とは学

「・・・とは」の哲学

『生きがいの確信』出口日出麿

生きがいの探求・創造・確信(3冊セット)―生きがいシリーズ生きがいの探求・創造・確信(3冊セット)―生きがいシリーズ
(1999/12)
出口 日出麿

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出口日出麿氏の著書を紹介するのは、生きがいの探求生きがいの創造に次いで3冊目です。これで、生きがいシリーズ三部作をすべて紹介したことになります。

この本も前二作と同様に、著者が学生時代の大正末期に書かれたものです。大正末期の学生が書いたとは思えない文章に、賛辞を送らずにはいられません。

宗教家というより、哲学家のような感じがします。今回、この本を読み、共感できた箇所が15ほどありました。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



自分がわからない人間は困ったもの。自分の素質、天分、職命というものが、おぼろげながらわかって来なくては、真の仕事はできるはずがない

・人は我欲、我利、我執の塊であるから、悪人といっても、自己と利害を共にする人に対しては非常に親切であり、一見高潔である。いな、悪人ほど利己心が強いから、自己のためになる人なら、丁重に取り扱うものである

・真に自己を放れて公共のために尽くす人たちと、公共のためを口実にして、自利をはかっている人たちとは、外見上では区別がつきかねるが、長い間には、いつかはその真相があらわれて来るもの

利己観念の強い人ほど、物事を正当に公平に価値づけることはできない。彼らは常に自己というものを、その中に入れている

・神様は無邪気をもっともお喜びになる。気取ったり、威張ったり、強がったりするのが大嫌いである。子供は心にくったくがないから無邪気。心中にきざした欲を片づけ、すんだことを忘れて、未来のことをちっとも懸念しない

・一切の執着を放れて、心の向かうがままに進もうという考えにさえなり得たら、人はだれでも神である

・他人にはつまらないことでも、自分には無上の快楽と感ぜられる仕事もある。自分には苦しいことでも、他の人には平気なこともある。皆それぞれ主観的に動いているまでで、他を強制したり干渉したりすることは全く徒労である

・何となくそうしたい気分が、人生の羅針盤。理屈を言っている間はダメ、解釈をしている間は初歩。真理に理屈も解釈もない。あるがままが真理、なるがままが真理

・大きな迷惑を他人に及ぼさないかぎり、自分のしたいままを、偽らず飾らずするのがいい。人おのおの使命があって、これに従っていれば愉快であり、これに逆らっていれば不満であるように造られている

・子供の時によいと思っていたことも、後になって悪いと思うようになることはある。しかし、それは構わない。後から悪くても、その時に最善であったら構わない

・宿命は命を宿す。運命は命を運ぶ。宿命は定型であり、傾向であり、軌道であって、これをどうすることもできない。運命はある範囲があって、良くすることも悪くすることもできる

純な心にさえなれば、最初に、ハッと直観したことは、たいてい本当のこと

神に通じる門戸として三つある。「善、愛」によって神を感じるのは、宗教。「真理、道理」によって神を感じるのは、学問。「美」によって神を感じるのは、芸術

・弱者に対して同情し、強者に対して嫉妬するというのは人の常。これは、なるべく世界を平衡に造りたいという創造主の御心

為す省みる悟る、という三段階が次々に繰り返されて、人間は無限に向上していく

・悪かったことは悪かったと、それより生じる報いを素直に自分が引き受ける勇気さえあれば、少々の悪事はなんでもない

・俺はもうダメだと思ってはならない。「なにくそッ!」と、一災一厄くるごとに、希望と向上に燃えなければならない



陶芸家と料理研究家であった北大路魯山人(美味しんぼの海原雄山のモデル?)に、

「これは大哲人の文章だ。今日、日本にこれだけのものを書ける思想家はない。その思索において、これほど真実が語られてある尊い文章を、私は最近知らない」

とまで言わしめた著者の出口日出麿氏は、最近は忘れられた存在になっています。

戦前の宗教弾圧からずっと歴史的に葬り去られた感があります。再度、注目すべき人ではないかと思っています。生きがいシリーズの全三巻を読めば、その凄さがわかるのではないでしょうか。
[ 2011/01/04 08:07 ] 出口日出麿・本 | TB(0) | CM(0)

