とは学

「・・・とは」の哲学

『良寛・清貧に生きる言葉』向谷匡史

良寛 清貧に生きる言葉良寛 清貧に生きる言葉
(2009/04)
向谷 匡史

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以前は、良寛のことを、世を嫌がって逃避した「世捨て人」のように感じていました。

ところが、良寛に関する書物を読むと、精神的な自由を目指して、むしろ闘ってきた人であることがわかります。

その良寛が、どんな思想や人生観を有していたのか?資料はあまり残っていないのですが、その詩歌から読み解こうとするのが、この本です。

著者は向谷匡史氏です。以前、「武道に学ぶ必勝の実戦心理術」「困った上司とつき合うヤクザ式心理術」という本を、このブログでも採り上げました。

武道家としてのイメージが強い著者が、良寛について語っていることにも興味をおぼえました。共感できた箇所が20ほどあります。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・良寛は金銭や名誉、安楽な生活を断ち切ったのではない。世俗の名利を求めようとする、その貪り求める心を棄てることで、何ものにもとらわれない絶対自由の境地を目指した

・人生を不条理とするのは間違いで、不条理なものを人生と言う。だから、どんな不条理な事態になっても、じたばたしてはいけない

・苦しくてけっこう、つらくてけっこう、苦があってこそ楽に気づく。楽に気づかずして、楽が手に入るわけがない

・ゴールを目指す生き方には、実はゴールがない。ゴールは決してたどり着くことのできない永遠の彼方にある

・「人生」というものは存在しない。在るのは「いま」という一瞬だけであり、一瞬を積み重ねた結果を「人生」と呼ぶにすぎない

・幸せになりたい、気持ちを楽に生きたいというのも欲であり執着。欲を捨てたい、執着を断ちたいと念ずるのもまた、欲であり執着。そのことを知って日々を生きれば、いまよりは楽に生きることができる

他所に求めず、この場で、この境遇で人生を楽しんだらいい

・世の中の人々と交際しないというわけではないが、ひとりで読書をしたり、歌を作ったりしているほうが、より自分には好ましいこと

・苦しみは結局、人と自分を比較するところに生じるもの。それが至難のわざであろうとも、「人は人、我は我なり」という絶対の境地を願い、求め続けるところに心の平穏がある

打算の人生とは、相手に応じて自分を変えることであり、そこに自分という主体はない。そんな生き方をしていたら、やがて自分を苦しめることになる

・良寛は、他人の金儲けを否定せず、非難もせず、それはそれとして認めながら、「でも、誠意が大事、努力が大事、信用が大事」と、普遍の真理、正道だけを説く

・人に投げられたら素直に転べばいい。そして転んだら、何事もなかったような顔をして、ひょっこり起き上がればいい。投げられまいとして踏ん張るから疲れる

・「赦す」とは認めること。相手の非を咎め、批判することで、自己の正当性を主張するのではなく、赦すことによって、相手を認め、自己との共存を図る

・慈悲の心とは「人が先、我は後」の生き方。人に道を譲るには自己を律する強い心が求められる

・出世を望むもよし、背を向けるもよし、自分がどういう生き方を選び取るか、その違いだけである

・虎になろうとして、猫にさえなれなくても、それでいい

・案ずることはない。舟の綱を切って、ただ水に漂えばいい。所詮人生は、過ぎてしまえば、あっという間

・仕事でくたくたになって帰宅し、家族の笑顔に迎えられ、湯船にのんびりとつかって、「あぁ、気持ちがいいな」とつぶやく、この心境が悟り

・名利を求める心を断ちきれずとも、断ち切りたいと真に願ったときから、人生は変わっていく



良寛は、清貧の道を選びましたが、「清貧に生きるもよし、豊かな暮らしを目指すもよし、精神的に満足できれば、それでよし」と言いたかったように思います。

昔、「いいじゃないの、幸せならば」という歌がありましたが、その心境に達することではないでしょうか。

幸せに関して言えば、人にとやかく言われる筋合いはないのだと思います。自分がどう感じるかだけなのかもしれません。
[ 2011/03/30 08:04 ] 向谷匡史・本 | TB(0) | CM(0)

