とは学

「・・・とは」の哲学

『人間、このタガの外れた生き物』池田清彦

人間、このタガの外れた生き物 (ベスト新書)人間、このタガの外れた生き物 (ベスト新書)
(2013/05/09)
池田 清彦

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著者の本を紹介するのは、「正しく生きるとはどういうことか」「楽しく生きるのに努力はいらない」「他人と深く関わらずに生きるには」に次ぎ4冊目になります。過去3冊は、人間学的な本でしたが、本書は著者の専門である生物学的な部分が多い本です。

生物学者の顔を持ち、生物・生態学から人間を観察するという視点は、本書にも、如何なく発揮されているように思います。それらの一部を要約して、紹介させていただきます。



・「人間が戦争を始めたのは言語があるせいだ。言語と家族愛と農耕が、戦争の3つの原因」(山極寿一)

・今まで住んでいた所のほうが、餌のありかも狩りの場所もわかるし、住みいいに決まっている。にもかかわらず、どこかへ行くという危険をあえて冒すというのは、好奇心。「好奇心のある人」「命を賭けて危険なことをする人」がいたお陰で、人類は世界を席巻した

・野生動物が家畜になると繁殖期が年がら年中になるのは、人間に馴致されて、餌がいつでもあるから。野生動物としての本来持っている性質を失って、だんだん人間に似てくる

・病気というのは、生物を絶滅させる大きな原因。ニホンオオカミが絶滅したのも犬のジステンバーのせい。東インド諸島の風土病の梅毒、アフリカの風土病のエイズもあっという間に世界に広がった。しかし、遺伝的多様性が高いと、集団全体が絶滅する確率は低い

・嫉妬というのは、もともと人間が持っている本能的な性質ではない。女と男のエッチの奪い合いと関係している

・ニホンザルは、政権交代する時に、メスに気に入られないと、なかなかボスの座に就けない。動物の場合、メスがその気にならないと交尾は絶対にできない

・人類は最初50人ぐらいの小さな集団をつくって暮らしていた。ただ、その中で遺伝子の交換をやっていると、近親相姦になる。部族と部族が、嫁を交換するというのは、遺伝子交換システムと社会の秩序形成にとっても重大なことであった

・人間は一番力の強い者が勝つということにはなっていない。ものすごいコミュニケーションをして、権謀術策を握ったほうが勝つようになっている

・エネルギーがすごく高くなると、賃金の安いところで製品をつくっても、輸送費にものすごい金がかかる。そうなると、「地産地消」にならざるを得なくなって、経済は縮小する

・今やアメリカだけが鎖国に耐えられる国。食糧自給率が130%、エネルギーも現在は75%ぐらいだが、シェールガス・オイルが出て、近未来にはエネルギー自給率が100%を超える

・自国にエネルギーがないのに、戦争をやったら負けるに決まっている。エネルギーを自給できるようになれば、別によその国に何を言われたってほっとけばいい

・エネルギーの分布と、エネルギーのと、エネルギーの調達が、すべての世界戦略に関係していて、この世界はみんな、結局はエネルギーによって決められている

・人間には、ネポティズム(身びいき)という生得的な性質がある。社会主義が破綻したのも、「みんなで分かち合えば、みんなが幸せになれる」のが、結局は、自分の家族や自分の近隣を大事にしたから。大きな組織で社会主義みたいなことをやるのは無理がある

・そもそも人類は50人程度の集団で長い間暮らしてきたわけで、ムチャクチャでかい集団を、博愛とか平等とかで、管理していくというのは無理

家畜化した動物は、みんな長生きする。人間化する。野生の雀は2年ぐらいしか生きないが、飼うと10年くらい生きている。猫も人間が飼うと長生きする

・グローバリズムというのは、この世の最終権力を国民国家から多国籍企業に委譲すること。グローバリゼーションがなくならない限り、景気がよくても、増えるのは非正規労働者ばかり。それに対処するためには、「1.鎖国する」「2.外国に行ってしまう」こと

・うんと自信がある子は、いじめられても気にしないから、いじめられない。独りでも平気、友達なんかいなくても平気という人間は、いじめようがない

・自分の現在あるお金、見合ったお金で何をして遊ぶかということ。高級車を買ったり、外国旅行に行ったりはできなくても、それなりに楽しいことはいくらでもある

・男性ホルモンがたくさん出る人は、一時的に元気だけど、老化が進む。去勢したオス(哺乳類)は長生きする。中国の宦官の寿命は、普通の男の人より長かった



本書には、生物学的知識と人間行動学を融合した雑学が数多く載せられています。

どうでもいいことも多いですが、ハッとさせられることや、日ごろの行動を反省させられることも、少なからずあります。軽い気持ちで読むのには、面白い本ではないでしょうか。


