とは考

「・・・とは」「・・・人とは」を思索

『善人は、なぜまわりの人を不幸にするのか・救心録』曽野綾子

善人は、なぜまわりの人を不幸にするのか 救心録 (祥伝社黄金文庫)善人は、なぜまわりの人を不幸にするのか 救心録 (祥伝社黄金文庫)
(2009/08/29)
曽野 綾子

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著者の本を紹介するのは、「なぜ日本人は成熟できないのか」「完本戎老録」などに次ぎ、5冊目です。いつも、平和ボケの日本人、甘っちょろい大人を叱ってくれます。

本書でも、日本人のノーテンキさに喝を入れ、真の国際人、真の大人とは、どういうものかを数多く教えてくれています。その一部を要約して、紹介させていただきます。


・物事には裏があり、人には陰があると信じ、疑い深く生きれば、裏切られることはない

・善人は自信があるから困る。人の心がわからなくて、自分が善人であることにあぐらをかいているから

・すぐ他人に同情し、手を貸す、情の厚い人間がいる。しかし、このような手の貸し方が、自ら解決しなければいけない当事者に甘える気分を起こさせる

・資金の全額を出すのはよくない。相手51%こっちが49%というのが理想。そうすると、こちらも威張らないし、向こうは誇りを持てる。そして、その後どう自助努力していくかを見守ったほうがいい

・善意ほど恐ろしいものはない。悪意は拒否できるが、善意は拒否する理由がないから

・仮想敵国を想定し、お互いの間に何が起こるか繰り返し繰り返し、予測し、修正し、また予測して、妥協案を考え出すことでやっと、戦争に至らない状態が可能になる

・どこの国でも、近隣の国とは利害が一致せず、肩肘張っていないとやられてしまうと教える。しかし一方で、隣人故に感情も超えて助けなければならない場合があるとも教える

・人間は、時には好意を持って、時には憎悪によって相手を理解する。好意だけで相手を完全に理解できればいいが、人間の眼が鋭くなるのは、多くの場合、憎悪によってである

・話し合いによる平和を実現しようなどと簡単に言う人々こそ、実は平和の敵。平和などというものは、そんなに簡単に実現することはない

・善意でしたことでも、必ず正しいことばかりではない。人間はいつも正しいことだけをするものとは限らないから。善意というのは、「あなたらしい」ということ

かっとなる人は弱い。弱い人間は正視し、調べ、分析するのを恐れる。強い人間は、怒る前に、その対象に関する冷静なデータを集める。好き嫌いは後のこと。まず知ること

・幼児性はオール・オア・ナッシング。あいまいな部分の存在意義を認めようとしない

・人間関係の普遍的な基本形は、ぎくしゃくしたもの。齟齬、誤解、無理解である

・現代人の多くは、人道的なことを言いながら現実の行動は何もせず、知りもしない他人の行動を批判し、体制におもねり、公金を平気で使いながら、自分の意志を通す勇気はなく、どこにも欠点がないようで、実は何一ついいことはしない人物ばかり

・極端な悪人と善人は、共に人を困らせるが、ほどほどの人、いい加減な性格は、嘘つきでない限り、世の中でそれほどの悪をなさない

・泥棒が「泥棒をしちゃいかん」と言うと迫力がある。言葉と人物を一緒にせず、人間がいかに分裂していて、自分にないものを説教するかということを楽しみに感じればいい

・人生の面白さは、そのために払った犠牲と危険と、かなり正確に比例している

・文明の恩恵に浴しながら自然が保たれることなどない。ホタルが飛ぶ土地には、工業も産業もない。ホタルか雇用か、どちらかをとるのが人生

・凧の糸は自由を縛るように見えるが、重い糸に縛られて初めて、凧は強風の青空に舞う

・味方だから受け入れ、自分を非難するようになったら拒否するという思考形態に変わってきたら、老化がかなり進んでいる

・他人は自分の美点と同時に、欠点に好意を持つ。自分の弱点をさらすことによって、相手は慰められる。それは優越感だと怒る必要はない。それもまた、愛の一つの示し方

・愛というのは、見つめ合うことではない。同じ未来を見ること

・人から嫌われた場合、その人の視野から消えてあげるのが、一番穏やかな方法

・親が子にしてやれる最大のことは、子供に期待しないこと



人間とは矛盾した存在、人生は厳しくて当たり前、ということが分かっているのが大人であり、それが分からないのが子供。日本には、成熟した大人が少ないと、著者は言っておられます。