『実戦!「困った上司」とつき合うヤクザ式心理術』向谷匡史

実戦!「困った上司」とつき合うヤクザ式心理術実戦!「困った上司」とつき合うヤクザ式心理術
(2005/01)
向谷 匡史

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向谷匡史氏の著書を紹介するのは「武道に学ぶ必勝の実戦心理術」に次ぎ、2冊目です。今回の本は、サラリーマンの出世術がテーマです。

日本的な縦社会の組織を完璧に構築しているのが、ヤクザの組織でないかと前から考えていました。

そして、学歴など無用の世界で、何を規準にして出世していくのか、以前より興味がありました。

そういう考えや興味で、この本を読んだのですが、ヤクザの社会が特別なものではなく、一般の会社内で起こることと、さほど変わらないことがわかりました。ヤクザ社会では、よりストレートに結果があらわれるだけのことのように思いました。

この本を読んで、出世術で、役に立った箇所が25ありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・「今夜は無礼講」は、上司の悪魔の囁き。真に受けたら人生は終わる。無礼講と言われたら、いつも以上に気をつかうこと。これが鉄則

・「まかせる」と上司から言われたら要注意。ドジを踏めば「勝手なマネしてどうするつもりだ」が、組織における「まかせる」の正体。「オレは聞いていない」と上司に言わせないためのアリバイをつくっておくこと

熱血漢上司についたら、まず従うこと。そうしておいて、熱血漢に神経を尖らせる主流派に対して、上司の是非を論評せず、「部下の立場で責務に全力を尽くすのみ」とのメッセージを送っておく。これが保険となり、熱血漢上司が失脚しても生き残ることができる

・酒席での上司批判や会社批判は、いわば女房のグチをこぼすようなもので、お互い聞き流すのが暗黙のルール。本気にするほうがどうかしている

・出世競争の世界にいながら、サラリーマンは意外に会話には無防備。酒席で、悪口の尻馬に乗ってペラペラやるのは、他人に弱みを握られることであり、これを怖いと思わないのはおかしい。ヤクザは相槌一つにも命を懸け、出世の階段を上っていく

・「皮肉屋の上司に悪人なし」皮肉屋上司は見かけと違って人情家が多く、面倒もとことん見てくれる。注意すべき相手は、褒め言葉を装いながら部下のケツを叩く上司。衣の下の鎧である

パシリ仕事ほど、命じる上司は部下の態度に神経を尖らせている。だから、有能な部下は、パシリ仕事に不快な顔をしない。自分を認めさせる絶好のチャンス

・職人型上司が率いる部課は、仕事の質において社内外の評価が高い。数字に直結しないのは上司の責任であると社の上層部は知っている。その部課に所属することが、優秀な社員を引き抜く草刈り場となっていることに、社員自身が気づいていない

・仕事で失敗したときのポイントは、「上司に対する言い訳」ではなく、「上司が上司に言い訳できる理由」を考えて話すこと

・部下はまず、切れ味の鋭い道具になることを目指すべき。素晴らしい道具になれば、大工のみんなが使いたがり、引っ張りだこになる。これがステップアップにつながり、やがて、道具を使う大工になっていく

・決断のための一瞬の間を演出して、「やらせていただきます」と決意の返事をする。この一瞬のタイミングがポイント。二つ返事や立て板に水は、かえって信用を損なうもの

・上司も人の子。貧乏クジを引かせるなら、強そうに見える部下は敬遠し、弱そうに見える部下を選ぶ。強い「若い衆」に見られる雰囲気や言葉遣いが必要

・夢が実現可能かどうかは問題ではない。こいつについて行けば、自分の将来が開けるかもしれないという期待感を同僚に抱かせればいい。同僚に認められない人間は出世できない

ワンマン上司は、部下の進言で翻意するのは、プライドが許さない。だから説得してはいけない。経過報告という形で事実だけを告げる。ワンマン上司は有能だから、事態を呑みこめば、的確な判断を下す

