とは考

「・・・とは」「・・・人とは」を思索

内集団びいき(2)~職場のいじめ対処法~

樹花鳥獣図屏風(左)伊藤若冲筆/静岡県立美術館/POST CARD
その観察から分かったことは、職場のいじめ対処法は、以下の2つのパターンに集約されるということです。

1.特殊才能つき、変人になる

単なる変人ではいけません。皆が、注目する変人です。そのためには、何かしらの特殊な才能がないといけないのです。

変人なので、仲間にしたくはありませんが、その特殊な才能を、誰もが認めざるを得ないと思っています。したがって、その存在を否定する理由もないので、いじめの対象にはなりません。

しかし、謙虚に振舞わなくてはいけません。皆と距離感を保ちながら、飄々と生きていくのがコツです。

しかし、この状態を長年続けていこうと思うと、孤独に耐える精神力が必要となります。円満な家庭(近辺に良き理解者、相談者)がないと、人間は、なかなか孤独に耐えることができないのかもしれません。

2.客を味方につける

特殊才能がない場合、どうしたらいいのでしょうか?大体、組織の人間は、組織を優先するあまり、口では、「顧客志向」などと言いますが、客のことを余り考えていません。

客に喜ばれることより、上司に喜ばれることの方が優先順位が高いものです。

しかし、会社という組織は、客がお金を払ってくれるおかげで、存在できています。部長が評価してくれて、給料がアップしたとしても、そのお金は、客のお金が、回りまわって、給料になっただけのことです。

ということは、長い目、大きな目で見れば、部長や会社よりも、客の方が大事だということです。

ここが、主流から外れた人間にとって、押さえておかないといけない重要なポイントです。

職場のいじめ対処法として、客を徹底的に味方につけていくのです。客に誠心誠意尽くし、客からの支持を絶大なるものにして、客の評価を勝ち取っていくのです。

例えば、政治家も、国民を味方につけて、「支持率」を武器に、トップに昇りつめることもできます。

これと同様に、「客の支持率」という武器をもって、外堀を埋め、時勢が傾くのをひたすら待ち、来る時が来たら、内堀も埋めにいきます。そして、組織の本丸に迫っていくのです。

何やら話が大きくなってしまいましたが、これが、大きな意味での「いじめ対処法」です。

1も、2もできない人は、会社を辞めて、別の会社に再就職するか、独立して会社を起こすしかありません。

私は、独立してしまいましたが、性格を自己分析すると、本当は、組織の中で働いた方がいい人間だったと思っています。

集団への帰属と忠誠を誓うような日本的体質がなく、一人一人を大人として扱ってくれる組織であったなら、ずっと働いていたと思います。

自分のやりたい仕事と働きたい職場の両方を見つけ出すことは、至難の業かもしれません。とかくこの世は住みにくいということでしょうか。


内集団びいき(1)~スケープゴート~に もどる


[ 2009/10/02 10:52 ] 出世の話 | TB(0) | CM(0)

内集団びいき(1)~スケープゴート~

樹花鳥獣図屏風(右)伊藤若冲筆/静岡県立美術館/POST CARD
数年前、田畑の多い郊外を、車で走っていたら、渋滞に巻き込まれてしまいました。動いては、止まり、動いては、止まりを繰り返しながら、ようやく、渋滞の先頭に差しかかったとき、面白い光景に出会いました。

それは、村祭りだったのですが、お神輿を担いでいる若い衆(総勢30人くらい)が全員金髪だったのです。

そもそも、髪の毛を染めるということは、個性の表現、演出のはずです。要するに、似合う人、コーディネート能力のある人は髪の毛を染めたらいいし、そうでない人は染めなかったらいいと思います。

しかし、全員ということは、このお神輿のリーダーが指示をして、金髪と決めたのではないでしょうか。その中には、リーダーの指示なので、仕方なく、金髪にした者がいたはずです。

金髪にするということが、個性的だったはずが、いつのまにか、没個性画一化)にすり替っていました。

老いも若きも、この日本的体質(集団帰属忠誠心)は変わらないものだと、改めて実感しました。

しかし、考えてみたら、「この村」=「日本の会社」「日本の組織」と言えなくもありません。つまり、日本の縮図を垣間見たような気がしましたので、この光景が、なんとなくいやだったのです。