渡る世間が鬼ばかりという現実を見据えれば、成熟した大人になることを目標としなければいけないのかもしれません。


[ 2013/06/26 07:00 ] 曽野綾子・本 | TB(0) | CM(0)

『年をとる楽しさ』曽野綾子

年をとる楽しさ年をとる楽しさ
(2011/06/09)
曾野 綾子

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曽野綾子さんの老いに関する本を紹介するのは、「完本戒老録」に次ぎ、2冊目です。他の本も合わせれば、これで4冊目になります。

曽野綾子さんの言葉には、キリスト教精神がバックボーンにあるので、強く、逞しく、生きる力や気力を漲らせてくれます。

この本の中にも、老いてなお、生きる力を湧かせてくれる一文が多々ありました。「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



・老いてなお、子供が独立していなかったり、金銭の苦労があったりする人は、淋しさという苦しみを免除されている。淋しさは、恵まれた老人に課された、独特の税金だと言っていい

・人間は年を取ると次第に温厚になる。たとえ、温厚にならなくてもいい加減になることはできる。なぜ、いい加減になれるかといえば、他人と自分の能力の限界が自然に見えてくるから

・老年にユーモラスでいられたら、最高にすばらしい。ユーモアというものは、客観性と、創造力と、寛容の精神なくしては、見られないもの

・老年に残っている仕事で重要なことは一つ。それは、内的な自己の完成だけ

・老年にとって「目立たないこと」は、明らかに美徳と言っていい。性格のいい人と健康な人は、すぐに目立たないが、後からじんわりと目立ってくる

・実際に、老人の間で、常に問題になるのは、自分の持っている金をどのようなテンポで使っていったらいいか、ということである。倹約して暮らし、ついに自分の貯えた金の恩恵を全く被らずに、何もしてくれなかった甥や姪に残して死んでいく老人は滑稽である

・愚痴ばかり言う老人の傍には、人間が集まらなくなる。愚痴は、日かげの感じを与える。何にでも面白がっている老人には陽の匂いがするのと正反対である

・老人こそいつ死んでもいいのだから冒険していいのだ

・幸福である間はだめである。幸福である限り、人間は思い上がり、自信を持ち続け、そのような幸福や自信がいつ崩れるかと思ってはらはらしている

・いいこと、おもしろいこと、凄いことをやる人は、皆心のどこかに確実に死の観念を持っている

・他人にいいと思ってもらうのを生きる目的にしている以上、その人は生きていない

・善意ほど恐ろしいものはない。悪意は拒否できるが、善意は拒否する理由がないから

・私たちは、相手の心を完全に救ったり、相手に間違いのない情報を与えたりできると思う方が、思い上がっている

・金銭的な利益を相手に与えることで、「人脈を作っておこう」と考える人がいる。金を出すことで作れるのは「金脈」だけである。皮肉なことに、人脈は、それを仕事に使おうとしたら、ただちに消えてなくなる

・人間は長い間人生を見てくると、次第に世間の評判はどうでもよくなる。所詮、世間も他人も、真実を知るものではないと知るからである

・もし生き甲斐という言葉があるとするなら、死に甲斐という概念もあるし、この二つはまさに全く同じものであることに驚かされる



曽野綾子さんは、自分に強くあれ、人は人、他人は他人。要するに自立の精神がなければ、年をとる楽しさを得ることができないと言われているように思います。

大人になれば、ほとんどの人が、生活を自立させていますが、精神的に自立している人は、少ないのではないでしょうか。

この本は、精神的自立こそ、老いをさわやかに過ごすコツであることを教えてくれる書です。
[ 2012/02/04 07:08 ] 曽野綾子・本 | TB(0) | CM(0)

