とは学

「・・・とは」の哲学

『「開運なんでも鑑定団」の十五年』中島誠之助

「開運!なんでも鑑定団」の十五年「開運!なんでも鑑定団」の十五年
(2008/09)
中島 誠之助

商品詳細を見る

中島誠之助さんの本を紹介するのは、「ニセモノ師たち」「ニセモノはなぜ人を騙すのか」に次ぎ、これで3冊目です。

いずれの本も、単に骨董という分野にとどまらず、骨董を通した人間模様、人物鑑定金銭価値など、人間と欲望の数々を面白く読むことができます。

この本は、特にテーマも決まっていないので、著者の自由なエッセイで綴られています。その中で、面白く読ませてもらえた箇所が15ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・「見る、思う、知る」という順序が一番理想的なものの見方。見た感動の中からなぜそれが気になったのかを解明するための知識欲が生まれる。これが逆になって「知っている、思っている、見たぞ」となれば、そこには欲心しか育たない

・何度も繰り返し見ていくうちに実像が固定し、やがて思考が沸き上がってくる。これがモノとの対話であり、美が心の糧となる一瞬。心が満ち足りたこの状況を「眼福を得る」という

・「絹着てボロ着て木綿着ず」は、美術骨董品の取引を稼業とするわが家の家訓。ゆとりのあるときは絹の服をまとえ。貧しいときはボロをまとっていればよい。決して木綿服をまとうような中途半端な人生の過ごし方をしてはならないと厳しく生活態度を戒めている

自分目利きに陥る人の性格には、情熱家でありかつ独善的傾向が見られる。そのため彼らが愛好する古美術品の対象は、偏った分野に特定されていく。自分目利きの数寄者で、実業家として成功した人は、他人の意見に耳を貸さないため、有終の美を飾れない

・日本の美的対象物は、味わうことができない人に対しては、分からなければ分からないでよろしいという冷たさを持っている。だから日本人は、長い歴史の中で、特異な美意識という得体の知れない対象物に鍛え続けられてきた

・日本人は、割り切れない曖昧さと不安定なやりきれなさの中に身も心も浸している。そのような模糊とした状況から、人生の喜びやゆとりをくみ出してくるという特殊技能を誰しも身につけている

・旺盛な体力と貪欲な探求心を持つ三十代の時に、出来るかぎり知性豊かな経験をして、高度な作品を体に蓄積し、人生の達人たちの謦咳に接することが重要

・他人と接して、自分にないものを吸収することが大切で、それが出来なければ進歩はない。安全圏に身をおいて、ことを処すれば、人の口を聞く能力がゼロになるので、目利きは出来ない

・本物はあるべきところにあるのであって、場違いなところに登場することはあり得ない

・ホンモノというものは、実に素直に存在しているものであって、多く語ることを必要としていない。話のきれいな流れの中に、静かに身を横たえているもの。だから往々にして人はホンモノを見落とす

・鑑定に必要のないものは、欲心妥協心情愛。鑑定はそれほどに冷たいもの

・歌手や俳優の演技が真に迫って、観客が魅了される時は、その演者がそのものになりきっている時である。この時点でそれを演じている役者に欲はない。役になりきろうとしている役者を見ていると、観客はどっと疲労する。この時点では役者にまだ欲がある

・これは何だろうという感動が、ものを知ろうとする知識欲を呼び起こす。感動の土台の上に知識の建物が立つことによって、美意識の殿堂が完成する

・正直な世の中において、一番いけないことは、「バレなければいい」という態度。他人が見ていようといなかろうと、与えられた仕事に夢中で真面目に取り組んでいくことが大切

・賢い人間になろうと思って毎日を過ごしているヤツに賢者は一人もいない。こういう手合いは、こずるさが賢さに寝返っているだけ。真の賢さとは、自分に対しての効果を期待するものではなくて、他者をして感銘させるものでなければならない