『生きがいの創造』出口日出麿

生きがいの創造生きがいの創造
(1997/11/06)
出口 日出麿

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出口日出麿さんの本を紹介するのは、「生きがいの探求」に次いで2冊目です。そのときにも書きましたが、著者は、明治30年生まれの宗教家で、戦前、国家から宗教弾圧を受けたことで有名な、大本教の3代目教主の婿だった人です。

この本は、著者が22~30歳の時(大正8年~昭和2年)に書いたメモから抜粋されたもので、昭和49年に初出版されました。

90年前に書かれたものとは思えないほど、新鮮で素晴らしい内容です。著名なコンサルタントや宗教家、宗教学者が、出口日出麿さんの本を読んで、参考にしていることは、知る人ぞ知る事実です。

何回も読んだ、この本の中で、気に入って、線を引いているところを抜粋すれば、以下の箇所になります。「本の一部」ですが、紹介したいと思います。



・ものの成るか成らぬかは、その人の一心に成るか成らぬかによって決まるもの

・「人はどうでも言わば言え、おれはおれだけのことをやってみせる」という広い胸を持っていなければならない

・利己なければ畏れなし。畏れなければ自由自在なり

・「自分はこう思う」ということは言ってもいいが、「自分の言っていることは間違いない」というようなことを言ってはならない

・悟ることの大小は、反省力、観察力の大小によるままである

・自己をのみ幸福にしたいという欲望が、根本において常に潜んでいるので、やがて他人を見下したくなるのである

・自分に似ている者は愛せるが、自分に似ていない者は愛せないというばかりではなく、これを憎むのだからたまらない

・大悪人にせよ、大善人にせよ、その働きの大きい者は、そのみたまが大きい証拠

・人はいつでも、「自分は生まれたてだ」という気分で、「いまからやろう」という暢達(のびそだつ)なところがなくてはならない。年齢を気にしたり、家門を気にかけたりしていて、どうして真の仕事ができようか

・少し才知のある人は、どうしても気ばかり走って、粘り気がなく、急に効果をあげようとあせり、ともすると他を軽く見くびるくせがある

・自己を愉快にし、他人をも愉快にすることに努めるべき。愉快は愉快を呼び、不愉快は不愉快を呼ぶ。じっとものを停滞、抑留しておくということは大なる罪悪である

・人の性は天地に属し、天地は完成を目的とする。だから欲するままにおこなうことは、自己を完成さすことである

今のベストは未来のベストではないが、それでいい。ベストの内容は無限に変化していっても、今の自分に忠実でありさえしたら、悔いというものはない

・人の魂を感動さすのは熱と誠である。単なる知識や技能ではない

・学者や思想家や文筆家には、実際の力がない、度胸がない、腹ができていない。数多く、いろいろの場面、時間、人間にぶつかった人は、どこかに重みが備わっている

・人は自分を傷つけられたと感じるときほど癪にさわるものはない。くれぐれも、人を傷つける言葉や態度を慎まなければならない。これは処世上もっとも大切なことである

・名を認められた人を称賛しないと、自分が時代遅れ、非常識となる。人が誉める者を自分が誉めても、自分が損傷されることはない。こうした心理状態を考えると、人間というものがイヤになってくる

・世間一般に愛とか知と呼んでいるのは、神愛、神知ではなく、偏狭固陋なる執着心を愛と思惟し、利己一方の権謀術数の才を称して知と呼んでいるにすぎない

・賢愚は別として、なんとなく一緒にいて気持ちの豊かな人、取りつきは悪くても、付き合うほど味のある人、こうした人は善人である

ものを見分ける力のない人が上に立っていたら、もはや、その事業の底は見えている

・人間はどうしても自己本位であり、目先本位である

・自分自身の過去の狭小さ、醜汚さを笑わずにいられない。このことは永遠に繰り返される。こうして人は次第に向上していく

・順境に育った者は、不精になり、傲慢になり、忘恩になりがち。名を成す者は十中八九、逆境を突破した者であり、苦難をしのいできた者である

・見直し聞き直し、常にその人の身になって考えてやるだけの余裕と同情を持たなければならない

・発明とか発見とかは、目的に向かって精進した結果得られたものより、ふとした動機によって得られたものの方が実に多い。人間は、天啓によらなければ、大事業はなしえない

・うなるほどお金を持っていても、ちょっとした相場の高下に心配している人がいる。一方、赤ん坊は、家が貧乏で、両親があがき苦しんでいても平気である

・現界は、どちらかと言えば、きたない所である。純なばかりの人では、現界をどうすることもできない。現界をよくしようと思えば、きたない所に飛び込まなければならない。でも、きたなくなってしまってはダメだ