・部下の提案はことごとく却下。やる気がないくせに、地位にしがみついている上司には、事前了解を求めるからノーの返事になる。既成事実先行、ワンテンポ遅らせて事後報告にする

・正論で人を説得しようとする人間はマヌケである。正論を受け入れるということは、自分の主張が間違っていたことになるからである。人を説得し、意に従わせるには、正論を正論に見せないようにすることがポイント

・戦略もなく、努力もせずして、意見が通らないと言ってボヤくような人間は無能であり、仕事などできるわけがない

・自慢話を得々とさせる。そうしておいて、「実は」と相談をぶつ。たいていの上司は「やってみろ」と言う。そう言わなければ、上司としての立場がなくなる

・「知ってる、知ってる」としたり顔で言う上司には、「ご存知かとは思いますけど」と枕を振れば、必ず返事はイエスとなる。その後に、意図する案件や頼み事をぶつければ、たいていうまくいく

・職場を見まわして、勤続年数を重ねただけの上司がいたら、それは大発見。リスクのある仕事を担当するときは頭になっていただき、失敗したら責任を取っていただくのもいい

・どんな嫌われ者でも、地位に応じた権限を持っている。凡人はこのことを忘れ、いい上司に群がる。結果として、取り入る競争率はうんと高くなる。嫌われ者の上司は誠実だから、みんなに煙たがられているだけ。嫌われ者の上司ほど自分にはチャンス

・上司からプライベートな質問をされて喜ぶようでは脇が甘い。部下の日常生活に興味を抱く狙いは、ヘッドハンティングの警戒、組合運動への牽制、リストラに向けた布石であり、決してハッピーなものではない

・直属の上司(例えば課長)の不正を知ったとき、部長に密告するのは御法度。部長は決して喜ばない。直訴が功を奏するかは、部長にとって、それを知ることが得なのか損なのかにかかっている

ヤバい仕事が回ってくる部下は、有能でも無能でもなく、ボーダーラインに立つ部下である。でも、ヤバい仕事が回ってきたときはチャンス。その仕事を成功させることができれば、ボーダーから抜け出し、ランクアップできる

・カリスマとは、凡人がマネのできない人間のことを言う。多くの若い衆は、このことに気づかず、マネのできないカリスマをマネしようとする。矛盾であり、無駄な努力である。だから、いつまで経っても成長しない



上司の良し悪しを嘆く前に、出来の悪い上司性格の悪い上司についても出世していくことがサラリーマンには求められます。

上司を選ぶことは、なかなかしにくいものです。上司の性格や立場を見抜いて、対処する術が必要不可欠です。

この本は、30代前半以下の社員が読むと、将来が得になる書だと思います。組織の中の人間関係の綾を学ぶには、最適の本ではないでしょうか。
[ 2010/06/17 07:03 ] 向谷匡史・本 | TB(0) | CM(0)

『武道に学ぶ「必勝」の実戦心理術』向谷匡史

武道に学ぶ「必勝」の実戦心理術―本番力・交渉力・自己演出力を磨く武道に学ぶ「必勝」の実戦心理術―本番力・交渉力・自己演出力を磨く
(2004/06)
向谷 匡史

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どんなに不安でも、どんなに心配でも、「死ぬわけじゃないし」と思えば、気が楽になり、悩みも吹き飛びます。「死ぬ」は、「損する」「負ける」「クビになる」「ふられる」と次元が違うものだと思います。

その、死と隣り合わせにいた武士が、稽古して、学んできた武道の心得には、人生の教訓となる言葉がいっぱい詰まっています。

その言葉を、武道家でもある向谷匡史氏が、自らの体験をもとにまとめたのが、この本です。内容があまりにも濃かったので、多くを紹介することになり、長くなってしまいました。