・三十代までは、森羅万象を夢中で吸収する。これが人生のプロローグ。四十歳前後に、「命」の危険がやってくる。次の五十歳前後には「性」が人を襲う。六十歳前後に「金」という難関を乗り越えて、人生の花道にたどり着く。実につらい行脚をしなければならない



この本は、ホンモノになって、いい仕事をするために、何が必要かを教えてくれる書でもあります。

ホンモノも、いい仕事も、どんな業種、業界であれ、普遍的なものです。それを目標にしていれば、紆余曲折はありながらも、必ず到達できると、著者が教えてくれているように思います。

ホンモノとニセモノを見続けた、著者の人間鑑定には狂いがないのではないでしょうか。
[ 2010/08/06 08:26 ] 中島誠之助・本 | TB(0) | CM(0)

『ニセモノはなぜ、人を騙すのか?』中島誠之助

ニセモノはなぜ、人を騙すのか? (角川oneテーマ21 C 135)ニセモノはなぜ、人を騙すのか? (角川oneテーマ21 C 135)
(2007/08)
中島 誠之助

商品詳細を見る

著者は、開運なんでも鑑定団でおなじみの中島誠之助氏です。開運なんでも鑑定団は、毎週欠かさず見ているお気に入りの番組です。著書を紹介するのは、「ニセモノ師たち」に続き2冊目です。

骨董の世界は、騙し騙されが日常茶飯事で、大人の駆け引きが常に繰り広げられています。騙される方が悪い世界です。

特殊な世界のように感じられますが、この世の中も、騙し騙されが、目に見えないところで常に行われています。自然に騙されていたり、後で騙されていたとわかることがしばしばです。

騙される人は当然ながら、お金が残りません。そうならないために、一番奥が深い、骨董の世界での騙し方を知ることは参考になります。日常世界の中でも応用できる部分が多いのではないでしょうか。

今回、勉強になった箇所が15ほどありました。「本の一部」ですが、これらを紹介したいと思います。



・「人を陥れるには、まず利益を与えてやり、のちに策をめぐらせば、中人以下は皆落ちるものなり」とは坂本竜馬の処世訓のひとつ。見事に本質を捉えている

・お人良しで懐が甘く、そこそこ使えるカネを持っているやつがひっかかる。大金持ちは、いくらでも使えるカネはあるが、頭がよくて懐が吝いから、時間と労力が要り、骨が折れる

・知識という土台の上に、「欲」という家を建ててやれば、ニセモノを売る架空の舞台は、たちまち整うことになる

・骨董商として大成する人は、目筋はほどほどで「目利き」と「物識り」をブレーンに抱えた懐の大きな人間である。狡賢いのは二番手にしかなれない

・実際に現場に出かけた場合、シナモノが置かれている場所、包んでいる風呂敷の様子、箱の様子を見て、その箱の中身を見る前に、真贋は見えてしまっていることが多い。これを骨董界では、「次第」という言葉を使うが、次第が悪いものがニセモノである

・日本人はカネモチで好奇心が強い。おまけに本当の意味で満ち足りていないから欲ボケしている。だから美術骨董品のネット売買は時期尚早だと思う

・日本の精神の「さもしさ」がまだ消えていないのは、心が貧しいから。その「さもしさ」が日本人の活力の源になっているが、骨董に関していえば、あまり美しい精神ではない。その「さもしさ」があるため、簡単にニセモノにひっかかってしまう

・名品や感動した作品は、頭の中で育ちすぎる傾向にある。名器名品に接してから、十年、二十年、時間をおいて、同じものと対峙したとき、あなたの感性が磨かれ成長していれば、そのものは必ず小さく見えるはず

骨董商鑑定家は、同じ古物を扱っても、まったく別業。ここをゴチャゴチャにするからニセモノにひっかかる。鑑定家は依頼された相手から鑑定料を高くいただくのが商売。鑑定するものが、ニセモノだろうとホンモノだろうと何だっていい

・一流の骨董商には、一流の職人がついており、修理品が修理品に見えないほど巧みな「直し屋」がいる。この「直し屋」の副業が「汚し屋」。「汚し屋」に頼むと、わびさびがついて、骨董商に戻ってくる。これを「時代づけ」というが、日本の「汚し屋」の腕は世界一