[ 2013/09/26 07:00 ] 池田清彦・本 | TB(0) | CM(0)

『他人と深く関わらずに生きるには』池田清彦

他人と深く関わらずに生きるには (新潮文庫)他人と深く関わらずに生きるには (新潮文庫)
(2006/04)
池田 清彦

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現在、早稲田大学の教授を務める著者の本を紹介するのは、「正しく生きるとはどういうことか」「楽しく生きるのに努力はいらない」に次いで3冊目です。

共感できるところが多いので、3冊目になったのかもしれません。日本社会のおかしい点をおかしいと堂々と意見されるのが、心地よく思われます。

この本の中で、気づかされたことが20ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・原理主義とは、他人に自分の考えを押しつけて恬として恥じないという思想。他人と深く関わらずに生きることと水と油ほどの違い。二つの異なる原理主義がぶつかれば、最後はどうしても戦争になる

・他人と深く関わらずに生きるとは、自分勝手に生きるということではない。自分も自由に生きるかわりに、他者の自由な生き方も最大限認めることに他ならない

・多くの人は、自分のことを理解してほしい、認めてほしい、ほめてほしいと思っている。しかし、自分で自分のこともよく理解できないのに、他人が理解できるわけがない。認める、ほめるは、所詮フリだから、深くつき合えば、ウソがバレる

メールのやり取りをしていないと仲間はずれになる不安がある。しかし、それで仲間はずれにする人とは、最初からつき合わない方がよい。ケータイでいつも誰かとつながっていないと不安なのは、自立できていない証拠

・相手の生き方や生活を干渉しない。聞かれもしないのに意見をしない。自分の流儀を押しつけない。要するに相手をコントロールしないことが、他人とつき合う上で一番大事なこと。他人をコントロールしたいのは、権力欲の顕れ

・友とつき合うのは自分が楽しくなるためである。友とつき合って苦しくなったら損。淡々としたつき合いを望まない人とは、最初からつき合わない方がよい

・あなたの思惑に反して相手に否と言われた。人はそうやって挫折して、自分がみんなの中のワンオブゼムであることを悟っていく

・自動車の影すら見えないのに赤信号の前でじっと待っている人がいる。交通ルール原理教の鑑である。こういう人を見ると、国家に魂を抜かれたのかと思い、気の毒になる

・今から1万年以上前、地球の人口が4~500万人であった頃、人々の労働時間は週15時間程度であった。少し前まで狩猟採集生活をしていたセマイ族の労働時間は、1日平均3~4時間程度。食物を得るために最小限の労働をした後は遊んでいた

・労働を、「食うために(金を稼ぐために)、時間とエネルギーを費やすこと」と定義すれば、全く労働をしなくても、社会的人格は承認される

働くのがイヤな人(楽しいことでお金を稼げない。お金を稼げる労働はイヤなことばかり。でも、働かなければ食えない)は、「心を込めないで働く」こと。上司も客もみなロボットだと思って、心を込めずに働くと、ずいぶんと気が楽になる

・自分が楽しくなるためであれば、真のボランティアではない。人のいやがるものであれば、ボランティアの行為は賃仕事になる。ということは、他人の商売の邪魔をしていることになる。雇用の確保という観点から、ボランティアはやらない方がいい

・ボランティアとは、本来は金を支払うべき仕事をただでさせるための巧妙なコントロール装置。ボランティアをするのはいいことだと信じ込んでいるとしたら、国家というコントロール装置とパターナリズム(おせっかい主義)に魂を抜かれている

・日本の学校は、他人を当てにして、他人にものを平気で頼み、断られるとムカつくような人を育てているように思える

・最初から無理をしなければならない頼みは、どんな親友の頼みでも聞かなければよい。自分がその頼みを引き受けて楽しい場合以外は断ればよい

・他人に頼まなければならないことは多くない。たいがいの知識は、自分で調べれば判る。それ以外のことは、知人に頼むより、公的サービスを受けるか、金で解決した方が早い。恩を売ったり買ったりしない方がよい

・世間一般の多くの楽しみは、他人とつき合うこと自体を楽しみの中に繰り込んでいるため、他人とつき合うのが苦手な人には、実はあまり楽しくない

・変わり者と思われていい。むしろ、「あいつは変わり者だから」と早く思われた方がいい。給料分の仕事だけをちゃんとしていれば、周囲の人は行事に出席しなくても、誰も不思議に思わなくなる

