ、ポルノが求められた
・女の子に、
男選びの条件で、金、ルックス、学歴、背丈、性格の5項目から、譲れない項目を一つ選べと言ったら、「別に大金持ちでなくてもいいけど、最低限の贅沢はできる程度のお金はないと」と皆が言う。
金欠男OKという女は一人もいない
・バブル崩壊以後、大モテはしないが、結婚するときには、きれいでかわいいお嫁さんがもらえるという恋愛ミドルクラスが消滅。一握りの大モテ成り金と、それ以外の非モテ
貧乏オタクという二極構造になってしまった
・
資本主義の原理だが、ごく少数の大金持ちを相手にして大金を巻き上げようとするよりも、多数の貧乏人から広く浅く搾取する方が儲かる
・金持ちリッチビジネスは、
労働集約的だから大変。反対に、多数の貧乏人を相手にするのは、
資本集約的だから、資本投下さえできれば、うまくいく
・醜男は子孫を残せないから絶滅し、モテ男だけが勝ち組になる。高学歴の女たちは、男から敬遠されるので、頭のいい遺伝子を持つ女性も子孫を残せない。今の傾向が進むと、
未来の日本人は、ルックスは少しよくなるが、頭が少し悪くなる
・日本の村落共同体で、
夜這いや
若衆宿のあるところでは、セックスの快楽は、つらい労働を続けていくのに欠かせないドリンク剤のようなものであった
・ヨーロッパの結婚制度の根幹には、
親元からの持参金がある。世継ぎの男の子を産む義務を果たすと、人妻たちは、夫に気兼ねなく、経済的にも自由に恋愛ができた
・禁欲的な宗教は、性欲の強い文化圏で生まれる。インド人は、カーマスートラにあるように
性欲の強い民族だから性欲の減却を説く仏教が広まった。西洋人もコーカサス人種も性欲が強いからキリスト教が広まった
・「
節婦は二夫に見えず」という武士道社会の掟は、裏を返せば、日本の女は片っ端から男をつくってしまって大変ということ。掟は非人間的だが、その背後にある考え方は、人間的考察に貫かれている
・日本は、大昔から、「セックス謳歌」で、
性愛賛歌の洗練された文学が生まれた。恋愛とセックスが初めから合体していたという、世界的に見ても珍しい国
・江戸は独身都市だった。大量の独身者のために、考案されたのが浮世絵で、日本で最初のオナニー産業。性教育的な面もあって、娘が結婚するときに浮世絵を渡し、
性生活の知恵を授けた
・上野の裏手に、現在ラブホテル街で有名な鴬谷があるが、江戸時代は、
陰間茶屋と呼ばれる、オカマ趣味の男が、若い男を買うためのホテル街。やがて、陰間茶屋には、美少年が多いというので、人妻がやってくるようになり、人妻用の同伴旅館街となった
・ある程度禁欲を自分に強いることがないと、間違いなく堕落する。克己心をなくしてしまう。しかし、資本主義の側から見ると、克己心を持たれてしまうのは最悪。「
面倒くさいものが嫌い」な人間を増やさない限り、自分たちの未来はない
・米軍でも英軍でも、性欲を我慢させすぎると、軍隊の中で爆発が起こって反乱になるから、適当に女郎屋に行かせて発散させてやる。ただし、戦闘が始まる前は、精液をため込ませる。人間が怒るのは、セックスの禁欲と食い物の禁欲を強いられたときの二つ
現代の資本主義が抱える問題点を、「セックスレス」を通して、宗教、歴史、思想、芸術、風俗、社会、経済の面から解き明かしてくれる、面白い本です。著者の
博覧強記に驚くばかりです。
特に、今後の日本経済がどう変化するかのヒントがいっぱい詰まっているように思いました。そのとき、われわれはどうしたらいいのか?も教示してくれます。
経済学の本より、ためになるかもしれません。