・骨董屋の主人は、店に客が入ってくると、世間話をしながら、相手の懐具合と、目筋を見ているもの。会話の途中で、相手の支払能力とか、趣味の善し悪しが先にわかってしまう恐ろしさがある

・奈良の仏教文化は、聖武天皇が律令国家を完成して天平文化を開花させた精神が基礎にあるから、いくらカネをかけても再現して真似ることはできない。京都の仏教文化は、道長以来の富と権力が基になっているからカネさえあれば作れる

・一心不乱に作る純粋さ、ごまかしのなさがホンモノの原点。「いい仕事している」というのは、誰にも真似のできない世界のこと。清朝の色絵磁器にしても、日光の陽明門にしても、職人の入魂の作品だが、原点ではない。そこを見ないと本質が見えてこない

・目利きの修業のひとつに「捨て目をきかせる」という言葉がある。見るともなく見ているという意味。「自然体でいながら常に注意を払う」ということ

・すぐれた骨董商にとっての願望は、出世するシナモノを発見することで、心の勲章を授かろうと思って仕事をしている。ホンモノニセモノを見分けるのはプロとして当たり前。大切なのは、出世するモノを見分ける力、つまり美の発見ができるかが本当の目利き

・芸術家は文化に耽美にひたりすぎると作品が形骸化する。豊かな流動性を常に注入しなければならない。それには、昔は旦那衆がその役割を担っていたが、大衆の力が必要である。その力が大きいほど、優れた能力を持つ芸術家は上に行くことができる



この本を読み終えてから、モノを見る目、出世するものを見分ける目を持つことが、人生の一つの目標になるのかなと感じるようになりました。

そういう目があれば、騙されることはまずありません。騙されないためには、やはり、自分を磨き、高めなければならないことがよくわかります。

この本には、微妙なニュアンスの言葉が多いですが、ある程度、経験を重ねた人には、納得できて、面白く感じられるのではないでしょうか。

文化芸術だけでなく、世の中を生きていくためにも役立つ1冊です。
[ 2010/05/18 07:19 ] 中島誠之助・本 | TB(0) | CM(0)

『ニセモノ師たち』中島誠之助

ニセモノ師たち (講談社文庫)ニセモノ師たち (講談社文庫)
(2005/07)
中島 誠之助

商品詳細を見る

いい仕事してますね」でおなじみの中島誠之助氏の本です。テレビ受けする術を熟知された、ちょっと軽めの先生と思われていたら、その認識が、この著書で覆されのではないでしょうか。

この本は、骨董商とニセモノ師たちの戦いが描かれており、ニセモノの本質に迫る、深い内容になっています。

さらに、骨董という商品の枠を超えた、葛藤する人間ドラマもそこにあり、読み応えがあります。

お金の上手な使い方本物の見分け方人に騙されない方法、欲望のコントロールなど、この書から学ぶことがいっぱいあります。

私が、この本の中から、学ばせてもらったところは、以下の21箇所です。それらを紹介したいと思います。



・人間には「欲」がある。自分の資産を確保したいという所有欲独占欲、儲けたいという金銭欲。ですから、つい安く買いたい、掘り出し物を見つけたいという具合に、行動としての人間の弱さが露呈される。そこにニセモノがつけいるスキが出てくる

・買ってくれ、見てくれという突発的な商談を、骨董商の隠語で「歌い込み」と言うが、長いお付き合いのなかから自然に浮かび上がってくる、あたたかみのある依頼ではない。歌い込みの品物は99%商売的にだめな話といってよい

・「高価買入」と書いてあっても、商人が高く買ってくれるはずがないのではないか。トンビに油揚げをさらわれるのではないか。世間の人は高価とか誠実という言葉の裏に見えている虚構をよく知っている

・ホンモノとニセモノを見分けるには、自分の目、自分の信念だけが頼り。「品物は口を利かないが、人間は口を利く」ということさえ、頭にたたきこんでおけば、ニセモノを避けて通れる