・「攻撃は最大の防御なり」の意味は、「先を取れ」の他に、「受け」にまわることの戒め

・攻撃とは、追い込む側=質問する側に立つこと。これを主導権という

・武道では、居着き(とらわれの心・意識の固着)を最も戒める。居着きの最たるものが功名心。「勝つと思うな、思えば負けよ」ということ

・結果に対して後悔するのではなく、決断に対して後悔する。武道家は後悔しない、反省をする

・割り切れないものであることを承知の上で、人生を割り切る。決断に際して「後悔しない」と腹をくくる

・サラリーマン社会は「兵に将たる器」が多い。上司は部下が育ち過ぎるのを警戒。大抜擢されると強力なライバルになり、間尺に合わない。優秀すぎる部下は、無能な部下以上にやっかい

・会社における修行とは、上司の指導を仰ぎ(守)→上司から離れて研究し(破)→自分の流儀を確立する(離)ということ

・ケンカの勝敗は腕力に比例しない。先手必勝に尽きる。「先制攻撃=胆のくくり」を相手が感じるからこそ、戦意を喪失する。勝利の道は、常に気迫と度胸と覚悟が切り拓く

・柔道の創始者、嘉納治五郎の校長時代、講義の初めから終わりまで、「ナァニ、クソッ」の話ばかり。この言葉さえ忘れなければ必ずやっていけると言っていた

・反復稽古の継続が挫折するのは「迷い」。「こんなこと毎日やって上達するのだろうか?」という迷いの種が、肉体的な苦しさによって発芽し、断念という実をつける

武芸者は、死の視点から今を見ている。生が先の死ではなく、死が先の生である。だから、いつ死んでもいいように身辺の整理をし、今を完全燃焼しようとする

・「打つ前に響け」。打てば響くでは間に合わない。情報になる前の予兆の段階でとらえて初めて意味を持つ。情報は共有された段階で、もはや情報の価値はなくなる。真の情報は、情報の発信元である人間が、何を考えているかを探ること

・豊臣秀吉が事に臨む場合、「勝つ、勝つと思えば勝つ」とまず心に決め、それから勝つための方法を考えた。自分に言い聞かせ、信じ込むことによって、何倍もの力を発揮することができる

・相手に怨みを残すのは、長い目で見ればマイナスに作用。「降りかかる火の粉は避けて通れ。払えば袖に火がつく」これが武道精神

・道場とは、稽古する場所ではなく、「稽古の成果を試す場所」。日々自宅で研鑽を積み、それを道場で試し、さらなる研鑽の糧とするのが武道家の心得。兵法で言う常在戦場の心構えである

・「要するに、何がどうしたというんだ?」こう自分に問いかけるだけで、悩みの大半は解決。悩みの本質は「不安」、不安は「予測」からくる。「不安に苦しむこと」と「結果」は、まったく関係しない

・武芸者は「勝つ」という一点に人生を単純化して生きている。地位も、名誉も、人格も、すべて勝つ前提で獲得しようとする。だから勝つしかない。「死んだらどうしよう」と悩まない

・「二の矢を持たず」。二本目の矢があると思えば、一本の矢に集中力を欠く。これ一本しかないと思って射れ

・武士は、戦場に赴くとき、「三つの大事を忘れよ」と戒められた。1.「出陣にあたっては、家を忘れること」2.「戦場に臨んでは、妻子を忘れること」3.「闘うに及んでは、我が身を忘れること」

・武道は後の先を最上とする。交渉事も、相手が出してきた条件にうまくカウンターパンチを繰り出せば、結果は最上のものとなる

・リズムの取り合いは武道の基本。相手のリズムに合わさないで、相手のリズムを崩す。交渉事は天の邪鬼でいい。とりあえず相手と反対のことを言ってみる

・武道の達人は、相手の得意技を誘い、仕掛けてくるところを討ち取る。得意技であるがゆえに、誘いに思わず乗ってくる。人間の心も自分の欲するところに従って行動する。相手に従うのではなく、相手の心(水の流れ)を確かめ、こちらの意図する方位に水筋をつけ、流していく

・宮本武蔵は「五輪書」で、「いずれの構えなりとも、構えるとは思わず、斬ることなりと思うべし」と戒めている。構えは勝ちを得るためであって、構えにとらわれるのは本末転倒