・最良の資本は、かたき決意なり

・力が強く、知恵が発達していればいるほど、方向がちょっと違うと、非常に悪い方に伸びてくる。神様に近づくのも悪魔に近づくのも、その人の決心一つ

・心中に邪念が生じれば、頭上に黒気が立ちあらわれ、邪気は自然にそこに引きつけられる。心中に喜悦の情があれば、その身辺に光輝があり、陽気善霊は自然にそこに集まってくる

・あるがままに楽しむ。なるがままに楽しむ。そのとき、その日のベストに、われを忘れることのできる人は幸せ

・悪魔はつねに、ちょっとの油断にも、つけ入るもの。「これではいかん」と気づいたなら、ただちに気持ちを陽気なほうに転換させること

・人間はこの世においてどうしたらよいか?他人に迷惑を及ぼさない範囲において、自己の欲するままをしたらよい。なすべき時になし、なすべからざる時になすべからず。なすべき時とは、「心が進んだ時」「周囲の事情のよい時」

・よいことかもしれないと思って、悪いことはできない。よいことだと思ってしたことが、悪いことになったのなら、いたしかたがない

・人の行動は、たいてい私利から出ている。まったく私がなければ、この世にわれはない。ただ他人に迷惑を及ぼさない程度の利己、自営であるべき。小児のような無邪気な自然的利己が理想である



私は「神仏を尊び神仏を頼まず」のスタンスが好きです。宗教に関わることはしませんが、宗教心を支えとして生きています。

このようなスタンスを有している人にとって、著者の「生きがいの創造」と「生きがいの探求」は、心の支えにできる素晴らしい書ではないかと思っています。
[ 2010/05/10 07:25 ] 出口日出麿・本 | TB(0) | CM(0)

『生きがいの探求』出口日出麿

生きがいの探求生きがいの探求
(1997/01)
出口 日出麿

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著者は、明治30年生まれ。京都大学文学部中退の宗教家です。「大本教弾圧事件」で国家から宗教弾圧を受けた、大本教の3代目教主の婿になります。当然、本人も長い獄中生活を経験し、数々の拷問を受けています。

この本は、著者が26~27歳の時(大正12~13年)に書いたメモから抜粋されたもので、昭和41年に初出版されました。

大正時代に書かれたものとは思えないほど、今でも読みやすい文章です。また、若き日の思索メモにもかかわらず、理屈っぽくありません。感受性と知性を若くして持ち合わせていたのだと思います。

気分が落ちこんでいる時に、この本を読めば、元気の素が回復します。私にとって、常備薬のようになっています。しかも、すっと心にしみいるので、すぐ効き目があらわれる即効性の高い薬のような存在でもあります。

私は宮本武蔵の「神仏を尊び神仏を頼まず」の考え方が好きで、特定の宗教に関わることはしませんが、宗教心を心の支えとして、上手に利用させてもらっています。

このようなスタンスを有している人に、この本は特におすすめです。

この本の中で、私の気に入っているところを抜粋すれば、以下のようになります。簡潔に上手くまとめられませんでしたが、参考にしていただければと思います。

・ドンドンなせ、次々になせ。消極は地獄、積極は極楽。なすのが生活
・間断なく望み、間断なく為し、間断なく省み、間断なく悟れ
・真の財産は体験、体得のみ
・生きていることの面白さは、絶えず何かを発明、発見、創造するうれしさ

・人は今のベストに生きるべき、真の幸福はここに存する
・どんなに程度が低くても、自分にとってのベストならば、恥じることはない
・すんだことは忘れる。くやしかったこと、恥ずかしかったこと、恐ろしかったこと、みんな忘れる。より賢くなってさえいればいい