過去において、サラリーマン生活を10年ちょっと経験しましたが、この日本的体質(集団帰属と忠誠心)が嫌いで、どうしても馴染めませんでした。

集団行動が苦手だからといって、会社で、仕事をしなかった訳ではありません。むしろ、仕事は誰よりも、完璧にしていました。また、予算も納得した上で、必死になって、達成しようとしていました。

それなのに、何かと集団行動を強要されるのです。もっと、大人として、扱ってほしかったのですが、それが、なかなか理解してもらえませんでした。

当時(25年近く前)、私も生意気盛りでした。例えば、部長に、社内(部内)旅行に反対して、
「何で休みの日に行かないといけないのですか?」
「仕事はキッチリしますので、その時は、休ませて下さい」
などと言っていました。

でも、このようなことを繰り返したので、上司にとっては、扱いにくい部下として、また、和を乱す存在として、疎ましく感じられるようになったのではないでしょうか。

当然のごとく、主流から外されていき、日に日に、スケープゴートされていくのを感じるようになりました。

日本社会には、内集団(仲間)には、限りなく優しく、外集団(余所者)には、限りなく冷たいという、いじめの体質が、深く根付いています。

この余所者扱いされている時、今後、会社組織で、どのように生きていったらいいか、(結局は、会社を辞めてしまいましたが)考えました。

考えたというよりか、巧みに組織の中を上手に渡っている人を、実際に観察しただけのことですが・・・


内集団びいき(2)~職場のいじめ対処法~へ つづく


[ 2009/10/01 07:25 ] 出世の話 | TB(0) | CM(0)

自己管理能力(3)~快楽主義者~

ローザンヌのロートアイアンサイン/photo by福家金蔵
人材育成も、このプロテスタントのような、自分に厳しい人を採用して、教育していかないと、成果があがりません。

そして、自分に厳しい人(将来の楽の追求)が、自分に甘い人(今の楽の追求)をマネジメントして、組織が成り立っていきます。

その結果、必然的に、自分に厳しい人が、社会の支配者層になっていくのだと思います。

ところで、今まで、プロテスタントを称賛してきましたが、カトリック信者が多い国がダメかというとそうでもありません。

カトリックの多い、フランス人やイタリア人は、いい意味での快楽主義者です。

ジュネーブで、フランスのテレビドラマを見たのですが、映像の美しさに圧倒されました。男性でもうっとりしてしまいます。

青い空、緑の芝生に、赤いバラ。
白い邸宅に、金髪の美女。
そして、この金髪が風になびきます。
その場面に流れる軽やかなメロディ心地よいセリフ
カメラアングルも、俯瞰の位置から、クローズアップしていきます。
テレビドラマでも、全然手を抜いていないのです。

最近の日本に多い、俳優と脚本を優先し、映像美を手抜きして、安易に視聴率を取ろうとするドラマとは違うように思いました。快楽は快楽であっても、芸術という高尚な快楽を厳しく追求していました。

現代は、プロテスタントのような、勤勉実直、質素倹約の精神が必ずしもいいとも限りません。このような精神のもとでは、カタい商品しかなかなか生まれてこないものです。

快楽を与える商品でないと誰も買ってくれない時代です。したがって、単なるカタい商品では、見向きもしてくれません。しかし、会社の運営においては、社員の快楽的行動を促すべきではありません。

つまり、こういう時代では、快楽性に身を置く快楽主義者であっても、決して快楽に流されず、快楽に対して、厳しく身を処することができる人材が求められているのだと思います。

不真面目そうに見える世界にいながら、実は真面目というのが一番いいのだと思います。

いずれにしても、どんな世界や時代においても、厳しく身を処す自己管理能力は欠かせない要素ではないでしょうか。


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[ 2009/08/31 08:11 ] 出世の話 | TB(0) | CM(0)