『完本・戒老録―自らの救いのために』曽野綾子

完本 戒老録―自らの救いのために (ノン・ポシェット)完本 戒老録―自らの救いのために (ノン・ポシェット)
(1999/09)
曽野 綾子

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この本の初版は、今から40年前の昭和47年です。それが4回の改訂を重ね、今も売れ続けているという化け物のような本です。

内容は、老いたる者の自戒、老いたる者の自覚を促すといった、つまり、老いたる者への警告書です。

老いたる者にとって、気になる本であるわけです。この「老いたる」は、年齢のみならず、目上に立つ者と解釈して、読むべきなのかもしれません。

その気になる内容を「本の一部」ですが、紹介させていただきます。



くれることを期待する精神状態は、一人前の人間であることを放棄した証拠。放棄するのは自由だが、一人前でなくなった人間は、精神的に社会に参加する資格もない。ただ労わってもらうという、一人前の人間にとって耐えられぬ「屈辱」にさらされる

・老人になっても、あらゆることについて自分が前面に出たがる人がいる。それは前向きな生き方だが、大人気がない。老人が真っ先に失うのは「大人気」である

・怒り、ののしることは、自分を受け入れられなくなることに対する八つ当たり。どうしても関心や同感が持てなかったら遠ざかればいい

・固定観念はやめること。社会は変化のうちにある。悪役は常に舞台の下手から出てくる、などと思っていると、考えの老化に拍車をかける

・位階、勲章を欲しがったり、特殊な名誉を持つ団体の会員や役員になりたがったり、碑・銅像その他を建ててもらいたがらぬこと。これらの欲求がもし起きたら、老いのあらわれと自戒する

・芸術の分野において、けなされることのない老大家になったら、もうその時は、社会はその名を盲目的に崇めているか、さもなくば、識者たちから見限られていると思って、秘かに筆を折る(小説家の場合)ほうがいい

・ひたすら優しくされたら、かなり衰えがみえて、労わられていると思ったほうがいい。口答えされたら、一人前に扱われている証拠だから大いに喜んでいい

・世間や周囲に対して、見え透いた求愛をしないこと

・物を捨てると、新しい空気の量が家の中に多くなる。それが人間を若返らせる。品物は一つ買ったら一つ捨てるべき。一つとっておいたら、古いものを一つ捨てなければならない

・老人の間で、貯金をどのようなテンポで使っていったらいいか、常に問題になる。倹約して暮らし、ついに貯金の恩恵を全く被らずに死んでいくのも滑稽。九十まで生きるつもりで、それで使い切るように計算し、あとは、自分の知ったことではないと考えること

・何かになり損ねた過去があっても、残念だったなどと言わないほうがいい。なぜなら、周囲は「あの人は到底その器ではなかった」と思っているかもしれないから

・大いに旅に出たらいい。いつ旅先で死んでもいい、自由な年齢になったのだから、その特権を享受しなければならない

・冠婚葬祭、病気見舞いなどに行くことは、楽しみならいいが、そうでなければ、一定の時期から欠礼すること。大切なのは、死者、結婚する人、病人のために心から祈ること。心は愛する人とどこにいても一致できる

・頭を鍛える最上の方法は、たえず抵抗のある状況に身を置くこと。つまり、いやな思いをすること。家庭は、この面では防波堤の中にあるので、むしろ悪環境である

・幸福な一生も、不幸な一生も、一場の夢と思い、そのさめるとき(死ぬとき)について、思い悩まぬこと

・無神論者でも一向にかまわない。死ねば無に帰すという考え方も、一つの勇気である

・「神が存在しなくてもかまわない。神は人間に神性を与えるものだ」 (サン=テクジュペリ)

・徳は他人の評価を目標としない。しないというより、することが不可能。徳性を有する一つの目安は、自分を主張することのいかに小さいか。「秘すれば花なり。秘せずば花なるべからず」ということ

・自分の死によって、残された者に喜びを与えること。それは、金、地位、名など残してやれということではない。戦い尽くして死んだという実感を子供に与えてやることである



老いるにつれ、地位が上がるにつれ、忠告してくれる人が減ってきます。特に、儒教的風土の残る日本では、見かけ上、目上の人には優しくしてくれます。

それに慣れ切ってしまうか、絶えず自戒し続けるかで、老いの品格が問われるように思います。

老いの足音が聞こえてきた方には、是非読んでほしい書です。


[ 2011/11/18 07:46 ] 曽野綾子・本 | TB(0) | CM(0)