・人生に目標が決まれば、あとは「生き方に構えなし」、自分が信じたところにしたがい縦横無尽に生きていけばいい。世間体だの上司の顔色だの枝葉末節にこだわっていてはだめ

・「いい人」と言われながらリストラされる人、「ゴマすり野郎」と悪口を言われても出世していく人。どっちが正しいかではなく、人生をどうとらえているかということ。手段はどうであれ出世した人は、後で「いい人」になれるが、落伍した「いい人」は、後から出世できない

・自分が営々と築いてきた人脈を紹介するのは奥義を公表するようなもの。紹介してトラブルでも起きれば信用問題になる。「この人なら」と思える人にだけ紹介。安請け合いをしてはならない

・「技は盗むもの」の真意は、身につけた技は教えたくないという武道家の非情さと同時に、弟子に真剣に学ぶ気がなければ身につかないという二つの意味がある。メシを食べさせたければ、腹をすかせること。稽古させたければ、強くなりたいという欲求を喚起すること。一生懸命仕事をさせたければ、目的意識を植えつけること

・人間の心は不思議なもので、引け目があれば力が入らない、実力が発揮できない。ところが、自分の行動に「大義」があって「正当化」されるときは、実力以上の力が発揮できる

・運気に恵まれていると感じるときは迷わず攻めればいいが、不調のときは、「運気の風が吹くまでじっと我慢する」か「ツイてる人の後につき、勝ち馬に乗りながら運気の風を待つ」かのどちらか

・ここ一番の必殺技は、修羅場をくぐることによってのみ、身につけることができる。何かを得るためには、危険もおかせば、手を汚さねばならない

・自己演出により、実力差を超えて、相手より優位に立つことができる。自己演出には二通りある。外見が与えるイメージと風評が与えるイメージ。「エース」「プリンス」「秘蔵っ子」と言われる社員はヒラであっても、取引先から一目置かれる。ならば、「秘蔵っ子だなんて言われて、困ってるんですよ」と風評の流布をすればいい

・虎の咆哮は、剥製でも絵でも、大きく口を開けたものはよくない。勇ましいが、それ以上、口は開かないということ。余裕を残した咆哮は、どこまで口が開くのかわからないという凄みがある

・いかにして勝ちグセを呼び込むか。仕事に行き詰ったり、自信が持てないときは、目標をうんと低くして、まず勝つことを心掛ける

・田中角栄の処世術の一つは、敵をつくらないこと。味方にならなくても、敵に回さなければ結果としてプラスに働く。武道でも、勝った後で、相手を誉め、顔を立てる。負けたことは相手が何より承知しているから、感謝こそすれ遺恨は抱かない。「礼に始まり、礼に終わる」こと

・口だけで指導する「先生稽古」は楽な上に、自己満足が得られる。そのため、つらい稽古が嫌になり、上達が止まる。武道に限らず、現場を離れて「先生」になると口だけ達者になる

・ケンカの要諦は「勝てば得、負けてもチャラ」。最悪なケンカは、「勝って元々、負ければ大損」

・人間関係=間合い。近づきすぎれば傷つき、遠すぎればよそよそしくなる。これが人間関係の基本。つきあい上手とは、相手に応じて、近づいたり離れたりという微妙な間合いがとれる人のことを言う

・「残心なきところに、真の勝ちはあり得ず」。弓道では、矢が離れた後、的をじっと睨んでその状態を保つ。残心にこそ、「勝ち切るまで、決して手を緩めてはならない」という武道の精神が込められている



組織のリーダー(監督や主将)になるためには、チームプレイの野球、サッカー、ラグビーなどのスポーツに学ぶことがあると思います。

大小は問わず、経営者、専門職、起業家として、雇われない(オーナー)で生きていくには、胆を鍛えるという意味で、1対1の武道に学ぶことが非常に多くなると思います。

独立して生きていきたい、トップになりたいと願っている方にとって、一度は目にしておくべき本ではないでしょうか。役に立つ1冊です。

[ 2009/10/20 08:02 ] 向谷匡史・本 | TB(0) | CM(0)