自己管理能力(2)~プロテスタンティズム~

スイス・ローザンヌ大聖堂/photo by福家金蔵
こうした難関を乗り越え、ゴールすると、1%の楽しさがやってきます(この時はさすがに、アドレナリンが爆発し、恍惚の快楽が訪れます)でも、この1%に到達するまでは、面白くもなんともありません。苦しいことの連続です。

社会においても、マラソンのような苦しさに耐え、挫折しない「自己管理能力」を有した人が、人を管理する立場に昇っていくように思います。

苦しみから我慢できずに、逃げ出し、同じような仲間を探し、慰め合う人。
思いがかなわず、喧嘩をする、キレる、悪口を言う、陰口を叩く、いじめるなどの行動をとる人。

こういう人は、大抵「今の楽」を選択してしまい、結果として、「将来の苦」を招いてしまうようにも思います。

苦しみに耐え抜く心を鍛えるには、マラソンのような、地味で単調な「自己管理能力」を問われるスポーツが一番適しているのではないでしょうか。

このような心を鍛えていたのが、スイスでは、白人で、有色人種が少なかったのです。

マラソンはお金のかからないスポーツです。したがって、誰でも参加できたはずなのに、この差が生じたのは、何でしょうか?

教育でしょうか?
宗教でしょうか?

私は、宗教にあると考えています。私は、プロテスタント信者が多い国がなんとなく好きです。

プロテスタントの多い国は、ドイツ、スイス、イギリス、スウェーデン、デンマークなどです。アメリカにも30%近くプロテスタントがまだいます。

これらの国に、1回は足を運んだことがありますが、カトリックとは一線を画しているように感じました。カトリックは、「恵みによる救済」を基本としています。

以前、イタリア・ミラノの大聖堂をのぞいたことがあるのですが、神父さんの前で、10人近くの人が懺悔している光景にびっくり仰天したことがあります。「懺悔すれば何でも許されるのか!」と思いました。

このようなカトリックに対して、抗議(PROTEST)して、改革を求めたのがプロテスタントです。したがって、プロテスタントの戒律は厳しいし、自分にも厳しいのです。

マックスウェーバーもかつて指摘したように、このプロテスタンティズムの倫理が資本主義の精神を築き上げてきたのです。

この厳しい、勤勉実直、自主自立、質素倹約の精神は、資本主義が成立していく上で、なくてはならない考え方だったのだと思います。


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[ 2009/08/30 07:57 ] 出世の話 | TB(0) | CM(0)

自己管理能力(1)~自分に甘い人・自分に厳しい人~

ローザンヌ・市民マラソンを終えた人たち/photo by福家金蔵
6年前、スイスに行きました。日本へ帰る前日(日曜日)に、ジュネーブで少し時間が空いたので、電車で40分のローザンヌに出かけました。

ローザンヌには国際オリンピック委員会の本部がありますが、本当に、こじんまりした町(保養地)です。

旧市街観光を終え、昼過ぎに、ローザンヌの駅に戻りました。日曜日だったので、(ヨーロッパの日曜日は、日本の元旦のように、店がほとんど閉まる)おいしそうな飲食店は、ほとんど開いていませんでした。仕方がないので、駅前のマクドナルドに入りました。

マクドナルドは結構混雑していました。2階に上がり、約550円のハンバーガーを食べながら、客をじっと観察していました(こういうのが好きです)
「男が赤い服を着て、女が黒い服を着ているな」

また、駅前を通行する人をガラス越しに見て、
「年配の女性しか、スカートをはいていないな」
「年配の男性しか、髭をいっぱいはやしていないな」
などと、ユニセックス化現象をチェックしていました。

このユニセックス化現象とは別に、マクドナルドに来ている客の人種も見ていました。内訳は、「白人50%黒人25%黄色人種25%」といった感じでした。

食事後、地下鉄に乗り、レマン湖の岸辺に出ました。ちょうど、市民マラソン大会が終わったようで、次々に、参加者が戻ってきていました。

でも、このスポーツウエアを着ている参加者は、95%以上が白人です。先ほどのマクドナルドの人種構成とは明らかに違います。

これを見て、ヨーロッパ社会の構図が見えたように思いました。おそらく、人種差別は、なくなってきているはずですが、支配と被支配の構造は変わっていないように感じました。