『なぜ日本人は成熟できないのか』曽野綾子、クライン孝子

なぜ日本人は成熟できないのかなぜ日本人は成熟できないのか
(2003/04)
曽野 綾子クライン 孝子

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お二人の著者は、海外生活を経験して、外国から日本を見る目を持った女性の有識者です。執筆活動をされており、著書も多数あります。

この著書の中で、二人は、日本人を叱咤激励しています。その思いに同感できる部分が30ありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。


曽野綾子言

・日本人は、人生を感じてはいるけれど、それを整理して語れない

・「健全な肉体には、始末に悪い単純な精神が宿る」。病気がその人の内面を豊かにすることもある。不幸を自分の人生の糧にしないから大人になれない

・戦争は悪だと思うのはいいが、悪は存在しているから学ばなくてはいけない。貧困も病気も学ばなくてはいけない

・古代ギリシャ語で、勇気は「アレーテー」と言い、同時に、「力」「男らしさ」「徳」「奉仕」「貢献」「卓越」のすべてを意味した。つまり、勇気がないところに、力も、男らしさも、徳も、奉仕も、貢献も、卓越したものもない

・人が言うから簡単に自分の考えを変え、その通りにするのは、奴隷の思想。自分が納得しなければその通りにしないのが人権。周りが何と言おうと、私はこう生きます、と譲れない部分を持つのが、その人らしさ

・日本人には、疑いの精神がなく、疑うことが悪いことになっている。これは、幼児性の特徴で、社会と人間に対して不信を持つ勇気がないということ

・援助活動で、「人にお金を出す時は疑いなさい」「人を見たら泥棒と思いなさい」と、耳にタコができるくらい言ってきた。しかし、泥棒でも、病気の人や食べ物がなくて困っている人がいたら手助けする。両方するのが人間

・お金も物も、あげればそれで終わりではない。援助には必ず、後の調査が必要。援助金が数年に渡って、どう使われているか立入検査できないところには、たとえ国連であろうと、お金を出す必要はない

・「忍耐と寛容をもってすれば、人間の敵意も溶解できる」「報酬や援助を与えれば、敵対関係も好転させうる」などと絶対に思わないこと

・人間は、うそをうそと認識しつつ、そのうその必要性、人間性、危険性を自覚しながら、それでもうそをつけるくらいの多重性が必要。しかし、日本の教育では、裏表があるのはいけないことになっている

・心と言葉、心と行為がまったく同じ単純人間など、美しくもなければ偉大でもない。あるがまま、したい放題というのは子供のすること。意識して裏表を使い分けるのが大人。人間を単一に見ないことが成熟

・日本には、自分の意見は絶対に正しいと思っている人が驚くほどいる。世の中に、自分と考えの違う人間がいることを認めようとしない

・誰もが自己中心的な生き方をしている。どちらかに偏っていて、誰から見ても正しいことはできない。だから、人間はそれぞれの好みで、自分が正しいと思うことをやっていくほかない

・相手が家族や親友であっても、正しく理解されていると期待すべきではない。人を正しく理解できないなら、安易に人を裁くのは避けなければならない

教団の指導者が、神や仏の生まれ変わりだと言わず、質素な生活をし、信仰の名のもとに金銭を要求せず、教団の組織を政治や他の権力に利用しようとしない限り、宗教を用心する必要はない

危険のない社会は世界中どこにもない。ユートピアというのは、近代ラテン語で「ウ・トポス」、英語で言えば「ノー・プレイス」で、どこにもないという意味。つまり、理想郷はどこにもないということ

・今あるものを喜ぶ「足し算の幸福」は、出発点が低いので、わずかなものでもありがたく思える。しかし、今の日本は「引き算の幸福」。豊かさであれ、安全であれ、手に入らなければ、マイナスに感じる

・逆らいもせず、怒りもせず、どんな要求でも呑むのを「求愛」と呼ぶ。ご機嫌ばかりとっていると、相手はますます、いい気になり、要求が大きくなり、不機嫌になっていく。求愛は、実は愛から離れる行為