・骨董を見分ける前に、まず人を見分けることができるかどうか。それがニセモノかホンモノかを見分ける大きな鍵になる

・ニセモノにはニセモノだけの世界があり、そのなかで経済活動がおこなわれている。ホンモノはホンモノ社会のなかで動いていくので、両者はあまり交わることがない

・「目利き儲からず」という言葉が昔から骨董界にあるが、目利きにして人品卑しからずという人の商いはそれほど儲かるものではない。ただ「名器名品を扱った」という心の勲章を持ち続けることができ、同業者の畏敬を受け、名誉をもって生涯を通すことができる

・「悪銭身につかず」と昔から言われたとおり、ニセモノで儲けた人で後世に名を残した人はいないし、人生を見事にまっとうした人は誰一人としていない

人間の活動サイクルを6年周期ぐらいに考えてみると、ニセモノの売り手も買い手も大体2サイクルぐらいの間隔で没落する

・ニセモノがあるから面白い。優等生ばかりじゃつまらない。アウトローな人間がいるから面白い。新しい物の見方は、こういう人たちから生まれる。自分勝手な人ホラ吹き、欲張りなど混ざっているから長い人生飽きないし、社会の暮らしに彩がある

・最初に安いホンモノを提供し、相手を儲けさせて、その後で高額のニセモノを提供すると、だいたいは落ちる、ひっかかる。そうならないためには、人品卑しからぬ、無欲ということが必要とされる

権威に弱い人間で、それを盲目的に信じ込んでしまう、これも騙される人の法則の一つ

・鑑定料をもらう商売であれば、高く評価してホンモノと鑑定してあげれば鑑定料がたくさん懐に入る。相手だってそれを期待しているから喜んで鑑定料を払う。そして、高額の鑑定料金を請求した方が、鑑定行為を信用する。多くの鑑定家が商売として成り立つわけがここにある

・実体はないが、ありがたい権威、千年以上にわたる日本人の憧れが京都であり、形態としては、本願寺、千家、池坊のお墨付きに究極される。京都に反抗したのは頼朝と家康だけだった

・騙される素人の3法則
 法則1:欲が深い
 法則2:出発点のレベルが低い
 法則3:適度に小金があり、教養もあること

・古美術の世界で「先生」と呼ばれる人(話が上手くて、カリスマ性があり、面白く、独自の美意識、美術論を展開するので、周囲に人が集まる)ほど気をつけたほうがいいものはない。騙される法則の4つめに加えたいくらい

・「玄関に虎の毛皮が敷いてある家」と「帝国軍人と政治家の蔵」にはロクなものがない、はオヤジの名言

・プロというのはひっかかったことを表に出さないし、キャンセルもしない。キャンセルするような業者だったら、将来大成しない。お金の痛みをぐっと堪え、苦い経験を背負って遠い道を歩くというのが骨董商の姿

・目利きの人は、国宝重文クラスの品から安物までわかるし、自分の専門外の品や料理、音楽、人物など別世界の分野のものまで「なんだかよさそうだ」と目利きができる

・知識すなわち学問が土台になって、その上に美が成り立っているのは、アンバランス。美しいな、いいなという感動が土台になり、その上に知識や学問が成り立っているのでなければ、美意識のバランスは崩れてしまう

・人間、一生の間で一番目が利くのは、気概のある20代後半から30代まで。それ以上になると、欲が強くなって、そのぶん、目が利かなくなる。そこが悪いことをする人たちの狙いどころとなる


「欲望」「お金」「教養」「修養」「審美」が織りなす骨董の世界は、人間の生き方そのもののように感じました。

人間的成長なしに目利き力は伴わないというのは、どんな世界でも共通している事実でもあります。

骨董から、浮き彫りにされる、人間の欲の世界を垣間見ることができ、面白くてためになる1冊ではないでしょうか。


[ 2009/11/12 08:14 ] 中島誠之助・本 | TB(0) | CM(0)