マラソンは、登山、サイクリングなどと同じで、自分をいじめるスポーツです。日常の快楽の反対にあります。

こういうスポーツを「楽しい!」と感じる人は、基本的に少ないと思います。言ってみれば、「自分に厳しい人」のスポーツです。

昔、ホノルルマラソンを完走したことがあるのですが、マラソンは、99%苦しいスポーツだと思います。「自分に甘い人」では、“練習”も“本番”も耐えられないかもしれません。

大会前の練習は、課題を確実にこなす「自己管理能力」が問われます。走行中は、自分との闘いです。ペースを崩さない、途中棄権の誘惑に負けない「意志力」がないと、完走できません。


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[ 2009/08/28 09:24 ] 出世の話 | TB(0) | CM(0)

尻たたき・尻拭い・お尻に火2~マネジメント法~

須磨寺鋳物像/photo by福家金蔵
尻たたきは、会社を伸ばし、社員を伸ばす上で、重要なマネジメント法です。ところが、既に大きくなってしまった会社においては、この「尻たたき」手法は、余りおすすめできません。

というのは、この「尻たたき」手法に、反発を覚える社員が多いからです。

会社が大きくなると、優秀な社員が入社してくるようになります。この社員たちは、向上心も強く、自己管理能力において優れています。

尻をたたかれなくても、自分で目標を立て、目標期限を設定し、仕事をきっちりこなしていきます。頼もしい部下と言えます。

この部下たちは、「尻たたき」する上司より「尻拭い」してくれるアシスタント的上司の方が好きです。

いい仕事をしようと思えば、どうしても諸般の雑用が発生します。また、いい仕事をしたにも関わらず、様々な問題が発生し、事後処理に追われてしまうことが多々あります。

自分の与えられた仕事に、より集中していくためには、自分の仕事以外の仕事を処理してくれる「尻拭い」型の人がどうしても必要になってきます。縁の下の力持ち的な存在が傍にいてくれたらと思うものです。

この優秀な人たちにとって、間違ったことでも命令してくる「尻たたき」上司は、迷惑な存在でしかありません。上司は、方向性だけを示してくれればいいのです。

しかし、この優秀な社員にも落とし穴があります。それは、「慢心」です。過剰な「うぬぼれ」です。どんなに仕事ができる人でも、やる気は、10年以上、続きません。

この人たちのやる気を持続させるためには、競争相手が、どうしても必要です。会社の組織運営は、立場を脅かすライバルが絶えずいる状態に、保ってこそ機能します。

つまり、「お尻に火」をつけないといけないのです。組織が大きくなったら、部下の「お尻に火」をつけるように、環境を整備することが、上司の最大のマネジメント法だと思います。

このように、尻たたき尻拭いお尻に火を上手に使い分けて、部下の育成法・マネジメント法に精通すれば、会社は尻上がりに伸びていくのではないでしょうか。


尻たたき・尻拭い・お尻に火1~部下の育成法~に もどる

[ 2009/07/14 07:31 ] 出世の話 | TB(0) | CM(0)

尻たたき・尻拭い・お尻に火1~部下の育成法~

京都西陣聖天・ミニ釈迦像/photo by福家金蔵
何年か前、担当の税理士さんに、「私の仕事は、尻たたき業かもしれない」と自分の立場を話したところ、「税理士は、尻拭い業かもしれない」と言われました。

話が弾み、「尻たたき業」と「尻拭い業」のどちらが社会に役に立つのか?結果的に稼げるのはどちらか?などについて、討論しました。

この討論内容は、さほど重要な問題ではありませんが、尻たたきと尻拭いという言葉は、マネジメントにおいて、とっても重要な意味を持っているように感じられました。

今から尻たたきと尻拭いを、マネジメント的に考察していきたいと思います。

伸びている中小企業には、部下の尻たたきをする社長が必ずいます。部下に無理難題と思われる課題を与えて、ぐいぐい引っ張っていきます。

店や支店、新しい部門を次々に開設させ、少しでも見込みがあれば、一般社員を店長、支店長、部門長に任命していきます。その結果、「立場が人をつくる」という諺どおりに、人がいっぱい育っていきます。最高の部下の育成法です。