・チップは人間関係の非常に素朴な作り方。サービスが悪いと感じたら、別にあげなくてもいい。楽しくしてくれたらはずむ。チップは評価であり、感謝であり、賄賂であり、正当な報酬。チップが慈悲の心を育てる

・東欧動乱のとき、孤立した町に物資を投下するイタリアのボランティア自家用機が撃墜された。「危険があってもまだやりますか」の記者の質問に、生き残った一人は、「当然でしょう。そこに必要がある限り続けます」と答えた。これが究極のボランティア

・寝たきりになっても、喜びは与えられる。介護してくれる人に感謝の気持ちを伝えれば、相手はすごく喜ぶ。人の役に立たなくなった老人の最後にできる人間らしさ、ひとつの成熟の形


クライン孝子言

・日本人は真のやさしさが欠けている。日常から、何気なく弱い者に手を差し伸べて、助けてあげようという気遣いがない

・ドイツでは、外から金を運んで一家を養う人が、いちばん偉くて強い。妻が働き始め、金銭的にゆとりが出て、生活が楽になった途端、夫が積極的に家事を手伝うようになる

・食事の場が親と子供の接点になっている。そこで、学校のこと、教師や学友のこと、社会のこと、政治経済や文化のことなど、討論し合う。その中で、親は子供に生き方や生き抜くコツを教えていく

・社会の荒波に揉まれてもビクともしない子供に育てるために、ウソをつく方便を教えることもある

・子供に旅をさせるのは、外の世界で何が起こっているのか、自分の目で見、確かめさせることが目的。日本人は、子供にリスクを負わせず、冒険もさせず、安全地帯に身をおく旅ばかりさせる

物を大切にする教育は、学校でも行われる。教科書は学校から無償で借りることになっている。使い終わったら、学校へお返しする。そうやって、1冊の教科書を5~8年くらい使い回す

・今でもドイツ人の多くは、家一軒、自分の手で建ててしまう。それが、彼らの余暇の楽しみ。気に入ったデザインで家を建てたり、家具を作ったりしては自慢している

・ドイツでは、小学校はおろか幼稚園でも落第がある。幼少のころからそういう経験をすると、子供も世の中平等でないと知る。やるべきことをやらずに好き勝手していたら、必ずそのツケが回ってくることもわかる。差別が人を鍛える

・ドイツでは、ペーパーテストがよくても、自分の意見をはっきりと人前で言えなければマイナスにされる。これは、人格形成のために「対話・討論・話術」を重視しているからで、小学校低学年の「お話の仕方」の授業から教育が始まる



このお二人は、私たちの身近にいる日本人の発想とはかなり違います。この違いを肯定するか、否定するかで、その人の人生は違ってくるのかもしれません。

もし、魅力的な人になるには、モノだけでなく、外国人の考え方、思想も、自分の中に輸入していくべきだと思います。

多少違った意見でも、同じ日本人が書いたものだけに、抵抗なく読める1冊ではないでしょうか。
[ 2010/03/14 08:26 ] 曽野綾子・本 | TB(0) | CM(0)

『アラブの格言』曽野綾子

アラブの格言 (新潮新書)アラブの格言 (新潮新書)
(2003/05)
曽野 綾子

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先々月、NHKのBS放送で、世界のドキュメンタリー「パリサの45日間~テヘラン受験事情~」という番組を見ました。

この番組は、イランのテヘランに住む女子高校生のパリサちゃんが、テヘラン大学の受験に臨む姿を密着取材したものでした。

アラブ諸国の日常生活(家族の職業、母親の献身ぶり、姉妹喧嘩、友人との会話、好きなTV番組、ファッション、勉強部屋の様子、心の葛藤、家族の合格祈願法など)が映し出され、非常に面白く思いました。

その中で、驚いたのは、イランでは、女子の方が大学進学率が高いとのこと。その逆ではないかと思っていました。その理由は、婚約時に、男が持参する結納金?が、大学を卒業した女性は、200万円?ほどアップになるからだそうです。