・退屈こそ人生最大の楽しみ。誰にも迷惑をかけない。金も浪費することはない。誰ともつき合う必要もない。遊びを労働の疑似体験ばかりに求めてきた頭を切り替えさえすればいい

・死んだ人が立派な墓に入って、死んだ後も墓参りに来いと言って、生きている他人の時間を奪うのは下品。死んだら土に還ってお仕舞いというのが上品な死後

・自由に自力だけで生きようとする人は、最後は野垂れ死にを覚悟する必要がある。自由に生きたいけれども、死にそうになったら助けてくれという人は、自由に生きる資格がない

・金持ちがお金を使うのは、社会のためのノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)。今貧乏で、金持ちクタバレと思っている人は、金持ちがクタバル前に、先にクタバルのが確実。それなら、金持ちをおだてて、お金を使わせる政策に賛成したほうがいい



著者は、当然のことを言っているにすぎませんが、著者の意見に違和感を覚える人が今の日本に多いとすれば、今の日本社会が相当歪んでしまっているのかもしれません。

働くのがつらいとき、人付き合いが苦痛になったとき、働くとは?生きるとは?どういうことか、もう一度、もとに戻って考えてみるのがいいように思います。

そういうときに、この本を読めば、吹っ切れて、気が楽になれるのではないでしょうか。
[ 2010/03/05 09:16 ] 池田清彦・本 | TB(0) | CM(0)

『楽しく生きるのに努力はいらない-元気がわき出る50のヒント』池田清彦

楽しく生きるのに努力はいらない―元気がわき出る50のヒント楽しく生きるのに努力はいらない―元気がわき出る50のヒント
(1999/11)
池田 清彦

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池田清彦氏の本を紹介するのは「正しく生きるとはどういうことか」に次いで2冊目です。

著者は生物学者なのですが、哲学的著書も多く、2つの顔を持つユニークな存在です。少し冷めた見方や、ズバズバ発言もされますが、それらは、生物学的に見た人間の本質を理解した上での意見だと思っています。

この「楽しく生きるのに努力はいらない」を読み、著者の意見に同意、納得できた箇所が20ありました。これらを紹介したいと思います。



人とうまく付き合うには、自分の意志を通しながら、相手の意見も聞き、両者が同じくらいで、しかも最も楽しくなる方法を試行錯誤すること

・上品に生きられて、人とうまくつき合えたら、あなたの人生は死ぬまでハッピー

・自分の行動は自分の自由だが、他人の行動は他人の自由である

・生きるためには、守った方がよい法律も多い。それに対し、道徳というのは、趣味の問題で、それに従うのも従わないのも、あなたの勝手

・道徳的な命令は、それに従っているのが楽しい時だけ従っていればよいのであって、それに従うのが苦しくなったら、とっととやめてよい

・親切にされた人は親切にした人に感謝しなければならないとするならば、それは親切ではなく、親切の押し売り

・お互いにやさしくし合って、甘え合っているのが通用するのは、暗黙のうちにみんなが同じ価値観を共有する社会の中だけの話

・人の命は何より大事である、というセンチメントは医療資本に利用されるだけ。あなたが死んでもかわりはいくらでもいる

・自由で上品に生きるとは、自分の努力と才覚で生き、結果に対して自分で責任を引き受けることを言う

・重要なのは、最もこころ楽しく生きることである。国家も法律も会社も学校も、そのための道具にすぎない

・人間というのはそもそも矛盾しているものだし、昔の考えと今の考えが違っていても一向に構わない。周囲の状況に合わせて自分の考えを変えてしまっても別に悪いことではない

・人生で一番大事なのは、才能の有無ではなく、楽しく生きられるかどうかである。楽しく生きられるというのが、実は一番重要な才能である

・嫉妬することはごく当たり前の感情であり、健康な心を持っている証拠。自分がやりたいことを他人がやっているのを見て、嫉妬したからといって、誰かに迷惑をかけるわけではない

人生の目的など本当はない。ボーッとしていることが楽しい人は、ボーッとしていればいい。本人が楽しければそれでよく、趣味に高尚もヘチマもない

・仕事に生きがいを感じられない人は、仕事は金儲けと割り切って、余暇を趣味で生きればいい。会社の地位に一喜一憂したり、人間関係に煩わされないだけ、出世が生きがいの人より幸せ