ところで、伸びている会社ほど、チラシや広告をよく打ちます。チラシの目的はもちろん「集客」ですし、広告の目的は「新商品の紹介」です。しかし、このチラシや広告を利用して、社員を「やらざるを得ない環境に追い込む」のです。

新商品の導入、新サービスの実施に、なかなか重い腰を上げようとしない社員を動かすためには、チラシや広告は、ものすごい力を発揮します。

チラシや広告で、「○月○○日より」キャンペーン実施と対外的に発表すると、その日に向けて、誰もが重い腰を上げて、動き出すのです。

客に迷惑をかけたり、客を騙したりはできないと、ほとんどの社員は思っています。チラシや広告にウソ偽りが発生しないように、必死になって、怠りなく準備します。

このように、立場や役割を与えることと期限を決めて公表することは、部下の尻たたきをする上では、欠かせないことです。

このような尻たたきを繰り返していると、5年も経てば、入社時において、素材的に普通だった社員が、優秀な社員に変身してしまうのです。

部下の育成法には「尻たたき」手法が一番即効性のある方法だと思います。


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[ 2009/07/13 10:53 ] 出世の話 | TB(0) | CM(0)

人間的成長2~成功モデルと内部講師~

須磨アルプス・馬の背の岩場/photo by福家金蔵
その当時、日経新聞の「私の履歴書」も欠かさずに読んでいました。毎朝、経済記事より先に読んでいました。

とにかく、成功者がどういう行動をとるのか、その行動パターンや性格、生い立ち、思想などを知りたいと真剣に思っていたのだと思います。成功モデルを探し、自分のものにしようと必死だったのかもしれません。

また、本の上だけでなく、仕事柄、成功を収めた多くの社長と実際にお会いして、話す機会を得ることができましたので、商売の成功者、人生の成功者の共通項を肌で感じることができたのも大きかったように思います。

本を読むのは疲れる、本が嫌い、本は読んでもフィクションだけという方で、人間的成長をしていこうと思えば、このような成功者に習い、その方を成功モデルとするのが一番ではないでしょうか。

しかし、
「身近にそんなに偉い人もいません」
「偉い人に来てもらえるお金もありません」
という方もいるかもしれませんが、心配ご無用です。

長所だけを見つめれば、身近な人の中にも、偉人伝がいっぱいあるのです。

例えば、
「ある商品だけは、他の営業マンより、よく売る人」
「企画書をまとめさせたら天才的な人」
「パートさんを使うのが抜群に上手な店長」
「レジを異常に速くこなすパートさん」
など、身近なところに成功モデルはウヨウヨあります。

成功者に頭を下げて会いにいかなくても、外部講師として呼ばなくても、このような社員やパートさんに、この「小さな成功談」を内部講師として発表してもらえばいいのです。

これが他の社員の刺激となり、参考となり、社員全体のレベルアップに波及していきます。このように、小さな成功者であっても、謙虚に学ぶ環境をつくることが、人間的成長の要になると思います。

また、誰でも先生、誰でも生徒といった関係をつくることは、お互いの長所を認め、尊敬し合って、組織を円滑にもします。

人間的成長と組織円滑、つまり「進歩と調和」です。内部講師は、組織運営において、一石二鳥の制度だと考えています。


人間的成長1~人物伝と名言録~に もどる

[ 2009/06/30 08:14 ] 出世の話 | TB(0) | CM(0)

人間的成長1~偉人伝と名言録~

切通しの写生/岸田劉生/東京国立近代美術館/POST CARD
3年ほど前を境にして、息子が、急に、何事も真面目に取り組み、辛抱強く頑張り、勉強も一生懸命するようになりました。人間的成長をしているように感じ、うれしく思っています。

なぜ、急に変わったのか?その訳は、「世界の偉人物語」を図書館で借りて、読むようになってからと推測しております。

その頃、1年間で、100冊以上読破していました。エジソン、野口英世、アインシュタイン、織田信長など洋の東西、年代、ジャンルを問わず、とりつかれたように、熱心に読んでおりました。