・苦しまないと他人のことがわからない。苦しむための苦しみでなく、悟るための苦しみ
・おだやかな、ぼんやりとした温かい心が神の心。冷やかな理屈っぽいのは、けものの心
・理知は感情の目付け役。感情は理知により清純に、理知は感情により、深く広くなる

・他を見るは自己であり、自己を見るは他である
・自分がつまらなく思えたときは、非常に進歩したとき
・すべて、世界を大局的に見渡して、ものを考える人は公平無私

・人を悪く思うのは、自分が悪いから。天地を狭く感じるのは、自己が狭いから
・ちょっとしたことに行き詰ったり、へこたれたりするのは坊や嬢ちゃん育ちの証拠
・自分のごとく他人をあらしめようと思うのは間違い。その人はその人として、あるべきようになったらいい

・金銭は物質の代表、ゆえに精神と相対立する。頭から金銭を卑しむ考えはよくない。といって、精神を忘れて金銭だけを追求してはならない
・世にもまれた人は、どうしても、一面非常に疑い深いところがある。しかし、もう一歩すすんで、真の神心まで磨かねばならない
・過去を忘れ、過去を葬式して、時々刻々と新しく生まれ変わったらよい。真の罪は、自己をごまかすこと

・興味のあることだけしていけば、自然にその職能が果たしていけるよう仕組まれている
・その道の堂奥に達している人は、それを見せびらかしたり、鼻にかけたりしない。ちょっとぼけているような人に、案外悟っている人が多い。
・弱虫にかぎって、すぐ人を恨み、世を呪うもの

没我的行為ほど人に感銘を与えるものはない
一時一事を一心にすべき
・少しずつ得つつあることに満足すべき。理想を急激に実現しようとしてはいけない

・他を責めてはならない。自分自身を省み悟るべき。この心がけが、この世の中をおだやかに美しくする基本
・上に立つ人には、人を見分ける力さえあればいい。
・虫の好く人同士、気の合う同士がいっしょにいることができることが幸福

・母性的愛にしてはじめて、人を教えることができる
・人にすすめたり、教えるのはよいが、けっして人に強いてはいけない
・なんとなしに興味がわいて勉強したくなるのがほんもの

・赤子のような清浄で無邪気な心と、英雄のような勇猛心があれば、頼まずとも神は来たり給う
・持つ人と持たない人が、相応したとき、両者は一つに合して大きな光輝を放つ
・自分の愉快はなるべく他人に分かち、不愉快はなるべく他に移さないように
・心豊かな人の傍にいれば、自分もまた豊かな世界に居住することになる

・意念があることに向かって集中しているとき、インスピレーションはやってくる。いわゆる三昧状態に入りえた人が道の奥儀を極めることができる
・吉凶、禍福、悲喜、善悪は己から出たものが己に帰るだけのもの
・利己的な人ほど自己に向かう人を熱愛し、自己より離れる人を悪魔視する

・同じ仕事でも、気が入っているのといないのとでは、大変な違い。気持ちが主
・真の個人主義は真の共栄主義。他に迷惑を及ぼさない限り、自己の天職使命を果たすように努力すべき
・世の中をよくするたった一つのものが好意

・どんな人でも一芸一道に達した人の心境は、皆必ず一致している
・外交も最後は信仰と胆力と人格。言葉や身振りや術策ではない
・善悪一如が宇宙の真諦。善ばかりになろうとすれば窮屈になる。悪から次第に善に入り、善悪不二の真理を悟る心も大切

・明けぬ闇はなく尽きぬ冬はありません。歯を食いしばってでも土にかじりついてでも、どうなりこうなりこの峠を越えてください。“ああだめだ”などとはけっして言わぬことです
・東でゆきづまったら西へまわりなさい、南がふさがったら北へお逃げなさい、東西南北みなだめでしたら、しばらくそこで臥ていてください
・ゆきづまったままの状態が永久につづくかのように思いなさるな



[ 2009/06/14 15:30 ] 出口日出麿・本 | TB(0) | CM(1)