・子供は過去の自分だし、親は未来の自分である。あなたが年老いた時、子供が自分の財産をあてにしている状況をみて、愉快になる人はいない

・寝たきり老人やボケ老人の奴隷になるな。あんまりわがままを言うようなら、時には死なない程度に蹴飛ばしたっていい。生活を破綻させない範囲で面倒を見よう

・友人は数ではなく質。二人もいれば十分。友人はつくろうと思ってできるものではなく、天啓のようなもの

陰口を言う人は、基本的に自分に自信がない。陰口を気にする人も同じ。自分に自信があれば、陰口を言われていても、別に何とも思わなくなる

・人生は短い。無能な上司とつき合うヒマはない。仕事の本質以外のところで怒るのが、無能の上司たるゆえん。おだてるのもいいし、ケンカしてもいい。我慢だけはするな



著者の言う、楽しい生き方とは、まわりと最低限調和しつつ、個人をできるだけ貫く生き方だと思います。

このような生き方をするぞと意志を固めたら、この本のタイトルのように、努力しなくても楽しい生き方は手に入るのではないでしょうか。

要するに、意志を固めるかどうかです。一度限りの人生ですから、まわりに迷惑をかけないのなら、好きなようにしたいものです。

楽しく生きたいと考えている人にとって、読む価値が十分にある1冊ではないでしょうか。


[ 2009/11/20 07:56 ] 池田清彦・本 | TB(1) | CM(2)

『正しく生きるとはどういうことか』池田清彦

正しく生きるとはどういうことか (新潮文庫)正しく生きるとはどういうことか (新潮文庫)
(2007/05)
池田 清彦

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著者は、現在、早稲田大学の教授です。専門分野は生物学、昆虫学です。最近は環境問題に異を唱える学者として有名です。

ところが、この本は哲学書です。今から、4年前に図書館で偶然手にし、本質を捉えた内容が面白く、読みふけりました。

世の中、理屈だけでは生きていけませんが、非常に頭のいい著者の理屈は、一読の価値があると思います。思わず、うなってしまいます。

そのうなってしまった箇所を「本の一部」ですが、ご紹介したいと思います。


・道徳や倫理や法律というのは、欲望を調整するための道具。ところが、おかしいことに、目的と道具をひっくり返し、道徳や倫理を守ることこそが社会や人生の目的になってしまう

・人間が善く生きるのには二つの相がある。一つは、規範をよく守り、何気ない日常生活や人生の目標の中に楽しみを見出して生きる。一つは、規範からの逸脱、すなわちエクスタシーを感ずることに楽しみを見出す。善く生きるとは、この2つの欲望を調和させて、結果的に欲望を上手に解放すること

・人は、他人の快楽への嫉妬を道徳にすり替えて正当化する。新聞の投書の多くの部分はこの類の道徳で埋まっている。不道徳だと思えば、自分だけしなければ、それですむこと。

・すべての規範はフィクション。しかし、規範なしに人は生きられないもの。そのことをわきまえて、自分が納得した規範に従って生きること。善き生き方はこの心構えからの中から生まれる

欠如感が大きければ大きいほど、それが埋まった時の幸福の程度が大きい。だから、お金が十二分にあっても、自分で自分を律しない限り、善く生きることはできない

・本来、人々の欲望や楽しみは多様なはずだが、資本主義は人々に金を消費させることによって成立しているため、人々をして金を使わなければ楽しくないと思い込ませる

・資本主義における欲望は、他人に差異をつけること、他人との差異を埋めることに収斂する

・画一的な差異化過程(羨望・嫉妬システム)の中では、新しい情報や製品はそれだけで価値があるものとなる。このシステム内で生きていると、新しさを獲得することだけに欲望の大半が収斂されてくる

・生物の最善の生き方は、食うためにだけに最小限働いて、後はボーッとして生きること

・自分の気持ちをくんでほしいと相手に要求することは、相手に自分と同じ行動パターンをとれと要求することと同じ。これほど傲慢な態度はない

・他人の選んだ規範は、自分の選んだ規範と原理的に等価である。さしあたってこれを承認すること。これは正しく生きるための第一歩


少し難しく思われるかもしれませんが、じっくり読むと、その深い意味が理解できると思います。

そして、今、自分たちがどういう社会の中で生きているのかがよくわかります。それを踏まえた上で、どう生きたらいいのかを示してくれる良書です。

良質の哲学に触れてみるのも、たまにはいいのではないでしょうか。日頃から何かモヤモヤとしていたものが晴れ、視界良好になると思います。

 

[ 2009/06/28 06:39 ] 池田清彦・本 | TB(0) | CM(0)