現金と言えば、現金ですが、さすがにアラブ諸国だなと感じました。イスラム教の開祖マホメット(ムハンマド)は、もともと商人です。そのため、アラブ諸国は契約中心の社会になっていると以前から聞いていました。

もっと、イスラム教を信じる人やアラブ諸国の人たちの考え方を知りたくなり、簡単にまとまったいい本はないかと探していたら、この本が見つかりました。

著者は、作家で有名な曽野綾子さんです。クリスチャンでもあり、保守色の強い日本財団の元会長です。

曽野綾子さんもアラブ世界を深く理解するには、彼らの格言を知るに限るということで、この本を書かれたそうです。

ここのところ、何かと話題の多い、アラブ諸国ですが、日本人は、余りにも知らなすぎると思います。この本を読めば、アラブの人たちのことがおおよそ理解できます。

この本の中で、気になった格言を「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・天使に支配されるよりは、悪魔を支配する方がいい(マルタ)
・人に食べ物をやる時は、満足するまでやれ。殴る時は、徹底的に殴れ(アラブ)
・弱いやつの武器に気をつけろ(中世アラブ)

戦わないやつが戦争を奨励する(オマーン)
・喧嘩には、きっかけの花火がいるだけだ(アラブ)
・すべての人間の狂気は、一人一人違っている(レバノン)

・小さな小屋に一人で住む方が、他の人々と宮殿に住むよりいい(マルタ)
・やつは葡萄絞り器を買うために、葡萄畑を売ったんだぞ(アラブ)
・幸運は持っている人間には来るが、探している人間には来ない(アラブ)

・水を節約するようにと言われた途端に、誰もが水を飲み始める(アラブ)
・もしも二人がうまくやっているように見えたら、一人が耐えているのだ(チュニジア)
・葡萄の房に手が届かなかったやつは必ず言うのだ。「葡萄はすっぱいよ」(アラブ)

・自分で考えろ。誰も脳味噌を貸してくれない(アラブ)
・悲しみは生きている者のためで、死人のためではない(トルコ)
・早く与えることは、二倍与えることだ(トルコ)

・お前が望んでいることを隠せ。そうすれば成功する(モロッコ)
・秘密は鳩。手から離れた途端に翼を持つ(イエメン)
・あなたには名誉を。私には利益を(クルド)

・賢い人は見たことを話し、愚か者は聞いたことを話す(アラブ)
・行動を起こす前に、退路を考えろ(アラブ)
・正義はよいものだ。しかしだれも家庭ではそれを望まない(マルタ)

・「俺のパンはおまえのより大きい」と言われたら、「少しくれ」と言えばいい(レバノン)
・千回も考えを変える方が、一回だまされるよりいい(レバノン)
・狼の招待を受けたら、犬を連れていけ(トルコ)

・語る前に恐れるな。恐れたら語るな(イラク)
・ベールが厚いほど、上げる価値はない(トルコ)
・お前に微笑みかける女はお前を騙そうとしている。泣く女はすでに騙したのだ(アラブ)

・すべての年寄りは二つの間違いをやらかす。可能性のない希望と極度のケチ(アラブ)
・正しくたって、間違えたってどっちでもいいのだ。お前の兄弟を支持しろ(アラブ)
・姑を愛する嫁は千人に一人。嫁を愛する姑は二千人に一人(レバノン)

・犬は飢えさせろ。そうすれば従順になる(アラブ)
・商人が商品にケチをつける時は買いたがっているのだ(アラブ)
・富は不名誉を隠す(アラブ)

・友達が金持ちになるように祈るな。そうなったら彼は友達でなくなる(アラブ)
・誰もがベッドの上で、毛布を自分の方に引っ張る(レバノン)
・猫と鼠は家を荒らすことでは同意する(アラブ)



仏教や儒教の国と違う部分を多く感じますが、変わらない、普遍的な部分もあり、そこが参考になりました。

全部で530を超える格言がこの本の中には詰まっています。アラブの格言をしつこく集められ、しかも解説も丁寧にされています。

アラブ諸国の方と、ビジネス等で関係のある方は見ておいて損はない本だと思います。

[ 2009/07/24 07:17 ] 曽野綾子・本 | TB(0) | CM(1)