息子は、偉人伝に出てくるような人物の「勇気」「知恵」「人望」「情熱」「努力」「誠実」といった共通項に感化されて影響を受けたのだと思います。

逆に、その頃を境にして、私に小言や説教をするようにもなりました。偉人伝に出てくる人物に比べて、お父さんがだらしなく見えたのかもしれません。

このだらしなく見えるお父さんは、小学校時代は、本嫌いで、偉人伝など3冊くらいしか読まなかったと思います。

中学校、高校、大学でも、本嫌いでほとんど読みませんでしたが、社会人になってから、成功しようという欲がでてきたのか、これではいかんと感じたのか知りませんが、本を貪り読むようになりました。

その中で、ドラッカー、マズロー、司馬遼太郎、松下幸之助、山本七平、堺屋太一、梅原猛などの著者の本を多く読み、感化されました。

しかし、これらの著者に負けず劣らず、影響を受けて、今でも大切に保管している本があります。(15冊ほどしかありませんが・・・)

この本とは、「日本名言辞典」「日本史名言名句総覧」「家訓・遺訓の叡智」「シニセの家訓」「商家の家訓」「有訓無訓」「成功への名語録」といった多くの先人たちの珠玉の言葉をエッセンスとしてまとめた名言録の本です。

今、考えれば、このような名言録の本のおかげで、何とか生きてこられたように思います。つまり、自分自身のバイブルだったのかもしれません。

今でも、名言録の本をたまに読み返すと、鉛筆で、線をいっぱい引いて、真っ黒になった頁が多く、昔の自分を誉めてあげたくなります。


人間的成長2~成功モデルと内部講師~へ つづく

[ 2009/06/29 09:43 ] 出世の話 | TB(0) | CM(0)

時間の流れ3~商品サイクル~

上海外灘夜景/photo by福家金蔵
この「チョロ・ドカーン・サー」を商品サイクルとして見ると、

チョロ」は、少しだけ仕入れて売る段階です。

売れるか売れないかまだ判断しかねても、すぐに、「チョロ」っと、商品を仕入れます。仕入れた商品を誰よりも早く、店頭に並べ、その売れ行き状況を観察します。

ドカーン」は、大量に仕入れて売る段階です。

その商品が売れ始めるやいなや、勇気を出して、「ドカーン」と注文して、商品を押さえ、他店に流れるのを防ぎ、独占販売状態にしてしまいます。そして、取った商品が速く売れるよう努力します。

サー」は、仕入れるのをやめ、売り切る段階です。

しばらくして、その商品が、他店でも扱い始めたら、追加仕入を一切やめて、在庫をきれいになくし、「サー」とやめてしまいます。誰もがその商品を扱い始めた時、大体、流行は去っていきます。

このような行動がとれたら、高値で売って、不良在庫も抱えず、しっかり儲けることができます。こういった「商品サイクル」の感覚を磨くことが商売において、とっても大事です。

「今、どの時期なのか?」
「その時期に、どういう行動をとることがベストなのか?」
という視点で、すべての事象を時間の流れで考える癖づけをすることが基本ではないでしょうか。

最近、商売を上手にする上で、一番大事なのは、5W1Hの中では、WHEN(いつ)ではないかと考えています。

他の
・WHERE(どこで)
・WHO(誰が)
・WHAT(何を)
・WHY(どんな目的で)
・HOW(どのように)
は、情報化社会では、簡単に調べて、手に入れることが可能です。

しかし、それらを実行に移すタイミングや上手にやめるタイミングは、自問自答して、自分でその時を決めないといけません。

WHENは意外と難しいのです。時系列に状況を判断して、最適のタイミングで決断実行できる人は、そうざらにいません。

でも、これができない人は、リーダーとして失格です。先送りが好きな人が、リーダーをやっているようでは、その組織は、発展していかないものです。

このような困ったリーダーがいれば、大きな組織であっても、「盛者必衰」が早く訪れてしまうのではないでしょうか。


時間の流れ1~盛者必衰の理~に もどる

[ 2009/05/26 07:46 ] 出世の話 | TB(0) | CM(0)

時間の流れ2~青春・朱夏・白秋・玄冬~

佐伯祐三/モランの寺/東京国立近代美術館/POST CARD
このタイムサイクルの考え方で、商売を大きく捉えると、どうなるのでしょうか?

需要と供給の関係は、一般的に、

青春期は、 需要↑ 供給→
朱夏期は、 需要↑ 供給↑
白秋期は、 需要→ 供給↑
玄冬期は、 需要→ 供給→

というようになります。

これに対して、生産(つくる側)と販売(売る側)の体制は、どう変えていけばいいのでしょうか?

売る側は、

・青春期には、「商品の確保、大量仕入」
・朱夏期には、「品揃え追求、多種仕入」
・白秋期には、「売れ筋追求、安価仕入」
・玄冬期には、「死に筋カット、多頻度仕入」

という行動をとるのがいいかもしれません。したがって、つくる側は、売る側の行動に合わす必要に迫られます。

このように、それぞれの時期に、最適な行動をとったところが、生き残り、最終的に勝者となるのだと思います。

しかし、理屈では分かっていても、人間の頭は、そう簡単にスイッチを切り替えられません。決断するタイミングは本当に難しいものです。

今、例に出しましたのは、大きな時間の流れ時流)です。したがって、大きな決断をすることはあっても、決断の回数は少ないのです。

では、小さな決断を、毎日のようにしなければならない、もっと身近な、小さな時間の流れ流行)に対して、どう対処すべきなのでしょうか。

このような場合、何か、判断する基準を自分に持っていないと、悩んでばかりいることになります。この流行のタイムサイクルに対処する方法の一つに、「チョロ・ドカーン・サー」という基準が考えられます。


時間の流れ3~商品サイクル~へ つづく

[ 2009/05/25 07:17 ] 出世の話 | TB(0) | CM(0)

時間の流れ1~盛者必衰の理~

スイス・ローザンヌの移動式メリーゴーランド/photo by福家金蔵
祇園精舎の鐘の声諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色盛者必衰の理をあらはす
驕れる者久しからずただ春の夜の夢のごとし

有名な平家物語の巻頭の言葉です。高校生の時に、あまり古典を熱心に勉強したわけでもありませんが、なぜか、今でも、初めの三行はスラスラ言えます。

この平家物語の「盛者必衰の理」と人間の一生である「誕生から死亡まで」の時間の流れであるライフサイクルは、他の事象にも応用できます。また、何でも時間軸で物事を考えることができます。

人生においても、組織においても、商品においても、業種業態においても、必ず、衰え、滅び、消えて(死んで)いきます。寿命は必ずやってくるのです。

この寿命には、逆らうことはできません。せいぜい、寿命と向き合いながら、「上手に延命していくか」「死を上手に迎えるか」しかありません。

ところで、今から20年近く前のことですが、もう亡くなられましたが、ちょっと哲学者風の顔をした、その当時で70才近い、ある専門店の社長が、

「うちの店も古くなってしまった」
朱夏も、とっくに過ぎ、白秋も過ぎようとしている」
玄冬が、もう目の前だ」
「ここらで、店の大改装をしないと、売場も老け、商品も老け、客も老け、従業員も老けてしまう」
「すべてを、もう一度青春に戻してやらんといけない」

という話を、まだ若かった私にしてきました。

その時は、青春以外の、朱夏、白秋、玄冬と聞いても、ピンときませんでした。変なことを言う社長だなと感じた程度でした。

でも、後にして考えれば、含蓄のある言葉を投げかけ、若造だった私を試していたのだなと思います。

この青春朱夏白秋玄冬という言葉は、時間の流れそのものを表しています。青春(青い春)朱夏(赤い夏)白秋(白い秋)玄冬(黒い冬)という順序で、タイムサイクルを季節と色で表現しています。

この専門店の社長が、話したかったのは、経営状況を判断する上で、今どの局面(青春・朱夏・白秋・玄冬)かを考えることが大事で、「それぞれの局面で、打つ手が違ってくるんだよ」ということだったのだと思います。


時間の流れ2~青春・朱夏・白秋・玄冬~へ つづく

[ 2009/05/24 09:48 ] 出世の話 | TB(0) | CM(0)